経済・政治・国際

2018年1月15日 (月)

晩ごはんに「さつまいも」

週末の夕方、小腹が空いたので、配偶者といっしょに「さつまいも」の焼きいもを食べることにしました。「鳴門金時」(写真)です。そういう場合は、普通は、1本を二人で分けるのですが、二人ともとてもおなかが空いたという感じだったので、ひとり1本になりました。さすがに形のよい「鳴門金時」で、甘くてホカホカして美味しい焼き芋でした。
 
で、その後、どういうことになったかというと、晩ごはんは、サラダと魚料理と野菜料理と味噌汁のみ。ご飯(コメ)は無理でした。
 
「さつまいも」は、江戸中期に、飢饉対策として関東地方でも栽培されはじめたそうです。「さつまいも」は漢字で書くと「薩摩芋」。薩摩藩(鹿児島県)で栽培が盛んだったので「薩摩芋」です。それまでは、唐芋(からいも)や甘藷(かんしょ)や琉球藷(りゅうきゅういも)などと呼ばれていました。鹿児島への輸入経路や流通経路がわかります。なお、「さつまいも」の原産地は、メキシコなど、中南米です。
 
以前、農林水産省が食料自給率・食料自給力を上昇させる方法を考察する際に、その一環として「いも」を中心にした食事メニューを提示したことがあります(2015年3月)。そのメニューとは以下のようなものです。なかなかに興味深い。
 
□朝食: お茶碗一杯のごはん、浅漬け2皿、焼きいも2本
□昼食: 焼きいも2本、サラダ2皿、粉吹きいも1皿
□夕食: 焼きいも2本、粉吹きいも1皿、野菜炒め2皿、焼き魚1切
 
蛇足的な説明を加えると、「焼きいも」とは普通は「さつまいも」の焼きいもで、「粉吹きいもの」とは普通は「ジャガイモ」です。「さつまいも」を「甘藷(かんしょ)」と呼ぶなら、「ジャガイモ」は「馬鈴薯(ばれいしょ)」です。
 
芋尽くしの、一日を経験してみてはいかがでしょうか。関連記事は「ジャガイモとオランダ人、あるいは世界の4大主食(その3)」。
 
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2018年1月 5日 (金)

平均寿命と食べもの

電子書籍にいちばん向いているのは、読み捨てが基本の雑誌類(週刊誌や月刊誌)です。それから気になる箇所をわりに頻繁に参照するという意味で辞書のような使い方をする本も電子書籍媒体向きです。タブレットやスマートフォンなどに放り込んでおけば、いつでもどこでも必要部分を参照できて便利です。
 
そういう雑誌のなかで興味深い(牽強付会的だが興味深い)記事が目につきました。その記事のタイトルは「青森県はなぜ早死にするのか 平均寿命最短でV9、衝撃的すぎる食生活」です(「週刊新潮」2017年12月28日号)。
 
その記事の内容骨子は、以下の通り。
 
「厚生労働省は今月(2017年12月)13日、2015年の都道府県別「生命表」を発表したが、それによると青森県の平均寿命は記録的だった。1位は男性が滋賀県の81・78歳、女性が長野県の87・67歳だったのに対し、青森県は78・67歳と85・93歳。ともに全国で最下位であるばかりか、男性は9回、女性は4回連続で、最下位街道を驀進中なのだ。しかも、調査が行われるのは5年に1度。青森県の男性は40年以上、女性も20年にわたり、底に沈みっ放しということだ。」
 
ある年齢の人が、平均あと何年生きられるかを算出した統計値を「平均余命」と云います。とくに、「0歳の人(ある年に生まれた0歳児)の平均余命」のことを「平均寿命」と呼んでいます。平成28年度(2016年度)におけるわが国の平均寿命は、男性が80.98年、女性が87.14年でしたが、これは平成28年に生まれた赤ちゃんは、男の子は約81年、女の子は約87年生き続けるだろうという統計的な予測です。ただし、たとえば、平成28年にすでに70歳だった男性の平均余命は(69歳までに亡くなった方のデータの影響を受けないので)、11年(81年-70年=11年)よりも長くなる。15.72年です(平成28年の簡易生命表等による)。
 
