経済・政治・国際

2020年4月10日 (金)

ゴミ出し時の「ペットボトルの分け方」にいつも迷う

毎朝というか、決められた曜日や日にちの早朝のゴミ出しはぼくの役目です。札幌だと、札幌市指定の黄色いゴミ袋に「燃やせるゴミ」や「燃やせないゴミ」を入れて取っ手部分を縛り、プラ表示のある「容器包装プラスチック」や「びん・缶・ペットボトル」はそのあたりにある透明ないし半透明なポリ袋やビニール袋にきちんと入れて縛って指定場所に出す。

「燃やせるゴミ」とはどういうゴミを指し「燃やせないゴミ」は何が燃やせないゴミか、「包装容器・プラスチック」に該当するゴミはどういうもので「びん・缶・ペットボトル」ということになっているのはどういうのかなどについては、カラーの大判説明用紙が定期的に(多分半年に一度)配られてくるのでそれを参照します。「雑がみ」という区分のゴミもあります。

我が家でごみをゴミ捨て場に出す前の段階で室内のゴミ箱に入れる時も、その分類に従ってゴミ箱(密閉容器や編み籠など)を分けてあるので、そのまま決められたところに詰め込んだらいいとしても、何度やっても迷うのがペットボトル。我が家で利用するペットボトルは輸入品のミネラルウォーター(強い硬水)だけですが、ゴミ捨て説明によれば、

・ペットボトルの「ボトル」は「びん・缶・ペットボトル」ゴミで、
・蓋(キャップ)やラベルは「容器包装プラスチック」ゴミ

になるそうです。似た性質のプラスチックをゴミとして集合させておけば、後工程のリサイクル処理やその他の処理が効率化できるということでしょう。実際にそうなっているのなら、それはわかります。

だから、硬水ペットボトルが空になったら、蓋(キャップ)を外しボトルラベルをハサミで切り取るという作業をするのですが、我が家の硬水は輸入品なので米国生まれの世界標準であるところの「▲PET」マークはついていますが、キャップやラベルにカタカナ「プラ」マークはありません。それで毎回、キャップはどっちだったか、ボトルといっしょにするとまずいか、燃やせるゴミだと簡単なのだが、などと悩んでしまう。どうしてかなかなか覚えない。

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つまり上のような表示になっているはずが、我が家で購入している輸入品ミネラルウォーター(強い硬水)だと「プラ」マークがないというわけです。国産品のように「プラ」マークがついたのを買ったら迷わないのでそうするか、というのは別の話で、お気に入り商品はお気に入り商品なので、ボトルとキャップ&ラベルの仕分けをそろそろ確実に手に記憶させますか。


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2020年4月 9日 (木)

コロナウィルス:各国の対応と、日本の「空気」

下に引用した主要国別の死者数と感染者数の推移グラフ(Financial Times ”Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads | Free to read”)がコロナウィルスに関する各国の状況を一覧するには、ぼくにはいちばんわかりやすい。

Ft-coronavirus-deaths-by-country-2020040

死者数グラフは、縦軸は日々の死者の数、横軸は1日の死者数が3人になった日から現在までの日数(グラフは4月8日まで)。感染者数グラフは、縦軸は日ごとの新たな感染者数、横軸は1日の感染者数が30人になった日から現在までの日数(グラフは4月8日まで)。

イタリアとスペインは1日の死者数が3人になった日から30日から40日経過して感染の拡大がピークを過ぎ、その結果、死者数カーブが横ばいからやや下降気味に(台地系に)なってきたようです。米国は感染がまだ拡大中で、日々の死者数も増加中。日本は死者数(絶対数、あるいは人口10万人に対しての死者数比率)は少ない。

Ft-coronavirus-cases-by-country-20200408

新たな感染者数もイタリアやスペインではピークを過ぎて減少中。米国はまだ増加中。日本では少ないことになっていた感染者数が「オリンピック延期決定」後の検査数の増加に伴ってそれなりに急に増加し始めた様子がグラフに現れています。

各国の対応を比べると、そこに国民性(ないしは民族性)の違い、あるいは西洋の思考方式や意思決定方式と東洋の思考方式や意思決定方式の違いがそれなりにきれいに反映されているようで、不謹慎を承知で言えばとても興味深い。

ヨーロッパや米国は感染防止対策として国や都市のロックダウン(lockdown)がお好きなようです。それがデフォな選択肢になっている。そしてそういう施策の一部として家計や個人の経済的な救済策が最初からセットになっていて、すぐに実施される。

中国も武漢をロックダウンしましたが、そのやり方をニュース報道やSNSで拝見していると、共産党政府らしいやり方というよりもほとんど漢王朝や唐王朝や明王朝のやり方です。各王朝でそれぞれに発生した騒乱や擾乱や民衆蜂起を制圧・鎮圧した方法のサブセットが今回も出現したようでした。

韓国は都市のロックダウンはせずに、感染検査の数を急速に増やすことで成功裡に対応してきました。この発想がどこから出てきたのかわかりませんが、西洋ロジックではない。

日本は、その点ではユニークです。都市のロックダウンはしない、大掛かりな感染検査を実施するわけではない、法的強制力のない「三密回避」と「外出自粛」を呼びかける。だからかならず「漏れ」はある。

