花と存在、存在と花

2012年4月25日 (水)

手軽な機能性食品の売り上げが好調らしい

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「手軽さ・簡便さ」というのが、特定の消費者セグメントの消費ニーズであることは確かなので、(関連記事は「野菜と果物と魚と『つゆの素』」、「手抜きはしたくないが時間がかけられない」など)、すぐ下のような消費欄の記事を見ると、なるほど、となります。

「食品メーカーが機能性食品や飲料を拡充している。□□□□は免疫細胞の働きを良くするというヨーグルトの生産量を5倍に拡大。・・・中略・・・○○○○は、魚由来の栄養素ドコサヘキサエン酸 (DHA) を配合した加工食品を増やす。DHA入りの魚肉ソーセージが前年比1.5~2倍の売れているため、サケフレークなど3品を追加した。・・・後略・・・」(日本経済新聞 2012年2月24日)

食べ物に関して「配合」という文字をみると、「薬の配合」とか「配合飼料」「配合肥料」といった表現をすぐに思い出しますが、小さいことなので気にしないことにします。

以前から機能性食品のお好きな方は多くて、だから、2009年から売り上げが低迷している特定保健用食品もかつては人気があったのでしょう。

最近は、各種のサプリメントやの宣伝をテレビ媒体や新聞・雑誌などの紙媒体でよく見かけます。印象にたよった感想でしかないのですが、「特定保健用食品」がぼんやりと病気予防や健康促進をうたっていたのに対して、最近のサプリメント類の宣伝は機能性のターゲット領域を細かく絞り込んでいるようです。食べ物の機能性について、それだけ消費者が賢くなってきたのかもしれません。「手軽さ・簡便さ」に、そういう文脈を重ねあわせて、上記の新聞記事で取り上げられていた「ヨーグルト」や「魚肉ソーセージ」を見ています。

我が家では、市販の加工食品に含まれる機能性ではなく、旬の元気な野菜や生鮮食材など食の素材に含まれる機能性をとりこんだ料理をする方を好みます(とうぜん例外はあって、たとえば、作りたての加工食品であるところの豆乳は購入)。

理由は単純。その方が、食の素材との対話性が深まるからです。「測る知」が測定した野菜やその他の食材の抗酸化力や旬の元気度、ω(オメガ)6系や3系の不飽和脂肪酸含有量といった値を利用しながら、他との対話性の強い「思考し共感する知」を使って料理するという方が好きだからです。

「食と3種類の知とヘルシーエイジング」という長い記事の中で使った絵をここで再び利用すると、手軽で簡便な加工食品は「測る知」「独白的な知」の領分。それを使って料理をすることは「思考し共感する知」「対話的な知」の領分。野菜の抗酸化力や野菜や青魚のα-リノレン酸群(ω3系不飽和脂肪酸群)の測定値は「測る知」「独白的な知」の領分。そういう機能特性をもった食材を生で(たとえば、刺身)食べたり、焼いたり煮たり蒸したり炒めたりしておいしく食べるのは「思考し共感する知」「対話的な知」の領分です。

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関連記事は、「食と3種類の知とヘルシーエイジング(3)(3-2)(その2)」。

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2012年4月11日 (水)

食と3種類の知とヘルシーエイジング ・リンク付きの目次

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食と3種類の知とヘルシーエイジング

・目次

(1) 3種類の知
  (1-1)はじめに
  (1-2)「測る知」「思考し共感する知」「黙想する智」の3種類の知 (その1)
       「測る知」「思考し共感する知」「黙想する智」の3種類の知 (その2)
(2) 遺伝子の振る舞いと「姥(うば)捨て山」
  (2-1)生の存在感と死の存在感
  (2-2)トレードオフとしての遺伝子の振る舞い
(3) 食べるもの・食べることと3種類の知
  (3-1)3種類の知の状況
  (3-2)食べるもの・食べることと3種類の知の関連 (その1)
       食べるもの・食べることと3種類の知の関連 (その2)
  (3-3)食と農業と3種類の知
  (3-4)食と医学と3種類の知
(4) ヘルシーエイジングと3種類の知
  (4-1)ヘルシーエイジング(きれいに齢をとる)
  (4-2)3種類の知を媒介としたヘルシーエイジング
  (4-3)食とヘルシーエイジング

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2012年4月10日 (火)

食と3種類の知とヘルシーエイジング(4)(4-3)

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(4)ヘルシーエイジングと3種類の知
 (4-1)ヘルシーエイジング(きれいに齢をとる)
 (4-2)3種類の知を媒介としたヘルシーエイジング

