ヘルシーエイジング

2018年10月 2日 (火)

おいしい有機栽培ニンジンは味が濃い

野菜スティックというのがあります。きゅうりや大根、セロリなどの生野菜を使っても、にんじんなど蒸して熱を通した温野菜を加えても、どちらでも美味しく作れます。黄色や赤の生のパプリカなんかも彩りと歯ごたえには捨てがたい。

野菜スティックはビアホールなんかでもメニューのひとつです。ほかに食べるものもないような気分の時は、気が進まないけれど野菜スティックです。気が進まないのは、たいていはそういう場所の野菜スティックはおいしくないからです。でもビール以外に何も注文しないのは申し訳ない気がして、注文してしまう。しかし、ビールといっしょにやって来たのを見ても、実際のところ、新鮮ではあるのだけれど、色白すぎるというか、覇気がないというか。噛んでみて、やっぱり、と失望することが多い。

野菜売り場のセロリも、いかにも今まで太陽と遊んでいたという色に育ったのと、まったく食欲をそそらないような色つやのものとがあります。

ニンジンも同じで、遠目にはなんとなく似ていても、手に取る距離に近づくと差が出ます。たとえば、手をかけた有機栽培のニンジンとそうでないのとでは、リンゴとレモン(ないしは、スダチやカボス)を加えてニンジンジュースにするとその違いが露骨に出ます。

だから、そういう有機栽培のニンジンにプレミアム価格をお支払いするのは当然だという気持ちになります。もっとも、有機栽培であればなんでも美味しいかというとそういうわけではないので、そこは消費者の選択責任。

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2018年6月14日 (木)

血圧を10くらい上下させるのはとても簡単、あるいは「正常」血圧って何?

定期的に、そしてできるだけ同じような時間帯に家庭で血圧を測っていても、血圧というのはけっこう変動するものです。調査対象は配偶者とぼくの二人で、サンプル数は少ないけれど、ぼくの数値だけを相手にするよりも客観的な物言いができます。血圧計は家庭向けのしっかりとしたもの。

ぼくの場合、たとえば日曜日の早朝に気分よくぼんやりしているときの血圧と、早朝にもかかわらず何かを考え続けているときの血圧、あるいは朝刊のある種の記事を読んでイライラした直後の血圧とは明らかに違います。10単位くらい(あるいはそれ以上)は簡単に上昇するし、その逆の場合もあります。つまり、血圧は気分(この場合は目覚めているときの気分)にけっこう左右されます。

もしそうなら、嫌な夢やイライラする夢を見ているときも血圧は高いに違いない。無意識は意識の深層だし、無意識と意識を合わせた状態を広義の意識と考えると、血圧は意識の顕在的な現れと潜在的な顕れの両方の影響を受けているようです。

だから、たとえば、健康診断などで、こんなことをやって意味があるのかしらんと無意識に近い領域でイラついているような状態で血圧を測ってもらうと測定値は高くなるかもしれません。逆にボーとしている場合や医者や健康診断への信頼度が素直に高い場合は測定値は低くなる。

以前にも書いたことですが、この数十年の「正常」な血圧に関するガイドラインは以下のような具合に推移しています。

□ 1960年代は、「収縮期血圧が149以下 /拡張期血圧が 99以下」
□ 1970年代は、「164以下 / 94以下」(WHO世界保健機構)
□ 1993年からは、「139以下 / 89以下」(いわゆる「140 / 90」)
□ 2009年からは「129以下 / 79以下」が正常血圧、「130~139 / 80~89」は「正常高値血圧」という不思議な言葉で呼ばれるようになった(日本高血圧学会)
□ 2014年に「収縮期血圧が147以下」、「拡張期血圧が94以下」なら高血圧を気にしなくてもいい(日本人間ドック学会)
□ 現在は循環器系の学会の主張が復活してきて「129以下 / 79以下」

