塩・味噌・醤油・酢

2021年2月 8日 (月)

令和3年の味噌作り(寒仕込み)

今年は新型コロナの影響で普段の行動のタイミングがいささか狂っているせいか、味噌づくりへの取り組みもやや遅れたのですが、先週末から開始しました。毎年この時期に作らないと落ち着きません。一月下旬からの味噌の寒仕込み、7月下旬の梅干し作り、10月下旬に始めるタクアン作り、この三つは各々こなしていかないとそれぞれの季節との折り合いがつきません。

味噌は材料は「大豆」と「麹」と「塩」があれば大丈夫です。道具は、「鍋」と「ミンサー」と「甕」があれば作れます。それからアルコール度数が40度を超える強い焼酎を忘れてはいけません。強い焼酎は容器や道具の雑菌消毒に使います。地味ですが必需品です。

我が家では「大豆」と「麹」と「塩」の割合が「1 : 1: 0.45」なので、今年も

・「大豆」(北海道産の無農薬栽培大豆を4㎏)
・「麹」(島根産の「有機玄米麹」を4㎏。今年は米麹ではなく玄米麹にしました、だから出来上がるのは米味噌ではなく玄米味噌ということになります)
・「塩」(塩は自然海塩です。大豆1㎏に対して450gなので、全部で1.8㎏)

をそれぞれ用意(手配)しました。塩は1.8㎏というわけにはいかないので2kg。

ただし、我が家の一日の処理能力(生産能力)は鍋などの関係で大豆2㎏なので、二日にわけて(つまり二日連続で)味噌作りに取り組みます。

よく水洗いした大豆を「前の晩から」半日、底の深い大鍋で十分に水に浸しておくのですが、それが下の写真。左の鍋に1kgの大豆、右の鍋(蓋が透明)にも1kgの大豆が浸っています。これが我が家の一日当たりの最大生産能力です。

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そのあとの工程は簡単にまとめると次の通り。難しくはない。黙々と二人で(配偶者と僕)工程通りに実行するだけです。やり始めると、年に一度の作業であるにもかかわらず、手と身体が勝手に動きます。

・(前の晩から半日)水に浸してあった大豆を柔らかくなるまで、吹きこぼれに注意し、アクを丁寧に取り除きながら、煮る(プロは大豆を蒸しますが、一般家庭では量が多い場合は蒸すという作業は難しいので煮ます)。

【蛇足的な註】大豆のタンパク質は、たとえば小豆などと比べるとネバネバと粘着質なので、鍋などの器具のあと始末が大変である。

・熱で柔らかくなった大豆を電動ミンサーにかけてミンチにする。ミンサーは必要箇所を焼酎で丁寧に消毒(この工程は電動ミンサーがないと辛い)。

・玄米麹と塩を、大きなボールなどできれいに混ぜ合わせたのを別途並行して用意しておく。これを一般に「麹の塩切り」と呼んでいる。ただし塩は「塩切り」で全部を使うのではなく一部分を後の工程のためにとっておく。

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・ミンチした大豆を、麹菌が活発に活動できる50℃くらいまで冷ます。熱すぎると麹菌が死んでしまうので注意。

・50℃くらいまで冷えたその大豆と、塩切りした玄米麹をしっかりと混ぜ合わせる

・混ぜ合わせたものをテニスボール大に丸める。これを「味噌玉」という。

・焼酎で雑菌消毒した甕(実際は一斗容量の業務用ホーロー容器)に、「味噌玉」を次々に作って、それを野球の要領で投げ入れる。こうすると味噌玉の中や隙間に空気が混じらないので雑菌の混入防止になる。配偶者が味噌玉を作りぼくが投げ入れると、作業が円滑にすすむ。

・味噌玉を投げ入れると段々とその嵩が増してくる。投げ入れ終わったら、全体を手で平らに整える。

・「塩切り」のときに残しておいた塩をその上に薄くかぶせ(とくに周辺部を丁寧に)、大きめに切った幅広のよく干した羅臼昆布を塩の上に敷く(干し昆布を敷くのは北陸地方の伝統で我が家でも数年前からそうし始めた。そうすると昆布の風味も楽しめるし、味噌が熟成した時に昆布の漬物風ができ上がる。小さく切ると昆布の朝ごはんの佃煮だし、おにぎりの具としても活躍する)。ただし丁寧に天日干しされた(あるいは蔵囲いされた)昆布が準備できないときは上に敷くのはポリエチレン・ラップでよい。

