雑感

2017年9月20日 (水)

寒くなる前に窓磨き

寒くなると億劫になるので、9月下旬の湿度が低く晴れていて風のない日が理想的です。風がなければ曇っていてもかまわない。大掃除に近い窓ガラス磨きです。窓は二重窓。先週末のある午後にがんばりました。
 
本格的な窓ガラス掃除は年に4回。雪が降らなくなり暖かくなる5月の連休あたりが1回目。冬の横殴りの雪で汚れています。2回目は夏の入り口、3回目は夏の真ん中。そして4回目(その年の最後)が9月下旬から10月初めにかけてです。
 
窓ガラスの外側部分は、ナチュラルタイプと言ったらいいのか、変なケミカル成分が入っていなくてゆっくりと乾くタイプの洗浄液とスクイジーを使います。内側部分は別の種類のナチュラルで速乾性の洗浄液とペーパータオルです。全部をやるとそれなりに疲れます。
 
スクイジ―といえば、たとえば東南アジアのホテルの1階レストランの大きな窓を毎朝ひとりで、横幅の広いスクイジーで芸術的な輝きに磨き上げる少年に近い青年の技は見ていて飽きない。それにははるかに及びませんが、それでも回を重ねるうちにだんだんと上手になってきました(と、思う)。
 
スクイジ―で曇りひとつなくきれいになった窓ガラスというのは、作業者をそれなりに幸せにするようです。
 

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2017年9月19日 (火)

2年ぶり?1年ぶり?6日ぶり?5日ぶり?

スキージャンプのワールドカップのような年間試合数の多いものは、「4か月ぶりの金メダル」といわれてもああそうかで済ましてしまうのですが、優勝というものが年に1回のスポーツで、2015年に優勝したチームが2017年にまた優勝したら、これを(2015年秋から2017年秋まで2年間が経過したので)「2年ぶりの優勝」というのか、それとも(途中に優勝できなかった1年間が挟まっているので)「1年ぶりの優勝」というのか。
 
ニュース番組は、2015年に優勝したチームが2017年にまた優勝した状況を「2年ぶりの優勝」と呼んでいます。なぜか?
 
広辞苑を見ると、「ぶり」とは、<時間を表す語に付いて、時日の経過の程度を表す。「久しぶり」「一年ぶり」>とあって、この説明だけでは今回の事態はよくわかりません。
 
NHK放送文化研究所のサイトを見ると、以下のように解説されています。
 
<[数え方]:「○時間ぶり」「○日ぶり」「○か月ぶり」「○年ぶり」などは、すべて満の数え方をします。>
<(例)平成10年に初優勝したあと、ことし(平成13年)再び優勝した場合、「3年ぶり2回目の優勝」。満の数え方で、(平成)13-10で3年と計算します。>
 
だから、<「2015年秋に優勝」・・・「2016年秋は優勝できなかった」・・・「2017年秋に優勝」>という状況は、「NHK標準」によれば、「2年ぶりの優勝」です。
 
したがって、2016年に優勝したチームが2017年にまた優勝すると「去年に続いて連続優勝」ですが、「ぶり」を使うと「1年ぶりの優勝」ということになります。そういう場合に「ぶり」を使うと、「ぶり」には途中の空白が想定されているので、どうも居心地が悪い。
 
プロ野球の投手の登板頻度を「なか5日」と云ったりします。前回の登板日と今回の登板日の間に5日間の休養日があるということです。「ぶり」だと「6日ぶり」となる。しかし「6日ぶり」はあまり使わない。1日の違いがとても重要な場面では、「ぶり」のようなまぎらわしい表現は避けているのでしょうか?
 
ニュース英語だと「二か国首脳会談が二年半ぶりに実現」というのが「The leaders of the two countries met on Nov. 10 for the first time in two-and-a-half years.」なので、「前回の会談と今回の会談の間に2年半という時間が挟まった状況」を「二年半ぶり」というのが慣用表現になっているようです。敵と味方の40年ぶりの再会でも構わない。
 
そういうことで今回の「2年ぶりの優勝」ですが、やはり、どうもすっきりしません。その居心地の悪さは、年に一度しか機会がないときに、そして途中の空白が1年という最短期間という状況において、「■年ぶり」を使うことからきているようです。「20年ぶりの優勝」なら違和感はありません。

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2017年9月13日 (水)

紙フィルターの「つまみ」はブレイクスルー?

