雑感

2020年1月24日 (金)

雪が降った日の傘とバス

スコットランドのように秋の雨の中でも通りを行く人たちが傘を差さないという文化もありますが、札幌の人たちも雨の日はそうでないとしても、雪降る中ではあまり傘を差しません。

風が強くて雪が地を掃くように舞うと危なくて傘を差せないという事情があるにせよ、普段の札幌の雪は粉雪で乾いているので、コートに着いた雪も目的地に着いたときに手袋でさっと払うとさっと落ちてくれる、衣類はほとんど濡れない、それで傘を使わない。雪の中を首をマフラーで覆ったコート姿で男性と女性が黙々と歩く光景はそれなりに風情です。

しかし、先週や今週の雪のようにサラサラとしていない、つまり湿った重めの雪の降る朝はその雪がコートに積もるというかコートや帽子にくっついて濡れてしまうので傘を差すことになります。まわりの歩いている人たちを目の子算すると10人に3人以上は傘を差していました。雨の日の傘と同じです。ぼくも傘です。

以前から通学や通勤に使うところの路線バスが苦手で、徒歩で25分くらいの距離なら、ひどい雨の日は別として、バスの到着を待つのも嫌なので歩いてしまいます。待っていると次がすぐに来る札幌市電のような交通手段ならいいのですが、市電は利用地域が限定されています。

しかし、1月でも重い雪が積もって融けてそのあたりが水っぽいシャーベット状やそれ以上になっていると歩くのもうんざりだし、そばを走り抜ける車のタイヤから水しぶきをお見舞いされるので、そういう場合は、路線バスを利用します。目的地と目的地での所要時間が予測できる場合には路線バスも便利です。道路事情でいささか遅れることもありますが、しかたない。

しかし、乾いた小麦粉のような雪が降り積もった後の歩道は、歩くと雪がキュキュッと鳴って気持ちがいい。歩きやすい。滑らない。そういう場合はバスを待ちません。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年1月21日 (火)

「兵に告ぐ」の格調と、「前畑頑張れ!」の躍動感と、言葉が生きていない「戦時社説」

「兵に告ぐ」は、1936年(昭和11年)2月26日に発生した「二・二六事件」(皇道派の影響を受けた陸軍青年将校らが1,483名の下士官兵を率いて起こしたクーデター未遂事件)に際して、2月29日8時48分から戒厳司令官・香椎(かしい)浩平中将の名で、下士官兵に向けて、NHKで繰り返しローカル放送されたものです。

書いた人の立場がどうあれ、また実際は誰が書いたのであれ、この文章には格調がある。アナウンサーの声を通した当日のラジオ放送(の録音)を聞くと語り掛ける言葉が生きています。

「兵に告ぐ」

「敕命が發せられたのである。
既に天皇陛下の御命令が發せられたのである。
お前達は上官の命令を正しいものと信じて絶對服從を
して、誠心誠意活動して來たのであろうが、
既に天皇陛下の御命令によって
お前達は皆原隊に復歸せよと仰せられたのである。
此上お前達が飽くまでも抵抗したならば、それは
敕命に反抗することとなり逆賊とならなければなら
ない。
正しいことをしてゐると信じてゐたのに、それが間違って
居ったと知ったならば、徒らに今迄の行がゝりや、義理
上からいつまでも反抗的態度をとって
天皇陛下にそむき奉り、逆賊としての汚名を
永久に受ける樣なことがあってはならない。
今からでも決して遲くはないから
直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復歸する樣に
せよ。
そうしたら今迄の罪も許されるのである。
お前達の父兄は勿論のこと、国民全体もそれを
心から祈ってゐるのである。
速かに現在の位置を棄てゝ歸って來い。」

同じ年(1936年)の8月12日、ベルリン・オリンピックで、女子200メートル平泳ぎの実況が短波放送で日本に流れました。

「つづいて女子二百米平泳、前畑嬢が白い帽子、白いガウンで現れました、あと二、三分でスタートします、どうぞ時間が来ても切らないで下さい」で始まる「前畑頑張れ!」という、もはや詩を謳うに近かった実況放送でも言葉が躍っています。

