情報処理

2020年9月15日 (火)

久しぶりにオーディオコーナーでスピーカーの視聴

先週末に、あるお店のオーディオコーナーでスピーカーの視聴をしてきました。視聴したのはネットワークスピーカーと呼ばれているタイプです。実際に音を感じてその音の流れを浴びてみないとそのスピーカーの音の塩梅が実感できません。で、好きな音楽を選択的に保存してあるところのスマートフォンを持参していくつかの製品を視聴です。

先日「従来タイプのステレオスピーカーは若い人には絶滅危惧種?」で次のように書きました。

「最近人気のワイアレススピーカーというのかネットワークスピーカーというのかについてざっと調べてみました。音に対するニーズの変化がなんとなくわかりましたが、提供される音そのものの質が変わったとも思われません。凄く割り切った書き方をすると、ワイアレススピーカーを利用して家庭内のいろいろな場所でスマートフォンやテレビを媒体に室内に心地よく拡がる音を楽しみたいので、別にステレオである必要はない、モノラルでも構わない、ということみたいです。もちろん、ステレオ仕立てのワイアレススピーカーもありますが。」

それはネットや雑誌などで調べた情報で、自分の耳で感じたものではないので、実際のネットワークスピーカーなるものが出す音に、つまりそのライブ感(たとえば、すぐ目の前で人が歌い、すぐその隣でピアノの音がその声に絡む)に自分の耳がどう反応するか、それを確かめたい。勝手に視聴できるのはBluetooth経由という環境に限定されますが仕方ありません。

モノラル仕立てのものは、どうハードウェアとソフトウェアの音響技術を駆使してサラウンドスピーカー風に仕立てようと、やっぱりそういう種類の音でしかないようです。ぼく向きではない。あるいはその場で一緒に音を聴いた配偶者向きでもない。ステレオ仕立てのものにはそれなりに心を動かされるの音を出す(出しているらしい)ものが二つほどありましたが・・・。

そういうネットワークスピーカー環境が今までの音と比べてアップサイジングになる人にとってはモノラルであっても低音の豊かなスピーカーになり、その環境が相当なダウンサイジングになる人にとっては、その製品の物理的な大きさなども考慮してどこでその音と妥協するかが問題になる、ということのようです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年9月 7日 (月)

天気予報用語に関する違和感のことなど

自然災害は人為的には抑制できないので災害をもたらす大きな台風などはないに越したことはないのだけれど、気象庁担当者や気象予報士が近頃頻繁に使う「『観測史上最大の』風速」という類の表現の意味というか、そういう曖昧な表現を使う意図がよくわからない。

災害回避について国民の注意を喚起するために大げさな言葉を使いたいというのならわからなくもないのですが、なら、もう少し具体的な年数で表現して欲しい気がします。もっともそういう予報の中では、過去のいくつかの「最大風速」事例も紹介してくれるので、観測史上というのはここ数十年のことらしいというのはその結果としてわかります。

気象庁担当者や気象予報士の口調からは、「観測史上最大の」が「過去1000年間で最大の」ということはあり得そうもないので、そうなら気象台(ないしその前身機関)が明治5年(1872年)に函館で発足して以来なら例えば150年、地域によって気象台(や、その前身機能)の設置時期は違うのでその地域で観測が始まって50年なら50年間で最大のと言えば、ひとは比較対象をそれなりに想定できるのでよりわかりやすいのに、と思ってしまいます。それが年寄りの「生まれてからそんなことは経験したことはない、従って今回もあり得ない」という思い込みに陥る欠点はあるにしても。

日本で文字が使われた歴史を背景尺度にするのなら50年や100年は一瞬ではないししても、地球や日本のマクロな気象変化を言うなら50年や100年は一瞬です。その一瞬がどの程度の範囲や長さの一瞬なのか、「観測史上最大」ではよくわからない。

こういう物わかりの悪い国民の気持ちが届いたのか、直近(9月5日)の気象庁と国土交通省の台風10号に関する記者会見では「(南九州の)これらの河川では、おおむね100年に1度の雨量を想定した河川整備計画を進めていますが、7日正午までの24時間雨量の見通しでは、多いところでこの計画を上回る雨量が予想されています」とメッセージに「年数」が入ってきました。しかし「100年に1度の雨量を上回る雨量」という表現も街頭政治演説みたいでよくわからない。

