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2020年4月

2020年4月30日 (木)

クリーンルームで生産された日本製マスクの抽選に応募してみたら・・

ついでがあったので早朝にお客が誰もいないコンビニに立ち寄ってみても、そのコンビニがその日はたまたまそうであったのかもしれないのですが、マスク売り場には「お一人様一点のみ」という貼り紙があるだけでマスクそのものはきれいに売り切れていました。

《クリーンな「闇市」経由のクリーンな「闇」マスク》という記事の続きです。今回は「闇」ではありません。「クリーンルームで生産されたクリーンな日本製マスク」に関する話題です。

『品質が保証された国内生産のマスクを消費者に販売している製造企業は日本ではとても少ない。したがってそういうところがそういうマスクをオンラインストアなどで売り出すと購入者が殺到し受け入れ容量を直ぐに超過するのか、ログインできない状態が続きます。ストアによってはインフラ設計の不備のせいか「あらまあ」というような状態でシステムが寝てしまっているのもあります。こういう作業に関して根気のいい配偶者が何度やってもダメみたいなのでそういうチャンネルでのマスク購入は当面は(いつまで「当面なるもの」が続くのかわかりませんが)諦めました。予備在庫として国産製品を50枚ほど確保したかったのですが』という経験を一週間ほど前にしました。

一定以上の品質が保証された国産の不織布マスクを手に入れるのは当面は無理かと思っていたら、前回、関連したシステムに不都合を起こしながら本人はお手上げ状態になって不貞寝してしまったマスクのオンラインストア・アプリが「インフラ設計の不備」を修正して販売を再開しました。再開と言っても今度は応募のみで、実際に買えるかどうかは翌日の抽選次第です。

ログイン時の混雑状況は最初の売り出し時と比べてわずかにマシになった程度なので、そもそも何度やっても応募入力が受け付けられません。根気強い配偶者が(しかしおそらくは相当に苛々しながら)3時間ほど粘っていると「入力されたメールアドレスは登録済みです」といった不思議な返事が応募システムから返ってきたそうです。

配偶者が「これ何かしら?」とぼくを呼んだので、「バグかなあ、アプリが混乱しているのかも、この会社らしい」と答えたら、配偶者は「こんなメッセージは3時間で初めてだから意外と大丈夫かもしれない」と自信ありげです。ネット上の親切情報で確かめてみると、この不思議なメッセージは応募が無事に受けつけられた証拠みたいです。あとは抽選結果を知らせるメールを待ちます。倍率は120倍。お年玉付き年賀状で郵便切手を当てるよりもはるかに難しい。

はじめての、IOTキッチン家電」や「はじめての、IOTキッチン家電」補遺に書いたように、このマスクの製造販売会社の商品(IOTキッチン家電)は利用していて、その無水料理が軸の自動調理器具に関しては料理好きな配偶者の評判はいい。購入時にIOTサービスの利用を含めてユーザ登録をしてあるし、実際に料理で使った結果のフィードバックもいくつかは当該メーカーに返してあるので、今回のマスクの抽選に関していくぶんの便宜を図ってくれるのではという淡い期待を配偶者は口にしていました。

しかし、当選者には29日までに届くはずのメールは届かず、《ご応募総数:4,706,385人 当選者数:40,000人 (40,000箱)》なので世の中は勝手に期待したようには必ずしも行かないことを改めて確認することになりました。しかし《第1回抽選販売にご応募いただけなかった方は、第2回以降の抽選販売でご応募ください。 なお、既にご応募いただいた方につきましては、自動的に第2回以降の抽選販売の対象とさせていただきますので、改めてご応募いただく必要はございません。》ということなので、イライラし通しの意味のない3時間は次回は必要なさそうです。

しかし次回もダメなら、そして我が家のマスク在庫が少なくなっていたら、通販で、品質のよさそうな中国製メディカルマスクかサージカルマスクを注文することになりそうです。


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2020年4月28日 (火)

再び、「他は国籍確認中」という厚労省・新型コロナ感染症報告における不思議なデータ項目

新型コロナ関係の不思議なデータ項目が「他は国籍確認中」》の続きです。

「厚生労働省 新型コロナウイルス感染症の現在の状況について」という報告が厚労省のウェブサイトにあり日々更新されていますが、その中に「他は国籍確認中」という不思議なデータ項目が継続して存在しています。

4月5日版の厚労省報告では、新型コロナ感染症患者はその時点で

「患者2,239例」
「日本国籍の者1,678名、外国籍の者39人(他は国籍確認中)」

なので、その時の「国籍確認中」(つまり国籍不明)の新型コロナ患者はその日までで「522人」でした。

4月19日版の報告では

「患者6,353例」
「日本国籍の者4,646名、外国籍の者62人(他は国籍確認中)」

となっているので、その時点で「他は国籍確認中」とされた人たちの人数は、「6,353人の患者」から「日本国籍の者4,646名」と「外国籍の者62人」を引いたあとの人数であるところの「1,645人」だったということになります。つまり、国籍不明の新型コロナ患者が4月19日現在の日本には(より正確には日本の病院には)累計では1,645人いらっしゃった(そのうちの何人かはすでに無事に退院したに違いないにしても)。

ということは、4月5日から4月19日までの2週間で

「日本国籍の(新型コロナウィルス)患者」は「2,968人」増加し
「外国籍の患者」は「23人」増加し、そして
「国籍確認中の新型コロナ患者」が「522人」から「1,645人」へと「1,123人」増加した

ことになります。つまり新たな日本人感染患者10人に対して、新たな「国籍不明感染患者」が4人発生したというわけです。

さて4月19日から1週間経った4月26日の状況を拝見すると、「新型コロナウイルス感染症の現在の状況について(令和2年4月26日版)」では

「患者7,941例」
「日本国籍の者5,916名、外国籍の者133人(他は国籍確認中)」

なので、「他は国籍確認中」の人たちは「1,892人」です。今度は、1週間前の「1,645人」から「1,892人」へと1週間で「247人」増えました(なお同じ1週間で「日本国籍の患者」は「1,588人」増加し「外国籍の患者」は「71人」増加)。

有体に言えばこの報告書を公表し始めてからずっと厚生労働省が国籍を明らかにしたくないと考えている(おそらく特定の外国籍の)コロナ感染症患者が日本国内で増加し続けています。4月5日からの3週間で見るとそういう患者は1,370人増えている(同期間の日本人患者の増加数は4,238人)。4月3日現在、73か国からの外国人の入国が拒否されているにもかかわらず。

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以前の記事でその項目に関して「日本の各地域の保健所や病院などで新型コロナ感染者と検査認定された人が日本国籍か外国国籍かわからないので国籍確認中などということは普通はあり得ない。あり得るとすれば肺炎のような症状が急に悪化してパスポートなども身につけていない状態で突然路上で倒れて病院に運び込まれてそこで新型コロナ患者だとわかったというような場合で、そういう気の毒な患者が2週間で1,123人も発生したというのは、出来のいいホラー映画か脚本の悪い喜劇映画のどちらかに近い」と書きましたが、実際はそういうこともあり得ない。

あり得そうなことは「経済力と政治力に裏打ちされたコネ」を持った外国籍の患者がひそかに大量に(7,941人に対して1,892人なので累計で24%)日本の病院に入院しに来ているという事態です。厚労省はそういう患者の国籍を公表したくないらしい。何故なら、4月3日以降は73か国の外国籍の人たちの日本への入国を規制(入国を「原則」拒否)しているし、日本でも医療崩壊が一部では起き始めているにもかかわらず、日本国籍でも外国国籍でもない「国籍不明の入院患者」が確実に増えているからです。

いつまでも国籍の確認できないコロナ感染患者が相当の割合で(全体の25%とも言えるし、日本人患者10人に対して4人の割合で、とも言える)日本に滞在している、あるいは病院のベッドを塞いでいる。この数字から「入国は『原則』拒否」をタテマエにしてしまうだけの政治力のあるシナリオライターの存在が透けて見えるようです。感染して入院が必要な日本人患者にとってはあまり愉快な実態ではありません。


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2020年4月27日 (月)

