雑感

2020年4月10日 (金)

ゴミ出し時の「ペットボトルの分け方」にいつも迷う

毎朝というか、決められた曜日や日にちの早朝のゴミ出しはぼくの役目です。札幌だと、札幌市指定の黄色いゴミ袋に「燃やせるゴミ」や「燃やせないゴミ」を入れて取っ手部分を縛り、プラ表示のある「容器包装プラスチック」や「びん・缶・ペットボトル」はそのあたりにある透明ないし半透明なポリ袋やビニール袋にきちんと入れて縛って指定場所に出す。

「燃やせるゴミ」とはどういうゴミを指し「燃やせないゴミ」は何が燃やせないゴミか、「包装容器・プラスチック」に該当するゴミはどういうもので「びん・缶・ペットボトル」ということになっているのはどういうのかなどについては、カラーの大判説明用紙が定期的に(多分半年に一度)配られてくるのでそれを参照します。「雑がみ」という区分のゴミもあります。

我が家でごみをゴミ捨て場に出す前の段階で室内のゴミ箱に入れる時も、その分類に従ってゴミ箱(密閉容器や編み籠など)を分けてあるので、そのまま決められたところに詰め込んだらいいとしても、何度やっても迷うのがペットボトル。我が家で利用するペットボトルは輸入品のミネラルウォーター(強い硬水)だけですが、ゴミ捨て説明によれば、

・ペットボトルの「ボトル」は「びん・缶・ペットボトル」ゴミで、
・蓋(キャップ)やラベルは「容器包装プラスチック」ゴミ

になるそうです。似た性質のプラスチックをゴミとして集合させておけば、後工程のリサイクル処理やその他の処理が効率化できるということでしょう。実際にそうなっているのなら、それはわかります。

だから、硬水ペットボトルが空になったら、蓋(キャップ)を外しボトルラベルをハサミで切り取るという作業をするのですが、我が家の硬水は輸入品なので米国生まれの世界標準であるところの「▲PET」マークはついていますが、キャップやラベルにカタカナ「プラ」マークはありません。それで毎回、キャップはどっちだったか、ボトルといっしょにするとまずいか、燃やせるゴミだと簡単なのだが、などと悩んでしまう。どうしてかなかなか覚えない。

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つまり上のような表示になっているはずが、我が家で購入している輸入品ミネラルウォーター(強い硬水)だと「プラ」マークがないというわけです。国産品のように「プラ」マークがついたのを買ったら迷わないのでそうするか、というのは別の話で、お気に入り商品はお気に入り商品なので、ボトルとキャップ&ラベルの仕分けをそろそろ確実に手に記憶させますか。


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2020年4月 7日 (火)

ビジネスとして成り立つプロスポーツには「ボール」が必須?

プロ野球の開幕も無期限の延期になったということもあって、テレビの野球中継や球場(札幌ドーム)で消費するはずだった時間を使って、人気のあるプロスポーツとそうでないものの違いについてぼんやりと考えていました。

一定規模以上のビジネスとして成立しファンも多いプロスポーツはほとんど例外なく「ボール」を利用しているようです。「野球」「サッカー」「バスケットボール」「ゴルフ」「テニス」「アメリカンフットボール」「ラグビー」、みんなボールを使う。

ボールを使わないスポーツ、たとえば陸上競技や水泳、スキーやスケートは、スポーツビジネスとしては成立しそうもありません。そこまでの大衆需要がないからです。柔道やレスリングも同じです。オリンピックのときだけ注目されますが、それ以外の時は仲間内の閉鎖空間です。

「バレ―ボール」や「卓球」のようにボールを使っても人気のないのはあって、その二つの共通点は、敵味方で場所(陣地)を分けて互いに競技者が入り混じらない種類のボール利用競技であることです。そういう意味では同じ種類だけれど「テニス」はプロスポーツとして回転していて、その差がどこから来ているのかはぼくにはよくわからない。

