木と樹々

2024年5月20日 (月)

橙・酢橘・柚子とポン酢

庭の橙(ダイダイ)は小さな実がいっぱい付きました。下の写真はそのごく一部を撮ったものです。秋には深緑の大きい実に成長し、それが冬になると橙色に変わります。結構な量の収穫が期待できそうです。しかしそうなるとこの橙はまだ小柄なので、枝が実の重さに耐えきれなくなるかもしれません。枝が十分に撓(しな)ってくれたら大丈夫ですが。

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ポン酢に使う柑橘類の定番はなんとなく柚子(ユズ)ということになっていますが、決してそういうことはなくて、我が家では自家製ポン酢を作るときに、年によって橙(ダイダイ)と柚子(ユズ)と酢橘(スダチ)を使い分けています。それぞれに味わいの異なるポン酢ができ上がります。

実のサイズはダイダイがいちばん大きく、スダチは小さい。ユズはその中間です。大きい方が搾り器も大型を使うので必要量を搾りやすい。スダチを搾り続けるには相当な根気が要ります。

ポン酢の原材料は、ダイダイやスダチやユズの搾り汁、煮切り味醂、鰹節と昆布、そして醤油。2リットルの広口ガラス瓶に詰め、冷蔵庫の中でたいていは数か月寝かせておきます。毎年、複数本、作ります。時期が来れば、その広口ガラス瓶から昆布を取り出し、鰹節を濾して、小ぶりな容器に移せば、いつでもおいしいポン酢として使えます。

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          橙(ダイダイ)でポン酢

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          酢橘(スダチ)でポン酢

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          柚子(ユズ)でポン酢

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2024年5月 8日 (水)

今年はレモンの蕾が10個くらい

四月中旬に、ハダニのついた古い葉とついているかもしれない古い葉を――ということは新芽と現れたばかりの小さい新葉以外の凡ての葉を――ひとつ残らず取り除いたのですが、植物の春の生命力というのは見事なもので、ほぼ枝の骨格だけだったレモンの木は二週間後には写真のような新緑のそれなりの横溢になりました。

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去年は全く花が咲かなかった、つまり実が生らなかった我が家のレモンの木も、今年は、寒い時期から定期的に土に栄養をあげたのが効いたのか、淡いピンクの花芽(かが)――蕾と呼んでもいいと思われます――が、全部で十個を超えるほど顕れました。

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蕾が順調に花になって咲いたとして、実がなるかどうかはミツバチなどの来訪で受粉ができるかどうかに依るとはいえ、何個かは期待できそうです。


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2024年5月 1日 (水)

橙の白い花が咲き始めた

庭の橙(ダイダイ)が白い花を咲かせ始めました。蕾は小さいのも膨らみかけたのもまもなく開くのも合わせて多数ついています。

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この橙の白い花から採れる香りのいい精油がネロリです――オレンジの香りを柔らかい青みで包んだような上品な匂いです。花をひとつひとつ手で摘むので収穫に時間と手間がかかるし、またたくさんの花からわずかな精油しか取ることができないので、ネロリは非常に高価です。自宅の橙でネロリが作れたらいいと思っても無理な話なので、白い花の香りを毎日愉しむことで良しとします。雨に濡れた橙の花もほっとするようないい匂いがします。

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近所には大きな橙の木を複数本植えてあるお宅もあり、花が真っ白な点描の広がりのように咲く時期にそういうところを通ると、秋には金木犀の香りが別の近所の庭から通りに漂い出すように、しかしもっと控えめに上品な感じのネロリの芳香がふんわりと漂ってきて、しばらくの間立ち止ってしまいます。


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2024年4月18日 (木)

レモンの葉に棲み付いたハダニというやっかいな奴

風で地面に落ちているレモンの葉が妙に多くなってきたようなので、どうしたのかと近づいたらクモの糸のようなものがわずかに枝の根元に揺れています。葉に赤い小さい点々があり、薄いゴム手袋をはめた手で葉に触ってみると葉を軽くこすった指のあたりが赤くなりました。

ハダニのようです。家庭菜園だとキュウリなどはハダニがよく棲み付く代表ですが、レモンの葉もハダニにとっては快適な住環境のようです。ハダニは乾燥した埃っぽい環境で繁殖するらしい。雨が少ない間に急に発生し繁殖したようです。空気は埃っぽいとは思わないけれど、中国から黄砂が飛んできたのもあるいは影響しているかもしれない。

モノの本によれば、乾燥した環境の好きなハダニの有効な予防措置は、適切な散水を行いハダニが好む乾燥状態を作らないようにすること、また定期的な剪定を行うことですが、すでにハダニに棲み付かれたレモンをどうするかは別の話です。ハダニが棲み付いた葉は思い切って取り除くしかないみたいです。そうすることでハダニの蔓延を抑えることができる。