「STAY HOME」という「空気」の中を土曜の昼ごろに肉の買い出し

「STAY HOME」という「空気」がとりあえず具体的に何をめざしているのか実際には判然としません、ぼんやりとした期待感はあるにしても。

ヒトという宿主を生かさず殺さずにサステイナブルに生きている、そういう意味ではとても頭が良さそうな新型コロナウィルスの感染を防止するのは実質的には不可能なので(感染予防ワクチンがそのうちできるとしても、風邪やインフルエンザと同じで、それらとのお付き合いがなくなることはないので)、その対応策は、みんなが急激に感染して、その結果、短期間でほぼ全員が抗体を保持するという「高くて幅の狭い山」の形をした感染カーブの選択を良しとするか、あるいは「低くてなだらかでどこまでも先に伸びるような山」の形をした感染カーブの選択を良しとするか、でした。

医療崩壊を避けるためには、政府は(日本だけでなく世界のほとんどの国が)、幅の狭い高い山よりも幅の広い低い山がいいという仮説を採用することにしたのだけれど、そしてそういう「空気」が濃く立ち込めているのでぼくたちもその空気に従っているのだけれど、自然科学の世界ではないので、その仮説に基づいて促された行動が想定通りの結果をもたらすかどうかはわかりません。想定以外の結果が現れても驚くことはなくて、なぜならもっと大きな枠で見ると、小さな枠では想定外な事態も、想定内の出来事と位置づけられるので。

複数の対応策がある時には、当該原因による死者の数が有意に少ない方が対応策としては優れているとしても、「高い山」方式と「低い山」方式とでどちらが結果として当該ウィルスによる死者の数が少ないのかは社会実験ができないので実際にはよくわからない。

日本人の死者数(たとえば人口10万人当たりの死者数)は現在は外国と比べて明らかに少ない。それには日本人の生活習慣や後天的な獲得体質も関係しているかもしれないとしても、「だらだらと低い山」方式が数字に貢献しているとも考えられます。しかし、医療崩壊が避けられるはず(という仮説)の「低くなだらかな山」方式の日本でも「空気」に粗密があるので、そういうことも手伝って一部で医療崩壊が始まっているらしい(そういう主旨の医療従事者の観察と発言が多い)。

「STAY HOME」という空気の中を、飢え防止のために、土曜の昼ごろに肉の買い出しに出かけました。

連休明けまでは、とりあえずは、ほとんどのデパートはデパ地下も含めて連日休業です。月曜から金曜までは時間短縮で営業しているデパ地下食料品売り場が札幌には二つあり、しかしそこも土日は休業なので、週末に肉や魚を一定量買おうと思えば、大型スーパーに行くか通販で冷蔵品・冷凍品のお取り寄せか、あるいはデパ地下に売り場を構える魚屋や肉屋の商う路面店(もしも営業していればの話ですが)しかありません。

「STAY HOME」生活にはビーフシチューのようなものをゆっくりと料理してゆっくりと味わうのもそれなりに気分転換になります。そのためには北海道で生まれ育ったの牛のかたまり肉(スネ肉や頬肉やその他の部位の赤身肉)が欲しい。

買い出し頻度が減っているし今後も減るので、シチュー用以外に赤身のかたまり肉をその場で挽肉にしてもらったのがそれなりにあると、そしてそれを自宅で小分けして冷凍にしておくと、挽肉を使ったおかずにもミートソースなどにもいろいろと使い勝手がいい。野菜は近隣の農家が栽培した「ご近所野菜」を近所の小売店でそれなりの頻度で買うとして。

ということで、土曜日に営業中の肉屋の路面店に配偶者と出かけたわけです。不織布マスク着用です。「買って応援」というよく聞くメッセージにはその背後に指揮者風が透けて見える雰囲気の良くないものもあるのでそういうのとは距離を置くことにして、現在は料理屋向けの業務用販路や一般消費者向けのチャネルがほとんど閉じてしまっているであろうその肉屋に対する、これは個人的な気持ちからの「買って応援」です。

それなりに混雑していましたが、お店側もその状態に慣れてきたのか「ソーシャル・ディスタンシング」という観点からも適切な対応がされた中での混雑状態でした。

店内に入るのは、透明なビニールシートで区切られたカウンター越しに店員とやりとりするお客と、店内の壁際のベンチで自分の順番を待つ人の二人(ないし二組)だけで、三番目以降のお客は外で、店側が臨時に用意した近くの駐車場に止めた車の中で順番を待つか、あるいは徒歩で来たお客や車の外で待つのが好きなお客は寒い中を、店の近所の適当な場所で他のお客と離れつつ、また道行く人の邪魔にならないように順番を待つか、そのどちらかです。自分の順番が来るとマスク姿のお店の人が呼びに来てくれる。

皆さん、まとめ買いなのかそれぞれに購入量と購入品目が多いらしく、ぼくたちも40分ほど待ちました。おいしい赤身のかたまり肉のためには必要な我慢です。


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2020年4月24日 (金)

読者に読む努力を強く求める文章

プロの物書きでも読者にわかりやすい文章を書くタイプとそうでないタイプがいます。文章は内容を伴っての文章だとしても、読者に読む努力を強く求める種類の文章と読者に極力そういう努力を求めない種類の文章があります。ベストセラー作家は読者が読む努力を特別には必要としない、わかりやすい文章を書くようです。そうでないと多くは売れない。

吉田健一は、読むときに精神の緊張の持続が必要という意味で読者に読む努力を強く求める書き手です。そんなに簡単に私の文章を読んでもらっては困る、と考えていたのかもしれません。そのことに関して本人の言を引用してみます。

「・・・我々には何か書く時に我々に既に持ち合わせがある言葉と文体で表せる範囲内に書くことを限る傾向があり、勢ひそれは他のものも書き、又読者の方でも大方の見当を付けて期待してゐることでもあるから書くのに苦労することがないのみならず出来上つた文章が解り易いといふ印象を与へる。・・・
 併し我々が実際に或る考へを進めるといふのは話を先に運ぶ言葉を探すことに他ならなくてその上で言葉を得ることは考への進展であるとともにそれを表す文章の開拓でもあり、かうして考へが言葉の形で進んで終りに達した時にその考へも完了する。・・・それで書く方は言葉とともに考へを進めるのであるよりも自分が得た言葉に導かれて一歩づつ自分が求めてゐることに近づき、これを読む方でも同じことをして書く方に付いて行くことになる。それは書くものにも読むものにも或る程度の努力を強ひずには置かないがそれを読み難い、書き難いとするのでは言葉を使ふといふことの意味がなくなり、ヴァレリイを読んでゐて気が付いたもう一つのことといふのはヴァレリイにあってはこの努力が当然であるのを通り越して極めて自然な形で行はれてゐることだった。」(「書架記」)

あるいは

「・・・文章で読めるものと読めないものを区別することが出来る。それでどれだけ簡単に解り易く言葉が進められてゐても駄文は駄文であり、その反対に言葉遣いが慎重であって時には微妙を極めてゐてもこの真実がそこで語られているといふことがあればそれが読むものの力になって言葉について行けないといふことは起こらない。」(「変化」)

という具合です。つまり読める文章は「書く方は・・・自分が得た言葉に導かれて一歩づつ自分が求めてゐることに近づき、これを読む方でも同じことをして書く方に付いて行くことになる。それは書くものにも読むものにも或る程度の努力を強ひずには置かない・・・」

彼のそういう考え方と特徴がよく表われているのが次の二つの一節です。

「冬の朝が晴れていれば起きて木の枝の枯れ葉が朝日という水のように流れるものに洗われているのを見ているうちに時間がたって行く。どの位の時間がたつかというのではなくてただ確実にたって行くので長いのでも短いのでもなくてそれが時間というものなのである。それをのどかと見るならばのどかなのは春に限らなくて春は寧ろ樹液の匂いのように騒々しい。そして騒々しいというのはその印象があるうちは時間がたつのに気付かずにいることで逆に時間の観念が失われているから騒々しい感じがするのだとも考えられる。・・・」(「時間」)

「・・・世界を時間に浸透された空間と見ることも考えられないことではない。併しこれは観念が実在するのと物質が実在することの間に多少の違いがあるにも拘らずその両面に亘って認められる時間というものから我々が直接に親密に受ける印象が我々に許さないことである。我々の眼に映る形象は凡て空間に属するものと言えば言える。併し我々が見る雲ならば雲は水蒸気の塊、物質であるよりも雲という言葉が指すもの、従ってその言葉であってそれは我々が曾て見た雲、又他の言葉に繋がり、その時に既に我々は時間の支配を感じて雲が崩れるのも移動するのも我々の現在のうちに入っている。」「(時間)」

しかし、彼の書いたすべてが上に引用した一節の風ではありません。彼のエッセイ集や評論集を手に取ってどこでも適当な箇所から読み始めたら「難解で時に意味が取りがたくなるような入り組んだ文体」(ドナルド・キーン)に出会えます。