ボールの持つ偶然性作用と相互の肉体接触が「大衆プロスポーツ」には必須なのかもしれません。

ゴルフにはプレーヤー同士の肉体接触はない代りに、駆け引きという名の高度な精神接触があります。ゴルフのそもそもはホールごとに勝ち負けを付ける(実質的にはお金のやりとりですが)マッチプレーです。それにゴルフクラブで打ったボールは理屈上、ぼんやりしていても緊張していても、よく曲がる。

例外は、スキーやスノーボード。ボールは使わないにしても、用具が高価で毎年ニューモデルなので魅力的なビジネスではあります。だから上位のプロ選手は比較的優雅に生活できる。

スポーツではないけれど「パチンコ」もボールを使うし、「ルーレット」もボールを使う。「玉突き」もボールを使う。博打にもボールの持つ偶然性機能が必須のようです。プロスポーツ選手の稼ぎということで言うと、個人競技はチーム競技にかなわない。


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2020年4月 6日 (月)

「布マスク2枚」は「ケーキ」を超えたかもしれない

呆れてモノが言えない、という状態を久しぶりに体験しました。

呆れてモノが言えなくなったのは、「前例にとらわれることなく」「今までにない規模で」「速やかに」実行することになっていたところの新型コロナウィルス感染防止対策の「政府」具体案が「全世帯に布マスクを2枚ずつ配布いたします」ということになったと聞いた瞬間です。この件についてはSNSがエスプリの効いたメッセージや印象に残るユーモア画像等を交えて姦しい状態ではあるとしても、ぼくも私的記録としてその瞬間の気分をここに残しておくことにしました。

「ケーキを食べればいいじゃない」「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」はマリー・アントワネット自身の言葉でなくてフランス革命前夜の空気を上手に滲ませたどなたかの創作だったようですが、国会で「全世帯に布マスクを2枚ずつ配布」と言ったのは安倍首相本人なので、それを自信をもって宣言した瞬間に彼の「布マスク2枚」はマリー・アントワネットの「ケーキ」を超え、後世に残る言葉になりました(近くの官僚の思い付きアドバイスをすばらしい方策だと勘違いした結果だとしても)。だから国民が一揆よりも過激な行動を為政者に対して発揮することを厭わない国なら、すぐこのあとに革命が起こってもおかしくない。こういう革命を何と名付けましょうか。

「布マスク2枚」の発想は、「(国民全体で)食べる量が増えるわけではない」のでスーパーなどで食品不足などが続くわけがないと考えた農水省の役人の発想と、ものごとをマクロに静的にしか見られない、つまりミクロな生活感や現実感をいっしょに併せ持った形でものごとを発想できないという意味では同じです。

在宅勤務や休校や外出禁止要請で家族が今まで外で食べていた食品消費分が家庭内に一気に流れ込んできたので(それからその他の理由も加わったので)、家庭内での食品需要が急増してスーパーの日持ち食材や加工食品の棚が空っぽになるという個別な状況変化が、農水省の役人にはうまく想像できなかったように、今回の役人も平均値に飛びつくのは得意であっても、以下にネットから勝手に引用させてもらった絵のような状況が各家庭で発生することが思い描けなかったようです。だからネット上での国民のネガティブな反応と揶揄の大きさに驚き、慌てている。(関連記事は「「食べる量が増えるわけではない」のではなく、「食べる量は確実に増えた」

その、見かけだけで役に立ちそうもない「布マスク(ガーゼマスク)2枚」がそのうち我が家に届いたら、歴史的な記念物として、当分の間、郵送用の封筒ごと透明なポリ袋に入れて保管しておくつもりです。

蛇足ですが、マスクを役に立つ順に並べると

「N95」>「サージカルマスク」>「一般向け不織布マスク」>「マスクをしない」>「布マスク」

という専門家の見解があります。洗って再利用できるということになっている「布マスク」を、手洗いした後、よく乾いていない状態(陰干しが生乾き状態)で再利用すれば(2人世帯でひとり1枚しか割り当てがないし、ガーゼマスクなので乾燥機や天日干しは向いていないのでそうなる可能性が高い)、雑菌が増殖したマスクを翌日に使うことになります。