ところで、その記事における寿命も今回のこのブログ記事における寿命も「平均寿命」「平均余命」の話で「健康寿命」「健康余命」の話ではありません。食べものとの関連を云々するには「健康寿命」「健康余命」のほうがいいのですが、そういうマクロの統計データは手元にありません。
 
その週刊誌によれば、男女とも青森県が平均寿命で全国最下位を継続している理由は、食生活にあるらしい。関連部分を引用します。
 
「『塩分は多く摂って野菜は食べない食生活、喫煙率の高さ、多量飲酒者が多いこと、運動不足などが挙げられ、これらが複合的に原因になっていると見ています。塩分については、昭和40年代から問題視されていますが、味覚は一朝一夕には変わりませんからね』」
 
「(青森県の)カップ麺の消費量は全国2位、インスタントラーメン全体では1位、缶コーヒーも1位。食塩摂取量は男性が2位で女性は5位。全国模試なら立派な結果だが、1日の歩数は男性が全国46位で女性は41位……。要は、塩分と糖分はたんまり摂って運動しないのだ。全国9位という肥満者の割合も、それを裏づける。喫煙率は全国2位、飲酒習慣者の割合は1位である。」
 
だからといって、青森県民全員が塩辛い漬物を肴に大酒を飲み、腹が減ったら締めにインスタントラーメンを食べ、煙草をプクプクしながら人工甘味料がいっぱいの缶コーヒーを飲んでいるというわけではありません。そういう食生活をしていない方も多い。逆に、雑誌記事のような食生活をしている人たちは、青森以外にも当然多い。
 
この記事によれば青森県と1位県との「平均寿命」の差は、男性が3歳強、女性が2歳弱です。この81歳や87歳に対する3歳や2歳という差を「大きな差」と考えるか、それとも「わずかな差」と考えるか(なお、平均寿命の詳細については、厚労省の「生命表」に関するウェブサイトを参照)。
 
たとえば、青森にお年寄りの知り合いがいてその男性が79歳でなくなった。もうひとりの高齢のお知り合いは滋賀のかたで、最近82歳で亡くなった。かりにそういう知らせが届いたとして、ともに、普通は、早すぎる死とは考えない。どちらかというと天寿を全うしたという思いに近い思いを抱く。そういう意味では82歳と79歳の間に差はありません。お二人はもっと長く生きられたかもしれないとも考えられるし、すでに十分長く生きたとも考えられる。82歳と79歳の差は食べものの違いによるかもしれないと考えてもいいけれども、そういう場合にはそういう発想はしない。
 
ここから、毎日カップラーメンを食べ、毎日缶コーヒーを飲み、大酒を飲んでもそれほど統計的な平均寿命に差はないので、食生活に関しては好き勝手をやるかという結論に至るかたもいらっしゃるに違いない。それはそれで一つの考え方です。こういう食べものを気にしない層が平均寿命を押し下げる。福島原発事故から6年が経過しましたが、メルトアウトした放射性物質の人体への悪影響結果については、この数字ではよくわからない。
 
もう一つの考え方は、健康寿命、健康余命の維持のためには、食べものが重要というもので、こういう考え方の層が平均寿命を(一定程度までは)押し上げます。それから、モダンな部品交換治療であるところのiPS治療などは、平均余命を長くする方向に働きます。
 
1898年(明治31年)から2016年(平成28年)までの、日本人の平均寿命の推移をグラフにしてみました。第二次世界大戦終了時期くらいまでは、若くして亡くなった方も多かったので、人生50年というのは、体験的な事実でした。しかし、そろそろサチュレーションモードに入ったようです。
 
18982016

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2018年1月 4日 (木)

インターネット経由で聞く世界のラジオ放送

日本国内ではradiko(ラジコ)というパソコンやタブレット端末やスマートフォンがそのままラジオ受信機となるIP(Internet Protocol)サイマルラジオの有料配信サービスがあります。ラジオなので全国各地のAMとFMが対象ですが、通常のラジオではノイズだらけのAM放送でしか聞けないプロ野球の実況中継なんかを聞くにはとても便利です。
 