吉田健一の文章は、指示代名詞が多用され、長くてまわりくどい。彼はそういう粘り気のある質の書き手です。そういう文体の特徴のひとつとして、あるところまではわかりやすかったものが途中で急に文意が掴みにくくなるということが挙げられます。あるところまで書き綴ってきてそこまでは文章がリズミカルに展開してきたものが、そこで急に作者の頭の中に浮んだ言葉を後回しにできずにその言葉の誘惑に引きずられてその場に急に割り込む感じでそれをそのまま書き写すので、そういう場合、彼の中ではきちんと持続しているはずの書き手としての思考リズムと読者のそれとが同期しなくなる事態が発生することがあります。つまり吉田の余計な親切(つまり新しい叙述の急な割込み)あるいは粘り強い繰り返し思考によって、読者はかえって彼が何を語ろうとしているのかわからない宙ぶらりんな状態に置かれてしまう、そういうことが少なくありません。

以下はそういう例です。

「併しアァノルドはこの詩という明確な形でこの問題を提出し、そうすることでそれが彼にとって切実にというような当世風のことでなしに、紛れもない現実として存在していたことを示し、この詩の美しさを考える時、その美しさは彼のこの嘘がない態度の属性であって、その為に彼の詩が美しいのであるよりも寧ろ、この態度がこの詩で過不足ない表現を得ていることが必然的に美しさを伴うのである。」(「文学の楽しみ」)

彼の文章にそういう特色があっても彼の世界観、あるいは彼の生きることについての基本的な考え方(ないし姿勢)が好きな読者ならそういう場合も不協和や不同期を味わうことはないのかもしれません。吉田健一の生きることについての基本的な姿勢がヒューム(18世紀イギリス経験哲学の哲学者)を軸に凝縮されているのが以下の一節です。

 「・・・もし哲学に一般の人間にとって取り上げるに足るものがあるならばそれはそこに一人の人間がゐてものを考へ、その結果が他の人間に言葉で伝へられる時で、当然のことながらその考へが明確であるということはそれが名文の形を取るといふことと同一であり、かうして哲学は文学の列に加る。ヒュウムはさういふ哲学者の一人である。それがここでは重要であって、哲学史の上でどういふ位置を彼が占めてゐるといふのが定説であるかといふ種類のことを述べることはない。・・・名文といふのはそこに人間の声が聞えるといふことであって、ヒュウムがその悟性論、宗教論などで哲学といふものの限界を示し、そのことに即して哲学にどういふ方向を取ることが許されてゐるかを明らかにしたことはその文章と一体をなしてゐる。或は彼が説いたことの別な立証が欲しいならば彼に反発したのがカントであり、カントがヘエゲルを生み、そのへエゲルがマルクスを生んだのであるが、それが十九世紀のヨオロッパの哲学といふもので、・・・」(「ヨオロッパの世紀末」)

作品の種類にもよりますが、吉田健一は精神の緊張の持続が必要という意味で読者に読む努力を強く求める書き手です。吉田の文章は長くてまわりくどくて口当たりがいいとは言えない場合も多い。そういうときにその口当たりの悪さを別の明晰な文体で口直ししようとするなら、井筒俊彦の「意識と本質」や「意識の形而上学」に優るものはありません。


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2020年4月23日 (木)

こういう業界でもダウンタイムという言葉を使うんですね

IT関連の業界ではアップタイムやダウンタイムという用語はごく普通に使われる用語です。コンピュータシステムが稼働している時間帯をアップタイム、情報処理システムが何らかの原因で稼働していない時間帯をダウンタイムと言います。

銀行やコンビニのATM、あるいはオンラインストアが動いているはずなのに動いていない状態をハードウェア障害やソフトウェア障害でシステムがダウンしていると言いますし、そういう時間の幅をダウンタイムと呼びます。定期メンテナンスのためにたとえば明け方に2時間オンラインシステムを計画通りに停止させた状態もダウンな状態で、そういう2時間もダウンタイム(ただし予定通りのダウンタイム、スケジュールに組み込まれたダウンタイム)に勘定されます。

新型コロナ関連のニュースを見たり読んだりすることが多い中で、整形美容業界でもダウンタイムという用語が、おそらく医療サービスの供給側の人たちにとっては、ごく一般的であるらしいことを知りました。

「新型コロナウイルスの影響で、にわかに注目を集めているのが整形美容業界」といった書き出しの記事も目につくなかで、美容クリニックに勤務する看護婦さんの「最近はダウンタイムの長い手術が増えています」というコメントの「ダウンタイム」にいささか驚きました。

美容整形手術後に例えば顔をマスクで覆って自宅にしばらく引き籠るというか、直るまで知り合いとの接触を避けるというか、そういう時間のことをその業界でもダウンタイムというらしい。正常な稼働状態が維持できない時間帯のことなのでダウンタイムというのは言い得て妙です。長いコロナ自粛期間を活用して、長めのダウンタイムが必要な整形手術の短期需要が急激に伸びている。

長く休める(休業要請等で長く休まざるを得ない)し、テレワークで出社しなくていい。仮にテレ会議があっても今はマスクで顔を覆うことが正しい行為なので誰かがそうしていても他の人には全く違和感がない。

潜在的なコロナ患者かもしれない手術希望者と毎日濃厚接触を繰り返すサービス提供側の人たちの感染恐怖と忙しさに同情するとしても、ダウンタイムというのが、今回、業際的な用語であることがわかりました。


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2020年4月22日 (水)

クリーンな「闇市」経由のクリーンな「闇」マスク

少し需給の逼迫が緩んできたのか通販経由で中国製の一般向け不織布マスクやサージカルマスクが手に入るようになってきたようです。しかし、この需給の緩みが一時的なものか、今後徐々に全般的にそうなっていくのかは実際はよくわからない。中国政府の気分次第です。

早朝のドラッグストアのマスク行列に並ぶのは得意ではないのでそういう購買行動はとらない。コンビニで購買チャンスをうかがうというのも得意ではないので選択肢から外します。

品質が保証された国内生産のマスクを消費者に販売している製造企業は日本ではとても少ない。したがってそういうところがそういうマスクをオンラインストアなどで売り出すと購入者が殺到し受け入れ容量を直ぐに超過するのか、ログインできない状態が続きます。ストアによってはインフラ設計の不備のせいか「あらまあ」というような状態でシステムが寝てしまっているのもあります。こういう作業に関して根気のいい配偶者が何度やってもダメみたいなのでそういうチャンネルでのマスク購入は当面は(いつまで「当面なるもの」が続くのかわかりませんが)諦めました。予備在庫として国産製品を50枚ほど確保したかったのですが。

マスクを50枚や100枚の単位で手に入れるには、日本の小回りの利く通販ショップが大きな通販運営サイト経由で販売している、(中国政府のマスク輸出禁止緩和の結果)日本の流通に横流しされたと思われるところの、品質がそれなりにしっかりとしていそうな中国製マスクを少々高い値段を支払って買うしかありません。そういうものを手にすると、戦後史を彩ったところの「闇市」「闇米」といった言葉を(ぼく自身は購入経験がないにしても)思い出します。

下は、そういうクリーンな「闇市」経由で購入したクリーンな「闇マスク」。2020年3月28日製造の「一次性口罩(使い捨てマスク)」です。「合格証」に押された(印刷された)ハンコ中央には「QC 合格」という文字が見えます。マスク50枚がまとめてポリ袋にギュッとパッケージされた上で紙箱に入っていたので、利用時の利便と汚れ防止を考え、5枚ごとにジップロック風のチャック付き袋に詰め替えました(写真は詰め替え後の不織布マスク30枚分)。紙箱は日本語表示だったので、もともとは日本向けに輸出していたのをその製造元(ないし卸し)が日本への出荷を控えめに再開したのでしょう。

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2020年4月21日 (火)

新型コロナ関係の不思議なデータ項目が「他は国籍確認中」

毎早朝、以下のウェブサイトのコロナ関連情報にざっと目を通すようにしています。

COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)
Financial Times Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads | Free to read
北海道 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する情報
厚生労働省 新型コロナウイルス感染症の現在の状況について

この民間データとお役所データの4つがあれば、他の情報も参照するとして、世界の様子と日本の様相と北海道の状況がそれなりに掴めます。

その中で日々更新されている「厚生労働省 新型コロナウイルス感染症の現在の状況について」の中に、けっこう以前から不思議な記述があって(以下の引用を参照)、その記述とは4月19日版の報告では