あるメーカーのペーパードリップ用のコーヒーフィルターの話です。
 
最近新しいのを買ったら、紙に小さな「つまみ」がついていました。以前はそういうのはなかったと思います。ちょっとした工夫、ちょっとした改良ですが、その付加価値は使った瞬間に納得できました。ペタッとくっついた状態の紙フィルターが「つまみ」のおかげで簡単に円錐形に広がります。
 
紙フィルターが考案されたのは20世紀の初め頃だそうですが、つまみなしで100年間やってきた。誰が考えたのか、どうして今まで思いつかなかったのか。
 
しかし、それがないととても不便かというと、必ずしもそうではありません。「つまみなし」に長年慣れているからです。すぐに古いタイプに復帰できます。だから、そういう「付加価値」をつけていない競合商品も多い。特殊な機能や単機能の台所用品が大好きな不器用な米国人なら、こういうのを使い始めると復帰は難しいかもしれませんが。
 
この機能をブレークスルーと呼べるかどうかはよくわからない。でも、ぼくにとっては便利な機能なので、このタイプを使い続けると思います。
 
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2017年9月 6日 (水)

包丁がうまく研げない

配偶者の作ったカボチャやゴボウの料理を何度か楽しむと、そろそろ研ぐか、と考えます。我が家における包丁のメイジャーユーザーは配偶者です。ぼくも時々使いますが、位置づけはマイナーユーザ。しかし、包丁研ぎはいつのころからかぼくの役割です。
 
研ぎ上がり具合を評価するのは、メイジャーユーザーであるところの配偶者で、なかなか厳しいことを言います。研ぐたびに、切れ味はどうだ、と尋ねるのですが、昨日の返事は「切れるけど、感激はないわね」
 
だいたい、75点~85点くらいの評価が多いのですが、たまに90点を超えることもある。今まで2度だけ「怖いくらいによく切れるわ」という明らかに95点を超えたと思われる反応もありました。
 
しかし、研いだ本人には、どうしてそういう切れ味の差が出たのかよくわかりません。今日は研ぐのが面倒だなという日の出来上がり具合が悪い場合は納得できるのですが、作業の見かけの丁寧さと結果は関係なさそうです。
 
気持ちがより強く入っていた時のほうが、できあがり具合がいいというのは、包丁に限らないことなので、次回は、包丁が食材をスパッと切り分けるイメージを頭の中にいっぱいにしたあとでやってみますか。気持ちが入っていると、刃と砥石との接触角度がほぼ一定で、バラツキが少ないはずなので。

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2017年9月 4日 (月)

関係ではなく、関係性?原因や理由ではなく、要因?

最近、「関係」ではなく「関係性」という言葉がマンエンしているようです。理由や原因ではなく「要因」という言葉が気軽に飛び回っている現象と似ています。たとえばニュース番組におけるサッカーや野球の報道で「関係性」や「要因」という言葉が実に気楽に使われています。ぼくには違和感です。
 
サッカーのような選手間の連携が常に必要なスポーツでは、選手間のその場の瞬間的な関係やプレー間のリアルタイムな関係(や関係の変化)が重要なことはわかりますが、それを「関係」ではなく「関係性」と呼ぶ理由がぼくにはわからない。
 
「それを『関係性』と呼ぶ『理由』がわからない」を、かりに「それを『関係性』と呼ぶ『要因』がわからない」と言い換えると、とても今風な感じになります。
 
具体例を出すと、ある時点の二つのプレーの「関係」、ないしはパスを出しそれを受け取った二人のプレーヤーの「関係」という言い方ではなく、その二つのプレーの「関係性」、ないしはパスを出しそれを受け取った二人のプレーヤーの「関係性」という表現を、アナウンサーやレポーターはするのですが、わざわざ「関係性」としたその意図は何だろうと考えてしまいます。もっとも、そういう意識はもともと念頭になくてなくて、言葉の響きにつられてなんとなく使っているだけかもしれませんが。「関係」よりも「関係性」のほうが格好良く響く。
 
ぼくの記憶では、「関係性」という変な日本語が一般化したのは、マーケティング分野で Relationship Marketing という考え方が登場して以降だと思います。Relationship Marketingは「リレーションシップ・マーケティング」、ないし「関係性マーケティング」と訳されました。Relationが関係なので、Relationshipは関係性ということにしたのでしょう。
 
Relationshipは一般的な言葉なので、それ以前は、日本語訳としては、「(人と人の)関係、結びつき、(物事と物事の)関連、関係」などが当てられていたと記憶しています。スッキリとしている。
 
