経営とマーケティング

2018年12月14日 (金)

煙草とウイスキー

必要があって、おもに1960年代から1970年代に書かれたある米国作家の短編集を読んでいるのですが、そのときにけっこう驚かされるのが煙草(紙巻き煙草)の場面がとても多いことです。いつも煙草を喫っている。灰皿や吸い殻や投げ捨ての描写も多い。男女を問わず、それから年齢の偏りもなく登場人物の大部分がしきりに煙草を喫っています。

バーでもレストランでも家庭の居間でも病院の休憩室でも、煙(紫煙という風情のある言葉もありましたが)が漂っている。ウイスキー(バーボンウイスキーだと思いますが)を飲む光景も多い。女性の喫煙が少なかったということを除けば、当時の日本も似たような状況だったとは思いますが。

ぼくは煙草を止めて20年近くなりますが、禁煙当初のころは夢にまで登場した煙草もいつのころからか他の人にそれを近くで嗜まれるとそこから静かに離れるような存在になりました。煙草の煙と距離を置くほうが楽だからです。しかし、そうではあってもかりに何かのきっかけでもう一度喫いはじめると、また20年近く前の状態に戻らないとは限らない。でもありがたいことに、ウイスキーを楽しむ場面に出合うと一杯ひっかけてみたい気分になりますが、煙草はそうはならない。

だから、感心するのは、もう煙草を止めているのに煙草を喫う場面を演じないといけない役者のかたです。どう見ても、実際に肺に深く吸い込んで、ニコチンのクラクラを楽しみ、そのあとでゆっくりと煙を吐き出していると見える。それもうまい演技かもしれませんが、元喫煙者なら、その演技はけっこう辛いはずです。

おいしい範疇の国産ウイスキーが極端な品不足だそうです。長年寝かさないと商品にならない。だから想定外の需要が発生すると出荷停止にならざるを得ない。少し前までは、過去の遺物のような取り扱いだったのですが不思議な変化です。

関連記事は「モルトウイスキーの蒸留所」。

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2018年12月12日 (水)

NHKの映らないテレビ、広告の音声を消すテレビ、場内音声だけのスポーツ中継

最近はおそまつな機能でもなんでもとりあえず格好いいものはAI(と言わないといけないみたい)なので、それなら次のようなことができるAIを組み込んだテレビがあるといいのですが。そういうテレビの市場シェアは2~3パーセントくらいにはなると思います。(テレビなどを持たなければこういう議論にならないのですが、地震なんかの場合は、やはりテレビが手元にあった方が便利です。)

ひとつは、NHKの映らないテレビで、その理由はNHKと契約しない自由が存在しないという状況下で強制的に徴収されるところの受信料なるものを払いたくないからです。受信契約をするかどうかの自由が国民にあるという状況で受信契約を結ぶというのとはずいぶんと違う。

最近は特別な「フィルター装置」があり、それをつけるとNHKの映らない(NHKをフィルター除去する)テレビができあがるそうです。今年は受信を契約、来年は受信を解約ということが(あるいは3か月の単位でそういうことが)ぼくたちとNHKとで自由に取り決めできるのなら、テレビにそのフィルターを取りつけたらいい。(しかし、現実は、そういう装置をつけてNHKを視聴していなくても、NHKは法廷闘争では理屈をこねて受信料を払えととてもうるさいらしい。)

もうひとつは、コマーシャルが始まったらその間は音を出さないテレビです。映像は無視すればいい。しかし音声は空間を追いかけてきます。だから音声カット動作をON/OFFできる機能が付いたテレビがあると嬉しい。コマーシャルは画像も音声もすべてカットできればいいのですが、それでは民間放送と番組提供企業のビジネスモデルを破壊することになり、コンテンツの提供者がいなくなってしまうので、ON/OFF機能の有無で妥協します。

ヒトはテレビから流れだす音や映像のかたまりがコマーシャルかどうかをほぼ瞬時に判断できるので(最近はとても紛らわしいのも意図的に制作されていますが)、ビッグデータの活用で賢いということになっているAIにそういうのができないはずがない。

