経済・政治・国際

2019年4月25日 (木)

高血圧に関する、愉快な業界・愉快なコメント・愉快なデータ

高血圧 75歳未満は「最高130」目標に 降圧剤処方が増える可能性〉というタイトルの記事が眼に入りました。記事の一部と説明図を引用します。

「日本高血圧学会は19日、医療者向け「高血圧治療ガイドライン(指針)」の2019年版を発表した。75歳未満の成人の降圧目標について最高血圧(収縮期血圧)を「130ミリHg(水銀)未満」とし、前回の指針から10ミリHg引き下げた。血圧はより低い方が総死亡や脳卒中、心筋梗塞(こうそく)の発症率などが低く抑えられるという米国などの臨床試験の結果を反映した。治療をする1000万人以上もの高血圧患者への降圧剤処方が増える可能性がある。」

13080-2019

世の中にはスマートなかたがいらっしゃるみたいで、この日本高血圧学会の発表に対して愉快なコメントとデータがネット上で提供されていました。原文のママ、引用します。

『医者、薬屋は嘘は言わないが全部も言わない
血圧下げると脳梗塞は減ると言うが認知症、骨粗鬆のリスクは言わない
塩分控えろと言うが、糖分控えろとは言わない
脳梗塞、ガンで死んでる人は大体75歳以上だから自然死と同じですよ、とは言わない』

『降圧剤市場の遷移
160のとき 3000億
140のとき 6000億
130の今 1兆2000億
分かりやすいよねー』

『降圧剤市場の遷移』というのをもっとわかりやすく(あるいは冗長に)書き直すと次のようになります。

降圧剤市場の推移
・最高血圧が「160未満」というガイドラインのときの市場規模は3000億
・最高血圧が「140未満」というガイドラインのときの市場規模は6000億
そして
・最高血圧が「130未満」というガイドラインになった今、今後の市場規模は1兆2000億

記事にも「治療をする1000万人以上もの高血圧患者への降圧剤処方が増える可能性がある」とあったので、降圧剤市場の市場規模について別のソースを当ってみました。

【降圧薬】市場は5500億円』という記事があり、その内容は

『処方量と単価が分かっているので、各降圧剤の年間売上高を簡単に計算することができます。全部足し合わせれば、降圧剤の市場規模も分かります。結果は<表>のようになりました。
 NDBオープンデータには処方量の上位100品目までが掲載されています。それらの合計金額は、なんと5492億円。・・・101位以下がどのくらいになるかは分かりませんが、市場規模は大ざっぱに5500億円と言っていいでしょう。』

その<表>とは以下のようなものです。引用します。

2015

「140のとき 6000億」と「この表の金額」は同じものを指しているので「最高血圧ガイドラインが140のときは、降圧剤の市場規模は5500億円、ざっくりと6000億円」ということになります。だから「130の今 1兆2000億」という数字にとくに反対する理由はありません。

140から130になったときの、市場拡大効果(売り上げ金額の増加)が例えば5000億円だとして、その1%の50億円がロビーイング経費としてすでに関係各所に流れ出ていても不思議ではありません。ROIは良好。けっこう愉快な業界です。

関連記事は「血圧が「130/85」から「148/95」へ」、それから「現在の血圧基準値は?」。

特定の専門分野の尖った意見だけでなくいろいろな状況を勘案した場合、「正常」な収縮期血圧(最高血圧)は「年齢+90」以下という古い簡易指標がいちばんすっきりとしているようです。

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2019年4月24日 (水)

仏教の二重性、あるいは、生まれながらに「仏教徒」

ものごとにはたいていは二重性があります。それをどういう位置から見るか、それをどういう立場で捉えるかによって、ものごとの持つ意味と役割の二重性が明らかになります。仏教にも二重性があります。

ここでいう仏教の二重性とは聖と俗の二重性のことで、俗とはここでは政治性のことです。仏教の持つその二重性は「空と鎮護国家」や「空と治国平天下」という言い方をするとわかりやすい。(【註】「空と治国平天下」という表現は「西村玲」氏の著作から拝借しました。)

「空」とは「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色」(般若心経)における「空」のことで、さまざまなものごと(物理的存在および観念や概念など)には固定的な実体がないという仏教の基本的な洞察(世界認識)です。この洞察(世界認識)は、坐ること(瞑想体験)によってもたらされましたが、「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色」という言葉でなぞられた空の体験が解脱と呼ばれています。

「鎮護国家」とは、仏教には国家を守護・安定させる力があるとする思想です。また「治国平天下」とは「修身斉家治国平天下」(大学)ということで、その意味は、天下を平らかに治めるには、まず自分のおこないを正しくし、次に家庭をととのえ、次に国を治めて、次に天下を平らかにするとする儒教の基本的政治観です。

仏教は、それに複数の人間がかかわりあう存在となった時点で、聖的なものと世俗的なもの(政治的なもの)が同時に存在するという意味での二重性をもたざるを得ません。だから、僧侶のような仏教者も「空」を指向する存在であると同時に「鎮護国家」「治国平天下」を支援する存在であるという意味と役割の二重性を持つことになります。ただしその二重性は時代によってその濃淡が変化します。

この二重性を自覚せずに、あるいはそういう二重性を意識して捨て去って「空」探求ひとつに打ち込む一群の僧は常に存在しますが、たいていの仏教者は政治的機能、社会的機能としての仏教とかかわりを持って生きるので、この二重性からは逃れられません。

