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2020年6月15日 (月)

6月に啓蟄(けいちつ)?

先週の金曜は札幌でも夏を感じさせる陽気で、6月半ばなので日も長い。まだまだ昼間の明るさの夕方6時ころに配偶者と速足散歩をしたのですが、それなりに多くのジョガーやウォーカーとすれ違いました。啓蟄(けいちつ)状態です。それなりに多くといっても、一週間前に比べるとやや多いというだけで、実際は「疎」に近い。まあ、そういうところを選んでいるので。

啓蟄は陽暦だと3月5日前後で「冬籠りの虫が這い出てくる」という意味ですが、陽気と新型コロナが一時的にでも終息しつつあるという何となくほっとした気分の相乗効果で、そうなったのでしょう。

こちらはウォーキングシューズを履いてただ歩くだけなのでエラそうなことは言えないのだけれど、きれいなフォームで走り抜けていくジョガーやランナーはとても少ないようです。たまにきれいなフォームが向こう側から接近してくると、すれ違ったあとも、後ろ姿を観察しています。

速足散歩をしているときに危険なのは、これも啓蟄状態の光景のひとつなのか、後ろから走ってきてすぐそばを速度を落とさずに走り抜けていく自転車です。

十人に二人くらいは速度を落としてぼくたちに声をかけて追い越していきますが、残りは結構危険運転です。そしてこれは声を大にして言いますが、そういう危険運転の主はたいていは女性です(中には乱暴な若い男子学生風も混じっていますが)。だから、女性の運転する自転車は、若い女性の自転車も、以前若かった女性の自転車も、信用していません。走る凶器に近い。いわんや、電動自転車に乗った中年女性においておや。


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2020年6月 9日 (火)

ジャニス・ジョップリンとサザン・コンフォート

モントレー・ポップ・フェスティバル(1968年)で「ボール・アンド・チェイン」というブルースを歌う、そのときは全く無名の24歳のジャニス・ジョップリンのライブ演奏動画をYouTubeで観ていたら、彼女の伝記本に目を通したくなりました。評論家はその日の彼女のパフォーマンスを評して「白人の女の子がブルースをあんな風に歌うのをそのときまでは誰も見たことがなかった」と書きました。「観客はその日何か特別なものを見ていることを知っていた」。

彼女は1943年にテキサスで生まれ、1970年に27歳で死去しました。麻薬のやりすぎが非常に短い生涯の原因だと言われていますが、酒も多量に飲んだらしい。写真は「ジャニス - ブルースに死す」(晶文社 1973年)というその伝記本の訳本のあるページを撮影したものです。大型な本なので重しで留めておかないとうまく開かない。

彼女が右手に持っている酒瓶のラベルには、サザン・コンフォート (Southern Comfort) と印刷されています。サザン・コンフォートは19世紀の終わりころに米国南部で生まれたリキュールなので、テキサス生まれの彼女にとっては、まあ、地酒です。リキュールなので強くてもフルーツフレーバーでとても甘い。彼女はステージのあとや休憩時間に楽屋で小瓶からそのままストレートで飲んでいたのでしょう。

ぼくも彼女をまねて、かつて、この写真と同じポケット瓶から試しにストレートで飲んでみたことがあるのですが、あまりの甘さに恐れ入りそれっきりになってしまいました。ぼく向きではなかったようです。

関連記事は「Summertime(子守唄)」。

Janis-joplin-southern-comfort-bw


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2020年5月15日 (金)

能と居眠りとフリージャズ

札幌では二か月近く前からStay Homeの霧が立ち込めていて晴れそうでいてなかなか晴れません。その霧の中で過ごすにはいい機会なので「能」を集中的に観てみました。「井筒」「葵上」「実盛」「安達原(黒塚)」「砧」「道成寺」「俊寛」などです。以前からも能はその時々の興味と必要に応じてDVDやテレビ放送などで観ていましたが、これほど集中的には時間を使わなかった。

能楽堂に出かけるわけにはいかないので(札幌にはないとしても)、以前から持っていたDVDや今回購入したDVD、かつてテレビ放送されたのを録画しておいたのを続けて再生します。インターネットに曲の全部がまとまって(あるいは分割されて)アップロードされているのもあり、それらも利用します。そうすると同じ曲でも複数の能楽師や囃子方や狂言方の演技の違いをその場で続けて楽しめます。

