女性

2019年12月11日 (水)

「築地明石町」

日帰りで「鏑木清方 築地明石町展」へ行って来ました。いい画は無理をしても実物の前に立つようにしています。そうしないと目が衰える。

この画が少し前に東京国立近代美術館(MOMAT)の所蔵品になったので、他の清方の作品と合わせて1ヶ月半の特別展です。会場の案内によると「築地明石町」の次回の一般展示は3年後だそうです。そうやって作品を保護します。今回を逃したら3年間待たなくてはいけない。

「築地明石町」は、赤の配置と、赤と水色と黒の組み合わせが印象的です。紋入りの黒い羽織からわずかに覗いた裏地の強い濃い赤、下駄の鼻緒の渋めの赤、そして、唇の控えめの赤の配置が観るものをくぎ付けにします(下にお借りしたMOMATのポスター写真だと印刷なので裏地の赤が弱い)。江戸小紋の着物のややくすんだ水色と木の柵の淡く霞むような水色が奥行きとぼんやりとした一体感を醸し出します。着物の下には、長襦袢がありません。

清方は、中年女性です。

清方の手になる「築地明石町」の中年女性は、白い透き通った肌に香りが漂い、振り向いた眼に、凛として確かなような少し迷ったような不思議な感じの翳りが宿っていて、大人の女性の色香がそこにあります。

清方の描く若い女性、たとえば、「築地明石町」の左隣に並んでいる「浜町河岸」の若い女性は退屈です。右隣の「新富町」の中年女性も美しいのですが、誘引力に欠けます。「築地明石町」の女性の魅力は際立っています。

今回、この特別展で以前に常設展で出会った鏑木清方の六曲一双の屏風絵「墨田河舟遊」に再び巡り会いました。

Momat

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2019年11月12日 (火)

「雪は嫌ですね」、あるいは、雪かきと雪下ろし

寒くなってきました。だからご近所の人との立ち話にも冬が話題になります。「寒くなってきましたね。でも雪は嫌ですね。」 北海道に暮らす人が雪が好きとは限りません。スキー場の経営や運営にかかわる人たちを別にすれば、多くの人はぼくを含め日々の暮らしには雪などないほうがいいと思っているようです。
 
寒さはしかたない。冬ですから。でも、雪はときどき降るのはきれいだけれども、普段はない方がいい。そういうことです。
 
雪が降りそれが根雪になると、片側2車線道路は片側1車線道路になり、歩道も歩くスペースが半分以下になります。寒いので雪がアイスバーンと化す。
 
それよりもなによりも生活者にとって嫌なのは家の敷地や周りの雪かきです。それから屋根の雪下ろし。そのあたりの広場に巨大な穴を掘りまたそれを埋め戻すという作業を延々と繰り返すと、GDPは上昇しますが、気持ちは壊れます。雪かきや雪下ろしは、地面を掘ってその土でできた穴を埋めるという作業の繰り返しと同じです。意味がない。ひとは意味のある作業だけを行っているのではないにしても、できたらそういう無意味な行為はないほうがいい。だから「寒くなってきましたね。でも雪は嫌ですね」となります。
 
しかし、そういうことは避けられないので、電動式や内燃機関式、あるいはハイブリッド型の家庭向け除雪機のテレビコマーシャルが流れます。
 
家庭向けの手動雪かき用具(大型の角型シャベルにパイプの持ち手が付いたような形状で、ソリのように雪を押して運ぶことが出来る除雪用具)は「スノウダンプ」(ダンプはダンプカーのダンプ)と呼ばれていますが、シャベル部分がプラスチックのものは軽量で主婦でも扱えるので開発時に「ママさんダンプ」という名称がつけられたようです。この「ママさんダンプ」に、小さな子供を載せて家の周りを引っ張っていっしょに遊んでいるお母さんもたまに見かけます。
 
テレビコマーシャルの頻度が高い電動式等の除雪機も操作者が女性という想定の機種も多く、つまり自動式の「ママさんダンプ」です。


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2019年11月 6日 (水)