・重石をかける。我が家では、常滑焼の中蓋(けっこう重い)を重石にしている。

・上蓋をする

・大きめのポストイットに、大豆の投入量や麹の種類、仕込み年月日などを書き、上蓋に貼り付けてる。「天地返し」日付を書く欄を開けておく。

・埃(ほこり)予防のために、ホーロー容器全体をポリ袋で覆うか、あるいは出来の良いシャワーキャップ(食品工場やキノコ栽培工場の工場見学で見学者が頭にかぶるシャワーキャップが丈夫で手に入りやすい)で上蓋あたりをすっぽりと覆う。

ここまでが「仕込み」の作業です。

「寒仕込み」から半年くらい経った頃に「天地返し」を行います。

・「天地返し」とは、甕で発酵中の味噌の天(上)と地(下)をかき混ぜて甕全体の発酵状態を平準化する(発酵に偏りが出ないようにする)ことです。ただし、大きな甕の中で天地返しを完結するのは素人には困難なので、我が家では一斗樽(一斗のホーロー容器)の中身を複数のより小さな常滑焼の甕に移し替える作業が、すなわち天地返しになります。そのときに最初の半年間の発酵具合を確認します。

                  Photo_20210208124001

・天地返しまでは、味噌は暗冷所で静かに寝かせます(熟成させます)。

 


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2021年1月19日 (火)

橙(ダイダイ)はポン酢でもお菓子でも何でも活躍

知り合いから季節の挨拶を兼ねて「橙(ダイダイ)」が送られてきました。無農薬・無肥料栽培のダイダイです。ありがたく頂戴しました。果汁はポン酢に、ペクチンを含むところの皮と果汁はマーマレードに仕立てます。

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まずポン酢を作ります。ポン酢というと「柚子(ユズ)」が定番ということになっていますが、ユズでもスダチでもダイダイでもかまわない。ユズの収穫量が他の二つに比べて圧倒的に多いので(数倍から数十倍)デフォになったというわけです。ポン酢を作ると大量に(つまり、果汁と同量の)醤油を消費します。主婦は醤油の在庫管理が大変です。

ダイダイの皮に果汁と砂糖を加え、甘さを抑えたダイダイ・マーマレードを作るとそのマーマレードの持つ苦味がたまらない。世の中にはそういう大人の苦味が苦手な方もいらっしゃいますが、もったいないことです。(【蛇足】夏ミカンやオレンジなどの柑橘類の皮をジャムにしたものをマーマレードと呼んでいます。)

そのマーマレードを使ったタルトやパウンドケーキをいくつか焼いてその一部をお礼にお送りする予定です。


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2020年11月13日 (金)

コロナで人の波が急速に引いてしまった繁華街と、刺身

コロナ、大丈夫ですか?」の続きです。

どうしてもうまい刺身が食べたくなり、でも、飲食店をやっている方々には申し訳ないのですが、そういうお店での飲食は個人的には当分は対象外なので、刺身なら刺身用のさく(柵)や丸もの(を捌いてもらったの)を、対面販売の魚屋で控えめな会話をしながら購入して自宅で食べることになります。大通り公園近くのデパ地下の魚売り場に向かいました。

買ったのは、津軽海峡で獲れた「鮪」(マグロ)のさくと福岡の「鯛」(タイ)のさく、地元の「目抜き」のさく、それから丸ものであるところの屋久島産の「首折れ鯖(サバ)」。

「この鯖は刺身がおいしいですよ、今日いちばんのお勧めです」
「締めても大丈夫?」
「刺身がお勧めですが、締めるなら5分ずつですね、長くても10分」
 塩を摺り込んで5分締め、そのあと酢で5分締めるという意味です。

【註】首折れ鯖とはゴマサバの首を折って血抜きすることで鮮度を保つ屋久島漁師の技法、およびそうやって処理された屋久島産のゴマサバのことです。「首折り」作業の結果、足の早い鯖(サバ)がプリプリとした食感の刺身で食べられることになりました。明治時代に屋久島で生まれた手法です。