「・・・・・あと25、あと25、あと25。わずかにリード、わずかにリード。わずかにリード。前畑、前畑頑張れ、頑張れ、頑張れ。ゲネンゲルが出てきます。ゲネンゲルが出ています。頑張れ、頑張れ、頑張れ頑張れ。頑張れ、頑張れ、頑張れ頑張れ。前畑、前畑リード、前畑リード、前畑リードしております。前畑リード、前畑頑張れ、前畑頑張れ、前、前っ、リード、リード。あと5メーター、あと5メーター、あと5メーター、5メーター、5メーター、前っ、前畑リード。勝った勝った勝った、勝った勝った。勝った。前畑勝った、勝った勝った、勝った。勝った勝った。前畑勝った、前畑勝った。前畑勝った。前畑勝ちました。前畑勝ちました。前畑勝ちました。前畑勝ちました。前畑勝ちました。前畑の優勝です。前畑優勝です・・・・・」

それから、5年後の1941年(昭和16年)12月9日。「帝国の対米英宣戦」と題する、太平洋戦争開始の翌日の某新聞の社説から一部を引用します。上の二つと並べてみると、その社説は大袈裟な漢語の寄せ集めで言葉が生きていません。

「宣戦の大詔ここに渙発され、一億国民の向うところは厳として定まったのである。わが陸海の精鋭はすでに勇躍して起ち、太平洋は一瞬にして相貌を変えたのである。・・・・・すなわち、帝国不動の国策たる支那事変の完遂と東亜共栄圏確立の大業は、もはや米国を主軸とする一連の反日敵性勢力を、東亜の全域から駆逐するにあらざれば、到底その達成を望み得ざる最後の段階に到達し・・・・・事ここに到って、帝国の自存を全うするため、ここに決然として起たざるを得ず、一億を打って一丸とした総力を挙げて、勝利のための戦いを戦い抜かねばならないのである。いま宣戦の大詔を拝し、恐懼感激に堪えざるとともに、粛然として満身の血のふるえるを禁じ得ないのである。一億同胞、戦線に立つものも、銃後を守るものも、一身一命を捧げて決死報国の大義に殉じ、もって宸襟を安んじ奉るとともに、光輝ある歴史の前に恥じることなきを期せねばならないのである。」

この格調の差はどこから来るのか。「兵に告ぐ」が「下士官『兵』」に呼びかけており、「前畑頑張れ!」が前畑選手とラジオの前の人たちに向かって呼びかけているのに対して、「社説」は国民に語りかける体裁を整えながら実際は当時の内閣の顔色をうかがった文章になっています。その差です。

この社説が書かれてから80年近く経過しましたが、真摯な言葉で人々に語りかけるごく一部の政治家を除いて、この種の生きていない言葉を連ねた文章や発言は相変わらず国会にもマスメディアにも溢れています。しかしそれを生きた言葉と勘違いしてしまう(あるいは仕事のために勘違いしたフリをする)人たちも少なくなさそうです。


人気ブログランキングへ

 

| | コメント (0)

2020年1月14日 (火)

日が長くなってきた

穏やかな雨降りは世界の音を和らげます。夜半に静かにしんしんと舞い落ち続ける粉雪は世界の音を消します。面白い本を読んでいると時間が消えるという意味で、そういう場合は時間も消えるようです。

今日の日の出は7時4分でした。日の入りは4時23分です。

いちばん寒い時期はこれからとはいうものの、この冬は雪が少ないという事情も関係しているのか、冬至からまだ二十日あまりですが、日が長くなって来たのを実感しています。おそらくぼくはそういう種類の植物と同じで好日性が強いので日の長さに敏感らしい。

一月中旬に入りかけた今は「夜明け」と「夕方」があります。あたりまえですが、冬至前後のように長い夜が急に朝になるのではなくまた突然夜が落ちてくるのでもなく、夜明けの余裕がそこにあり、暮れる前に空がぼんやりと明るい夕方の余韻がそれなりにそこに漂っています。その余裕や余韻が冬至から遠ざかりつつあることを教えてくれます。

これから1ヶ月半はより寒くなり同時により日が長くなります。寒い雪の地域ではこういう素朴なトレードオフがありがたい。

冬に雨降りはほとんどないとしても雨降りのあと、あるいは軽い降雪のあとでそのあたりが湿った色合いになるのも好きで、そしてそのことと好日性はぼくの中で仲良く同居しています。だから軽い雪は歓迎です。


