食べもの

2020年4月 9日 (木)

コロナウィルス:各国の対応と、日本の「空気」

下に引用した主要国別の死者数と感染者数の推移グラフ(Financial Times ”Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads | Free to read”)がコロナウィルスに関する各国の状況を一覧するには、ぼくにはいちばんわかりやすい。

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死者数グラフは、縦軸は日々の死者の数、横軸は1日の死者数が3人になった日から現在までの日数(グラフは4月8日まで)。感染者数グラフは、縦軸は日ごとの新たな感染者数、横軸は1日の感染者数が30人になった日から現在までの日数(グラフは4月8日まで)。

イタリアとスペインは1日の死者数が3人になった日から30日から40日経過して感染の拡大がピークを過ぎ、その結果、死者数カーブが横ばいからやや下降気味に(台地系に)なってきたようです。米国は感染がまだ拡大中で、日々の死者数も増加中。日本は死者数(絶対数、あるいは人口10万人に対しての死者数比率)は少ない。

Ft-coronavirus-cases-by-country-20200408

新たな感染者数もイタリアやスペインではピークを過ぎて減少中。米国はまだ増加中。日本では少ないことになっていた感染者数が「オリンピック延期決定」後の検査数の増加に伴ってそれなりに急に増加し始めた様子がグラフに現れています。

各国の対応を比べると、そこに国民性(ないしは民族性)の違い、あるいは西洋の思考方式や意思決定方式と東洋の思考方式や意思決定方式の違いがそれなりにきれいに反映されているようで、不謹慎を承知で言えばとても興味深い。

ヨーロッパや米国は感染防止対策として国や都市のロックダウン(lockdown)がお好きなようです。それがデフォな選択肢になっている。そしてそういう施策の一部として家計や個人の経済的な救済策が最初からセットになっていて、すぐに実施される。

中国も武漢をロックダウンしましたが、そのやり方をニュース報道やSNSで拝見していると、共産党政府らしいやり方というよりもほとんど漢王朝や唐王朝や明王朝のやり方です。各王朝でそれぞれに発生した騒乱や擾乱や民衆蜂起を制圧・鎮圧した方法のサブセットが今回も出現したようでした。

韓国は都市のロックダウンはせずに、感染検査の数を急速に増やすことで成功裡に対応してきました。この発想がどこから出てきたのかわかりませんが、西洋ロジックではない。

日本は、その点ではユニークです。都市のロックダウンはしない、大掛かりな感染検査を実施するわけではない、法的強制力のない「三密回避」と「外出自粛」を呼びかける。だからかならず「漏れ」はある。

たとえば、北海道の現在患者数が40人になってからそれを下回ることがなくてそのあたりで(最近は少しだすが急に増えたりしながら)停滞しているのは、原因はおそらく東京とのヒトの往来です。ビジネスで東京からヒトがやって来る。札幌から東京に仕事に行って二泊三日くらいで帰って来る。ヒトの往来が少なくて相互に関連のなさそうな北海道の複数の過疎部で急に同時発生的に感染者が出現したというのは学生や家族の「東京からの疎開」がその理由だと思われます。そういう「漏れ」がビルトインされている。「漏れ」としてもう一つビルトインされているのは家計や個人や中小企業や個人事業主の金銭的な救済策の曖昧さと制約と支払いの遅さです。

しかしそういう「漏れ」を抱え込んでいても、結果として「コロナ死者」「コロナ経済不況関連死者」がとても少なくて済むのであれば、ここでは、それはそれで結構であるとします。

欧米のコロナ対応を Democracy(字義通りの訳は「民衆支配」)とすると、日本のコロナ対応は「民主主義」で、つまり似て非なるものです。欧米の対応を Constitution(字義通りの訳は「いっしょに作る」)とすると、日本の対応は「憲法」です。「憲」は「のり、おきて」「法」も「のり、おきて」、つまり「憲法」は「おきて+おきて」という意味になる。欧米と日本のコロナ対応にそういう違いが出ています。

 安倍首相は4月7日の記者会見で、ある記者から、緊急事態宣言を発令しても新型コロナウィルスの感染拡大が抑えられなかった場合の自身の責任について質問された際に、「最悪の事態になった場合、私は責任を取ればいいというものではない」と答えました。本当は首相は「うまく行けば私の手柄だが、うまく行かなかった場合は私の責任ではない」というシンプルな考え方なのかもしれませんが、これは日中戦争から太平洋戦争に至る政府の意思決定を彷彿させます。