(4-3)食とヘルシーエイジング

私たちが「ピンピンコロリ」における左側4文字の状態であるかどうかを判断する指標のひとつは、独りでも夫婦でもいいのですが、自分(あるいは、自分たち)で食事が用意できるかどうかということだと考えています。食事の用意とは、それが手間ひまをかけたものであるかどうかは別として、素材(たとえば、米、新鮮な野菜、魚の丸もの・切り身)や素材的な加工食品(たとえば、皮を剥いた里芋やトマトピューレ)、昆布やかつお節、オリーブ油やシソ油、塩・醤油・味噌・酢・味醂(みりん)のような調味料をそれなりに使い分けて料理をするということです。「病気を離れて」、齢を重ねている状態ならそれができる。スーパーやコンビニで売っている冷凍食品のチンが食卓の大半を占めるような場合は、ここでは食事の用意とは呼ばない。

料理や食事は、料理段階での素材との対話(イモの皮を剥きつづけるとか、焦がさずにタマネギを炒め続けるといった、いささか退屈で我慢のいる対話も含めて)、作ったものを親しい誰かと一緒に食べる、親しい誰かに喜んでもらうといった意味で基本的に「対話的」「共感的」なのですが、独り暮らしだと自分のためだけの料理ということになり、それだと「対話的」意味の半分が失われてしまう。だから、独り暮らしになるとご飯を作らなくなる方が増えるのだと思いますが、ここでは食材との対話(食材の選択と食材の調理)は存続するので、ひとりで食事を用意することも「対話的」「共感的」だとします。

「測る知」の一部が提供してくれる、抗酸化力や不飽和脂肪酸バランスなどの機能性データを援用しながら食材を選択し、「旬」の野菜の元気を楽しむというのは、個人の食における「測る知」と「思考し共感する知」のコラボレーションです。そういう基盤があれば、たまには、宅配弁当・宅配夕食を1週間ほど連続して注文するのもいいかもしれません。作り手の顔や食材の素性、そしてもっと重要なのは作り手が誰のためにどんな料理をつくるのかがはっきりしているのなら、宅配弁当・宅配夕食でも「独白的」ではなく「対話的」なものとなります。宿坊に泊まって写経をし精進料理をゆっくりと味わったなら、「黙想する智」を少し近くに引き寄せることができます。

繰り返しの部分もありますが、以上をまとめたのが下の絵です。

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なお上の絵の補足として、「食べるものと食べることと3種類の知との関連」をまとめたものを再び添付しておきます。

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「食と3種類の知とヘルシーエイジング」の終わり。

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2012年4月 9日 (月)

食と3種類の知とヘルシーエイジング(4)(4-2)

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(4) ヘルシーエイジングと3種類の知
 (4-1)ヘルシーエイジング(きれいに齢をとる)
(4-2)3種類の知を媒介としたヘルシーエイジング
 (4-3)食とヘルシーエイジング

3種類の知との関連で眺めた場合、齢をとるということがそうでない場合よりも有利に働くことがあると思います。3種類の知の間をバランスよく散歩することができたら、これはけっこう幸せなことですが、ごく一部のすぐれた僧侶や形而上学者や芸術家を別にすれば、私たちはたいていは、「測る知」への固着が強すぎるほど強い。仕事でお金を稼ぐには「測る知」が役に立つのでそれを身につけるという意味での「測る知」への固着と、科学的な方法論(経験科学と実証主義)に基づかない世界観は意味がない(役に立たない)とほとんど信じているらしいという意味での「測る知」への固着。その2つが重なっている場合も多い。

しかし、齢をとると、齢の数が少ない時期と比べた場合の相対的な話ではあるのですが、3つの知(「測る知」、「共感し思考する知」、「黙想する知」)のお互いのバランスがとりやすくなります。「測る知」への固着がゆるくなり、その結果、私たちの内部における「測る知」の独占状態、あるいは「測る知」への一極集中が崩れてくるからです。

望ましい変化を絵にすると、以下のようになります。矢印の左側から矢印の右への変化です。「測る知」の大きさが縮まり、「共感し思考する知」と「黙想の知」の四角が同じ程度に大きくなります。それぞれの四角の大きさを揃(そろ)えるのは不可能に近いのですが(とくに「黙想の知」)、そういう方向に心が傾斜していくことは確かでしょう。たとえば四国のお遍路。すべての札所を徒歩で巡礼するお遍路さんの数は少ないのですが、観光バスなどを利用して四国八十八カ所の遍路に参加する多くの方たちのお顔を、テレビのドキュメンタリー番組などで拝見すれば、年齢が左から右へのシフトを促していることは理解できます。時間がたっぷりとあるので暇つぶしに四国を旅行、というだけではないはずです。高野山でも似たような光景が見られます。

