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2021年12月17日 (金)

自民党の「憲法改正草案」の性格について

自由民主党が憲法改正論議で姦しい。その応援団の政党もにぎやかです。

憲法とは、17世紀末のジョン・ロックの「統治論」以降は、政府が守るべきことを定め、政府の行動を制限した法律のことです。守るべきものは、言論の自由や集会の自由といった国民の侵すべからざる権利、つまり国民の人権です。政府は気に入らないからと云って好き勝手なことをしてはいけない。言論統制をしてはいけない、集会の自由を邪魔してはいけない。勝手に戦争をしてはいけない。そういう内容の憲法を守る義務を負うのは、まず、政府です。国民ではありません。政府を、国家ないし国家権力と言い換えることもできます。国家権力というと大げさに聞こえますが、人類の経験史上、国家(ないしその相当機関)は、なにかにつけ、内に外に権力を行使したがる性格の装置なので、国家権力という表現は不適切ではありません。

自由民主党の憲法改正論議の元になっているのは自民党が平成24年(2012年)427日に作成した「日本国憲法改正草案」(現行憲法対象)ですが、その考え方の根(ないしは心情)は以下のようなものです。

賢い政府が、あなたがた愚民をきちんと導いてあげるので、政府の言う通りにしていれば日本はもっと良い国家になります。そのためには憲法の改正が必要です。どこをどう改正するかは平成24年(2012年)427日に作成した「日本国憲法改正草案」(現行憲法対象)を読んでください。内容が難しければ読まなくても大丈夫です。そのかわり政府の言うことに素直に従ってください。

《蛇足的な註》 「高いお米、安いご飯」の考えでは、「愚民」の中には「文字を解する文盲」あるいは「学歴の高い文盲」とでも呼んだらいい人たちが含まれます。



この改正案の性格が見事に凝縮されているのが【第十一章 最高法規】です。

(註: ここより以下、上述の改正草案からの引用部分は【・・・・】で示し、現行憲法からの引用は『・・・・』(二重括弧で下線付き)で示します。)

自民党草案では、まず、現行憲法の『第十章 最高法規』の『第九十七条』(基本的人権)がそっくりと削除されています。『第九十七条』(基本的人権)を削除するとはたいした度胸です。この草案の中で、国民は愚民になりました。

『現行の第九十七条』は以下の通りです。

第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。』

そして、基本的人権を削除した代わりに、【第十一章 最高法規】に【(憲法尊重擁護義務)】が追加されています。

【(憲法尊重擁護義務)】
【第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。】
【2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。】

憲法を尊重し守るのはまず政府ですが、それが政府ではなく国民という具合に考え方が逆転しています。現行憲法では、その部分は以下のようになっています。

第十章 最高法規』『第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。』

したがって、考え方を逆転した結果、そうしないと整合性がとれないので、『現行憲法前文』『そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。』という憲法の基底となる箇所が、【改正草案】の【前文】からはきれいに剥(は)ぎとられています。

【改正草案】では、その代りにその箇所に【日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。】といった「十七条憲法」の「第一条」のようなニュアンスの一文が配置されました。

《註》 その作成者が聖徳太子ということになっている「十七条憲法」は、その内容が官僚の行動規範であり仏教風の倫理規定です。だから、たとえば、「官吏は朝早くから夕方遅くまで働くこと。公務はゆったりできるほど暇ではない」などという記述があります。



そういう指向性を持った考え方からは、次のような「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」を制限・制約するような条文(第二十一条の2項)が生まれます。

【(表現の自由)】
【第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。】
【2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。】
【3 検閲は、してはならない。通信の秘密は、侵してはならない。】

現行憲法の『第二十一条』は以下の通り。

第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する
『② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない
。』

つまり、たとえば、霞が関の官庁街を「原発反対」と書いたプラカードを持って金曜日の夕方に自発的にデモすることが【公益及び公の秩序を害することを目的とした活動】と解釈されたら、憲法違反と云うことになります。



また、そういう考え方は別の面では以下のような顕れ方をします。

【第二章 安全保障】【2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。】 とくに、【安全保障】の【国防軍】の項には、これが憲法の条文かというくらい国防軍についての饒舌な記述(軍事裁判の仕方まで含めた細かい記述)が並んでいます。そして、【改定草案】の【第二章】からは、以下の『現行憲法』の『戦争の放棄』に関する記述が、当然のごとくに、削除されています。

『第二章 戦争の放棄』

『第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。』
『② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』

「自民党草案」の新設事項のひとつに【第九条 緊急事態】【第九十八条】と【第九十九条】があり、全体は以下の引用の通りですが、ここにも【改正案】の性格が、【第十一章 最高法規】と同様に明瞭に凝縮されています。政府がその気になれば何でもできるという意味でとくに影響力が強く大きいのは【第九十九条の3項】です。

「緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態に置いて国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。」

目立たない位置にサラッと書いてありますが、政府がその気になれば戦前よりもパワーアップした治安維持法のようなものから新しい特高警察――日本版の焚書坑儒です――、そして緊急徴兵制まで何でも可能です。

H24



勝手気ままに動く政府に対しては国民は抵抗権を持つというのが、今まで長い間、世界各国・各地域で人々が命を含めた犠牲を払って手にしてきたデモクラシーという知恵の運用のひとつです。自民党草案(「賢い政府が、あなたがた愚民をきちんと導いてあげるので、政府の言う通りにしていれば日本はもっと良い国家になります。そのためには憲法の改正が必要です」)は、その知恵となじみません。

関連記事は、「気になる本を本棚から取り出して(「自由からの逃走」)」。



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