循環器系の医者の意見なのか、製薬会社の意図なのか、高血圧の患者、および患者予備軍が増えたり減ったりで、けっこう気ぜわしい。見方によってはけっこう面白い現象だとも言えます。そういう流れに敏感なサプリメント会社の宣伝メッセージ「血圧が130を超えたら、〇〇を」も、当然のことながら復活してきました。

「正常」な収縮期血圧は「年齢+90」以下という古い簡易指標があります。こうやっていろんな意見や意見の推移を見ると、この古い指標がいちばん柔軟性があるみたいです。

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2018年6月12日 (火)

低速ジューサーで作る、ニンジンとリンゴのジュース

ニンジンとリンゴの健康ジュースです。試してみるとけっこういい感じなので飲み続けています。

味に関しては、ニンジンだけだとおいしくないのでリンゴで飲みやすくする。レモン(や季節によってはスダチなど)を追加すると、味が締まってとても美味しいジュースになります。

味ではなく効能ということでいうと、ニンジンのβカロチンやリコピンなどが持つ抗酸化作用を飲んでいるということです。レモン汁を加えるのはニンジンに含まれる酵素がビタミンCを壊すのでその働きを抑えるという意味ですが、こうしたほうが味は果物ジュースらしくなります。大人向けのジュースです。

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こういうのが家庭で楽しめるようになったのも、「低速回転 圧縮絞り方式」のジューサーが頃合いの値段で登場したからですが、我が家で使っているジューサーは、開発生産販売会社がビタミンサーバーなどと呼んでいて、なかなかうまいネーミングではあります。

ただし、ニンジンやリンゴはジューサーが処理しやすいようにある程度小さく切って投入するので、忙しすぎてそれが面倒なひとには向いていないかもしれません。

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2018年4月25日 (水)

アピオスという油がいっぱいの小さなイモ風野菜

ご近所野菜のコーナーに「アピオス」があったので買ってみました。完全無農薬栽培と表記してあります。「アピオス」は無農薬栽培に向いているみたいです。
 
「アピオス」とは、最近は割にポピュラーな小イモ風の野菜ですが、マメ科に分類されています。原産地が北米のつる性植物で、肥大した根茎を食べます(写真)。最初に青森県に入って来たらしい。ポピュラーといっても、我が家で食べるのは今回が初めてです。
 
塩茹でして、野菜サラダの食材のひとつとして、たとえばアスパラやレタスの隣に並べるとおいしそうです。皮ごと茹でます。
 
茹でるときは端の固い部分だけ切り落とします。ホクホク感があり、上品な甘さです。確かに野菜サラダに向いた食材でした。パッケージには素揚げもお勧めとあります。素揚げだとビールが進むに違いない。お好みでどうぞ。
 
調理後は、鍋と包丁とシンクが「アピオス」の油でベトベトになるのでご注意ください。調理時に、知らずに、無理に皮を剥こうとすると手と包丁が油で悲劇的な状態になるかもしれません。でも、美味しいです。
 
Photo
           調理前のアピオス
 
ある種苗会社のの説明をそのまま借用すると、「アピオス」は「北米原産のマメ科ホドイモ属の植物です。つる性植物で小芋が土のなかで育ちます。花は芳香のある紫色の花を咲かせます。根は1~2mと長く、数珠つなぎのように3cm程のラグビーボール形小芋をたくさんつけます。つるは2.5mほどに伸び、緑のカーテンに向きます。」

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2018年4月18日 (水)

続・早朝のコーヒーとココナッツオイル

 
おコメが好きで、おコメの味にうるさい中年の知り合いがいます。そのひととココナッツオイルの話をする機会がありました。「たいていのものは大丈夫だけれど、ココナッツオイルは苦手ですね。」あの、味と香りと相性が悪いのだそうです。
 
ココナッツオイルは、たしかに、最初はいい香りでいい風味なのですが、それは最初の一瞬だけで、そのあとは、(ぼくには)甘くてくどい感じが後を引きます。口の中にいつまでも濃厚なべとべとした感じが残り、消えてくれません。炒め物などは頑張っても半分しか食べられない。対処方法は歯磨きしかない。(ココナッツオイルがお好きなかたは、読み飛ばしてください。)
 