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2012年4月 6日 (金)

食と3種類の知とヘルシーエイジング(4)(4-1)

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(4) ヘルシーエイジングと3種類の知
(4-1)ヘルシーエイジング(きれいに齢をとる)
 (4-2)3種類の知を媒介としたヘルシーエイジング
 (4-3)食とヘルシーエイジング

長く生きることに特別な興味はありません。しかし、3種類の知(智)と3種類の眼で世界をバランスよく感じながら、病気と離れて「寿命」まで生きることには、それが長すぎなければ、興味があります。だから、私の寿命が何歳かについては関心がない。また、だから、外部の強制力を感じさせる「延命」といったものに対しては気持ち悪さが先に立つ。「アンチエイジング」という考え方はバカバカしいとは思うけれど、中年以降の女性の化粧品販売(すなわち「測る知」を駆使したマーケティング)には向いています。

物語の世界や「黄泉平坂(よもつひらさか)」を往還するような話では、500年以上生きている魔法の猫や仙人や白い肌の魅力的な女性がその生の長さに退屈せずに活躍していますが、たいていの人間は必要以上に長く生きることに対しては、まず精神の方が耐えきれないだろうと私は勝手に考えています。

トム・カークウッド教授(ニューカッスル大学、「老化」学)が、「科学の目的(のひとつ)とは、医学の力で生存期間を無理に延長するのではなく、つまり、寿命(の長さ)はそのまま、あるがままにしておいて、健康に生きる期間を長くすること」という趣旨のことを述べていますが (BBC The Reith Lectures, 2001)、これを私たちに比較的なじみの最近の日本語に直すと「ピンピンコロリ」ということです。「ピンピンコロリ」とは1980年くらいに誕生した用語で、「病気に苦しむことなく、元気に長生きし、死ぬときはコロリと死のう」という意味です。以前、仕事でお世話になった私よりも相当に年長の方のメールアドレスの@マークの左側部分が「ピンコロ■■」(実際はメールアドレスなのでローマ字表現、そして■■は2桁の数字)です。つまり「ピンピンコロリ」は日本の一部の人にとっては30年くらい前から日常語のひとつとなっています。

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2012年4月 5日 (木)

食と3種類の知とヘルシーエイジング(3)(3-4)

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(3)食べるもの・食べることと3種類の知
 (3-1)3種類の知の状況
 (3-2)食べるもの・食べることと3種類の知の関連
 (3-3)食と農業と3種類の知

(3-4)食と医学と3種類の知

食べ物とご自分の専門領域のかかわりに関する専門家の発言で、今までで一番印象深かったのは以下の2つです。私が、直接の経験や間接のそれを通しておそらくそうだろうなと思っていたことが、それぞれの分野の専門によって簡潔に要約されたからです。「測る知」の一部に固着しすぎて視野が狭くなると、結果が戯画に近くなるようです。もっとも、これは「測る知」に限ったことではありませんが。

・「医者は食べ物のことをよく知らない。医者のいうことを聞くと長生きできない。」
・「管理栄養士のつくった料理はまったくおいしくない。ほとんどの管理栄養士は、栄養バランスのことしか知らないので、もっとも食育の必要なのは管理栄養士かもしれない。」

食と医学と3種類の知の関連については、それぞれの知の領分で私たちがよく出会う項目のうち、私の興味をひくものを並べるにとどめます。

◇測る知

・医学と保健の進歩、高度な医療技術や医療機器、オーダーメイド的な新薬で延びる寿命
・(患者には選択がむつかしい)細かく分かれた診療科目
・部品交換修理が中心の「独白的」な西洋医学
・薬には関心が高いが、食べ物の栄養素・GI/GL値・抗酸化力などには興味のない医者
・Simple Locationとしての命: 生体モニター上の数値や波形
・将来の影響がよくわからないGM(遺伝子組み換え)農産物
・健康補助剤としてのサプリメント依存

◇思考し共感する知

・医食同源
・生薬や鍼(はり)などヒトの全体と「対話的」な東洋医学
・適切な脂肪酸ミックス(とくに、オメガ6系とオメガ3系)
・抗酸化力や免疫力の強い、元気な野菜
・有機栽培や無農薬栽培の農産物
・添加物の少ない食品