患者6,353例
日本国籍の者4,646名、外国籍の者62人(他は国籍確認中)

というなかの「他は国籍確認中」という部分です。

4月19日の報告だと、この「他は国籍確認中」の人たちの人数は、「6,353人の患者」から「日本国籍の者4,646名」と「外国籍の者62人」を引いたあとの人数である「1,645人」ということになります。国籍不明の新型コロナ患者が4月19日現在の日本に、累計では1,645人いらっしゃる。

4月19日よりも2週間前の4月5日版の厚労省報告を見ると

患者2,239例
日本国籍の者1,678名、外国籍の者39人(他は国籍確認中)

なので、その時の国籍不明の新型コロナ患者はその日までの累計で「522人」(2,239 –1,678 -39 =522)です。

ということは、4月5日から4月19日までの2週間で

「日本国籍の患者」は「2,968人」増加し
「外国籍の患者」は「23人」増加し、そして
「国籍確認中の新型コロナ患者」が「522人」から「1,645人」へと「1,123人」増加したことになります。

日本の各地域の保健所や病院などでコロナ患者と検査認定された人が日本国籍か外国国籍かわからないので国籍確認中などということは普通はあり得ない。あり得るとすれば肺炎のような症状が急に悪化してパスポートなども身につけていない状態で突然路上で倒れて病院に運び込まれてそこで新型コロナ患者だとわかったというような場合で、そういう不思議な患者が2週間で1,123人も発生したというのは、出来のいいホラー映画か脚本の悪い喜劇映画のどちらかに近い。

増加しながらずっと存在しつづける「国籍確認中の新型コロナ患者」とは何か、なかなかに興味深い患者カテゴリーであり、興味深いデータ項目です。どういう人たちがそこに集合しているのかやや気になります。

□□□

新型コロナウイルス感染症の現在の状況について(令和2年4月19日版)

4月19日12時時点での新型コロナウイルス感染症に関する状況についてお知らせします。

1.国内の発生状況(4月19日12:00)
国内で今般の新型コロナウイルスに関連した感染症の感染者は10,219例となりました。
内訳は、患者6,353例、無症状病原体保有者685例、陽性確定例(症状有無確認中)3,323例となります。国内の死亡者は161名です。また、国内での退院者は91名増加し、1,159名となりました。

【内訳】
患者6,353例(国内事例6, 308例、チャーター便帰国者事例11例、空港検疫34例)
・無症状病原体保有者685例
(国内事例588例、チャーター便帰国者事例4例、空港検疫93例)
・陽性確定例3,323例(国内事例3,323例)
日本国籍の者4,646名、外国籍の者62人(他は国籍確認中)

20200419

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2020年4月20日 (月)

面倒だけれど品薄の高濃度アルコール除菌スプレーやマスクの追加購入

どこの家庭もそうだとしても普段以上に丁寧に手洗いとうがいをするようになり、またいつもは買わない品物を初めて購入するとか、普段使っているものを臨時に追加購入するといったことがコロナ対策で起こっています。

ガラス瓶入りの消毒用エタノールボトルは消毒と除菌にそなえて常備してはあるのですが、手持ちは500ml瓶の半分くらいでそれは本来の用途に取っておくので、コロナ対策が日常生活の一部になったときに、普段は使わないある会社の「高濃度アルコール入りのキッチン用除菌スプレー」と別の会社の「無香料アルコール成分入りの除菌消臭スプレー」を購入しました。本当はガラス瓶入りの消毒用エタノールボトルがもっとあればこと足りるのですが、今は品切れ状態で購入が無理なので妥協です。

しかし妥協案にしても「高濃度アルコール入り除菌スプレー」だけでいいはずが、需給が逼迫していて1個しか入手できなかったので、副次的な(つまり機能の劣る)代替品として「無香料アルコール成分入りの除菌スプレー」を使います。後者のほうが手に入れやすい。どちらも通販経由の入手で、それなりの苦労(商品を無理のない価格帯で探して出荷順を根気強く待つというだけのことですが)は伴います。

我が家では常に野菜をいっぱい食べるということもあり食料品の買い出しは外出しないと無理ですが、買い出し時に籠に入れた加工食品(たとえば袋入りパスタや瓶入りのトマトピューレなど)の入った袋や瓶は、帰宅後、台所で「高濃度アルコール入り除菌スプレー」で念のために消毒。繰り返し使う出来の良い買い物袋もいっしょに消毒。

外出時に着るコートやジャケットやズボンなどは、中に入る前に玄関先で「無香料アルコール成分入りの除菌スプレー」でシュッとやる。福島原発事故直後に衣服に就いた放射性物質を室内に持ち込まないための処理方法を当時は専門家が丁寧に教えていましたが、そのことを思い出しました。

我が家では人混みではマスクをする習慣がそれなりにあるので医療用のサージカルマスクや一般用の不織布マスクの「平時」の値段もよく知っています。しかし今は需給の逼迫で高騰した価格と折り合いをつけるしかなさそうです。

郵便や宅配便で届いた中古書籍もアルコール消毒の対象です。

20200418

上は2020年4月18日現在の北海道の新型コロナ感染推移の状況。気になる新型コロナ死者数累計は18人。なお、北海道の人口は528万1000人(2019年5月31日)なので、人口10万人当たりの死者数は0.34人。

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2020年4月17日 (金)

あまり劣化しない本、あるいは気持ちいい具合に経年変化する本

最近は電子書籍が存在感を増してきているとは言っても、紙の新刊書もペーパーバックやソフトカバーを別にすると丁寧な作りのものも少なくありません。でも全集などを除き読み捨てでないような質の小説であっても箱入り本は少なくなりました。

現在再読しているのは、発行が昭五十二年(1977年)のある評論家のエッセイで中古本を3年ほど前に購入しました。文庫本よりも読みやすい。箱入りで、表紙が繊細なグレーの布クロス仕上げです。だから手に持ったときの感触がとてもよくて、本文の紙も経年変化しているのには違いないにしても、40年をどこかで上品に過ごしてきたのか、もともとの紙質がしっかりしていたのか、生成り風の味わいです。活字は旧字旧仮名遣い。

ぼくが自分で購入した洋風仕立ての本で本棚においてある中でいちばん古いのは昭和二十一年(1946年)発行の谷崎潤一郎著「盲目物語」です(古い和綴じの本もありますがそれはいただきもの)。

この本は初版が昭和七年二月、手元のは改訂版で発行は昭和二十一年(1946年)七月、74年前です。終戦直後で物資が相当に不足していた頃の出版です。日本国憲法の公布が昭和二十一年(1946年)十一月三日なのでその少し前の出版ということになります。8年ほど前に北海道大学のそばの古本屋で見つけました。

A4サイズの紙を少し小さくして横にしたような作りで和紙の箱入り本です。箱は傷んでいる。しかし、柔らかい表紙の本体はしっかりとしていて、経過年数を考えるととても状態が良い。本文の紙の色にもほとんどと言っていいほど経年変化が見られません。あるいはとても丁寧に経年変化している。昭和二十一年の改訂版でも著者が良質な紙の使用を強く望んだのかもしれません。旧字旧仮名遣いの大きな活字もうれしい。明朝体の大きな活字が並んだ行替えや読点の少ない文章で、それが和綴じ本ではないにせよそういう雰囲気をわずかに漂わせています。

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2020年4月16日 (木)

市販の「筍の水煮」で手抜きをしたら・・

配偶者とそろって出かけた先週末の食料品の買い出しで売り場での滞留時間をできるだけ短くしようというこじつけの「コロナ」理由で、旬の生の筍ではなく加工食品であるところの「筍の水煮」を購入してしまいました。本当の理由は調理の「時短」です。

なぜ筍を湯がくかというと、筍のアクを抜くと同時に柔らかくするためです。湯がいた後は冷めるまで放置しておく。筍を米糠と鷹の爪を加えてコトコトと湯がくという、1時間くらい(圧力鍋を使えば、仮にそうするとすれば、時間は半分になる)の手間を「時短」した結果がどうかと言うと・・・。

たとえば、筍ご飯。市販の水煮を使った筍ご飯は、家庭でコトコト調理した筍で作った筍ご飯をと比べると評価は70点くらいです。風味、つまり筍の香りが違います。市販のパック詰めされた筍は調理したものを食べる時に香りが匂い立つ、その度合いに欠けます。そこでの満足度にけっこうな差が出る。