というわけで、新芽と出たばかりの柔らかそうな春の新葉以外は葉を全部除去しました。古い葉はすべて、一枚ずつ、捥(も)ぐか鋏で切り取るかして半透明のゴミ袋に入れていきます。時間がかかったのですが――根気のいる作業でした――レモンを救済するにはそうするしかありません。

新芽以外の葉をすっかりと取り払うと、枝という骨格だけになります。そうなると枝ぶりがよくわかるので、今まで気が付かなかった、あるいは気が付いていてもいささか可哀そうな気もしてそのままにして置いた、結局はすっきりとした成長の邪魔になるところの不要枝(逆さ枝や下り枝や徒長枝など)を鋏でバサッと剪定です。ついでに刺さると痛い思いをするところの棘も丁寧にパチンと切り取っておきます。柚子(ユズ)ほどではないにせよレモンの棘もとても痛い。

赤い点々のついた葉とそうなりそうな怪しい葉と不要枝が詰まった半透明のポリ袋は燃えるゴミの日にゴミ捨て場です。

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新芽と春の新葉以外の葉をすべて取り除く。レモンの根元のピンクや紫は芝桜。


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2024年4月11日 (木)

今年の橙(ダイダイ)は元気そうです

一昨年は橙(ダイダイ)実が数個収穫できしました。去年は芳香を漂わせる白い花も咲かず、したがって実もなりませんでした。しかし、今年は大丈夫そうです。

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二年前の引っ越し時に植えたのが元気な個体だったし、ご近所の庭にもきれいに白い花を咲かせ実をつける橙があったので、放っておけば大丈夫だろうとつい油断してしまいました。土の性質もそのままではそれほど合っていなかったようです。何よりも栄養不足でした。それが二年目は葉の色艶にも顕れました。しかしそういう葉でも若くて柔らかいととても美味しいらしくアゲハ蝶の顎の強い色鮮やかな芋虫はその新鮮なところをどんどんと齧ってしまいます。

橙は英語だとビターオレンジ(bitter orange)です。橙の白い花から採れる香りのいい精油をネロリと言います――オレンジの香りを柔らかい青みで包んだような上品な匂いです。イタリアやフランス、モロッコが主要生産地ですが、花をひとつひとつ手で摘むため、収穫に時間と手間がかかるし、たくさんの花からわずかな精油しか取ることができないのでネロリは非常に高価です。

下の写真はご近所のとくに手入れをしている風でもない庭で咲いていた橙の白い花です。撮影は2023年5月6日で、花がいちばん元気な満開の日を数日過ぎたあたりです。速足ウォーキングの際に出会いました。こういう花からネロリができる。秋の速足ウォーキングの時に遭遇する金木犀(きんもくせい)の芳醇な香りも捨てがたいけれど、橙の白い花はそれとは方向の違う優雅な香りを持っています。

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今年は我が家の橙も寒い頃の手入れが効いたのか、白い小さい蕾状のものが何十個も枝先からから現れました。下はそのひとつです。これからどうなるか、楽しみにしています。我が家での橙の利用方法は、黄色くなった実の果汁や皮で「ポン酢」や「マーマレード」を作ることです。

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2024年4月 8日 (月)

年に一度はお花見を

花見なしの春は侘しいので、今年も先週の金曜日に近場の桜並木を歩きました。去年は桜の名所のひとつとされているところのやや遠くの低い山まで足を延ばしましたが、今年は、車に乗って出かけるという意味では同じだとしても、もっと近くにしました。土曜と日曜は雨模様という天気予報だったので、金曜以外の選択肢はありません――結局天気予報ははずれ、土曜日曜に雨は降りませんでした。

すぐ近所のお宅の庭先に早咲きの桜の樹があります。白い花です。桜桃(さくらんぼ)ではありません。桜です。また歩いて三分くらいのところの道路際に普通の大きさの枝垂れ桜がぽつんと一本あり、枝垂れ桜は開花時期がソメイヨシノなどよりも早いので、花見は一週間前から十日前に済ませたとしてもいいのですが、配偶者はそういうのは花見とは言わないというので、ほぼ満開の花の並木の下を歩くことになりました。

現地の案内板によれば「ソメイヨシノ、カワズザクラ、ベニシダレザクラ、オオシマザクラなど季節ごとに咲く11種類560本の桜が全長約700mの遊歩道内に植えられています」。座ってくつろいでお寿司を食べている三世代の家族連れもいれば、昼休みを利用した会社員などが仲間連れでその遊歩道をゆっくりと歩いていたりしていわゆる「お花見」の光景ですが、花の下での酒宴は見かけませんでした。禁止されているわけではありません。酒宴で出たゴミはきれいに持ちかえればそれでいい。