◇黙想する智

・精進料理など、黙想の生活に向いた野菜中心の食事
・座禅・阿字観・呼吸・写経など

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2012年4月 4日 (水)

食と3種類の知とヘルシーエイジング(3)(3-3)

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(3) 食べるもの・食べることと3種類の知
 (3-1)3種類の知の状況
 (3-2)食べるもの・食べることと3種類の知の関連

(3-3)食と農業と3種類の知
 (3-4)食と医学と3種類の知

昔の野菜に比べて現代の野菜は大幅に栄養価が低下しているといわれています。過去からの食品成分表などで、同じ野菜(ニンジンやダイコン、ピーマンやトマトなど)の栄養素や元気指標を時系列順にプロットしたら、それぞれの時代の平均値(らしきもの)の推移はわかる。しかし、古いのは私の手元にないのでインターネットの記事などから正しく記載されていると思われる関連データを集めてくると、断片的ですが、以下のようになります。野菜のミネラル分は土壌(元気な土かどうか)の影響を受け、ビタミンは日光(光合成のための陽の光が十分かどうか)の影響を受けます。

たしかに、ここで取り上げた野菜の「平均的な元気度」はここ数十年で徐々にというか、急激に低下し、21世紀になって落ちるところまで落ちたのか、現在は低い水準で横ばいの様子です。

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お店で買ってきた野菜の元気かどうかは、その野菜が育てられた土壌の元気度、その野菜が日光をたっぷりと浴びて育ったかどうか、完熟した野菜なのか、それとも熟す前の青い段階で収穫され小売店の棚に並ぶ前に倉庫やバックヤードで眠っていたのか、などの条件に依存します。

現在は、ほとんど1年中出荷されているようなタイプの野菜も少なくありませんが、そういう野菜の「旬の時期」(露地栽培の時期)と「旬でない時期」(ハウス栽培の時期)の栄養素や元気度を比較したものがあれば、野菜の元気さの季節変動がわかるし、以前は野菜は旬の時期しか栽培されていなかったので、ある程度は昔の野菜と今の野菜を比較するための代替指標にもなります。

そのあたりを簡潔に説明した記事(「社会実情データ図録 0222」)があったので以下に引用します。ただし、アンダーラインは「高いお米、安いご飯」。

【引用開始】 東京新聞(2010.3.15)は「賢く食べよう旬の野菜」という記事で、野菜類が季節によってどう栄養分が変化するかについての女子栄養大学辻村卓教授(生物有機化学)の研究調査を紹介している。
 辻村教授は1985年から15年間、研究室の学生らと、野菜約40種を首都圏の5カ所の店舗で毎月購入して、カロテン(カロチンと同じ。それ自体有害な活性酸素から体を守る抗酸化作用を持つほか人間の体内の必要性に応じてビタミンAに変わる)やビタミンCなどのビタミン、またカルシウム、鉄などのミネラルの含有量を調べた。店頭の野菜は時期により露地物であったり、ハウスものであったりした。場合によっては輸入ものも混じっていよう。
「辻村教授は全体的な結果を『土壌成分の影響を受けるミネラルに比べ、光合成の影響を受けるビタミンの変動が大きかった』と説明する。...変動が少なかったのはセロリとピーマンだけだった。辻村教授は『ほとんどの野菜は旬に充実した栄養価をもち、旬以外の時期には数分の一の栄養価しかない場合が多い』と分析。『旬とそれ以外では、見た目は同じでも中味は別の野菜』とその大きな違いを強調した。」(同紙)
 たしかに図を見るとカロテンは、ブロッコリー、トマト、ニンジンで月別変動が大きく、ビタミンCは、ホウレンソウ、ブロッコリー、ジャガイモ、トマトで月別変動が大きい。概して旬の季節に栄養素が豊富なことが一目瞭然である。【引用終り】

また、季節(旬の時期)に応じた野菜や果実の元気度(抗酸化力、ビタミンC、糖度など)は「デザイナーフーズ株式会社」のホームページでも紹介されています。

「測る知」から見た農業、「測る知」を軸に展開する農業とは、基本的には工業と同じです。「測る知」の展開方法に分野別の違いはありません。小規模で家内作業的な農業では効率が悪い。農業は規模を拡大し産業化しなくてはいけない。農業の経営も製造工業と同じような経営手法を用いて専門化しないと立ちいかない。そういう発想は、「測る知」から違和感なく生まれる発想です。「測る知」はそれ以外の準拠枠を知らないともいえます。