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どなたの作品か存じませんが、勝手に引用させていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。


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2020年4月 3日 (金)

運動不足解消には部屋でラジオ体操

「コロナ」のおかけでスポーツクラブを控えている配偶者が運動不足を気にしているので、ラジオ体操を毎日付き合うことにしました。ぼくはそういう体操はタブレット端末から流れてくる伴奏さえあればひとりでもできるし一人でやることに特に抵抗はないのですが、彼女はそういうのは好きではないらしい。で、部屋で、二人の都合が合う時にいっしょに「伴奏と号令のついたラジオ体操第一」に合わせて体を動かします。音楽の持続時間は3分22秒。まあ、5分間の運動です。

外を夕方に速足で気持ちよく歩くには、札幌は(あるいはぼくにとっては)まだ季節が早いので、いっしょにやるラジオ体操は悪くない。

ラジオ体操もしっかりやればそれなりの負荷が体にかかります。しかしそれだけでは、何もしないよりはマシではあっても、体が軽くなりません。というわけで、ヨガ体操用の質のよさそうなマットを購入し、配偶者がスポーツクラブでやっている、補助者がいないと出来ないタイプのストレッチもラジオ体操のあとでいっしょにやることにしました。やり方は彼女が覚えているので、教えてもらう。

調べてみたら、中国にも「第八套广播体操」という日本のラジオ体操に近いものがあるみたいです。でも中国なら太極拳。香港や台北の早朝の公園で何度か拝見した太極拳のゆったりとして、身体全体の中心軸(というか重心というか)が決して崩れないバランスの取れた美しい動きは真似してみたい。

関連記事は「ラジオ体操(第一)」。


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2020年3月30日 (月)

コロナの巣ごもり読書には「聊斎志異(りょうさいしい)」

新型コロナウィルス騒動で巣ごもり状態が要請され退屈するかと思ったら、世間は、というか政治と行政の世界はほとんど毎日がコメディなので思ったほど退屈しません。コメディは役者が真面目に演じれば演じるほど滑稽になるとしても、最近の政治行政コメディは登場人物がおのおのの利害と利権の追及にバラバラな方向で熱心なので、その結果、普通のシナリオライターが描く筋書きをはるかに超えたおかしさに満ちています。

「外出は自粛してください。」「不要不急の用事で外に出かけないでください。」「ただし、旅行券と外食券を提供しますので、(外出自粛要請などは気にせずに)旅行し、レストランで思うまま食事を楽しんでください。」「肉や高級魚の購入を支援するクーポンも用意します。」「日常生活で必要なものは政府が責任をもって製造と流通を保証するので心配無用です。」「マスクがいまだに買えないのですがどうなっているのでしょうか?」「申告所得税、贈与税及び個人事業者の消費税の申告期限・納付期限について、令和2年4月16日(木)まで延長することといたしました。」「経済的支援は、前例のない規模で速やかに行います。」「(現金による給付は)当面のキャッシュがない人など(だけ)を対象に(します)。」「(実際の現金給付は)早くても5月末になります。」「首都封鎖も検討しています。」「これでわたしの支持率上がったわね。」「花見や宴会での外出は控えてください。」「都が自粛を求めている公園で花見のような宴会を行っていた事実はない。・・・レストランに行ってはいけないのか。」

「レストランに行ってはいけないのか」を「おいしいケーキを食べてはいけないのか」に翻訳するとフランスやルーマニアではほとんど革命前夜ですが、先日の記事「Financial Times のコロナ(COVID-19)関連の無料記事」で参照した “Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads | Free to read” でも戯画化されているように、日本は「従順で社会規範が強くてマスク着用」の国なので、まだ革命には至っていないようです。

