雑感

2018年7月20日 (金)

サンマはダメみたいですが、イワシはいっぱい

先週、対面販売の魚売り場に立ち寄ったら、観賞用にはいいかもしれないけれど、実際に焼いたらいったいどこを食べるのだろうというような大きさのサンマが、値段も場所も高級魚扱いで売られていました。食べられる程度に大きいのは築地あたりに運ばれていったのでしょう。だから、「初サンマです、いかがですか?」と言われても反応のしようがありません。「脂ものっていませんが・・」。

サンマが、心地よい海水温を求めて、日本近海というか今までの日本のサンマ漁場から別の場所に移動したのでしょう。

サンマは今のところは今年も不漁でサイズも小さいらしい。一方、イワシは各地で豊漁なのか、売り場に溢れるように並んでいます。サンマの塩焼きのあの味わいを求めるのでなければ、イワシという代替案もあります。魚屋がその場で開いたのも並んでいるので、ニンジンやタマネギ、そして、イワシ料理の香りを整えるタイプの野菜でもあれば、時間をかけずに南蛮漬けが作れます。

いつ頃からサンマは高級魚扱いになっていったのか、以前のブログ記事を読み返していると、2010年8月11日の記事に〈今年の秋刀魚(さんま)と、佐藤春夫の「秋刀魚の歌」〉と題したものがありました。以下は8年前のその記事の一部です。

「今年は秋刀魚が不漁と聞いていましたが、実際に、対面販売の魚売り場に出向いてみると確かにその通りで、売り場のおばさんも季節の華が少ないので残念そうです。値段も不漁を反映してかちょっとびっくりするようなものになっています。去年なら400円前後の大きさでそれなりに脂ののった感じのものが今年は700円。釧路など北海道の秋刀魚は、今のところ、佐藤春夫に自慢できる状況にはないようです。

2週間ほど前に急な用事で出かけた東京でついでに立ち寄ったデパートの地下食品売り場の魚コーナーに丁寧に並べてあった細い秋刀魚の値段が580円。いつもの旬の時期なら200円で買えるはずのサイズです。

『今年で最初、そして今年で最後の秋刀魚かも』といいながら配偶者と僕の晩ご飯のおかずに2尾購入しました。早速その夜塩焼きにして食べたのですが、そして味はそれなりに結構でしたが、値段がしっかりと高級魚なので、このままの値段だと今年は食べる回数がとても減るかもしれません。」

ついでに、佐藤春夫の「秋刀魚の歌」(大正10年10月)を全文引用してみます。人間関係がけっこう込み入った内容の詩ではあります。

 
あはれ
秋風よ
情(こころ)あらば伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉(ゆふげ)に ひとり
さんまを食(くら)ひて
思ひにふける と。

さんま、さんま
そが上に青き蜜柑の酸(す)をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみてなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児(こ)は
小さき箸(はし)をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸(はら)をくれむと言ふにあらずや。

あはれ
秋風よ
汝(なれ)こそは見つらめ
世のつねならぬかの団欒(まどゐ)を。
いかに
秋風よ
いとせめて
証(あかし)せよ かの一ときの団欒ゆめに非(あら)ずと。

あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児(おさなご)とに伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
涙をながす と。

さんま、さんま
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。

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2018年7月18日 (水)

SAMURAI BLUE 2018

昨日の朝の話です。メールが来たので何かと思ったら、配偶者からでした。

これから乗り込む便の機体が「SAMURAI BLUE 2018」だそうです。下は出発時刻25分前のその機体の写真。彼女は「SAMURAI BLUE 2018」に縁があり、まれにしか乗らないのに、今回で2度目の搭乗だそうです。

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2018年7月17日 (火)

札幌の霧はなかなかに美しい

札幌は霧の多い街だというのが、ぼくの印象です。

市内中心部の南に藻岩山(もいわやま)という標高500メートルくらいの山があり、そこからは札幌市内とその向う側の日本海が一望できるので外国人観光客にも人気のスポットですが、普段は市街地からもよく見えるその山の頂上が霧に隠れてしまうことがよくあります。

一昨日と昨日は霧が濃くて、とくに一昨日の夜は、200~300メートル先がまったく見えないような状態でした。だから、藻岩山などまったくどこにあるのかわからない。冬の吹雪の時は、ホワイトアウトまでいかずとも200~300メートル先が見えない状態になることがしばしばですが、日曜日の夜は、幻想的な霧のホワイトアウトでした。

札幌中心部の街灯は、光の色が橙なので、その橙色の広がりがボーと周りに溶け込んで、北欧のどこかの都市にいるような錯覚を見るものに抱かせます。

滞在中のホテルの窓からその時刻に外を眺めていた観光客は幻想的な気分に浸ることができたかもしれません。ススキノのバーから帰宅途中のかたは、外気のぼんやりと霞んだ感じと、なんとなくひんやりとした空気の肌触りを感じながら深夜の駅まで急いだかもしれません。