さまざまな参加者が、さまざまな環境における農産物生産の拡大と生産の効率化、そして利益の極大化をめざせば、そこにはたとえば、GM作物(遺伝子組み換え作物)や、GM作物と農薬の独占的なセット販売というビジネスモデルが登場してきます。そこに、不思議はありません。植物工場・野菜工場でも、日光はガラス張りの建屋で自然のものをそのまま使うという場合もありますが、主眼は、土壌や日光といった自然の力をどのようにエミュレートし、温度や湿度といったパラメーターをどのように人工的に制御して、単位面積当たりの収量を連続的に増加させるかということに注がれます。

同時に「測る知」の流通面や生産管理面への展開で、日本各地の旬の食材が簡単に手に入るようになったし、「測る知」から見た日本の農業の工程管理面・品質管理面の課題が解決されつつあるようです(たとえば、GAP:Good Agricultural Practice) 。

これらは「測る知」にとってはけっこうな成果ですが、食材と「対話的」な「思考し共感する知」は、GM農産物からも、植物工場の野菜からも、そして各点検項目に沿って効率よく工程管理された農場で生産された元気度の低そうな野菜からも、程度の差はあれ、ざらついた違和感のようなものを感じると思います。

しかし、「(3-2)食べるもの・食べることと3種類の知の関連」でも述べたように「測る知」の使い途はこれにとどまらない。機能性(抗酸化力や免疫力など)の豊富な野菜を栽培し、機能性を測定し、そしてその機能性と「旬」という季節性を結び付けたものを売り場で消費者に明示することで、野菜の機能性に敏感な消費者を引きつけることができる。
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ただし、そういう感性を持った消費者の数は、「測る知」の住人ではなく「思考し共感する知」の住人なので、以下の絵でわかるように多くはありません。少なく見積もれば消費者全体の5%(右上の四角)、多めに見積もっても20%(右上と右下の四角の合計)。これは、そういうものだと受け入れるしかありません。それほど「測る知」の勢いが強く浸透度が高いということです。

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2012年4月 3日 (火)

食と3種類の知とヘルシーエイジング(3)(3-2)(その2)

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(3)食べるもの・食べることと3種類の知
 (3-1)3種類の知の状況
(3-2)食べるもの・食べることと3種類の知の関連 (その2)
 (3-3)食と農業と3種類の知
 (3-4)食と医学と3種類の知

「測る知」はインスタント食品や冷凍食品、ファーストフードを生み出して大量流通させるだけでなく、「測る」ことが得意なので、「思考し共感する知」は「測る知」の得意技を食材の賢い選択にも利用し、食材との対話性を高めることができます。「測る知」を利用すれば食材に含まれる脂肪酸の量や抗酸化力が計測できますが、ここではその2つを媒介として「測る知」と「思考し共感する知」のコラボレーションに触れてみます。

脂肪酸はたいていの食材や食品に含まれています。脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分かれますが、ご飯、牛肉・豚肉や卵、牛乳・バター、チョコレートなどには飽和脂肪酸が多く含まれています。

不飽和脂肪酸は一価(モノ)不飽和脂肪酸と多価(ポリ)不飽和脂肪酸に分かれます。一価(モノ)不飽和脂肪酸を多く含む食材には、動物性の脂質、それからオリーブ油やカノーラ油(ナタネ油)があります。

多価(ポリ)不飽和脂肪酸には、たいていの植物油や大豆油、そうした植物油を使うマーガリン・マヨネーズ・ドレッシングなどに含まれるオメガ6系のものと、シソ油・エゴマ油・亜麻仁油(フラックス油)や魚(とくに青魚)に多くふくまれるオメガ3系のものがあり、最近では、健康を維持するためには、オメガ6系とオメガ3系のバランスがとくに重要だとされています。

(【蛇足的な註】食べ物に限りませんが、学界や業界の定説やジョーシキというのは、時間軸上のそれぞれの時点での知見に基づくものなので、一定の頻度で、つまり、より信頼できる知見がより信頼できるデータとともに登場すると、定説やジョーシキは変化する。オメガ3系の重要性、正確にはオメガ6系との量的バランスにおけるオメガ3系の重要性が認識され始めたのは、比較的最近のことです。)

オメガ6系とオメガ3系のどちらも私たちは体内合成できないので、食べ物を通して摂取するしかない必須脂肪酸です。魚(とくに青魚)に含まれるオメガ3系の代表的な不飽和脂肪酸がDHA/EPAですが、脂肪酸についてはたいていの食材に関して、そしてある程度は調理の状態(生のとき、焼いたとき、水煮にしたときなど)を反映した測定結果が公表されています(「日本食品標準成分表」「脂肪酸成分表」など)。