最近になって、東京都でも「密閉」「密集」「密接」の「三密」を回避しようという主旨のメッセージが飛び交うようになってきました。三密の意味は違いますが、三密と言えば密教で、空海です。ただし密教の場合は「三密の回避」ではなく、「肉体と言語と意識のひそかな相互作用であるところの三密、の勧め」になります。

空海の「即身成仏義」という著書に七言八句の頌(じゅ、韻文)があり、下にその上四句を引用します。世界はそのままで(即身)、つまり、ヒトを便利な乗り物として生存しようとしている出自がはっきりとしないがとても頭のよさそうなコロナウィルスを含めてそのままで、悟っている(成仏)という意味の韻文です。

《六大無碍にして 常に瑜伽なり》(宇宙の六つの構成要素はお互いに融けあっていて常に瞑想している)

《四種曼荼 各(おのおの) 離れず》(そういう宇宙を四種類の曼荼羅(まんだら)で象徴的に表現した場合でも、おのおのが離れることはない)

《三密加持すれば 速疾(そくしつ)に顕わる》(私たちの肉体・言語・意識の三種類の働きが仏のそれぞれの働きと応じ合えば、速やかにさとりの世界が顕われる)

《重々(じゅうじゅう)帝網(たいもう)なるを即身と名づく》(六大と四種曼荼と三密は宇宙の網の中で重なり合っていて互いに映り合うような状態であり、だからそのままで私たちは仏の状態にあると言える)

今回のコメディで登場した演者の(まだまだ進行中なので新しい役者も裏に控えていると思いますが)いろいろな言葉や表現はぼくたちの笑いを誘ってくれるし、またいろいろなことを考えさせてもくれるようです。

さて「聊斎志異」です。

巣ごもり読書には推理小説でもいいのですが、あまりに犯罪者の心理分析が重いものは鬱陶しいので、こういう場合は、神仙・幽霊・妖しい狐や妖しい美女・魑魅魍魎(ちみもうりょう)にまつわる中国の怪異譚「聊斎志異」にしくはない。

日本語訳にいくつかの種類があります。ここでは岩波文庫版の「聊斎志異」(上下二巻)が対象です。完訳本だと短篇掌篇合わせて491篇を訳すので膨大な量になるので、たいていは翻訳者と出版社が読者に面白そうなものを選んで一冊か二冊に収まるようにしてあります。岩波文庫版だと上下二巻で92篇。それぞれ450ページ余り。文字数はとても多く、各ページは(ジジイ、ババア向きでない)非常に小さいポイントの活字で埋まっています。ただし篇ごとに挿絵もついている。

この世のものではない美しさの女性や傾国の美女、えも言われぬ香りの女性が数多くの篇に現れます。路上でそういう女性に出会うこともあるし、そういう女性が深夜に戸を静かに叩く場合もあります。だから題名を手掛かりにそういう女性が登場するに違いない、その可能性の高そうな篇を選んで読み進めるのは一つの方法です。たとえば女性や女性の名前が題名になっているところの「青鳳(せいほう)」「侠女(きょうじょ)」「蓮香」「巧娘(こうじょう)」「紅玉」「連城」「花姑子(かこし)」「緑衣女」「青蛾(せいが)」「嫦蛾(こうが)」など。

「ある日も読書をしているとき、不意に室内にえも言われぬ香りが満ちてきて、しばらくすると佩玉(はいぎょく)の音がしきりに聞こえてきた。驚いて振り返ると、きらびやかな簪(かんざし)や耳輪を飾った美人が入ってきた。」(「甄后(しんこう)」

あるいは「労山道士(ろうざんどうし)」のようないわゆる道教や神仙を匂わせる篇を開くのももう一つのやり方です。「労山道士」では次のようなわくわくする描写に出会えます。

「日もとっぷりと暮れてきたのに灯もない。すると、師匠が紙をまんまるく切り抜いて壁に貼りつけた。と、その紙がたちまち月にかわって、室内をこうこうと照らし出した。・・・・『せっかくこんな月明かりをいただいたのに、黙りこくって飲んでいるのも曲もない。ひとつ嫦蛾(月宮の仙女)でも呼びましょうか』と言って箸を月の中に投げ入れたかと思うと、ひとりの美女が月光の中から姿をあらわした。」