日本料理はどんなものでも醤油味なので好きでないといった中南米出身の野球選手がいました。メキシコ料理は、ヴァリエーションはあるにしてもなんでもチリソース味で飽きてくるというひともいます。
 
知り合いやぼくが、ココナッツオイルはべっとりと甘くて後を引くというのは、「日本料理はどんなものでも醤油味なので好きでない」という別の食文化で育ったかたの感想と同じなのかもしれません。
 
ただし、ココナッツオイルを純化したMCT(中鎖脂肪酸)オイルだと、その後を引く感じはずいぶんと軽くなります。だから、作業予定のある早朝のコーヒーには、ぼくはMCTオイルです。
 

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2018年4月 4日 (水)

早朝のコーヒーとココナッツオイル

飽和脂肪酸を含む代表的な食品とは「牛肉、ラード、バター、ココナッツオイル、MCTオイル(ココナッツオイルを純化したもの)」などです。
 
東南アジアの雰囲気を料理で味わいたい場合にはココナッツオイルを使った加熱料理(たとえば炒め物など)が便利です。しかし、それを常食にしたいとは思いません。甘いし、癖がある。ただし、早朝のコーヒーのお供にはココナッツオイルは重宝です。
 
飽和脂肪酸は、その長さによって、短鎖脂肪酸と中鎖脂肪酸と長鎖脂肪酸に区分されています。短鎖脂肪酸は1~7個の炭素で構成されている飽和脂肪酸。中鎖脂肪酸は8~10個。それよりも構成炭素数の多いものが長鎖脂肪酸。

吸収効率や吸収速度が高いのは、飽和脂肪酸の中で長さが短かめのもの、つまり、短鎖脂肪酸や中鎖脂肪酸です。短鎖脂肪酸と中鎖脂肪酸は、とても簡単にエネルギーに変換されて、体脂肪として残らない。短鎖脂肪酸を含む食材は牛乳やバター、中鎖脂肪酸を含む食材はココナッツオイルやMCTオイルなどです。
 
考えるということは、普通は頭を使うことで、頭を使うとは、頭が多くのエネルギーを消費するということなので、そういう場合は、即座に頭にエネルギーを供給してやりたい。早朝にひと仕事したいとき、あるいはこんなブログを書くような時は、ココナッツオイル入りのコーヒーを飲む。入れたばかりのコーヒーにココナッツオイルを浮かべてよくかき混ぜると、コーヒーの香りといっしょに甘い香りが匂い立ちます。
 
2018
 
 

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2018年3月19日 (月)

健康診断を受けるのはいいとしても

ファンと呼ばれる顧客とのコミュニケーションが重要な職業に従事しているかたは、企業の新製品発表や四半期決算報告、不具合があった製品への対応策の発表などと同じで、自分や自分の身の回りの出来事などのファンへの報告も仕事のひとつ(ということになっているよう)です。そのなかには、仕事のスケジュールに影響がある場合に限定されると思われますが、自分の健康状態の報告も含まれています。
 
インターネットでニュースに目を通していたら、そういう記事に出合いました。そういう職業従事者のお話ですが、定期検診の胃カメラで早期の食道がんがみつかり、手術するか、抗がん剤で治療するかは、今後、決めていくそうです。
 
我が家では電子書籍は、IT関連の月刊誌から料理の月刊誌、電車の吊り下げ広告で内容を想像するのがいちばんわかりやすい種類の週刊誌といった最新雑誌の提供サービス以外には、もっぱら実用書です。読み捨てというよりは、ときどきは改めて参照したくなるような内容を含んだタイプの実用書が多い。紙の本でいえば、新書版タイプもあるし、普通の大きさの書籍もある。
 