鯖は三枚におろしてもらい、晩ごはんは、四種の刺身の盛り合わせでした。二日に分けて食べるとしても外食に出費しない分だけ結構な贅沢です。とくに「首折れ鯖」は初日は刺身でその薄赤色の弾力性を味わい、二日目以降は締め鯖として締めた魚の別の生(なま)の味わいを堪能します。

地下に降りてくる前の一階の化粧品売り場で顕著に気づいたことですが、おそらくは11月に入ってからの札幌(や北海道)の新型コロナ感染者の新規感染者の急増が理由で、勤め帰りの女性でにぎわうはすの夕方の売り場は、雪まつりの直後の第一波を彷彿させる感じで、閑散としています。販売員の女性が手持無沙汰な感じで持ち場に立っている。

魚売り場ではお店の人と少なめにゆっくりと会話しながらじっくりと商品を吟味できましたが、繁華街の中心部であるところのその近隣の地上からは人の波は引きつつある様子です。


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2020年11月11日 (水)

戸外でタクアンを発酵中

19リットル(約一斗)のホーロー容器に詰め込まれ、そのホーロー容器がまたゴミ対策と寒さ対策を兼ねたクーラーボックスに入り、タクアンは実際には以下のような感じでゴールデンウィーク明けまで発酵を続けます。

最初の一本を取り出し、そして食べ始めるのは1月末か2月初旬からで、取り出し終わるのはゴールデンウィーク開けです。タクアンを発酵させながら上から順に取り出して食べていきます。それより長く発酵させ続けるとやや酸っぱくなるので最後の数本は糠を付けたままを一本ごとに真空パックして冷蔵庫で貯蔵します。全部を食べ終わるのは6月半ば、という予定です。

手前味噌の味噌汁と同様、朝ごはんの必需品です。

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             夕方のクーラーボックス


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2020年11月 9日 (月)

漬け込んだ大根が発酵し始めた

天日干しした大根は11月4日に漬け込んだあと、発酵が順調に進行していることが確認できるまでは、家の中の北側の部屋の一画に置いておきます。

発酵中の匂いが部屋に漏れないように大きなポリ袋で覆って留めてありますが、それでも2日ほど経ったころからは発酵中の香りが容器のまわりに微かに漂い始めます。念のため、ポリ袋を外し、容器の蓋を取って重しの隙間から発酵の具合を糠(ぬか)の色や香りで確かめますが、少し緊張して同時にわくわくする瞬間です。

順調に発酵が進んでいます。あと2日ほどそのままにしておいて、天気の良い日に戸外の雨や雪の降り込まないあたりに出し発酵を続けてもらいます。

このままの格好で外に出すのではなく、ゴミ防止と、それからこちらの方がより重要ですが寒冷気候対策に――氷点下の冷気で凍るといけないのでその対策に――写真のような大型(45リットル)キャンプ用クーラーボックスの中に入れておきます。

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2020年11月 5日 (木)

天日干しした大根でタクアン作り、2020年 秋

札幌は急に初雪になりそうだったので――実際にそうなりましたが――、天日干しの完了を当初の予定より一日繰り上げました。最も遅れて干したものも「へ」の字や「く」の字の状態になっています。大根は凍えるととたんに味が落ちるのでそのための対応策です。

さて、タクアン作りに必要なものは、十分に天日干しした大根、塩、米糠(こめぬか)、米麹(こめこうじ)、鷹の爪、そして、漬け込み容器の一斗樽(いっとだる、我が家では19リットル入りの業務用ホーロー容器を利用)です。

今年は25本の大根の乾燥重量合計が12.5kgでした。乾燥重量に応じてそれぞれの素材の使用量を決定します。

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           天日干しが完了した25本の大根

・大根:  25本の乾燥重量合計が12.5kg
・塩:    乾燥重量合計の4%で500g
・米糠:  乾燥重量合計の20%で2.5kg
・米麹:  200g(これは細かい重量比例計算はしない、市販の麹の一袋が普通は200gなのでそれを全部使う)
・鷹の爪: 掌(てのひら)いっぱいくらい(カビるのを避けるため、ヘタは切り取りタネも取り除く)

