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2020年9月30日 (水)

複数の語り手の合作としての叙事詩や叙事物語

ある年齢に達すると抒情詩よりも叙事詩のほうを心地よいと感じるようになります。抒情性がそのまま現れる事態というのはけっこう鬱陶しい。叙事詩の行間や語り言葉の間からも抒情性は立ち上がってきます。そういう抒情性は心地いい。

「トロイア戦争」を舞台にした古代ギリシャの叙事詩に「イーリアス」や「オデュッセイア」があります。それらを吟じた多数の吟遊詩人がいたはずですが、「ホメロス」という名前は残っているものの同じ叙事詩をそれぞれに吟じた他の多数の吟遊詩人の名前(たとえばテストリデスなど)は残っていません。

ホメロスの本名はメレシゲネスで、ホメロスとは当時のある地方の方言で「盲目の人」という意味だったそうです。成人後に眼病で眼を悪くしたらしい。失明してからのほうが詩作が活発になったようです。「イーリアス」や「オデュッセイア」を吟じた他の吟遊詩人がホメロスのように目が不自由であったかどうかはわからない。しかし、目が不自由な方のほうが、音の連なりとしての長い叙事的な物語をはるかに記憶しやすいということはあるかもしれません。

竪琴のような弦楽器を持った多くの吟遊詩人が「イーリアス」や「オデュッセイア」をそれぞれの語り口で筋書きや語りの変奏を付け加えながら詠じたものを「ホメロス」がいわばコンパイラー、編集者としてまとめ上げたので、作者が「ホメロス」ということになったようです。

平安時代における平家の盛衰(ないしは平家と源氏の戦い)が題材であるところの「平家物語」は、「イーリアス」や「オデュッセイア」と幾分かは同じように、盲目の僧である琵琶法師(日本版の吟遊詩人)が日本各地を巡って口承で、つまり琵琶を弾きながらその物語を「語る」ことによって伝えられきました――「語る」とは節を付けて歌うことですが、叙事物語なので「歌う」ではなく「語る」です。平家物語にもホメロスのようなコンパイラー、編集者がいたと想像できますが、平家物語は一般的には琵琶法師の個人名が表に出てこないことになっています。

しかし「徒然草」(二百二十六段)には、兼好がどこかの確かな筋からそう伝え聞いたのか、「平家物語」の成立に関して次のように記述されています。兼好が徒然草を書いたのは、平家物語の初版(というのも変な言い方ですが)が出来てから百数十年くらい後なので、その記述は正しいのかもしれません。

『後鳥羽院の御時、信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)、稽古(けいこ:学問の意)の誉ありけるが・・・(中略)・・・この行長入道、平家物語(へいけのものがたり)を作りて、生仏(しやうぶつ)といひける盲目に教へて語らせけり。さて、山門の事を殊にゆゝしく書けり。九郎判官の事は委しく知りて書き載せたり。蒲冠者(かばのくわんじや)の事はよく知らざりけるにや、多くの事どもを記し洩らせり。武士の事、弓馬の業わざは、生仏(しやうぶつ)、東国の者ものにて、武士に問ひ聞きて書かせけり。かの生仏が生れつきの声を、今の琵琶法師は学びたるなり。』

長い期間をかけて伝承されてきた叙事詩や叙事物語には多数の吟遊詩人や語り手の創造的な変奏(ジャズの即興演奏的な変奏)が積み重なっていると思われます。『かの生仏が生れつきの声を、今の琵琶法師は学びたるなり』も、基本形はあったにせよ、僕はそういう文脈で理解しています。

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