季節と時節

2020年9月10日 (木)

車のテレビコマーシャルは、はや、冬用・雪用

先日の台風の影響の名残りか、北陸に多いフェーン現象が札幌でも発生し(札幌は比較的に日本海側なので)、その後も日中は30℃越えで夏がぶり返しています。湿度が高くて鬱陶しい。夕方であってもすぐに汗だらけになることを想像すると運動(速歩き)をする気も萎んでしまいます。

例年なら(と、気象予報士の好きそうな表現を使うと)気温や湿度や空気の透明感がちょうどそれの登場に合うのでしょうが、今年はまだそんな雰囲気ではありません。でも、朝夕がいつ急に冷え込むかもしれないし、ビジネスのサイクルとしては時期的にはもう始めないと間に合わないのでしょう。冬用・雪用タイヤのテレビコマーシャルの頻度が増してきました。

コマーシャルの中では北海道の雪原や札幌の街中に降り積もった雪の道を車が走っています。この前の冬の映像だと思いますが、雪の感じが新しくてきれいなので昨年の冬の始まりの大雪のときに翌年用に撮影したものかもしれません。タイヤ会社や広告代理店はそういう映像をそれなりにストックしてあるに違いない。

札幌で9月になってもエアコンというのはほとんど経験がありませんが、今年はエアコンの冷気といっしょに雪用タイヤのコマーシャルが流れています。

それから、2年前に北海道は地震が原因でブラックアウトを経験しましたが、冬の災害に備えて、大きなバッテリーを積んだ発電装置としての車というメッセージの広告も目立ちます。

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2020年9月 8日 (火)

イナダの刺身と漬け丼と照り焼き

久しぶりに対面販売の魚売り場に行ったら、まだまだ混雑度合いは低くて、その中で、戸井の本マグロと、イナダ(40㎝くらいの大きさのブリ、関西方面ではハマチ)が安い値段で売られていました。

戸井は大間と津軽海峡を挟んだ向かいの漁港で、高級本マグロの水揚げ地として有名です。しかし、最近はコロナの影響で高級魚が料理屋などに出回る量が減少しているので、おいしい本マグロも一部はこういう形で捌くしかないのかもしれません。「戸井のマグロがタダみたいな値段ですよ。」オニーサンの掛け声もやけ気味です。

イナダは切り身だけでなく丸ものも、とてもお買い得な値札で氷水の中に横たわっています。売り場のベテラン女性の話では、「秋鮭を獲りに出漁したら網にいっぱい掛かったのは鮭ではなくイナダで、だからこんな状態です」。

丸ものを三枚に下ろしてもらいました。若いブリなので脂の乗りは悪いにしても、半分は刺身や酢飯の漬け丼で、半分は煮付けか照り焼き風で食べるつもりです。戸井のマグロは中トロを酢飯の漬け丼で賞味しました。酢飯の漬け丼は、伊勢志摩の「手こね寿司」の応用です。

値崩れのマグロとイナダだけでは魚にもお店にも申し訳ないので、塩麹に漬け込めるような他の魚も買って魚とぼくたちの関係、そしてお店とぼくたちの関係を繋ぎます。


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2020年9月 3日 (木)

枝を手折(たお)る

先日のブログ記事「桜狩り、サクランボ狩り、紅葉狩り」で、次のように書きました。

《「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」は、折り取られた桜の花枝がそのあたりを歩く(あるいはそのあたりで舞う)人たちの頭髪や帽子(冠)にさされたのがたくさん見られたほうが背景としてはいちばん感じが出ます。もっとも最近は、自宅の庭の桜以外でそんなことをすると少々ややこしいことになってしまう恐れもありますが。》

「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」は古今集と伊勢物語の中の歌なので、十世紀初めの日本では春のお祝いや喜びに花の咲いた桜の枝が人々の手で折り取られていたらしい。

以下は「方丈記」からの引用です。蛇足ですが、鴨長明はその歌が新古今に十首も入集(にっしゅう)された歌人でもあり十二世紀後半から十三世紀初めにかけての方です。

「かへるさには、折につけつつ桜を狩り、紅葉(もみじ)をもとめ、わらびを折り、木の実を拾いて、かつは仏にたてまつり、かつは家づとにす」(帰り道は、季節に応じて、春なら桜の枝、秋なら紅葉(もみじ)の枝を手折り、ワラビを折ったり、木の実を拾ったりして、それらを仏前にも供え、土産にもする)