「国交省や気象庁が各地域や河川流域で想定している24時間最大雨量を超える雨量が今回の台風では予想される」ということなら、それぞれの危険地域の想定雨量と予想雨量を明示しながらそう説明してもらうと少なくとも僕は理解しやすい。それから「(令和2年の時点で現在生きている日本人が)経験したことのないような大雨が予想され、河川の越水が十分考えられる」というような説明も「観測史上最大の」よりは理解しやすい。

40万年前に遡れば、地球の気温は10万年ごとの周期で同じような形の波――気温はある値(あとでこれを平均値と名付けるとして)から4度程度上昇して偏差がプラス4度になり、またそこから8度くらいぐんと下降して平均値からの偏差がマイナス4度になるという形の波――を形成していますが、それも地球物理学者の観測値ではあるのでそこまで遡る観測値というのもあり得ます。風速や雨量にもあるいは同じような代替観測値が存在しているかもしれません。

現在の地球は温暖の頂点(ないしそれに近いところ)にいるようです。風速や雨量をはじめ「異常気象」なるものの原因説明に困るといささか便利なので「地球温暖化現象」に逃げ込む気象予報士のかたもいらっしゃいますが、気温が頂点にいるということはこれから下がり始める可能性がとても高いということなので、寒冷化や氷河期への突入が嫌いなぼくとしては、カーブの反転は望みません。

40_20200904091801


人気ブログランキングへ

 

| | コメント (0)

2020年9月 1日 (火)

「徒然草」は、今風に言えば、「出家おじさんブログ」

「徒然草」は全部で二百四十三段なので、一日一段で二百四十三日で終了というのでなくても、長いのは三日ほどかけて書くかもしれないし、休みの日もおそらくあるので、今様に云えば、十四世紀の前半の半ばくらいに(詳細ははっきりしないにしても)、一年くらいかけて書き続けられた人気の高い「出家おじさんブログ」ということになるかもしれません。

「徒然草」は、現在も国語教科書の定番だそうです。下の写真はあるウェブサイトでお借りした「中2国語」教科書の中の関連ページです(写真の引用についてはこの場を借りてお礼申し上げます)。

2_20200831102001

おじさんも年齢を重ねるといろいろと理由はあるにせよ、出家していてもいなくても、今よりも昔のほうにより大きな価値と深い美しさを見るようになるようです。徒然草にもそういう例は少なくありません。たとえば

* 「この比(ごろ)の歌は、一ふしをかしく言ひかなへたりと見ゆるはあれど、古き歌どものやうに、いかにぞや、ことばの外(ほか)に、あはれに、けしきおぼゆるはなし」(この頃の歌には面白く言い得ていると見えるものはあるが、昔の歌などのように、言外に情趣深く余情を感じるものはない。)(第十四段)

* 「なに事(ごと)も、古き世のみぞしたはしき。今様(いまやう)は無下(むげ)にいやしくこそなりゆくめれ。かの木の道のたくみの造れる、うつくしき器物(うつはもの)も、古代の姿こそをかしと見ゆれ」(何事でもすべて古い時代ばかりが懐かしく思われる。今の世は何とも言いようのないほど下品になっていくようだ。あの木工の造った美しい器物も、古風な姿のものがすばらしいと思われる。)(第二十二段)

* 「そのうつはもの、昔の人に及ばず」(今の人は、その器量が昔の人にかなわない)(第五十八段)

とかです。

中学や高校の教科書に載るというのは世間や教育界で高い評価が定着しているということになりますが、小林秀雄は教科書や参考書の解説とはずいぶんと違う意味合いで「徒然草」を褒め、本居宣長は、兼好法師のもののあわれの理解はいかがなものかと批判的です。