そのうちの1冊が、最近購入したものですが、健康診断に関するもの。その新書版タイプの電子書籍の骨子は以下の通りです。
 
・日本人の多くは健康のために職場健診や人間ドックやその他の定期健診を受診しているが、欧米には存在しない。なぜなら、定期健診によって、受診者がより健康になる、あるいは寿命が延びるという効果を実証するデータがないからである。
 
・過剰な検診が、過剰な薬の処方や手術など、過剰な治療につながっている。人間ドックには早く見つけるほど、早く死にやすいという逆説がある。
 
・検査値より自分のからだを信じることこそが、健康の秘訣である。健康なときに健診など受けるものではない。
 
説得力のあるデータや引用論文や事例がそれなりに含まれているので読者としては参考になります。配偶者も僕も定期的に健康診断は受けていますが(つまり、健康なときに健診など受けるものではないという著者の意見には従っていないわけですが)、その結果に基づいて、今まで、何かの治療を積極的に勧められたということはありません。
 
この記事の最初に書いた「そういう職業従事者」のかたが今後どうされるのか、そのかたにとってはぼくのような外野の存在は失礼千万な話ではありますが、当該電子書籍の追加参照事例になるかもしれない。
 
そういえば、血圧の適正範囲というのも、最近は定期的に変化していて、何のための適正値なのかよくわからない。(製薬業界の定期的な景気刺激策という観点では、その変化はよく理解できるとしても。)だから、飲まなくてもいい(と、ぼくには思える)降圧薬(降圧剤)を服用している知り合いもいるので、教育的指導というのは、健診や人間ドックにおいて、それなりの勢力で存在しているみたいです。
 

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2018年3月14日 (水)

マヨネーズとマーケティング

毎日の納豆に少量の塩といっしょに混ぜる亜麻仁油と、料理にたまに使うオリーブ油以外は、最近は植物油は利用しなくなりました。パウンドケーキなども北海道産のバターです。だから、マヨネーズは自宅では作らないし、買うとしてもごくまれにしか買いません(ごくまれには便利なこともあるので)。
 
野菜などをマヨネーズを使って炒めものにするという「野菜のマヨネーズ炒め」のコマーシャルを、以前から繰り返し見かけますが、上手なマヨネーズのマーケティングだと思います。油(植物油)は、舌を刺激し食欲を増進させる力を持っています。その効果的な応用例のひとつがマヨネーズです。マヨネーズはサラダのドレッシングだけではない。
 
こういうのを新しいアプリ―ケーション(使い方)のお勧めによる販売促進と言います。この情報を売り場でポップ風の紙で提供するとアプリケーション・ノート。
 
同じ種類のコマーシャルを繰り返し見かけるというのは、新しい顧客が次々と登場してくるからです。新しい顧客とは簡単な料理を始めた独身男女や料理の得意でない新米主婦(そういうひとたちにとっては、出汁や味付けは敷居が高い)や、料理は得意なのだけれど料理にかける時間を節約をしたいひとたちのことです。味付けのマヨネーズへの「外注化」です。
 
自宅でマヨネーズを作ったことのある方にとっては何の不思議もありませんが、75%から80%は油(植物油)です。大量の植物油に卵(卵黄)と酢と塩を加えてよくかき混ぜると、マヨネーズができあがります。胡椒などの香辛料をどれだけ使うかはお好み次第です。適当な料理や加工食品にマヨネーズをかけると、何でも一応は喉を通る。マヨネーズ味を売りにしたおにぎりなども人気です。
 
放置してあったマヨネーズが分離しそのほとんどが油だったので驚いた、といった感想を耳にすることがあります。そこには、隠されていた真実を発見、というニュアンスが含まれているので、発言者が若い男性や若い女性なら特に違和感はありませんが、それが初心者とは言えない家庭の主婦であった場合は、逆にこちらが驚いてしまう。
 
マヨネーズは植物油がいっぱい、に関して手元に適当なものがなかったので、下の写真を「買い物の学校」というブログ(の「多すぎる油」という記事)からお借りしました。この場を借りてお礼申し上げます。
 