大根を天日干しするのは10月最後の週という主婦の知恵

タクアンを作るためにする大根の天日干しは札幌では10月最後の週にするのがよい、とは、10年ほど前に知り合いの漬物ベテラン主婦から教えてもらった地元の知恵です。彼女は60本から70本くらいの大根を軒下に干し漬け込んでいました。
 
漬け物好きな家族が多いとそれくらいの本数は必要ですが、ひと冬の家庭の漬物需要には70本くらいでは不足なので、彼女はタクアン以外にニシン漬けなども作ります。ニシン漬けは身欠きニシンをキャベツ、ダイコン、ニンジンなどと合わせて塩と米麹(およびザラメと鷹の爪)で漬け込んだものです。雪の下ダイコンや雪の下キャベツという冬季の野菜の保存方法はあるにせよ、冬には新鮮な野菜がなくなってしまうかつての北海道では、漬け物というのは便利な野菜の供給源だったのでしょう。
 
タクアンのために大根を気持ちよく天日干しするには、適度な涼しさと日中の暖かい陽光、乾いた空気という条件が揃って、一週間から十日ほど続く必要があります。今年は突然の雨の襲来もなく、時期外れの台風もなく、十日間安心して干せました。夜中の急な雨から大根を屋内に退避させる、夜間に屋外に置いたまま大きなポリ袋で覆って降り込む雨を防御するといった作業は不要でした。
 
天気予報によると、11月8日くらいに札幌でも今年最初の雪がちらつくかもしれないそうです。そうなると天日干しにはやや寒すぎる。だから札幌では10月最後の週がよい、ということになります。ときどき、小雪のちらつく中で大根を干してある家庭を眼にすることがあり、頑張っているとは思うものの、それでは頃合いには乾かない。


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2019年9月24日 (火)

続「美容室の女性スタッフが少なくなった」

 
最近は退職代行サービスというのがあり、若い人からの需要が多いらしい。そういうサービスを提供する会社のウェブサイトには、たとえば、
 
・『ご相談を頂いた当日から対応可能です。お客様のお時間に合わせて、休日や深夜でも可能な限り、対応しております。』
 
・『会社への連絡は 当社が代行いたしますので、もう上司と話す必要はございません。退職届の提出や貸与品の返却も郵送でOKです。』
 
と書いてあります。
 
行きつけの美容室に先週末に行ったときに、いつも上手に髪を洗ってくれるこの四月に入ったばかりの女性アシスタントの姿が見えなくて代わりに男性の臨時スタッフが働いていたので、どうしたのかと思っていたら、店長曰く、突然、退職代行サービス業のスタッフがやってきてその女性アシスタントの退職手続きを代わりに済ませていった。彼女と話す機会もなにもなかったので、なぜ辞めたのかその理由が解らない、とお悩み状態でした。
 
「美容室の女性スタッフが少なくなった」で書いたように、ぼくの眼には3年ほど前から美容室勤務の女性スタッフ(スタイリストやアシスタントと呼ばれている女性従業員、とくにアシスタント)の割合が目立って少なくなってきて、どうしてなのかと思っていました。
 
前々回、洗髪の上手なその女性アシスタントから工程の最後近くで頭や肩のマッサージをしてもらっているときにそういう話をしていたら、美容業界において彼女らに人気のセグメントは髪ではなくネイルや睫毛エクステンションだと知りました。たしかに、美容室の勤務はけっこう過酷で、労働時間は長い。給与も高くない。
 
「最近女性スタッフが少ないんだけど、美容専門学校に行く女の子が少なくなっているの?」
「学校は、女の子のほうが多いです。」
 そうだろうと思います。
「美容室に入ったあと、すぐに辞めちゃうのかな?」
「そういう人もいるけど、卒業しても美容室に入らない子も多いから」
 へえ、そういうものかと思います。
「どこか他の業界に行くの?」
「アパレルとかに行く子もいますけど、ネイルや睫毛エクステンションが人気です。とくに睫毛エクステンション。今は美容師免許がないと睫毛エクステンションはできないので。そういう子は、学校でもカットの勉強とかはあまり熱心じゃないですね。」
 
