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2020年5月28日 (木)

マーケティング教科書の教材にしたいある小説の一節


以下に引用したのは25年くらい前に出版されたある長編小説の一節(ページ数だと1ページ半くらい)ですが、マーケティングの教材としてとてもよくできています。それで、少し長いですが、以下に引用しました。つまらない教科書よりははるかに役に立つ。今日のブログ記事はこの引用だけです。ご参考まで。

別のことを調べていた時にふとその内容を思い出したものの、それがどの小説のどのあたりだったかは忘れていました。しかし、本棚の前に立ちそれらしいと思われる数冊に当たりを付けてページを繰っていったら意外と簡単にその箇所が見つかりました。その小説の作者は若い頃にジャズバーのオーナーとしての経営経験があると聞いていますが、その一節には当時の体験も反映されているのでしょう。

 叔父はまたひとくちウイスキーを飲んだ。

「たとえばだね、どこかに店を一軒出そうとする。レストランでもバーでもなんでもいいよ。まあ、想像してみろよ、自分がどこかに店を出そうとしているところを。いくつかの場所の選択肢がある。でもどこかひとつに決めなくちゃならない。どうすればいい?」

 僕は少し考えてみた。「まあそれぞれのケースで試算することになるでしょうね。この場所だったら家賃が幾らで、借金が幾らで、その返済金が月々幾らで、客席がどのくらいで、回転数がどれくらいで、客単価が幾らで、人件費がどれくらいで、損益分岐点がどれくらいか・・・そんなところかな」

 「それをやるから、大抵の人間は失敗するんだ」と叔父は笑って言った。

「俺のやることを教えてやるよ。一つの場所が良さそうに思えたら、その場所の前に立って、一日に三時間だか四時間だか、何日も何日も何日も何日も、その通りを歩いていく人の顔をただただじっと眺めるんだ。何も考えなくていい、何も計算しなくていい、どんな人間が、どんな顔をして、そこを歩いて通り過ぎていくのかを見ていればいいんだよ。まあ最低でも一週間くらいはかかるね。その間に三千人か四千人くらいの顔を見なくちゃならんだろう。あるいはもっと長く時間がかかることだってある。でもね、そのうちにふっとわかるんだ。突然霧が晴れたみたいにわかるんだよ。そこがいったいどんな場所かということがね。そしてその場所がいったい何を求めているかということがさ。もしその場所が求めていることと、自分の求めていることがまるっきり違っていたら、それはそれでおしまいだ。別のところにいって、同じことを繰り返す。でももしその場所が求めていることと、自分の求めてゐることとの間に共通点なり妥協点があるとわかったら、それは成功の尻尾を摑んだことになる。あとはそれをしっかり摑んだまま離さないようにすればいい。でもそれを摑むためには、馬鹿みたいに雨の日も雪の日もそこに立って、自分の目で人の顔をじっと見ていなくちゃならないんだよ。計算なんかはあとでいくらでもできる。・・・」(村上春樹著「ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編」)

 


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