経営とマーケティング

2020年4月10日 (金)

ゴミ出し時の「ペットボトルの分け方」にいつも迷う

毎朝というか、決められた曜日や日にちの早朝のゴミ出しはぼくの役目です。札幌だと、札幌市指定の黄色いゴミ袋に「燃やせるゴミ」や「燃やせないゴミ」を入れて取っ手部分を縛り、プラ表示のある「容器包装プラスチック」や「びん・缶・ペットボトル」はそのあたりにある透明ないし半透明なポリ袋やビニール袋にきちんと入れて縛って指定場所に出す。

「燃やせるゴミ」とはどういうゴミを指し「燃やせないゴミ」は何が燃やせないゴミか、「包装容器・プラスチック」に該当するゴミはどういうもので「びん・缶・ペットボトル」ということになっているのはどういうのかなどについては、カラーの大判説明用紙が定期的に(多分半年に一度)配られてくるのでそれを参照します。「雑がみ」という区分のゴミもあります。

我が家でごみをゴミ捨て場に出す前の段階で室内のゴミ箱に入れる時も、その分類に従ってゴミ箱(密閉容器や編み籠など)を分けてあるので、そのまま決められたところに詰め込んだらいいとしても、何度やっても迷うのがペットボトル。我が家で利用するペットボトルは輸入品のミネラルウォーター(強い硬水)だけですが、ゴミ捨て説明によれば、

・ペットボトルの「ボトル」は「びん・缶・ペットボトル」ゴミで、
・蓋(キャップ)やラベルは「容器包装プラスチック」ゴミ

になるそうです。似た性質のプラスチックをゴミとして集合させておけば、後工程のリサイクル処理やその他の処理が効率化できるということでしょう。実際にそうなっているのなら、それはわかります。

だから、硬水ペットボトルが空になったら、蓋(キャップ)を外しボトルラベルをハサミで切り取るという作業をするのですが、我が家の硬水は輸入品なので米国生まれの世界標準であるところの「▲PET」マークはついていますが、キャップやラベルにカタカナ「プラ」マークはありません。それで毎回、キャップはどっちだったか、ボトルといっしょにするとまずいか、燃やせるゴミだと簡単なのだが、などと悩んでしまう。どうしてかなかなか覚えない。

Pet                  Pet-ii

つまり上のような表示になっているはずが、我が家で購入している輸入品ミネラルウォーター(強い硬水)だと「プラ」マークがないというわけです。国産品のように「プラ」マークがついたのを買ったら迷わないのでそうするか、というのは別の話で、お気に入り商品はお気に入り商品なので、ボトルとキャップ&ラベルの仕分けをそろそろ確実に手に記憶させますか。


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年4月 7日 (火)

ビジネスとして成り立つプロスポーツには「ボール」が必須?

プロ野球の開幕も無期限の延期になったということもあって、テレビの野球中継や球場(札幌ドーム)で消費するはずだった時間を使って、人気のあるプロスポーツとそうでないものの違いについてぼんやりと考えていました。

一定規模以上のビジネスとして成立しファンも多いプロスポーツはほとんど例外なく「ボール」を利用しているようです。「野球」「サッカー」「バスケットボール」「ゴルフ」「テニス」「アメリカンフットボール」「ラグビー」、みんなボールを使う。

ボールを使わないスポーツ、たとえば陸上競技や水泳、スキーやスケートは、スポーツビジネスとしては成立しそうもありません。そこまでの大衆需要がないからです。柔道やレスリングも同じです。オリンピックのときだけ注目されますが、それ以外の時は仲間内の閉鎖空間です。

「バレ―ボール」や「卓球」のようにボールを使っても人気のないのはあって、その二つの共通点は、敵味方で場所(陣地)を分けて互いに競技者が入り混じらない種類のボール利用競技であることです。そういう意味では同じ種類だけれど「テニス」はプロスポーツとして回転していて、その差がどこから来ているのかはぼくにはよくわからない。

ボールの持つ偶然性作用と相互の肉体接触が「大衆プロスポーツ」には必須なのかもしれません。

ゴルフにはプレーヤー同士の肉体接触はない代りに、駆け引きという名の高度な精神接触があります。ゴルフのそもそもはホールごとに勝ち負けを付ける(実質的にはお金のやりとりですが)マッチプレーです。それにゴルフクラブで打ったボールは理屈上、ぼんやりしていても緊張していても、よく曲がる。

例外は、スキーやスノーボード。ボールは使わないにしても、用具が高価で毎年ニューモデルなので魅力的なビジネスではあります。だから上位のプロ選手は比較的優雅に生活できる。

