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2020年7月30日 (木)

畳みかけるリズム感と人を酔わせる説得力

彼の文章には、酔ってしまうような心地よい、そして強引なリズム感があります。彼の牽引力の強いリズム感を持った文章は、読者には愉悦に近い心地よさを感じさせます――そういう方法にいくぶんの違和感を覚えるかもしれない他の一群の読者がいるとしても。

言葉を換えると、彼の書く文章には、歯切れのよさと強引さが――強引さ故のわかりにくさというところも含んで――同居していて、この強引な歯切れのよさは、それが書かれた(あるいは活字になった)文章の場合には、そこが小さな違和感や引っかかる感じとなって読者の頭の中に未消化のまま残るかもしれませんが、しかしそれが壇上からの講演のようなその場で後戻りのないような話し言葉の場合は、歯切れのよさと心地よいロジックだけがその場を支配します。ほとんど老練な英国政治家の雄弁な議会演説です。

「歯切れのよさ」と「切れすぎる歯切れのよさ」(後者は別の言い方をするとロジックのジャンプ)が同居している例を以下に引用してみます。

その前に要約風に言ってしまうと、相手が愚鈍でロジックを重ねるのが面倒な場合は――バカかお前は、そんなことはわかっているではないか、という場合は――論理が跳んで、「要するに、現実を、己の肉眼で見ると・・・のようになる」、あるいは「美しい花はあるが、花の美しさというようなものはない」と断定的に結論付けます。彼にとってそういう種類の「搦手(からめて)」は自家薬籠中のもので、それが、読者や聴衆を心地よいリズム感で包みます。

まずは書き言葉(エッセイ)の例

『室町時代といふ、現世の無常と信仰の永遠とを聊(いささ)かも疑わなかったあの健全な時代を、史家は乱世と呼んで安心してゐる。それは少しも遠い時代ではない。何故なら僕は殆どそれを信じているから。・・・中略・・・美しい『花』がある、『花』の美しさという様なものはない。彼の『花』の観念の曖昧さについて頭を悩ます現代の美学者の方が、化かされてゐるに過ぎない。肉体の動きに則って観念の動きを修正するがいい、前者の動きは後者の動きより遥かに神妙で深淵だから、彼はさう言ってゐるのだ。』(小林秀雄「当麻」、なお「彼」とは「世阿弥」)

僕が信じているから少しも遠い時代ではない。美しい花がある、美しい花というようなものはない。

次に講演記録の例。

『この新しい事態に接しては、彼の豊富な知識は、何んの役にも立たなかった。役に立たなかった許りではない、事態を判断するのに大きな障碍となった。つまり判断を誤らしたのは、彼の豊富な経験から割り出した正確な知識そのものであったと言へるのであります。これは一つのパラドックスであります。このパラドックスといふ意味を、どうかよくご諒解願ひたい。僕が、単にひねくれた物の言ひ方をしてゐると誤解なさらぬ様に願ひたい。太閤の知識はまだ足らなかった。もし太閤がもっと豊富な知識を持ってゐたなら、彼は恐らく成功したであろう、といふ風に呑気な考へ方をなさらぬ様に願ひたい。そうではない。知識が深く広かったならば、それだけいよいよ深く広く誤ったでありませう。それがパラドックスです。僕の見方如何によってさういふパラドックスが歴史の上に生じたり生じなかったりするのではありませぬ。さういふパラドックスを孕んでゐるものこそ、まさに人間の歴史なのであります。』(小林秀雄「事変の新しさ」)

彼は、『知識が深く広かったならば、それだけいよいよ深く広く誤ったでありませう』と断言します。その根拠や論拠は示しません。彼がそう考えるので、そうなのです。『それがパラドックスです』と結論付けて、それでおしまいです。政治家の演説ならそこで会場が深く納得します。一部の聴衆からは間髪を容れず拍手が沸くに違いない。

そして『僕の見方如何によってさういふパラドックスが歴史の上に生じたり生じなかったりするのではありませぬ。さういふパラドックスを孕んでゐるものこそ、まさに人間の歴史なのであります』と続きますが、ここで会場は再び深く肯くはずです。しかし『さういふパラドックスを孕んでゐるものこそ、まさに人間の歴史なのであります』というのはここでは飛躍です。あるいは『僕の見方如何』そのものです。しかし、その「飛躍」や「僕の見方如何」こそ畳みかけるリズム感で人を酔わせる説得力の源泉です。


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