たとえば、北海道の現在患者数が40人になってからそれを下回ることがなくてそのあたりで(最近は少しだすが急に増えたりしながら)停滞しているのは、原因はおそらく東京とのヒトの往来です。ビジネスで東京からヒトがやって来る。札幌から東京に仕事に行って二泊三日くらいで帰って来る。ヒトの往来が少なくて相互に関連のなさそうな北海道の複数の過疎部で急に同時発生的に感染者が出現したというのは学生や家族の「東京からの疎開」がその理由だと思われます。そういう「漏れ」がビルトインされている。「漏れ」としてもう一つビルトインされているのは家計や個人や中小企業や個人事業主の金銭的な救済策の曖昧さと制約と支払いの遅さです。

しかしそういう「漏れ」を抱え込んでいても、結果として「コロナ死者」「コロナ経済不況関連死者」がとても少なくて済むのであれば、ここでは、それはそれで結構であるとします。

欧米のコロナ対応を Democracy(字義通りの訳は「民衆支配」)とすると、日本のコロナ対応は「民主主義」で、つまり似て非なるものです。欧米の対応を Constitution(字義通りの訳は「いっしょに作る」)とすると、日本の対応は「憲法」です。「憲」は「のり、おきて」「法」も「のり、おきて」、つまり「憲法」は「おきて+おきて」という意味になる。欧米と日本のコロナ対応にそういう違いが出ています。

 安倍首相は4月7日の記者会見で、ある記者から、緊急事態宣言を発令しても新型コロナウィルスの感染拡大が抑えられなかった場合の自身の責任について質問された際に、「最悪の事態になった場合、私は責任を取ればいいというものではない」と答えました。本当は首相は「うまく行けば私の手柄だが、うまく行かなかった場合は私の責任ではない」というシンプルな考え方なのかもしれませんが、これは日中戦争から太平洋戦争に至る政府の意思決定を彷彿させます。

当時の政府の最終的な意思は、丸山眞男や山本七平が指摘したように、結局はその場の「空気」「空気感」によって決定されていた。今回の緊急事態宣言やその実行に不可欠な諸政策も中軸シナリオライターが不在のなかで醸成された「空気」が決定したのかもしれません。もしそうなら「最悪の事態になった場合、私は責任を取ればいいというものではない」というのは、うまく行かなかった場合に責任を取るのは閣僚や財務官僚などの官僚を含めたその場の「空気」であって「私」ではない。これももうひとつの「漏れ」かもしれません。

しかし、そういう曖昧さや「漏れ」があるにもかかわらず、ぼくには日本や日本人というもの基本部分に期待するところもあって、日本人は、よく手を洗う、毎日お風呂に入る、握手やハグをしない、マスクをするのが日常習慣である、風呂好き・温泉好きで清潔な国民である。こういう国民性要素や食生活を含む生活要素が、国民目線を失った政治家や官僚、勝手に安全地帯に疎開する人たちの存在にもかかわらず、上述のような漏れを相殺する可能性も高い。海外からのヒトの流入阻止や外出自粛というのも「ミニ鎖国」みたいなものだと考えたら、「鎖国」経験は普段はとくには意識しないけれどぼくたちの文化生活的なDNAの一部になっている。


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2020年4月 6日 (月)

「布マスク2枚」は「ケーキ」を超えたかもしれない

呆れてモノが言えない、という状態を久しぶりに体験しました。

呆れてモノが言えなくなったのは、「前例にとらわれることなく」「今までにない規模で」「速やかに」実行することになっていたところの新型コロナウィルス感染防止対策の「政府」具体案が「全世帯に布マスクを2枚ずつ配布いたします」ということになったと聞いた瞬間です。この件についてはSNSがエスプリの効いたメッセージや印象に残るユーモア画像等を交えて姦しい状態ではあるとしても、ぼくも私的記録としてその瞬間の気分をここに残しておくことにしました。

「ケーキを食べればいいじゃない」「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」はマリー・アントワネット自身の言葉でなくてフランス革命前夜の空気を上手に滲ませたどなたかの創作だったようですが、国会で「全世帯に布マスクを2枚ずつ配布」と言ったのは安倍首相本人なので、それを自信をもって宣言した瞬間に彼の「布マスク2枚」はマリー・アントワネットの「ケーキ」を超え、後世に残る言葉になりました(近くの官僚の思い付きアドバイスをすばらしい方策だと勘違いした結果だとしても)。だから国民が一揆よりも過激な行動を為政者に対して発揮することを厭わない国なら、すぐこのあとに革命が起こってもおかしくない。こういう革命を何と名付けましょうか。

「布マスク2枚」の発想は、「(国民全体で)食べる量が増えるわけではない」のでスーパーなどで食品不足などが続くわけがないと考えた農水省の役人の発想と、ものごとをマクロに静的にしか見られない、つまりミクロな生活感や現実感をいっしょに併せ持った形でものごとを発想できないという意味では同じです。