これをグローバルに拡大して無料で提供しているRadio Gardenというウェブサイトがあります。ドイツのマルティン・ルター大学ハレ校のGolo Föllmerが作ったものだそうです。先日初めてこれを知って、いろいろと聴いてみてなかなかに楽しかったので、配偶者に「こういうの知ってる?」と尋ねたら、「radikoの世界版でしょ」という返事が返ってきました。世界地図上にいっぱいある緑の点をクリックすると地元の放送局が現れるので、好みのものを選択します。
 
世界中のラジオ放送(AMとFM)が聴けるといっても、日本と中国はカバーされている放送局がとても少ない。日本では15局。radikoとの関係も影響しているのかどうかわからないけれど。日本で聴けるのは音楽配信(J-Popやアニメ音楽など)をしている放送局や、英語で発信している放送局だけ。中国は、北京と広州と香港の7局のみ。しかし、インドヨーロッパ語圏の放送局を重視しているというわけでもなさそうです。タイやミャンマーやインドネシアでカバーされている現地語放送局は多い。しかし、ベトナムの放送局はなぜか地図に現れてこない。
 
ぼくは札幌なので、札幌からこのウェブサイトにアクセスすると、最初に地理的にいちばん近い放送局が登場します。「ユジノ・サハリンスク@サハリン《樺太》@ロシア」の音楽放送局で、パーソナリティーの言葉はロシア語です。ロシアの「艶歌」がロシア語で流れてきます。
 
アイルランドやアイスランド(アイスランド語が楽しめる)、ロシア、イラク、カイロのコーラン放送、サウジアラビアの音楽放送、米国西海岸やディープサウスのジャズ、オーストラリア、ニュージーランドの音楽番組や時事放送、ブエノスアイレスのタンゴ放送局などを巡っていると、大放送局とは雰囲気の違う音楽や番組(何をしゃべっているのかわからないにしても)を楽しめます。
 
ラジオなので、とにかく音楽が多い。同じ街で地元の音楽と世界の流行音楽が同じように流れています。モロッコの流行歌を現地語で聴きながら、街の喧騒を想像するのも悪くない。
 
この記事は、レイキャヴィック(アイスランド)のあるFM局の音楽番組をとても小さい音で流しながら書いています。ときどきアイスランド語のおしゃべりが混じります。音だけのほうがレイキャヴィックのホテルの一室にでもいる気分になれます。なんとなく気になったのでレイキャヴィックのこの1週間の気温推移を調べてみると、「『アイス』ランド」なのに札幌よりも暖かい。沿岸部を、暖流のメキシコ湾流が流れているためです。
 
Radio_garden_reykjavik_iceland_3
 
このサイトにアクセスすると、実際にはとても行けそうもない土地や、もう一度訪れてみたい土地に気軽にヴァーチャルな旅行ができます。現地の声や地元の音楽が聴けるのがいい。

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2017年12月22日 (金)

かつての遣唐使船と、最近の北朝鮮からの木造船

「空海の風景」(司馬遼太郎著)を、久しぶりに読み返してみました。そのなかに遣唐使船の構造や航海方法に関する記述があります。この本は、史実をしっかりと踏まえながら著者の思いや文学的なイマジネーションを加えて「歴史的な風景」としての空海を著した書物なので、たとえば遣唐使船に関していえば、日本から中国(唐)への外洋航行という点でそれがどれほど危ない船だったかが、小説風の色合いを含んだ写実的な現実としてよくわかります。
 
「空海の風景」や、遣唐使船に関するその他の情報を整理すると、遣唐使船とは以下のようなけっこうヤバイ船だったようです。使者代表に選ばれたものの、年齢や健康を理由に代表を辞退するベテラン官僚がいたのも肯けます。勉学の意思に燃えているわけではないので、無理に死にに行く必要はない。
 