しかし、そこまで求めるのが諸事情で無理なら以下で妥協したいと思います。

副音声でも楽しめるスポーツ中継がまれにあります。ぼくが知っているのはプロ野球だけですが、他を対象にそれがあってもおかしくない。ここで副音声でも楽しめるとは、アナウンサーや解説者の声を視聴者には遮断した、つまり視聴者には場内音声だけが流れてくる音声チャネルのことです。(お馬鹿なおしゃべりがさらに追加された副音声チャネルのことではありません。)こちらを主音声にするという手もありますが、アナウンサーや解説者の説明を歓迎する向きもそれなりにいらっしゃると思うので、全体的な事情を考慮してここは主張を控えめにします。

プロ野球もプロサッカーも、ゴルフも、マラソンのような陸上競技もフィギュアスケートも、アナウンサーや解説者のおしゃべりというのは相当に鬱陶しい。無音空間の重圧に耐えきれなくて、意味のないことをしゃべっている感じです。なかには聴いていて「音、沈黙と測りあえるほどに」(武満 徹)という表現を思い出すような抑えた言葉数で味わいのある放送をするベテランアナウンサーもまだいらっしゃるようですが、そういうかたや彼と波長の合った言葉遣いの解説者にはめったに会えません。

スポーツの現場には放送会社のアナウンサーも解説者もいません。選手の紹介や選手の交代を告げる球場のアナウンス係はいますが、それは試合の進行に必要な情報を観客に追加的に提供してくれる役割で、テレビのスポーツ中継における意味のない暴力的なおしゃべりとはその性格が質的に違います。場内音声だけのスポーツ中継は「現場」の代わりです。NHKは、そういうのはその気になれば得意だと思いますが。そういうのが増えたら、その分だけは受信料の支払いに気分的に前向きになるかもしれません。

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2018年12月11日 (火)

鳴門の「なると金時」と江別の「金時芋」

最近は北海道でもサツマイモをわずかに生産するようになってきましたが、鳴門金時と同じ種類の金時芋も栽培しているようです。札幌のある小売店の野菜売り場で、江別産の「紅あずま」のとなりに江別産の「金時芋」が並んでいました。

金時芋でも「鳴門金時」とは表記できません。「鳴門金時」は鳴門(徳島)産の金時芋につけられたブランドだからです(調べてみたら正確な登録商標は「なると金時」で、登録日は平成19年(2007年)4月20日、対象は「徳島県鳴門市・徳島市・板野郡産の金時さつまいも」だそうです)。

「シャンパン」とほぼ同じアルコール飲料を日本やカリフォルニアで製造しても「シャンパン」とは表記できません。「スパークリングワイン」なら大丈夫です。「スパゲティ」も同様で、「硬質小麦(デュラム)をひいた精製粉のセモリナ粉」以外の国産強力粉で作ったスパゲティ形状の小麦加工食品をスパゲティと表記していないのと同じです。

さて、その金時芋ですが、両方が手元にあったので「北海道・江別産の『金時芋』(ラベルには「なると金時と同品種」と書いてあります)と「徳島県産の『なると金時』」を左右に並べてみます。左が「江別」、右が札幌のデパ地下で購入した「鳴門」です。少し雰囲気が違います。

焼き芋にするとホクホクと美味ですが、蒸してマッシュして野菜サラダの一部というのもなかなかです。

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2018年12月10日 (月)

除雪機の季節

今年は雪が遅くて嬉しかったのですが、もう逃れられないようです。多分これからは、降ったあと溶けないままの雪に新しい雪が重なって、根雪になっていきます。

北海道では、10月になると、二つの冬製品のテレビコマーシャルが活発になりますが、そのひとつがスノータイヤで、もうひとつが除雪機です。除雪機といっても市役所なんかが使う本格的な業務用ではなく(そういうものはテレビで宣伝してもしようがない)、家庭用の除雪機です。

実際には他にも参加企業があるのかもしれませんが、ぼくの目につく範囲では二つのメーカーの寡占状態で、その二つのメーカーの共通項は、オートバイ製造といったらいいのかエンジン製造といったほうがいいのか。