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【註】写真のようなきれいな分離状態を作り出すには、マヨネーズを冷蔵庫で一晩凍らせて解凍すればいいそうです。ただし、理科の実験としてはそれでいいとしても、いったん分離したのをもとの状態に戻したときに風味も元通りになるかどうかは保証の限りではありません。
 

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2018年3月13日 (火)

平均寿命と健康寿命

先日、厚労省から2016年の健康寿命に関する調査結果(約71万人を対象にしたアンケート調査結果からの推計値)の発表がありました。この調査は2010年から3年ごとに行われています。
 
「健康寿命」とは、健康上の問題がなく、日常生活の活動が病気などで制限・制約されることのない期間のことですが、2016年は男性が72.14歳、女性が74.79歳。前回調査の2013年と比べ、男性は0.95歳、女性は0.58歳「健康寿命」が延びました(なお、下の図表「都道府県別の健康寿命」は日本経済新聞から引用)
 
2016_20183
ちなみに、明治31年(1898年)から平成28年(2016年)までの、平均寿命の推移は以下のようです。
 
18982016
 
上のグラフでは細かい数字がわかりにくいのですが、2016年の平均寿命は男性が80.98歳、女性が87.14歳なので、「『非』健康寿命」期間が、男性は8.84年、女性は12.35年続くことになります。
 
「『非』健康寿命」期間とは、たとえば、具合の悪い方から言うと、自宅や介護施設で寝たきりか、そこまでいかなくても介護施設で車椅子を利用する生活をしているか、もっと広くいえば、たとえば介護保険の要介護の認定者で、病気や老齢で日常生活になんらかの支障をきたしているような不便な状態が続く日々のことです。
 
男性のほうが、身体の不具合をかかえた場合に諦めが早いというか、そういう場合の生への執着が、女性よりも、肉体的にも精神的にも希薄なのかもしれません。関連記事は「平均寿命と食べもの」。

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2018年3月 1日 (木)

グローバル・ガバナンスというもうひとつの共同幻想

ある程度の社会的安寧がもたらされる限りにおいては、その社会経済的虚構、あるいは政治的共同幻想は持続します(どういう状態を指して社会的安寧があると呼ぶのかは難しい議論ですが、ここでは深入りしません)。
 
グローバリズムやそれの支持観念であるところのリベラリズム(自由主義)は、この数十年で世界にひとつの大きな三角形(ないしはピラミッド)を作り出しました。三角形(ピラミッド)とは、富や権力のヒエラルキーのことです。人間の特性のひとつとして、富や権力に対する基本欲求がなくなることはありません。グローバリズムでは、とりあえずWin-Winの関係を享受することのできた参加者(参加国)が多かったので、各人(各国)の基本欲求は、全体としては満たされ続けました(ということになっています、南北格差は大きかったのですがそれは気にしないことにして)。
 
歴史上、世界にはいろいろな種類のヒエラルキーがありましたし、現在も多い。前の世紀とその前には、サイズが大きくて乱暴なものは帝国主義国家と呼ばれました。自分のサイズをもっと大きくして、他の乱暴な三角形を飲み込もうとする。すると、衝突が起こり、戦争ということになります。実際にそうなったのですが、第二次世界大戦後は、そのままではリスクが高すぎて先進国の生存が脅かされるというので、共同で知恵を出し始めました。その結果が経済優先のグローバリズムとリベラリズムです。ヨーロッパではECが誕生しました。
 
つまり、この数十年は、グローバリズムとリベラリズム(自由主義)が世界の主要国における共同幻想でした。それなりにきれいな夢だったのですが、夢の成果が一部の人や一部の国の専有物になり始め幻想効果が薄れてきたので、その共同幻想を捨てたいという人たちが各地で現れました。日本も例外ではなく、たとえば、共同幻想の枠外に置かれたような位置づけの非正規雇用者が増加している。
 