短篇集なので頭から読んでもいいし、書き出しが気に入った篇をつまみ読みしてもいい。一度読んで好きになったのを読み返しても楽しい。


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2020年3月25日 (水)

Financial Times のコロナ(COVID-19)関連の無料記事

Financial Timesのコロナ(COVID-19)関連の無料記事「Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads | Free to read」(Mar 24)における分析グラフがとても興味深い。その記事は

“The countries affected, the number of deaths and the economic impact”
“The epicentre of the coronavirus is now Europe, with the largest number of confirmed cases in Italy, and death tolls growing more quickly in Italy and Spain than they did in China at the same stage of the outbreak.”

といった内容で、主要各国の死者数や感染者数の推移(軌道)を国別に比較し、国ごとの特徴(おかれた状況や対応の特徴)や経済的な影響をまとめたものです。元データは Coronavirus COVID-19 Global Cases by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)で、それをFinancial Timesが加工分析。

複数のグラフが用意されていますが、とくに興味深いのは、横軸に日数を取り(ただし、死者に関しては10人目の死者が出てからの2020年3月24日現在までの日数、また、感染者に関しては100人目の感染者が出てから3月24日現在までの日数)、縦軸にはそれぞれの人数を国別(や主要都市・主要地域別)に指数表示した軌道グラフで、複数の補助線が読者の理解をわかりやすくしています。

補助線は、死者数や感染者数が、日ごとに(毎日)2倍になる場合の補助線、2日ごとに2倍になる場合の補助線、3日ごとに2倍になる場合の補助線、1週間ごとに2倍になる場合の補助線で、各国の状況がその複数の補助線とどういう位置関係にあるかをチェックすると世界の状況が鳥瞰できます。

「日本や韓国」と「欧米」は、死者数に関しても感染者数に関しても、明らかにパターンが違います。2日ないし3日ごとに倍々ゲームを繰り返しているところは(ドイツのような死者数や致死率がとても低く抑えられている国も含めて)、医療崩壊を回避するために、国単位や都市単位での「封鎖(lockdown)」を実施せざるを得ないようです。

一方、日本や韓国の死者数や感染者数は、「今までは、あるいは最近は」「週ごとに2倍」の補助線に沿って移行していて「今のところは」明らかに状況が異なっています。当該記事の分析によれば、その理由は、日本は「社会規範がしっかりとしている(あるいは、国民がお上の要請に従順である)、それからマスクをつける習慣がある」、韓国は「当初はヤバかったけれど、やたらに検査と追跡を実施して事態を制御しつつある」ということのようです。Financial Timesの記者や分析者にはそう見える。

無料記事ということに甘えて、下に国ごとの各国の死者数推移に関するグラフをコピーして貼り付けておきます。詳しくは当該記事をご覧ください。

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2020年3月19日 (木)

オリンピックには新興宗教の香り?

運動やスポーツは走るだけのタイプであってもボールを扱うタイプであっても、好きなら下手なりに楽しいものです。下手なりに楽しいというのは、それを職業や職業に類するものと考える必要がないからです。オリンピックを仕事にしている人たちはそうはいかない。

東京オリンピックをどうするかに関する議論を拝聴していると、なかにはほとんど近代オリンピック教という新興宗教の信者のような考え方のかたがいらっしゃるのでいささか驚かされます。オリンピックの理念や原則といった言葉といっしょに教義らしきものが生な形で姿を見せるのでびっくりするわけです。オリンピックを材料に金儲けを企んでいる人たちではなく、オリンピックを仕事にしている人たちにそういう考えの方が多い。そうでないと仕事にならないのでしょう。

