音楽

2021年3月31日 (水)

Lonely Woman

以前LPレコードをそれなりの枚数処分したうちの一枚が「Lonely Woman」をふくむところの「The Shape of Jazz to Come」というOrnette Colemanのアルバムで、このLPはCDを買い直すことはありませんでした。あるエッセイがきっかけで、久しぶりに「Lonely Woman」のアルトサックスとトランペットの声を聴いてみたくなり、そういうときはYouTubeか、ある通販サイトの年会費を払うタイプの会員用の無料音楽提供サービスです。どちらでも「Lonely Woman」はすぐに見つかりました。

Ornette Coleman - Lonely Woman (1959)

よりいい音で聴きたいので、ダウンロードしたアルバムをステレオ仕立てのネットワークスピーカーで再生します。結構な演奏でした。このアルバムはいつでも再生できるように端末に保存しておきます。

 


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2020年12月15日 (火)

ネットワークスピーカーの音について、その後の感想

現在使っているネットワークスピーカーは初めて購入したものですが、ステレオ機能に対応しているネットワークスピーカーの中では大きい部類で、しかし大きいといってもスピーカー一般という範疇においては小型なので、だからそれなりに自然な音を出すように、設計者がハードウェア技術やソフトウェア技術で巧みな音響補正を施してあるみたいです。

気になることもあって、従来のタイプの(つまりステレオ装置用のスピーカーという意味での従来のタイプの)できの良いスピーカーは、聴き手がすぐそばにいても離れていても聴き手に対しては同じ音質で歌うのに対して、たとえてみれば客がライブハウスで演奏者や歌い手のすぐそばにいても後ろの少し離れた席に座っていても同じ音がその人まで届くという状態に近いのに対して、我が家のネットワークスピーカーは、リビングのような空間にだけ適応しているのか――つまり、当該ネットワークスピーカーは自分の置かれている居住環境を反響音等から学習してその環境に徐々に適応していくということの結果そうなったのか――、スピーカーと距離を置いた居間の拡がりの中にぼくが位置しているときは流れでる音は心地いいのですが、スピーカーに近づき過ぎると音にやや不快な感じが混じってきます。

そのやや不快な感じとは、それなりにゆったりとした空間のなかでシェパードのような大型犬がゆったりと吠えるときの声の心地よさに、スピッツのような小型犬のキャンキャンした鳴き声が少し混じり始めるのに似ています。

音の満足度は従来型スピーカーに対して75点くらいだとしても、CDなどを個別にセットしなくていいことを考えると、ステレオ仕立てのネットワークスピーカーはなかなかに手軽で結構な音響装置だと思われます。

関連記事は「ネットワークスピーカーという家庭内インフラは音楽に関してはそれなりに便利」。


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2020年11月 6日 (金)

ネットワークスピーカーという家庭内インフラは音楽に関してはそれなりに便利

ある程度以上のステレオ音質で音楽が鳴るネットワークスピーカーという家庭内インフラ(というか家庭内プラットフォーム)を先日導入した、それなりに利用しています。ただ我が家のネットワークスピーカーの「スマート」スピーカー相当部分は、あまりスマートではないので、その使い方は外出前に「外の気温は何度?」と聞くくらいです。その種の問いにはきちんと答えてくれる。

そういう音のインフラがなかった時には宝の持ち腐れであったところの、ある通販サイトの音楽配信サービスを――会員は一定数の楽曲の視聴やアルバムのダウンロードは無料――今は使っています。その一定数の中には、以前持っていたLPレコードで途中で処分し、その後CDも購入しなかったアルバムや購入し忘れたアルバムが入っていたりもするので、そういうものを中心に楽しんでいます。

動画配信サイトに投稿された音楽ライブを鳴らすのも悪くないのですが、動画が混じるとタブレットやスマホの電力消費が想定以上に大きいので、音楽だけというほうが充電用機器には具合がいい。

昨日はタクアンの漬け込み作業を配偶者といっしょにやりながら、その音楽配信サービスでダウンロードしたピアノトリオのジャズや女性のジャズボーカルを聴いていました。

天日干し後の大根の総乾燥重量が12.5kgだったので、ためしに「12.5kgの4%は何グラム?」とそのスピーカーに「塩」の量を質問したらそのスピーカーに入っている担当の女の子は混乱してしまったようです。苛めてはいけません。


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2020年10月15日 (木)

ステレオネットワークスピーカーの音の楽しみ

ステレオ仕立てのネットワークスピーカー(スマートスピーカーとも言いますが)を買ったので、当たり前のことを遅ればせながら楽しんでいます。

ダウンロードした音楽やYouTube上の音楽をPCやタブレットの組み込みスピーカーではなくもっといい音で気軽に楽しみたいというニーズに対応するために(あるいはそういうニーズを創り出すために)、情報端末のそばに置いたり、あるいは邪魔にならない場所に配置することのできるネットワークスピーカーが登場し、現在はその中でステレオ再生装置としてもそれなりに機能する品質の製品も出てきました。だから我が家でもそういうもののひとつを先日、慎重に選んで、購入したわけです。