蛇足ですが、リレーションシップという用語はIT業界ではよく使われていました(細かくはリレーショナル・データベース管理システムという分野において)。しかし、それは専門家やその周辺の人たち用の術後ではあっても、それ以外のものではなかったはずです。速度優先のIT業界は、3文字や4文字の簡略英語が日常語の業界なので、IT用語としてのリレーションやリレーションシップも通常はカタカナ表記以外の日本語には訳されません。最近だと、IOTやAIスピーカーという例があります。面倒なので、そのまま使う。
 
リレーションシップ・マーケティング(関係性マーケティング)とは、教科書風な説明をすると、商品やサービスの提供者が、顧客との良好な「関係」を長期的、継続的に維持し深めていくことで、顧客の当該商品や当該サービスに対する強いロイヤリティを創り出していくマーケティング手法のことです。
 
その文脈では、「関係性」とは「顧客との一定の関係のあり方」、もっと言えば「顧客との、長期的に望ましい関係のあり方」というです。だからそれを追い求めるマーケティングが、リレーションシップ・マーケティング(関係性マーケティング)だということになります。
 
そういう意味でやや特殊な使われ方をされた「関係性」という用語が、マーケティングの世界をはみ出して独り歩きし始めたのはそれからけっこう時間がたってからだと思います。しかし、なぜ独り歩きし始めたのか。その理由はぼくにはよくわかりません。現象としては、今はスポーツ報道の世界にまで浸透してきました。
 
上述のような使われ方の「関係性」や「要因」に違和感を覚えるのは、しかし、ぼくだけかもしれません。はやく空気に慣れることですかね。

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2017年9月 1日 (金)

最高気温は正午過ぎで、22℃

いつからそういう刷り込みがぼくのなかに定着したのかは定かではないのですが、一日でいちばん気温が高くなるのは、午後2時から午後2時半くらいにかけてだと思っていました。その刷り込みが妥当する地域も日本には多いと思いますが、北海道では必ずしもそうではないようです。
 
昨日は気持ちの良い晴れで、あとで記録を見たら、最高気温が22℃、最低気温が16℃でした。肌感覚だとその最高気温がやってきたのは、つまり、あれ、けっこう暑くなってきたなあと思ったのは、正午あたりです。お昼が近づくと急に気温が上昇するように感じます。午後2時になると気温は下がりはじめ、午後3時だと気温の降下を明らかに実感します。
 
昨日のような晴れて気温が16℃~22℃のような日には、オフィス街の勤め人なら、上着なしで、お昼休みにランチを職場の近所のおいしいお店に食べに出かけ、昼食後にそのあたりを10分ほどふらふら散歩などというのがいちばん気持ちがいい。
 
しかし、おにぎりやサンドイッチを片手に(あるいは昼食抜きで)昼休みもオフィスで働き続けなくてはならないほど忙しいかたには、その日の最高気温が正午であるかどうかなどはどうでもいいことかもしれません。
 
ヒトや動物園の生きものにとっては爽やかな晩夏の気温ですが、農作物には、種類によっては、ぎりぎりの温度です。そういう気温推移ですが、十勝地方では大規模畑作物の収穫時期が順調に近づいているようなので、あとは、去年のような急な大雨に襲われなければ大丈夫です。

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2017年8月29日 (火)

土は乾いたかな?

ルッコラは素焼きのプランターや素焼きの丸い鉢植えで栽培しています。今年は三期作でした。三期目を収穫し終わったところで、今年は打ち止め。季節がルッコラ向きではなくなってきました。
 
ルッコラは葉の様子からは想像できないくらいに長く広くプランター中にその細い根を張ります。土は収穫が終わり次の種蒔きごとに総入れ替えです。
 
収穫の終わった土はしっかりと乾かしてから処分します。土がよく乾いたかどうかを見て確かめるために、少しだけ小さな葉を残してあります(写真)。まだ緑です。どこかに水分が残っているのでしょう。その葉が緑でなくなったら、土を処分するタイミングです。
 
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2017年8月16日 (水)

競歩のメダリストの速さ

先日の世界選手権で銀メダルと銅メダルを手にした日本の競歩選手は50キロメートルを3時間40分でカバーしたので、時速は13.64キロメートル、ここではやや乱暴ですが、時速14キロとします。超一流のマラソン選手は40キロを2時間で走るので、時速は20キロメートルです。
 
夏の夕方は、速足で歩く散歩が好きですが、ぼくの速足散歩は、時速6キロです。時速6キロがどれくらいの速さなのかは身体が覚えています。時速14キロというのはこの倍以上なので、実感としても、ものすごい速度ということになります。
 
休日や週末は若い男性ジョガーや中年の男性ジョガー、野球帽風をかぶった若い女性所ジョガーやもう少し上の年齢の女性ジョガーとすれ違います。安定して走っていくなあと思うジョガーで時速10キロ程度でしょう。12キロくらいだと見ていて格好がいい。気持ちのいいスピードです。
 