スポーツではないけれど「パチンコ」もボールを使うし、「ルーレット」もボールを使う。「玉突き」もボールを使う。博打にもボールの持つ偶然性機能が必須のようです。プロスポーツ選手の稼ぎということで言うと、個人競技はチーム競技にかなわない。


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年4月 1日 (水)

こういう調査は「無視」しないと危ないですね

LINE 国内8300万人の利用者に健康状態調査 厚労省と協定」というタイトルのニュース(NHK)が3月31日の早朝に配信されました。念のために以下にそのままを(画像も含めて)引用します。

エイプリルフールには一日早い。

その後、LINEから、そのニュースの画面と同じメッセージが送られてきました。厚生労働省のロゴマークの付いたメッセージ画面(Q. 現在の体調について教えてください)の一番下には次のように書かれています。

《選択いただいた内容は、当社において個人を特定できない形で統計化したうえで、公開されることがあります。取得した情報は本目的における分析・調査の終了後、速やかに破棄されます。(選択後に調査ページに遷移します)》

いささか胡散臭さを感じたので、厚労省のウェブサイト(ホームページ)、とくに「新型コロナウイルス感染症について」のコーナーで、当該調査に関する告知(お知らせ)があるかどうかを確かめてみました。そういう告知はありませんでした(3月31日、19時45分現在)。だから、このニュースの内容が本当かどうかはわからない。

Hp-20200331-1946

つまり、こういう実態のよくわからない調査に協力した方々の生データはLINEやLINEと関係する組織のデータベースにずっと残ると考えたほうがよさそうです。だからぼくはこういうタイプのアンケート調査は意識して避けることにしています。

【註】ここからの10行程度は後で追加しました。

すぐ上で引用した、それなりにわかりやすい画面ページの下の方に「更新情報」一覧があり、そこに「2020年3月31日掲載」項目のひとつとして「【注意喚起】新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する取組を装った詐欺にご注意ください~調査を装ってクレジットカード番号等を尋ねるものは詐欺です!~」があります。

その詳細説明の参考情報(参考2)としてこの件が目立たない感じで当該事項が記述されていました。

(参考2)厚生労働省とLINEは「新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する協定」を締結しました(令和2年3月31日報道発表資料)

もっと調べてみると「2020年3月30日掲載」情報のひとつとして当該情報も告知されていました。

だから、この報道内容は事実ということになりますが、厚労省の当該情報の発信と位置づけと配置のしかたが不思議ではあります。【註の終り】



<ニュースの引用開始>

LINE 国内8300万人の利用者に健康状態調査 厚労省と協定

NHK NEWSWEB 2020年3月31日 6時47分 新型コロナウイルス

By-line-for-20200331

通信アプリ大手のLINEは、新型コロナウイルス対策で厚生労働省と情報提供の協定を結び、この一環として、8000万人を超える国内の利用者を対象に、31日から健康状態などの調査を行うことになりました。

調査は、LINEが国内のすべての利用者を対象に31日から行い、4月1日までの回答を呼びかけます。

31日午前10時以降、LINEの公式アカウントから利用者に順次メッセージが送られ、その時の体調について、
▽ふだんどおり、
▽37度5分以上の発熱、
▽せきがある、といった5つの選択肢の中から選ぶようになっています。

回答に応じて、
▽いつから症状があるかや、
▽2週間以内に外国から帰国したどうか、を尋ねるほか、うがいや手洗いなどの感染予防の対策を取っているかどうかも聞くということです。

そして年齢、性別、住んでいる地域の郵便番号などを答えてもらい、個人が特定されない形で統計処理をして厚生労働省に提供します。

LINEの国内の利用者は月間およそ8300万人に上り、会社は、クラスターと呼ばれる感染者の集団が発生している地域の把握や、行政による感染拡大防止のための施策に役立てたいとしています。

集めたデータは結果を分析したあと速やかに廃棄する、と説明しています。

調査は継続的に実施し、2回目は来月5日に行う予定だということです。

LINE「感染予防の意識なども可視化」

LINEによりますと、全国の利用者を対象に調査を行うのは2011年のLINEのサービス開始以来初めてだということで、稲垣あゆみ上級執行役員は「クラスターの発見だけでなく、人々の感染予防の意識が地域や世代によってどのように異なっているかなどを可視化することができるのではないか。ぜひ皆さんにアンケート調査に参加してもらい、感染拡大防止に有用なデータを提供できるように、こちらでも頑張っていきたい」と話していました。