草庵に一人で住んでいた彼も、季節の折々には、出先からの帰り道に、ワラビを摘み木の実を拾い、そして桜や紅葉の枝を手折っていました。時間の範囲を控えめに言って九世紀の後半から十三世紀の前半くらいまでは、季節の手折りは、自然の草木と人との当時の関係が滲み出たとても自然な行為だったようです。

今年はなかったにしても、たいていは桜の樹の下の宴会で酔っ払って枝を折り取るオジサンやオニーサンという存在が登場しますが、自然保護にうるさいおばさんもそういうオジサンの行為に対して目くじらを立てることもないのかもしれません。

 


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2020年9月 2日 (水)

札幌のホップの実

札幌(およびその近郊)らしいお酒と言えばビールとウイスキーです――最近はワインも加わりましたが。

以前、「ミュンヘン、札幌、ミルウォーキー、うまいビールの合言葉」という記憶に残るテレビコマーシャルがありました。ドイツのミュンヘンは北緯48度にあり、札幌は北緯43度、米国のミルウォーキーも北緯43度に位置しているので、北緯45度前後で造られたビールは美味いということらしいです。それを否定する証拠もないので、とりあえずそうしておきます。しかし北緯45度あたりで醸造されたビールだけがうまいというわけではありません。サンフランシスコは北緯37度ですが、サンフランシスコのAnchor Steam Beer (アンカー・スチーム・ビア)はとても美味い。その濃い味が後を引きます。

さて北緯43度の札幌ですが、その中心部にある大通り公園では、夏から秋にかけて、いろいろな草花に混じって、ビールの味わいには不可欠なホップもいっしょにアーチに這わせて育てられています。下の写真は昨日のそのホップですが、すでに淡い緑の実がたくさんついているのがわかります。こういう風景を見ると、北緯45度前後の都市とビールの美味さを関連付けるというのはけっこう上手いやり方だったように思われます。

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札幌だと、ホップは自宅でも大丈夫です。ぼくもかつて夏の観葉植物として育てたことがあります。長く伸びていく蔓をどう這わせるかがやっかいですが、それとなんとか折り合いをつけると次の写真のような実がなってくれます。

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2020年8月31日 (月)

北海道は、2日間と少しだけ、突然の秋

一昨日の夕方から昨日までは「世間」は夏でしたが、北海道の気温はまったくの秋でした。この超短期の秋は今日も継続中です。ここで「世間」というのは北海道以外の日本の各地域という意味で、ぼくが勝手にそう使っただけですが、そういうことを表す北海道方言に「内地」というのがあります。

「本州と四国と九州」と同じ意味ですが、本州・四国・九州というのは面倒なので「内地」です。北海道の放送局は、さすがに、北海道以外の日本を「内地」とは言わずに「道外」と呼んでいるようですが、散髪屋などで、たとえば去年や一昨年だと、お店の人が東京観光に行ってきたことを「先週、内地に旅行に行ってきました」というように普通に使います。

北海道以外の日本を「内地」とすると、「外地」はどこか。日支事変(日中戦争)や太平洋戦争以前は台湾や樺太や旧満州などが「外地」だったようです。自分たちの住む土地のことを北海道の人はさすがに「外地」とは呼びませんが、「国土交通省 北海道開発局」というような表示板のある建物が札幌のゆったりとした敷地にあるのを見ると北海道には今でもわずかではあっても「外地」の香りが漂っています。

全国版の天気予報などで、台風が本州を北に抜けて(いくぶん弱くなったのが)北海道に上陸するような場合に、気象予報士が「台風は日本を抜けました」と(無意識に)発言する場合がしばしばあります。これを「内地・外地」で翻訳すると「台風は内地を抜け(よかったよかった)、北海道という外地に向かっています(だからもう気にならない」)。

さて、突然の秋について、です。土曜は昼間はエアコンなしでは辛い31℃くらいだったのが夕方から急激に20℃を下回り、天気予報だと外はそういう気温らしい、それでは、と窓を開けて風を通すと涼しい風が部屋を吹き抜けて半袖では寒いくらいになりました。突然の秋です。

その翌日の日曜日も「道内」は同じ秋が続きました。午後2時半の気温が15.9℃、午後7時が(予報とは違って)14℃。「内地」は暑い夏だった様子です。

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もっともこれくらいの(つまり14~15度くらいの)温度差は、冬は札幌が氷点下のときに東京が14~15℃ということと同じなので、わざわざ言い立てることではないのかもしれません。


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2020年8月27日 (木)