二重性は時代によってその濃淡が変化します。そのとてもわかりやすい例が江戸時代の寺檀制度(じだんせいど)です。寺請(てらうけ)制度ともいいます。これは、現在では形式的になっているとはいえ、菩提寺(ぼだいじ)や檀那寺(だんなでら)や檀家という考え方や仕組みによって(まもなく令和となるところの)今でもぼくたちに受け継がれています。

寺壇制度とは江戸幕府が寺檀関係、つまり檀那寺(だんなでら)と檀家(だんか)の関係を利用して制定した戸籍管理の制度です。初めはキリスト教禁圧を目的としてつくられましたが(つまり、寺僧がその檀家がキリシタンでないことを証明するという意味での「寺請」の制度)、檀那寺が国家の行政支配網の末端として機能し始めてからは政治権力(「治国平天下」)の一部となりました。

檀那寺は檀家の祖先供養のための菩提寺(ぼだいじ)であり、菩提寺の僧侶(住職)は、葬式と法事だけでなく、出生,結婚,旅行,転住,奉公といった日常生活の節目相談までを寺請(てらうけ)証文の発行を通して引き受けたので、檀那寺には檀家(住民)に関するほとんどすべての情報が流入しました。寺はアナログ情報を使った当時のマイナンバー制度の地域ノードです。この制度により、すでに平安仏教や鎌倉仏教の信徒であった人たち以外のほとんどすべての日本人も、生まれながらに(檀那寺の宗派の)「仏教徒」になりました。

しかしそういう行政支配網の末端の「寺請」寺僧にとっても、朝夕の勤行はものごとの二重性のもうひとつの側面であるところの「空性」をあらためて自覚する時間帯でした。

この二重性をもっと濃密に保持し、この二重性を個人の内部で自覚的に激しく操作した人物も存在します。たとえば、平安初期の空海です。彼と真言密教における二重性とは「空と鎮護国家」の二重性です。「空の象徴である高野の山奥」に引きこもった時の瑜伽(瞑想)と、「国家権力と権威の代表である京都の嵯峨天皇」との親密な交友。高野の金剛峯寺と京都の教王護国寺(東寺)。書と言葉が媒介する、聖なるものと政治的なものの空間的・時間的クロスオーバー。

さきほど、江戸時代(徳川幕藩体制)になって、ほとんどすべての日本人が、生まれながらに(檀那寺の宗派の)「仏教徒」になったと書きましたが、寺壇制度の導入から400年後の現在の状況はどのようなのか。

寺は国家の行政支配網の末端としてはもはや機能していませんが、集合体としての一部の寺は、政治的な指向性を持った私的組織体としては、機能しているようです。菩提寺(ぼだいじ)や檀那寺(だんなでら)や檀家という考え方は、形式的ではあっても、今も葬儀や法事を介して持続しています。二重性のもう一つの側面である「空」に関しては、「無常観」「無常感」の浸透という意味では、状況は400年前とそれほど変わっていないと思われます。法事では般若心経を声に出すし、桜の花は毎年落ちる。

以下は「平成30年版『宗教年鑑』(文化庁)」の数字です。平成29年12月31日現在の奈良仏教と平安仏教と鎌倉仏教の信者を主な宗派別にまとめたものです。そういう仏教信者の数は4800万人。宗教年鑑のデータは、寺院(および神社や教会など)を対象にした調査で、信者数というのも寺院(神社や教会など)に提供してもらった数字なので、寺の場合は檀家数だと考えると、奈良仏教系と平安仏教系と鎌倉仏教系のそれぞれが占める割合も含めて、そういうものかと理解できます。ちなみに、2015年(平成27年)の国勢調査では、日本の人口は1億2710万人、世帯数は5333万世帯です。

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2019年4月18日 (木)

「令和」は「和せ令(し)む」?

先日の記事「名前の付け方にもそれぞれに風情がある」の関連記事です。

「令和」という元号のもともとが、万葉集の向こう側の、後漢時代の「張衡(ちょうこう)」の「歸田賦」という韻文(「是に於いて仲春の令月、時は和し気は清む、原隰(げんしゅう)鬱茂し、百草滋栄す」〈いい月が出ている春のなかば、和やかな時節、澄んだ空気、鬱蒼と茂る丘と湿地、緑いっぱいの草と咲き誇る花)にあるということは理解したとします。

しかし、突然、何の前置き説明もなしに「令和」と並べた漢字二文字を見せられて、さて、これはどういう意味だと思うと問われたら答えのしようがありません。少し考えて思い付くのは次のどちらかです。「命令」「法令」の「令」に関連するなにか、あるいは「巧言令色」や「令夫人」の「令」に関係するなにか。

漢文の参考書などには、「使役」を表す文字として「使」「令」「教」「遣」などが、たいていは短い用例といっしょに並んでいます。使役形の基本的な訓読は「・・・をして・・・せしむ(ならしむ)」です。「漢文読解辞典」というタイトルの、紙が経年変化でいささか変色している本から「使役」の「令」に関する用例をひとつ(訓読形式で)引用してみます。

「遂に天下の父母の心をして、男を生むを重んぜず、女を生むを重んぜ令(し)む」〈白居易「長恨歌」〉

ぼくにとって「令和」の最初の印象は、「和せ令(し)む」でした。たとえば「民をして和せ令む」。「命令」「法令」の「令」に関連する解釈です。

なぜか。

安倍政権下では日本国憲法を改正しようとする動きが活発で、たとえば「日本国憲法改正草案(現行憲法対照)自由民主党」などというものも平成24年(2012年)に発表されています。最近は、それがうまく動かないので、解釈改憲(政府や議会などが、憲法改正の手続きを経ることなく、憲法の条項に対する解釈を変更することによって、憲法の意味や内容を変えること)で集団的自衛権の行使を推し進めています。