<引用終了>


人気ブログランキングへ

 

| | コメント (0)

2020年3月31日 (火)

「食べる量が増えるわけではない」のではなく、「食べる量は確実に増えた」

最近は下に引用したような主旨の記事、つまり「食べものの買いだめは控えてください」という論調の記事が多い。しかし少し考えたらその観察や発言が上滑りであることがわかります。

「新型コロナウイルスの感染拡大で、首都圏では週末の外出自粛要請を受け、食料品を求める客が小売店などに殺到した。
 政府の緊急事態宣言が出された場合も同様の事態が起きる恐れがあるが、専門家は、買い物は「不要不急」に当たらず自粛対象ではないと指摘。『マスクと違い食料は十分にある』と、冷静な行動を呼び掛けている。
 農林水産省によると、米は半年分、小麦は2カ月分以上の国内備蓄がある。生産や流通、輸入も止まっておらず、店頭の欠品は一時的という。担当者は『食べる量が増えるわけではない』と必要量の購買を求めた。」(時事通信 2020年3月30日)

首都圏に住むある知り合いの女性(主婦)と話す機会があってそういう発言の上滑りの具合を確認したのですが、農水省の担当者がいうところの 「『食べる量が増えるわけではない』と必要量の購買を求めた」というのは正しくない。なぜなら「食べる量は確実に増えた」からです。マクロで静的にしかものが見えないのが役人だとしても、マクロとミクロの複合視点で物事を見たあとで慎重に発言したほうがよかったかもしれません。

日本国民全体という点では確かに「食べる量が増えるわけではない」。日本人全体のマクロな食料消費量は短期でも長期でもとくには変化しない(巣ごもりでイライラした分、やけ食い消費が増えたかもしれませんが)。しかし、ある消費セグメントの新しい需要量や新しい需要パターンとそれに応ずる流通チャネルの供給量や供給タイミングが折り合うまでにはそれなりに時間がかかる。それまでは、穏やかな消費者の冷静な消費行動が、結果的には「買いだめ」行為として現象する。役所の教育的指導の対象となるような行為ではありません。

その女性の家庭構成は、IT関連の会社で働くご主人、大学生の息子さんと大学生の娘さん、それに主婦の彼女。月曜から金曜は、お昼ご飯は家庭では用意しない。ご主人は普段は会社の近所の食べもの屋か昼食を出す居酒屋などでお昼ご飯を食べる。二人の子供も週末以外は学食かどこかで友達とお昼ごはんです。週末は、主婦の時短のためにそろってファミレスでランチということも多い。食材や加工食品の貯め置きはしない。食べものは必要なものを都度購入している。

移動の自粛でご主人がテレワークになった。ご主人は普段は夕食も仕事柄外で済ませることが多いのだが、在宅勤務で事情が変わった。大学生の子供二人も学校は休校状態だしバイトも停止状態で友達と外で昼ごはんというわけにはいかなくなった。外出自粛なので、お昼ご飯は自宅で食べる。。今までひとり分だった昼食食材や昼食用の食料品が一挙に4人分になった。単純計算で普段の量の4倍です。インスタント食品で済ますのか、レトルト食品で済ますのか、ラーメンやパスタを茹でるのか、炊飯器でご飯を炊いておかずと味噌汁を作るのか、詳しくは聞かなかったけれど、家庭内で食べる量が確実に、大幅に、増えた。普段の外食分の食料消費が、全部、家庭に持ち込まれたということです。

さて、それをどこで買うか。例えば近所のスーパーで買う。普段の4倍は買わないと勘定が合わない。しかし不要不急の外出をしないように要請されているので、買い物に出かける頻度は普段よりも少なくなり、その結果一度に買う量は当然増える。つまり主婦は「冷静な購買判断と冷静な購買行動の結果」、昼食用だけでも普段の4倍以上を(晩ごはん分を合わせても普段の一回分の2倍から3倍を)一度に買い求める。常時在宅人数が増えた分だけ、日持ちのするお菓子も追加的に必要になり、そういう家庭が多くなれば、お店の棚から、コメやパン、パスタやパスタソース、インスタントラーメンやレトルト食品、カップ麺やカップ焼きそばや日持ちお菓子などが急速に消えていく。

そういう状況を観察・体験せずに、そして相変わらずマスク不足に悩まされている状態で、「農林水産省によると、米は半年分、小麦は2カ月分以上の国内備蓄がある。生産や流通、輸入も止まっておらず、店頭の欠品は一時的という。担当者は『食べる量が増えるわけではない』と必要量の購買を求めた」と言っても本人が思っているほどの説得力はありません。