・大きさは長さが30mで幅は7~9m、排水量約300トン
 
・帆柱は2本。帆は重くバランスが悪い。その上、順風にしか使えない。必要な時は、人力エンジンであるところの艪(ろ)で漕いだ。
 
・船底部が竜骨をもたない平底箱型構造。底の平たいタライのような船なので、波切りが悪く不安定。竜骨が無いので壊れやすい(竜骨とは船底部の基本骨格のこと)。
 
・帆は順風しか使えないのにもかかわらず、順風の秋を待たず、わざわざ気象条件の悪い6月から7月にかけて日本を出港。
 
・鉄釘はほとんど用いず、平板をつぎあわせて造ってあり、強風や波浪に弱い。耐水能力はきわめて低い。船材のつなぎ目には水草を押し込んで水漏れをふせいだ。
 
それがどうヤバイことなのかを、直感的に教えてくれるのが、近頃の北朝鮮からの木造漂流船です。現役の漁船なので駆動力として当然エンジンという内燃機関を積んでいますが、遣唐使船に近い構造を持った船(漁船)も多い。だから遭難する。漂流し、波に転覆させられる。内燃機関が停止すると救いようがない。
 
1年前の例。場所は舞鶴(京都)。
 
『京都府舞鶴市小橋(おばせ)の海岸に11月末、1隻の木造船が漂着した。舞鶴海上保安部(同市)が船体などを調べたところ、9人分の人骨が確認された。北朝鮮の紙幣や漁具なども見つかり、舞鶴海保は北朝鮮の漁船の可能性が高いとみる。・・・「現在の日本ではみられない。原始的な構造」。舞鶴港西港地区第3埠頭(ふとう)で陸揚げした船体を調べた舞鶴海保の職員は、そうつぶやいた。
 
漂着した木造船は長さ約12メートル、幅約3メートル。船底が平らという朝鮮半島の船の特徴が認められた。・・(略)・・驚くべきは、その構造だった。壊れた舷側の船板の間には浮力を得るためか、発泡スチロールのようなものが挟み込まれていた。船板同士はきちんと接合されず、すき間は縄やビニールを詰め込んでタールを塗り、浸水を防いでいるありさまだ。』(産経WEST 2016/12/13)
 
1ヶ月前の例。場所は松前(北海道)。
 
『(2017年11月)29日午前9時半ごろ、北海道松前町の南西約10キロの沖合で、木造船が漂流しているのを第1管区海上保安本部(小樽市)の航空機が発見した。北朝鮮から来たとみて調べている。』(JIJI.COM 2017/11/29)
 
こういう、12~13メートルのそれなりの造りの船でも外洋では(といっても日本海ですが)漂流、転覆してしまいます。いわんや、東シナ海を渡っていく平底箱型構造の当時の遣唐使船においておや。
 
D_2017
北海道松前町沖を漂流する北朝鮮から来たとみられる木造船(第1管区海上保安本部提供、2017年11月29日)
 

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2017年12月15日 (金)

顔認証システム雑感

リリースされたばかりのあるスマートフォンの、赤外線センサーを利用した顔認証システムの紹介記事や機能レヴュー記事に目を通すと、指紋認証よりも便利である、顔認証機能の出来が非常にいいという評価が多いようです。ぼくはその機能を使ったことはないのですが、ユーザー側の視点で記事内容を読むと確かにそうだろうと思います。
 
「ヒゲが一晩であり得ないくらいにボサボサに伸びると認証されないかもしれないが、髪形が変わっても、サングラス越しでも認証される」というのが評価骨子です。つまり、少々のことでは本人の顔認証機能は混乱しない。
 
ミステリー小説やスパイ小説の読み過ぎか、あるいはミステリードラマの見過ぎか、機能レヴュー記事に目を通しながら顔認証システムの悪用方法をつい想像してしまいます。ハッキングといった同じ土俵の中での悪用方法ではありません。
 