夏は暑くてヒトには辛くても野菜はよく育つ

夏はけっこう暑くても野菜がぐんぐん育つので、けっこう好きです。死にそうなほど暑い夏というのは札幌ではほとんど経験できないとしても――25℃を超えると暑くて死にそうだとこぼす北海道生まれの方も中にはいらっしゃいますが――非常に暑い夏の日というのは確かに存在します。そういう日はわりに長い時間エアコンのお世話になるので、その日は電気使用量が急に増え、お世話になっている電気供給会社から毎週届く「今週の電気ご使用量のお知らせ」メールにはその日の使用量が他の日とは違う色で表示されることになります。

さて、ルッコラの定点観察です。2枚の写真でBefore(上)/After(下)ですが、BeforeとAfterの間隔は29時間。上から撮った写真だと、違いがそれほど目立ちませんが、肉眼には、ちょうど子犬が毎日倍々に大きくなっていくのに似た生長をその29時間で達成しました。土も手入れしてあるとはいえ、夏の暑さと太陽の力はさすがです。

自宅菜園のバジルとルッコラが、小売店で購入したご近所大根といっしょになってサラダとして登場しました。ルッコラのピリッとした味わいがたまりません。食べごろの葉からせっせと食べる予定なので1週間と少しでなくなりそうですが、その間は贅沢を楽しめます。

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2020年8月25日 (火)

この夏最後のルッコラ

朝夕は風がけっこう冷たい日があっても、このところ札幌も間違いなく夏なので――札幌風味の夏だとしても――、大丈夫かなと不安だったルッコラも順調に育っています。この夏最後のルッコラです。

ルッコラは足が速いので、野菜売り場に並んでいるルッコラは、出会いの機会が少ないのですが、何となく元気がありません。だから市販のものはご近所野菜であっても、自家菜園の採りたてを野菜サラダの一部として食べる時のあのピリッとした味わいに欠けるようです。

あと数日待てば成長の早いのは食べごろになります。ルッコラのピリッはワサビや唐辛子みたいなものなので、野菜サラダを引き締めてくれます。

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2020年8月20日 (木)

桜狩り、サクランボ狩り、紅葉狩り

「狩る」とは、ぼくたちの間で継続されている意味は、一般的には、鳥や獣を追い出して捕えるということと、花や木を愛でるために探し求めることです。

「狩る」行事といえば、すぐに思いつくそのひとつは、「桃狩り」「サクランボ狩り」「梨狩り」「リンゴ狩り」などです。「狩る」ということなので実際に木の枝から採る、切り取るという作業が含まれるはずで、だから、ぼくたちは実際にそういう作業をして、出向いたその場(果樹園など)で季節の果実のいくぶんかを味わうのが恒例になっています。

もうひとつの「狩る」は、「桜狩り」、「紅葉(もみじ)狩り」などで、現在の上品な辞書的な意味は「桜花を訪ね歩いて鑑賞すること」あるいは「山野に紅葉をたずねて鑑賞すること」ですが、「狩る」という語を含むので、今よりも人の数も少なくてもっとおおらかな時代には、人びとは、たとえば、桜の枝を折り取り、髪にさしてのどかに遊びたわむれたのでしょう。桜が舞い落ちる毛氈(もうせん)や茣蓙(ござ)の上で、桜の簪(かんざし)の女性を相手にお酒でいい気分になっている花見客の姿も容易に想像できます。

「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」は、折り取られた桜の花枝がそのあたりを歩く(あるいはそのあたりで舞う)人たちの頭髪や帽子(冠)にさされたのがたくさん見られたほうが背景としてはいちばん感じが出ます。もっとも最近は、自宅の庭の桜以外でそんなことをすると少々ややこしいことになってしまう恐れもありますが。

秋は、桜ではなく、紅葉(色づいた「楓」)の葉や小枝を髪や帽子にさすことになります。その場合、どんな歌が似合うでしょうか。色づいていない下の写真の様な「楓(かえで)」を一葉、散歩の途中で隣を歩いている人の帽子に飾るというのも、のどかでいいかもしれません。「世の中にたえて楓のなかりせば秋の心はのどけからまし」。

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2020年8月 5日 (水)

夏野菜はけっこうな量の生ゴミになるとしても・・・

もし、ニンジンや大根を葉がついた状態で一般の小売店で売っていたら、売る側はそれ用の売り場面積が広くなり過ぎて困るし、消費者側も食べない部分や食べられない箇所のゴミ処理が大変です。だから、根菜類は、消費を一部とする流通面への配慮からたいていは葉を落とした状態で販売しています。

しかし、夏の野菜は、それでもゴミになります。

カリフラワーやブロッコリーは葉を取り除いた状態で店頭に並びますが、とくにブロッコリーは出荷時に取り除いた葉の茎が「つぼみ(花蕾)」にいっぱいついているので、切り取ったそれがけっこうな量の生ゴミになります。

もっとたいへんなのがトウモロコシ。食べた後の、あるいは調理後のトウモロコシの芯は、ゴミにする以外の用途はありません。これもけっこうな量の生ゴミになります。

それから北海道ではトウモロコシは、一部のデパ地下売り場を除いては、あるいは一部の親切な農家を除いては、黄色い(あるいは白い)実が売り場に並ぶことはありません。緑の皮のついた状態のトウモロコシが大きな籠(かご)といっしょに並びます。籠?