人気ブログランキングへ

 

| | コメント (0)

2020年3月30日 (月)

コロナの巣ごもり読書には「聊斎志異(りょうさいしい)」

新型コロナウィルス騒動で巣ごもり状態が要請され退屈するかと思ったら、世間は、というか政治と行政の世界はほとんど毎日がコメディなので思ったほど退屈しません。コメディは役者が真面目に演じれば演じるほど滑稽になるとしても、最近の政治行政コメディは登場人物がおのおのの利害と利権の追及にバラバラな方向で熱心なので、その結果、普通のシナリオライターが描く筋書きをはるかに超えたおかしさに満ちています。

「外出は自粛してください。」「不要不急の用事で外に出かけないでください。」「ただし、旅行券と外食券を提供しますので、(外出自粛要請などは気にせずに)旅行し、レストランで思うまま食事を楽しんでください。」「肉や高級魚の購入を支援するクーポンも用意します。」「日常生活で必要なものは政府が責任をもって製造と流通を保証するので心配無用です。」「マスクがいまだに買えないのですがどうなっているのでしょうか?」「申告所得税、贈与税及び個人事業者の消費税の申告期限・納付期限について、令和2年4月16日(木)まで延長することといたしました。」「経済的支援は、前例のない規模で速やかに行います。」「(現金による給付は)当面のキャッシュがない人など(だけ)を対象に(します)。」「(実際の現金給付は)早くても5月末になります。」「首都封鎖も検討しています。」「これでわたしの支持率上がったわね。」「花見や宴会での外出は控えてください。」「都が自粛を求めている公園で花見のような宴会を行っていた事実はない。・・・レストランに行ってはいけないのか。」

「レストランに行ってはいけないのか」を「おいしいケーキを食べてはいけないのか」に翻訳するとフランスやルーマニアではほとんど革命前夜ですが、先日の記事「Financial Times のコロナ(COVID-19)関連の無料記事」で参照した “Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads | Free to read” でも戯画化されているように、日本は「従順で社会規範が強くてマスク着用」の国なので、まだ革命には至っていないようです。

最近になって、東京都でも「密閉」「密集」「密接」の「三密」を回避しようという主旨のメッセージが飛び交うようになってきました。三密の意味は違いますが、三密と言えば密教で、空海です。ただし密教の場合は「三密の回避」ではなく、「肉体と言語と意識のひそかな相互作用であるところの三密、の勧め」になります。

空海の「即身成仏義」という著書に七言八句の頌(じゅ、韻文)があり、下にその上四句を引用します。世界はそのままで(即身)、つまり、ヒトを便利な乗り物として生存しようとしている出自がはっきりとしないがとても頭のよさそうなコロナウィルスを含めてそのままで、悟っている(成仏)という意味の韻文です。

《六大無碍にして 常に瑜伽なり》(宇宙の六つの構成要素はお互いに融けあっていて常に瞑想している)

《四種曼荼 各(おのおの) 離れず》(そういう宇宙を四種類の曼荼羅(まんだら)で象徴的に表現した場合でも、おのおのが離れることはない)

《三密加持すれば 速疾(そくしつ)に顕わる》(私たちの肉体・言語・意識の三種類の働きが仏のそれぞれの働きと応じ合えば、速やかにさとりの世界が顕われる)

《重々(じゅうじゅう)帝網(たいもう)なるを即身と名づく》(六大と四種曼荼と三密は宇宙の網の中で重なり合っていて互いに映り合うような状態であり、だからそのままで私たちは仏の状態にあると言える)

今回のコメディで登場した演者の(まだまだ進行中なので新しい役者も裏に控えていると思いますが)いろいろな言葉や表現はぼくたちの笑いを誘ってくれるし、またいろいろなことを考えさせてもくれるようです。

さて「聊斎志異」です。

巣ごもり読書には推理小説でもいいのですが、あまりに犯罪者の心理分析が重いものは鬱陶しいので、こういう場合は、神仙・幽霊・妖しい狐や妖しい美女・魑魅魍魎(ちみもうりょう)にまつわる中国の怪異譚「聊斎志異」にしくはない。