小林秀雄の著作からその部分を引用すると

「兼好は誰にも似てゐない。・・(中略)・・文章も比類のない名文であって、よく言われる枕草子との類似なぞもほんの見掛けだけの事で、あの正確な鋭利な文体は稀有のものだ。一見さうは見えないのは、彼が名工だからである。『よき細工は、少し鈍き刀を使ふ、といふ。妙観が刀は、いたく立たず』、彼は利き過ぎる腕と鈍い刀の必要とを痛感してゐる自分の事を言ってゐるのである。物が見え過ぎる眼を如何に御したらいいか、これが徒然草の文体の精髄である。」(「徒然草」)

と静かに歯切れよく称賛しているのに対し、本居宣長は

「けんかうほうしがつれづれ草に、花はさかりに、月はくまなきのみ見る物かはとかいへるは、いかにぞや。・・(中略)・・さるを、かのほうしがいへるごとくなるは、人の心にさかひたる、後の世のさかしら心の、つくり風流(ミヤビ)にして、まことのみやびごゝろにはあらず、かのほうしがいへる言ども、此のたぐひ多し、皆同じ事也」(「玉勝間」)

と相当に辛口です

日本文化の中で自分の気に入ったところをとくに取り上げて誉め、自分の気に入らないところを集中してけなす、ということかもしれないにしても、小林秀雄と本居宣長の二人の美意識の違いには興味深いものがあります。

そのことに関連して、山崎正之の《「古事記伝」私考》に次のような一節があります。二人の好みの差(というか、共感や理解のしかたの差)が徒然草の評価にも反映されているようです。

《かつて小林秀雄氏が折口信夫博士を訪ねての帰り、大森駅まで送られて来たときにいきなり博士に「小林さん、本居さんはね、やはり源氏ですよ、では、さよなら」と言われたという。

このことについて山本健吉氏は、

宣長の美意識の中心には、王朝文学、ことに源氏物語がどっかと腰をおろしていた。それは古事記的なるものよりも、宣長の心の奥深く根づいている。彼の古事記伝には、ややともすると源氏によって養われた美意識、言語感覚が顔を出す。いや、あまりにしばしば顔を出す。そのことを言おうとされたのであろう。そして、彼の古道意識よりも、「もののあはれ観」の方が、宣長を知る人に大事な命題であることを言おうとされたのであろう。

と記している。》

 


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年8月 7日 (金)

修理先が見つかってひと安心

あるジャズCDを聴こうとしたところ、左側のスピーカーから音が出ません。どうしたのか。壊れたか。そのスピーカーは20年間使い続けてきたステレオ装置の一部で、当然スピーカーも20年間我が家で音を出し続けてきました。電源が内蔵してあるというやや特殊な作りの北欧産のスピーカーです。

電源は生きている。それは赤いLED表示で確認できます。音が出ないということはスピーカーの故障か、あるいは確率はとても低いけれど本体とスピーカーを繋ぐ接続ケーブルの損傷のどちらかです。接続ケーブルは左右を入れ替えても同じ症状が出るので、スピーカーそのものの故障だと判断しました。

CDをセットする本体がスイッチオン状態になるとスピーカーもスイッチオン状態になり、それは緑のLED表示でわかります。右側スピーカーはLEDが緑になり音声出力が確認できますが、左側はそうならない。LEDは緑色にならないし、従って無音のままです。

こういう製造中止になってそれなりの年数を経た音響電気製品はたいていは修理部品も残っていないので、メーカールートや主要代理店ルートではまず対応してくれません。個人事業主的な「修理屋さん」を探すしかありません。それがおそらく一番の早道です。

幸運なことにそれほど苦労せずにそういう修理屋さんが見つかりました。修理品目ごとに修理ブログを書き続けておられる団塊の世代の男性です。おそらくオーディオメーカーやその他の音が出る電気機器・電子機器メーカーの修理部門での経験がとても豊富なのでしょう。早速、写真付きのそれなりに詳細なメールで問い合わせたら、僕のと同じ型番のスピーカーも15回ほど修理経験がありすべて無事に直ったということなので、修理をお願いすることにしました。修理代金も穏当です。

断言はできませんが札幌にはそういうところはありません。その修理屋さんも各種の電子部品や音響製品の関連部品の入手が便利な秋葉原に電車や車でアクセスできるところでビジネスを営んでおられます。