その日のトウモロコシを家族の人数分だけバラで買っていくお客向けに、大きな籠が床に置かれています。黄色い(あるいは白い、あるいは黄色と白が入り混じった)トウモロコシの実が薄皮で包まれているあたりまで外側の緑の皮を剥き、剥いた緑や薄緑の皮は皮ゴミ用として用意されているその籠に捨てます。それがお金を払う前の消費者の作業です。同じ作業を自宅でやると台所のゴミ箱はトウモロコシの皮ですぐに溢れてしまう。小売店の配慮です。

皮付きのまま持ち帰っても問題ありません。夏休みの家庭教育にはその方がいいかもしれません。小さいお子さんといっしょに何重もの緑の皮を剥いでいく。いっしょに皮を剥いだトウモロコシを蒸していっしょに食べる。しかし今年は、新型コロナ対応のために、店内で剥くよりも皮付きを持ち帰って自宅で剥くほうを選ぶ消費者が増えていると思います。だから北海道の家庭では今年の夏はトウモロコシの芯に緑の皮も加わるので、例年よりも生ゴミにおけるトウモロコシの度合いが確実に増えるはずです。

トウモロコシはけっこうなゴミになるとしても、トウモロコシご飯はその軽い甘みもあってなかなかのものです。グリーンピースご飯の穏やかな上品さにはかなわないにしても。

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2020年8月 3日 (月)

来年の梅干し(梅の天日干し)のためのメモ

今年の梅の土用干しを7月30日から8月2日の4日間のなかの3日間で実施すればもっと出来のいい梅干しができたかもしれません。「出来」とは、赤の染まり具合と干しの具合、に関してです。で、来年の土用干しのためのメモです。

去年(2019年)の土用干しが終了したのは7月30日でしたが(関連記事は「梅の天日干しは三日間で無事に完了」、および「我が家の梅干しの年間生産個数と年間消費個数」)、今年(2020年)は7月19日に完了しました(関連記事は「梅干し作り④、梅の土用干し(2020年度))。理由は「土用の入りは7月19日ですが、天気予報などから、7月17日からの3日間が梅の天日干し(土用干し)には最適だと判断」したからです。

しかし7月17日から7月19日の3日間と、7月30日から8月2日の4日間までの3日間を比較すると、その判断はどうも最適ではなかったようです。後者の土用干し適性度合いを100とすると、前者の適性度合いは92~93くらいだと思います。

理由は二つあって、ひとつは「気温と陽光」、もうひとつは「赤紫蘇による染まり具合」。

陽光は両者に差はなかったとしても、気温は5度くらい違いました。前者の日中最高気温は25~26℃、後者は29~31℃。前者の3日間が「夏を強く感じさせた」のに対して、後者の4日間は「まさに夏」という感じでした。「まさに夏」のほうが梅の天日干しにはより向いています。

前者と後者では梅が赤梅酢(赤紫蘇で赤に染まった白梅酢)に浸かっている日数に10日間以上の差ができます。今年の梅もきれいな赤に染まりましたが、あと10日間長く浸けておけばより深みのある赤になったかもしれません。そういうコメントが配偶者から出ました。

土用は年に4回あり、立春、立夏、立秋、立冬の前の18日間を土用と呼んでいます。土用は一般的には(つまり現在は)立秋前の18日間の夏土用を指すので、2020年だと、入りが7月19日、そして最終日が、立秋である8月7日の前日の8月6日です。次の季節へ移る前の調整期間・準備期間ということです(だから、8月6日は節分――季節を分ける――です)。それから夏の土用の期間を暑中と呼び、夏の土用は暑中見舞いを出す時期でもあります(最近はハガキの暑中見舞いはめっきり少なくなりましたが)。

梅の土用干しは、暑中見舞いの時期になってからゆっくりとしたほうがどうもよさそうです。

以下は後で8月5日に追加。

8月3日は爽やかな天気。しかし、4日はずっとぐずつき夜は雨、5日も午前中は雨模様。7月30日から8月3日までの5日間のうちの3日間を逃していたらうまく行かなかった。土用干し期間の選択はけっこう難しい。


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