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2020年3月17日 (火)

安倍首相のスピーチや質疑応答における冗漫と曖昧

新型コロナウイルス対応に関する安倍首相の2度目の記者会見が3月14日(土曜)の午後6時からあり、その模様がNHK(テレビとインターネット)で中継されたのでテレビやタブレット端末の画面を通して拝見・拝聴しました。

安倍首相のスピーチや質疑応答はたいていは応援演説風で、応援演説とは「○○君をよろしく」「●●さんをご声援ください」以外にはとくに意味を持たないので適当に聞き流すにはいいとしても、しかしそうではなくて話の内容を真面目に理解しようとするとなかなか大変です。なぜなら彼のスピーチや彼の応答は以下のような特徴を持っているからです。

・何が主語で何が述語なのかかが、どうもはっきりしない。
・つまり、行為の主体が曖昧だし、その曖昧な行為主体が何を目的に何をするのかということも曖昧であり、そういう曖昧な叙述が区切りなく流れて行く。
・なくても構わない、似たような形容詞と副詞がむやみに(うんざりするくらいに)多い。「意気込み」を感じさせる似たような動詞の繰り返しも多い。
・「意気込み」の具体的な内容や対象や時期について質問された場合は、その質問と無関係な意見陳述を繰り返してその質問を「しかと」する。まれに彼が何かを説明し始める雰囲気になることがあり、珍しいので聞く側が聞く姿勢になると、後に続くはずの説明が行方不明になる。

ぼくの記憶にある彼のスピーチや質疑応答における発言の基本の流れを再構成してみると次のような具合になります。

「こういうわけでありますから」「まさに」「と考えるわけであります」「迅速に」「一気呵成に」「総力を挙げて」「一丸となって」「しっかりと」「前例に捉われることなく」「全力で」「いわば」「というわけでありますから」「最優先に」「あらゆる手段を使って」「総理大臣としての私の責任において」「真摯に」「これから」「取り組んでまいります」。

その流れの中に主語や目的語に相当する言葉をなんとなくもやもやと混ぜ込んでいくと安倍スピーチや安倍発言ができ上がる。ぼくはこれを『安倍テンプレート』」と呼んでいます。

今回の会見も冒頭に安倍首相から20分を少し超えるくらいの長さのスピーチ(「緊急事態宣言」を可能にする改正特別措置法や世界的に落ち込みを見せる経済への対策についての説明など)があり、その後質疑応答に移りました。

申し合わせ通りにいくつかの幹事会社から提出されていたいくつかの質問が処理された時に、前回と同じく司会(広報官)が大胆にも早々に会見を切り上げようとしたのですが、2週間前の初回と違って、他の記者から「質問に答えてください」「おかしいですよ」「時間取ってもいいんじゃないですか」「総理、これ記者会見と呼べますか」などとといった非難の声や不満の大声が上がり、その結果、質疑は継続されることになりました。これは前回の会見からの改善点です。改善ではあるのですが、首相記者会見が初めて普通の状態の記者会見になっただけとも言えます。

相変わらずだなと思ったのは苛々するくらいに形容詞や副詞の繰り返しの多いことと、主体と主語・述語の関連が曖昧なことです。しかしそういうことでイライラするだけではぼくも時間がもったいない。

「安倍テンプレート」(「こういうわけでありますから」「まさに」「と考えるわけであります」「迅速に」「一気呵成に」「総力を挙げて」「一丸となって」「しっかりと」「前例に捉われることなく」「全力で」「いわば」「というわけでありますから」「最優先に」「あらゆる手段を使って」「総理大臣としての私の責任において」「真摯に」「取り組んでまいります」)と、その夕方の実際の発言を比べながら次はどういう副詞が登場するかを予想したりして楽しんでおりました。


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