季節と時節

2020年4月 2日 (木)

気がつけばそろそろ「清明(せいめい)」

一日のいろんな時間帯の空気をゆっくりと呼吸する機会がコロナ騒動で少なくなっていたので「春分」がとくにその日を意識しないうちに過ぎていました。気がつけば四月で、節気(せっき)はそろそろ「清明(せいめい)」です(今年の清明は、春分から15日後なので、四月四日)。

二十四節気の五番目に当たる「清明」は「清浄明潔」の略で、万物がけがれなく清らかで生き生きしているという意味だそうです。その感じは樹木の枝先の具合や融けつつある雪の隣で茶色い地面から芽を出しつつある草の様子で実感できます。札幌や東北北部ではもう少し時間が必要ですが、それ以外ではすべてのものが春の息吹を謳歌する頃です。

好日性のぼくは、これから夏至に向かう日が明かに日ごとに長くなっていく季節がいちばん好きで、そうなると週末の夕方などはジョギングシューズを履いて一時間くらいの速足散歩を、周りの景色を観察しながら楽しむことが出来ます。

もう雪が降ることもないと思うので、この前の日曜の午後に革の冬靴・雪靴の手入れをしました。普段から靴磨きは嫌いではありません。透明の、防水機能も自然と備わっている皮革手入れ用のトリートメントワックスを家族が使用するすべての靴に丁寧に塗り込み11月くらいまで7カ月ほど休憩してもらいます。こうしておくと晩秋から初冬の急な雪にも慌てなくて済む。

冬靴の手入れが終わり、春秋靴と入れ替えたら、それなりに春です。


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2020年3月26日 (木)

筍(たけのこ)の季節

「筍(たけのこ)」の季節です。北海道でもタケノコは採れて野菜売り場に並びますがそれはチシマザサ(千島笹)の若竹(写真参照)で、「ふっくらとした筍(孟宗竹の筍)」は採れません。西日本で幅広く収穫される孟宗竹はもともとは外来種、チシマザサは在来種。

だから、いわゆる筍を料理しようと思ったら、静岡、京都、福岡、鹿児島、熊本といったところから運ばれてきた採れたてを近所の野菜売り場で買い求めることになります。

外来種の孟宗竹が気持ちよく生育できる地域以外では、北海道に限らずスリムな在来種が駆逐されずに残っているので、スリムなタケノコを炊き込みご飯や味噌汁、あるいは素焼きで楽しんでいると思います。

孟宗竹の筍は柔らかいところは、おすましや筍ご飯、薄味のシンプルな煮物、木の芽和え、それから硬いところは味噌汁の具にすると、定番料理は定番としてのそれぞれの「春」を堪能できます。暮らしの彩りです。

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       鹿児島産の筍

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チシマザサのタケノコ (Wikipediaから引用 Photographer Aomroikuma (Wikipedia Wikimedia Commons))

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2020年3月13日 (金)

冬の間は頻繁に玄関の土間掃除

雪と株価と木製の砂箱」や「続続・札幌の雪の準備」で書いたように、札幌では冬は主要道路の交差点付近に滑り止め材(砂、より正確には細かく砕いた砕石です)を各種の砂箱に入れて用意してあります。横断歩道で歩行者が滑らないようにするためです。その必要を感じた人が道路にその細かい砕石を撒くので雪が降り始めるころから砂箱が設置され砂は雪が消えるまで配置されています。

外から戻ると、あるいは宅急便・宅配便が届くと、自分や家族や宅配業者の冬靴や雪靴や作業靴の底に付着したその微細な砕石が、深い雪の中を歩いた靴底の雪や水といっしょに玄関の土間に残されます。だから、頻繁に掃除しないと土間がざらざらになってしまう。濡らした雑巾で丁寧に拭き掃除をします。そうしないとその尖った感じの砂は拭き取れません。

