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2020年1月21日 (火)

「兵に告ぐ」の格調と、「前畑頑張れ!」の躍動感と、言葉が生きていない「戦時社説」

「兵に告ぐ」は、1936年(昭和11年)2月26日に発生した「二・二六事件」(皇道派の影響を受けた陸軍青年将校らが1,483名の下士官兵を率いて起こしたクーデター未遂事件)に際して、2月29日8時48分から戒厳司令官・香椎(かしい)浩平中将の名で、下士官兵に向けて、NHKで繰り返しローカル放送されたものです。

書いた人の立場がどうあれ、また実際は誰が書いたのであれ、この文章には格調がある。アナウンサーの声を通した当日のラジオ放送(の録音)を聞くと語り掛ける言葉が生きています。

「兵に告ぐ」

「敕命が發せられたのである。
既に天皇陛下の御命令が發せられたのである。
お前達は上官の命令を正しいものと信じて絶對服從を
して、誠心誠意活動して來たのであろうが、
既に天皇陛下の御命令によって
お前達は皆原隊に復歸せよと仰せられたのである。
此上お前達が飽くまでも抵抗したならば、それは
敕命に反抗することとなり逆賊とならなければなら
ない。
正しいことをしてゐると信じてゐたのに、それが間違って
居ったと知ったならば、徒らに今迄の行がゝりや、義理
上からいつまでも反抗的態度をとって
天皇陛下にそむき奉り、逆賊としての汚名を
永久に受ける樣なことがあってはならない。
今からでも決して遲くはないから
直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復歸する樣に
せよ。
そうしたら今迄の罪も許されるのである。
お前達の父兄は勿論のこと、国民全体もそれを
心から祈ってゐるのである。
速かに現在の位置を棄てゝ歸って來い。」

同じ年(1936年)の8月12日、ベルリン・オリンピックで、女子200メートル平泳ぎの実況が短波放送で日本に流れました。

「つづいて女子二百米平泳、前畑嬢が白い帽子、白いガウンで現れました、あと二、三分でスタートします、どうぞ時間が来ても切らないで下さい」で始まる「前畑頑張れ!」という、もはや詩を謳うに近かった実況放送でも言葉が躍っています。

「・・・・・あと25、あと25、あと25。わずかにリード、わずかにリード。わずかにリード。前畑、前畑頑張れ、頑張れ、頑張れ。ゲネンゲルが出てきます。ゲネンゲルが出ています。頑張れ、頑張れ、頑張れ頑張れ。頑張れ、頑張れ、頑張れ頑張れ。前畑、前畑リード、前畑リード、前畑リードしております。前畑リード、前畑頑張れ、前畑頑張れ、前、前っ、リード、リード。あと5メーター、あと5メーター、あと5メーター、5メーター、5メーター、前っ、前畑リード。勝った勝った勝った、勝った勝った。勝った。前畑勝った、勝った勝った、勝った。勝った勝った。前畑勝った、前畑勝った。前畑勝った。前畑勝ちました。前畑勝ちました。前畑勝ちました。前畑勝ちました。前畑勝ちました。前畑の優勝です。前畑優勝です・・・・・」

それから、5年後の1941年(昭和16年)12月9日。「帝国の対米英宣戦」と題する、太平洋戦争開始の翌日の某新聞の社説から一部を引用します。上の二つと並べてみると、その社説は大袈裟な漢語の寄せ集めで言葉が生きていません。

「宣戦の大詔ここに渙発され、一億国民の向うところは厳として定まったのである。わが陸海の精鋭はすでに勇躍して起ち、太平洋は一瞬にして相貌を変えたのである。・・・・・すなわち、帝国不動の国策たる支那事変の完遂と東亜共栄圏確立の大業は、もはや米国を主軸とする一連の反日敵性勢力を、東亜の全域から駆逐するにあらざれば、到底その達成を望み得ざる最後の段階に到達し・・・・・事ここに到って、帝国の自存を全うするため、ここに決然として起たざるを得ず、一億を打って一丸とした総力を挙げて、勝利のための戦いを戦い抜かねばならないのである。いま宣戦の大詔を拝し、恐懼感激に堪えざるとともに、粛然として満身の血のふるえるを禁じ得ないのである。一億同胞、戦線に立つものも、銃後を守るものも、一身一命を捧げて決死報国の大義に殉じ、もって宸襟を安んじ奉るとともに、光輝ある歴史の前に恥じることなきを期せねばならないのである。」

この格調の差はどこから来るのか。「兵に告ぐ」が「下士官『兵』」に呼びかけており、「前畑頑張れ!」が前畑選手とラジオの前の人たちに向かって呼びかけているのに対して、「社説」は国民に語りかける体裁を整えながら実際は当時の内閣の顔色をうかがった文章になっています。その差です。

この社説が書かれてから80年近く経過しましたが、真摯な言葉で人々に語りかけるごく一部の政治家を除いて、この種の生きていない言葉を連ねた文章や発言は相変わらず国会にもマスメディアにも溢れています。しかしそれを生きた言葉と勘違いしてしまう(あるいは仕事のために勘違いしたフリをする)人たちも少なくなさそうです。


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