かりに所有者が犯罪に巻き込まれて、有体にいえば犯罪の被害者になって、犯罪者が所有者のスマートフォンの保存内容を見たいというような場合、顔認証システムではパスコードは顔なので、顔とかが特に傷つけられていないとすれば、ロック解除は実に簡単だということになります。この事情は指紋認証も同じで、パスコード番号を被害者であるところの所有者から暴力を使って無理やり聞き出さなくても大丈夫です。そこに、本人の顔や指があればそれでいい。
 
自分が被害者になった場合の視点からの「認証システム」の優劣比較のレヴューというのもどこかにあるのかもしれませんが、ぼくは寡聞にして知りません。最近、北海道にも北朝鮮からの奇妙な海の訪問者が増えているので、つい、そんなことを考えてしまいました。

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2017年11月 8日 (水)

天気予報と的中率

プロ野球だと、ヒット数や勝利数、セーブ数など積み重ねていく数字以外に、割合に関する数字(打者の場合は打率や出塁率、投手の場合だと防御率など)が役に立ちます。選手にはシーズンが始まってからの打率や防御率、最近過去5試合の打率などがつきまといます。テレビやインターネットの天気予報にも、天気の予報・予測だけでなく、的中率というのを、自己評価でいいので、個別に付加してもらえたらなあと願っています。
 
テレビ放送は無料なので、公共放送でも民間放送でも、そういうことをする必要性を認めない(わざわざ恥をさらすことはない)、などと言われそうですが、天気予報サイトには有料会員向けサービスもあります。ぼくはそういうサービスの利用経験はないのですが、そういうサイトでは的中率というものは公開しているのでしょうか。
 
では、世の中に天気予報の的中率の自己評価が全くないのかと言えば、それが意外に存在しています。
 
気象庁のウェブサイトに「天気予報の精度検証結果」というページがあり、そこでは、たとえば10月16日には9月(先月)の検証結果が、「降水の有無の適中率」、「最高気温の予報誤差」、「最低気温の予報誤差」に関して、全国平均と地域別(たとえば、北海道や関東甲信など別)に報告されています。
 
2017年10月16日に更新された「天気予報検証結果」のうち「9月、北海道」を見ると、たとえば以下のような「精度」が確認できます(サイトから一部を引用)。
 
201709
 
「見逃し率」「空振り率」といった(偶然なのか、意図的なのか)野球用語に近い用語もあり、けっこう可笑しい。9月の北海道の降水予測の一致率は70%くらいだったようです。気象庁の検証結果の自己評価と、ぼくたちの評価との間に食い違いがあるのは、これは、しょうがない。

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2017年11月 1日 (水)

知的で強引な説得力

彼の代表作・傑作とされている評論やエッセイをいくつか読み直してみました。それらを最初に読んだときは、畳みかける勢いと牽強付会が入り混じったような、結果としてわかりにくい作品も少なくないという印象を持ったのですが、再読してみてぼくの最初の感じ方が(ぼくにとっては)正当だったことを確認しました。
 
彼の文章には、酔ってしまうような心地よいリズム感がある、同時に、強引である、無理をしている。強引なところは、その強引さを好む読者には愉悦なのかもしれませんが、そうでない読者には、当然のことながら、わかりにくい。
 
言葉を換えると、彼の書く文章には、歯切れのよさと歯切れの悪さ(ないしは、強引なゆえのわかりにくさ)が同居していて、政治家の街頭演説や立法府の委員会における大臣の応答に近いものがあります。
 
現役ないし最近まで現役だった政治家を引き合いに出すと、畳みかけるような口調でとても歯切れのいいところは、ノリのよかったときのJKやその息子のSKです。
 
歯切れの悪いところ、要領を得ないところは、答弁で主題からずれたことをなんども繰り返し、自分でも何を語っているのか理解していないので着地点を完全に見失ってしまい、聞いている方がうんざりするようなSAです(最初はそういう「おしゃべり戦略」かと思ったこともありましたが、複数の事例を観察するとそうではなさそうです)。
 