オメガ3系の不飽和脂肪酸に関して余計かもしれない感想を書くと、エゴマ油は値段が非常に高いのでどんどん使うというわけにはいかない。亜麻仁油(フラックス油)は亜麻の種子を絞ったもので、亜麻の繊維の色から「亜麻色の髪の乙女」などとロマンチックな表現で使われますが、亜麻仁油そのものは匂いや味に癖があるので好き嫌いがはっきりと分かれます。オメガ3系の脂肪酸は魚を食べて摂取するのがいちばん簡単ですが、魚嫌いの人や魚は触るのもイヤという若い主婦・中年の主婦もいらっしゃるようなので、万人向きの方法はありません。

たいていの生物は呼吸する空気に約21%含まれている酸素がないと非常に困るけれども、同時に酸素は、生物にとっておそろしい存在です。呼吸で体内に取り入れた酸素から一定割合(吸った酸素の2%)で発生する活性酸素(スーパーオキシド)やそれが変化したもの(ヒドロキシルラディカル)、あるいは紫外線を浴びると発生する活性酸素などが、私たちを、細胞レベルでゆっくりと傷つけ劣化させます。若いとき、つまり再生産可能年齢に達するあたりまでは、活性酸素は私たちの体を病原菌から防御しますが、私たちが再生産可能年齢を過ぎてしまえば、その同じ活性酸素が逆に私たちを静かに攻撃し始めます(ニック・レイン「酸素-世界を作った分子」)。

だから、その活性酸素が発生した時点でそれをある程度消すことができたら、我々の細胞の劣化はそれだけゆっくりとしたものになります。活性酸素を消すには抗酸化力を持ったなにかが必要です。私たちも活性酸素から体を防御する機能を持ってはいますが、それだけでは足りない。年齢とともにだんだんと足りなくなる。

ありがたいことに、私たちが食べる野菜・果物・穀物にはファイトケミカルという形で抗酸化力が保持されています。虫の攻撃、紫外線で生じる活性酸素の攻撃などから身を守るために植物が自ら作り出した物質がファイトケミカル(ファイトはギリシャ語で植物の意味)で、植物栄養素とも呼ばれますが、おもに植物の色素や香り成分、アクなどに含まれています。サプリメント製造販売会社の露出頻度の高いコマーシャルなどを通じて、私たちにおなじみになったファイトケミカルには、リコピン(トマト)、アントシアニン(赤ワインやブルーベリーや黒豆)、カテキン(緑茶)、ケルセチン(タマネギ)などがあります。

野菜・果物・穀物の抗酸化力の公開という点では、自国民が野菜を食べないのでその健康状態に政府がイライラした米国が先を走っていますが、米国の抗酸化力指標であるORAC (Oxygen Radical Absorbance Capacity)には不十分なところ(たとえば、ORAC分析法は分析精度が低い、ORACでは緑黄色野菜に多く含まれるカロテノイド系抗酸化物質〈β-カロテンのような化合物〉の抗酸化能を評価できないなど)があるので、日本ではORACの欠点を補ったAOU (Anti-Oxidant Unit)という指標が測定データの整備も含めて標準化の確立中・普及中といった状態です。

日本では、ORACやAOU以外の抗酸化力の測定方法(たとえば、産地の評価や旬の発見に向いたDPPH法や、野菜などが生体の中で発揮する抗酸化力に近いものが測定できるESR法)も使われており、研究者や民間研究調査機関に測定データも相当に蓄積されているので、AOUの日本での標準化が手間取るなら、それらを参考にすればいい。

そうした測定データから野菜は旬の時期に抗酸化力がいちばん強く、また実際に食べてみたら、野菜は旬の時期がいちばんおいしいことがわかる。たとえば、ホウレンソウやキャベツ、あるいは小松菜は冬に抗酸化力やビタミンC含有量や糖度が断然高く、だからその時期がいちばんおいしい。それらを夏に食べても、冬の半分かそれ以下のパワーしかない(「デザイナーフーズ株式会社」の分析データを参照)。キュウリには抗酸化力がほとんどないし栄養素にも目立った特徴がない野菜ですが、夏が旬の野菜なので、ハウス物のキュウリをわざわざ寒い時期に食べるというのも間が抜けています。

このように、「思考し共感する知」は、食材との「対話性」、食べる場における食べ物との「対話性」を高めるために「測る知」の得意技を利用することができます。

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2012年4月 2日 (月)