とまれ、詩や和歌が詠うものであるように、能は舞うもの謡うもので、音声表現されたシテ・ワキの科白や地謡の言葉としての存在感と、笛と小鼓・大鼓という楽器の持つ浸透力の強さを改めて認識することになりました。

先日ある能関連の本を読んでいたら、一般的な観客として能を観賞するとはどういうものかを実に的確にまとめた一節に出会いました。その一節を以下に引用します。

「能楽堂に行って聞くともなしに能の囃子(はやし)を聞いていると、段々眠くなってくる。(中略)時々薄目を開けて舞台を見ると、さっきと同じところにシテが座っている。また目を閉じてしばらくすれば能は終わっている。これがお能の鑑賞である。」(多田富雄「死者との対話-能の現代性」

たしかに能の囃子とゆったりとした科白を聞いていると夢幻能タイプでも歴史物語風でもいつの間にかウトウトしてきます。しかし「霊」や霊的なものが主人公のものであってもウトウトとは縁遠い曲もあって、六条御息所の「生霊」が登場する「葵上」や男性にすげなくされた女性の「死霊」が登場する「道成寺」などはウトウトする暇がない。

とくに「道成寺」の「乱拍子」などは名手のプレイするモダンジャズないしはフリージャズに近い。山下洋輔トリオの、ピアノとアルトサックスとドラムスがお互いに相手にどう反応し合って次にどう展開していくのかその両者(ないしは三者)の緊迫感に、ジョン・コルトレーンの「マイ・フェイバリット・シングズ」におけるソプラノサックスの官能性が加わったような世界を、道成寺におけるシテの舞と謡と小鼓と笛は、能舞台空間に創り出します。

今回観ることができなかったのが金春禅竹(こんぱるぜんちく)作の「芭蕉」。舞台は中国。(バナナの親戚であるところのつまり植物の)芭蕉の精が女性となって、僧侶の読経を、夜毎、そっと聴きに来るという内容の能です。しかし生の無常をずっと感じ続けてきたらしいその女性は、冴えわたる月光の下、静かにゆったりとした舞を舞い、舞いの後は、吹き荒ぶ秋風とともに消え去ってしまいます。僧侶の前には破れた芭蕉の葉だけ残されていたそうです。

この「芭蕉」の名演を収録したDVDがあれば欲しいと思っているのですが残念ながらこの曲は人気がないのかどこにも見あたらない。能のDVDには古い名演の録画が多い。しかし音楽やオペラや映画のDVDと違ってともかく値段が半端なく高い。

関連記事は《「井筒」と「死者への七つの語らい」》。


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2020年3月31日 (火)

「食べる量が増えるわけではない」のではなく、「食べる量は確実に増えた」

最近は下に引用したような主旨の記事、つまり「食べものの買いだめは控えてください」という論調の記事が多い。しかし少し考えたらその観察や発言が上滑りであることがわかります。

「新型コロナウイルスの感染拡大で、首都圏では週末の外出自粛要請を受け、食料品を求める客が小売店などに殺到した。
 政府の緊急事態宣言が出された場合も同様の事態が起きる恐れがあるが、専門家は、買い物は「不要不急」に当たらず自粛対象ではないと指摘。『マスクと違い食料は十分にある』と、冷静な行動を呼び掛けている。
 農林水産省によると、米は半年分、小麦は2カ月分以上の国内備蓄がある。生産や流通、輸入も止まっておらず、店頭の欠品は一時的という。担当者は『食べる量が増えるわけではない』と必要量の購買を求めた。」(時事通信 2020年3月30日)

首都圏に住むある知り合いの女性(主婦)と話す機会があってそういう発言の上滑りの具合を確認したのですが、農水省の担当者がいうところの 「『食べる量が増えるわけではない』と必要量の購買を求めた」というのは正しくない。なぜなら「食べる量は確実に増えた」からです。マクロで静的にしかものが見えないのが役人だとしても、マクロとミクロの複合視点で物事を見たあとで慎重に発言したほうがよかったかもしれません。

日本国民全体という点では確かに「食べる量が増えるわけではない」。日本人全体のマクロな食料消費量は短期でも長期でもとくには変化しない(巣ごもりでイライラした分、やけ食い消費が増えたかもしれませんが)。しかし、ある消費セグメントの新しい需要量や新しい需要パターンとそれに応ずる流通チャネルの供給量や供給タイミングが折り合うまでにはそれなりに時間がかかる。それまでは、穏やかな消費者の冷静な消費行動が、結果的には「買いだめ」行為として現象する。役所の教育的指導の対象となるような行為ではありません。