在宅勤務や休校や外出禁止要請で家族が今まで外で食べていた食品消費分が家庭内に一気に流れ込んできたので(それからその他の理由も加わったので)、家庭内での食品需要が急増してスーパーの日持ち食材や加工食品の棚が空っぽになるという個別な状況変化が、農水省の役人にはうまく想像できなかったように、今回の役人も平均値に飛びつくのは得意であっても、以下にネットから勝手に引用させてもらった絵のような状況が各家庭で発生することが思い描けなかったようです。だからネット上での国民のネガティブな反応と揶揄の大きさに驚き、慌てている。(関連記事は「「食べる量が増えるわけではない」のではなく、「食べる量は確実に増えた」

その、見かけだけで役に立ちそうもない「布マスク(ガーゼマスク)2枚」がそのうち我が家に届いたら、歴史的な記念物として、当分の間、郵送用の封筒ごと透明なポリ袋に入れて保管しておくつもりです。

蛇足ですが、マスクを役に立つ順に並べると

「N95」>「サージカルマスク」>「一般向け不織布マスク」>「マスクをしない」>「布マスク」

という専門家の見解があります。洗って再利用できるということになっている「布マスク」を、手洗いした後、よく乾いていない状態(陰干しが生乾き状態)で再利用すれば(2人世帯でひとり1枚しか割り当てがないし、ガーゼマスクなので乾燥機や天日干しは向いていないのでそうなる可能性が高い)、雑菌が増殖したマスクを翌日に使うことになります。

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どなたの作品か存じませんが、勝手に引用させていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。


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2020年4月 1日 (水)

こういう調査は「無視」しないと危ないですね

LINE 国内8300万人の利用者に健康状態調査 厚労省と協定」というタイトルのニュース(NHK)が3月31日の早朝に配信されました。念のために以下にそのままを(画像も含めて)引用します。

エイプリルフールには一日早い。

その後、LINEから、そのニュースの画面と同じメッセージが送られてきました。厚生労働省のロゴマークの付いたメッセージ画面(Q. 現在の体調について教えてください)の一番下には次のように書かれています。

《選択いただいた内容は、当社において個人を特定できない形で統計化したうえで、公開されることがあります。取得した情報は本目的における分析・調査の終了後、速やかに破棄されます。(選択後に調査ページに遷移します)》

いささか胡散臭さを感じたので、厚労省のウェブサイト(ホームページ)、とくに「新型コロナウイルス感染症について」のコーナーで、当該調査に関する告知(お知らせ)があるかどうかを確かめてみました。そういう告知はありませんでした(3月31日、19時45分現在)。だから、このニュースの内容が本当かどうかはわからない。

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つまり、こういう実態のよくわからない調査に協力した方々の生データはLINEやLINEと関係する組織のデータベースにずっと残ると考えたほうがよさそうです。だからぼくはこういうタイプのアンケート調査は意識して避けることにしています。

【註】ここからの10行程度は後で追加しました。

すぐ上で引用した、それなりにわかりやすい画面ページの下の方に「更新情報」一覧があり、そこに「2020年3月31日掲載」項目のひとつとして「【注意喚起】新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する取組を装った詐欺にご注意ください~調査を装ってクレジットカード番号等を尋ねるものは詐欺です!~」があります。

その詳細説明の参考情報(参考2)としてこの件が目立たない感じで当該事項が記述されていました。

(参考2)厚生労働省とLINEは「新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する協定」を締結しました(令和2年3月31日報道発表資料)

もっと調べてみると「2020年3月30日掲載」情報のひとつとして当該情報も告知されていました。

だから、この報道内容は事実ということになりますが、厚労省の当該情報の発信と位置づけと配置のしかたが不思議ではあります。【註の終り】



<ニュースの引用開始>

LINE 国内8300万人の利用者に健康状態調査 厚労省と協定

NHK NEWSWEB 2020年3月31日 6時47分 新型コロナウイルス

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通信アプリ大手のLINEは、新型コロナウイルス対策で厚生労働省と情報提供の協定を結び、この一環として、8000万人を超える国内の利用者を対象に、31日から健康状態などの調査を行うことになりました。

調査は、LINEが国内のすべての利用者を対象に31日から行い、4月1日までの回答を呼びかけます。

31日午前10時以降、LINEの公式アカウントから利用者に順次メッセージが送られ、その時の体調について、
▽ふだんどおり、
▽37度5分以上の発熱、
▽せきがある、といった5つの選択肢の中から選ぶようになっています。

回答に応じて、
▽いつから症状があるかや、
▽2週間以内に外国から帰国したどうか、を尋ねるほか、うがいや手洗いなどの感染予防の対策を取っているかどうかも聞くということです。

そして年齢、性別、住んでいる地域の郵便番号などを答えてもらい、個人が特定されない形で統計処理をして厚生労働省に提供します。

LINEの国内の利用者は月間およそ8300万人に上り、会社は、クラスターと呼ばれる感染者の集団が発生している地域の把握や、行政による感染拡大防止のための施策に役立てたいとしています。