「丁寧に使っているつもりでしたが、経年変化に加え、引っ越しなどでも傷んだのかもしれません」とメールに書いたら「この機種は使われている材料の問題で時間経過に伴い間違いなく問題が発生します」という答えが返ってきました。そういうことのようです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年7月 9日 (木)

その日の天気は「雨雲の動き」(予想)を見るに限る

天候の今後の推移(晴れとか曇りとか雨とか雪とか)と最高気温・最低気温を含む気温推移、降水確率などを一覧にまとめた天気予報は一応参考にしますが、参考の仕方は一応程度です。

日々の利用者側からすると、それほど信頼できるものではありません。無料だから仕方ないとも言えるし、気象庁や気象台は税金で運営されているのでその不正確さに文句を言ってもバチは当たらないとも思うとも言える。

我が家で最も頼りにしているのは、データソースは同じはずだとしても、表現形態が異なるところの「雨雲の動き」(実況と今後15時間の雨雲の動き予想)。一番重要なのは雨が降るか降らないか、降るとしたらどれほど長く降るか、どれほど強く降るかで――強さに関してはエリアマップ風の「豪雨レーダー」というのもある――そういう目的には「雨雲レーダー」です。今後15時間の雨雲の動きを日本全土を対象にした地図上で表現してくれます。札幌上空を流れる雲を、その地図上で眺めていると、外出には傘は必要かどうかが判断できます。

急な外出を含む日常生活の傘判断に便利なだけでなく、大雨や梅の天日干し(土用干し)のときにもとても役に立ちます。


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年7月 3日 (金)

詐欺もどきの(と言うと失礼かもしれないが)、意味不明瞭な発表

経済効果などに関する政府(関係官庁)の発表でよく使われる手のひとつに、大きそうな経済効果の金額だけを提示して、それが1年間での経済効果なのか、10年間という長期での経済効果なのかについては、当該発表の中では明らかにしないというのがあります。

読む方は1年をデフォ期間と考えますが、発表当事者は10年を想定している。10年でその金額なら別に経済効果云々というほどのこともない些細な金額です。たしか、TPP議論が盛んなときにそれを積極的に推進する担当官庁が使った手だと記憶しています。

今回もマイナンバーポイント制度に関して、同じ手の、よく考えると何を言っているのかよくわからない発表、換言すれば詐欺もどきの発表に出合いました。

ニュース記事(時事通信 2020年7月1日)によると

《マイナポイント(マイナンバーポイント)制度は、消費者がスマートフォンのQRコードやクレジットカードなど決済手段を一つ選んでマイナンバーとひも付け、買い物額の25%分を還元する。上限額は5000円。》

その理由は

《6月末までの「ポイント還元」制度では複数のキャッシュレス決済サービスが利用できたが、マイナポイントでは1人一つに限られるためだ。》

これを読むと、買い物ごとに、毎回、買い物金額の25%を還元、ただし上限額は5000円、と解釈してしまいます。つまり、2万円の買い物を月に5回すると、その月の還元額は10万円の25%で2万5000円(上限額の範囲内)。

しかし、同じ記事に

《マイナポイントに必要なマイナンバーカードの普及率は低く、「5000円程度の還元で消費者がマイナンバーカードを取得するとは思えない」(決済事業者)との声がある。》

とあるので、5000円還元は一度限りのようです。

なぜ、「5000円還元、ただし一度限り」と明記しないのでしょうか。そんなものに訴求力がないのは当事者もよくわかっているのでしょう。だから、失礼を承知で言えば、詐欺もどきの発表内容になる。


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年6月23日 (火)

消極的に電子書籍を選ぶという場合

基本的に書籍は紙媒体が好きだとしても、それは読みやすい大きさの活字が並んでいる単行本や全集や、活字のポイント数が大きくなった最近の文庫本や新書版の場合であって、雑誌や料理関連などの実務本は、たいてい必要なところしか読まないし本棚が不要という理由で電子出版物を選択します。

それをとりあえず積極的な理由で電子書籍を選ぶ場合だとすると、消極的な理由で電子書籍を購入する場合というのもあって、それは、紙媒体としては古い作りの文庫本しか手に入らないような場合です。

