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2020年3月 2日 (月)

新型コロナウィルスとクラスターという用語のことなど

厚労省主導の新型コロナウィルスの蔓延予防対策で北海層がクラスター分析の対象になっているみたいです。北海道の当該クラスター属性の詳細については公表されていないにしても、久しぶりにマーケティングやITの用語でもあるところのクラスターという語に出会いました。

クラスター(cluster)とは「房」「集団」「群れ」などを意味する英語ですが、マーケティング分野では、異なるタイプや異なる特徴のものが混ざり合ったグループから互いに似た性質を持つものを集めて新しいグループ(クラスター)を作る分析手法をクラスター分析と呼んでいます。

ITでは、たとえば、クラスタリング。同じ構成の複数のコンピュータを相互接続し外部に対して全体で一台のコンピュータであるかのように振る舞わせることで、システムを常に使い続けられるようにする(高可用性のための)仕組みとしてのクラスタリングや、システム内での負荷分散をめざしたクラスタリングなどがクラスター関連の考え方として普及していました。

今度のコロナウィルス感染の分析では、クラスターという語は、一定の感染経路でつながりを持つ患者集団を指して使われているみたいです。あるクラスターの感染者(たとえば例年中国人観光客の多い札幌雪まつり会場の混雑したプレファブ休憩所などで新型コロナに感染した人たち)が、別の場所(たとえば札幌から遠く離れた北海道の別の地域に戻ってそこでいつものように参加した趣味のサークル)で感染を広げて新たなクラスターを作り、感染が当初とは別のタイプの径路で拡大するといった具合です。

感染が徐々に拡大するにつれ、マスクだけでなくトイレットペーパやティシューペーパーの品切れや不当値上げも目立っています。こういう場合には超短期の利に聡い人たちが流通チャネルである種のクラスターを形成することになります。医療医薬分野でも似たような利権クラスターが発生しているかもしれない。

また政府が(半ば思い付きで、周りにはそう見える)学校や国民に対して強い「要請」を急に連続して出し続けるようなときには、ひそかに気にしていることが二つあります。

そのひとつはその意思決定の論理がどう当事者から説明されるかということ。表面的な理由付け表現があったとしても、実際は「空気」といったもので理由が説明され、その「空気」が場の方向を左右し始めているかどうかということ。もう一つはそういう「空気」に異を唱える人たちを「非国民」やそれに類する言葉で形容する人たち(これもクラスター)が現れるかどうかということです。そうなら、「攻撃面はより華美に、損害面は実際よりも相当に矮小化して発表」という1930年代後半から1940年代前半にかけての日本がまた顔を覗かせていることになります。

「八紘一宇」といった言葉が当時の政府や当時の新聞で蔓延していたとしても、普段の(当初はまだゆったりしていたはずの)市民生活でそういう言葉の受け取り方はどうだったのか、どう変化したのか、どう変化させられたのか、その実感というのが書き物やその他の記録媒体からだけでは十分にはつかめない。だからそれに似た雰囲気のものが当時をそれなりにシミュレーションする感じで現在進行中だと考えると、国全体を巻き込む事態に巻き込まれながらその事態の在りようを当時の人たちの実感に似た気持ちで実際に観察・体験できるというのは、とても貴重なことかもしれません。

そういうかつての「空気」の実態に関して参考になるのは「失敗の本質―日本軍の組織論的研究」という共同研究の成果や、丸山眞男の「超国家主義の論理と心理」や「軍国支配者の精神形態」といった論文です。


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