そろそろ雪融けの時期です。雪が融けた後の交差点や横断歩道には、滑り止め材であるところの真っ黒な砂が一面に広がっています。靴底に付着したそれがまた玄関土間にやってくるので、雪が融けたからといって作業量が減るわけではありません。

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2020年3月 9日 (月)

焼いた慈姑(くわい)が食べたい

突然、慈姑(くわい)が食べたくなりました。

慈姑は水生植物で、水田や浅い池で作る冬の野菜です。そういう意味では、そして収穫作業が骨折りだという意味でも、収穫の季節はレンコンよりはずいぶん短いにしても、レンコンと似ています。慈姑は塊茎(かいけい)を食べます。塊茎とは地下茎の一部が澱粉などを貯蔵してかたまりのようになったもので、たとえばジャガイモも塊茎です。

慈姑(くわい)は、いつの頃からか、正月料理限定の食材になってしまいました。その場合の調理法は、たいていは、芽を大切にした八方剥きの煮物です。それはそれで微妙な味わいで美味しいのですが、それだけではもったいない。

僕のいちばん好きな慈姑(くわい)の食べ方は、丸ごと焼いて、それに塩をつけて食べることです。その味わいは、柔らかい焼き栗(くり)で、しかし栗とは截然と一線を画して、微妙な甘さと苦さが実に程よく混淆しています。

クッキングシートに慈姑をのせて、オーブンで180℃、30分。熱が通り香ばしい感じになったら、オーブンから取り出し、熱いので芽の部分を指でつまむようにして持ち、塩をつけてそのまま食べます。皮も何もそのまま全部です。渋い味わいを堪能できます。焼いた丸ごとを最大に楽しもうとすれば、一緒にぬる燗の日本酒です。

慈姑を焼いて食べる食べ方は水上勉の本で知りました。水上勉が書いた「土を喰う日々」という本があります(発行は昭和53年)。副題は「―わが精進十二か月―」。最初(つまり一月)の章に「くわい」を焼いて食べる話が出てくるので、その一部を引用します。

『くわいを焼くのは、この頃(引用者註:この頃とは著者がある禅宗寺院の管長付きの食事の準備も含む雑用係の頃でおそらく1935年から1937年くらい)からのぼくのレパートリーだった。・・・一般には煮ころがしか、あるいは炊き合わせにしかされないこれを、ぼくは、よく洗って、七輪にもち焼き網をおいて焼いたのだった。まるごと焼くのだ。・・・ぷーんとくわい独特のにがみのある匂いが、ぷしゅっと筋が入った亀裂から、湯気とともにただようまで、気ながに焼くのだ。・・・』

一月の章に登場する慈姑ですが寒い時に食べる食材ではあってもお正月料理との関連に関する記述はありません。

吉田健一が昭和46年(1971年)くらいに書いた「私の食物誌」という食べものエッセイを読んでいたら「東京の慈姑」というのがあり、そこに出てくるのはただ煮てあるだけの煮物と茹でてすり潰したのを揚げたもので、そこでは季節感は希薄です。『兎に角一度食べれば忘れられないもので一時はこれさえあれば御馳走と思ったものだった。しかし今日は慈姑があると言われたりもしなかったからこれが時々食事に出ていた頃はそう珍しいものでもなかったに違いない。』

つまり、慈姑は1960年代くらいまでは、冬の食材として、正月以外にもそれなりに賞味されていたようです。

慈姑(くわい)の生産は、現在は、その90%が広島県福山市と埼玉県南東部に集中しています。京都では生産量はわずかですが京野菜のひとつです。

「慈姑」の東京都中央卸売市場における、令和元年までの過去5年間の取引量の月別割合は

1月(3%)
2月(1%)
3月から9月まで(取引なし)
10月(3%)
11月(17%)
12月(77%)

なので、正月料理が中心ではあるものの、今でも限定的に冬の食材として利用されているようです。ただしデパ地下やスーパーの野菜売り場では年末以外は見かけないので、市場から卸し業者経由で料亭や料理屋に直接向かうのでしょう。