集めたデータは結果を分析したあと速やかに廃棄する、と説明しています。

調査は継続的に実施し、2回目は来月5日に行う予定だということです。

LINE「感染予防の意識なども可視化」

LINEによりますと、全国の利用者を対象に調査を行うのは2011年のLINEのサービス開始以来初めてだということで、稲垣あゆみ上級執行役員は「クラスターの発見だけでなく、人々の感染予防の意識が地域や世代によってどのように異なっているかなどを可視化することができるのではないか。ぜひ皆さんにアンケート調査に参加してもらい、感染拡大防止に有用なデータを提供できるように、こちらでも頑張っていきたい」と話していました。

<引用終了>


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2020年3月31日 (火)

「食べる量が増えるわけではない」のではなく、「食べる量は確実に増えた」

最近は下に引用したような主旨の記事、つまり「食べものの買いだめは控えてください」という論調の記事が多い。しかし少し考えたらその観察や発言が上滑りであることがわかります。

「新型コロナウイルスの感染拡大で、首都圏では週末の外出自粛要請を受け、食料品を求める客が小売店などに殺到した。
 政府の緊急事態宣言が出された場合も同様の事態が起きる恐れがあるが、専門家は、買い物は「不要不急」に当たらず自粛対象ではないと指摘。『マスクと違い食料は十分にある』と、冷静な行動を呼び掛けている。
 農林水産省によると、米は半年分、小麦は2カ月分以上の国内備蓄がある。生産や流通、輸入も止まっておらず、店頭の欠品は一時的という。担当者は『食べる量が増えるわけではない』と必要量の購買を求めた。」(時事通信 2020年3月30日)

首都圏に住むある知り合いの女性(主婦)と話す機会があってそういう発言の上滑りの具合を確認したのですが、農水省の担当者がいうところの 「『食べる量が増えるわけではない』と必要量の購買を求めた」というのは正しくない。なぜなら「食べる量は確実に増えた」からです。マクロで静的にしかものが見えないのが役人だとしても、マクロとミクロの複合視点で物事を見たあとで慎重に発言したほうがよかったかもしれません。

日本国民全体という点では確かに「食べる量が増えるわけではない」。日本人全体のマクロな食料消費量は短期でも長期でもとくには変化しない(巣ごもりでイライラした分、やけ食い消費が増えたかもしれませんが)。しかし、ある消費セグメントの新しい需要量や新しい需要パターンとそれに応ずる流通チャネルの供給量や供給タイミングが折り合うまでにはそれなりに時間がかかる。それまでは、穏やかな消費者の冷静な消費行動が、結果的には「買いだめ」行為として現象する。役所の教育的指導の対象となるような行為ではありません。

その女性の家庭構成は、IT関連の会社で働くご主人、大学生の息子さんと大学生の娘さん、それに主婦の彼女。月曜から金曜は、お昼ご飯は家庭では用意しない。ご主人は普段は会社の近所の食べもの屋か昼食を出す居酒屋などでお昼ご飯を食べる。二人の子供も週末以外は学食かどこかで友達とお昼ごはんです。週末は、主婦の時短のためにそろってファミレスでランチということも多い。食材や加工食品の貯め置きはしない。食べものは必要なものを都度購入している。

移動の自粛でご主人がテレワークになった。ご主人は普段は夕食も仕事柄外で済ませることが多いのだが、在宅勤務で事情が変わった。大学生の子供二人も学校は休校状態だしバイトも停止状態で友達と外で昼ごはんというわけにはいかなくなった。外出自粛なので、お昼ご飯は自宅で食べる。。今までひとり分だった昼食食材や昼食用の食料品が一挙に4人分になった。単純計算で普段の量の4倍です。インスタント食品で済ますのか、レトルト食品で済ますのか、ラーメンやパスタを茹でるのか、炊飯器でご飯を炊いておかずと味噌汁を作るのか、詳しくは聞かなかったけれど、家庭内で食べる量が確実に、大幅に、増えた。普段の外食分の食料消費が、全部、家庭に持ち込まれたということです。

さて、それをどこで買うか。例えば近所のスーパーで買う。普段の4倍は買わないと勘定が合わない。しかし不要不急の外出をしないように要請されているので、買い物に出かける頻度は普段よりも少なくなり、その結果一度に買う量は当然増える。つまり主婦は「冷静な購買判断と冷静な購買行動の結果」、昼食用だけでも普段の4倍以上を(晩ごはん分を合わせても普段の一回分の2倍から3倍を)一度に買い求める。常時在宅人数が増えた分だけ、日持ちのするお菓子も追加的に必要になり、そういう家庭が多くなれば、お店の棚から、コメやパン、パスタやパスタソース、インスタントラーメンやレトルト食品、カップ麺やカップ焼きそばや日持ちお菓子などが急速に消えていく。

そういう状況を観察・体験せずに、そして相変わらずマスク不足に悩まされている状態で、「農林水産省によると、米は半年分、小麦は2カ月分以上の国内備蓄がある。生産や流通、輸入も止まっておらず、店頭の欠品は一時的という。担当者は『食べる量が増えるわけではない』と必要量の購買を求めた」と言っても本人が思っているほどの説得力はありません。


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2020年3月30日 (月)