日本語訳にいくつかの種類があります。ここでは岩波文庫版の「聊斎志異」(上下二巻)が対象です。完訳本だと短篇掌篇合わせて491篇を訳すので膨大な量になるので、たいていは翻訳者と出版社が読者に面白そうなものを選んで一冊か二冊に収まるようにしてあります。岩波文庫版だと上下二巻で92篇。それぞれ450ページ余り。文字数はとても多く、各ページは(ジジイ、ババア向きでない)非常に小さいポイントの活字で埋まっています。ただし篇ごとに挿絵もついている。

この世のものではない美しさの女性や傾国の美女、えも言われぬ香りの女性が数多くの篇に現れます。路上でそういう女性に出会うこともあるし、そういう女性が深夜に戸を静かに叩く場合もあります。だから題名を手掛かりにそういう女性が登場するに違いない、その可能性の高そうな篇を選んで読み進めるのは一つの方法です。たとえば女性や女性の名前が題名になっているところの「青鳳(せいほう)」「侠女(きょうじょ)」「蓮香」「巧娘(こうじょう)」「紅玉」「連城」「花姑子(かこし)」「緑衣女」「青蛾(せいが)」「嫦蛾(こうが)」など。

「ある日も読書をしているとき、不意に室内にえも言われぬ香りが満ちてきて、しばらくすると佩玉(はいぎょく)の音がしきりに聞こえてきた。驚いて振り返ると、きらびやかな簪(かんざし)や耳輪を飾った美人が入ってきた。」(「甄后(しんこう)」

あるいは「労山道士(ろうざんどうし)」のようないわゆる道教や神仙を匂わせる篇を開くのももう一つのやり方です。「労山道士」では次のようなわくわくする描写に出会えます。

「日もとっぷりと暮れてきたのに灯もない。すると、師匠が紙をまんまるく切り抜いて壁に貼りつけた。と、その紙がたちまち月にかわって、室内をこうこうと照らし出した。・・・・『せっかくこんな月明かりをいただいたのに、黙りこくって飲んでいるのも曲もない。ひとつ嫦蛾(月宮の仙女)でも呼びましょうか』と言って箸を月の中に投げ入れたかと思うと、ひとりの美女が月光の中から姿をあらわした。」

短篇集なので頭から読んでもいいし、書き出しが気に入った篇をつまみ読みしてもいい。一度読んで好きになったのを読み返しても楽しい。


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年3月27日 (金)

精米歩合が70%~75%くらいの純米酒が好み

冷や酒がおいしいのも十分に解るとしても、晩酌の日本酒はぬる燗です。燗酒なので吟醸や大吟醸ではなく、精米歩合が70%から75%くらいの純米酒を選びます。燗酒というと酒屋でも飲み屋でもアル添を勧められますが、アル添は好みではありません。

精米歩合とは、当該白米(玄米からぬか、胚芽等の表層部を取り去った状態の米)の、玄米に対する重量割合を指すもので、ご飯に炊いて食べる白米の場合だと精米歩合は下の絵のように約90%です。だから精米歩合が50%以下の大吟醸酒だと、外側部分を半分以上磨き取ったコメ粒の中心部だけを使うわけです。

__20200326180201

以前、精米歩合が80%の(つまり、ご飯用の白米よりわずかに多く表層部を削り取っただけの)「雄町(おまち)」(という酒米)を使った辛口純米酒に出会いその芳醇な味わいに驚いた経験があります。全国の地酒の中からからそういうものをゆっくりと探すのも楽しいものです。

地元では昔から贔屓にされてはいても地元以外には知られていない純米酒とか、全国向けブランドと地元向けブランドをビジネスの主と副といった感じで両建てしている比較的大きな酒蔵の副ブランドのひとつであるところの純米酒とか、そういう日本酒です。そういう昔ながらの、磨きの度合いが低い(紛らわしいけれど、つまり精米歩合が大きい)日本酒だとそこにコメが存在しているのがより強く感じられます。

磨きの少ない米で雑味(ざつみ)のない旨い日本酒を作るのは難しい。ちょうどアナログ回路を上手に設計するのは実務経験豊富なベテラン・エンジニアで、そういう技術者が数少ないように、そういう技能を身に着けた杜氏が多くいらっしゃるわけではない。一方、磨きに磨いた米で大吟醸を醸すのは、パソコンやスマートフォンやIT家電のデジタル回路の設計みたいなもので、雑味なしにきれいに仕上げることができる。理工学部や農学部で醸造学や発酵学を学んで卒業したばかりの杜氏チームでも頑張ればなんとかなります。ということもあって、好みは精米歩合が70%~75%くらいの純米酒です。


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年3月23日 (月)