除雪機の色は赤と青で住み分けています。安全に配慮した設計とはいえ取り扱いに気をつける必要のある機械なので、白い雪の中で目立つように、赤と青です。これ以外の目立つ色は難しいので(あとはオレンジ色くらいか)、それが理由で二つのメーカーの寡占が継続していると勝手に理解しています。

下は、この前の土曜の早朝に比較的近所で活動していた青い除雪機です。客の出入りする施設のまわりで作業をしていました。小型業務用なのか大型家庭用なのか区分がつきませんが、いずれにせよ除雪機の足回りは雪に埋もれないようにキャタピラーです。

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ちなみに、赤い除雪機メーカーの宣伝では、操作が簡単なことを訴求するためか、除雪作業しているのは必ず若い女性。たとえば除雪用のスコップはどこの家庭にもあるので中年女性でもいいと思いますが、どういうわけかそういう年齢の女性は登場しません。

次の写真は、市役所などが委託稼働させている中規模の除雪機のキャタピラー跡です。アイスバーンになった道路に雪が降り、その雪を深夜に取り除いたので早朝のアイスバーンの上にキャタピラーの跡がきれいに残っています。

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2018年12月 6日 (木)

冬の夜は、やっぱり「湯たんぽ」

気温がマイナス(氷点下)の冬の夜は、やっぱり湯たんぽです。湯たんぽがあると朝まで落ち着きます。でも、なんでもいいというわけではなくて、機能性のいい湯たんぽでないと使いづらい。

機能性とは使い方によっては安直な言葉ですが、ぼくのいう機能的な湯たんぽとは次のようなものです。

・朝まで十分な温かさが間接的に足先まで伝わってくる。直接的な熱伝送もいいけれど、心地いいのは間接的な温かさ。

・大きすぎず、また小さすぎない。大きすぎると寝ているときに邪魔だし、湯を沸かすのも面倒である。

・蒲団のなかで安定感がある。

・沸騰した湯が注ぎやすい構造になっている。

・沸騰した湯を注ぎ入れると湯たんぽは100度近くに熱くなるが、その湯たんぽを布カバーに入れたりするときに手や指をヤケドをしないような持ち手構造になっている。

・布カバーはある程度の厚みがあり肌に柔らかいものが付属していること。必要なら(たとえば低音ヤケド防止のために)湯たんぽを二重に覆えるようにひと回り大きいオプション・カバーが別売りされている。

ともかく、寒冷地では冬の夜に湯たんぽがあると睡眠の質は高くなります。

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2018年12月 5日 (水)

繊細な青年とガサツな中年女性

野菜や食材や加工食品の小売店のレジで、アルバイトの男子学生のようなお店の担当者が、買い物用のカゴから精算用のカゴに商品のバーコードを読み取らせながら品物を移していく時に、重いものや傷つきにくいもの(たとえば、大根やカボチャやタマネギ)を下に、軽いものや柔らかいものや傷つきやすいもの(たとえば、葉物野菜やシメジや卵)を上にと丁寧に並べていると、ちょっと嬉しくなります。

逆に、そういう基本にまったく無頓着な中年女性のレジに並ぶと、けっこううんざりします。そういう無頓着な態度を「ガサツ」といいます。ガサツな男性もいますが、ガサツな女性のほうがどうも目立ってしまうようです。

繰り返しになりますが、言動、すなわち言葉遣いや立ち居振る舞いがぞんざいなさまを一般的にガサツと形容します。ガサツな女性がどういう立ち居振る舞いをするかというと、ぼくの経験と知り合い女性の話を合わせると、たとえば、次のような具合です。

本を貸してあげたら、濡れた土の地面にでも落としたのか、一応はぬぐってあるのだが、土汚れの跡が付いたまま、とくにお詫びの言葉もなく、平気な顔で返してくる女性。

エスカレータやエレベータの前でぺちゃぺちゃとおしゃべりをして他の人への迷惑を考えない(それが他人の動線を邪魔しているとは思い及ばないような)女性の二人連れをよく見かけるが、エスカレータやエレベータの前で突然の捜しものなのかハンドバッグの中を掻き回すことに心を奪われて、他者の動線をひとりで阻害している女性。

プールで泳いだ後、濡れたスイミングウェアのままロッカールームに戻ってくるので、床面の彼女の歩いた辺りや彼女のロッカー前が水たまり状態になっていて、それに気づかないのか、気にならないのか、濡らした床はそのままでどこかに行ってしまうような女性。