その女性の家庭構成は、IT関連の会社で働くご主人、大学生の息子さんと大学生の娘さん、それに主婦の彼女。月曜から金曜は、お昼ご飯は家庭では用意しない。ご主人は普段は会社の近所の食べもの屋か昼食を出す居酒屋などでお昼ご飯を食べる。二人の子供も週末以外は学食かどこかで友達とお昼ごはんです。週末は、主婦の時短のためにそろってファミレスでランチということも多い。食材や加工食品の貯め置きはしない。食べものは必要なものを都度購入している。

移動の自粛でご主人がテレワークになった。ご主人は普段は夕食も仕事柄外で済ませることが多いのだが、在宅勤務で事情が変わった。大学生の子供二人も学校は休校状態だしバイトも停止状態で友達と外で昼ごはんというわけにはいかなくなった。外出自粛なので、お昼ご飯は自宅で食べる。。今までひとり分だった昼食食材や昼食用の食料品が一挙に4人分になった。単純計算で普段の量の4倍です。インスタント食品で済ますのか、レトルト食品で済ますのか、ラーメンやパスタを茹でるのか、炊飯器でご飯を炊いておかずと味噌汁を作るのか、詳しくは聞かなかったけれど、家庭内で食べる量が確実に、大幅に、増えた。普段の外食分の食料消費が、全部、家庭に持ち込まれたということです。

さて、それをどこで買うか。例えば近所のスーパーで買う。普段の4倍は買わないと勘定が合わない。しかし不要不急の外出をしないように要請されているので、買い物に出かける頻度は普段よりも少なくなり、その結果一度に買う量は当然増える。つまり主婦は「冷静な購買判断と冷静な購買行動の結果」、昼食用だけでも普段の4倍以上を(晩ごはん分を合わせても普段の一回分の2倍から3倍を)一度に買い求める。常時在宅人数が増えた分だけ、日持ちのするお菓子も追加的に必要になり、そういう家庭が多くなれば、お店の棚から、コメやパン、パスタやパスタソース、インスタントラーメンやレトルト食品、カップ麺やカップ焼きそばや日持ちお菓子などが急速に消えていく。

そういう状況を観察・体験せずに、そして相変わらずマスク不足に悩まされている状態で、「農林水産省によると、米は半年分、小麦は2カ月分以上の国内備蓄がある。生産や流通、輸入も止まっておらず、店頭の欠品は一時的という。担当者は『食べる量が増えるわけではない』と必要量の購買を求めた」と言っても本人が思っているほどの説得力はありません。


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2020年2月17日 (月)

「長安の春」における春の花の季節感

立春も二週間ほど前に過ぎて、札幌の雪まつりも終わりました。札幌の春は遅い春ですが、ともかく春を待ちます。

石田幹之助の著した「長安の春」という論文風のエッセイは名文で、その冒頭に引用してある「葦荘」の詩に続く書き出し部分の春の花が描写がとくに美しい。

昔の陰暦の中国では、またそれを輸入した日本でも、一年を二十四に分けていました。それを二十四節気(せっき)と言いますが、ぼくたちはそれを今でも日常生活で(たとえば時候の挨拶や天気予報で)利用しています。「立春」から「立夏」に至るまでの春の節気は次の通りです。

・立春
・雨水(うすい)
・啓蟄(けいちつ)
・春分
・清明(せいめい)
・穀雨(こくう)

それぞれの節気をさらに五日くらいずつで、初候・次候・末候(ないし一候・二候・三候)の三つに分けるとそれぞれに花の春が現れます。

エッセイの冒頭で引用された「葦荘」の詩は「長安二月 香塵多し」で始まり、そのあとに石田の美しい文章が続きます。「香塵」とは風で落ちた花のことです。やや長くなりますが色々な春の花が溢れる最初の十行くらいを引用してみます。