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年1月 7日 (火)

鴎外の「渋江抽斎」、雑感

小説家であり随筆家であった石川淳の「鴎外覚書」というエッセイは次のように始まります。

《「抽斎」と「霞亭」といづれを取るかといへば、どうでもよい質問のごとくであらう。だが、わたしは無意味なことはいはないつもりである。この二篇を措いて鷗外にはもっと傑作があると思ってゐるやうなひとびとを、わたしは信用しない。「雁」などは児戯に類する。「山椒大夫」に至っては俗臭芬芬たる駄作である。「百物語」の妙といへども、これを捨てて惜しまない。詩歌翻訳の評判ならば、別席の閑談にゆだねよう。》

傑作であるところの「抽斎」とは「渋江抽斎(しぶえちゅうさい)」というタイトルの小説(伝記物語風の小説)のことで、もうひとつの傑作の「霞亭」は「抽斎」と同じ方法で「北條霞亭(ほうじょうかてい)」について書いた小説です。渋江抽斎も北條霞亭もともに江戸時代の地味な医学者です。

鴎外の作品は、一度は読んでみたもののその後読み返すことのない作品として、あるいは読もうと思っていても途中で止めてしまって、しかし処分するのは抵抗があるので本棚の隅で古い文庫本の形でいまだに眠っているのが多い、今は、鴎外のたいていの有名作品は無料の電子書籍で手に入るにしても。

今回、紙媒体の「渋江抽斎」を購入して読んでみることにしました。手元の文庫本で本文が330ページくらいの長編です。

導入部から「武艦(ぶかん)」(江戸時代に諸大名・旗本の氏名・禄高・系図・居城・家紋や主な臣下の氏名などを記した本。毎年改訂して出版された。)やその他の書物を手掛かりにした人物探求物語が推理小説の味わいで展開されるので、読み始めから引き込まれてしまいます。

しかし退屈な叙述も多く、いくつかの章を「文章読本」の見本にするのにはいいとしても、文章読本風が連続すると、書いている本人はそうでないにして、この作品をまとまった物語として読む側はいささかうんざりしてしまいます。もっとも、この作品はもともとは新聞の連載小説だったそうなので、発表当時の読者は一日分の量が決っているので、筋にそれなりの緩急がなくても退屈しなかったのかもしれません。

新聞小説なので構想はあったとしても最初から全体が決っていたのではなさそうな印象です。前の章で書き忘れたので今回の章で補足するといった感じのものがいくつかあるし、長編小説によくあるように(そう聞いている)、当初は、それほど動き出すとは思っていなかった登場人物が書いている途中から作者の手を離れて勝手に自由に動き出し、作者は彼や彼女の動きに応じて別の新しい章を次々と用意して書き続けたといった雰囲気も漂っています。

「渋江抽斎」の章構成は「その一」で始まり「その百十九」で終わりますが、抽斎はその中間あたりの「その五十三」において伝染病で没してしまいます。だから全般的な内容をタイトルに表示するには「渋江抽斎」ではなく「渋江抽斎と渋江家の人々」ないしは「渋江家の人々」とするほうが合っています。

長編小説では登場人物が作者の手を離れて勝手に自由に動き始めることがあるとして、「渋江抽斎」におけるその一人が抽斎の四人目の妻「五百(いお)」で、もう一人は抽斎の四女(で、五百の生んだ娘でもあるところ)の「陸(くが)」です(と、思われる)。この二人は行動する女性で(五百は積極的に、陸は流されながら控えめに)、それぞれの行動が印象的です。たとえばそのひとつが、五百の場合は抽斎との結婚の仕方に関して、陸の場合は個人的な商いに関して(なお、この作品で「五百」が初めて登場するのは「その二」、「陸(くが)」は「その三十五」です)。

結婚に関する四人目の妻「五百(いお)」の行動をいくつか抜き書きすると、

「(抽斎の)新しい身分のために生ずる費用は、これを以て償うことは出来なかった。謁見の年には、当時の抽斎の妻(さい)山内氏(やまのうちうじ)五百(いお)が、衣類や装飾品を売って費用に充てたそうである。五百は徳(とく、三人目の妻)が亡くなった後に抽斎の納れた四人目の妻である。」(その二)