全国版の天気予報では『16日(月)海の日も、日本は夏の高気圧に覆われます。各地で夏空が広がり、溶けそうな暑さに。』となっていましたが、16日午前8時過ぎの札幌は、一面の濃い霧で、気温は17.8℃でした。気持ちいい温度ですが、海で楽しみたいかたには寒すぎる。もっとも北海道の海水浴場は泳ぐ場所ではなく、バーベキュー(ジンギスカン)を楽しむ場所なので、ちょうどいいと思います。

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2018年7月13日 (金)

今日の近藤、今日の秋山

最近の天気予報はよく当たります。雨と予報されていると、雨の強弱はさておいて、本当に雨が降ります。当たるというと占いみたいだけれど、天気予報にはそういう性格がある。そういう性格について考えていると、傘を持ち出しても何の役にも立たなかったというのはいいとしても、その逆の場合には、腹が立たない。

たしか金沢では、大相撲の開催時期は「今日の遠藤」というコーナーが地元の放送番組の中にあったと記憶しています。石川県出身の遠藤の取り組みだけを、毎日、視聴者の多い時間帯に放送する。

ぼくの関心はプロの相撲よりもプロの野球です。放送時間が決まっているならテレビ媒体でも構わないのですが(録画するので)、それよりもどこかのウェブサイトで日本ハムの近藤健介選手と西武ライオンズの秋山翔吾選手の二人だけに関して、「今日の近藤、今日の秋山」というコーナーを作ってくれないかなと、ないものねだりの願望を抱いています。

二人の全打席を、全球、ゆっくりと見てみたい。二人が所属する球団のゲームの勝ち負けや順位も気になりますが、それよりも二人の打席です。

二人の現在の打率は低くて(そんな印象になる)、3割5分かそれを少し上回るくらいですが、毎日が3打数1安打だと打率は徐々に確実に下がります。4打数2安打、3打数1安打、5打数2安打が交互に連続すると(その細かい比率は別にして)打率は4割くらいになる。そういう打者の打席は一球一球が興味深い。

二人のようなとてもレベルの高い打者でも、まったく予測していない球種がくると反応できないし、しまったという表情でストライクを見逃してしまうという場合もある。らしくない空振りもテレビ画面に映ります。でも、配球予測力や対応力、瞬間適応力や想定外の球のやり過ごし能力や打ちやすい球の引き込み能力は、見ていて飽きない。

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2018年7月12日 (木)

旧北海道庁(本庁舎)前の赤レンガ広場

4年近く前にできた商業施設のことをいうのか、それらを含む公共広場のことをいうのか判然としないのですが、北海道庁の旧本庁舎(通称、「赤レンガ庁舎」)のすぐそばにある北3条広場とその周辺の商業施設(レストラン街)を赤レンガテラスと呼んでいるみたいです。

「赤レンガ庁舎」との景観の連続性を引き立てるするために、北3条広場は赤レンガを敷き詰めた雰囲気のいい広場に整備し直されました。だから「赤レンガ広場」と呼んでも札幌市民としてはさしつかえないのですが、「赤レンガテラス」と呼ぶ商業的な理由があるのでしょう。しかし、ここではそのことには立ち入りません。

下の写真は「赤レンガテラス」と「赤レンガ庁舎」。梅雨前線もどきが、また、北海道近くまで北上していて雨が降りそうなくらい重く曇っていた日に撮影したので、色合いの悪いスマホ写真になってしまいました。

A_2 商業施設の一部

C_2 商業施設ロゴ

B_2
北海道庁の「赤レンガ庁舎」(旧本庁舎)。赤レンガ広場はこの庁舎のすぐ東側。左側のグレーの建物(守衛が立っている)は、道議会。

興味深いのは「赤レンガテラス」のログ風横文字表記です。「Akarenga TERRACE」となっています。「TERRACE」は英語ですが、英語表記というのではないらしい。無理に英語に直すと「赤レンガテラス」は「Red Brick Terrace」になります。

以前、「駅弁大学」という用語が日本でまだ死語でなかった時期に、その当時日本に住んでいたあるイギリス人に駅弁大学を英語だとどういうのかを尋ねたことがあります。そのイギリス人は、ぼくが説明した駅弁大学の意味を理解し、それなら「Red brick universityかな」と答えました。「ほとんど同じ意味です。」

そういう意味では、「赤レンガテラス」を「Akarenga TERRACE」と表記し、「Red brick TERRACE」としなかったのは結構な判断だったと思います。たとえ「Akarenga」が外国人には意味不明な言葉であったとしても。しかし、実際には判断にそういう迷いはなくて、「赤レンガ庁舎」、故に「赤レンガテラス」、故に「Akarenga TERRACE」という直線的な決定だったのかもしれません。