無理して頑張って疲れてしまい、ぼくと同じ速度か、ぼくが抜いていけるようなスピードのよれよれオジサンジョガーもいらっしゃいます。ジョギングを止めてウォーキングに切り替えたらいいと思うのですが、ジョガーとしての意地があるらしい。
 
50キロメートルを時速14キロで歩き続ける競歩というのは、その格好いいジョガーも一瞬にして抜き去る速度なので、あらためてすごいなあ、と思います。

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2017年8月15日 (火)

打者の圧力

今年の札幌は最高の避暑地です。自宅に関しては、冷房機能の享受という意味でエアコンのお世話になったのは7月下旬の1週間だけ。あとは、網戸を通して入ってくる風と扇風機があればそれで十分で、そのうち扇風機のスイッチもこのところオンにしなくなりました。このままの状態が続くとありがたい。
 
そういう心地よい夜は、地元のプロ野球チームのナイター中継です。今年は、見るとイライラすることばかりなのだけれど、しかたがありません。こういう場合の定番はビールですが、とくに暑いとは思わないのでビールは飲まない。手にするのは適度に冷えた日本酒です。
 
野球の中継は、いつのころからか、投手の斜め背後から、投手目線で打者を眺めるようになりました。そういう構図がけっこう楽しいのは、それぞれの打者のもっている圧力のようなものを投手目線で評価できるからです。この打者はどの程度の心理的な圧力を投手にかけているのか、かけつつあるのか、敵味方関係なく、そういうものを想像しながらチビチビやる。
 
野球や格闘技と全く関係のない場面で、それも初対面でも、向かい合ったときに静かな圧力が伝わってくる人というのはいるものです。いわんやプロのスポーツの対決場面においておや、です。
 
見えざる強い圧力がじわじわと投手に押し寄せてくるような打者と、圧力をかけようとしているのだけれどその様がどちらかというと漫画風でおもわず笑ってしまうような打者がいる。圧力が全く感じられない、つまり三振かボテボテゴロしか想像できない打者もいる。まれに、圧力を殺しているというよりも、じつにゆったりとした感じに見える打者がいる。こういう打者は怖いと思う。
 
最近のテレビは打者や投手の表情もアップで撮影してくれるので心理の細かい変化も観察できます。こういうのは、応援という騒音に満ちた野球場の座席ではなかなか味わえません。贔屓チームの成績が悪い場合の、ひとつの、プロ野球との付き合い方です。

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2017年8月14日 (月)

不気味な感じ、いったい何ごとかと・・・

1週間ほど前の土曜か日曜の夕方のことです。札幌市内の、道路際にゆったりとした駐車スペースもある人ごみのない某所を歩いていたら、そのあたりにだけ普段は見かけない種類の車が妙に多いことに気づきました。普通車も多いが、それ以上に駐車中の軽自動車が目立ちます。よく見ると、業務用の車も混じっています。夕方に30分の途中休憩といったところでしょうか。運転席で、二人連れの場合は運転席と助手席で、スマホをいじっています。
 
どこかからわざわざ歩いた来たらしい老若男女も、車が縦に駐車している道路とは別の、しかしすぐそばの一画になんとなくくっつくように並んでいます。数は十数人。齢は20歳くらいから60歳すぎくらいまでで、男女は半々くらい。皆さんスマホを片手に画面を見つめ、なにごとかに没頭している雰囲気です。お互いの間に音声の会話はありません。少し不気味な感じもします。何ものかに洗脳されたおとなしい人たちが、その何ものかに静かに操られている風にも見える。
 
ぼくはまったくやらないのでわからないけれども、例の人気スマホゲームに関連したイベント(というのか、なんというのか、ともかくそういうもの)なのでしょうか。そのゲームに関係した人たちの構内への立ち入りは禁止、という趣旨の掲示板を集合住宅などの入り口で見かけたことがあり、住民の反応が少し過敏すぎるのではと思ったこともありますが、今回、なぜそういう反応が発生したのかその理由をいくぶん実感できました。同じ現象が近所で発生したら、けっこう怖いに違いない。
 
それに比べると、歩きスマホは平気でこちらに向かってくるのでこちらが避けないとぶつかってしまうという迷惑はあるのだけれど、見えないところでコントロールされている集団の不気味さはありません。もっとも、鳥の眼で下界を見ると、スマホ画面を眺めて歩き続けている人たちが地上には同時にいっぱいいるわけで、これも異様な光景です。そう考えると両者に差はないのかもしれません。

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