この自民党改正草案(引用部分は【・・・】)はなかなか興味深いものです。政府の勝手な行動(ぼくたちが1945年以前の昭和時代に経験したところの軍部の影響力が強い政府による侵略戦争、はその一例)を規制するものとしてあるのが現代の(ジョン・ロック以降の)憲法ですが、つまり、国民のために憲法を尊重し守るのはまず政府ですが、それが、以下のように、政府ではなく国民という具合に基本的な考え方が逆転しています。

【(憲法尊重擁護義務)】
【第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。】
【2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。】

現行憲法(引用部分は『・・・』)では、その部分は次のようになっています。

『第十章 最高法規』『第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。』

そして、改正案の考え方と整合性が取れるように、『現行憲法前文』の『そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。』という現行憲法の基底となる箇所が、【自民党改正草案】の【前文】からはきれいに剥(は)ぎとられています。

その代わりに、【改正草案】では、その箇所に、【日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。】という一文が置かれています。これを漢字二文字に凝縮すると「令和」になります。

現総理大臣は新元号発表の日にテレビ局をハシゴして「令和」に至った背景説明をされたようですが、その説明内容の骨子は【日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。】を、(たとえて言えば、万葉風に)柔らかく言い換えたものとぼくには聞こえました。【改正草案】の底にある考え方のプロモーション活動です。

ぼくにとって「令和」の最初の印象が「和せ令(し)む」、「民をして和せ令む」だったのはそういう背景からです。(政府ではなく)「国民をして(改正憲法を)守ら令(し)む」。

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2019年4月 9日 (火)

名前の付け方にもそれぞれに風情がある

最近、ぼくたちの耳に届いた名前のひとつが「令和」です。日本の元号は「漢籍から」という伝統は「令和」でも、密かに、そして同時にしっかりと守られており、しかも、当時(後漢時代のある時期)のうんざりするような政治状況からの個人的な離脱を韻文にまとめたある文人の思い(そこに「令」と「和」を含む情景描写が添えられている)を、この新しい年号はゆるやかになぞっているようにも思えます。

「シャクナゲ」や「ツツジ」や「タンポポ」といった花の名付け方には風情はありますが、それとは違った種類の風情を持つ名前の付け方も存在するようです。

以下は「Chinese ancient poetry」というウェブサイトからの「歸田賦(きでんふ)」の引用です。(「歸田賦」は「田園に帰ろう」というような意味の詩。下線は「高いお米、安いご飯」)

歸田賦

朝代:兩漢
作者:張衡

遊都邑以永久,無明略以佐時。徒臨川以羨魚,俟河清乎未期。感蔡子之慷慨,從唐生以決疑。諒天道之微昧,追漁父以同嬉。超埃塵以遐逝與世事乎長辭
於是仲春令月,時和氣清原隰鬱茂,百草滋榮。王雎鼓翼,倉庚哀鳴;交頸頡頏,關關嚶嚶。於焉逍遙,聊以娛情。
爾乃龍吟方澤,虎嘯山丘。仰飛纖繳,俯釣長流。觸矢而斃,貪餌吞鉤。落雲間之逸禽,懸淵沉之鯊鰡。
於時曜靈俄景,繼以望舒。極般遊之至樂,雖日夕而忘劬。感老氏之遺誡,將回駕乎蓬廬。彈五絃之妙指,詠周、孔之圖書。揮翰墨以奮藻,陳三皇之軌模。苟縱心於物外,安知榮辱之所如。

下は「歸田賦」の作者「張衡(ちょうこう)」についてのそのサイトの説明(Who is he的な)です。西暦78年に南陽に生まれ139年に死去。後漢の人です(中国では後漢は東漢、前漢は西漢)。それによれば、張衡は政治だけでなく理系と文系のさまざまな分野で才能を発揮した(今風に言えばマルチタレントな)高級官僚でした。文人というのがいちばんふさわしいようです。

張衡(78-139),字平子,漢族,南陽西鄂(今河南南陽市石橋鎮)人,我國東漢時期偉大的天文學家、數學家、發明家、地理學家、製圖學家、文學家、學者,在漢朝官至尚書,爲我國天文學、機械技術、地震學的發展作出了不可磨滅的貢獻。

今回の記事は長めの引用ばかりで恐縮ですが(ぼく自身の備忘録も兼ねているので)、「坂口安吾」が太平洋戦争の敗戦日の直後に書いた「続堕落論」の一部を続けて引用します。

 『いまだに代議士諸公は天皇制について皇室の尊厳などと馬鹿げきったことを言い、大騒ぎをしている。天皇制というものは日本歴史を貫く一つの制度ではあったけれども、天皇の尊厳というものは常に利用者の道具にすぎず、真に実在したためしはなかった。
 藤原氏や将軍家にとって何がために天皇制が必要であったか。何が故に彼等自身が最高の主権を握らなかったか。それは彼等が自ら主権を握るよりも、天皇制が都合がよかったからで、彼らは自分自身が天下に号令するよりも、天皇に号令させ、自分が先ずまっさきにその号令に服従してみせることによって号令が更によく行きわたることを心得ていた。その天皇の号令とは天皇自身の意志ではなく、実は彼等の号令であり、彼等は自分の欲するところを天皇の名に於て行い、自分が先ずまっさきにその号令に服してみせる、自分が天皇に服す範を人民に押しつけることによって、自分の号令を押しつけるのである。
 自分自らを神と称し絶対の尊厳を人民に要求することは不可能だ。だが、自分が天皇にぬかずくことによって天皇を神たらしめ、それを人民に押しつけることは可能なのである。そこで彼等は天皇の擁立を自分勝手にやりながら、天皇の前にぬかずき、自分がぬかずくことによって天皇の尊厳を人民に強要し、その尊厳を利用して号令していた。』