いずれにせよ、観光客や市民向けのきれいなテラス風赤レンガ広場であることは間違いありません。

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2018年7月 6日 (金)

記憶としての地名

「国土交通省札幌開発建設部は3日午前8時10分、深川市と沼田町の雨竜川で、同11時半には旭川市の石狩川で氾濫(はんらん)が起きたと発表、安全確保を呼びかけた。」(2018年7月3日 朝日新聞デジタル)といった事態が発生すると、水田被害や農業被害、住宅被害でその地域は大変ですが、そういうときは、地名とはやはり記憶だなという思いを強くします。

Photo
「大雨の影響で氾濫した雨竜川=3日午前、北海道沼田町(北海道開発局提供)」
(時事ドットコムニュースよりお借りしました)

氾濫しやすいことで有名な川に利根川支流の「鬼怒川」があります。「鬼」が「怒る」「川」なので、氾濫の記憶に満ちた命名です。「雨竜川」という名前を見て「鬼怒川」とほとんど同じだと思いました。

川が氾濫すると「本来の場所でない」ところに川が発生します。実際は「本来の場所」にまた川ができたということですが、数十年のヒトの記憶にある本来よりも、数百年、数千年の自然の流れにおける本来のほうが本来度が強かったということです。

北海道は、広大な畑のイメージが標準で、美瑛のような場所を引き合いに出さずとも、そのイメージはいろいろな場所で確かめられますし、楽しめます。とくに、東北に位置する知床にいたるあたりまでを含んだ北海道の東半分はジャガイモや玉ネギや小麦やビート(てんさい)の主要な産地なので区画の大きい、機械耕作にむいた畑が一面に広がります。

しかし、網走から北見盆地を抜け、峠を越え、雪の消えない大雪山を左に見ながら、「川」のつく地名をもつ地域に近づくあたりから農地の雰囲気が徐々に変わってきます。

最初の「川」は上川、次に旭川、深川、滝川、砂川。そして、その近隣には、東川や新十津川がある。川ではありませんが、その先が岩見「沢」。川から沢にいたる一帯には、北海道以外では懐かしいような田園風景が連なります。

時期が5月なら、そこには、田植え直前の、水がはられた状態の田がどこまでも広がっています。田んぼの各区画は畑と比べるとはるかに小さくて、大雪山を左にしてとてもゆるやかな左カーブで走っていく車窓から目にする光景は、東海道新幹線から見る田園風景を思わせます。江別に入ると、また畑の光景へと戻ります。

今回(に限りませんが)水害があったのは、その「川」のついた地名をもつ地域です。

「川」は水です。稲作に向いた場所だともいえるし、ひとつ間違えると水が一面に溢れ出す場所だとも言えます。「川」を含んだ地名がいつ定着したのかわかりませんが、明治に入ってしばらくしたあたりで「和人」がつけたとすると、そのころ、つまり120~140年前にそのあたりで暮らしていた人たちの土地の記憶(古い記憶と新しい記憶の混交)は、水の豊かさと同時に水の氾濫です。「川」を通してその記憶が引き継がれたのでしょう。沼地が、宅地造成の結果、「○○ヶ丘」「□□台」に生まれ変わるようなひどい事態は当時はなかった。

地名を文化的・政治的に変えても、地形を人為的に変貌させても、その土地の潜在意識的なもの、無意識層に属するものはそこにあり続けるということなのでしょう。

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2018年7月 5日 (木)

化粧品とコミュニケーション

写真は、この季節になるとアーチに沿ってきれいに伸びるホップ(あの、ビールに使うホップ)です。場所は大通公園という札幌の中心部にある公園です。

20180704

この写真には写っていませんが(写していませんが)、ホップに向かってスマートフォンを構えているぼくの近くで、複数の中国からの家族連れが高級なコンパクトカメラやスマートフォンでお互いに写真を撮りあっていました。地味なホップのアーチの近所には、噴水があり、花壇にはとてもカラフルな花が植えられています。

この公園を歩き続けたり、この公園に隣接する商業地域を歩いていると、あるいは、藻岩山(もいわやま)の麓を経由してきた夜の市電に飛び乗ったりすると、聞こえてくるのはたいていは中国語で、そういう環境にいると、自分が中国のどこかの地域の少数民族の一員であるような気分になります。かりに彼らがしゃべっていなくても顔つきや醸し出す雰囲気で隣の国からの観光客だとわかります。

その異国感を、そしてとくにそれがやや変形した感じのものを味わいたければ、配偶者のお供でデパート一階の化粧品売り場に行くのが最適です。

これは配偶者の受け売りですが、世界の化粧品売り場の中で、日本のデパートの化粧品売り場ほど、顧客への対応と実物説明を含む解説が丁寧で親切なところはないそうです。だから、中国人女性観光客の足が絶えない。

