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2024年3月21日 (木)

再び、繰り返し楽しめる本

本の裏表紙に「新潮ミステリー倶楽部 クリスマス黙示録 多島斗志之」とあるので分類はミステリー(推理小説)ということになっているようです。発行は1990年。日系三世のFBI女性捜査官が主人公です。繰り返し読めるミステリーで、購入してから、三十年間で三度、読みました。文章がいいので三度目も飽きない。拳銃の腕が優れているとは決して言えず腕力もない女性捜査官が警護の職務を遂行する話で、ハードボイルドの香りが適度に漂っています。

書くことで食べているのではないので、ここは書くことを職業にしていた倉橋由美子が宮部みゆきの「火車」という推理小説の文章について書いたものから一部をお借りします。同じことが「クリスマス黙示録」にも当てはまります。

《推理小説は暇つぶしのため、娯楽のために読むものということになっていても、それが文学になっていなければとても読めたものではありませんし、楽しむこともできません。宮部みゆきさんの小説は何よりもいい文章で書かれています。これは天性のいい声と正確な音程で自在に歌える人の歌に似て、安心して快適に読めます。こういう楽しさは、残念ながら最近の多くの推理小説に欠けているものです。》

電子書籍の読み放題サービスを利用していた時に、刑事や探偵などを主人公にした推理小説を読み漁りましたが、再読したくなるような文章に出会うことは少なかったようです。

寝転がっての拾い読みを含めると目次からあとがきまで、この三十年で十回以上は目を通している本があります。「男流文学論」というタイトルの、女性三人――上野千鶴子・小倉千加子・富岡多恵子――の鼎談集です。発行は1992年。三人とも関西あるいは関西文化圏で育ったかたで、二人は学者、一人は詩人・作家です。

谷崎潤一郎と彼の著作について語り合う章に次のような発言があります。鼎談なので話し言葉ですが、これが「とてもいい文章」になっていて、この鼎談集にはそういう文章が多い。だから何度も読み返しても退屈しません。

《私、それもね、ほんまは全部嘘やと思うんですよ、彼女はそんなん本気で思ってないと思う。生きている間はうるさい夫やったけど、死んでしもたら私の天下や。どっとみち人生なんていうものは、私みたいにこういうふうにやっときゃええやないか。あんたら何むきになってるの、あほちがうかって。人生て、この程度のものなんや、あんたら何を論じてるのん?って言われているようなコンプレックスはずっと感じるわ。そんな人はちゃらちゃら着飾っていても、どこかに陰影がある。》《上手に退廃してはるなと思うんですよね。》

ある著作が繰り返し読めるかどうかの条件のひとつはそれがいい文章で書かれているかどうかです。いい文章というのが、ここで引用した例と違って、必ずしも、わかりやすい文章というわけではないにしても。


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