桜の花の下では、あるいは背の低い桜の枝のそばでは、以前の京都の仁和寺の境内がそうであったように酒肴がないと春が始まりませんが、去年の四国東北部の桜名所でもお弁当とお茶の花見客はいても酔った顔は見かけなかったようです。それぞれに車で来るので、ゴザを敷いて手作りお重と日本酒でいい気分になるというわけにはいかない。花見のない春はもの足りない。酒のない花見はもっともの足りない。だからそういう花見を花見とは言いたくないけれども、タクシーをその一部とする公共交通機関の乏しい地域ではそういう花見で我慢するしかなさそうです。

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2024年4月 2日 (火)

近所の鳥・獣・虫・魚

三月下旬に印象的だったのは、ゴミ出し場近くの原っぱの十数匹のモンシロチョウと、最初の耕起を終ったばかりの近所の田んぼに集まった数十羽以上の小鳥の群れです。

新しい緑で溢れた原っぱをモンシロチョウが不思議な飛行曲線を描いて飛び続けます。目勘定で十数個の白いのがひらひらと舞っている。途中で休憩するのは柔らかそうな葉にやがて芋虫になるところの卵を産み付けているのでしょう。その作業が終わると愚図な一部を残してどこか次の場所に集団でさっさと移動していきます。

モンシロチョウの芋虫は可愛らしい緑で、顎が特別にしっかりとした図体の大きい色鮮やかなアゲハ蝶の芋虫とは違いますが、ともに柑橘系の植物が好きで、放っておくとそのうちレモンや橙の若い葉が虫食いだらけになる予定です。

耕起の終わった田んぼでは百舌鳥(モズ)によく似た大きさの小鳥――おそらくモズ――が集団で餌を啄んでいます。前夜の豪雨に近い雨のせいで田んぼは水溜まり状態ですが、そういうのは気にならない様子で食事に集中しています。ハクセキレイもその周辺でモズたちの邪魔をしないように土の表面に這い出てぼんやりとしている虫(おそらく)を食べています。足の長い小柄なハクセキレイはそういう作業中もモズと違って決して群れをつくらずせいぜいペアを組むくらいです。独立独歩の精神の小鳥なのでしょう。

蝶々の芋虫をそういう鳥が啄んでくれると嬉しい限りですが、そうはならない。モズはヘリコプターのようにホヴァリングが得意なのでその気になれば狩猟採集は簡単なのに、グルメなのか蝶の芋虫を美味しいとは思わないらしい。


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2024年3月26日 (火)

人工知能化がとても難しいかもしれない身体の場所

動物が植物や他の動物、あるいはその両方を動き回ることによって食べないと生きていけないのに対して、植物は太陽と雨と土(の中の無機物)と空気中の二酸化炭素があれば光合成をしてその場を動かずに独りで生きていけます。そういう違いがある。庭のローズマリーでもタイムでも、あるいは近所の原っぱのスギナやドクダミでも何でもいいのですが、植物はその場を動かずに生長し続けます。

三木成夫の著した「生命形態学序説」を参照すると、植物的な営みとは、「栄養と生殖」を軸としたプロセスであり、動物的な営みとは、「感覚と運動」を軸としたプロセスですが、動物やヒトには、植物的なもの(栄養と生殖にかかわる植物性器官、あるいは内臓系)と動物的なもの(感覚と運動にかかわる動物性器官、あるいは体壁系)の双方の営みが存在します。

動物における植物性(内臓系)器官とは、吸収系(腸管系)と循環系(血管系、その中心が心臓)と排出系(腎菅系)にかかわる器官のことであり――昔からの用語だと「五臓六腑」――、また、動物性(体壁系)器官とは、感覚系(外皮系)と伝達系(神経系、その中心が脳)と運動系(筋肉系)にかかわる器官のことです。そしてヒトは「栄養と生殖」を軸としたプロセスにおける栄養面を、動物にはないところの知能・知性と技術を使って、つまり農業革命や産業革命などを通して、それなりに変化させました――動物から見れば、劇的に。

そういうさまざまな系の中で、カーツワイルの「シンギュラリティは近い」で言及されているような人工知能的な対応がいちばん困難なのは消化・吸収系(腸管系)のなかの腸ではないかと、その本を読みながら、直感的にそう思いました。

胃はそうでないとしても、知性の象徴としての脳やこころの象徴としての心臓と違って、愚鈍だとされていたのが実はとても賢いということがだんだんと解ってきた腸は――それで腸は第二の脳と言われるようになった――人工知能的な対応、つまり人工知能によってそれを置き換えたり、あるいは腸の機能を人工知能で補完したりすることが脳を相手にするよりもよりも難しいかもしれない。