 『陰暦正月の元旦、群卿百寮の朝賀と共に長安の春は暦の上に立つけれども、元宵観燈の節句の頃までは大唐の都の春色もまだ浅い。立春の後約十五日、節は雨水(うすい)に入って菜の花が咲き、杏花(あんずの花)が開き、李花(スモモの花)が綻ぶ頃となって花信の風も漸く暖く、啓蟄(けいちつ)に至って一候桃花、二候棣棠(ていとう、ヤマブキ)、三候薔薇(しょうび、バラ)、春分に及んで一候海棠(かいどう)、三候木蓮(もくれん)と、次々に種々の花木が繚乱を競ふ時に至って帝城の春は日に酣(たけなは)に、香ぐはしい花の息吹が東西両街一百十坊の空を籠めて渭水(いすい)の流も霞に沈み、終南の山の裾には陽炎が立つ。・・・時は穀雨(こくう)の節に入って春は漸く老い、・・・二橋の袂(たもと)に柳の糸を撫でて薫風が爽やかに吹き渡ると、牡丹(ぼたん)の花が満都の春を占断して王者の如くに咲き誇り、城中の士女は家を空しくして只管(ひたすら)に花の跡を追うて日を暮らす。』

日本では花は桜ですが、唐の長安では花は牡丹でした。なお、海棠(かいどう)とは、桜によく似た中国原産のバラ科植物で、下の写真は、morino296さんのブログ記事からお借りしました。この場を借りてお礼申し上げます。

C3 海棠

長安(現在の西安)は内陸部ですが渭水という大きな川が流れ、北緯は34度と北京と上海の間くらいなので札幌などよりははるかに南です(緯度は日本だと広島市くらい)。いろいろな花や柳には不自由しません。五月の連休あたりからすべてが他に遅れないように一緒に開花する札幌と違って、花は種類ごとに「節気」と「候」に応じて順番に開いていく。

李白の「少年行」という詩も舞台は春の長安で、馬に乗った青年が落ちた「牡丹」の花を踏んで、胡姬がいる酒場に笑顔で入って行きます。胡姬とはイラン系のきれいな女性です。緑の眼や碧い眼をしていたかもしれません。

五陵年少金市東,銀鞍白馬度春風。
落花踏盡遊何處,笑入胡姬酒肆中。

五陵の少年 金市の東 銀鞍の白馬 春風を渡る。
落下踏み尽くして何れの処にか遊ぶ 笑って入る 胡姫酒肆の中。

司馬遼太郎の「空海の風景」には、空海と同期の遣唐留学生として長安に遊んだ橘逸勢(たちばなのはやなり)が、勉学も思ったように進まず鬱屈気味で若い女性のいる場所に入り浸った様子が確か描かれていました。胡姫の舞う酒肆にもおそらく通ったに違いない。なお書に秀でた逸勢は空海、嵯峨天皇とともに三筆と呼ばれています。


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2020年2月10日 (月)

中国の人たちの立ち居振る舞いの美しさとそうでもないもの

新型コロナウィルスの発生と蔓延への中国共産党やその地方組織の対応を見ていると、先進国の性格と発展途上国の特徴が併存しているだけでなく、こういう問題に対する強圧的な政治体制の限界も現れています。皇帝支配の漢や唐でも一定以上の予期せぬ社会的混乱が起こると、ひとびとはもっとおおらかだったとしても、世間はこんな感じになっていたのかもしれないなと千数百年以上前のライブ映像を目の当たりにしているようです。司馬遷が生きていたらこの状態をどう纏め上げるでしょうか。

最近は中国のYouTuberも活躍中で各地域の家庭料理の映像も興味深いですし、「漢服舞踊」(簡体字だと「汉服舞蹈」)も印象的です。女性用の伝統的な「漢」の服を着て蝶のように舞います。チャイナドレスは「清」の洋服なのでそういうタイプではなくて、身にまとうのはそれより前の時代の(たとえば唐時代の)ひらひらする袖が優美な女性用の絹の着物です。

若い中国人女性が投稿した「漢服舞踊」の動画で出来のいいのを拝見すると、アマチュアだけれども伝統的な漢服で踊る彼女らには日本女性には真似ができない種類の優雅があるようです。この優雅の中には、嫋(たお)やかさだけでなく同性の仇敵を排除するときに見せる優雅な凶悪行為遂行能力も含まれます。そういう時には、今まで絵以外では会ったことも見たこともない中国四大美人である西施(せいし)や王昭君(おうしょうくん)、貂蝉(ちょうせん)や楊貴妃(ようきひ)、あるいは漢の高祖の皇后である呂雉(りょち)の姿を、舞う彼女らに重ね合わせてみたくなる。