コロナの巣ごもり読書には「聊斎志異(りょうさいしい)」

新型コロナウィルス騒動で巣ごもり状態が要請され退屈するかと思ったら、世間は、というか政治と行政の世界はほとんど毎日がコメディなので思ったほど退屈しません。コメディは役者が真面目に演じれば演じるほど滑稽になるとしても、最近の政治行政コメディは登場人物がおのおのの利害と利権の追及にバラバラな方向で熱心なので、その結果、普通のシナリオライターが描く筋書きをはるかに超えたおかしさに満ちています。

「外出は自粛してください。」「不要不急の用事で外に出かけないでください。」「ただし、旅行券と外食券を提供しますので、(外出自粛要請などは気にせずに)旅行し、レストランで思うまま食事を楽しんでください。」「肉や高級魚の購入を支援するクーポンも用意します。」「日常生活で必要なものは政府が責任をもって製造と流通を保証するので心配無用です。」「マスクがいまだに買えないのですがどうなっているのでしょうか?」「申告所得税、贈与税及び個人事業者の消費税の申告期限・納付期限について、令和2年4月16日(木)まで延長することといたしました。」「経済的支援は、前例のない規模で速やかに行います。」「(現金による給付は)当面のキャッシュがない人など(だけ)を対象に(します)。」「(実際の現金給付は)早くても5月末になります。」「首都封鎖も検討しています。」「これでわたしの支持率上がったわね。」「花見や宴会での外出は控えてください。」「都が自粛を求めている公園で花見のような宴会を行っていた事実はない。・・・レストランに行ってはいけないのか。」

「レストランに行ってはいけないのか」を「おいしいケーキを食べてはいけないのか」に翻訳するとフランスやルーマニアではほとんど革命前夜ですが、先日の記事「Financial Times のコロナ(COVID-19)関連の無料記事」で参照した “Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads | Free to read” でも戯画化されているように、日本は「従順で社会規範が強くてマスク着用」の国なので、まだ革命には至っていないようです。

最近になって、東京都でも「密閉」「密集」「密接」の「三密」を回避しようという主旨のメッセージが飛び交うようになってきました。三密の意味は違いますが、三密と言えば密教で、空海です。ただし密教の場合は「三密の回避」ではなく、「肉体と言語と意識のひそかな相互作用であるところの三密、の勧め」になります。

空海の「即身成仏義」という著書に七言八句の頌(じゅ、韻文)があり、下にその上四句を引用します。世界はそのままで(即身)、つまり、ヒトを便利な乗り物として生存しようとしている出自がはっきりとしないがとても頭のよさそうなコロナウィルスを含めてそのままで、悟っている(成仏)という意味の韻文です。

《六大無碍にして 常に瑜伽なり》(宇宙の六つの構成要素はお互いに融けあっていて常に瞑想している)

《四種曼荼 各(おのおの) 離れず》(そういう宇宙を四種類の曼荼羅(まんだら)で象徴的に表現した場合でも、おのおのが離れることはない)

《三密加持すれば 速疾(そくしつ)に顕わる》(私たちの肉体・言語・意識の三種類の働きが仏のそれぞれの働きと応じ合えば、速やかにさとりの世界が顕われる)

《重々(じゅうじゅう)帝網(たいもう)なるを即身と名づく》(六大と四種曼荼と三密は宇宙の網の中で重なり合っていて互いに映り合うような状態であり、だからそのままで私たちは仏の状態にあると言える)

今回のコメディで登場した演者の(まだまだ進行中なので新しい役者も裏に控えていると思いますが)いろいろな言葉や表現はぼくたちの笑いを誘ってくれるし、またいろいろなことを考えさせてもくれるようです。

さて「聊斎志異」です。

巣ごもり読書には推理小説でもいいのですが、あまりに犯罪者の心理分析が重いものは鬱陶しいので、こういう場合は、神仙・幽霊・妖しい狐や妖しい美女・魑魅魍魎(ちみもうりょう)にまつわる中国の怪異譚「聊斎志異」にしくはない。

日本語訳にいくつかの種類があります。ここでは岩波文庫版の「聊斎志異」(上下二巻)が対象です。完訳本だと短篇掌篇合わせて491篇を訳すので膨大な量になるので、たいていは翻訳者と出版社が読者に面白そうなものを選んで一冊か二冊に収まるようにしてあります。岩波文庫版だと上下二巻で92篇。それぞれ450ページ余り。文字数はとても多く、各ページは(ジジイ、ババア向きでない)非常に小さいポイントの活字で埋まっています。ただし篇ごとに挿絵もついている。

この世のものではない美しさの女性や傾国の美女、えも言われぬ香りの女性が数多くの篇に現れます。路上でそういう女性に出会うこともあるし、そういう女性が深夜に戸を静かに叩く場合もあります。だから題名を手掛かりにそういう女性が登場するに違いない、その可能性の高そうな篇を選んで読み進めるのは一つの方法です。たとえば女性や女性の名前が題名になっているところの「青鳳(せいほう)」「侠女(きょうじょ)」「蓮香」「巧娘(こうじょう)」「紅玉」「連城」「花姑子(かこし)」「緑衣女」「青蛾(せいが)」「嫦蛾(こうが)」など。