古い作りとは、たとえ発行年度は比較的最近だとしても作りの古い、つまりそうしないとページ数が膨大なものになってしまうのでポイント数の小さな活字を並べた眼のいい学生向き文庫本などのことで、古典とされるロシアの長編小説や長い現代小説などがある。

単行本でも上下二段組みというのも、厚い文庫本を二冊いっしょにまとめたようなものなので活字は小さく読みやすいとは言えません。

そういうのは紙媒体だと目が痛くなるので、文字サイズを好みのものに変えられる電子書籍がありがたい。パソコンでもタブレットでもスマホでも機器に応じて好みのポイント数で読み進めます。「大きな活字の文庫本」感覚なら、専用端末は持っていないので、使うのはやはりスマホでしょうか。

それから、これは積極的に選んでいるのか消極的なのかわからないけれど、電子媒体でしか手に入らない読み物も電子出版物を買うしかありません。

 


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年6月 2日 (火)

無水料理の得意な自動調理鍋で再び「小豆のあんこ」

インターネット経由でいろいろとできるのでIOT家電とも呼ばれている無水料理の得意な自動調理鍋が、我が家で段々とその存在感を高めてきました。配偶者の使用頻度が高まったからです。しかし自動調理鍋といっても得手不得手があります。煮物や煮ながら混ぜるタイプの料理、つまりカレーやミートソースやシチューなどはとても丁寧に器用にこなします。だから得意だとわかってきた料理や得意な作業はそれに任せる回数が増えてきました。

例えば2時間から2時間半、つきっきりで調理中の素材を焦がさないように気を付けながら鍋をかき混ぜたり、あるいは頻繁に火にかけた鍋の調理の進行具合をチェックし続けるというのはそれなりに楽しい工程管理かもしれないけれどもけっこうな負担だし、その間に単純作業(ただし失敗する可能性のある単純作業)にもかかわらず他のことが出来ないという意味では時間がもったいない。鍋を弱火でかけっぱなしでまだ大丈夫だろうと思って他のことをしていると、そのわずかな(と思える)間に急に吹きこぼれたなどという事態も発生します。

この器具を利用した無水自動調理の良さは、ぼくたちが別のことに集中している間に、料理の種類によっては高水準の味を作り出してくれることです。いい味に仕上がるとそのための臨時職人を雇った気分になります。

水を使うので無水調理ではないのだけれど、こういうのは自動調理器具に敵わないというののひとつが「温泉たまご」。68℃で40分間茹でるなどというのは手作業ではとてもやっかいです。

「おでん」なども煮物のひとつなので得意なはずですが、最初から全部の素材を投入するよりも、「大根」「昆布」「ゆでたまご」「こんにゃく」などは自動調理してもらい、出来上がったらそれを、例えば土鍋に移す。そこに生でも食べられるところの各種の「魚の練り物」を入れ食べごろにまで火を通すと、練り物からぼやけた感じの食感が消え、美味しい出汁のおでんができ上がります。

今日の話題は「あんこ」です。配偶者が、また、小豆の「あんこ」をその自動調理鍋を利用して作ってくれました。少し前にこのIOT調理鍋で試しに「あんこ」作って、それから次に圧力鍋で作って味を客観的に比較し、結果がよかったのでまたIOT家電に戻ったというわけです。

全自動とはいかないまでも、段取りを決めて、後はお任せです。配偶者によれば、とくに腕が疲れ肩が凝るのは茹でた小豆の長時間のかき混ぜ作業ですが、その工程が「外注委託」(アウトソーシング)になるとはとても楽だそうです。最初に小豆を茹ででもらい(これは短時間)茹でた小豆を湯切りしてまた自動調理鍋に再投入、そうすると同じペースで飽きもせずいい按配になるまでかき混ぜ続けます。この調理家電の普段の混ぜ合わせ作業では耳にしないところのいかにも重そうに食材(小豆)をかき混ぜ棒で混ぜる音も聞こえてきます。