ある頃から権力ではなく権威しか持たない立場で、時代時代の権力者を立てながら自分の領分はしっかりと確保し、そして自分の思いもひそかに貫くことに千数百年以上にわたって長(た)けた方たちからすれば、「令和」という着地点への誘導はとくには難しい作業ではなかったのかもしれません。生きている中に自分の戒名を僧侶に作ってもらう伝統的なかたもいらっしゃいますが、そういう意味では「令和」は前もって用意された諡号(しごう《おくりな》)です。

そういうことを夢想することのほうが、欧州ではどういうわけで「シャクナゲ」を「ロード・デンドロン(rhododendron):バラ色の木」などと名付けたのかを考えるよりも刺激的です。

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2019年3月29日 (金)

「United Nations」「国際連合」「联合国」

「国際連合」は、国際連合憲章の下、1945年に設立された国際機関です、というとなんとなくわかった気になってしまうけれど、実際はよくわからない訳語です。League of Nations(1920年1月10日に正式に発足した国際機関)を「国際連盟」と訳したのでその関連でどなたかが「国際連合」と訳したのでしょう。Democracyの訳語は民主主義となっていますが、原義に忠実に日本語に置き替えると「Demos 人々、民衆」による「Cracy 支配」です。「民主主義」ではなく「民衆支配」。「-ism」の「-主義」とは強さが違う。「国際連合」も民主主義と同じような雰囲気の日本語訳です。国家という構成主体が希薄になってしまう。

当該国際機関のウェブサイトに立ち寄ってみると、当該機関の英語名称は「United Nations」、中国語(中文)だと「联合国(聯合國)」です。日本語だと「連合国」。つまり「連合国司令長官マッカーサー」という場合の「連合国(the united nations)」と同じ用語です。なぜ同じかというと、第二次世界大戦中に、「枢軸国」(ドイツ・日本・イタリア・ブルガリア・ハンガリー・ルーマニア・フィンランド)に対して自分たちの陣営を指す言葉として「連合国」側が使用していたものを、新しい国際政治管理機関の呼称として継続使用したからです。

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United Nationsの加盟国は(2019年3月現在で)193か国ですが、安全保障理事会の常任理事国は、設立以来、第二次世界大戦の戦勝国であるところのアメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国の5か国であり、そういう現実も含めてUnited Nationsという名称を素直に(ないしは現実的に)日本語化すると「連合国」になります。Charter of the United Nationsは「国際連合憲章」ではなく「連合国憲章」。

「連合国」が「連合国司令長官マッカーサー」を想起させるので嫌と言うなら「国家連合」、「連合国憲章」が嫌なら「国家連合憲章」という手もあります。こちらのほうが「国際連合」よりはクリスプです。United Nationsは自身を中国語では「联合国」と表記しており、東シナ海の向こう側の国も当該国際機関の機能を「联合国」という用語で認識しているという事実は、細かいことですが、押さえておいたほうが現実的のような気がします。

普段は「国連」でいいのですが、「国際平和のための国際連合」では解釈できない問題、そういう解釈をはみ出す議論や主張が現れたときには「連合国」という訳語を「国連」の隣に並べてみると役に立つ場合もあります。United Nationsという組織は、深いところでは継続して、第二次世界大戦の戦勝国であるところの「連合国」の利害を軸に回転しているのだという視点を失わずに世界の動きを捉えることができるからです。名は体を表す、と言います。

【註】United Nationsが提供している日本語ウェブサイトでも、United Nationsは「国際連合」となっていて、これは「国際連合」がすてに慣用訳語となっていたのでそれをそのまま使ったのだと思われます。

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2019年3月28日 (木)

牧草と配合飼料とゲノム編集

北海道は良質なバターの産地ですが、パウンドケーキなんかを作るときのバターはニュージーランド産のグラスフェッドバターです。

グラスフェッド(grass-fed)とは、牧草(grass)のみを与えられて(fed)育ったという意味です。グラスフェッドバターは濃い黄色で、強い弾力があって、常温でしばらく放っておいても一般のバターのように柔らかく緩んで溶け出すということがありません。濃い黄色は牧草にたくさん含まれている黄色いカロテノイドの反映です。食べるもので色が変わります。ニンジンやトウモロコシなどを食べる鶏の卵の黄身は黄色く、コメで育った鶏の黄身は白くなります。

ヒトは食べたもの(食材)に健康状態が左右されますが、ヒトの胃袋に入る魚や家畜や野菜(食材)も、彼らが食べたものや彼らが育った生活環境で彼らの体質や健康状態が決まってきます。それが本当かどうかは、ファストフードとインスタント食品を食べ続けることで簡単に実験できます。

大豆やトウモロコシや麦などの穀物に抗生物質を混ぜ合わせた飼料で育てられた豚や鶏や牛と、放し飼い環境で野菜や緑の草を食べて育った鶏や牛とでは、彼らの体質や健康状態が違うし、彼らを食材として摂取するヒトの健康に与える影響も普通は違ってきます。たとえばけっこう狭い生け簀で育つ最近の養殖魚のエサは大豆の油カスや濃縮大豆たんぱく魚粉やチキンミールに抗生物質をいっぱい混ぜたものなので、従来の魚の養殖というイメージよりもケージに閉じ込めた家畜の飼育イメージに近いようです。