当時の政府の最終的な意思は、丸山眞男や山本七平が指摘したように、結局はその場の「空気」「空気感」によって決定されていた。今回の緊急事態宣言やその実行に不可欠な諸政策も中軸シナリオライターが不在のなかで醸成された「空気」が決定したのかもしれません。もしそうなら「最悪の事態になった場合、私は責任を取ればいいというものではない」というのは、うまく行かなかった場合に責任を取るのは閣僚や財務官僚などの官僚を含めたその場の「空気」であって「私」ではない。これももうひとつの「漏れ」かもしれません。

しかし、そういう曖昧さや「漏れ」があるにもかかわらず、ぼくには日本や日本人というもの基本部分に期待するところもあって、日本人は、よく手を洗う、毎日お風呂に入る、握手やハグをしない、マスクをするのが日常習慣である、風呂好き・温泉好きで清潔な国民である。こういう国民性要素や食生活を含む生活要素が、国民目線を失った政治家や官僚、勝手に安全地帯に疎開する人たちの存在にもかかわらず、上述のような漏れを相殺する可能性も高い。海外からのヒトの流入阻止や外出自粛というのも「ミニ鎖国」みたいなものだと考えたら、「鎖国」経験は普段はとくには意識しないけれどぼくたちの文化生活的なDNAの一部になっている。


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2020年3月31日 (火)

「食べる量が増えるわけではない」のではなく、「食べる量は確実に増えた」

最近は下に引用したような主旨の記事、つまり「食べものの買いだめは控えてください」という論調の記事が多い。しかし少し考えたらその観察や発言が上滑りであることがわかります。

「新型コロナウイルスの感染拡大で、首都圏では週末の外出自粛要請を受け、食料品を求める客が小売店などに殺到した。
 政府の緊急事態宣言が出された場合も同様の事態が起きる恐れがあるが、専門家は、買い物は「不要不急」に当たらず自粛対象ではないと指摘。『マスクと違い食料は十分にある』と、冷静な行動を呼び掛けている。
 農林水産省によると、米は半年分、小麦は2カ月分以上の国内備蓄がある。生産や流通、輸入も止まっておらず、店頭の欠品は一時的という。担当者は『食べる量が増えるわけではない』と必要量の購買を求めた。」(時事通信 2020年3月30日)

首都圏に住むある知り合いの女性(主婦)と話す機会があってそういう発言の上滑りの具合を確認したのですが、農水省の担当者がいうところの 「『食べる量が増えるわけではない』と必要量の購買を求めた」というのは正しくない。なぜなら「食べる量は確実に増えた」からです。マクロで静的にしかものが見えないのが役人だとしても、マクロとミクロの複合視点で物事を見たあとで慎重に発言したほうがよかったかもしれません。

日本国民全体という点では確かに「食べる量が増えるわけではない」。日本人全体のマクロな食料消費量は短期でも長期でもとくには変化しない(巣ごもりでイライラした分、やけ食い消費が増えたかもしれませんが)。しかし、ある消費セグメントの新しい需要量や新しい需要パターンとそれに応ずる流通チャネルの供給量や供給タイミングが折り合うまでにはそれなりに時間がかかる。それまでは、穏やかな消費者の冷静な消費行動が、結果的には「買いだめ」行為として現象する。役所の教育的指導の対象となるような行為ではありません。

その女性の家庭構成は、IT関連の会社で働くご主人、大学生の息子さんと大学生の娘さん、それに主婦の彼女。月曜から金曜は、お昼ご飯は家庭では用意しない。ご主人は普段は会社の近所の食べもの屋か昼食を出す居酒屋などでお昼ご飯を食べる。二人の子供も週末以外は学食かどこかで友達とお昼ごはんです。週末は、主婦の時短のためにそろってファミレスでランチということも多い。食材や加工食品の貯め置きはしない。食べものは必要なものを都度購入している。

移動の自粛でご主人がテレワークになった。ご主人は普段は夕食も仕事柄外で済ませることが多いのだが、在宅勤務で事情が変わった。大学生の子供二人も学校は休校状態だしバイトも停止状態で友達と外で昼ごはんというわけにはいかなくなった。外出自粛なので、お昼ご飯は自宅で食べる。。今までひとり分だった昼食食材や昼食用の食料品が一挙に4人分になった。単純計算で普段の量の4倍です。インスタント食品で済ますのか、レトルト食品で済ますのか、ラーメンやパスタを茹でるのか、炊飯器でご飯を炊いておかずと味噌汁を作るのか、詳しくは聞かなかったけれど、家庭内で食べる量が確実に、大幅に、増えた。普段の外食分の食料消費が、全部、家庭に持ち込まれたということです。