慈姑は、塊茎は皮をむいて水にさらし、アクを抜いてから調理する、シュウ酸を含むので、茹でこぼすのがよい、とされています。シュウ酸はいわゆるアクの成分で、シュウ酸を多く含む他の食材にはホウレンソウやタケノコがあります。そうではあるのですが、しかし、アクもその程度ということです。それを含めた丸ごとが美味しい。

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     以前に焼いて食べた慈姑(サイズは小ぶり)


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2020年3月 3日 (火)

札幌はゴム長の季節

雪の積もる地域の雪解け水は春を待っている樹々や植物や農作物には不可欠なものですが、地面が舗装された環境で暮らす人間には鬱陶しい現象です。雨水という節気名以外に雪水というのを作って、状況に応じて二つを使い分けたくなります。

日中最高気温がプラスになる日が継続すると、夜中や明け方の最低気温は氷点下のままであっても、車道や歩道に水が溢れはじめます。そうなると、防水機能が確実なゴム長がこの時期の必需品になる。防水機能がしっかりとしていたら他のタイプの靴でもいいのですが、ゴム長以外の選択肢は見当たらない。女性用はそれなりにおしゃれなのもそろっていても、軽快な歩行をもたらすタイプの靴ではありません。あくまで防水(それから北の地域では防寒も)という実用性重視の履物です。だから、道路の雪の水たまりにも平気で入っていける。

配偶者は近所への外出は内側が防寒用になった膝下まであるブーツ型のゴム長です。ぼくの普段使いは、厚手の靴下でいいようにサイズがやや大きめで、丈は短ブーツよりやや長め。ゴム長というのは、靴底の形状のおかげかアイスバーン風の雪道でも滑らないし、ひと晩強く降り続いて50センチほどに深い雪の中に分け入るのは無理でもそれなりの厚さの雪なら靴跡をスタンプしながら進んでいけます(ただし、極寒の時期の深い雪用には膝下までをしっかりと覆うヘビーデューティ・ブーツでないと無理)。

そういう靴なので大量の雪が融けかかったこの時期の歩道を歩けるしミニ大井川のような横断歩道も渡れます。

そういうところを歩くゴム長は目立たないけれどもそれなりに汚れているので、だから毎回ゴム長掃除ということになります。我が家では靴磨きはどういうわけかぼくの役割で(まあ、それが好きなのでそのことに問題はないのですが)、つまり、その中には、夏冬問わず革靴に靴クリームを塗り込むといった定期メンテナンスから、外から帰ってきた時の手入れ(汚れ取りと磨き)、そしてゴム長の掃除までが含まれます。

革靴磨きには専用クロスや薄手の綿の靴下ですが、ゴム長の拭き掃除には穴の開きかかったような古い厚手の綿の靴下が便利です。ゴム長は洗濯済みの厚手の綿の古靴下を水に濡らしてよく絞ったので丁寧に拭くととてもきれいになります。ゴム長掃除に使った靴下はもったいない気もしますが使い捨てです。

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2020年2月20日 (木)

湿った雪の夜明けと午後

昨日あたりから、節気は「雨水」です。雪から雨へと変わり、降り積もった雪も溶けだす頃という意味ですが、札幌ではパウダースノーが湿気のある重い雪になりました。

樹々の枝に明け方にかけてゆっくりと降り積もったばかりの早朝だと雪の白が控えめに反射してやや眩しい感じです。

太陽が高くなり気温がプラスに転じるとそれが3℃くらいでも、道路の表面はきれいだった白からタイヤに踏まれ続けて黒に変化します。そういうときに歩道を革の冬靴で進んでいると、本当はゴム長で歩きたいと切に思います。しかし、そうもいかない。