またそういう時には、ぼくが高校生だったころに古典(古文と漢文)の先生だった当時40歳代半ば過ぎくらいの女性教師が授業中に雑談風に穏やかに話してくれたことも思い出します。なぜそんなことを男女高校生を相手に話してくれたのか当時も今もよくはわからないけれど。

国語の先生の資質というものが話題になった時に彼女は「国語の教師というのは結局はいい文章が書けるかどうかで決まりね。■■さんは、」と、ある有名女流作家の名を挙げて「今はとてもかなわないけど、学生時代は書くのが上手じゃなかったわ」。それから、漢文の授業のときに何かの具合で話が中国四大美人に飛んだついでに「中国の美人ということだけれど、大学で同級生だった中国人女性の中にはお風呂にいっしょに入ると日本人ではとてもかなわないというくらい肌がきれいでスタイルのいい人がいましたわ」。そういう中国人女性の後輩が今はYouTubeで漢服舞踊を舞っているのでしょう。

中国人の立ち居振る舞いの特徴のひとつは、とても大きな声でよくしゃべることです。札幌でも京都でも香港でも上海でも台北でもシンガポールでもどこでも。街の通りでも、ホテルのロビーでも、レストランでも、デパ地下でも、観光名所でもどこでも。声の大きさは中国語という言語を発声するその具合も関係しているとは思いますが、そういう場合の声の大きさは美学的には印象深いとは思えない。

一方、たとえば、唐の白居易の「琵琶行」(落ちぶれてしまったかつての長安の名妓の弾く琵琶を舟中に聞いて、左遷されたわが身に引き比べるという内容の歌、「行」は長い歌)を中国や台湾の男性や女性が朗誦しているYouTube投稿を聴くと、音から意味は解らないので一緒に表示される文字表現された漢詩を眼で追いながら聴くのですが、朗誦の巧みさもあって七言古詩の韻の流れ(平仄 ひょうそく)が美しく心地よく伝わってきます。

余計なことを付け加えれば、中国人ツアー客の泊まった部屋はたいていは汚れがひどくて、後の掃除が大変であるとはよく聞く話です。ぼくもある都市ホテルに働く方から同じ内容の話を直接に聞いたことがあります。

どこの国もそうだとしても、中国というのは、美しいものと必ずしもそうではないものと、衛生と不衛生と、効率と非効率と、「琵琶行」の朗誦と「漢服舞踊」の優美と広東省起源のSARS (Severe Acute Respiratory Syndrome 重症急性呼吸器症候群)のトラウマと今回の湖北省発生の新型コロナウィルスが、他よりも、よりにぎやかに同居している国のようです。そして統治者の意識は常に「中華」です。「長安の春」というのも、当時の人びとの性質は胡人も含めてもっとおおらかで激情的だったのかもしれませんが、社会生活的にはこんな感じだったのかもしれません。


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2019年12月11日 (水)

「築地明石町」

日帰りで「鏑木清方 築地明石町展」へ行って来ました。いい画は無理をしても実物の前に立つようにしています。そうしないと目が衰える。

この画が少し前に東京国立近代美術館(MOMAT)の所蔵品になったので、他の清方の作品と合わせて1ヶ月半の特別展です。会場の案内によると「築地明石町」の次回の一般展示は3年後だそうです。そうやって作品を保護します。今回を逃したら3年間待たなくてはいけない。

「築地明石町」は、赤の配置と、赤と水色と黒の組み合わせが印象的です。紋入りの黒い羽織からわずかに覗いた裏地の強い濃い赤、下駄の鼻緒の渋めの赤、そして、唇の控えめの赤の配置が観るものをくぎ付けにします(下にお借りしたMOMATのポスター写真だと印刷なので裏地の赤が弱い)。江戸小紋の着物のややくすんだ水色と木の柵の淡く霞むような水色が奥行きとぼんやりとした一体感を醸し出します。着物の下には、長襦袢がありません。

清方は、中年女性です。

清方の手になる「築地明石町」の中年女性は、白い透き通った肌に香りが漂い、振り向いた眼に、凛として確かなような少し迷ったような不思議な感じの翳りが宿っていて、大人の女性の色香がそこにあります。