さて、それをどこで買うか。例えば近所のスーパーで買う。普段の4倍は買わないと勘定が合わない。しかし不要不急の外出をしないように要請されているので、買い物に出かける頻度は普段よりも少なくなり、その結果一度に買う量は当然増える。つまり主婦は「冷静な購買判断と冷静な購買行動の結果」、昼食用だけでも普段の4倍以上を(晩ごはん分を合わせても普段の一回分の2倍から3倍を)一度に買い求める。常時在宅人数が増えた分だけ、日持ちのするお菓子も追加的に必要になり、そういう家庭が多くなれば、お店の棚から、コメやパン、パスタやパスタソース、インスタントラーメンやレトルト食品、カップ麺やカップ焼きそばや日持ちお菓子などが急速に消えていく。

そういう状況を観察・体験せずに、そして相変わらずマスク不足に悩まされている状態で、「農林水産省によると、米は半年分、小麦は2カ月分以上の国内備蓄がある。生産や流通、輸入も止まっておらず、店頭の欠品は一時的という。担当者は『食べる量が増えるわけではない』と必要量の購買を求めた」と言っても本人が思っているほどの説得力はありません。


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2020年3月26日 (木)

筍(たけのこ)の季節

「筍(たけのこ)」の季節です。北海道でもタケノコは採れて野菜売り場に並びますがそれはチシマザサ(千島笹)の若竹(写真参照)で、「ふっくらとした筍(孟宗竹の筍)」は採れません。西日本で幅広く収穫される孟宗竹はもともとは外来種、チシマザサは在来種。

だから、いわゆる筍を料理しようと思ったら、静岡、京都、福岡、鹿児島、熊本といったところから運ばれてきた採れたてを近所の野菜売り場で買い求めることになります。

外来種の孟宗竹が気持ちよく生育できる地域以外では、北海道に限らずスリムな在来種が駆逐されずに残っているので、スリムなタケノコを炊き込みご飯や味噌汁、あるいは素焼きで楽しんでいると思います。

孟宗竹の筍は柔らかいところは、おすましや筍ご飯、薄味のシンプルな煮物、木の芽和え、それから硬いところは味噌汁の具にすると、定番料理は定番としてのそれぞれの「春」を堪能できます。暮らしの彩りです。

20200319
       鹿児島産の筍

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チシマザサのタケノコ (Wikipediaから引用 Photographer Aomroikuma (Wikipedia Wikimedia Commons))

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2020年3月12日 (木)

カフェと喫茶店とコーヒーショップ

比較的近所にカフェがあります。ぼくは、このお店の前を通り過ぎるだけで、中に入ったことはありません。ぼくの中では、喫茶店と違って、カフェという日本語は自分の語彙としてはいまだに定着していなくて、だから心理的な敷居があるのかもしれません。

食品衛生法施行令」によると、法令上の営業形態としての「飲食店営業」と「喫茶店営業」は違っていて、「飲食店営業」ではお酒と調理、つまりお客にワインと食事とお茶・コーヒーやケーキを提供することが可能ですが、「喫茶店営業」ではお酒と調理が不可、つまりお客にはもっぱらお茶やコーヒーやお菓子を楽しんでもらうお店ということになります。カフェというのはどちらなのか。

国語辞典(広辞苑)というのはこういう場合に役に立つこともあるので調べてみると、実際、役に立ちました。

《カフェ》 【café(フランス)】(コーヒーの意)
① 主としてコーヒーその他の飲料を供する店。日本では幕末の横浜に始まり、東京では1888年(明治21)上野で開店した可否(カツヒー)茶館が最初。珈琲店。喫茶店。
② 明治末~昭和初期頃、女給が接待して洋酒類を供した飲食店。カッフェ。カフェー。

カフェ好きに「カフェとは何ぞや」と聞くと、コーヒーやワインやビールやコーヒーなどの飲み物と軽めの食事とおしゃべり空間(ないしは読書空間)を提供するしゃれた雰囲気のお店を指してカフェと呼んでいるとのこと。では街角に必ず存在しているところのコーヒーショップというのはなんだということになると、そこではおそらくメニューに酒がいないし軽食も出来合いのサンドイッチを食べさせるだけみたいなので、そういう意味では喫茶店の親戚みたいな位置づけなのでしょう。