それから市販の筍には「姫皮(外側の硬い皮の内側にある薄く柔らかい皮)」が当然のことながら存在しないので、それをたとえば和え物で酒の肴として賞味できない。これはもったいない。

同じく市販の水煮であるところの缶詰の「ホールトマト」は自分で生の調理トマトを買ってきて調理するのと遜色ありません。使いたいときにすぐに使えるので便利です。トマトソースにするホールトマトは筍のような繊細な香りを楽しむものではないので、それで大丈夫です。

というわけで、手抜きをした分だけ、味わいも少なくなりました。関連記事は「筍(たけのこ)の季節」。

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2020年4月15日 (水)

政府が今週から2枚ずつ全戸配布する新型コロナウィルス用「布(ガーゼ)マスク」

政府が今週から2枚ずつ全戸配布する「アベノマスク」にかかわる出来事はほとんどコメディなのでけっこう可笑しいですが、制作費等が四百数十億のコメディなので、その部分に関しては楽しめない。

以下のような世論調査が4月13日にありました。あらためてそのマスクの評判は悪いようです。

『布マスク2枚配布「評価しない」76%』
 『共同通信の世論調査によると、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、全世帯に2枚ずつ布マスクを配布する政府の取り組みについて「評価しない」が76.2%に上った。「評価する」は21.6%。』(共同通信社 2020/04/13)

回答者は固定電話が515人、携帯電話が513人だそうなので、2~3年前とは違って、固定電話よりの高年齢層と携帯電話より(あるいは携帯しか持っていない)非高齢者層の両方がバランスよく調査対象となっています。

厚生労働省のウェブサイト「布マスクの全戸配布に関するQ&A」から、問5から問8までを引用します(一部省略)。

問5 いつ頃届きますか。
全国の世帯を対象にした布製マスクの配布に当たっては、4月12日(日)の週後半以降、感染者数が多い都道府県から順次、配送を開始する予定です。

問6 どこから配り始めますか。
感染者数が多い都道府県から順次、配送を開始する予定です。具体的にどこから配布するかは、感染者数の動向を踏まえて、現在検討しています。

問7 再利用しても、品質上問題ないですか。
洗濯による繰り返しの再利用が品質上問題ないことを確認しております。洗濯により多少縮むことをご了承ください。

問8 どのくらいの頻度で洗えば良いですか。
1日1回の洗濯を推奨しています。汚れがつきましたら、その都度洗濯してください。

上のQ&Aに出てくる全戸配布の布(ガーゼ)マスクとは仕様が同じというわけではないと思われる、厚労省調達の別の布(ガーゼ)マスクがすでにあり、これは「洗って再利用可能な布製マスク」として介護施設などに既に配られたようです(「介護施設等に対する布製マスクの配布について」(令和2年3月18日、担当者連絡先 マスク等物資対策班(ガーゼ担当))参照。

その介護施設等に配布された布(ガーゼ)マスクは、実際の使用者によれば、そもそものサイズが小さすぎるとか、厚労省の動画の通りに浸けおき洗いして乾かしても、マスクの上側(ないし下側)が切りっぱなしのため洗濯後は「ほつれ」がひどくて、つまり、洗濯による再利用にはけっこう難があるそうです。これはガーゼマスクがそもそもウィルス対応マスクとしての効果があるかどうか云々とは別の品質問題です。

しかし「4月12日の週後半以降」に全戸配布されるガーゼマスクの「再利用可能品質」がどの程度のものなのかは、きちんと品質チェックをしたであろう政府担当者と納入業者以外は、まだ誰も知らない。

ある大きなフリマアプリ運営サイトが次のようなメッセージをユーザーに送ったようです。

「【注意喚起】厚生労働省より配布される布マスクの出品について」

「□□では、3/13(金)より「衛生マスク(個人が自作したものを含む)」「衛生マスクとその他の商品を抱き合わせた出品」を出品禁止としております。厚生労働省より、店頭でのマスク品薄が続く現状を踏まえ、4/12(日)の週以降、感染者数が多い都道府県から順次、全戸に布マスクを配布する予定であると発表されていますが、これらの布マスクも出品禁止物に該当いたしますので、決して出品なさらないよう、お願いいたします。」

通常品質以上のマスクは出品価格によっては購入者がいるとしても、たいていの国民は「アベノマスク」という四百数十億円のマスク・プロジェクトに呆れ果てているし、この布マスクのマスクとしての効果も信じていないので、当該マスクがフリマアプリ市場(つまり不用品売買市場)に溢れることはないと思いますが(需要がないので)、この運営サイトは万が一の場合を想定して「布(ガーゼ)マスク配布決定者」に対して忖度しているのかもしれません。

出費が2~3億円なら脚本と配役の悪いテレビコメディーを無理やり見せつけられているということで済むのですが、実際はそうもいかない。

関連記事は『「布マスク2枚」は「ケーキ」を超えたかもしれない』。

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2020年4月14日 (火)

酸っぱいものが嫌い、あるいは梅干しの消費は横ばい

若い人たちの梅干し離れが進行中という内容の記事が目に入りました。下のグラフはその記事の一部です。

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しかし、このグラフでわかることは、世帯主が29歳以下の家庭の梅干し消費金額は、世帯主が70歳以上の家庭の消費量の5分の1くらいで、その傾向(ないし状態)は過去20年間にそれほどの変化はないので、若い人たちも年を取ると段々と梅干しを食べるようになるのかもしれません。そのあたりはよくわからない。

このグラフだけだとわからないもうひとつは、購入されている梅干しの種類です。種類というのは、南高梅か龍神梅かという梅そのものの種類の別ではなく、酸っぱい梅干しか、あるいはそうでない梅干しか、梅干しの味の違いのことです。

伝統的な作りの梅干しは塩分濃度が17~18%から20%くらいはあり、だから酸っぱい。だから常温で何年も保存できます。そうでない作りの梅干しは、「塩分控えめ」というニーズに応じたのか、それとも「お子さま舌」で酸っぱいのが食べられない消費者のニーズを吸収しようとしたのか、いずれの理由で登場したにせよ「あまり酸っぱくない梅干し」あるいは「甘い梅干し」です。

減塩タイプや甘いタイプは常温保存ができないとしても、デパ地下やスーパーの梅干し売り場では、伝統的な作りの梅干しよりも広い売り場面積に減塩梅干しやハチミツや黒糖で味付けされた梅干しが並んでいて消費者需要の方向を反映しています。

以前、酢味噌が苦手という若者に出会っていささか驚愕したことがありましたが、そういう舌の持ち主が増えているのかもしれません。酢味噌のアスパラはダメだが、マヨネーズたっぷりの(つまり植物油がたっぷりとかかった)アスパラは美味しいという味覚の持ち主です。

梅干しの「一人当たりの年間消費量」は金額だけではよくわかりませんが1個15gという想定で数量換算すると、ここ数年は「17~20個くらい」で推移しています。梅干しはあの酸っぱさが醍醐味なのですが、その醍醐味が嫌いな人たちも多い。17個から20個というのは甘い梅干しを含んでの個数だと思います。(「地域の入れ物」というウェブサイトでは、総務省統計局「家計調査」データをもとにいろいろな食べものの消費量を算定していますが、その結果を参照しました。)

我が家の自家製梅干しの塩分濃度は18%。梅干しの一人当たりの年間消費量が「17個から20個」だとして、配偶者やぼくの年間消費量はそれよりもだんぜん多い。毎朝、酸っぱさの醍醐味を堪能しています。

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関連記事は「四年物や五年物の自家製梅干し」。


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2020年4月13日 (月)

タクアンは3月以降の甕出しが美味い

よく天日干しした大根をタクアンにするために漬け込むのが11月の上旬で、それから2カ月くらい熟成させて最初の3本くらいを甕から取り出して、タクアンとして食べ始めるのが翌年の1月上旬です。

しかし正直言って、1月や2月のタクアンは待ち遠しくてその頃から口にするし確かにタクアンなのですが、味の深みが十分ではないという意味でまだ若い。タクアンらしい味わいになるのは3月になってからです。だから今、朝ごはんの漬物のひとつとして登場するタクアンはじつに味わい深い。来年度分からは、食べ始めを2月中旬以降にするかもしれない。そうすれば美味しいタクアンを5月末まで楽しめます。

下の写真は、現在朝ごはんで食べているところのタクアン(3月中旬以降に甕出ししたもの)と自家製梅干し(2015年産、常滑焼にずっと常温保存、梅の種類は龍神梅)です。

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2020年4月11日 (土)