米国やカナダで生産される(つまり世界の大部分の)トウモロコシや大豆はずいぶん前から遺伝子組み換えタイプですが、これからはもう一歩踏み出してゲノム編集だそうです。ある新聞記事(日本経済新聞 2019年3月26日)によれば、ゲノム編集食材は日本がリードしているそうです。日本がリードしている分野は、アニメのような文化カテゴリーのものを除くと多くありません。AIやビッグデータ解析でも一部の領域を除いて後塵を拝しています。だからそういう話題に敏感な日本の経済新聞に「ゲノム編集食材」の特集記事が出始めるのは不思議ではありません。

養殖の鯛やハマチは魚売り場ですでにおなじみですが、ゲノム編集技術を活用して開発した筋肉もりもりの鯛(肉厚マダイ)の生育が進行中だそうです。魚が研究対象になれば、当然、トマトのような野菜やイネも対象になります。

ヒトの研究開発意欲には限りがないので(あるいは歯止めが効かないので)、ヒトを対象にしたゲノム編集もすぐそこかもしれません。卓越したスポーツマンを作り出すゲノム編集、IT感度やAI感度のとても高い子供を作り出すためのゲノム編集、どんな育ちの食材も平気で平らげるようなタイプの人を作り出すゲノム編集。いろんなことが考えられます。

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2019年3月26日 (火)

誤文訂正問題

中学や高校の「社会」のテストで以下のような問題が出題されたとします。

これは誤文訂正問題です。以下の記事における大臣の発言には誤り、あるいは説明に不十分なところがあるので国民には彼の発言意図が分かりにくくなっています。国民に事実を正しく伝えるという観点から、大臣発言をわかりやすく補足ないし変更してみてください。

<岩屋毅防衛相は25日、米軍普天間飛行場の移設先、沖縄県名護市辺野古沿岸部の新たな区域で土砂投入を始めたことに関し「抑止力維持と基地負担軽減の両方を満たす唯一の選択肢だ。作業を進めたい」と防衛省内で記者団に述べた。(共同通信 2019年3月25日)>

(やや冗漫な)解答例。

政府にとって「米軍普天間飛行場の移設先、沖縄県名護市辺野古沿岸部の新たな区域で土砂投入を始めたこと」が「唯一の選択肢」というのは現時点では正直な発言だと思います。しかしその理由として「抑止力維持と基地負担軽減」を挙げていますがそれは表面を取り繕った理由で、国民には背景や実態がわかりやすく説明されているとはとても思えない。わかりやすく説明すると、それが国民の賛同をまったく得られないにしても、以下のようになります。

(1959年の「砂川裁判」判決以降、最高裁の正式なお墨付きのもとに)「日米安保条約と日米地位協定」の取り決め内容が、日本国憲法や国内法が規定する内容の上位に位置することになりました。その階層構造はそのまま継続しているので、日本政府は「普天間・辺野古問題」に関しては、「日米地位協定」にもとづいた米国の意思をそのまま受け入れるしかありません。従って米国の意思とは相容れないところの、沖縄の県民投票で示された民意が政府の政策に反映されることはありません。そういう意味で辺野古への土砂投入再開は「(政府としては)唯一の選択肢だ」という防衛大臣発言になります。

□□□

日米間の重要な条約のひとつが日米安保条約です。日米安保条約は、日米のどちらかが延長したくないと云えば、1年後に解消できるような取り決めになっています。以下は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」、いわゆる日米安保条約の第十条の引用です(外務省ウェブサイトより)。

『第十条
 この条約は、日本区域における国際の平和及び安全の維持のため十分な定めをする国際連合の措置が効力を生じたと日本国政府及びアメリカ合衆国政府が認める時まで効力を有する。
 もつとも、この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行なわれた後一年で終了する。』

この条約の締結日が1960年1月19日なので、十年間効力を存続した後とは1970年1月19日以降ということです。

ところで当該条約の第六条は以下のようになっており、これが上記の防衛相発言の背景となっています。

『第六条
 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。
 前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、千九百五十二年二月二十八日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。』

別個の協定とは、日米安保条約の補足協定(実質内容協定)としての日米地位協定のことで、その前身が日米行政協定です。普天間・辺野古問題やオスプレイの配備や飛行訓練は、この協定内容の実施・遂行にかかわる最近の事例です。

1960年に締結された日米安保条約は、「理屈の上では」当事者のどちらかがこの条約が嫌になれば、「ご破算に願いましては」と通告することができる仕組みをとっています。言葉を換えれば、米国との軍事的な協力関係が今後も必要な場合でも、現行の条約をその補足協定である日米地位協定を含めて破棄し、日本にとって好ましい内容の「新・日米安保条約」と「新・日米地位協定」を結びなおすことが「理屈の上では」できるということです。

戦後、日米安保条約や日米地位協定の改定や米国債の売却に関心を持ち、関心を持っていることをまわりに発言し、そしてそれらの実行に取り掛かろうとした人たちのうち、その時に政治の表舞台で顕職にあった政治家は、たいていの場合、なぜか、短期間のうちに不幸な事件に遭遇するか、その後に不運な境涯を経験することになりました。小沢一郎氏がそうでしたし、「最低でも県外、できれば国外」の鳩山由紀夫元総理もそうでした。その前は、故・田中角栄元総理や故・橋本龍太郎元総理がそうでした。所属政党は無関係です。それから、元財務大臣の故・中川昭一氏もそうでした。彼は、実質的には売却に相当するところの10兆円規模の米国債の活用を2009年2月に実行に移そうとしていました。