濃厚接触とソーシャル・ディスタンシング

今回の、世界的にはまだまだ落ち着かない新型コロナウィルス騒動が始まった時に驚いた用語のひとつが「濃厚接触」でした。

「濃厚接触」という言葉できれいな女性のいるところに行ってお酒を飲みながら親しく歓談する場面を連想したら、それもそのひとつには違いないにしても、主にはウィルスの感染者や保有者と親しくおしゃべりしたり、食事をしたり、同じスポーツクラブで運動したり、カラオケボックスで過ごすことなどを意味すると聞いてその不思議な日本語にいささか驚いたものです。その原語というか英語を調べてみると、CLOSE CONTACT でした。もともとは一般語です。それを、どなたが最初に訳したのか、術語(テクニカルターム)の翻訳とはいえなかなかに強烈な訳語です。

ちょっと前まで対岸の火事とみなしてボーとしていたヨーロッパや米国でこのウィルスが急速に蔓延し始めてからのことですが、英語のニュースで SOCIAL DISTANCING という耳慣れない用語が目につくようになってきました(感染症や疫学の専門家にとっては日常語かもしれませんが)。

「濃厚接触」のような刺激的な日本語に訳せないので、ソーシャル・ディスタンシングというカタカナ言葉をそのまま使うとしてもその意味は、「濃厚接触をしない、あるいは濃厚接触の逆をするということ」です。

仕事の場面だと、職場に来て一緒に働くのではなくてテレワークやリモートワーク、あるいは会議室で議論ではなくビデオ会議。学校だと休校やリモート授業。イベントは中止。私的な場面だと、外出は控える、外食はしない、ススキノも行かない。スポーツクラブも行かない。ドラッグストアでマスクの行列に並ぶときに限らず複数で集まる時も前後の人やまわりとは6フィート(1.8メートル)以上離れる、つまりは引きこもり的な生活の勧めということです。

理由は、COVID-19のような接触感染で拡がるタイプのウィルスには SOCIAL DISTANCING することが有効で、そうすることで、感染カーブをフラットにして(つまり低く長く引き伸ばして)感染の拡大を抑える、あるいは感染速度をゆるやかにして医療崩壊を避けることができる。そういう考え方です。

つまり日本では、地域によっては一ヶ月前から実行していることですが、そういう方法を「濃厚接触 CLOSE CONTACT」のように印象的なひと言で要約した表現がないものか。SOCIAL DISTANCINGを「社会(的)距離戦略」としたのでは専門用語辞典風で人口に膾炙しません。「そばに寄るな」「べたべた触るな」「でもバーチャルに濃厚接触したいね」というようなニュアンスを含んで発音しやすく記憶に残る漢字の4文字用語はないものか。

密閉・密集・密接・密着・密議などを避けることなので、とりあえず、「避密のすすめ」あるいは「疎のすすめ」とでもしておきますか。

人気ブログランキングへ

 

| | コメント (0)

2020年3月19日 (木)

オリンピックには新興宗教の香り?

運動やスポーツは走るだけのタイプであってもボールを扱うタイプであっても、好きなら下手なりに楽しいものです。下手なりに楽しいというのは、それを職業や職業に類するものと考える必要がないからです。オリンピックを仕事にしている人たちはそうはいかない。

東京オリンピックをどうするかに関する議論を拝聴していると、なかにはほとんど近代オリンピック教という新興宗教の信者のような考え方のかたがいらっしゃるのでいささか驚かされます。オリンピックの理念や原則といった言葉といっしょに教義らしきものが生な形で姿を見せるのでびっくりするわけです。オリンピックを材料に金儲けを企んでいる人たちではなく、オリンピックを仕事にしている人たちにそういう考えの方が多い。そうでないと仕事にならないのでしょう。

「新興宗教」と言ったのは、IOCができたのが1894年、第一回目のアテネ大会が1896年、つまり近代オリンピックなるものは、わずか125年くらい前(日本だと明治時代半ば、日清戦争の頃)に生まれたました。「新興」です。

新興宗教はその基本的な教義や考え方を、ユダヤ教・キリスト教のような絶対者を想定する宗教的な宗教や、仏教のような絶対者を想定しない哲学的な宗教など三千年から二千年くらい前の世界に生まれた宗教に依拠していることが多い。あるいはそうでなければ、その後世界(に拡がることになった)宗教が出現する以前に各地域に生まれていたその地域固有の神々(たとえばギリシャ神話に登場する神々や日本の神道の神々など)に根差してしていることも多いようです。