スポーツクラブのような施設の風呂場脱衣場で脱いだものを棚に乱雑に棚に放り込む。ある程度畳んでもよさそうなものだが、そういうことは時間の無駄(反省力化)と考えているのか、衣類を放り込み、その衣類が自分の場所からはみ出していても気にしない女性。

最初に書いた学生アルバイト風の若い男性は、どこでそのレジの基本を身に着けたのか、お店のトレーニングがよかったのか、自分でも料理をする青年で、食材や食品に対する感受性や感性がもともと優れているのか。今度会ったら聞いてみよう。

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2018年11月30日 (金)

風情のある古本、風情のない古本

ぼくは本をけっこう丁寧に取り扱うタイプです。といっても、必要があって書き込みをすると決めた本や、淡い水色のマーカーで必要箇所に印をつけると決めた本は、ぼくの美学に沿った形で頁の余白に書き込みをするし、あとで見返す必要のある(であろう)術語や用語には水色の太い線を引きます。

最近は本の流通チャネルも多様化してきたので、新刊本がまだ発売中であっても、同じ本の中古本を購入することに以前ほどは躊躇い(ためらい)がなくなってきました。価格ということだけなら電子書籍という選択肢もあるのですが、電子書籍は雑誌類を除いては好みではありません。紙の書籍を手に持った感じ、白い紙のページの明朝体活字、それから、ページをぱたぱたと繰ってアナログに自由検索ができる紙の本の魅力は捨てがたい。

流通チャネルが多様化してきたと書きましたが、総じてプロや本の扱いに慣れているアマチュアが販売する中古書籍のほうが、なかにはひどいのもいますが、安心です。商品の程度(経年変化や汚れ具合や本文内の書き込みの有無)に関する説明があるので、それを承知で購入できます。

中古本の場合、紙の経年変化は一つの風情なので欠点とは思いません。しかし、程度がいいことになっているはずの中古本のページが折れ曲げられてあったり、前の持ち主の扱いの乱雑さが透いて見えるような(というか、汚れがあちこちに残っている)古本が届くとあまりいい気分ではありません。

要は、古本にも風情のある古本とそうでないものがあり、書き込みにしても味のある手でこちらが唸るような内容のものなら気にならない。しかし、「体育会系」(失礼)の慣れない字で書き込みがされているとうんざりします。だから、書き込みありという古本は購入対象外です。しかし、書き込みの字体や内容に関する補足説明があると(古本取り扱い業者もそんな余裕はないと思いますが、しかしそれは主観的なものでも構わないので)購入対象範囲が広がります。

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2018年11月29日 (木)

アイロン雑感

16年間使い続けてきたフランス製のコード付きスチームアイロンが少し水漏れを起こし始めました。買い替え時期が来たようです。今度も同じメーカーのコード付きの新モデルを購入するつもりです。

アイロン掛けが好きなのはフランス人とイタリア人と言われていて、その理由は両国民が「ケチ」だからだそうですが、その理由が正しいかどうかは別にして、アイロン掛けが好きなことは間違いなさそうです。シャツにもハンカチにもズボンにもパンツにもアイロンを掛ける。そういうアイロン好きな国民消費者に鍛えられたら、その国のアイロンも使いやすくて丈夫なものになるはずです。

そう思って、今のフランス製の前にはイタリア製を買いましたが、それはハズレでした。で、今のフランス製に切り替えたのですが、これがじつに素晴らしかった。それで、16年の長いお付き合いになりました(もっと長く使えそうな気もしますが)。

アイロンのきちんと掛けられた白い綿のワイシャツに袖を通してネクタイを締め、ディンプルのでき具合を確かめたあと、白い麻のハンカチをズボンの尻ポケットに入れると、それだけで気持ちもシャキッとします。アイロンが不要ということになっているノーアイロンのワイシャツはそれなりに便利かもしれないけれど、繊維の肌触りと着心地が悪いので、ぼくは好きではありません。