塩と米麹(こめこうじ)と米糠(こめぬか)と赤い鷹の爪をいっしょに混ぜ合わせ薄茶の粉を作っておきます。この準備がないと漬け込み工程(この薄茶の粉で干した大根をサンドイッチ状態にする)に着手できません。最後に使う日本酒(純米酒)も同時に用意しておきます。日本酒は発酵の呼び水として使います。

大根を、薄茶色の粉でサンドイッチにするように一層ずつ、一斗樽(19リットルのホーロー容器)に隙間なく詰めていくと、複数の大根の層ができあがります。大きいのを下に、が原則ですが、大きさにバラツキがあるので隙間なく詰めるためには知恵も必要です。

一番上にかぶせる薄茶の粉は多めにするのがコツです。

詰め終わったら――それから途中でも必要に応じて――大根の上に大きなポリ袋かなんかを敷き、足のサイズが容器に対して余裕のある配偶者がその上に立ち、足で踏み固めて、全体を落ち着かせます。配偶者は年に一度のこの作業が大好きです(だと思います)。

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大根は乾燥して「へ」や「く」の形になったといっても水分は残っているので、重石をかけておけば、全体が湿ってきて徐々に発酵が始まりますが、その呼び水として日本酒を利用します。少量(0.5合くらい)を上からムラなく注いで表面をしっとりとさせる。数日間室内に置き、発酵が順調に推移していることが確認できたら戸外に出し、食べ終わるまではずっと戸外のままです。

最初の2~3本を取り出すのは来年の1月末。徐々に食べ続け、最後の数本を取り出すのはゴールデンウィーク明けあたりです。それ以上発酵を続けると酸っぱくなってしまいます。途中の取り出しでも最後のロットでもすぐに食べないのは、糠のついたままを真空パックして冷蔵庫に収納しておきます。25本を全部食べ終わるのはおそらく6月に入ってからです。

漬け物としては、タクアンがいちばんの優れものかもしれません。

 


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2020年11月 2日 (月)

タクアン作りの準備としての大根の天日干し 2020年、秋

今年の10月下旬は晴れの中に弱い細い雨が間欠的に交じる感じで、大根の天日干しに最適とは言えない状況ですが、それなりに陽の光を浴びているので良しとします。雨のために室内退避をさせたのは、干し始め二日目の早朝から夕方までです。あとはベランダの壁際で大丈夫でした。

近所の小売店ではタクアン向きの大きさの大根をまとめて――大根といっても青首大根しか手にはいりません――、しかしまとめてといっても二十数本を一度には買えないので、適性サイズを5~8本ずつ4回に分けて購入しました。天日干し日数にバラツキが出ますが、それは仕方ない。妥協します。今年の大根は全部で25本です。本数は去年より少ない。

10日間ほど干すと、大根は「く」の字や「へ」の字に撓(たわ)むくらいに乾燥します。写真は天日干し中の大根で、いちばん長いのは10日目、短いのは7日目です。全部を10日以上干したら今年の天日干しは完了とします。

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         《天日干し中の青首大根 25本》

タクアン作りに必要なものは、漬け込み容器の一斗樽(いっとだる、我が家では19リットル入りの業務用ホーロー容器を利用)、天日干しした大根、塩、米糠(こめぬか)、米麹(こめこうじ)、そして、鷹の爪です。


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2020年10月28日 (水)

我が家では米麹は一年を通して使います

下の写真は、それぞれが北海道産米が原料の米麹(こめこうじ)で、おのおののパックの米麹の量は200gです。我が家の米麹の年間消費量は、200gパックで60個から70個。味噌の寒仕込みの時期などは若干のスパイク消費が発生するとしても、年間を通して同じような量を使い続けます。

200g

何に使うのかというと、

・たくあん
・赤味噌
・白味噌
・塩麹
・醤油麹
・べったら漬け(そのための甘酒)
・甘酒(甘酒として賞味する、甘酒は夏の季語)