清方の描く若い女性、たとえば、「築地明石町」の左隣に並んでいる「浜町河岸」の若い女性は退屈です。右隣の「新富町」の中年女性も美しいのですが、誘引力に欠けます。「築地明石町」の女性の魅力は際立っています。

今回、この特別展で以前に常設展で出会った鏑木清方の六曲一双の屏風絵「墨田河舟遊」に再び巡り会いました。

Momat

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2019年11月12日 (火)

「雪は嫌ですね」、あるいは、雪かきと雪下ろし

寒くなってきました。だからご近所の人との立ち話にも冬が話題になります。「寒くなってきましたね。でも雪は嫌ですね。」 北海道に暮らす人が雪が好きとは限りません。スキー場の経営や運営にかかわる人たちを別にすれば、多くの人はぼくを含め日々の暮らしには雪などないほうがいいと思っているようです。
 
寒さはしかたない。冬ですから。でも、雪はときどき降るのはきれいだけれども、普段はない方がいい。そういうことです。
 
雪が降りそれが根雪になると、片側2車線道路は片側1車線道路になり、歩道も歩くスペースが半分以下になります。寒いので雪がアイスバーンと化す。
 
それよりもなによりも生活者にとって嫌なのは家の敷地や周りの雪かきです。それから屋根の雪下ろし。そのあたりの広場に巨大な穴を掘りまたそれを埋め戻すという作業を延々と繰り返すと、GDPは上昇しますが、気持ちは壊れます。雪かきや雪下ろしは、地面を掘ってその土でできた穴を埋めるという作業の繰り返しと同じです。意味がない。ひとは意味のある作業だけを行っているのではないにしても、できたらそういう無意味な行為はないほうがいい。だから「寒くなってきましたね。でも雪は嫌ですね」となります。
 
しかし、そういうことは避けられないので、電動式や内燃機関式、あるいはハイブリッド型の家庭向け除雪機のテレビコマーシャルが流れます。
 
家庭向けの手動雪かき用具(大型の角型シャベルにパイプの持ち手が付いたような形状で、ソリのように雪を押して運ぶことが出来る除雪用具)は「スノウダンプ」(ダンプはダンプカーのダンプ)と呼ばれていますが、シャベル部分がプラスチックのものは軽量で主婦でも扱えるので開発時に「ママさんダンプ」という名称がつけられたようです。この「ママさんダンプ」に、小さな子供を載せて家の周りを引っ張っていっしょに遊んでいるお母さんもたまに見かけます。
 
テレビコマーシャルの頻度が高い電動式等の除雪機も操作者が女性という想定の機種も多く、つまり自動式の「ママさんダンプ」です。


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2019年11月 6日 (水)

大根を天日干しするのは10月最後の週という主婦の知恵

タクアンを作るためにする大根の天日干しは札幌では10月最後の週にするのがよい、とは、10年ほど前に知り合いの漬物ベテラン主婦から教えてもらった地元の知恵です。彼女は60本から70本くらいの大根を軒下に干し漬け込んでいました。
 
漬け物好きな家族が多いとそれくらいの本数は必要ですが、ひと冬の家庭の漬物需要には70本くらいでは不足なので、彼女はタクアン以外にニシン漬けなども作ります。ニシン漬けは身欠きニシンをキャベツ、ダイコン、ニンジンなどと合わせて塩と米麹(およびザラメと鷹の爪)で漬け込んだものです。雪の下ダイコンや雪の下キャベツという冬季の野菜の保存方法はあるにせよ、冬には新鮮な野菜がなくなってしまうかつての北海道では、漬け物というのは便利な野菜の供給源だったのでしょう。
 
タクアンのために大根を気持ちよく天日干しするには、適度な涼しさと日中の暖かい陽光、乾いた空気という条件が揃って、一週間から十日ほど続く必要があります。今年は突然の雨の襲来もなく、時期外れの台風もなく、十日間安心して干せました。夜中の急な雨から大根を屋内に退避させる、夜間に屋外に置いたまま大きなポリ袋で覆って降り込む雨を防御するといった作業は不要でした。
 
天気予報によると、11月8日くらいに札幌でも今年最初の雪がちらつくかもしれないそうです。そうなると天日干しにはやや寒すぎる。だから札幌では10月最後の週がよい、ということになります。ときどき、小雪のちらつく中で大根を干してある家庭を眼にすることがあり、頑張っているとは思うものの、それでは頃合いには乾かない。