砂糖と塩の投入に関しては頃合いとなった時にお知らせアラームが鳴るので、お勧めガイドよりは少ない量の砂糖(甘すぎるのは嫌なので)と標準的な量の塩を入れて、あとはお任せ。そうすると小豆を茹でた後、2時間と少しくらい後に写真のようなのができ上がります。そのまま冷えたのを「あんこ」として食べても美味しいし、小ぶりな餅を焼いたのといっしょにお汁粉仕立てにしてもいい。

Photo_20200528104101


人気ブログランキングへ

 

| | コメント (0)

2020年5月27日 (水)

鬼一口(おにひとくち)・補遺

これは家族とぼくのための個人メモです。自分で納得はしていたとしても勝手な憶測や聞き書きの部分(自分で検証していないという意味)もありますので、適当に読み流してください。

今回の新型コロナウィルス感染に関して明かなことのひとつは、(変異種も含んで)当該ウィルスの治療薬もワクチンもまだ存在していないということです。別のターゲット用に開発された複数の薬が援用されて一部は効果を発揮しているようだとしても、それはそれだけのことでこの感染症の治療薬ではない。ワクチン開発もこれからです。

日本でこのウィルスに感染していると判明した人たちの数、地方自治体で検査の結果日々報告されている新規感染者数は、今のところは減少傾向にあるようです。(なお、このウィルスによる世界の死者数も、南米以外は減少している。しかし北米の状況は現在もそれほどは良くはない。)

しかし、だからといって、実際の感染者数や潜在的な感染者の数が少なくなったわけではなさそうです。そういう方向を指し示す調査は存在しないので。

確か台湾政府の調査分析によれば、すべての変異種についてそうかどうかはわからないにしても、「当該ウィルスの感染者」が「感染していない他者」にウィルスをうつす時期はいつかというと、その感染者の発症後ではなく、発症の数日前から発症時まで、だそうです。つまり、熱を出して苦しそうな状態の患者からはほとんどうつらなくて、発症前で自覚症状がない元気な状態の感染者のほうが明かに強い感染力を持っていたそうです。言葉を換えると、37.5度の熱が4日間続いた患者は、他者にウィルスをうつすという観点からは、相当に安心な存在ということになります。

メディア報道によれば、政府が6月に導入しようとしている「(新型コロナウィルス対策用)接触確認アプリ」は、ブルートゥースを使いグーグルとアップルが共同開発して各国の公衆衛生機関に提供しているものだそうです。グーグルとアップルというIT基盤の提供者が一緒になればすべてのスマートフォンユーザが対象になるわけで、そうなるとこれがいわゆる「アプリ」なのかそれともアプリという装いを持った「OS」の一部なのかよくわからない。

スマホユーザーが新規の個別アプリとしてダウンロードしなくても、このソフトウェアは「OSアップデート」の一環としてiOSとAndroid OSのスマートフォンに勝手に入ってきます。勝手に入ってきても、このソフトウェア用の「ON/OFF」ボタンや「ENABLE/DISABLE」スイッチがあればいいのですが、どうなのでしょう。このソフトウェアはブルートゥースを使うらしいのでそれをオフしている間は「接触確認」は有効にならない、とも言えますが、つねにブルートゥースをONにしているかたには悩ましい。

それも悩ましいですが、もっと悩ましいのは、以下のようなことです。

かりに、保健所で新型コロナウイルス感染者などを管理するシステムに陽性者が登録され、登録された陽性者は、保健所の通知を受けて自分が陽性者であることを協力的に善意を持って「接触確認アプリ」に入力したとします。

上述の台湾政府の調査分析が正しいとすると、そういう陽性者が他者への感染源となるのは発症前の数日で、そのもっと前とか、症状が出た後はその陽性者は感染源にならない。「保健所で新型コロナウイルス感染者などを管理するシステム」には、おそらく、なんの症状もないのにたまたま検査したら陽性になったばかりであることが判明した人から、感染したものの何となく直った人や、入院して無事退院した人までがすべて含まれています。

この「接触確認アプリ」をダウンロードした人が当該ウィルス陽性者と接触した場合には接触者アラートがその人に通知される塩梅になっているそうなので、下手をすると緊急性のない(あるいは実際には意味のない)緊急速報がそのあたりを飛び交うことになるやもしれません。

人気ブログランキングへ

 

| | コメント (0)

2020年5月26日 (火)