近代オリンピックもその基本的な考え方は古代ギリシャ人がオリンピア祭に催した古代オリンピック競技のそれから来ています。古代オリンピック競技は運動だけでなく詩の競演も含んでいたようですが、紀元前776年から紀元393年まで4年ごとに開催されました。

紀元393年の古代オリンピック競技が最後になったのは、その翌年,オリンピック競技会の開催を禁じるテオドシウス帝の勅令が出されたからです。キリスト教徒であったテオドシウス帝は「ギリシャの神」に捧げられるオリンピックを「異教的なもの」(キリスト教の勝手な言い草ですが)として排除しました。ギリシャ人も他民族・異民族をバルバロイ(よくわからない言葉を話す人たち)と呼んでいたので似たようなものです。中華思想では東夷・北狄・西戎・南蛮がバルバロイです。

「宗教」といったのは、オリンピックを仕事にしている人たちにとっては、オリンピックは他のスポーツ競技会(たとえば世界選手権)やスポーツイベントとは違ってたかがスポーツではないらしいからです。そういうところに原理主義的・教条主義的な匂いが漂います。オリンピック以外の競技会は「バルバロイ的」なのでしょう。

古代ギリシアにおいて開かれていた大規模なスポーツの祭典としては、古代のオリンピックにあたる「オリンピュア大祭」のほかに、「ネメア大祭」と「イストモス大祭」と「ピューティア大祭」の三つの競技大会があったそうです。

「オリュンピア大祭」は4年に1度、「ネメアー大祭」は2年に1度、「イストモス大祭」も2年に1度、「ピューティア大祭」は4年に1度開催されましたが、4つの競技大祭のうちゼウスに捧げられるオリュンピア祭が最も盛大に行われたそうです。だから、これが近代オリンピックにつながった。

ちなみに、古代ギリシャの哲学者プラトンは青年期はアテナイを代表するレスリング競技者として活躍し「イストモス大祭」(4年に1度のオリュンピア大祭の開催年の前後の年に、つまり古代オリンピックを挟んで2年ごとに開催された)に出場したらしい(そういう弟子の記録が残っている)。当時のギリシャ世界の世界選手権大会です。オリュンピア大祭(古代オリンピック)と比べると格が落ちる。プラトンがオリュンピア大祭(古代オリンピック)に参加したかどうかはわからない。多分参加していない。プラトンが「バルバロイ的」な「イストモス大祭」だけに参加していたかもしれないというのは何となく興味深い。本当は何十キロも歩くのが面倒なのでアテナイと地理的に近い大会に参加しただけかもしれないのですが。

オリンピックの聖火採火式が行われるのはヘラ神殿跡です(ヘラはゼウスの奥さん)。ゼウスも天の高みから採火式を見下ろしているのでしょう。ギリシャ神話的な意味で宗教的な儀式です。古代ギリシャの神々の息吹が、どうして現在のオリンピック関係者の教条主義的な(ギリシャの神々からすれば異教的な)姿勢に繋がるのかぼくにはよくわからない。


人気ブログランキングへ

 

| | コメント (0)

2020年3月18日 (水)

新型コロナウィルスの感染防止には日本式のお風呂、という暢気な仮説

あるアクティブシニア女性の憂鬱」の関連記事です。

日本における、新型コロナウィルス(COVID-19ないしは武漢ウィルス)の感染者数の絶対者数やその伸び率、あるいは人口1万人当たりの感染者数はに外国と比べて、つまり少し前までの中国や、現在、感染が急速に拡がっているヨーロッパや米国と比べて相当に低いようです。これらの数字は、国ごとに、検査の取り組みや感染者の特定の仕方、公表の仕方が違うので単純比較をすると「相当に低い」とは言えないかもしれないのですが、ここでは Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE の数字を前提にします。

念のためにCOVID-19の直近の致死率を比べると、世界平均が4.0%、日本の致死率は3.3%、ドイツの致死率は驚くほど低くて0.3%。感染する人が少なければ死ぬ人も少ないというアプローチをとるか、それとも、感染しても8割の人はどうということもないのでしっかりした医療インフラがあれば致死率はとても低く抑えられるというアプローチをとるか。

丁寧な手洗いでウィルスがほぼ確実に除去されることはわかっています。たとえば、メディアやネットよく目にするのが下に引用したまとめ表ですが、両者の相関は理解しやすい。(そういうまとめ表の元データは2006年に発表された「Norovirus の代替指標として Feline Calicivirus を用いた手洗いによるウイルス除去効果の検討」みたいです)。