「そして徳(とく)の亡くなった跡へ山内氏五百(いお)が来ることになった。」(その三十)

「五百の抽斎に嫁した時、婚を求めたのは抽斎であるが、この間に或秘密が包蔵せられていたそうである。それは抽斎をして婚を求むるに至らしめたのは、阿部家の医師石川貞白(いしかわていはく)が勧めたので、石川貞白をして勧めしめたのは、五百自己であったというのである。」(その百六)

「壻に擬せられている番頭某と五百となら、旁(はた)から見ても好配偶である。五百は二十九歳であるが、打見には二十四、五にしか見えなかった。それに抽斎はもう四十歳に満ちている。貞白は五百の意のある所を解するに苦んだ。・・・・・貞白は実に五百の深慮遠謀に驚いた。五百の兄栄次郎も、姉安(やす)の夫宗右衛門も、聖堂に学んだ男である。もし五百が尋常の商人を夫としたら、五百の意志は山内氏にも長尾氏にも軽んぜられるであろう。これに反して五百が抽斎の妻となると栄次郎も宗右衛門も五百の前に項(うなじ)を屈せなくてはならない。・・・・・五百は潔くこの家を去って渋江氏に適(い)き、しかもその渋江氏の力を藉(か)りて、この家の上に監督を加えようとするのである。」(その百七)

個人的な商いに関する四女「陸(くが)」の行動を引用すると、

「陸が始て長唄の手ほどきをしてもらった師匠は日本橋馬喰町の二世杵屋勝三郎で、馬場の鬼勝と称せられた名人である。これは嘉永三年陸が僅に四歳になった時だというから、まだ小柳町の大工の棟梁新八の家へ里子に遣られていて、そこから稽古に通ったことであろう。母五百も声が好かったが、陸はそれに似た美声だといって、勝三郎が褒めた。節も好く記えた。三味線は「宵は待ち」を弾く時、早く既に自ら調子を合せることが出来、めりやす「黒髪」位に至ると、師匠に連れられて、所々の大浚(おおざらえ)に往った。」(その百十二)

「さて稲葉の未亡人のいうには、若いものが坐食していては悪い、心安い砂糖問屋(さとうどいや)があるから、砂糖店を出したが好かろう、医者の家に生れて、陸は秤目(はかりめ)を知っているから丁度好いということであった。砂糖店は開かれた。そして繁昌した。品も好く、秤(はかり)も好いと評判せられて、客は遠方から来た。汁粉屋が買いに来る。煮締屋(にしめや)が買いに来る。小松川あたりからわざわざ来るものさえあった。」(その百十三)

「この砂糖店は幸か不幸か、繁昌の最中に閉じられて、陸は世間の同情に酬いることを得なかった。家族関係の上に除きがたい障礙が生じたためである。商業を廃して間暇を得た陸の許へ、稲葉の未亡人は遊びに来て、談は偶(たまたま)長唄の事に及んだ。長唄は未亡人がかつて稽古したことがある。陸には飯よりも好(すき)な道である。一しょに浚(さら)って見ようではないかということになった。いまだ一段を終らぬに、世話好の未亡人は驚歎しつつこういった。『あなたは素人じゃないではありませんか。是非師匠におなりなさい。わたしが一番に弟子入をします。』」(その百十三)

「渋江抽斎」の登場人物について大雑把に言えば、男性は彼の経歴や仕事をやや細かい履歴書や業務経歴書風になぞることでその人物の内側に入っていき、その結果彼の性格や心の在りようが簡潔で抑制された文体から滲み出てきます。

一方女性は、女性も同じ手法で描くのですが、武家的な躾けやたしなみが身に着いた鴎外が気になるタイプの女性への入り込み方が男性よりは少し深いようです。滲み出るものもその分色濃くなります。男性の描写が意識的なモノクロ写真風だとすると女性の描写は自然なカラー写真です。

全般的に言えることは、作者の登場人物を見る眼が、この物語の主要人物に対しても付き合いにくい人物や風景の中を一瞬だけ横切る人たちに対しても穏やかで温かいことです。世界を突き放さないという意味において嫌な奴でもそのまま受け入れる。そういう後味の良さが残ります。