睫毛エクステンションは、睫毛が代謝するのでメンテナンスが必須で、リピーター需要が安定しているそうです。
 
そういう話をその子としたことがあるとお悩み顔の店長に伝えたら、店長はやっと彼女の退職理由に手がかりを得られたみたいでした。
 
美容業界はモビリティが高い業界だとはいえ、職人には手と会話の技能の蓄積が必要な他の業界と同じで、新人をそれなりに使えるまでに育てるには少なくとも3年くらいはかかる。通常営業時間帯にはトレーニングの時間はないので、若い子は閉店後に夜遅くまで練習しながら仕事を覚えている。だから、入社半年で辞められると、それまでの教育投資が無駄になるし、今後の人員計画もやり直しです。
 
だから、そういう場合は経営者や管理者は今後のためにも具体的な退職理由を確かめようとします。チェーン店の店長や複数店舗で構成される比較的規模の大きい美容室の個店の店長は、最近は労働条件や給与水準だけでなく各種のハラスメントも退職理由の一つなので、退職理由をきちんと把握しないといけない。
 
ところが今回のようにおそらく店長にとっては青天の霹靂風に、突然、退職代行サービスのスタッフが店長の前に現れ、彼女の退職手続きをプロの第三者の手で冷静に進めていきます。そういう状況で彼女抜きでそういう専門家とだけ対峙することになるとは店長もまったく想像していなかったらしい。
 
上司への説明や上司からのお説教が苦手な若い転職希望者にとっては『会社への連絡は 当社が代行いたしますので、もう上司と話す必要はございません。退職届の提出や貸与品の返却も郵送でOKです』というのは、とても便利なサービスには違いありません。管理者や経営者にとってはとてもやっかいな腹の立つサービスではあるにしても。
 
ぼくにとってもこういうサービスによってそれなりに親しくしていた女性スタッフが急にいなくなってしまう状況というのは、愉快ではありません。


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2019年9月17日 (火)

コンセプトは買えるけど、実際には買えないゆったりジーンズ

ある衣料品メーカー(英語だとSPA:Specialty store retailer of Private label Apparelとも称されますが)の新聞折り込みチラシがいつものように金曜日の朝刊に折り込まれていました。
 
ぼくはジーンズには縁がないにしても、絹を織り込んだ柔らかいデニム地のジャケットにときどき、しかし10年近くお世話になっているので、そういうことも含めて面白いなあと思ったのは、「ワイドフィットカーブジーンズ」。
 
キャッチコピーに「はいた瞬間にわかるシルエットの美しさ」「ウエストから脚元までの大きなカーブが太ももを目立たせない」「ウエスト位置が高くなってスタイルよく見える」「体型を選ばず似合う」「待望の特別価格+消費税」と並んでいます。
 
休日にはツータックのゆったりとした裾も決して細くないコットンパンツが好きなぼくとしては、興味をそそられる商品です。チラシで紹介されているのは、モデル着用写真から見ても「女性用」なので、ひょっとして「男性用のワイドフィットカーブジーンズ」なるものがあるかもしれないとそのメーカーのウェブサイトを覗いてみました。
 
どうも女性専用の商品のようです。サイズ表は以下の通りで(ウェブサイトから引用)、「ウエストヌード寸法」は問題ないし「股下補正範囲」も大丈夫だし、「股上」が長いのも結構なのですが、問題は「ヒップ」です。要は、女性のような腰とお尻の比率を持った体形でないところの普通の体形の男性が腰まわりのサイズだけを合わせてはくと、「ウエストから脚元までの大きなカーブが太ももを目立たせない」カッティングによって、不思議な雰囲気のゆったりジーンズになってしまう恐れがあると思われます。
 
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どういう具合に不思議なゆったりジーンズになるか試着してみたい気もしますが、売り場でそうしようとすると、「これは女性向け商品でして」という販売係の対応になりそうです。しかし、最近は買う側も売る側もそういうことにはとくには違和感のない時代だし、「女性のような腰とお尻の比率を持った体形」をもはや維持していない女性もそれなりにいらっしゃると思うので、案外試着させてくれるかもしれません。
 