「ある日も読書をしているとき、不意に室内にえも言われぬ香りが満ちてきて、しばらくすると佩玉(はいぎょく)の音がしきりに聞こえてきた。驚いて振り返ると、きらびやかな簪(かんざし)や耳輪を飾った美人が入ってきた。」(「甄后(しんこう)」

あるいは「労山道士(ろうざんどうし)」のようないわゆる道教や神仙を匂わせる篇を開くのももう一つのやり方です。「労山道士」では次のようなわくわくする描写に出会えます。

「日もとっぷりと暮れてきたのに灯もない。すると、師匠が紙をまんまるく切り抜いて壁に貼りつけた。と、その紙がたちまち月にかわって、室内をこうこうと照らし出した。・・・・『せっかくこんな月明かりをいただいたのに、黙りこくって飲んでいるのも曲もない。ひとつ嫦蛾(月宮の仙女)でも呼びましょうか』と言って箸を月の中に投げ入れたかと思うと、ひとりの美女が月光の中から姿をあらわした。」

短篇集なので頭から読んでもいいし、書き出しが気に入った篇をつまみ読みしてもいい。一度読んで好きになったのを読み返しても楽しい。


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2020年3月25日 (水)

Financial Times のコロナ(COVID-19)関連の無料記事

Financial Timesのコロナ(COVID-19)関連の無料記事「Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads | Free to read」(Mar 24)における分析グラフがとても興味深い。その記事は

“The countries affected, the number of deaths and the economic impact”
“The epicentre of the coronavirus is now Europe, with the largest number of confirmed cases in Italy, and death tolls growing more quickly in Italy and Spain than they did in China at the same stage of the outbreak.”

といった内容で、主要各国の死者数や感染者数の推移(軌道)を国別に比較し、国ごとの特徴(おかれた状況や対応の特徴)や経済的な影響をまとめたものです。元データは Coronavirus COVID-19 Global Cases by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)で、それをFinancial Timesが加工分析。

複数のグラフが用意されていますが、とくに興味深いのは、横軸に日数を取り(ただし、死者に関しては10人目の死者が出てからの2020年3月24日現在までの日数、また、感染者に関しては100人目の感染者が出てから3月24日現在までの日数)、縦軸にはそれぞれの人数を国別(や主要都市・主要地域別)に指数表示した軌道グラフで、複数の補助線が読者の理解をわかりやすくしています。

補助線は、死者数や感染者数が、日ごとに(毎日)2倍になる場合の補助線、2日ごとに2倍になる場合の補助線、3日ごとに2倍になる場合の補助線、1週間ごとに2倍になる場合の補助線で、各国の状況がその複数の補助線とどういう位置関係にあるかをチェックすると世界の状況が鳥瞰できます。

「日本や韓国」と「欧米」は、死者数に関しても感染者数に関しても、明らかにパターンが違います。2日ないし3日ごとに倍々ゲームを繰り返しているところは(ドイツのような死者数や致死率がとても低く抑えられている国も含めて)、医療崩壊を回避するために、国単位や都市単位での「封鎖(lockdown)」を実施せざるを得ないようです。

一方、日本や韓国の死者数や感染者数は、「今までは、あるいは最近は」「週ごとに2倍」の補助線に沿って移行していて「今のところは」明らかに状況が異なっています。当該記事の分析によれば、その理由は、日本は「社会規範がしっかりとしている(あるいは、国民がお上の要請に従順である)、それからマスクをつける習慣がある」、韓国は「当初はヤバかったけれど、やたらに検査と追跡を実施して事態を制御しつつある」ということのようです。Financial Timesの記者や分析者にはそう見える。

無料記事ということに甘えて、下に国ごとの各国の死者数推移に関するグラフをコピーして貼り付けておきます。詳しくは当該記事をご覧ください。

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2020年3月24日 (火)

「アクティブ・ババア」「アクティブ・ジジイ」と姥(うば)捨て山

今回の新型コロナウィルス騒動でも、初期段階でぼくたちの眼に見えた現象は、アクティブシニア層やその層より少し若いアクティブ熟年層がウィルスの攻撃対象やウィルスの顕著な運搬媒体になっていたということです(現在がどういう形の感染カーブのどのあたりにあたるのかよくわからないにしても、初期段階の現象でした)。複数の外洋クルーズ船の主要乗客はアクティブシニア層でしたし(そういう層しか参加しないということであるにせよ)、ライブハウスやスポーツクラブの主要顧客層のひとつは確かにアクティブシニア層です。彼らは体調がいいので、あるいは、体調に如何にかかわらず、昼も夕方もともかくよく動く。

以前はシニア層が屯(たむろ)する場所は午前中の整形外科の待合室や図書館や近所の公園などが多かったようです。今も公立図書館の新聞などは開館時からシニア層に占有されているらしい。早い時間帯のスーパー銭湯もシニア層のサロンだと聞きます。動いていないと気が済まないアクティブシニア層は、静的な空間だけでなく浴室設備のあるスポーツジムやスポーツクラブにも浸透し始めました。