CDなどから音楽管理ソフトを利用してタブレット端末に取り込んだ音楽をステレオ仕立てのネットワークスピーカーで気軽に鳴らすという楽しみは予定通りですが、CDでは手に入らないし商用ダウンロードサービスの対象にもなっていないライブ演奏でYouTubeにアプロードされているものがあります。その中にはひどい録音のものもあるとしても、演奏者やその関係者がおそらくプロモーション活動の一環として専門家の手で纏め上げたのも少なくありません。そういうのは音もいいし映像も美しい、あるいはきちんとしている。

で、そういうものの中から気に入ったのをネットワークスピーカーで再生しています。そういう使い方にはこの賢い音響再生装置はとても便利です。

昨晩は Storm Large という(いささか愉快な)名前の女性歌手の歌を続けて何度も楽しみました。そのうちのひとつは、Pink Martiniのゲストシンガーとしての歌唱。場所は夏のシアトル。2011年。彼女の声の艶がとてもいい。踊りもいい。


  Pink Martini - Amado Mio | Live from Seattle - 2011

もうひとつは、2014年。シアトルのライブミュージックホールでの演奏。この投稿動画ではシンガーソングライターとしての彼女の歌を楽しめます。

Storm Large - A Woman's Heart (Live at the Triple Door, Seattle, 2014)


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2020年9月30日 (水)

複数の語り手の合作としての叙事詩や叙事物語

ある年齢に達すると抒情詩よりも叙事詩のほうを心地よいと感じるようになります。抒情性がそのまま現れる事態というのはけっこう鬱陶しい。叙事詩の行間や語り言葉の間からも抒情性は立ち上がってきます。そういう抒情性は心地いい。

「トロイア戦争」を舞台にした古代ギリシャの叙事詩に「イーリアス」や「オデュッセイア」があります。それらを吟じた多数の吟遊詩人がいたはずですが、「ホメロス」という名前は残っているものの同じ叙事詩をそれぞれに吟じた他の多数の吟遊詩人の名前(たとえばテストリデスなど)は残っていません。

ホメロスの本名はメレシゲネスで、ホメロスとは当時のある地方の方言で「盲目の人」という意味だったそうです。成人後に眼病で眼を悪くしたらしい。失明してからのほうが詩作が活発になったようです。「イーリアス」や「オデュッセイア」を吟じた他の吟遊詩人がホメロスのように目が不自由であったかどうかはわからない。しかし、目が不自由な方のほうが、音の連なりとしての長い叙事的な物語をはるかに記憶しやすいということはあるかもしれません。

竪琴のような弦楽器を持った多くの吟遊詩人が「イーリアス」や「オデュッセイア」をそれぞれの語り口で筋書きや語りの変奏を付け加えながら詠じたものを「ホメロス」がいわばコンパイラー、編集者としてまとめ上げたので、作者が「ホメロス」ということになったようです。

平安時代における平家の盛衰(ないしは平家と源氏の戦い)が題材であるところの「平家物語」は、「イーリアス」や「オデュッセイア」と幾分かは同じように、盲目の僧である琵琶法師(日本版の吟遊詩人)が日本各地を巡って口承で、つまり琵琶を弾きながらその物語を「語る」ことによって伝えられきました――「語る」とは節を付けて歌うことですが、叙事物語なので「歌う」ではなく「語る」です。平家物語にもホメロスのようなコンパイラー、編集者がいたと想像できますが、平家物語は一般的には琵琶法師の個人名が表に出てこないことになっています。

しかし「徒然草」(二百二十六段)には、兼好がどこかの確かな筋からそう伝え聞いたのか、「平家物語」の成立に関して次のように記述されています。兼好が徒然草を書いたのは、平家物語の初版(というのも変な言い方ですが)が出来てから百数十年くらい後なので、その記述は正しいのかもしれません。

『後鳥羽院の御時、信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)、稽古(けいこ:学問の意)の誉ありけるが・・・(中略)・・・この行長入道、平家物語(へいけのものがたり)を作りて、生仏(しやうぶつ)といひける盲目に教へて語らせけり。さて、山門の事を殊にゆゝしく書けり。九郎判官の事は委しく知りて書き載せたり。蒲冠者(かばのくわんじや)の事はよく知らざりけるにや、多くの事どもを記し洩らせり。武士の事、弓馬の業わざは、生仏(しやうぶつ)、東国の者ものにて、武士に問ひ聞きて書かせけり。かの生仏が生れつきの声を、今の琵琶法師は学びたるなり。』

長い期間をかけて伝承されてきた叙事詩や叙事物語には多数の吟遊詩人や語り手の創造的な変奏(ジャズの即興演奏的な変奏)が積み重なっていると思われます。『かの生仏が生れつきの声を、今の琵琶法師は学びたるなり』も、基本形はあったにせよ、僕はそういう文脈で理解しています。