それが嫌ならインターネット通販で買ってみて、到着したのをはいてみて、みっともない場合は「待望の特別価格+消費税+送料」を無駄にするということなら、自宅で試着は可能です。
 
と、ここまで書いてチラシを見返したら「ワイドフィットテーパードジーンズ」という男性向けのゆったりジーンズがあることに気づきました。商品サイトで購入者コメントを見ると、ぼくにとっては驚いたことに、この男性用ジーンズを購入する女性客がけっこう多い。
 
「女性用のカーブジーンズはイマイチで、シルエットも気に入りませんでした。でもこのジーンズは女性用と違ってポケットのデザインも可愛くてシルエットもワークパンツっぽくて即買いしてしまいました。」とか、「カーブパンツより腰回りがゆったりです。28-30インチくらいまでだと股下が少し短めで細めに一折りするとアンクル丈のような感じでかわいく履けるのが気に入って買いました。」とか書いてある。読んでいてなるほどと納得します。
 
ジーンズはもともと土や石ころの中で働く男性の作業用として誕生しそれが女性にも拡がっていったので、男性用ジーンズを購入する女性客の存在に驚くほうがどうかしているとも言えます。
 
結局のところ、ジーンズという種類のズボンははかないので買わないにしても、このチラシのお蔭でそれなりにマーケティング的な刺激ももらって楽しませてもらいました。


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2019年7月18日 (木)

美容室の女性スタッフが少なくなった

最近は、といっても20年くらい前からの最近ですが、散髪は男性向けの理髪店・理容室ではなくて、顧客が女性だけでなく男性もそれなりにいるところの美容室のお世話になっています。最初は敷居が高かったのですが、慣れるとけっこう楽しい。

3年ほど前から美容室勤務の女性スタッフ(スタイリストやアシスタントと呼ばれている女性従業員)の割合が目立って少なくなってきました。顕著な減少傾向が見られるのはアシスタント職の女性です。美容学校を卒業して美容室に入り、スタイリストとして独り立ちするまでの間、見習いというかシャンプーや掃除や雑用などのお手伝いをしながら閉店後に練習しながら仕事を覚えている女性たちのことですが、彼女らの数が減ってきました。代わりに、男の子のアシスタントが増えてきた。

そのお店でこの4月から勤め始めた女性アシスタントがいます。おしゃべりではないけれど話すと受け答えもしっかりとしているし、洗髪も新人のぎこちなさはまったくなく、嬉しいのはマッサージも上手いことです。気になっていることを尋ねてみました。

「最近女性スタッフが少ないんだけど、美容専門学校に行く女の子が少なくなっているの?」
「学校は、女の子のほうが多いです。」
「美容室に入ったあと、すぐに辞めちゃうのかな?」
「そういう人もいるけど、卒業しても美容室に入らない子も多いから」
「どこか他の業界に行くの?」
「アパレルとかに行く子もいますけど、ネイルや睫毛エクステンションが人気です。とくに睫毛エクステンション。今は美容師免許がないと睫毛エクステンションはできないので。そういう子は、学校でもカットの勉強とかはあまり熱心じゃないですね。」

調べてみると、睫毛(まつげ)エクステンションなどを施術するアイリストには美容師免許が必須だそうです。衛生と品質維持のために厚生労働省通達で2008年3月からそうなった。

その子によると、睫毛エクステンションは、睫毛が代謝するのでメンテナンスが必須で、リピーター需要が安定しているそうです。

たしかに、美容室の労働はけっこう過酷で、労働時間は長そうです。見習い中の子は閉店後夜遅くまで練習している。そういうところは徒弟制度のいいところが残っている雰囲気で、だからそういうところはぼくは嫌いではない。

しかし、美容室は洗髪やスタイリングやヘアカラーリングなどに化学物質の混じった薬液を使う仕事なので、ケミカルに弱い体質の人は肌荒れやもっとひどい皮膚疾患などの健康被害を経験するし(実際にそういうのが理由で別の業界に移った女の子を複数人知っている)、将来結婚して生まれてくるであろう赤ちゃんへの悪影響も気になるようです。