と考えてくると、「女給が接待して洋酒類を供した飲食店」に関して言えば、「飲食店営業」申請をしてある「喫茶店」でウイスキーを飲んでも問題はないけれどそういうものを注文してもおそらくお店にはおいていない。他方、「飲食店営業」申請をしてある「カフェ」ならウイスキーは常備してないとしてもワインやビールならまず問題なく楽しめる。しかし、どちらでもおそらく「女給さん」の接待はない。

ちなみに下にあるのは、(ぼくは前を通り過ぎるだけの)そのカフェの看板風(の一部分)と、通りに向けて通行人や中に入ろうとするお客に見えるような按配で立てかけてある手書き昼食メニー(朝、開店前に勝手に撮影)。写真には写っていませんがビールやワインも揃っているみたいなので、つまり云うところの「カフェ」です。そのうちそこでコーヒーでも飲んでみますか。

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2020年2月28日 (金)

サラダにはジャガイモよりもサツマイモ

札幌に住んでいるから、イモ類はジャガイモというわけではありません。最近はどちらかというとジャガイモの消費量は少なくて(ごくわずかで)、食事にはサトイモやサツマイモです。北海道でもわずかにサツマイモを生産していて、そしてそういうのは必ず試してはみるものの、普段口にするのは「鳴門金時」です。

札幌の店頭でいちばん見かけるのは関東産の「紅あずま」ではあっても、我が家の食欲は赤紫がきれいな「鳴門金時」に向かいます。

現在、この冬という季節に楽しんでいるのは、蔵出しの鳴門金時。秋に収穫したのを貯蔵しておいて、それを1月中旬くらいから出荷するので蔵出しです。その蔵出しを、オーブンで160℃で50分焼くと下の左側の写真のような焼き芋ができ上がります。時間がない場合は200℃で30分でも構いませんが、低温でゆっくりと焼いた方が美味い。

これを軽くマッシュしたのを酢と塩麹でドレッシングしてサラダのひとつとして、たいていは葉物野菜のサラダといっしょにいただきます。

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2020年2月27日 (木)

甘酒はおいしいので夏も冬も米麹の甘酒

甘酒は酒粕(さけかす)を使った簡易版ではなく、米麹(こめこうじ)を使い時間をかけてつくるのが好みです。後者を季節を横切って作りその味を楽しんでいます。酒粕の簡易版は正直なところマズイ。米麹版は甘くて味わいが深い。

大根の手に入る季節は、夏でも冬でも、「べったら漬け」を作ります。北海道での大根の栽培時期は3月から10月(旬は6月から10月)ではあっても、冬は地元の農家から収穫後保存してあった「雪の下大根」「越冬大根」が供給されるので、つまり我が家では自家製「べったら漬け」をほぼ一年中口にしていることになります。朝ごはんで食べます。

縦に二つに切った大根のまとまった大きさの切り身を塩漬けにしたのを、わずかな塩と唐辛子と柚子を加えた「甘酒」に、五日から一週間くらい漬けこんでおくと、「べったら漬け」ができ上がります。軽い塩味と軽い甘みが特徴の、タクアンなどとは方向のちがう軽快な感じの漬物です(冬は両方を少しずついっしょに楽しんでいます)。つまり、「べったら漬け」には「甘酒」が必需品です。

では「甘酒」はどうやって作るかというと、原料は米麹(こめこうじ)と白米。シンプルです。

米麹と白米と、それから温度を60度くらいに維持する容器(たとえば、ヨーグルトをつくるための電気式容器など)と半日(10時間くらい)の発酵プロセスのための時間があれば、甘酒ができ上がります。

米麹の甘酒だと米という素材の持つ自然の甘さが堪能できます。できあがったものは、米粒がどろっとしていて甘さが相当に凝縮した飲み物になっているので、たいていはお湯で薄めていただきます。米粒のどろっとしたのが好みでないかたは、そこからひと手間かけてミキサーで米粒を細かく砕いたもののほうがお湯で割った場合に甘酒が柔らかく泡立つ感じになって飲みやすいかもしれません。粒餡と漉し餡のちがいみたいなものです。

甘酒は夏の季語ではあっても(夏バテ防止に効果的なので)、発酵食品一般がそうであるように体にいいし、夏でも冬でもどちらでもおいしい。

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《ミキサー後の甘酒(左)、ここから少量をカップに移してお湯で割って飲む(右)》