いちばん困るのは横断歩道を横切る時です。路上の雪がタイヤに崩されてそのあたりは水浸しの一歩手前で、水の浅いあたりをより分けより分け歩を進めます。

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梅の香りは少し上から降ってきます。こういう日の雪も上から降ってきます。ただし、梅の香りのようにふんわりとではなく、歩道にはみ出した樹の枝の下をぼんやりと歩いているとその枝を滑り落ちたのが上から頭や肩にドサッと降ってくる。そういう意味です。これも「雨水」です。


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2020年2月18日 (火)

鉢植えのラベンダーと2月の雪

富良野の手入れのいい農園のでも近所の道路際の植栽場で手入れとは縁のなさそうなのでもラベンダーは毎年夏に紫の花を咲かせるので、つまり雪と寒さの中を元気に冬越しするので、だから自宅の鉢植えのラベンダーも手入れさえよければ長生きするはずです。

冬になり身近から「緑」が消えてしまうのは残念なので、他の鉢植えは片付けてもラベンダーの鉢植えだけは残してあります。下の写真はこの夏にフラワーフェスティバルかなんかで購入した北海道産のラベンダーの先日の雪の日の様子です。雪の中で凛としているのはなかなかにいい。

20200210 2020年2月上旬

ただ鉢植えだと、植えてから数年すると元気がなくなるようです。これはしかたない。下の雪のラベンダーは2016年2月下旬の撮影で、このラベンダーはその年の秋に、最後の花を咲かせた後、5年か6年の寿命が尽きました。毎年きれいな薄紫の花でぼくたちの眼を楽しませてくれていましたが。

20160229
          2016年2月下旬

同じラベンダーの2013年7月の薄紫の花。
古い画像も残しておくものです。20130714b1-tm


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2020年2月17日 (月)

「長安の春」における春の花の季節感

立春も二週間ほど前に過ぎて、札幌の雪まつりも終わりました。札幌の春は遅い春ですが、ともかく春を待ちます。

石田幹之助の著した「長安の春」という論文風のエッセイは名文で、その冒頭に引用してある「葦荘」の詩に続く書き出し部分の春の花が描写がとくに美しい。

昔の陰暦の中国では、またそれを輸入した日本でも、一年を二十四に分けていました。それを二十四節気(せっき)と言いますが、ぼくたちはそれを今でも日常生活で(たとえば時候の挨拶や天気予報で)利用しています。「立春」から「立夏」に至るまでの春の節気は次の通りです。

・立春
・雨水(うすい)
・啓蟄(けいちつ)
・春分
・清明(せいめい)
・穀雨(こくう)

それぞれの節気をさらに五日くらいずつで、初候・次候・末候(ないし一候・二候・三候)の三つに分けるとそれぞれに花の春が現れます。

エッセイの冒頭で引用された「葦荘」の詩は「長安二月 香塵多し」で始まり、そのあとに石田の美しい文章が続きます。「香塵」とは風で落ちた花のことです。やや長くなりますが色々な春の花が溢れる最初の十行くらいを引用してみます。

 『陰暦正月の元旦、群卿百寮の朝賀と共に長安の春は暦の上に立つけれども、元宵観燈の節句の頃までは大唐の都の春色もまだ浅い。立春の後約十五日、節は雨水(うすい)に入って菜の花が咲き、杏花(あんずの花)が開き、李花(スモモの花)が綻ぶ頃となって花信の風も漸く暖く、啓蟄(けいちつ)に至って一候桃花、二候棣棠(ていとう、ヤマブキ)、三候薔薇(しょうび、バラ)、春分に及んで一候海棠(かいどう)、三候木蓮(もくれん)と、次々に種々の花木が繚乱を競ふ時に至って帝城の春は日に酣(たけなは)に、香ぐはしい花の息吹が東西両街一百十坊の空を籠めて渭水(いすい)の流も霞に沈み、終南の山の裾には陽炎が立つ。・・・時は穀雨(こくう)の節に入って春は漸く老い、・・・二橋の袂(たもと)に柳の糸を撫でて薫風が爽やかに吹き渡ると、牡丹(ぼたん)の花が満都の春を占断して王者の如くに咲き誇り、城中の士女は家を空しくして只管(ひたすら)に花の跡を追うて日を暮らす。』