「理屈の上では」できる、というのはそういう意味です。

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2019年3月25日 (月)

昭和21年のいわゆる「人間宣言」などについての個人メモ

その内容骨子を伝え聞いてはいるものの、原文があっても原文全体にきちんと目を通したことがないというような事態はときどき発生しますが、これもそのひとつでした。昭和天皇のいわゆる「人間宣言」。

マスメディアの「人間宣言」という報道や番組を通して、あるいは他の媒体での一部引用を通して、あるいは三島由紀夫の「英霊の声」に登場する二・二六事件の青年将校や太平洋戦争の特攻隊員の「霊」が『などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし』(すめろぎは漢字では天皇)と、天皇の人間宣言を憤り呪詛する言葉を通してそう理解してはいたものの、実際にはどういうふうに彼は「人間宣言」したのか。

昭和21年1月1日付けの「官報」(号外)があります。原文は明治憲法や古い法律文のように漢字とカタカナで書かれていますが(下の画像)、その表記はいささか読みにくいのでカタカナをひらがなに替えると以下のようになります(難しい字の読みも追加)。誰がそう名付けたのかわかりませんが、この本文の文字数が1,011文字の「詔書」が昭和天皇の「人間宣言」と呼ばれているものです。

2111-1946

官報 号外 昭和二十一年一月一日


 詔書

ここに新年を迎う。かえりみれば明治天皇、明治のはじめに、国是として五箇条の御誓文(ごせいもん)を下し給(たま)えり。曰く、

一、広く会議を興し、万機公論に決すべし。
一、上下心を一にして、盛んに経綸を行うべし。
一、官武一途庶民に至るまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。
一、旧来の陋習(ろうしゅう:悪い習慣の事)を破り、天地の公道に基づくべし。
一、知識を世界に求め、おおいに皇基を振起すべし。

叡旨公明正大、また何をか加えん。朕(ちん)は個々に誓い新たにして、国運を開かんと欲す。

すべからくこの御趣旨にのっとり、旧来の陋習を去り、民意を暢達し、官民挙げて平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、もって民生の向上をはかり、新日本を建設すべし。

大小都市のこうむりたる戦禍、罹災者の艱苦、産業の停頓、食糧の不足、失業者増加の趨勢等は、まことに心をいたましむるものあり。しかりといえども、わが国民が現在の試練に直面し、かつ徹頭徹尾文明を平和に求むるの決意固く、よくその結束をまっとうせば、ひとりわが国のみならず、全人類のために輝かしき前途の展開せらるることを疑わず。それ、家を愛する心と国を愛する心とは、わが国において特に熱烈なるを見る。いまや実に、この心を拡充し、人類愛の完成に向かい、献身的努力をいたすべきの時なり。

思うに長きにわたれる戦争の敗北に終わりたる結果、わが国民は動(やや)もすれば焦燥に流れ、失意の淵に沈綸(ちんりん)せんとするの傾きあり。詭激(きげき)の風ようやく長じて、道義の念すこぶる衰え、ために思想混乱あるは、まことに深憂にたえず。しかれども、朕は汝(なんじ)ら国民とともにあり。常に利害を同じうし、休戚を分かたんと欲す。朕と汝ら国民との紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説によりて生ぜるものにあらず。天皇をもって現御神(あきつみかみ)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族として、ひいて世界を支配すべき使命を有すとの架空なる観念に基づくものにもあらず。

朕の政府は、国民の試練と苦難とを緩和せんがため、あらゆる施策と経営とに万全の方途を講ずべし。同時に朕は、わが国民が時難に決起し、当面の困苦克服のために、また産業および文運振典のために、勇往せんことを祈念す。

わが国民がその公民生活において団結し、あいより助け、寛容あい許すの気風を作典興するにおいては、よくわが至高の伝統に恥じざる真価を発揮するに至らん。かくのごときは、実にわが国民が人類の福祉と向上とのため、絶大なる貢献をなすゆえんなるを疑わざるなり。

一年の計は年頭にあり。朕は朕の信頼する国民が、朕とその心を一にして、みずから誓い、みずから励まし、もつてこの大業を成就せんことをこいねがう。

御名 御璽
昭和二十一年一月一日

「人間宣言」とはその中の以下の部分を指すようです。

『朕と汝ら国民との紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説によりて生ぜるものにあらず。天皇をもって現御神(あきつみかみ)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族として、ひいて世界を支配すべき使命を有すとの架空なる観念に基づくものにもあらず。』

要は、天皇と国民(臣民)の結びつきは、天孫降臨や万世一系といった『神話と伝説』、ないし現御神(あきつみかみ)や神国日本といった『架空なる観念』によるものではない。

言葉通りに読むと、これは神話と伝説の否定、現御神(あきつみかみ)・現人神(あらひとがみ)としての天皇の否定ではあっても、天皇が自身を肯定形で人間だと宣言したわけではないようです。「神でなければ人間、だから、天皇は人間宣言をした」という「解釈」は成り立つにしても。

ところでこの詔書でいささか不思議なのは『朕の政府は・・』という表現がすぐそのあとに続くことです。『朕の政府』とは「私の政府」ということなので、ここに主権者(ないし絶対支配者)であるところの天皇が顔をのぞかせています。

その詔書に対する同日付でプレスリリースされたマッカーサーのコメントというのがあり、その内容は以下の通りです。

GEN. MACARTHUR SEES LIBERALISM IN IMPERIAL RESCRIPT

"The Emperor's New Year's statement pleases me very much. By it he undertakes a leading part in the democratization of his people. He squarely takes his stand for the future along liberal lines. His action reflects the irresistible influence of a sound idea. A sound idea cannot be stopped."