その二つが彼のいくつかの作品には同居しています。
 
SAの場合はイライラした記者や苛立った野党の質問、ないしは質疑応答の時間切れという物理的な制約でわけのわからないおしゃべりを中断させられることが多いのですが、「批評の彼」の場合は、SAとは違い、自分の着地点がよく見えています。しかし、着地点を定めたからと言って、着地点への具体的な到達プロセスがわかっているとは限らない。不明な場合も少なくない。そういう場合は、ロジックが三段くらい跳んで、「要するに、現実を、肉眼で見ると・・・のようになる」と断定的に結論付けます。そういう「搦手(からめて)」がお好きなようです。そして、それが心地いいリズム感になっている。
 
歯切れのよさと歯切れの悪さ(というか、ロジックのジャンプ)が同居している分かりやすい例を以下に引用してみます。その説得方法を是とするか非とするかは読者しだいです(なお、□□は、ある人物の名前です)。
 
『この新しい事態に接しては、彼の豊富な知識は、何んの役にも立たなかった。役に立たなかった許りではない、事態を判断するのに大きな障碍となった。つまり判断を誤らしたのは、彼の豊富な経験から割り出した正確な知識そのものであったと言へるのであります。これは一つのパラドックスであります。このパラドックスといふ意味を、どうかよくご諒解願ひたい。僕が、単にひねくれた物の言ひ方をしてゐると誤解なさらぬ様に願ひたい。□□の知識はまだ足らなかった。もし□□がもっと豊富な知識を持ってゐたなら、彼は恐らく成功したであろう、といふ風に呑気な考へ方をなさらぬ様に願ひたい。そうではない。知識が深く広かったならば、それだけいよいよ深く広く誤ったでありませう。それがパラドックスです。』
 
彼は、『知識が深く広かったならば、それだけいよいよ深く広く誤ったでありませう。』と断言します。その根拠や論拠は示しません。彼がそう考えるので、そうなのです。『それがパラドックスです。』と結論付けて、それでおしまい。政治家の演説ならそこで会場が納得します。拍手が沸く。
 
こういう文章術というか弁論術は、自分でそういうことを他者に仕掛ける場合にも(そういう必要があれば)、逆にそういうことを仕掛けてくる相手と距離をとりながら自分を保つ場合にも役に立つので、そういう視点で、彼の作品を、現在、いくつか再読しています。

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2017年10月25日 (水)

近所の秋と街の稜線

稜線(りょうせん)とは、峰から峰へと続く線、山の尾根のことです。しかし、街にも稜線(りょうせん)があり、複数の建物の屋根の連なりや、オフィスビルが連続するなかで街の稜線を楽しむこともできます。ビルとビルの間に適度な空間があり、ビルの高さが暗黙の了解で調和している場合には、夜明け前や夕刻の稜線は美しい。昼間も、建物の稜線を背景に、街路樹や植物園の樹々を前景にすると、場所によっては、構図のきれいな秋の札幌を堪能できます。
 
札幌市内も、ここ数年はその中心部に高層のオフィスビルや高層の集合住宅が次々と現れるので、地方経済的にはご同慶の至りですが、穏やかだった街の稜線に乱れが生じてきました。街の稜線設計家、稜線管理係といった職業でもあって、そういう職業が機能していれば別ですが、そういうことは起こりそうもありません。
 
ずいぶんと以前、東京では新宿の十二社(じゅうにそう)通りが好きだといった香港生まれの中国人がいました。その理由を聞くと、その一画は東京らしくなく、建物の高さがそろっているからだと答えました。
 
台風が急に雪を連れてきたので、短い秋を覚悟したのですが、雪は一日だったので、札幌はゆったりとした秋です。落葉樹の葉の色づきが少し加速されたくらいの影響にとどまりました。街の稜線がだんだんと楽しめなくなったので、眼は街路樹に向かいます。秋の木漏れ日が気分をなごませてくれます。
 
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2017年10月11日 (水)