それに比べると、睫毛エクステンションというのは重労働ではないし、使う薬剤は接着剤だけなので施術者にはケミカル被害もなさそうです。手先の器用さに自信のある女性に向いた職業だと思います。美容専門学校の卒業生が髪を対象とする美容室ではなくそちらに進むのも納得できます。大きい括りでは美容業界です。

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2019年5月14日 (火)

繰り返し楽しめる本

回数の多寡やジャンルは問わないとしても繰り返し読む本というのはそれほど多くはありません。しかしとても少ないというわけでもない。繰り返し読むといっても、表紙から表紙まで全部に目を通す場合と、必要な章や気になるあたりを集中的に読み返す場合があります。40年ぶりに本棚の奥から引っ張り出すということもままあります。

そのひとつが1992年発行の(つまり30年近く前に出版された)単行本で書名が「男流文学論」。「論」の形式は女性三人の鼎談で、その三人とは「上野千鶴子、小倉千加子、富岡多恵子」、社会学系の学者二人と詩人でもある作家の組み合わせになっています。そして、たまたまなのか三人とも広義の関西文化圏育ちです。

「男流文学論」なので、男性作家の著作とその著作についての他の男性による評論が対象です。手元の本の帯に印刷してあるアイキャッチャーをそのまま引用すると「有名男性作家六人と、それをめぐる評論を、真正面からたたき斬る!刺激的な鼎談」。賑やかに知的に、ときには猥雑に、そして匕首(あいくち)で気に入らない相手(この場合、男)をブスっと刺しかねない怖さを漂わせながら三人の濃密なおしゃべりが続きます(匕首が適当な手段でない場合は、男性作家が持てない視点で足を掬うとか)。

この平成初めの頃の鼎談で取り上げられている有名男性作家六人とは、「吉行淳之介、島尾敏雄、谷崎潤一郎、小島信夫、村上春樹、三島由紀夫」。議論の対象となった作品もあわせて書くと、以下の通りです。

・吉行淳之介 「砂の上の植物群」「驟雨」「夕暮まで」
・島尾敏雄 「死の棘」
・谷崎潤一郎 「卍」「痴人の愛」
・小島信夫 「抱擁家族」
・村上春樹 「ノルウェイの森」
・三島由紀夫 「鏡子の家」「仮面の告白」「禁色」

ぼくは、ここにある作品は、読んで面白かったかあるいはそうでなかったかを別にすると、三島由紀夫の「鏡子の家」と「禁色」以外はすべて読んでいて(退屈なので途中で放り出しそうになったのもありますがそれが何かはここでは言わないことにして)、また、鼎談者であるところの「上野千鶴子」と「富岡多恵子」の著書もそれぞれ複数すでに読んでいて、だから、本屋で遭遇したこの本をその場で買ったというわけです。

たしかに刺激的な内容の鼎談で、最初は机で一気に読了したと記憶しています。二回目以降は、ベッドで就寝前にページを繰ることが多いようです。なんとなく読みたくなると本棚から取り出してきてその夜の気分が求めるあたりに目を通します。ある作家についての三人のジャムセッションを再読したくなる場合もあるし、彼女らの発言内容の刺激を味わいたくなってページをランダムに開ける場合もあります。

吉田健一は繰り返し読むに足る本が五百冊あったそうですが(倉橋由美子の「偏愛文学館」による)、どんな分野であれ、その冊数を再読対象にできるいうことは並み大抵ではありません。イスラム学者の中には、必要な書物の内容はすべて頭の中に記憶していた人もいたらしい。そういう碩学はいつでも五百冊(たとえば)を、眼を閉じたまま味わえるし、また折々で切実度を変えるであろう一節を縦横に引用することもこともできるわけです。これはもっと並み大抵ではありません。

いずれにせよ「男流文学論」はぼくの本棚に坐り続けるはずです。

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2019年4月16日 (火)

「結局、思想の理解は感性だからね」

先日、ある新聞記事が眼に入りました。

『文系の博士課程「進むと破滅」 ある女性研究者の自死』『大きな研究成果を上げ、将来を期待されていたにもかかわらず、多くの大学に就職を断られて追い詰められた女性が、43歳で自ら命を絶った。日本仏教を研究してきた西村玲(りょう)さんは、2016年2月に亡くなった。・・・後略・・・』(朝日DIGITAL 2019年4月10日