我が家のアイロン掛けの担当者(ないし責任者)は配偶者ですが、以前、あるお店に配偶者といっしょにコーデュロイのズボンを買いに行ったときに、そのお店のきちんとスーツを着こなした男性店員から、配偶者が「家庭ではアイロンは掛けないでください。せっかくのきれいな山がつぶれてしまいますので」と言われたことがあります。

配偶者がそのときにアイロンの話を持ち出したわけではないので、そういうアドバイスが青年の口から出た理由がよくわからない。想像するにその青年は、アイロン好きな彼のお母さん(ないし奥さん)からお気に入りのコーデュロイズボンを、青年基準によれば、滅茶滅茶にされてしまったといった思い出があったのかもしれません

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2018年11月27日 (火)

「ボヘミアン・ラプソディ」と「ローズ」

「ボヘミアン・ラプソディ」(Bohemian Rhapsody)というクイーン(Queen)の伝記映画が評判だというので、先週末に、配偶者に引っ張られる格好で観にいってきました。

こういう種類の映画は、懐かしさから観にいくものなので、ぼくとしては、当時の音楽(ないし、そのリメイク)が映画館の質のいい大音量で楽しめたらそれだけでよくて、だから映画仕立てにするためのストーリーとの接触は最小限でいいのですが、配偶者は、クイーン全盛期の日本公演の時に3日間連続で武道館に通い詰めたらしいので、ぼくとは懐かしさの度合いが違います。配偶者のiPhoneの着メロには手持ちのアルバムからコピーした30秒のKiller Queenが使われています(その下請け作業はぼくに回ってきましたが)。

いくらぼくがストーリーとの接触は最小限でいいと思っても、幅広い年齢の観客を見込んでいる企画制作側としては、そういうわけにはいきません。部分的にはいささか退屈な(とぼくには思える)ストーリーの展開にもゆっくりとお付き合いしました。

「ボヘミアン・ラプソディ」の、限られた機能の手持ちの(あるいは当時の)録音機器で音をどんどんと重ねていく制作過程を映像化してあったところは面白かったし、1985年7月のLIVE AIDのライヴ場面を再現したところはなかなかのものでした。

映画館の観客の年齢層は、ぼくが思っていたよりも幅広くていささか驚きました。映画配給会社のマーケティングの効果なのか、あるいはコマーシャル映像やドラマなどいろいろな場面でクイーンの楽曲がずいぶんと使われているその影響なのか、そういうものの混じりあった結果なのでしょう。

クイーンの活動時期は1973年から1991年までです。リードヴォーカルのフレディ・マーキュリーが死去したのが1991年なのでそういうことにしておきます。

クイーンが演奏活動をし始める少し前に亡くなった女性ブルーズ(ないしはロック)歌手がいました。名前を「ジャニス・ジョップリン」といいます。

下の写真は「ジャニス」という1973年発行の本(翻訳本)のなかの写真のひとつです(ぼくの手元にあるのは1977年の8刷)。その本はジャニス・ジョップリンの27年(1943年-1970年)の生涯を描いたものですが、その中でサザンコンフォートという甘口の強い酒(リキュール)のポケット瓶を片手に、幕間にソファでくつろいで微笑んでいるその写真が、らしいというか、らしくないというか、なかなかにいい。

そのジャニス・ジョップリンをモデルに、歌手のベット・ミドラーが主演した映画が1979年の製作の「ローズ」(The Rose)です。伝記風の味付けの作品で、リリース後すぐに観にいきましたが、当時のぼくにとっては残念なことに、彼女がよく歌っていた曲(Ball and ChainやMove OverやSummertimeなど)は入っていなかった(と記憶しています)。ただ、「Some say love, it is a river, that drowns the tender reed」で始まるこの映画のために作られた曲(The Rose)はよかった。それはよく覚えています。

Janis_joplin_southern_comfort

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2018年11月23日 (金)

札幌近郊の味噌蔵と札幌の醤油蔵

いい機会があったので、地元(札幌と札幌近郊)の醤油製造会社と味噌製造会社の見学会に参加してみました。醤油蔵と味噌蔵といったほうが風情があるのですが、蔵というよりは両方とも工場です。地元産の大豆が簡単に手に入るということもあり手前味噌を毎年寒仕込みしている我が家としては、ぜひそういう現場に立ち会いたいし、専門家から原材料の大豆や麹や塩や麦の話や北海道産の味噌や醤油の特色も聞いてみたい。