などです。

写真の麹は生麹(なまこうじ)ではなくて乾燥麹ですが、それでも賞味期限は製造後3カ月くらいです。一般消費者向け・家庭向けの麹は、生産者は、冬の漬物の時期に合わせて秋に集中的に製造し販売するので、その時期にまとめ買いを逸するとあとで苦労します――特定生産者のものを小売店で細々とは入手できるにせよ、それでは足りないことも多い。だから、その時期に箱の単位で購入することにしています。我が家の場合だと、30パック入りを2箱と、それからバラで10パックくらいまとめて。

3カ月の賞味期限に対処するには、米麹パックは冷凍庫保管です。冷凍庫保管しておくと、米麹は品質を維持したまま、一年間の家庭消費需要をまかなえます。


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2020年10月22日 (木)

味噌味昆布の佃煮風

毎年の味噌づくりの最後の工程の一部は以下のような具合です。

●とっておいた塩を薄くかぶせ――とくに周辺を丁寧に――、大きめに切った幅広の干した羅臼昆布をその上に敷く。干し昆布を敷くのは、北陸地方の智恵。それを拝借。こうするとカビない。昆布の風味も楽しめる。ただし、丁寧に乾燥させた北陸物の干し昆布でなくて、別の産地の干しの甘いものだとカビる恐れがある。

●重石をかける。我が家では、常滑焼の中蓋を重石にしている。写真のよりももっと直径の大きいものがいいのだが、写真の年は大きいのは他ですべて使用中だったのでそのサイズで暫定的に妥協。ただし、途中の天地返しのときに当該容器よりは小ぶりな複数の常滑焼の甕に発酵中の味噌を移し替えるので、それ以降の重石のサイズはちょうどよくなる。

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天地返しを中に挟んで二年ほど寝かせて置いた味噌を使い終わる際に、味噌のカバーにしてあった昆布を取り出して小さい正方形に切ると下のような、味噌味昆布の佃煮風ができ上がります。

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いちばんよく使うのはおにぎりの具ですが、朝食の佃煮代わりでもいいし、燗にした日本酒の「つまみ」「あて」としても重宝です。

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2020年9月25日 (金)

大豆雑感

地元産の良質な大豆が簡単に手に入るので、味噌作りは我が家では特別なものではありません。寒い時期の年に一度の作業である赤味噌作りも、必要に応じて料理用に少量をときどき作る白味噌作りも日常の光景のひとつです。

大豆が中国で栽培され始めたのは紀元前30世紀だそうです。そんな記録があるらしい。しかし、固有の毒性から大豆は、2000年間は、食用の対象ではありませんでした。大豆が食材になるのは、誰かが大豆を発酵させて食べることを考えついた紀元前11世紀からです。紀元前11世紀は華北を統一した周王朝の時代ですが、紀元前30世紀は殷王朝が成立するはるか以前なので、だれがそんな食べにくいものをわざわざ栽培し始めたのかよくわからない。儀式にでも使っていたのでしょうか。

例えばゴボウのように強いアクをもった根菜類のアク抜き方法と調理方法を開発してなんとかそれをおいしく食べ始めるというのもそうですが、食べることに関しては、たとえば発酵といった高度なアク抜き・毒素抜き調理方法の「ブレイクスルー」が世界の複数地域で誕生しました。そのおかげで、21世紀の我が家でも北海道産の大豆を使った自家製味噌を作り続けることができるし、おいしい地元産の納豆を手軽に口にすることができるわけです。

大豆はそのままでは毒なので、東アジア(たとえば日本)の人たちは、未成熟の種子を枝豆として食べたり、成熟した種子を煮物にしたり、あるいはもっと時間をかけて加工したり発酵させたりして食べものとして長い間つき合ってきました。大豆を加工し発酵させると、豆腐、湯葉、厚揚げ、豆乳、味噌、醤油、納豆などが出来上がります。インドネシア発祥のテンペという固めた乾燥納豆みたいな発酵食品も人気があります。

大豆の「近代的な」使われ方が始まったのは1908年の英国で、大豆油は石鹸に、油粕は家畜の餌に利用され始めました。そういう大豆利用の西洋風パラダイムが世界に拡大したのは1942年以降で、それが主産地とビジネスの中心地を米国に替え、生産性の高い遺伝子組み換え品種が開発・投入されて、現在に至ります。

 


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