食と3種類の知とヘルシーエイジング(3)(3-2)(その1)

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(3) 食べるもの・食べることと3種類の知
 (3-1)3種類の知の状況
(3-2)食べるもの・食べることと3種類の知の関連 (その1)
 (3-3)食と農業と3種類の知
 (3-4)食と医学と3種類の知

食事は、飢えをしのぎ、生きるためのエネルギーと栄養を取りいれるために不可欠な行為です。「お腹がすいた、なにかおいしいごはんを作って食べよう」という行動が最初にないと他のことは始まらない。一部の国や地域を除けば、私たちは飢えとは縁遠くなりましたが、私たちの遺伝子の中には狩猟採取時代の飢えの記憶が倹約遺伝子型の遺伝子という形で、昔から農業が盛んであった地域ではその記憶がやや薄れていますが、まだ色濃く残っています。だから、食べすぎると将来の飢えに備えて余った分を脂肪としてため込むので「メタボな状態」になる。

「食べるものと食べること」とは、「食材や食品を選択しそれを料理すること」、「料理したものを食事すること」、そして「食事にともなういくぶんの幸福感を味わうこと」ですが、「測る知」という文脈の中で考える食や食品、あるいは「独白的」な文脈における食や食品と、「思考し共感する知」という広がりの中で見る食材や料理、あるいは「対話的」な文脈における食材や料理との間には、以下の図(「食べるもの・食べることと、3種類の知(その1)」)で見るようにその内容にけっこうな隔たりがあります。

「黙想する智」における食は、料理というものが食材と「対話的」だという意味では「思考し共感する知」の食と重なる部分はありますが、「超論理的な黙想」とそのための修業を支えるものなので別と考えます。

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食べるものや食べることに関する現在の消費者ニーズの大きな流れを理解するキーワードは「甘くておいしい」「調理が簡単で食べやすい」ことです。だから野菜や果物のような食材も「甘いもの」「調理の簡単なもの」「食べやすいもの」が選ばれるし、料理をする場合も「ひと手間かけて10分以内」でできあがる簡単なタイプのものが好まれています。

皮を剥くのは億劫だ、種を取り出すのも面倒だ、ということになると、種がなくて皮ごと食べられる果物に人気は収斂していく。「ひと手間かけて10分以内」なので、10分以内で出来上がる「豚バラスライスの角煮風」や10分以内で完成する「アジア風グリーンカレー」、そして、ゆで時間が2分のスパゲティーが評判になる。1時間以上かけてカレーを煮込むなど考えられないし、オニオングラタンスープのためにタマネギを焦げ付かないように用心しながらキツネ色になるまでゆっくりと炒めるなど論外です。

魚もそういう意味では現在の消費者ニーズからは遠い食材です。調理が大変だし、焼くと煙は出るしにおうし、食べようとすると骨がある。後片づけもうんざりだ。しかし、回転寿司屋の「まぐろ」のにぎりは別で、なぜなら、これは「あまくておいしい」「簡単で食べやすい」というキーワードの延長線上に位置しているからです。

そうした消費者の嗜好性と指向性を考えると、なぜ「インスタント食品、レトルト食品、冷凍食品、時短調理食品、ハンバーガーなどのファーストフード、コンビニ弁当、デパ地下やスーパーの惣菜、気軽な外食、各種のサプリメント」などに対する需要が大きいのかよくわかります。デパ地下の総菜売り場などは大混雑で、中年主婦の姿も目立ちます。「測る知」が食べるもの・食べることの領域に入ってきて才能を発揮すれば、こういうものが大量に生産され、また大量に消費されることになります。そこに何の不思議もありません。

しかしこれは、食材とのコミュニケーション、食べるという場でのコミュニケーションという点では、「モノ」が相手の「独白的」な環境での食品であり食事です。冷凍食品を電子レンジでチンしたり、コンビニで買ってきた惣菜をお皿に上手に盛り付けておしまいというのは「独白的」な作業で、「対話的」とは思えない。相手を必要としないので、欲するものを短時間で簡単に摂取できるし、値段も安い。生産と流通の効率も良い。「食」と「新幹線」が一緒になると、こういう世界が簡単に誕生する。

一方、「思考し共感する知」の領域における「食べるものと食べること」とは「野菜や魚といった素材を選び、素材に手を加え、素材から料理し、食材は捨てずにできるだけ全部使い、食材の組み合わせを考え、天日で干したり酢や昆布で締めたりして食べ方をデザインする」といったことです。だから、私たちと食材や食品との関係は「対話的」にならざるを得ない。