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2019年9月24日 (火)

続「美容室の女性スタッフが少なくなった」

 
最近は退職代行サービスというのがあり、若い人からの需要が多いらしい。そういうサービスを提供する会社のウェブサイトには、たとえば、
 
・『ご相談を頂いた当日から対応可能です。お客様のお時間に合わせて、休日や深夜でも可能な限り、対応しております。』
 
・『会社への連絡は 当社が代行いたしますので、もう上司と話す必要はございません。退職届の提出や貸与品の返却も郵送でOKです。』
 
と書いてあります。
 
行きつけの美容室に先週末に行ったときに、いつも上手に髪を洗ってくれるこの四月に入ったばかりの女性アシスタントの姿が見えなくて代わりに男性の臨時スタッフが働いていたので、どうしたのかと思っていたら、店長曰く、突然、退職代行サービス業のスタッフがやってきてその女性アシスタントの退職手続きを代わりに済ませていった。彼女と話す機会もなにもなかったので、なぜ辞めたのかその理由が解らない、とお悩み状態でした。
 
「美容室の女性スタッフが少なくなった」で書いたように、ぼくの眼には3年ほど前から美容室勤務の女性スタッフ(スタイリストやアシスタントと呼ばれている女性従業員、とくにアシスタント)の割合が目立って少なくなってきて、どうしてなのかと思っていました。
 
前々回、洗髪の上手なその女性アシスタントから工程の最後近くで頭や肩のマッサージをしてもらっているときにそういう話をしていたら、美容業界において彼女らに人気のセグメントは髪ではなくネイルや睫毛エクステンションだと知りました。たしかに、美容室の勤務はけっこう過酷で、労働時間は長い。給与も高くない。
 
「最近女性スタッフが少ないんだけど、美容専門学校に行く女の子が少なくなっているの?」
「学校は、女の子のほうが多いです。」
 そうだろうと思います。
「美容室に入ったあと、すぐに辞めちゃうのかな?」
「そういう人もいるけど、卒業しても美容室に入らない子も多いから」
 へえ、そういうものかと思います。
「どこか他の業界に行くの?」
「アパレルとかに行く子もいますけど、ネイルや睫毛エクステンションが人気です。とくに睫毛エクステンション。今は美容師免許がないと睫毛エクステンションはできないので。そういう子は、学校でもカットの勉強とかはあまり熱心じゃないですね。」
 
睫毛エクステンションは、睫毛が代謝するのでメンテナンスが必須で、リピーター需要が安定しているそうです。
 
そういう話をその子としたことがあるとお悩み顔の店長に伝えたら、店長はやっと彼女の退職理由に手がかりを得られたみたいでした。
 
美容業界はモビリティが高い業界だとはいえ、職人には手と会話の技能の蓄積が必要な他の業界と同じで、新人をそれなりに使えるまでに育てるには少なくとも3年くらいはかかる。通常営業時間帯にはトレーニングの時間はないので、若い子は閉店後に夜遅くまで練習しながら仕事を覚えている。だから、入社半年で辞められると、それまでの教育投資が無駄になるし、今後の人員計画もやり直しです。
 
だから、そういう場合は経営者や管理者は今後のためにも具体的な退職理由を確かめようとします。チェーン店の店長や複数店舗で構成される比較的規模の大きい美容室の個店の店長は、最近は労働条件や給与水準だけでなく各種のハラスメントも退職理由の一つなので、退職理由をきちんと把握しないといけない。
 
ところが今回のようにおそらく店長にとっては青天の霹靂風に、突然、退職代行サービスのスタッフが店長の前に現れ、彼女の退職手続きをプロの第三者の手で冷静に進めていきます。そういう状況で彼女抜きでそういう専門家とだけ対峙することになるとは店長もまったく想像していなかったらしい。
 
上司への説明や上司からのお説教が苦手な若い転職希望者にとっては『会社への連絡は 当社が代行いたしますので、もう上司と話す必要はございません。退職届の提出や貸与品の返却も郵送でOKです』というのは、とても便利なサービスには違いありません。管理者や経営者にとってはとてもやっかいな腹の立つサービスではあるにしても。
 
ぼくにとってもこういうサービスによってそれなりに親しくしていた女性スタッフが急にいなくなってしまう状況というのは、愉快ではありません。


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