今回退屈なところや冗長な部分は斜め読みをしたので、次回はそういう部分と気になるあたりや印象的だった箇所を、飾りを排除した文体を改めて味わいながらゆっくりと読み直してみてもいいかもしれません。そういう場合は、基本的にシークエンシャルな進みの電子書籍ではなく、また読みたいところに気儘にパラパラと跳んで行ける紙の本が向いています。


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2020年1月 6日 (月)

雪がないのでとても寒いですね

「雪がないのでとても寒いですね」「雪が少なくてマイナス1度でもマイナス5~6度の体感気温ですね」というのが、年末からお正月にかけての挨拶の一部でした。

この冬は、今までは、いつもよりも雪の量が少ない。昨年12月のブログで書いたように、札幌の天気は三寒四温で、だから地面が雪で白くなったり、その白がそのあとの雨でほとんど流されて元の色になったりを繰り返していました。その状態は徐々に雪の白の優勢へと変化してきましたが、厚い雪が地面や道路を蔽うという状態にはまだ至っていません。だから寒い。皆さんがそうおっしゃるので、そういう因果関係なのでしょう。

だとすると、それなりに積もって根雪になった雪は、「防寒効果」というのも変な表現ですが、少なくとも地面の人が歩く辺りは、氷点下の気温がさらに下がるのをくい止める働きがあるということになります。

雪が少ないと歩きやすいし、片側2車線の道路も中心部から路肩側への雪の移動で半分近く使えなくなるといった状況にはならずに片側2車線のまま機能していて、雪による交通渋滞は発生しません。雪かきからも解放される。だからぼくはより寒く感じても雪の少ないほうを好みますが、そういうのは札幌では少数意見のようです。

雪は嫌だと言いながら、それなりの量の雪がないと落ち着かない様子です。「雪がいっぱいないと雪まつりが困るじゃありませんか」


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2019年12月25日 (水)

古事記雑感(古事記は殺しの歴史)

必要があって、古事記に再び目を通してみました。といっても神々や天皇家の系譜がうんざりするほど並ぶくだりは、今回のぼくの目的にとっては意味がないのでパラパラと勢いよく読み飛ばします。

古事記はある意味では天皇家やその周辺の殺しの記述書です。分類の好きな学生なら、古事記、すなわち豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)における殺人の種類と遺体処理の方法とその特徴を他の文化との比較で論文にできるかもしれません。

どこの国でも国造りの歴史は殺しの歴史で、異族(東夷〈とうい〉・西戎〈せいじゅう〉、南蛮、北狄〈ほくてき〉と同じように勝手な物言いですが)を平定するときの殺戮だけでなく、同時に権力闘争における親兄弟や親戚の殺しの歴史でもあります。

天武天皇の舎人であった稗田阿礼は帝紀・旧辞の誦習を命じられたので殺戮を含めた全部を記憶するとしても、その筆録・編纂係であった太安万侶も殺戮の詳細を状況によって排除しようとは考えなかった。国家権力はそういう恐ろし気な存在でないと周囲の抑えが効きません。

人殺しの記述が多いと書きましたが、暗殺、虐殺・・・殺し方や死体の処理のしかたを簡潔だけれども細かく記述してあります。上巻のスサノオや大国主のあたりはまだ神話的な殺人の雰囲気ですが、下巻になると現在の劇場映画のレベルになってきて、場面によっては北野武監督の「アウトレイジ」を彷彿させます。

たとえば、「下つ巻 安康天皇 3 市辺の忍歯王の難」(岩波文庫 p.183)には次のような記述があります。

《ここにその大長谷王の御所に侍ふ人等白ししく「うたて物云ふ王子ぞ。故、慎みたまふべし。また御身を堅めたまふべし。」とまをしき。すなはち衣(みそ)の中に甲(よろい)を服(け)し、弓矢を取り佩(は)かして、馬に乗りて出て行きたまひて、倏忽(たちまち)の間に、馬より往きならびて、矢を抜きてその忍歯王を射落して、すなわちまたその身を切りて、馬桶(うまぶね)に入れて土と等しく埋みたまひき。》