外へ出て積極的に何かをするという意味では図書館通いからスポーツクラブ通いまで一貫していますが、外出先での彼らの自由な振る舞いが若い人の眼にはオーボーな行為と映っているのかもしれません。そういうシニア層には傍若無人な態度を見せる人たちが確かに混じっていて、そういうことも合わさって彼らが「アクティブ・ジジイ」や「アクティブ・ババア」と呼ばれている模様です。

昔々「姥捨て(うばすて)」という風習があったようです。そういう民話や伝説が日本の各地に伝わっていて、これを棄老(きろう)伝説といいます。伝説や民話が残っているということは、そういうこと(あるいは、それに近いこと)が実際に行われたということなのでしょう。柳田國男の「遠野物語」はその一例です。

「姥(うば)」とは老女や老婆を指します。爺ではない。しかし「姥捨て」となると棄(す)てられるのはお年寄りで、そこにはおばあさんもおじいさんも入ってきます。しかし古人が選んだ名称は「姥」。共同体や家族の負担でしかなくなった「ジジイ」や「ババア」を山に棄てた。

世の中には、元気であっても、大きな網に放り込んで姥(うば)捨て山に持っていって棄ておきたい、そういう婆さん連中や爺さん連中が確かにいらっしゃる。そういうシニア層が若い人たちから「アクティブ・ジジイ」や「アクティブ・ババア」と呼ばれているのでしょう。

COVID-19が猛威を振るっているイタリアでは医療スタッフや設備不足で全員を同時に同様な設備で治療できないときに、誰を治療し誰を治療しないのか、その優先順位の決定で苦しんでいる医者もいらっしゃるようです。かりにある70歳の重篤な感染者と、ある20歳の重篤な感染者と、ある1歳の重篤な感染者がいるときに、医療スタッフと医療設備が不足した環境で3人の治療優先順位をつけるとすると、

第1案は、①20歳 ② 1歳 ③70歳
第2案は、① 1歳 ②20歳 ③70歳

となります。20歳と1歳の優先順位をどうするかは「すでに才能や実績として顕在化したもの」と「今後開花する潜在能力や可能性の大きさ」をどう組み合わせてどういう視点で評価するかという哲学的な議論が絡んできますが、70歳の順番を一番後回しにすることについてはその合意形成にとくに悩まなくてもよさそうです。しかしその場合は、捨て置かれる70歳については安楽死という選択肢も必要になります。

しかし実際には当該70歳の持つ政治力や取り巻きが、「70歳の置かれた土俵」と「1歳と20歳の置かれた土俵」を切り離し、70歳の土俵を高みに持ち上げて70歳の優先治療を医者に迫るといった事態も発生します。「アクティブ・ジジイ」や「ババア」の属性のひとつです。


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2020年3月23日 (月)

濃厚接触とソーシャル・ディスタンシング

今回の、世界的にはまだまだ落ち着かない新型コロナウィルス騒動が始まった時に驚いた用語のひとつが「濃厚接触」でした。

「濃厚接触」という言葉できれいな女性のいるところに行ってお酒を飲みながら親しく歓談する場面を連想したら、それもそのひとつには違いないにしても、主にはウィルスの感染者や保有者と親しくおしゃべりしたり、食事をしたり、同じスポーツクラブで運動したり、カラオケボックスで過ごすことなどを意味すると聞いてその不思議な日本語にいささか驚いたものです。その原語というか英語を調べてみると、CLOSE CONTACT でした。もともとは一般語です。それを、どなたが最初に訳したのか、術語(テクニカルターム)の翻訳とはいえなかなかに強烈な訳語です。

ちょっと前まで対岸の火事とみなしてボーとしていたヨーロッパや米国でこのウィルスが急速に蔓延し始めてからのことですが、英語のニュースで SOCIAL DISTANCING という耳慣れない用語が目につくようになってきました(感染症や疫学の専門家にとっては日常語かもしれませんが)。

「濃厚接触」のような刺激的な日本語に訳せないので、ソーシャル・ディスタンシングというカタカナ言葉をそのまま使うとしてもその意味は、「濃厚接触をしない、あるいは濃厚接触の逆をするということ」です。

仕事の場面だと、職場に来て一緒に働くのではなくてテレワークやリモートワーク、あるいは会議室で議論ではなくビデオ会議。学校だと休校やリモート授業。イベントは中止。私的な場面だと、外出は控える、外食はしない、ススキノも行かない。スポーツクラブも行かない。ドラッグストアでマスクの行列に並ぶときに限らず複数で集まる時も前後の人やまわりとは6フィート(1.8メートル)以上離れる、つまりは引きこもり的な生活の勧めということです。

理由は、COVID-19のような接触感染で拡がるタイプのウィルスには SOCIAL DISTANCING することが有効で、そうすることで、感染カーブをフラットにして(つまり低く長く引き伸ばして)感染の拡大を抑える、あるいは感染速度をゆるやかにして医療崩壊を避けることができる。そういう考え方です。

つまり日本では、地域によっては一ヶ月前から実行していることですが、そういう方法を「濃厚接触 CLOSE CONTACT」のように印象的なひと言で要約した表現がないものか。SOCIAL DISTANCINGを「社会(的)距離戦略」としたのでは専門用語辞典風で人口に膾炙しません。「そばに寄るな」「べたべた触るな」「でもバーチャルに濃厚接触したいね」というようなニュアンスを含んで発音しやすく記憶に残る漢字の4文字用語はないものか。

密閉・密集・密接・密着・密議などを避けることなので、とりあえず、「避密のすすめ」あるいは「疎のすすめ」とでもしておきますか。

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2020年3月19日 (木)

オリンピックには新興宗教の香り?