気になる記事だったので、彼女の著作「近世仏教思想の独創 僧侶普寂の思想と実践」の目次や内容の一部をネット通販サイトで拝見したのですが、その時に、「〔私家版〕西村玲 遺稿拾遺―1972~2016」という自費出版本があることを知りました。タイトルからしてご両親が編集された私的な彼女の遺稿集ということになりますが、その一部が、当該遺稿集を送られたかたがた(彼女の関係者であるところの編集者や研究者)によってネット上で紹介されていました。紹介された部分はそれぞれのかたが第三者に紹介しても差支えないと判断された箇所だと思われます。ぼくにはネット上の供養と映りました。

ちなみに、彼女の専攻は「日本思想史、日本仏教思想」、細かくは「日本の近世(江戸時代)における仏教・仏教思想研究」、ニッチな分野です。その中の18世紀の「僧侶・普寂(ふじゃく)」に焦点を合わせた研究が軸なのでさらにニッチです。たとえば、彼女の著作の主人公である「普寂」は、「日本仏教史入門」(田村芳朗著)では、「浄土宗では西山派に普寂徳文(ふじゃくとくもん、1707-81)が出て、宗風を高揚した。普寂は各宗に通じ、近代仏教学の先駆ともみられる」と言及されていますが、別のタイプの入門書であるところの「日本仏教史 思想史としてのアプローチ」(末木文美士著)では、彼の名前は登場しません。

ネット上の「〔私家版〕西村玲 遺稿拾遺―1972~2016」のなかから、ぼくにとってとても印象的だった部分を以下にいくつか引用させていただきます。「私家版」となっていますが、ご両親が本の形に整えて関係者に配ったものだし、お嬢さんの研究や自死に関して新聞社のインタビューにも対応しておられるので、その一部をこういう形で引用しても失礼にはあたらない、そう勝手に判断しました。

以下の『・・・』が引用部分です。なお、各文章の前のタイトル風の語句は「高いお米、安いご飯」が本文から抜き出したものです。

■「冗談ぬきでゼッサンの嵐だったのよ」

『さて、発表が終わった。本当に、冗談ぬきでゼッサンの嵐だったのよ。発表が終って皆が出たいった後、ある教授に開口一番「あなたは将来どうなさるつもりですか」てきかれた。「一応、院に」といったら「それは非常にケッコウなことです。いい研究者になれるでしょう。高校球児で150キロの豪速球を投げる人がいますが、あなたのキレにはそういうものが感じられる。投げようと思っても投げられない人は投げられないし、あなたみたいに最初から投げられる人もいる。」一介の三年生にそこまで言っていいのかよ、と思っちゃった。特に私の主張は「非常にわかりやすく聞かせるもの」であったそうだ。』

■「私は全体を見てるつもりなんだもの」

『本質しか見てないなんて思わないもの。私は全体を見てるつもりなんだもの。これは頭いいというよりは、こういう傾きとしか言いようがないな。
 しかしこういう自己認識は、随分楽になるね。私は特殊だから皆に分かってもらうためには、相当の作業が必要なんだ。分かってもらえないのは、当然なんだな。ああ、そっかあ。平凡じゃないってこういうことかあ。ということは、私の直感は正しいんだな。唯識の選択ににせよ、先生たちの選択にせよ、なんかの本質なんだな。ああ、ほんとに目から鱗が落ちた気がするよ。私は特殊なんだね。知らなかったわ。本質を突くという性格は現実から乖離する陥穽であるけれど、自分にとってどうか、というただその一点から出てくるものだ。』