蛇足ですが、家庭向けの米麹はタクアンや冬の漬物の季節に売り出されてそれでおしまいで、その後は店頭から姿を消すということが多いので、その時期にまとめて一年分を購入して冷蔵庫に保管しておきます。米麹は、「味噌」用には別途生麹を手配していますが、「タクアン」や「甘酒」や「べったら漬け」以外にも、「塩麹」や「醤油麹」(これは発酵プロセスに6時間くらい必要)などに使うので、一年ではそれなりの消費量になり在庫はきれいになくなります。

 

 


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2020年2月26日 (水)

炭水化物に炭水化物、あるいはその親戚

米ファストフード大手が、ニュージーランドで、フライドポテトだけをはさんだバーガーを売り出したというニュースが流れていました。それにベーコンを加えた商品もあるそうです。商品名は「チップ・バティ」(Chip Butty)。

そのニュースでは、ある店舗の調理場で責任者が偶然、バンズの上にフライドポテトを落としたのをきっかけに考案されたとなっていましたが、その理由付けはやや嘘っぽい。なぜなら「フィシュ・アンド・チップス」の発祥の地である「大英帝国」ではそれは以前から存在していたからです。チップはフライドポテト、バティはバターを塗ったパンなので、フィシュ・アンド・チップスの変奏です。

Chipbutty-bergerking-2  画像は当該企業のウェブサイトからお借りしました

「ジャンクフード」の代表を炭水化物に炭水化物を重ねたもの(およびその親戚)と定義するなら、日本だとラーメンライス。おなかが空いていて懐も温かくない若者がおなかをいっぱいにしようとしたらラーメンとライスを同時に注文するだろうし、かけ蕎麦の大盛りにおにぎりやいなり寿司を組み合わせるかもしれない。炭水化物と炭水化物は、そのときの空腹への簡便で安価な対応法としては理に適っています(食べる回数が増え過ぎるとケンコーに良くないというのはさておき)。

それからジャガイモがいっぱい入っただけのカレーライスもそれに近い。パンの間にマヨネーズとケチャップ付きのフライドポテトやベーコンが挟まれているのと(こういう場合に必ずマヨネーズとケチャップが登場するのが、なんとも、ですが)、市販のカレールーを放り込んだだけのカレーとジャガイモとご飯(ライス)が一緒になったのと、味の差にうるさいことを云わなければ、そして料理文化における民度の差に目をつぶれば、それほど違うとも思えない。

ラーメンライスも、誰かから教えられるのではなくて、おなかが空いて初めてその組み合わせに気付く若者がいるかもしれないことを考えると、「ある店舗の調理場で責任者が偶然、バンズの上にフライドポテトを落としたのをきっかけに考案された」というのも嘘っぽいけれど嘘ではないのかもしれません。でもなぜニュージーランドなのかは、英国の親戚ということ以外はよくわからない。

関連記事は「ジャガイモとオランダ人、あるいは世界の4大主食(その3)


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2020年2月25日 (火)

デパートは閑そうでした

先週の金曜日の午後に、配偶者と待ち合わせて、札幌中心部にあるデパートの化粧品売り場と地下の食料品売り場に行ってみました。実際に買うべきものがそれぞれにあったからそうしたので「不要不急の外出」というのではありません。しかし、そうしなくてはいけないのなら、札幌市やその近隣でも複数件発生している新型コロナウィルスのビジネスへの影響を、メディア報道とは別に、現場でこの眼でざっと確かめたいという気持ちもありました。

化粧品売り場は、ぼくは買うものがないので、配偶者がそこで何かをしている間そのあたりをメディカルマスク装備でウロウロしたり複数の売り場の様子を遠目に眺めたりするだけですが、中国からのインバウンド客がいないと化粧品売り場はこれだけ閑散とするものかといささか驚きです。

客よりも店員の数が明らかに多い。女性店員は全員マスクを着けています。店員が新しい商品をお客の肌に試しに塗って積極的に勧める例の様子も見かけません。相手をしてくれた女性店員に配偶者がいつからこんなに客が少なくなったのかと尋ねたら、「2月になってからずっとこんな状態です」。しかし、インバウンド顧客数の減少が実質的な売上金額の推移と以前からの日本人顧客の顧客満足度にどういう具合に影響しているのかはその場ではわからない。