「マッカーサー元帥は、新年の天皇詔書に見られるリベラリズム、天皇が彼の人民の民主化について確固とした指導的役割を果たそうとしていることを歓迎した」といった内容です。「人間宣言」と直接に結びつく箇所はない。

もっとも『朕の政府』と言ったのは、GHQ (General HeadQuarters) の手になる「日本国憲法・草稿」ができたのが1946年(昭和21年)2月12日、「日本国憲法」の公布は昭和21年11月3日、その施行は昭和22年5月3日なので、当該詔書が出された昭和21年1月1日の時点では主権者はまだ日本国民ではないという事情もあったのかもしれません(それから、日本が国家としての全権を回復したとされているのはサンフランシスコ講和条約が発効した昭和27年4月28日)。

「日本国憲法」の「英訳」というものがあります。しかし英訳というのはヘンな話で、日本国憲法は(その草稿は)GHQが英語で作成したものです。それが日本国憲法のオリジナル。それにいくぶんの微調整を加えて、ほぼオリジナル通りに、しかし原文よりもわかりにくいところのある日本語に翻訳したのが「日本国憲法」です。だから「英訳」というものは「英文草稿」にその微調整分を英語表記で追加したものということになります。

【註】「日本国憲法」と同じように、上述の「人間宣言」にも、その骨子部分に関しては、GHQが作成した英文草稿が存在するようです。それをを翻訳修正し英文草稿にない部分を追加してまとめたのが、昭和21年1月1日の「詔書」らしい。ぼくは英文草稿を見ていないので詳しくはわからない。

日本国憲法は戦勝国・占領軍に押しつけられたものなので、それを理由に改正するという主張があります。敗戦国は当時それを受け入れるしかなかったとしても、その受け入れ内容がデモクラシーや平和という観点からして望ましいもの・納得のいくものならば、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」(英文草稿は “The Emperor shall be the symbol of the State and of the Unity of the People, deriving his position from the sovereign will of the People, and from no other source.”)のような日本風味を含めて、それでいいではないかと考えていました。

しかし少し前から、この憲法の『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ』という根幹部分が気に入らなくて、その部分を、たとえば『全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う』というふうに憲法尊重義務の主体を政府から国民に逆転させたいと考える人たちが出てきました。そういう人たちにとっては、集団的自衛権を行使したいという願望の実現と合わせて、「押しつけられた憲法」というのは使い勝手のいい憲法改正理由(あるいは条文の巧妙な解釈によって実質的に憲法の一部改正と同じような状況を作り出す解釈改憲理由)になります。

昭和21年1月1日の詔書全体に目を通してみようと思ったのは、平成28年8月の天皇ビデオメッセージ(その骨子は『即位以来,私は国事行為を行うと共に,日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を,日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し,更に日々新たになる日本と世界の中にあって,日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています。』)、と、平成29年12月23日85歳の誕生日の天皇の発言『平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています』を見たり読んだりしたのががきっかけです。

日本国憲法は、戦勝国・占領軍と日本との安全保障システム(日米安全保障条約および日米地位協定)との抱き合わせをひそかな前提として(高位の当事者以外にはその背景がよく見えなかったという意味でひそかな前提として)発足したもののようです。

この矛盾するもの(平和を希求する、他国を攻める戦争はしないしそのための軍隊も持たない、しかし、同時に他国を攻撃する第三国の軍隊はその国の意のままに自由に駐留させるしそのための支援もする、要請があれば、「実質的には」その第三国といっしょに他国に侵攻する)を巧妙に組み合わせたものを、今後、平和やデモクラシーという観点からどう納得できる形に解きほぐすか。そういうことを考えようと思ったら(とくに9条2項や日米地位協定との関連事項)、「押しつけ憲法なので見直したい」というのは、集団的自衛権の行使が好きなタイプの人たちとは違った意味で、まっとうな理由付けになるかもしれません。

5月1日からの新しい天皇が、何十年後かの記者会見で、『□□が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています』と発言できるかどうか。

関連記事は「憲法雑感」。

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2019年3月12日 (火)

ラジオ体操(第一)

冬の札幌でスキーなどのウィンタースポーツ以外の運動を何かしようとするとスポーツクラブのお世話になるしかありません。そのあたりを速足で歩こうにも道路は雪で凍っています。

スポーツクラブやそういう趣旨の公共施設に設置してあるマシーンの上で歩くか走るか、あるいはスイミングプールで泳ぐか、選択肢は多くありません。歩いたり走ったりするのが簡単でいいのですが、ウォーキングマシーン(というかランニングマシーンというか)は景色が変化しないので、つまり単調なので、ぼくは好きではありません。だからiPodなんかで音楽を聴きながらベルトの上を歩く(走る)人たちも多い。

ぼくは、自宅でラジオ体操です。CDを安い小さなCDプレーヤーにセットしてあり、邪魔にならない場所に置いてラジオ体操専用にしてあります。ただしラジオ体操といっても「第一」のみです。「第二」はできない。第一は体が覚え込んでいるので、ピアノ伴奏が聞こえてくると「音声ガイド」がなくても身体は勝手に動きます。