鬼一口(おにひとくち)

能「通小町(かよいこまち)」の中で深草少将が小野小町のもとに通い詰めているときの描写のひとつに科白で「さて雨の夜は」「目に見えぬ鬼一口(おにひとくち)も恐ろしや」というのがあり、これは「伊勢物語」からの借用と言われています。

平安時代初期の「伊勢物語」に限らず、日本の説話においては、鬼が一口にして人間を食い殺すことを鬼一口(おにひとくち)と云いました。「伊勢物語」第六段(「芥川」)は以下のような内容です。昔は夜は死霊や生霊や鬼や魑魅魍魎が跋扈していました。

《むかし、ある男が何年も女のもとへ通い続けていたが身分の違いからなかなか結ばれることができないので、男はついにその女を盗み出した。逃走の途中で夜が更け、さらに雷雨に見舞われたために、鬼がいるとも知らず戸締りしていない蔵を見つけて女を中へ入れ、自分は弓矢を手にして蔵の前で番をして夜明けを待った。ところが女はその蔵の中に住んでいた鬼に一口で食い殺され、女の死に際の悲鳴も雷鳴にかき消されてしまった。やがて夜が明けて男が蔵の中を覗き見ると女の姿はどこにもなかった(原文は「はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に食ひてけり。・・・やうやう夜も明けゆくに、見れば、率(い)てこし女もなし。」)》

以前、テレビで(今は特別天然記念物であるところの)オオサンショウウオ (大山椒魚)のドキュメンタリを見たことがあって、体長が1メートルくらいのオオサンショウウオが体長70センチくらいの(つまり自分と同じくらいの)大きさの魚を音もなく水の揺れもなく一瞬で飲み込んでしまうという場面に目が釘付けになりました。飲み込まれた魚のそばにいた別の魚が、仲間の一瞬の消滅に気がつかないくらいのとても静かな早業でした。だから、鬼が一口で人を食い殺すというのは、そういう自然が周りに満ちていた頃には決して荒唐無稽ではなかったのでしょう。

昨日(2020年5月25日)の安倍首相の「緊急事態解除記者会見」における冒頭発言に以下のような部分がありました(首相官邸ウェブサイトから引用)。

『・・・そのためには、感染者をできるだけ早期に発見するクラスター対策を一層強化することが必要です。その鍵は、接触確認アプリの導入です。スマートフォンの通信機能により、陽性が判明した人と一定時間近くにいたことが判明した方々、すなわち濃厚接触の可能性が高い皆さんに自動的に通知することで、早期の対策につなげるアプリです。(中略)このアプリが人口の6割近くに普及し、濃厚接触者の早期の隔離につなげることができれば、ロックダウンを避けることが可能となる大きな効果が期待できるという研究があります。我が国では、個人情報は全く取得しない、安心して使えるアプリを、来月中旬をめどに導入する予定です。どうか多くの皆さんに御活用いただきたいと思います。』

スマホにインストールした新しい監視アプリを使って我々がいつの間にか新型コロナウィルスに感染しているかもしれない、その可能性を連絡してくれるそうです

ITインフラサービス提供会社のクラウドサービスに個人データや家族データを無料で気楽に保存することに違和感や抵抗感や不安のないかたは気にならないかもしれないとしても、ぼくはそういうことが気になるタイプなので、こういうアプリを気軽にインストールする気にはなりません。

厚労省が企業としてのLINEを使って、LINEユーザーやLINE登録者に体調調査アンケートを3月末から5月にかけて数回実施しました。「現在の体調について教えてください」というタイトルのプッシュ型メッセージが利用者に送られてきて、そういうことに答えることに違和感のない人は調査に気軽に応じたと思いますが、その調査は『濃厚接触の可能性が高い皆さんに自動的に通知する』アプリを『来月中旬をめどに導入する』ための予行演習だったのかもしれません。どのような属性を持ったどれくらいの数の国民がその調査に協力したのかについての個別データが何回にもわたって手に入ったはずなので。

ぼくのような恐がり(あるいは慎重なタイプ)には、こういう政府の動きは「はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に食ひてけり」と映ります。


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

より以前の記事一覧