《大長谷(註:のちの雄略天皇)の側に仕える者たちが彼に申し上げていうことには「かの忍歯(おしは)の御子は無礼な物言いの御子なので、用心してください。また、しっかり武装しておいてください。」大長谷は衣の下に鎧(よろい)をきて、弓矢をとって馬に乗って出て行き、たちまちに追いついて馬をならべ、矢を抜き出して忍歯王(おしはのみこ)を射落として、その身を切りきざみ、馬の飼葉桶(かいばおけ)に入れて地面と同じ高さに埋めてしまった。》

人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2019年12月24日 (火)

物理学者の「明日は晴れです、なぜなら明日は運動会だから」風な発想

ある必要から「古事記」を読み返していた時に、もっと無機質な「創世記」というか「創宇宙記」風に目を通したくなり、本棚に放り込んでおいた、アマチュア読者を対象にした宇宙論研究者ホーキンスの著作(講演論文集の日本語訳、1990年)を読んでみたら、そこで実証主義者ということになっているホーキンスや彼以外の物理学者の「明日は晴れです、なぜなら明日は運動会だから」的な発想や仮説や前提に出会うことになりました。仮説を突き詰めていくと文学的に、ないしは形而上的に、ないしはわからないものはわからないので、説明のためにはとりあえずジャンプして「人間的に」表現せざるを得ないところがあるのでしょう。

ここで実証主義者とは、我々が知ることのできるものは実験や観測によって知られることだけなので、その結果と矛盾しないそのための考え方や理論は、どれほど奇妙なものであっても(たとえば虚時間 Imaginary Time)正しいとする立場をとる科学者のことです。

その本の中からぼくが興味深かったことを二~三まとめてみます。

時間が、アインシュタインの相対論で予言されるように特異点で始まるのなら、始まりの前はどうなっていたのか、物理法則を定義できない特異点で宇宙の始まり方を決めたのは何か(あるいは誰か)という疑問がとうぜん生まれます。そこで無境界仮説が生まれました。無境界仮説とは宇宙には端(ビッグバンのような特異点)がないという仮説です。

宇宙の端(特異点)での物理量は物理法則で決めることができません(だそうです)。だから宇宙のすべてが物理法則で説明できる存在ならば(宇宙は摂理によってそう作られているならば)、そのような端はないに違いないという考え方です。なぜなら宇宙には物理法則が成立しない端(たとえば宇宙の始まり)があってはならないから、端がないのです。宇宙は時空の隅々まで物理法則のあまねく顕現する場として作られている。

「時間の矢」という考え方があります。時間の矢は時間に方向性を与え過去と未来を区別するもので三つある。

まず、熱力学的な時間の矢。これによって無秩序、つまりエントロピーが増加する時間の方向を与えられます。次が心理的な時間の矢で、我々が感じる時間の経過方向です。過去は憶えているが未来は憶えていないということ(時間の方向)です。三つめが宇宙論的な時間の矢です。これによって現在、宇宙が(収縮ではなく)膨張しているという時間の方向が与えられます。

とすれば「昔はよかった」といういつの時代にもある老人の感想は、「熱力学的な時間の矢」と「心理的な時間の矢」が組み合わさった時の必然的な時間感覚、方向感覚ということになります。時間は過去から今へと心理的に変化し、過去は今よりも無秩序が少ないので、無秩序状態が好きな人以外は昔の方がよかったということになります。

人間原理とは、宇宙が現にあるような姿をしているのは、それ以外の宇宙では、我々のような存在が現れず宇宙を観察することが出来ないから、宇宙は今のような姿だというけっこう強引な考えです。

観測結果からして、宇宙は現在確かに膨張しているそうです。しかし、宇宙は膨張(ビッグバンという特異点から始まって膨張)したのち収縮(ビッグクランチという特異点に収縮して崩壊)するのだとして(そういう考え方もあるので)、我々人類はなぜ収縮期ではなく膨張期に存在しているのかというと、そのほうが「宇宙の膨張と同じ時間の方向になぜ無秩序(エントロピー)は増加するのか、というような質問を発することのできる知的生物が存在するためには、膨張期の条件はふさわしいけれども収縮期の条件はふさわしくないから」だそうです。