「新興宗教」と言ったのは、IOCができたのが1894年、第一回目のアテネ大会が1896年、つまり近代オリンピックなるものは、わずか125年くらい前(日本だと明治時代半ば、日清戦争の頃)に生まれたました。「新興」です。

新興宗教はその基本的な教義や考え方を、ユダヤ教・キリスト教のような絶対者を想定する宗教的な宗教や、仏教のような絶対者を想定しない哲学的な宗教など三千年から二千年くらい前の世界に生まれた宗教に依拠していることが多い。あるいはそうでなければ、その後世界(に拡がることになった)宗教が出現する以前に各地域に生まれていたその地域固有の神々(たとえばギリシャ神話に登場する神々や日本の神道の神々など)に根差してしていることも多いようです。

近代オリンピックもその基本的な考え方は古代ギリシャ人がオリンピア祭に催した古代オリンピック競技のそれから来ています。古代オリンピック競技は運動だけでなく詩の競演も含んでいたようですが、紀元前776年から紀元393年まで4年ごとに開催されました。

紀元393年の古代オリンピック競技が最後になったのは、その翌年,オリンピック競技会の開催を禁じるテオドシウス帝の勅令が出されたからです。キリスト教徒であったテオドシウス帝は「ギリシャの神」に捧げられるオリンピックを「異教的なもの」(キリスト教の勝手な言い草ですが)として排除しました。ギリシャ人も他民族・異民族をバルバロイ(よくわからない言葉を話す人たち)と呼んでいたので似たようなものです。中華思想では東夷・北狄・西戎・南蛮がバルバロイです。

「宗教」といったのは、オリンピックを仕事にしている人たちにとっては、オリンピックは他のスポーツ競技会(たとえば世界選手権)やスポーツイベントとは違ってたかがスポーツではないらしいからです。そういうところに原理主義的・教条主義的な匂いが漂います。オリンピック以外の競技会は「バルバロイ的」なのでしょう。

古代ギリシアにおいて開かれていた大規模なスポーツの祭典としては、古代のオリンピックにあたる「オリンピュア大祭」のほかに、「ネメア大祭」と「イストモス大祭」と「ピューティア大祭」の三つの競技大会があったそうです。

「オリュンピア大祭」は4年に1度、「ネメアー大祭」は2年に1度、「イストモス大祭」も2年に1度、「ピューティア大祭」は4年に1度開催されましたが、4つの競技大祭のうちゼウスに捧げられるオリュンピア祭が最も盛大に行われたそうです。だから、これが近代オリンピックにつながった。

ちなみに、古代ギリシャの哲学者プラトンは青年期はアテナイを代表するレスリング競技者として活躍し「イストモス大祭」(4年に1度のオリュンピア大祭の開催年の前後の年に、つまり古代オリンピックを挟んで2年ごとに開催された)に出場したらしい(そういう弟子の記録が残っている)。当時のギリシャ世界の世界選手権大会です。オリュンピア大祭(古代オリンピック)と比べると格が落ちる。プラトンがオリュンピア大祭(古代オリンピック)に参加したかどうかはわからない。多分参加していない。プラトンが「バルバロイ的」な「イストモス大祭」だけに参加していたかもしれないというのは何となく興味深い。本当は何十キロも歩くのが面倒なのでアテナイと地理的に近い大会に参加しただけかもしれないのですが。

オリンピックの聖火採火式が行われるのはヘラ神殿跡です(ヘラはゼウスの奥さん)。ゼウスも天の高みから採火式を見下ろしているのでしょう。ギリシャ神話的な意味で宗教的な儀式です。古代ギリシャの神々の息吹が、どうして現在のオリンピック関係者の教条主義的な(ギリシャの神々からすれば異教的な)姿勢に繋がるのかぼくにはよくわからない。


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2020年3月18日 (水)