Photo_20200316161401 

水と石鹸で手をよく洗えばウィルスは確実に除去される。ならば、こういうことは誰でも思いつくことですが、シャワー(とボディーソープとシャンプー)でも結構な効果はあるにしても、日本のようなタイプの風呂(全身を流した後、湯船に入る)に毎日入って浴用石鹸とシャンプーで全身をきれいに洗えば、頭から手足の爪先まで新型ウィルスがほぼ確実に除去されることになります。感染防止を確実にするためには、帰宅時の手洗い等の毎回の実行が前提となるにしても。

日本のようなお風呂文化を持っている国と、そうでない国との違いがCOVID-19の感染者数や感染率に密接に関係しているように思えます。日本のような風呂好きな生活文化を持っている国は、そうでない国よりも、全般的には間違いなく清潔です(なかには風呂嫌いもいますが)。新型コロナウィルス予防や拡散防止には(「マスク」と「手洗い」と)「日本式のお風呂」です。中国からの観光客の流入がなくなってしばらくたつので、日本では「お風呂効果」の結果が素直に出ていると勝手に考えています。

感染症対策に関してドイツの医療インフラと致死率の低さに追いつけないのなら、また陰性・陽性検査も気軽にできないようなら、日本では手洗いとお風呂で防衛しますか。しかしお風呂は家庭ではいいとしても、では銭湯やスーパー銭湯でお風呂に入るのはどうかと問われるとよくわからない。

それから、これもまったくぼくの憶測ですが、かりに日本でCOVID-19の検査件数が急に増えて、その結果感染者数が増加しても、死亡者数が今までのような推移を辿るとすれば、致死率はそれにつれてドイツの数値に向けて逓減していきます。暢気な話ですが、そうであればありがたい。


人気ブログランキングへ

 

| | コメント (0)

2020年3月12日 (木)

カフェと喫茶店とコーヒーショップ

比較的近所にカフェがあります。ぼくは、このお店の前を通り過ぎるだけで、中に入ったことはありません。ぼくの中では、喫茶店と違って、カフェという日本語は自分の語彙としてはいまだに定着していなくて、だから心理的な敷居があるのかもしれません。

食品衛生法施行令」によると、法令上の営業形態としての「飲食店営業」と「喫茶店営業」は違っていて、「飲食店営業」ではお酒と調理、つまりお客にワインと食事とお茶・コーヒーやケーキを提供することが可能ですが、「喫茶店営業」ではお酒と調理が不可、つまりお客にはもっぱらお茶やコーヒーやお菓子を楽しんでもらうお店ということになります。カフェというのはどちらなのか。

国語辞典(広辞苑)というのはこういう場合に役に立つこともあるので調べてみると、実際、役に立ちました。

《カフェ》 【café(フランス)】(コーヒーの意)
① 主としてコーヒーその他の飲料を供する店。日本では幕末の横浜に始まり、東京では1888年(明治21)上野で開店した可否(カツヒー)茶館が最初。珈琲店。喫茶店。
② 明治末~昭和初期頃、女給が接待して洋酒類を供した飲食店。カッフェ。カフェー。

カフェ好きに「カフェとは何ぞや」と聞くと、コーヒーやワインやビールやコーヒーなどの飲み物と軽めの食事とおしゃべり空間(ないしは読書空間)を提供するしゃれた雰囲気のお店を指してカフェと呼んでいるとのこと。では街角に必ず存在しているところのコーヒーショップというのはなんだということになると、そこではおそらくメニューに酒がいないし軽食も出来合いのサンドイッチを食べさせるだけみたいなので、そういう意味では喫茶店の親戚みたいな位置づけなのでしょう。

と考えてくると、「女給が接待して洋酒類を供した飲食店」に関して言えば、「飲食店営業」申請をしてある「喫茶店」でウイスキーを飲んでも問題はないけれどそういうものを注文してもおそらくお店にはおいていない。他方、「飲食店営業」申請をしてある「カフェ」ならウイスキーは常備してないとしてもワインやビールならまず問題なく楽しめる。しかし、どちらでもおそらく「女給さん」の接待はない。

ちなみに下にあるのは、(ぼくは前を通り過ぎるだけの)そのカフェの看板風(の一部分)と、通りに向けて通行人や中に入ろうとするお客に見えるような按配で立てかけてある手書き昼食メニー(朝、開店前に勝手に撮影)。写真には写っていませんがビールやワインも揃っているみたいなので、つまり云うところの「カフェ」です。そのうちそこでコーヒーでも飲んでみますか。

Cafe Cafe-tm2

人気ブログランキングへ

 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