解り易く書かれているので読んでいて面白いのですが、上記のような例は「明日は晴れです。なぜなら明日は運動会だから」という発想にとても近いかもしれません。つまり「明日は運動会、だから明日は晴れ」という子供らしい考え方もそれなりに役に立ちます。宇宙の平穏を維持するために、自分の作った方程式にあとで定数を追加して辻褄を合わせるというようなことも、あるいは神様はバクチをしないので偶然性と不確定性が内在する量子力学を信じないと権威的に主張することも実際にはあるので。


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2019年12月20日 (金)

冬至のお祝い

三寒四温はまだ継続中で、黒い地面と雪が積もった白い地面が交互に現れます。一面が白に覆われないのは、ぼくにとってはなかなかけっこうな按配です(スキー場の運営者やスキー愛好者は苛々しているとは思いますが、それはさておき)。

三寒四温の最中に「冬至」がやってきました。一年中で北半球では昼が最も短い日のことを「冬至」と呼びます。2019年は冬至が12月22日(日曜日)だそうです。ぼくは夜行性の動物とは違って昼が長いほうが好きなので、いちばん昼の長い夏至がお祝い対象日であるように、昼がこれ以上短くならないその転換日であるところの冬至もお祝い対象日です。22日は早めにお酒を飲みはじめましょうか。

クリスマスが冬至の近くにあるのも、そのお祝いがキリスト教に換骨奪胎されてクリスマスとなる前のもともとは冬至(太陽神の誕生)のお祝いだったと考えると、北半球の寒い地域の住人としてはとても腑に落ちます。

だから、冬至の辺りのイベントはヒトの本能的な感性に訴求するものがあるので、クリスマスは宗教と関係なく「お祭り」として世界中に拡がっていったのも不思議ではない。クリスマスと呼ばれているものを冬至のお祭りだと考えると、その形や内容は各地域と各文化の自由です。酔っぱらって少々羽目を外すくらいがちょうどいいかもしれません。

関連記事は『「三寒四温」札幌バージョン』。


人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

2019年12月19日 (木)

最近はわかりやすい魑魅魍魎が跋扈する、あるいは、(続)IRに関して、ふわふわ路線が役に立つ

IRに関して、ふわふわ路線が役に立つ」の続きです。

金儲け絡みの、あるいは利権と言われるものが絡んだものごとの構図は基本的には単純なので、そういうものを魑魅魍魎(ちみもうりょう)と呼ぶとしても、近頃の魑魅魍魎は分かりやすくなり、おどろおどろしさに欠けるようです(ちなみに、魑魅魍魎とは、もともとは山川の精霊のことですが、いろいろな化け物やさまざまな妖怪変化を指すようになりました)。そういう意味では、現在最もお化け的な魑魅魍魎らしさが満載なのは「地球温暖化とCO2利権」だと思われます。マスメディアも子供も巻き込んで世界中が姦しい。

そういうメディアも子供も巻き込んで世界中がもっと姦しかった状態は80年くらい前にもあって、第二次世界大戦と呼ばれました。日本の少年少女は神国日本や鬼畜米英という言葉を刷り込まれたし、ドイツの少年少女は右手を前に挙げて「ハイル ヒトラー」と叫びました。その前はヨーロッパ中が第一次世界大戦の熱とそれぞれの正義に酔っていました。正義への熱狂という意味では十字軍というのもありました。

十代後半で数学や詩作に天才を発揮し天才的な成果を残す若者は確実に存在しますが、自然科学と社会科学の両方の客観的な分析や比較考量が必要な「地球温暖化とCO2」の総体は十代後半には敷居が高い。我知らず、IPCCという政治指向の強い(あるいは魑魅魍魎な)グループが発するプロパガンダの拡声器になることはできるし、自分の正義感は満たされるとしても、それを超えることは難しい。

「地球温暖化とCO2」に比べるとIRなんぞというものは、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の度合いが小さいとしても、そういう「しょうもない」ものを北海道に持ち込まれても迷惑です。だからカジノを含む統合型リゾート(IR)の北海道への誘致申請を見送るという先月(2019年11月)末の北海道知事のスピーチはけっこうなことだなと思っていたら、その魑魅魍魎の正体の一部が徐々に露見し始めたようです。けっこう可笑しい。