新型コロナウィルスの感染防止には日本式のお風呂、という暢気な仮説

あるアクティブシニア女性の憂鬱」の関連記事です。

日本における、新型コロナウィルス(COVID-19ないしは武漢ウィルス)の感染者数の絶対者数やその伸び率、あるいは人口1万人当たりの感染者数はに外国と比べて、つまり少し前までの中国や、現在、感染が急速に拡がっているヨーロッパや米国と比べて相当に低いようです。これらの数字は、国ごとに、検査の取り組みや感染者の特定の仕方、公表の仕方が違うので単純比較をすると「相当に低い」とは言えないかもしれないのですが、ここでは Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE の数字を前提にします。

念のためにCOVID-19の直近の致死率を比べると、世界平均が4.0%、日本の致死率は3.3%、ドイツの致死率は驚くほど低くて0.3%。感染する人が少なければ死ぬ人も少ないというアプローチをとるか、それとも、感染しても8割の人はどうということもないのでしっかりした医療インフラがあれば致死率はとても低く抑えられるというアプローチをとるか。

丁寧な手洗いでウィルスがほぼ確実に除去されることはわかっています。たとえば、メディアやネットよく目にするのが下に引用したまとめ表ですが、両者の相関は理解しやすい。(そういうまとめ表の元データは2006年に発表された「Norovirus の代替指標として Feline Calicivirus を用いた手洗いによるウイルス除去効果の検討」みたいです)。

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水と石鹸で手をよく洗えばウィルスは確実に除去される。ならば、こういうことは誰でも思いつくことですが、シャワー(とボディーソープとシャンプー)でも結構な効果はあるにしても、日本のようなタイプの風呂(全身を流した後、湯船に入る)に毎日入って浴用石鹸とシャンプーで全身をきれいに洗えば、頭から手足の爪先まで新型ウィルスがほぼ確実に除去されることになります。感染防止を確実にするためには、帰宅時の手洗い等の毎回の実行が前提となるにしても。

日本のようなお風呂文化を持っている国と、そうでない国との違いがCOVID-19の感染者数や感染率に密接に関係しているように思えます。日本のような風呂好きな生活文化を持っている国は、そうでない国よりも、全般的には間違いなく清潔です(なかには風呂嫌いもいますが)。新型コロナウィルス予防や拡散防止には(「マスク」と「手洗い」と)「日本式のお風呂」です。中国からの観光客の流入がなくなってしばらくたつので、日本では「お風呂効果」の結果が素直に出ていると勝手に考えています。

感染症対策に関してドイツの医療インフラと致死率の低さに追いつけないのなら、また陰性・陽性検査も気軽にできないようなら、日本では手洗いとお風呂で防衛しますか。しかしお風呂は家庭ではいいとしても、では銭湯やスーパー銭湯でお風呂に入るのはどうかと問われるとよくわからない。

それから、これもまったくぼくの憶測ですが、かりに日本でCOVID-19の検査件数が急に増えて、その結果感染者数が増加しても、死亡者数が今までのような推移を辿るとすれば、致死率はそれにつれてドイツの数値に向けて逓減していきます。暢気な話ですが、そうであればありがたい。


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2020年3月17日 (火)

安倍首相のスピーチや質疑応答における冗漫と曖昧

新型コロナウイルス対応に関する安倍首相の2度目の記者会見が3月14日(土曜)の午後6時からあり、その模様がNHK(テレビとインターネット)で中継されたのでテレビやタブレット端末の画面を通して拝見・拝聴しました。

安倍首相のスピーチや質疑応答はたいていは応援演説風で、応援演説とは「○○君をよろしく」「●●さんをご声援ください」以外にはとくに意味を持たないので適当に聞き流すにはいいとしても、しかしそうではなくて話の内容を真面目に理解しようとするとなかなか大変です。なぜなら彼のスピーチや彼の応答は以下のような特徴を持っているからです。