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2020年9月29日 (火)

スマートスピーカーをペアでステレオスピーカーに

誰が言い始めたのかは寡聞にして存じませんが、OS(オペレーティング・システム)搭載の機器や器具をスマート云々と呼んでいます。携帯電話がOSを持つとスマートフォン、スピーカーにOSが組み込まれるとスマートスピーカーという具合です。その状況をAI機能搭載などと過剰広告に近いようなメッセージで形容するところもありますが、それはご愛嬌として受け取ります。

OSやその周りの関連ソフトウェアがもっと大きな対象にビルトインされて更新されていく状況を拡張・拡大していくとスマートカーやらスマートハウス、スマートシティーということになりますが、ぼくは不便な環境(つまり、スマートでない環境)というのもけっこう好きです。

音のいいステレオ再生装置として機能するネットワークスピーカーというのを探していました。スマートスピーカーはカテゴリー的にはそのうちのひとつです。小型で配置が自由で価格も穏当なものが対象です。

CDをセットしてこれからいい音楽(たとえば、アンナー・ビルスマの「バッハの無伴奏チェロ組曲」、あるいは菊地雅章の「黒いオルフェ~東京ソロ2012」など)を堪能するという感じで音に向き合う場合は、従来通りの再生装置の前に坐るに如(し)くは無い。

しかし、そういうのが面倒な場合や何かを作業しているときのBGMとして特定の曲やアルバムを聴きたい場合に、購入した多数のCDの中の曲をすでにPCやタブレット端末の音楽管理ソフトに取り込んであるときは、その音源を利用したほうが簡単だし便利です。従来の再生装置はそういう具合にはいかない。だからステレオ仕立てのネットワークスピーカーが追加的に必要ということになるとしても、音のひどいもの――このなかには設計者の作為が過ぎているような音も含まれます――には興味がありません。

このブログでは工業製品やソフトウェア製品に関してはあまり特定の商品名を出さないようにしているのですが――例外は農産物や食材で、北海道産の「ゆめぴりか」や「大豆」、奈良県産の「南高梅」、福井県で作られた「干し昆布」、大阪の「塩昆布」といった書き方はよくします――、ここではその私的規則から外れます。

ぼくにとっていい音を出すスピーカーの個人的な基準は、B&O (Bang & Olufsen) 製の(今は中古でしか手に入らない)BeoLab8000のような官能的な臨場感に溢れ、澄んだ歯切れのいい音を出すもので、ネットワークスピーカーも何となくそれに雰囲気が近いものが望ましい。

で、時間をかけて複数候補の現物の音を聴いて、落ち着いた先はAppleのHomePodのペアでした。白いのを選んだので淡いベージュの壁に溶け込みハードウェアとしての存在感が希薄なところも――つまり、音楽だけがどこかわからないところから湧いて出る感じ、スピーカーが論理的な存在になったような感じも――悪くありません。

 


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2020年9月23日 (水)

ネットワークスピーカー候補を引き続き調査中

久しぶりにオーディオコーナーでスピーカーの視聴」の続きです。

オーディオメーカーの中にはソフトウェアに弱いところもあるので、そういうところの製品(ここではネットワークスピーカー)でハードウェア機能的にはすぐれものがあってもそれが売れ筋でないとソフトウェア更新も遅れ遅れになり、そのうち捨て置かれてしまい、やがて製品カタログから消えてしまう(つまりサポートの提供も消滅する)というのは十分に予測される事態です。そういう事態が予測されるものは選択肢から外します。

スマートフォンやタブレット端末に組み込まれている機能のひとつに音声インターフェースというかおしゃべりインターフェースというか、そういうものがあります。そういうものについてのぼくや配偶者の評価は低くて、何かの具合で間違えてそれが機能し始めるとぼくから出る声は「うるさい」「しゃべるな」「黙ってろ」「お前は本当に頭が悪いね」くらいです。ぼくはまだそこまでの時間を取ってあげる親切心がありますが、配偶者はまったくのシカトです。

そのおしゃべりインターフェースを活用するために開発されたのが、宣伝等によればスマートスピーカーと呼ばれるものらしいのですが、我が家にそういう騒音インターフェースを利用するというニーズはありません。

しかし、です。そのスマートスピーカーを2台、ペアで組み合わせて左右に割り振ればけっこう音の良いステレオスピーカーとして使えるものがあるらしいことに気がつきました――実際は配偶者がそれに気がついてぼくに教えてくれたのですが。スマートスピーカーのおしゃべりインターフェースにはまったく興味はありませんが、そちらの、いわは設計製造販売会社にとっての副次機能にはとても関心があります。売り場で、ステレオ仕立てで音が聴けるかどうかはわからないにしても、一本なら、音の具合をゆったりとした空間で確かめられそうです。

連休中は「人混みを離れて」を実行していたので出かけたのはご近所野菜の購入と速足散歩くらいでした。売り場が暇そうな曜日を選んで好みの音楽を試聴してみるつもりです。


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