ドイツ文化が豚のあらゆる部分を食べつくすように、日本文化は魚介類の食べられる部分を食べつくすのが得意で、イカの塩辛などはそのいい例です。鯨も日本で鯨が動物タンパク源として貴重であった頃には、各部位が実に無駄のない食べ方・使い方をされたようです。食材のあらゆる部分を食べつくす、部位に応じた調理のしかたで食材のすべてを利用するというのは、その対象に対する敬意であり、対象との「対話」です。魚の干物は丸かじりできる種類のものは頭から尻尾まで全部食べる。セロリーに捨てるところはない。ダイコンは葉も皮も、シイタケは茎の部分もそれぞれの調理の仕方で料理の素材とする。タマネギの皮(あのぺらっとした茶色い皮)も利用価値が高い。

こういう食の光景は昭和の終わりころまではよく見られました。インスタント食品やレトルト食品や時短食品、コンビニ弁当やファーストフードなどがほとんどなかった頃なので当然といえば当然です。食べものの世界・食べる世界における「思考し共感する知」の勢いは、「測る知」に押されて弱まったとはいえ、現在でもあいかわらず健在です。デパ地下やスーパーの弁当売り場や惣菜売り場でなく、野菜売り場・魚売り場・肉売り場を歩けばそのことはわかります。

ところで「思考し共感する知」が「測る知」の恩恵をとてもこうむっている分野があります。魚介類や野菜・果物などの旬の食材の効率的な全国流通です。だから、料理の好きな家庭では1年を通して旬の素材・食材と「対話的」になれる。「測る知」のこういう分野での才能は卓越している。そして、効率的な流通以外にも「思考し共感する知」が「測る知」とコラボレーションできる分野があります。これについてはすぐ後で触れます。

3番目の「黙想する智」の食の世界にはその世界の住人でないとなかなか接近できません。仏教修行僧の食べる簡素な「精進料理」ではなく、宿坊で一般人に供される精進料理をいただくことで肉や魚のない世界を体験するしか方法はないようです。精進料理の素材は野菜や海藻なので、たとえばゴマ豆腐のように、すべてが時間をかけた手作りです。しかし、旬の一品料理なら、家庭でも「対話的」につくれるし楽しむことができます。だから、野菜中心の食生活を維持すれば、食に関しては「超論理的」な世界の断片を味わうことができるかもしれません。「思考し共感する知」が、「黙想する智」の「精進料理」を自分の世界に取りいれてそこに芸術性を付加して贅沢に変形したのが「懐石料理」ということなのでしょう。

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2012年3月30日 (金)

食と3種類の知とヘルシーエイジング(3)(3-1)

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(3)食べるもの・食べることと3種類の知
(3-1)3種類の知の状況
 (3-2)食べるもの・食べることと3種類の知の関連
 (3-3)食と農業と3種類の知
 (3-4)食と医学と3種類の知

3種類の知がお互いにバランスよく活動できるといいのですが、そういうことは昔も今も難しくて、現在は、「測る知」が非常に大きな権勢を誇っている時代です。「測る知」のもたらす成果は大きいし、産業活動と経済活動のなかで仕事をして生きていくということはたいていの場合は「測る知」を手立てに生きていくことなので、「測る知」の勢いが強いのは当然だということになります。農業や漁業そして食品製造業といった食べ物に関する経済活動(生産と加工と流通)も、「測る知」なしでは成り立たない。

「測る知」はとても勢力が強いのでそのプラス面だけが強調される場合(例えば科学技術の進展、医療技術や薬の進歩、自動車産業や電気電子産業がもたらした生活の豊かさ)が多いのですが、その反動としてそのマイナス面(たとえば部品化された人間、疎外された人間)が攻撃される場合も多い。そのプラス面もマイナス面も含めて「測る知」の特徴をひとことで言い表したのがホワイトヘッドのSimple Location(単純な位置)だと思います。すべてが単純な位置で表現されるので計量化や計数化が基本であるところの工業や産業には向いている。人間も単純な位置で測定される。そういう対象物としての取り扱いを受ける。心や感性や精神は見えないし測れないので「測る知」にとっては存在しないのだけれど、たとえば分析機器のモニターに現われる何かの媒体物質や電気量の波形としては、つまり単純な位置を持った測定対象としては、その存在が許される。

3種類の知の勢力(あるいは人々に対する影響力)が、歴史上、どのように推移してきたかを大ざっぱに眺めてみると次のようになります。四角の大きさが勢力(ないし影響力)の大きさです。

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