コロナ騒動中の金曜夕方の大通り公園

外せない所用のために金曜の夕方4時過ぎの大通り公園中心部を横切っていたら、ほとんど誰もいないその公園の芝生の上で、アルトサックスとキーボードがカントリーロードをジャズっぽく演奏していました。この日は冬が戻ったかというくらいに寒くて風も冷たく、だからサックス奏者はダウンジャケットを着用です。ススキノのバーか何かで普段演奏しているペアが仕事がないので暇なのでいつもの音が遠慮なく出せる練習を兼ねた憂さ晴らしをしていたのかもしれません。しかしそうすると他の曲もそこで演奏したかもしれないとして、でもそのときはなぜカントリーロードだったのか。よくわからない。彼らの回りのほとんどだれもいない大通り公園の様子を撮影してみました。

 

 

落ち着きかけていた北海道や札幌での新型コロナウィルスの感染者がまた急に増え始めました(下のグラフは北海道の感染状況 4月10日まで)。

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その理由のひとつがコロナウィルスに感染した疑いのある人が首都圏から北海道に入るといった事例が続いていることです。有体に言えば、無自覚感染者や、すでに具合の良くない状態の人が羽田空港から新千歳空港経由で北海道に入り道内の目的地に移動し地元の病院で感染が確認されるといった事例(いわゆるコロナ疎開)です。

もうひとつの理由は、たとえばススキノ辺りを歩く人の数が増え始めたことです(伝え聞くとどうもそうらしい)。ひと月ほどおとなしくしていた結果、新規感染者の数がとても少なくなったので気が楽になったのか。

デパートの化粧品売り場の様子を入り口あたりからそっと拝見すると2月25日の記事「デパートは閑そうでした」のとき、つまり店員の数が客よりも明らかに多かった状態とは違って、少しは客足が戻っていました。札幌駅と大通り公園を繋ぐ地下歩行空間も以前よりは人の流れが多い。

二度目の山が出現する前の3月19日あたりから、今回のとても賢そうなコロナウィルスがその貴重な宿主であるところの人から人に静かに渡り歩いていたのでしょう。宿主を殺さず生かさずというウィルスの戦略基盤はしっかりと維持されていた。そこにコロナ疎開や事態を安心した結果の人出が加われば、ウィルスの思う壺ですぐに山ができる。

しかし、感染者数は気にはなるとしても、結局は新型コロナによる死者数(絶対数、あるいは人口10万人に対しての死者数)が相対的に(他国との比較で明らかに)少なければそれでいいではないかと、やや暢気なことを考えています。


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2020年4月10日 (金)

ゴミ出し時の「ペットボトルの分け方」にいつも迷う

毎朝というか、決められた曜日や日にちの早朝のゴミ出しはぼくの役目です。札幌だと、札幌市指定の黄色いゴミ袋に「燃やせるゴミ」や「燃やせないゴミ」を入れて取っ手部分を縛り、プラ表示のある「容器包装プラスチック」や「びん・缶・ペットボトル」はそのあたりにある透明ないし半透明なポリ袋やビニール袋にきちんと入れて縛って指定場所に出す。

「燃やせるゴミ」とはどういうゴミを指し「燃やせないゴミ」は何が燃やせないゴミか、「包装容器・プラスチック」に該当するゴミはどういうもので「びん・缶・ペットボトル」ということになっているのはどういうのかなどについては、カラーの大判説明用紙が定期的に(多分半年に一度)配られてくるのでそれを参照します。「雑がみ」という区分のゴミもあります。

我が家でごみをゴミ捨て場に出す前の段階で室内のゴミ箱に入れる時も、その分類に従ってゴミ箱(密閉容器や編み籠など)を分けてあるので、そのまま決められたところに詰め込んだらいいとしても、何度やっても迷うのがペットボトル。我が家で利用するペットボトルは輸入品のミネラルウォーター(強い硬水)だけですが、ゴミ捨て説明によれば、

・ペットボトルの「ボトル」は「びん・缶・ペットボトル」ゴミで、
・蓋(キャップ)やラベルは「容器包装プラスチック」ゴミ

になるそうです。似た性質のプラスチックをゴミとして集合させておけば、後工程のリサイクル処理やその他の処理が効率化できるということでしょう。実際にそうなっているのなら、それはわかります。

だから、硬水ペットボトルが空になったら、蓋(キャップ)を外しボトルラベルをハサミで切り取るという作業をするのですが、我が家の硬水は輸入品なので米国生まれの世界標準であるところの「▲PET」マークはついていますが、キャップやラベルにカタカナ「プラ」マークはありません。それで毎回、キャップはどっちだったか、ボトルといっしょにするとまずいか、燃やせるゴミだと簡単なのだが、などと悩んでしまう。どうしてかなかなか覚えない。

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つまり上のような表示になっているはずが、我が家で購入している輸入品ミネラルウォーター(強い硬水)だと「プラ」マークがないというわけです。国産品のように「プラ」マークがついたのを買ったら迷わないのでそうするか、というのは別の話で、お気に入り商品はお気に入り商品なので、ボトルとキャップ&ラベルの仕分けをそろそろ確実に手に記憶させますか。


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2020年4月 9日 (木)

コロナウィルス:各国の対応と、日本の「空気」

下に引用した主要国別の死者数と感染者数の推移グラフ(Financial Times ”Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads | Free to read”)がコロナウィルスに関する各国の状況を一覧するには、ぼくにはいちばんわかりやすい。

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死者数グラフは、縦軸は日々の死者の数、横軸は1日の死者数が3人になった日から現在までの日数(グラフは4月8日まで)。感染者数グラフは、縦軸は日ごとの新たな感染者数、横軸は1日の感染者数が30人になった日から現在までの日数(グラフは4月8日まで)。

イタリアとスペインは1日の死者数が3人になった日から30日から40日経過して感染の拡大がピークを過ぎ、その結果、死者数カーブが横ばいからやや下降気味に(台地系に)なってきたようです。米国は感染がまだ拡大中で、日々の死者数も増加中。日本は死者数(絶対数、あるいは人口10万人に対しての死者数)は少ない。

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新たな感染者数もイタリアやスペインではピークを過ぎて減少中。米国はまだ増加中。日本では少ないことになっていた感染者数が「オリンピック延期決定」後の検査数の増加に伴ってそれなりに急に増加し始めた様子がグラフに現れています。

各国の対応を比べると、そこに国民性(ないしは民族性)の違い、あるいは西洋の思考方式や意思決定方式と東洋の思考方式や意思決定方式の違いがそれなりにきれいに反映されているようで、不謹慎を承知で言えばとても興味深い。

ヨーロッパや米国は感染防止対策として国や都市のロックダウン(lockdown)がお好きなようです。それがデフォな選択肢になっている。そしてそういう施策の一部として家計や個人の経済的な救済策が最初からセットになっていて、すぐに実施される。

中国も武漢をロックダウンしましたが、そのやり方をニュース報道やSNSで拝見していると、共産党政府らしいやり方というよりもほとんど漢王朝や唐王朝や明王朝のやり方です。各王朝でそれぞれに発生した騒乱や擾乱や民衆蜂起を制圧・鎮圧した方法のサブセットが今回も出現したようでした。

韓国は都市のロックダウンはせずに、感染検査の数を急速に増やすことで成功裡に対応してきました。この発想がどこから出てきたのかわかりませんが、西洋ロジックではない。

日本は、その点ではユニークです。都市のロックダウンはしない、大掛かりな感染検査を実施するわけではない、法的強制力のない「三密回避」と「外出自粛」を呼びかける。だからかならず「漏れ」はある。

たとえば、北海道の現在患者数が40人になってからそれを下回ることがなくてそのあたりで(最近は少しだすが急に増えたりしながら)停滞しているのは、原因はおそらく東京とのヒトの往来です。ビジネスで東京からヒトがやって来る。札幌から東京に仕事に行って二泊三日くらいで帰って来る。ヒトの往来が少なくて相互に関連のなさそうな北海道の複数の過疎部で急に同時発生的に感染者が出現したというのは学生や家族の「東京からの疎開」がその理由だと思われます。そういう「漏れ」がビルトインされている。「漏れ」としてもう一つビルトインされているのは家計や個人や中小企業や個人事業主の金銭的な救済策の曖昧さと制約と支払いの遅さです。

しかしそういう「漏れ」を抱え込んでいても、結果として「コロナ死者」「コロナ経済不況関連死者」がとても少なくて済むのであれば、ここでは、それはそれで結構であるとします。