ラジオ体操の誕生と関係の深い「かんぽ生命(旧逓信省簡易保険局)」のウェブサイトを拝見すると、ラジオ体操第一は「老若男女を問わず誰でもできることにポイントを置いた体操です。軽快なリズムに合わせて、体全体の筋肉や関節をバランスよく動かすことができます」となっていますが、すき間時間にまじめにやるとそれなりの運動量になります。

そのサイトでラジオ体操関連の記述を読むと、ラジオ体操は思っていたより新しく「昭和体操」と呼んでもおかしくない。ぼくたちがデフォと認識している今のバージョンのラジオ体操(とくに「ラジオ体操第一」)は1951年(昭和26年)生まれだそうです。

「1928年(昭和3年)9月 簡易保険局を中心に日本放送協会、文部省等の協力の下に旧ラジオ体操第一を制定」

「同年11月 東京中央放送局からラジオ体操放送開始(朝7時から)NHK江木理一アナウンサー登場。ラジオ体操普及のため体操講演会を昭和4年末まで行う」

「同年12月 ラジオ体操のレコードができる(3枚1組)」

「1929年(昭和4年)2月 ラジオ体操全国放送となる」

「1945年(昭和20年)8月15日 旧ラジオ体操を中止」

「1951年(昭和26年)5月 現在のラジオ体操第1を制定、放送開始」

こういえば身も蓋もありませんが、ラジオ体操は簡易保険(シンプルな官製生命保険)販売のプロモーションツールとして誕生したということがわかりますが、それがあれだけ(ないしはこれだけ)普及したその影響力というのはそのあたりのテレビコマーシャルの比ではありません。普及段階では、全国の郵便局員がラジオ体操講習会という地味なマーケティング活動を繰り返したのでしょう(大勢でいっしょにやるラジオ体操が日本人の体質に合っていたということがあるとは思いますが)。

1945年8月15日の中止理由については当該サイトには何も書いてありません。別のソースをあたるとマッカーサーが反対したらしい。本当かどうかわかりませんが、ラジオ体操は軍国主義につながる、号令ひとつで何百万人もが一斉に動く、というのがその理由らしい。その理由付けは、一応は、腑に落ちます。ナチスドイツの少年少女教育を撮影した記録映画の中で彼らが似たような雰囲気の体操を乱れなく行っている場面があったと記憶していますが、彼にとってはそれと似たような不気味な圧迫を感じたのかもしれません。

ぼくはある程度の年齢に達してからは、何十人、何百人でいっしょにやるラジオ体操は苦手で、ひとりか二人くらいでやるのが性に合っています。だから、自宅でCDプレーヤーです。元気なモノラル音が身体を包むように拡がるのも悪くありません。

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2019年3月 8日 (金)

歩行者が渡ろうとしている信号機のない横断歩道

どのくらいのクルマがルール通りに一時停止しているか。ある場所の一時停止率についての都道府県別の調査結果(JAF日本自動車連盟 2018年10月)がけっこう興味深い。その場所とは「歩行者が渡ろうとしている信号機のない横断歩道」です。

JAFでは2016年から当該調査を実施しており、2016年の全国平均結果は7.6%、2017年が8.5%、そして2018年が8.6%だそうです。2018年の(全国平均と)都道府県別の結果は以下の通りです(「乗りものニュース」から引用)。

201810
 
念のために、免許更新時の講習で配布される「わかる 身につく 交通教本」でこの項目をあたってみると、次のようになっていました。

「第2部 交通の方法に関する教則」の「第3章 自動車の運転の方法」に「3 歩行者の保護など」がありその中に以下のような記述があります。

「3-2 ・・・歩行者や自転車が横断しているときや横断しようとしているときは、横断歩道や自転車横断道の手前(停止線があるときは、その手前)で一時停止をして歩行者や自転車に道をゆずらなければなりません。」

これがルール違反として「主な一般違反行為の基礎点数と反則金の額」にどういう風に具体的に反映されているかというと、「横断歩行者等妨害等」の違反点数は「2点」、反則金の額は普通車で「9,000円」です。ついでに「泥はね運転」について調べてみると、違反点数は「ゼロ」、ただし反則金は普通車で「6,000円」です。

一時停止しない運転手の中にも「信号のない横断歩道なんてそんなものいちいち気にしていられない」という豪の者から、「歩行者に気がついたが歩行者が横断歩道を渡るのか渡らないのかわからないので渡らないと判断し、一時停止せずにそのまま通り過ぎた」、あるいは「歩行者はすでに横断歩道を半分以上4分の3くらい渡っていたので安全だと判断し(速度は落としたが)一時停止しなかった」までいろいろなタイプがいるはずです。

しかし、つまりは、信号のない横断歩道では歩行者がいても、車は、長野県と静岡県を例外として、10台に1台も停止しないということです。北海道だと、横断歩道と歩行者がいっしょに運転者の視野に入ってきても、20台のうち19台の車がそのまま(あるいは歩行者を少しは気にしながら)通過していくということです。

ゴム長の出番」という記事で「たいていの車は、水しぶきを歩道側に跳ね上げながら走っていくのがお好きなようです。好きというよりもそんなことをいちいち気にしていられないのでしょう。歩行者は専守防衛です」と書きましたが「歩行者の専守防衛」という点では「信号のない横断歩道」は「泥はね」と同じです。車が左右から来ていないことをしっかりと確認してからさっさと(早く歩けないかたは安全を念じながらゆっくりと)横断歩道を渡る以外に採りうる戦術はなさそうです。

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