中国語が堪能とは思えない日本人の販売員女性と中国人顧客がどうやって細かいニュアンスを伝えあっているのかわかりませんが、きれいになりたいという気持ちときれいにしてあげたいという意思、そして、本物の化粧品という現実的な媒体とボディ・ランゲッジがあればコミュニケーションは比較的簡単なのかもしれません。

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2018年7月 4日 (水)

フリーマーケット・サイト雑感

宅配便を届けてくれた担当のかたと、その担当者が使っている受発注処理のための携帯小型IT機器類の使い勝手を話題に短時間、雑談する機会がありました。そのとき、あるフリーマーケット・サイトの運営会社のこともついでに話題になり、ある通販サイトからの依頼便もとても多いけれど、そのサイトからの委託便がこのところ急に増えている、まあそんな話でした。

定期健診に行った歯医者の歯科衛生士の若い女性にそのフリマ・サイトのことを聞いてみました。知っているという話です。

で、面白そうなので、そのサイトを訪ねてみました。

出品商品を眺めたり、運営者による売買案内を読んだりしてしばらくそのサイトで遊んでいたのですが、要は(当たり前と言えば当たり前ですが)、家庭や個人の不用品(有体に言えば、当人にとってはゴミ)のインターネット売買所です。

取引手数料と配送料を払ったら手元にいくら残るのか、赤字にならないのかといった値段設定のものもありますが、それは不用品をどういう哲学で販売するかという考え方の問題でもあるので、第三者がとやかく言うことではありません。

休日の公園や広場のガラクタ市や蚤の市のインターネット版です。

当人にとっては、不用品・ゴミであっても、ガラクタ市や蚤の市では宝の山に変貌する可能性もあります。が、そういう重厚長大な空気はこのサイトにはなくて、漂っているのは、日常の値の張らない不用品処分とお小遣い稼ぎのカジュアルな雰囲気です。

でも、なかには、セミプロ風の参加者もいらっしゃるようで、そういう「商社マン」「商社ウーマン」にとってもこのサイトは便利な「口銭稼ぎ」の場所になっているみたいです。しかし、いちばん「口銭」を稼いでいるのは、IT投資・インフラ投資も大変だと思いますが、このサイトの運営会社のようです。

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2018年7月 3日 (火)

街路樹としてのプラタナス

すぐ下の写真は数日前(6月下旬)のプラタナスです。スズカケノキとも呼ばれています。プラタナスは、札幌では、ナナカマドやイチョウ、カエデやニセアカシアに次いで本数の多い街路樹で、全部で12,000本くらいある(「札幌市街路樹樹種別一覧」)。夏には葉が野球のグローブくらいに大きく成長します。

6_a 6_b
     6月下旬のプラタナス                 6月下旬のプラタナス

幹は、不思議なまだら模様というか曲線の幾何学模様でしばらくの間なら見ていて飽きない。

4  4月下旬

秋になると、大きな葉が風で落ちて道路の掃除が大変なので、そうなる前に市の植栽関係の係が枝を切り落とします。下は、その作業前に、雨上がりの地面に墜落してしまった葉のようです。

10  10月中旬のプラタナス

でもまた春になると、伐採された枝から新しい枝が伸びてきて、「循環」を実感できます。

5  5月上旬

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2018年7月 2日 (月)

飲み屋の与太話のようなサッカー解説にはうんざり

ものごとの論評にはその人のレベルが現れますが、とくにテレビのプロスポーツ解説の場合には、それが露骨に出てしまうようです。

ずいぶん以前に日本で開催されたのですが、世界のトッププロが参加した国別競技で、解説者があるホールで、ここはピンに近づけるにはピッチ・アンド・ラン以外は無理ですねと自信たっぷりにコメントし、しかし南アフリカ出身のプロゴルファーは上空高く揚げたボールをズドンとピンそばに落としてその場で止めてしまいました。

その解説者は、いやー、こういう打ち方はまったく想像もしなかったと、暢気にコメントしていましたが、そういうのは、解説者の技量のお里が知れるとしても視聴者としてはとくには腹も立ちません。正直な解説者だなあという印象が残るだけです。

最近の国際試合を担当するサッカー解説者の中には飲み屋の与太話のような解説の域を出ない御仁も少なくありません。スポーツバーで大きな画面を肴にとても饒舌なかたがいらっしゃいますが、ほぼ、そんな感じです。アマチュアが一杯やりながらああでもないこうでもないと好き嫌いを発散しているのと大差ない。

視聴者にとっては、そういう解説はほとんど雑音なので、プロ野球の中継で副音声から出てくるのは球場内の音だけというのがありますが、サッカーも雑音排除のそういう仕組みを用意してほしいと勝手に考えています。何か不都合でもあるかしらん。

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