「自民党の□□□衆議院議員の元秘書らをめぐる外為法違反事件に絡み、東京地検特捜部がIR=統合型リゾート事業について道庁(註:北海道庁)などから資料提出を受けていたことが分かりました。・・・・その後の関係者への取材で、特捜部が今月10日から11日ごろ、IR事業について、道庁から資料提出を受け、任意で事情を聴いていたことがわかりました。」(北海道放送 2019年12月17日)

最近は実際の事件のリアリティ・レベルがテレビドラマの脚本のリアリティ・レベルをはるかに超えていることも多いのですが、このIRの魑魅魍魎の様子はまったくそうではなくて、海外のIR事業者と永田町の住人とその秘書が図式通りに動き回っており、まるで「絵に描いたような」展開のテレビドラマです。

大学入学共通テストにも、誰が得をするかという意味での構図のはっきりした魑魅魍魎が潜んでいて、だんだんその姿が見えてきました。こちらは事業対象がバクチではなく入学試験なので、金と権力でゴリ押しするというだけでは実行できないし実効性も保証されません。

テストの採点とIRでお金儲けを企んでいた人たちにはとりあえずは残念な話です。魑魅魍魎は化け物なので生命力はとても強いはずです。


人気ブログランキングへ

 

| | コメント (0)

2019年12月18日 (水)

早めの正月準備、年賀状と正月飾り

正月準備といっても、ここでは「年賀状(年賀はがき)」と「正月飾り」についてです。

年賀状は、令和二年分から写真年賀はがきにしました。写真年賀はがきは初めてですが、今まで撮りためた中に近所の冬の札幌らしい(本人評価だとそれなりに出来のいい)写真があるので、それを使います。我が家では新機軸です。

写真年賀はがきは厚いので手元のPCプリンターで宛名印刷をするには難があります。で、今回はそういうサービスをインターネット上で提供している企業にまるごとお願いしました。住所録を提供するのでサービス提供会社は選別します。見本印刷のやりとりの後、出来上がりが宅配便で届きました。仕上がりを確認後、昨日、差し出し口に年賀郵便というシールが貼られたばかりの郵便ポストに投函しました。これで確実に元日の午前中に届きます。

玄関の正月飾りも、先週末に、ここ数年は毎年お世話になっている近所の花屋さんに注文しました。このお店のデザインが最初から気に入っています。この花屋さんの本業は結婚式のフラワーアレンジメントで、正月飾りもいくつかのタイプが用意されていますが、我が家の選択は「生花、松、南天、稲穂、しめ縄」などの伝統的な素材だけを組み合わせたものです。「松」は必需です。店頭やペラ案内には「素材:生花、お正月のお花、松、南天の組み合わせ。定番のお正月飾りです」と書いてある。27日の昼頃に届けてくれます。

我が家は興味はないのですが、そういう需要が増えてきたのか、生花でなく、ドライフラワーやプリザーブドフラワーを素材にした正月飾りもメニューにはあります。「しめ縄と稲穂と、たとえば梅結びの水引」で構成されるシンプルで古典的な「しめ縄飾り」はドライな素材だけなので、その延長線上のバリエーションかもしれません。

「正月飾り」は、「正月」と「節分」あるいは「サト」と「ヤマ」のつながりでその意味を理解するのが、僕にはいちばん腑に落ちます。

サトは、農耕の地。農作物がいっぱいで安定し生活も便利です。しかしその分、霊的なものの勢いが衰えています。一方ヤマは、霊的なものやスピリットのパワーに満ちています。だから、山伏たちは、霊的なものの力を求めて山に入る。

年に一度、サトの人たちは、ヤマから霊的なものにサトに降りてきてもらい、サトをヤマのスピリットで満たします。それが正月で、霊的なものは「オニ」と呼ばれます。サトの家では、オニのための目印にヤマのシンボルを玄関に置きます。門松です。

二月の節分(立春の前日)までの一ヶ月あまり、オニはサトを霊的なパワーで満たします。霊的な力がサトに充溢したら、オニはヤマに帰ります。「鬼は外」です。そのとき、サトの人たちは、感謝の念を込めて、豆を撒きます。


人気ブログランキングへ

 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