日本では花は桜ですが、唐の長安では花は牡丹でした。なお、海棠(かいどう)とは、桜によく似た中国原産のバラ科植物で、下の写真は、morino296さんのブログ記事からお借りしました。この場を借りてお礼申し上げます。

C3 海棠

長安(現在の西安)は内陸部ですが渭水という大きな川が流れ、北緯は34度と北京と上海の間くらいなので札幌などよりははるかに南です(緯度は日本だと広島市くらい)。いろいろな花や柳には不自由しません。五月の連休あたりからすべてが他に遅れないように一緒に開花する札幌と違って、花は種類ごとに「節気」と「候」に応じて順番に開いていく。

李白の「少年行」という詩も舞台は春の長安で、馬に乗った青年が落ちた「牡丹」の花を踏んで、胡姬がいる酒場に笑顔で入って行きます。胡姬とはイラン系のきれいな女性です。緑の眼や碧い眼をしていたかもしれません。

五陵年少金市東,銀鞍白馬度春風。
落花踏盡遊何處,笑入胡姬酒肆中。

五陵の少年 金市の東 銀鞍の白馬 春風を渡る。
落下踏み尽くして何れの処にか遊ぶ 笑って入る 胡姫酒肆の中。

司馬遼太郎の「空海の風景」には、空海と同期の遣唐留学生として長安に遊んだ橘逸勢(たちばなのはやなり)が、勉学も思ったように進まず鬱屈気味で若い女性のいる場所に入り浸った様子が確か描かれていました。胡姫の舞う酒肆にもおそらく通ったに違いない。なお書に秀でた逸勢は空海、嵯峨天皇とともに三筆と呼ばれています。


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2020年2月 9日 (日)

札幌でははじめての氷点下14℃

氷点下10℃や11℃はときどき経験しますが、札幌で氷点下14℃は初めてです。ぼくが今までで経験したことのある最もすごい寒さは氷点下20℃から22℃くらいですが、北海道内陸部の氷点下30℃とくらべると穏やかなものかもしれません。

下の画像は 2月9日午前3時過ぎの tenki.jp のスクリーンショット。画面上の予想情報とは違って今日の実際の最低気温は氷点下14℃、そして最高気温も氷点下8℃にしか上がらないらしい。ともかく寒いです。

14-20200209-3

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2020年2月 7日 (金)

蛍の光、窓の雪

「蛍の光」という唱歌の歌詞の一番は

「螢の光、窓の雪、
書(ふみ)讀む月日、重ねつゝ、
何時(いつ)しか年も、すぎの戸を、
開けてぞ今朝は、別れ行く。」

で、つまり

「蛍の淡い光や窓から入って来る雪明かりで書物を読む日々を重ねていると、いつの間にか年月は過ぎ去って・・・」

といった内容です。最近は小学校の卒業式とは縁がないので、この曲を聞くとしたら大きな本屋やスーパーマーケットなんかの閉店時です。歌詞なしのBGMとして流れている。

ぼくは雪国生まれではないので小さい頃に「竹籠にいっぱい集めた蛍の発する光のそばで」本を読むというのは実感できても、「積もった雪に反射した月明かりを利用して窓辺で」本を読むというのは想像できませんでした。

札幌ならそれが経験できます。大雪の後の晴れた夜などはたしかに窓辺は明るい。新聞くらいは問題なく読めます。吹雪やしんしんと雪の降り積もる夜はダメですが。

札幌雪まつりが、真冬日の中を、開催中です。今週はともかく寒い。さぼっていた雪が与えられた仕事を再開したので、あたり一面雪だらけです。雪が降らない、雪が地面を蔽っていない雪まつりというのはどう考えても自家撞着で、その矛盾はなんとか避けられたようです。


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