ゴミ収集とゴミ袋

冬季は需要がないのでそういうサービス日はなかったと記憶していますが、春から秋までは、植物の「枝・葉・茎」つまり、枯れ葉や枯れ枝や家庭菜園の処分済み野菜の葉や茎や土を落とした根などは、透明なビニール袋やポリ袋に入れてゴミ収集場に出しておくと、月に一度、札幌市は無料で収集してくれます。「プラ」関連ゴミの無料収集と同じサービスです。
 
9月下旬までほぼ毎日、サラダの素材のひとつとしてお世話になった鉢植えのバジルももう店仕舞いなので、10日ほど乾燥させて、しおれた茎と葉を「枝・葉・茎」の日に捨てました。
 
地方自治体によってゴミの収集方法や処理方法は違うようです。なぜかは知らない。それぞれの方法の経済性と効率性に自信があるのでしょう。
 
札幌のゴミ処理は複雑さがなくて、ぼくは好きです。まず、ゴミ袋は燃やせるゴミ用と燃やせないゴミ用が同じです。別々のものを使わされたらうんざりする。サイズは、5リットル、10リットル、20リットル、40リットル(写真は10リットル用)。
 
大型ごみ(自治体によっては粗大ごみとも云う)は、大型ごみ収集センターに電話すると指定日に、指定のゴミ収集場に取りに来てくれます。「そういうのは、半分に切るか折り曲げるかして工夫して、黄色いゴミ袋に収めると、安いですよ。」といったアドバイスも係の女性からもらえます。
 
サービス料金支払い済み証を貼って出してあったのに、ニッチな見方によってはそれなりに価値のある大型ごみと判断されたのか、清掃局のゴミ収集車がやってくる前に、誰かにどこかに運び去られていたという経験も2度ほどあります。誰かがどこかで使っていると思うのでけっこうなことです。
 
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2017年10月10日 (火)

エゾ鹿肉

エゾ鹿肉を販売している肉屋は札幌でもとても少ない。その少ない肉屋のひとつにシチュー用のエゾ鹿肉の塊(かたまり)肉を求めました。肩ロースの塊を、750gくらいから1kgくらいの範囲の冷凍パッケージで販売していたので。そのひとつを購入。
 
エゾ鹿肉の塊は濃い赤で、脂身はほとんどありません。鹿肉の脂質(脂肪)量は牛肉の10分の1です。森林を走りまわっているので、メタボな霜降りにはなりようがない。
 
しかし、森林を走りまわっていると言っても、近隣の農産物に悪さはするし、木の芽や樹の皮を食い散らかす。北海道の東部や東北部を旅行すると、樹皮を食べられてしまって哀れな状態になった多くの樹木を目にすることができます。エゾ鹿肉の商品流通には、そういうことが背景にある。
 
エゾ鹿肉の流通経路は、ぼくの知る範囲では二つで、ひとつは、ハンターに狩猟された鹿肉を専門に取り扱う肉屋からのルート、もうひとつは、生きたまま捕獲したエゾ鹿を自然に近い状態で養鹿(ようろく)したあと出荷するというルート。その二つがあるので、ぼくが買いに行っても比較的簡単にその場で手に入るのでしょう。
 
カウンターには、最近のお店の流行に倣って、肉料理と一緒に使う調味料などが並べてありますが、端のほうに、塩の箱入りパッケージが置いてあるのが眼に入りました。
 
手に取るとイギリス製の自然海塩のようです。箱には商品名とSea Salt Flakesと書いてあります。どういう理由で、そこで、伝統的なイギリス東部産の海塩が販売されているのか定かではありません。肉専門店としての判断があるのでしょう。そういえば、海をはさんだというか、大西洋に面したフランス西部にも家内製造的な自然海塩がありますが、それは置いていない。岩塩も置いてはいない。塩の輸入が自由化されたのは、たしか、2002年だったなと、エゾ鹿肉には直接関係のないことを思い出したりしていました。
 
カウンターの内側で対応してくれるのは、「メタボな」(ここでは太っておなかの出た、という意味)中年男性のブッチャーです。肉を食べるということとメタボであるということとは関係ないのですが、痩せたブッチャーが仕切っているお店の肉は、やはり、おいしくなさそうに見えます。

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