・何が主語で何が述語なのかかが、どうもはっきりしない。
・つまり、行為の主体が曖昧だし、その曖昧な行為主体が何を目的に何をするのかということも曖昧であり、そういう曖昧な叙述が区切りなく流れて行く。
・なくても構わない、似たような形容詞と副詞がむやみに(うんざりするくらいに)多い。「意気込み」を感じさせる似たような動詞の繰り返しも多い。
・「意気込み」の具体的な内容や対象や時期について質問された場合は、その質問と無関係な意見陳述を繰り返してその質問を「しかと」する。まれに彼が何かを説明し始める雰囲気になることがあり、珍しいので聞く側が聞く姿勢になると、後に続くはずの説明が行方不明になる。

ぼくの記憶にある彼のスピーチや質疑応答における発言の基本の流れを再構成してみると次のような具合になります。

「こういうわけでありますから」「まさに」「と考えるわけであります」「迅速に」「一気呵成に」「総力を挙げて」「一丸となって」「しっかりと」「前例に捉われることなく」「全力で」「いわば」「というわけでありますから」「最優先に」「あらゆる手段を使って」「総理大臣としての私の責任において」「真摯に」「これから」「取り組んでまいります」。

その流れの中に主語や目的語に相当する言葉をなんとなくもやもやと混ぜ込んでいくと安倍スピーチや安倍発言ができ上がる。ぼくはこれを『安倍テンプレート』」と呼んでいます。

今回の会見も冒頭に安倍首相から20分を少し超えるくらいの長さのスピーチ(「緊急事態宣言」を可能にする改正特別措置法や世界的に落ち込みを見せる経済への対策についての説明など)があり、その後質疑応答に移りました。

申し合わせ通りにいくつかの幹事会社から提出されていたいくつかの質問が処理された時に、前回と同じく司会(広報官)が大胆にも早々に会見を切り上げようとしたのですが、2週間前の初回と違って、他の記者から「質問に答えてください」「おかしいですよ」「時間取ってもいいんじゃないですか」「総理、これ記者会見と呼べますか」などとといった非難の声や不満の大声が上がり、その結果、質疑は継続されることになりました。これは前回の会見からの改善点です。改善ではあるのですが、首相記者会見が初めて普通の状態の記者会見になっただけとも言えます。

相変わらずだなと思ったのは苛々するくらいに形容詞や副詞の繰り返しの多いことと、主体と主語・述語の関連が曖昧なことです。しかしそういうことでイライラするだけではぼくも時間がもったいない。

「安倍テンプレート」(「こういうわけでありますから」「まさに」「と考えるわけであります」「迅速に」「一気呵成に」「総力を挙げて」「一丸となって」「しっかりと」「前例に捉われることなく」「全力で」「いわば」「というわけでありますから」「最優先に」「あらゆる手段を使って」「総理大臣としての私の責任において」「真摯に」「取り組んでまいります」)と、その夕方の実際の発言を比べながら次はどういう副詞が登場するかを予想したりして楽しんでおりました。


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2020年3月13日 (金)

冬の間は頻繁に玄関の土間掃除

雪と株価と木製の砂箱」や「続続・札幌の雪の準備」で書いたように、札幌では冬は主要道路の交差点付近に滑り止め材(砂、より正確には細かく砕いた砕石です)を各種の砂箱に入れて用意してあります。横断歩道で歩行者が滑らないようにするためです。その必要を感じた人が道路にその細かい砕石を撒くので雪が降り始めるころから砂箱が設置され砂は雪が消えるまで配置されています。

外から戻ると、あるいは宅急便・宅配便が届くと、自分や家族や宅配業者の冬靴や雪靴や作業靴の底に付着したその微細な砕石が、深い雪の中を歩いた靴底の雪や水といっしょに玄関の土間に残されます。だから、頻繁に掃除しないと土間がざらざらになってしまう。濡らした雑巾で丁寧に拭き掃除をします。そうしないとその尖った感じの砂は拭き取れません。

そろそろ雪融けの時期です。雪が融けた後の交差点や横断歩道には、滑り止め材であるところの真っ黒な砂が一面に広がっています。靴底に付着したそれがまた玄関土間にやってくるので、雪が融けたからといって作業量が減るわけではありません。

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