欧米のコロナ対応を Democracy(字義通りの訳は「民衆支配」)とすると、日本のコロナ対応は「民主主義」で、つまり似て非なるものです。欧米の対応を Constitution(字義通りの訳は「いっしょに作る」)とすると、日本の対応は「憲法」です。「憲」は「のり、おきて」「法」も「のり、おきて」、つまり「憲法」は「おきて+おきて」という意味になる。欧米と日本のコロナ対応にそういう違いが出ています。

 安倍首相は4月7日の記者会見で、ある記者から、緊急事態宣言を発令しても新型コロナウィルスの感染拡大が抑えられなかった場合の自身の責任について質問された際に、「最悪の事態になった場合、私は責任を取ればいいというものではない」と答えました。本当は首相は「うまく行けば私の手柄だが、うまく行かなかった場合は私の責任ではない」というシンプルな考え方なのかもしれませんが、これは日中戦争から太平洋戦争に至る政府の意思決定を彷彿させます。

当時の政府の最終的な意思は、丸山眞男や山本七平が指摘したように、結局はその場の「空気」「空気感」によって決定されていた。今回の緊急事態宣言やその実行に不可欠な諸政策も中軸シナリオライターが不在のなかで醸成された「空気」が決定したのかもしれません。もしそうなら「最悪の事態になった場合、私は責任を取ればいいというものではない」というのは、うまく行かなかった場合に責任を取るのは閣僚や財務官僚などの官僚を含めたその場の「空気」であって「私」ではない。これももうひとつの「漏れ」かもしれません。

しかし、そういう曖昧さや「漏れ」があるにもかかわらず、ぼくには日本や日本人というもの基本部分に期待するところもあって、日本人は、よく手を洗う、毎日お風呂に入る、握手やハグをしない、マスクをするのが日常習慣である、風呂好き・温泉好きで清潔な国民である。こういう国民性要素や食生活を含む生活要素が、国民目線を失った政治家や官僚、勝手に安全地帯に疎開する人たちの存在にもかかわらず、上述のような漏れを相殺する可能性も高い。海外からのヒトの流入阻止や外出自粛というのも「ミニ鎖国」みたいなものだと考えたら、「鎖国」経験は普段はとくには意識しないけれどぼくたちの文化生活的なDNAの一部になっている。


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2020年4月 8日 (水)

蕪(カブ)は、食べるなら菊花蕪

北海道でも南の地域では蕪(カブ)は生産していてその収穫量は全国で第7位でシェアは3%(平成30年、農水省データ)。ではあるものの、まれにシャキシャキ感のある赤カブを旬の時期に千枚漬けにして食べるくらいで、カブは最近は我が家ではほとんど口にしません。例外は春の七草のひとつであるところのカブで、これはきちんと毎春、七草粥でいただきますが、そのカブは七草の生産地の四国からやってきます。

カブは大根と同じアブラナ科の野菜であっても、大根と違って熱を加えた料理に向いているとは思えない(勝手な判断ながら、ぼくにとってはあまり美味しくない)。それに、大根が体を温めるのに対してカブは体を冷やす傾向がある。しかし、そうであっても三杯酢に漬け込んだカブは美味しい。

以前よく食べたのが「菊花カブ」。皮を剥いた小ぶりな白い蕪(かぶ)にタテヨコに格子状に切り込みを入れたのを三杯酢(や甘酢)に昆布や輪切りの鷹の爪といっしょに漬け込み、味がなじんだ後でその切り込みの入った白蕪の形を菊の花のような形に整えると「菊花カブ」ができ上がる。

「三杯酢」は、その言葉を子供の頃に初めて耳にしたときにはなぜ三杯なのか不思議な響きでしたが、酢、醤油、みりんを同量ずつ混ぜ合わせた調味料のことで、もともとは盃で各調味料を盃で一杯ずつ量って(つまり全部で三杯を)調合したために三杯酢と呼ばれるようになったらしい。醤油の代わりに塩、味醂の代わりに砂糖を使っても三杯酢です。風味と色合いと、各家庭の好みが出ます。

「菊花カブ」の味付けは、我が家では、酢と塩と味醂と昆布と鷹の爪なのでピリ辛風味。ごはんの漬物だけでなく、ぬる燗の日本酒の肴にもなります。

関連記事は「札幌近郊の聖護院大根と赤カブを千枚漬けに」。


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2020年4月 7日 (火)

ビジネスとして成り立つプロスポーツには「ボール」が必須?

プロ野球の開幕も無期限の延期になったということもあって、テレビの野球中継や球場(札幌ドーム)で消費するはずだった時間を使って、人気のあるプロスポーツとそうでないものの違いについてぼんやりと考えていました。

一定規模以上のビジネスとして成立しファンも多いプロスポーツはほとんど例外なく「ボール」を利用しているようです。「野球」「サッカー」「バスケットボール」「ゴルフ」「テニス」「アメリカンフットボール」「ラグビー」、みんなボールを使う。

ボールを使わないスポーツ、たとえば陸上競技や水泳、スキーやスケートは、スポーツビジネスとしては成立しそうもありません。そこまでの大衆需要がないからです。柔道やレスリングも同じです。オリンピックのときだけ注目されますが、それ以外の時は仲間内の閉鎖空間です。

「バレ―ボール」や「卓球」のようにボールを使っても人気のないのはあって、その二つの共通点は、敵味方で場所(陣地)を分けて互いに競技者が入り混じらない種類のボール利用競技であることです。そういう意味では同じ種類だけれど「テニス」はプロスポーツとして回転していて、その差がどこから来ているのかはぼくにはよくわからない。

ボールの持つ偶然性作用と相互の肉体接触が「大衆プロスポーツ」には必須なのかもしれません。

ゴルフにはプレーヤー同士の肉体接触はない代りに、駆け引きという名の高度な精神接触があります。ゴルフのそもそもはホールごとに勝ち負けを付ける(実質的にはお金のやりとりですが)マッチプレーです。それにゴルフクラブで打ったボールは理屈上、ぼんやりしていても緊張していても、よく曲がる。

例外は、スキーやスノーボード。ボールは使わないにしても、用具が高価で毎年ニューモデルなので魅力的なビジネスではあります。だから上位のプロ選手は比較的優雅に生活できる。

スポーツではないけれど「パチンコ」もボールを使うし、「ルーレット」もボールを使う。「玉突き」もボールを使う。博打にもボールの持つ偶然性機能が必須のようです。プロスポーツ選手の稼ぎということで言うと、個人競技はチーム競技にかなわない。


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2020年4月 6日 (月)

「布マスク2枚」は「ケーキ」を超えたかもしれない

呆れてモノが言えない、という状態を久しぶりに体験しました。

呆れてモノが言えなくなったのは、「前例にとらわれることなく」「今までにない規模で」「速やかに」実行することになっていたところの新型コロナウィルス感染防止対策の「政府」具体案が「全世帯に布マスクを2枚ずつ配布いたします」ということになったと聞いた瞬間です。この件についてはSNSがエスプリの効いたメッセージや印象に残るユーモア画像等を交えて姦しい状態ではあるとしても、ぼくも私的記録としてその瞬間の気分をここに残しておくことにしました。

「ケーキを食べればいいじゃない」「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」はマリー・アントワネット自身の言葉でなくてフランス革命前夜の空気を上手に滲ませたどなたかの創作だったようですが、国会で「全世帯に布マスクを2枚ずつ配布」と言ったのは安倍首相本人なので、それを自信をもって宣言した瞬間に彼の「布マスク2枚」はマリー・アントワネットの「ケーキ」を超え、後世に残る言葉になりました(近くの官僚の思い付きアドバイスをすばらしい方策だと勘違いした結果だとしても)。だから国民が一揆よりも過激な行動を為政者に対して発揮することを厭わない国なら、すぐこのあとに革命が起こってもおかしくない。こういう革命を何と名付けましょうか。

「布マスク2枚」の発想は、「(国民全体で)食べる量が増えるわけではない」のでスーパーなどで食品不足などが続くわけがないと考えた農水省の役人の発想と、ものごとをマクロに静的にしか見られない、つまりミクロな生活感や現実感をいっしょに併せ持った形でものごとを発想できないという意味では同じです。