■「結局、思想の理解は感性だからね」

『「過酷な現実と高潔な跳躍を接近させること」こそ、宗教の役目、思想の役目。そのままでは蹂躙されてしまう切ない心情を、かなしい願いと祈りを、言語と論理によって普遍化すること。それこそが知識人の役目。つまり「先駆者がそれを救うために全力を尽くしたであろうものを救う」ことであるのだな。しかもこの寥寥たる荒廃を見るに付け、私がやるしかないではないか。・・なんたることか。
 しかしほんっとに日本の教理ないし思想を女がやってない(会った試しがないぞ)。いまだに私が初めてってのは、どういうことだ。まだキリスト教には、いるようだけれど。これは一体何なんだ。修道院の思想はおしゃれできれいだから?日本の僧房だって、おしゃれできれいだもんっ・・というのは、やっぱり特殊な感覚なのだろうな。内容において本当に同じことやってるのに。西洋の思想は、西洋庭園と同じく、言うほどわかりやすくはないよ、根幹において。結局思想の理解は感性だからね。』

■「だから、日本思想史には私が必要なんだ」

『学問に半分しか向いていないのは、けっして悪いことではない。それはそれ以上の器であるということ、より広い可能性を持っているということだ。半分だから、あとの半分に伝えられる。学会が嫌いで仕方がない坂口先生は、だから素人に伝えられた。唯識が大嫌いで仕方がない太田先生は、だから素人のために唯識を伝えられた。私は学会が大嫌いで日本思想史を心から軽蔑しているから、きっと思想史を伝えられるだろう。因縁というものだ。
 実際、思想史は駄目だ。思想がない上に史もない。名著を読んでも、思想史のものは歴史や哲学のものより二段ほど劣ってる。あれは思想がないからだ。イデオロギーしかない人間が思想を語れるはずがない。京大に日本哲学の講座ができたそうだが、とにかく日本の学界では、思想とか倫理とか哲学とか言うと、主体性のない人間、くずしか集まらない仕組みになっているらしいからな。だから日本思想史には私が必要なんだ。』

■「大丈夫。私は源水から海にたどりつける」

『分かった者は、伝えなくては。安易に流されず、丁寧に追っていくしかないと思う。飛ばすとイカン。その瞬間に退廃する。どこがどうなって、どこに行くのかは知らない。でもこれは、やる意味があることだ。この大衆化の、なし崩しの退廃の時代にあって、精神性、霊性、あの光が、どのように和光同塵していったか、霊性の通俗化、いやそれよりも倫理化の道筋を示すこと。そこを動かすな。そこがブレることはないはずだ。そこがブレなければ、見失わなければ大丈夫。私は源水から海にたどりつける。』

関連記事は『「井筒」と「死者への七つの語らい」』。

合掌。

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2019年2月14日 (木)

チョコレートは苦いのに限る

チョコレートやココアはカカオ豆を微生物(酵母、乳酸菌、酢酸菌など)で発酵させて作った発酵食品です。従ってチョコレートは発酵したお菓子、ココアは発酵した飲み物ということになります。

チョコレートやココアには、フリーラジカル(活性酸素がその代表)と戦う抗酸化物質のポリフェノールが豊富に含まれています。

砂糖がとても控えめでカカオ濃度が高い、つまり相当に苦いチョコレートが好みです。甘いのは歓迎しません。しかし濃度100%というのは、100%というのがどういう味わいであるかを知るにはいいのですが、その味を上手には楽しめません。ぼくには95%~96%くらいがいい按配です。

写真は知り合いからいただいたチョコレート。カカオ豆の種類はクリオロ種、チョコのタイプはトリュフ。うまいです。しかしぼくには甘すぎる。6個入りですが、甘すぎると言いながらも、1個はすでに口の中です。

Photo  61

クリオロ種カカオ豆のトリュフ・チョコ(6個入りだが1個は口の中)

少し以前の統計資料に面白い情報が含まれていました。「家計調査通信456号(平成24年2月15日)」に「チョコレートへの支出」という記事があり、下のグラフはそこから引用したものですが、これを見ると、2月のチョコレート売り上げのスパイクが、業界のマーケティング・プロモーションの結果であることがよくわかります。

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昭和45年では、バレンタインデー・スパイクは存在していません。平成2年では巨大なスパイクが発生しています。昭和は実質的には63年までであり、昭和45年と昭和61年のチョコレート消費支出はほぼ同じなので、昭和の終わりから平成初めにかけて、バレンタインデー・スパイクが作られていったのでしょう。その結果、平成22年のチョコレート消費支出は、昭和45年(ないし昭和61年)の3.3倍に達しています。