運動やスポーツは走るだけのタイプであってもボールを扱うタイプであっても、好きなら下手なりに楽しいものです。下手なりに楽しいというのは、それを職業や職業に類するものと考える必要がないからです。オリンピックを仕事にしている人たちはそうはいかない。

東京オリンピックをどうするかに関する議論を拝聴していると、なかにはほとんど近代オリンピック教という新興宗教の信者のような考え方のかたがいらっしゃるのでいささか驚かされます。オリンピックの理念や原則といった言葉といっしょに教義らしきものが生な形で姿を見せるのでびっくりするわけです。オリンピックを材料に金儲けを企んでいる人たちではなく、オリンピックを仕事にしている人たちにそういう考えの方が多い。そうでないと仕事にならないのでしょう。

「新興宗教」と言ったのは、IOCができたのが1894年、第一回目のアテネ大会が1896年、つまり近代オリンピックなるものは、わずか125年くらい前(日本だと明治時代半ば、日清戦争の頃)に生まれたました。「新興」です。

新興宗教はその基本的な教義や考え方を、ユダヤ教・キリスト教のような絶対者を想定する宗教的な宗教や、仏教のような絶対者を想定しない哲学的な宗教など三千年から二千年くらい前の世界に生まれた宗教に依拠していることが多い。あるいはそうでなければ、その後世界(に拡がることになった)宗教が出現する以前に各地域に生まれていたその地域固有の神々(たとえばギリシャ神話に登場する神々や日本の神道の神々など)に根差してしていることも多いようです。

近代オリンピックもその基本的な考え方は古代ギリシャ人がオリンピア祭に催した古代オリンピック競技のそれから来ています。古代オリンピック競技は運動だけでなく詩の競演も含んでいたようですが、紀元前776年から紀元393年まで4年ごとに開催されました。

紀元393年の古代オリンピック競技が最後になったのは、その翌年,オリンピック競技会の開催を禁じるテオドシウス帝の勅令が出されたからです。キリスト教徒であったテオドシウス帝は「ギリシャの神」に捧げられるオリンピックを「異教的なもの」(キリスト教の勝手な言い草ですが)として排除しました。ギリシャ人も他民族・異民族をバルバロイ(よくわからない言葉を話す人たち)と呼んでいたので似たようなものです。中華思想では東夷・北狄・西戎・南蛮がバルバロイです。

「宗教」といったのは、オリンピックを仕事にしている人たちにとっては、オリンピックは他のスポーツ競技会(たとえば世界選手権)やスポーツイベントとは違ってたかがスポーツではないらしいからです。そういうところに原理主義的・教条主義的な匂いが漂います。オリンピック以外の競技会は「バルバロイ的」なのでしょう。

古代ギリシアにおいて開かれていた大規模なスポーツの祭典としては、古代のオリンピックにあたる「オリンピュア大祭」のほかに、「ネメア大祭」と「イストモス大祭」と「ピューティア大祭」の三つの競技大会があったそうです。

「オリュンピア大祭」は4年に1度、「ネメアー大祭」は2年に1度、「イストモス大祭」も2年に1度、「ピューティア大祭」は4年に1度開催されましたが、4つの競技大祭のうちゼウスに捧げられるオリュンピア祭が最も盛大に行われたそうです。だから、これが近代オリンピックにつながった。

ちなみに、古代ギリシャの哲学者プラトンは青年期はアテナイを代表するレスリング競技者として活躍し「イストモス大祭」(4年に1度のオリュンピア大祭の開催年の前後の年に、つまり古代オリンピックを挟んで2年ごとに開催された)に出場したらしい(そういう弟子の記録が残っている)。当時のギリシャ世界の世界選手権大会です。オリュンピア大祭(古代オリンピック)と比べると格が落ちる。プラトンがオリュンピア大祭(古代オリンピック)に参加したかどうかはわからない。多分参加していない。プラトンが「バルバロイ的」な「イストモス大祭」だけに参加していたかもしれないというのは何となく興味深い。本当は何十キロも歩くのが面倒なのでアテナイと地理的に近い大会に参加しただけかもしれないのですが。

オリンピックの聖火採火式が行われるのはヘラ神殿跡です(ヘラはゼウスの奥さん)。ゼウスも天の高みから採火式を見下ろしているのでしょう。ギリシャ神話的な意味で宗教的な儀式です。古代ギリシャの神々の息吹が、どうして現在のオリンピック関係者の教条主義的な(ギリシャの神々からすれば異教的な)姿勢に繋がるのかぼくにはよくわからない。


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