在宅勤務や休校や外出禁止要請で家族が今まで外で食べていた食品消費分が家庭内に一気に流れ込んできたので(それからその他の理由も加わったので)、家庭内での食品需要が急増してスーパーの日持ち食材や加工食品の棚が空っぽになるという個別な状況変化が、農水省の役人にはうまく想像できなかったように、今回の役人も平均値に飛びつくのは得意であっても、以下にネットから勝手に引用させてもらった絵のような状況が各家庭で発生することが思い描けなかったようです。だからネット上での国民のネガティブな反応と揶揄の大きさに驚き、慌てている。(関連記事は「「食べる量が増えるわけではない」のではなく、「食べる量は確実に増えた」

その、見かけだけで役に立ちそうもない「布マスク(ガーゼマスク)2枚」がそのうち我が家に届いたら、歴史的な記念物として、当分の間、郵送用の封筒ごと透明なポリ袋に入れて保管しておくつもりです。

蛇足ですが、マスクを役に立つ順に並べると

「N95」>「サージカルマスク」>「一般向け不織布マスク」>「マスクをしない」>「布マスク」

という専門家の見解があります。洗って再利用できるということになっている「布マスク」を、手洗いした後、よく乾いていない状態(陰干しが生乾き状態)で再利用すれば(2人世帯でひとり1枚しか割り当てがないし、ガーゼマスクなので乾燥機や天日干しは向いていないのでそうなる可能性が高い)、雑菌が増殖したマスクを翌日に使うことになります。

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どなたの作品か存じませんが、勝手に引用させていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。


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2020年4月 3日 (金)

運動不足解消には部屋でラジオ体操

「コロナ」のおかけでスポーツクラブを控えている配偶者が運動不足を気にしているので、ラジオ体操を毎日付き合うことにしました。ぼくはそういう体操はタブレット端末から流れてくる伴奏さえあればひとりでもできるし一人でやることに特に抵抗はないのですが、彼女はそういうのは好きではないらしい。で、部屋で、二人の都合が合う時にいっしょに「伴奏と号令のついたラジオ体操第一」に合わせて体を動かします。音楽の持続時間は3分22秒。まあ、5分間の運動です。

外を夕方に速足で気持ちよく歩くには、札幌は(あるいはぼくにとっては)まだ季節が早いので、いっしょにやるラジオ体操は悪くない。

ラジオ体操もしっかりやればそれなりの負荷が体にかかります。しかしそれだけでは、何もしないよりはマシではあっても、体が軽くなりません。というわけで、ヨガ体操用の質のよさそうなマットを購入し、配偶者がスポーツクラブでやっている、補助者がいないと出来ないタイプのストレッチもラジオ体操のあとでいっしょにやることにしました。やり方は彼女が覚えているので、教えてもらう。

調べてみたら、中国にも「第八套广播体操」という日本のラジオ体操に近いものがあるみたいです。でも中国なら太極拳。香港や台北の早朝の公園で何度か拝見した太極拳のゆったりとして、身体全体の中心軸(というか重心というか)が決して崩れないバランスの取れた美しい動きは真似してみたい。

関連記事は「ラジオ体操(第一)」。


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2020年4月 2日 (木)

気がつけばそろそろ「清明(せいめい)」

一日のいろんな時間帯の空気をゆっくりと呼吸する機会がコロナ騒動で少なくなっていたので「春分」がとくにその日を意識しないうちに過ぎていました。気がつけば四月で、節気(せっき)はそろそろ「清明(せいめい)」です(今年の清明は、春分から15日後なので、四月四日)。

二十四節気の五番目に当たる「清明」は「清浄明潔」の略で、万物がけがれなく清らかで生き生きしているという意味だそうです。その感じは樹木の枝先の具合や融けつつある雪の隣で茶色い地面から芽を出しつつある草の様子で実感できます。札幌や東北北部ではもう少し時間が必要ですが、それ以外ではすべてのものが春の息吹を謳歌する頃です。

好日性のぼくは、これから夏至に向かう日が明かに日ごとに長くなっていく季節がいちばん好きで、そうなると週末の夕方などはジョギングシューズを履いて一時間くらいの速足散歩を、周りの景色を観察しながら楽しむことが出来ます。

もう雪が降ることもないと思うので、この前の日曜の午後に革の冬靴・雪靴の手入れをしました。普段から靴磨きは嫌いではありません。透明の、防水機能も自然と備わっている皮革手入れ用のトリートメントワックスを家族が使用するすべての靴に丁寧に塗り込み11月くらいまで7カ月ほど休憩してもらいます。こうしておくと晩秋から初冬の急な雪にも慌てなくて済む。

冬靴の手入れが終わり、春秋靴と入れ替えたら、それなりに春です。


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2020年4月 1日 (水)

こういう調査は「無視」しないと危ないですね

LINE 国内8300万人の利用者に健康状態調査 厚労省と協定」というタイトルのニュース(NHK)が3月31日の早朝に配信されました。念のために以下にそのままを(画像も含めて)引用します。

エイプリルフールには一日早い。

その後、LINEから、そのニュースの画面と同じメッセージが送られてきました。厚生労働省のロゴマークの付いたメッセージ画面(Q. 現在の体調について教えてください)の一番下には次のように書かれています。

《選択いただいた内容は、当社において個人を特定できない形で統計化したうえで、公開されることがあります。取得した情報は本目的における分析・調査の終了後、速やかに破棄されます。(選択後に調査ページに遷移します)》

いささか胡散臭さを感じたので、厚労省のウェブサイト(ホームページ)、とくに「新型コロナウイルス感染症について」のコーナーで、当該調査に関する告知(お知らせ)があるかどうかを確かめてみました。そういう告知はありませんでした(3月31日、19時45分現在)。だから、このニュースの内容が本当かどうかはわからない。

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つまり、こういう実態のよくわからない調査に協力した方々の生データはLINEやLINEと関係する組織のデータベースにずっと残ると考えたほうがよさそうです。だからぼくはこういうタイプのアンケート調査は意識して避けることにしています。

【註】ここからの10行程度は後で追加しました。

すぐ上で引用した、それなりにわかりやすい画面ページの下の方に「更新情報」一覧があり、そこに「2020年3月31日掲載」項目のひとつとして「【注意喚起】新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する取組を装った詐欺にご注意ください~調査を装ってクレジットカード番号等を尋ねるものは詐欺です!~」があります。

その詳細説明の参考情報(参考2)としてこの件が目立たない感じで当該事項が記述されていました。

(参考2)厚生労働省とLINEは「新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する協定」を締結しました(令和2年3月31日報道発表資料)

もっと調べてみると「2020年3月30日掲載」情報のひとつとして当該情報も告知されていました。

だから、この報道内容は事実ということになりますが、厚労省の当該情報の発信と位置づけと配置のしかたが不思議ではあります。【註の終り】



<ニュースの引用開始>

LINE 国内8300万人の利用者に健康状態調査 厚労省と協定

NHK NEWSWEB 2020年3月31日 6時47分 新型コロナウイルス

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通信アプリ大手のLINEは、新型コロナウイルス対策で厚生労働省と情報提供の協定を結び、この一環として、8000万人を超える国内の利用者を対象に、31日から健康状態などの調査を行うことになりました。

調査は、LINEが国内のすべての利用者を対象に31日から行い、4月1日までの回答を呼びかけます。

31日午前10時以降、LINEの公式アカウントから利用者に順次メッセージが送られ、その時の体調について、
▽ふだんどおり、
▽37度5分以上の発熱、
▽せきがある、といった5つの選択肢の中から選ぶようになっています。

回答に応じて、
▽いつから症状があるかや、
▽2週間以内に外国から帰国したどうか、を尋ねるほか、うがいや手洗いなどの感染予防の対策を取っているかどうかも聞くということです。

そして年齢、性別、住んでいる地域の郵便番号などを答えてもらい、個人が特定されない形で統計処理をして厚生労働省に提供します。

LINEの国内の利用者は月間およそ8300万人に上り、会社は、クラスターと呼ばれる感染者の集団が発生している地域の把握や、行政による感染拡大防止のための施策に役立てたいとしています。

集めたデータは結果を分析したあと速やかに廃棄する、と説明しています。

調査は継続的に実施し、2回目は来月5日に行う予定だということです。

LINE「感染予防の意識なども可視化」

LINEによりますと、全国の利用者を対象に調査を行うのは2011年のLINEのサービス開始以来初めてだということで、稲垣あゆみ上級執行役員は「クラスターの発見だけでなく、人々の感染予防の意識が地域や世代によってどのように異なっているかなどを可視化することができるのではないか。ぜひ皆さんにアンケート調査に参加してもらい、感染拡大防止に有用なデータを提供できるように、こちらでも頑張っていきたい」と話していました。

<引用終了>


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