2月というのは食品を始めいろいろな商品のプロモーションが難しい月です。そのなかで平成後半における「2月のマーケティング・スパイク」を作ったのが「恵方巻き」です。「節分の恵方巻き」は「バレンタインデーのチョコレート」という平成初めの先行例を上手にコピーしたようです。

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2018年10月10日 (水)

食品添加物と美容室のシャンプー

下は良心的な作りの納豆の原材料欄です。いつも贔屓にしている納豆が品切れの場合は、これを選択します。納豆の原材料は北海道産の小粒大豆と納豆菌です。

ぼくの食べ方は、製造者には申し訳ないのですが、まず、付属の「たれ」と「からし」を捨てます(誰が「たれ」と「からし」をつけるという習慣を作ったのか)。そして納豆に、亜麻仁油やインカインチオイルなどオメガ3系の植物性オイルを軽く垂らし、塩を少しかけ、粘り気が出るまでまで混ぜ合わせます。以上です。わざわざ食品添加物の入ったタレや辛子を味付けに使う気分にはならない。軽い塩味のシンプルな味付けが、ぼくにとってはいちばんおいしい。

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醤油・味噌・味醂・塩・胡椒などではなく一般家庭で使わない不思議な名前の調味料に原材料欄で出合ったら、それらは食品添加物です。食品添加物のすべてが眉唾というわけではありません。ウコンのような伝統的な食品添加物もあります。同時に、「調味料(アミノ酸等)」や「ビタミンC」、「たん白加水分解物」のような不思議な名前の衣装をまとった食品添加物も存在します。すべて役所のガイドラインでその利用が認められたものですが(製造コストを下げながら、商品棚である程度長持ちさせるためには必要なので)、しかし、それらを摂らない選択肢を消費者は持っている。

北海道産の昆布と北海道産のスルメイカを使った、これも良心的な加工食品の原材料欄は以下のようになっています。

「原材料: するめ(北海道)、真昆布(函館)、がごめ昆布(函館)、還元水飴、発酵調味料、醤油、果糖ぶどう糖液糖、鰹エキス、食塩、たん白加水分解物、酵母エキス」
「アレルギー物質: 小麦、大豆、いか」

商品説明には「保存料・化学調味料無添加の美味しいタレを添付しました」と書かれています。お役所ガイドラインに従えばその通りです。

美容学校を卒業して美容業界に入ってくるときの男女比はほぼ1対1だそうですが、2~3年が経過するころには、女性の割合が急に少なくなるらしい。美容業界の知り合いから、そう聞きました。

美容業界は労働時間が長くて(それに修行中は勤務後の夜のトレーニングなどもあるし)、休憩時間も不規則なので(お昼ご飯は午後遅くに適当な隙間時間にさっとすませることになっているみたいです、食べないこともある)、つまり女性にはより辛い労働環境という事情がその状況の背景にはあるのかもしれませんが、それだけではなさそうです。

たいていの美容室で使うシャンプーや整髪料、髪の毛のカラーリング剤などは、役所で承認されているとはいえ化学合成物質のオンパレードみたいなものです。仕事でそれらを、たとえば毎日10人以上のお客にシャンプーや整髪で使っていると弱い人は手や手のまわりの皮膚が傷ついてしまいます。

行きつけの美容室でマッサージが上手だった女の子がそろそろ一人前になるというその段階で、急にやめることになりました。身体を壊してしまったそうです。理由は労働時間の長さではなく、化学合成物質の悪影響による皮膚炎。こうなるとその仕事は続けられない。別の職種で働くことになります。女性の場合は将来の妊娠のことも配慮しないといけない。

使用量や消費量が一定量を超え、また対象物の使用時や消費時の組み合わせが複合化するとどういう結果になるか、実際のところはよくわからない(そんなところまで確認できない)というのが、こうしたガイドラインの持つ含意なので、結局は消費者や利用者の自己判断ということになりそうです。

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