普段、味噌汁その他で我が家で使う味噌は自家製の米味噌(米麹を利用する味噌)ですが、米麹といっても白米を使った米麹です。ときに深い風味が欲しい場合には玄米麹を利用します。2018年1月下旬に仕込んだ味噌には玄米麹を利用しました。自家製なので、自宅のいちばん冷暗なところでゆっくりと長く熟成させています。

熟成というプロセスを経ない簡易味噌としての白味噌もときどき作ります。赤だし用の豆味噌(たとえば愛知の八丁味噌など)は、原料も麹もすべて大豆なので、自分では作れない。赤だしが飲みたい場合は市販の豆味噌を購入します。

味噌は、使う原材料の種類や製造工程の差、熟成期間の長短によって味と値段が違ってきます。それは当然として、その味噌蔵の話によれば、現在、量的にいちばん売れているのは「だし入り味噌」だそうです。味噌汁を作るときにわざわざ出汁(だし)を引くのは面倒だ、そんな時間はない、だから、だしパックやだしの素を使う。しかし、そういうものを使うのなら、最初からだしが入った味噌を利用するほうが断然簡単です。で、「だし入り味噌」です。それでも、「だし入り味噌」の購入者は、インスタント味噌汁でなく、味噌で味噌汁をつくるだけエライともいえます。(インスタント味噌汁用の味噌販売も、その味噌蔵にとっては大きなビジネスだそうです。)

醤油には「濃い口」「再仕込み(二段仕込み)」「薄口」や小麦が主原料の「白醤油」などがあります。我が家では普段は「二段仕込み」を愛用していますが、料理によって薄口醤油や、まったく小麦だけで作られた足助(あすけ、愛知県)の白醤油を使うこともある。

その醤油蔵の醤油は「濃い口」が主流ですが、それと同じくらい地元で人気があるのが「昆布醤油」だそうです。「昆布醤油」とは日高昆布の昆布ダシが融け込んだ醤油のことですが、では北海道民が昆布が好きかというとそういうことはなくて、昆布の独占的な生産地域であるにもかかわらず、北海道の住民の昆布消費量は低い(一世帯あたり昆布消費量の全国平均は321g、北海道の一世帯当たりの消費量は248g、全国で38位 〈総務省家計調査 2016年〉)。

食材や加工食品としての消費量は少ないのですが、つまり、干し昆布で出汁を引く、おでんで結び昆布を食べる、昆布の佃煮や塩昆布を食べる、ということには関心はないのですが、調味料にビルトインされた昆布風味なら興味がある、ということのようです。

醤油蔵の売店で「二段仕込み」を量り売りしていたので、600㏄を200㏄の瓶3本に詰めてもらい購入しました。味見もさせてもらいましたが旨い醤油です。

味噌も醤油も発酵と熟成にはコウジが活躍しますがコウジを表す漢字は二つあってひとつは麦ヘンの「麹」、もうひとつは米ヘンの「糀」で、だから米コウジの場合は「糀」、麦コウジの場合は「麹」と使い分ける方が理に適っています。では八丁味噌の豆コウジはどう表記するのか。で、ぼくは、コウジのデフォ漢字としては「麹」を使っています。

醤油蔵を見学させてもらった会社からは、毎年、タクアンの季節にけっこうな量の米麹を購入しています。タクアンに使う量は一袋(200g)あればいいのですが、我が家のお気に入りは北海道の特定地域で契約栽培した「ななつぼし」という銘柄の米を使った米麹で、流通期間が非常に短い。そういう季節商品なので、1年分をまとめて買って冷凍庫に保管しておきます。

なぜかというと、我が家では、米麹は、タクアン作りと味噌作りだけでなく、他の用途があるからです。日常的にいちばんよく使うのが甘酒づくりです。夏の季語であるところの甘酒を飲んで味わうというのではなく(ときどきはそれもありますが)、もっぱら「べったら漬け」作りの素材として利用しています。それ以外には、「塩麹」や「醤油麹」といった調味料作りに米麹を用います。

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