「デパ地下」も驚きでした。おそらくあとでホテルで食べる果物を買い込んでいるにぎやかな話し声の中国人観光客グループがそこにいないのは当然ながら想定内としても、日本人買い物客もいつもよりも少ない。三連休の前の金曜日の午後にもかかわらず、です。すぐそばにあった札幌雪まつりの運営者プレファブ事務所で感染者が二人も発生したということが関係しているのかもしれません。

食料品や食材はなしで済ますわけにはいかないので、どこかで買う必要がある。ウィルス汚染が確認された地域やその近くを避け、できるだけ近くのウィルス密度の少なそうな(と想定される)場所で買い物をしているのでしょうか。しかし、そういう場所も順番に混雑するので、そういう経路だとリスクが低いというわけでもなさそうです。なのでデパ地下の閑散(というか、とてもゆったりした状態)の理由も消費税が絡んだ個人消費の沈滞が本格的になってきたためなのか、それとも当面の人混み回避行動のためなのか、それら以外にはよくわからない。

人混みと言えば、人混み環境からの帰宅時にはコートや衣類をブラッシングして塵や埃を落とすというのはいつもの習慣、うがいと手洗いをするというのもいつもの習慣ですが、最近はうがいと手洗いがより丁寧になりました。うがい用の赤梅酢はたっぷりとあります(関連記事は「『うがい』に自家製梅酢」)。


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2020年2月19日 (水)

「うがい」に自家製梅酢

新型コロナウィルスの感染状況の報告(情報開示)については、地方自治体で温度差があります。

「(北海道で二人目の)患者は日本の方ですか」という記者の質問に対して、北海道庁の担当者が「申し上げられません」。「患者の国籍は?」「申し上げられません」「厚生労働省はその方は日本人だと先ほど発表しましたよ」というようなコメディ風もあり、ぼんやりしていた北海道庁も「道民目線」という知事の好きな言葉を思い出したようです。

それはさておき、こういう場合も含め「うがい」には梅酢です。風邪予防も兼ねて外から帰ってきた時は手を丁寧に洗い、梅酢を希釈してうがいをします。うがい薬があればそれに越したことはないのかもしれませんが、そうでないときは梅酢が便利です。

夏にはほぼ毎年梅干しを作るので、白梅酢と赤梅酢(白梅酢が赤紫蘇で赤く着色されたものが赤梅酢です)のストックができます。梅干しは朝ごはんで食べるとして、白梅酢も赤梅酢も料理に使います。白の方の使用量が多い。で、我が家では赤梅酢を薄めたのをうがいに利用することが多い。10倍程度に希釈してもクエン酸で結構酸っぱい。その酸っぱいので喉や口腔内をガラガラとやります。

L-2019  白梅酢と赤梅酢


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2020年2月13日 (木)

熟成1年と熟成6年の自家製味噌

ちょうど1年経ったので2019年2月5日に仕込んだ米味噌を食べてみました。熟成期間が1年というのは我が家の基準では短か過ぎるのですが、1年熟成させると世間では十分に味噌なのでその味を味噌汁などでその風味を確かめてみようというわけです。

その前にふたつの手前味噌の色を比べてみます。

左側のホーロー容器に入っているのが熟成6年の米味噌(大豆と米麹で作る)で、仕込みは2014年2月1日。我が家の味噌在庫で最も古いものです。右側が熟成1年の米味噌。仕込みは2019年2月5日。ともに常滑焼の甕から取り出したばかりです。

色の違い、濃淡の差は発酵・熟成中に発生する「メイラード反応」のためですが、6年物は水分も少なくなり、色も濃く、米味噌というよりは、八丁味噌(赤だし用)のような豆味噌の色合いと風味に近づいています。豆味噌(大豆と豆麹で作る)の熟成期間は2年から3年です。

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        左が6年物の米味噌、右が1年物の米味噌

さて1年物ですが、味噌汁にすると明るい茶色で、普段のよりも若くて甘くて、家族旅行で泊まった旅館やホテルの朝食で出される味噌汁の色に近い。以前、地元の味噌工場の見学会に参加した際に供された出汁の効いた味噌汁の色と似ているとも言えます。その工場の製造責任者は「味噌は味噌汁にしたときに少し甘めな感じで明るい色が人気です」とおっしゃっていましたが、そんな味噌汁になりました。

これはこれでおいしいとしても、右側のホーロー容器に移した分を使い切ったら今回はお終いで、次回は1年後に、つまり2年物になったあたりでまた味噌汁などで味わう予定です。といっても、そのまま使い続けるかあるいはもっと寝かせるかは、その時の判断次第です。


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