モノの本によれば、腸には一億以上の神経細胞があり、これは脳よりは少ないとしても脊髄や末梢神経系よりも多く、脳とは独立して自らの判断で機能しています。腸は、脳からの指示を待つことなく消化吸収排泄という機能を自律的に遂行している。

腸には迷走神経という太くて大きな神経が埋め込まれています。その神経繊維の90%までが腸から脳へと情報を運んでいることが明らかになってきたそうです。脳は腸からの信号を感情に関するそれとして解釈します。感情を支配するところの脳内神経伝達物質の代表的なものにドーパミン(快感ホルモン)やノルアドレナリン(ストレスホルモン)やセロトニン(幸せホルモン)がありますが、その多くは腸で作られています。

また腸(腸菅関連リンパ組織)には体内の免疫細胞の70%が棲んでおり、免疫細胞は外部から侵入した細菌や食物に混じった毒物をそこで撃退してくれます。脳が唇や舌といっしょに騙されて旨そうだからと口にしてしまったものが実際には危険因子を含んでいた場合は、下痢などの症状を起こして自らそれらを武力排除するわけです。

つまり、腸は相当な以上の智慧と力を持っている。

腹や腑という言葉を使った心理や感情に関する表現は日本語に多くて、「どうも腑に落ちない」「腹に落ちた」「腹が立つ」「腹の虫が治まらない」「腹をくくる」「肚の底から」などいろいろあります。

植物系(内臓系)器官の中核は心臓であり、動物系(体壁系)器官の中心は脳だとして、脳が「知性や知能」なら、心臓は「こころ」です。脳死という状態を死とは言えないとするのは、体壁系の「知性や知能」が機能を停止しても、心臓という内臓系の「こころ」が死んではいない状態を死とは言えないとすることですが、その「知性や知能」と「こころ」の両方をサポートしている控えめなインフラ的存在が腸なのかもしれません――どういう風にそうなのかはわからないとしても、第六感がそう囁きます。なぜなら、「知性や知能」が届かないその先で理解しているのが腑に落ちるということだし、腹をくくると「こころ」も落ち着きます。

腹や腑を使った多くの表現が決して廃語にならないのは、腸に係るわれわれの集合的無意識が、腸の明示的でなかった役割に共鳴し、今までも今もその智慧を後押しし続けているためとも考えられます。だとすると、そういう高度に洗練された場所であるところの腸の非生物的な人工知能化は、あるいは腸の人工知能的なハイブリッド化は簡単ではなさそうです。


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2024年3月25日 (月)

ローズマリーの青い花

苗を植えてから二年経ってやっと淡い青紫の花が目立つほどの量で咲き始めました。去年もわずかに花は姿を見せましたが、とても遠慮をしている風情だったのが、今年はその引っ込み思案が消えたようです。枝によっては根元のほうから枝の先までびっしりと淡い色の花が並んでいます。

ぼくの眼には薄紫か青紫と映りますが、花業界ではローズマリーの花は「ブルー」ということになっているらしい。

速足ウォーキングの際に、どこかのお宅で花を盛大に咲かせている――といっても控えめで小さい花を数多くという按配なので、実際は盛大ではないとしても――ローズマリーが眼に入ると羨ましくもあったのですが、我が家のローズマリーも世間の水準にそれなりに追い付いてくれました。

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2024年3月12日 (火)

匍匐性タイムと芝桜

橙(ダイダイ)を植えてある専用区画に、その下生えとして芝桜と匍匐性のタイムが一緒に――とても仲がよさそうに――育っています。

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夕方の芝桜(白い花が少し)と、その隣やこちらから見て奥側の匍匐性タイム

橙の周りに橙を点在風に取り囲むような按配で一昨年の春に数苗の芝桜を植えたのですが、期待と違って、花の色で選んだところのその芝桜はどんどんと拡がっていくタイプではありませんでした。

地面に隙間が目立ちました。その隙間をなくしたいと思い、別のところで育てていた数種類のタイムのうちとても元気な匍匐性のタイムを去年の晩春に区画のまん中ではないあたりに移植しました。芝桜と芝桜の間やその周囲にある大きくはないけれども小さくもない隙間にモソモソと入り込んで地面全体を緑で蔽ってもらうためです。

三月になっても冬のような寒さが時折り混じるとしても、瀬戸内の陽射しはしっかりと春なので、頃合いはいい。隅々まで匍匐してもらうために水で三百倍から四百倍に薄めた液肥を如雨露(じょうろ)で丹念に注いでやります。


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