共同幻想の剥落とは、グローバルな現象面では、たとえば、Brexit(欧州連合からのイギリスの脱退)だし、米国におけるトランプ政権の誕生です。つまりは、ナショナリズムへの回帰です。ロシアのプーチンもそういう方向で動いています。ナショナリズムが正しい(というか、今後長期間、有効な)回帰先かどうかはわかりませんが、それ以外に実行可能な代替案は思いつかない。だからとりあえずナショナリズム回帰です。
 
安倍政権(というか、安倍総理というか)は、そういう意味では不思議な動き方をしています。アベノミクスはグローバリズムとリベラリズムそのものの純粋培養政策みたいなもので、最近議論になっている働き方改革もそのサブセットです。しかし同時に、安倍政権は1945年以前の、つまり戦前の日本に回帰したくてしかたないらしい。二つの逆方向のベクトルが彼の頭の中では矛盾なく共存しています。
 
1945年以前への回帰という思いはナショナリズムという虚構のひとつのあり方で、そのあり方は、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)の信じる虚構のあり方と通じるところがあります。そういう意味ではふたりは同じ種類の「幻想」を共有している。二人は深層心理面でお互いに気が合うに違いない。
 
そういうナショナリズム回帰という状況のもとで、現れてきたのが「グローバル・ガバナンス」という考え方です。以前、世界政府という言葉が根のない人気を博した時期もありましたが、舞台と衣装を変えたその再来と呼べるかもしれません。
 
国家単位、あるいはECのような地域集合体単位では解決できない問題(そういう場合にすぐに安易に引き合いに出されるのが地球温暖化対策、それから南北経済格差、そして、AIなどの進展の結果、先進国にも途上国にもあふれだす大量の「仕事のない人たち、役に立たない人たち」に各国でまたグローバルレベルでどう対処するかなどの今後の大問題)は、ナショナリズムでは対応のしようがない。だから、国を超えたもっと大きな、もっと上位の「共同幻想」を創らないかという提言が「グローバル・ガバナンス」です。
 
国家を超えた共同幻想の実効力のある例は過去に実際にありました。既存の宗教です。キリスト教やイスラム教や仏教には国家の壁はありません。しかし、これから、グローバル・ガバナンスのために、たとえば、キリスト教の幻想をいっしょに見ようと言われても、ぼくは、願い下げです。
 
グローバル・ガバナンスとは、ひとつの巨大なヒエラルキーに、世界全体を、明示的に、意識的に当てはめることです(参加者の同意を強引に、そして、無理やりにでも取りながら)。出来上がるのは、現代版のグローバルな士農工商制度かもしれません。そこには「家族(の幸せ)よりも国(の存続と繁栄)が大切だろう、国よりも、国を超えたなにものかが重要だろう」というロジックが持ち込まれます。そうでないと「共同幻想」にならない。しかし、実際には、どういう訴求力のある「共同幻想ロジック」になるのかは誰もよくわからない。
 
現在のグローバリズムを眉に唾をつけて眺めている人たちが、その内容はわからないにしても、そんな「共同幻想ロジック」に賛同するはずもない。なぜなら、グローバル・ガバナンスとは、すでに彼らが組み込まれている複数のヒエラルキーの外側に、さらに、スーパーセット的なヒエラルキーをもうひとつ覆いかぶせることだからです。窒息してしまう。
 
ところで、「ホモ・デウス」の著者であるユヴァル・ノア・ハラリは、あるインタビューで、「グローバル・ガバナンス」について歴史学者らしい興味深い意見を述べていました。
 
グローバル・ガバナンスなるものを考えると、グローバル・ガバナンスとはそもそも何か、どこの誰が実質的なガバナー(統治者)になるのかということが問題になりますが、ハラリにおけるグローバル・ガバナーのイメージとは、昔の中国の皇帝だそうです。秦の始皇帝、あるいは漢の高祖や武帝を思い浮かべているのでしょうか。そのあたりはよくわからない。しかし、つまり、中華(中華思想)のイメージです。中華の四方に居住していた異民族は東夷・北狄・西戎・南蛮(とうい・ほくてき・せいじゅう・なんばん)と蔑称されました。「日、出(い)ずる国」であるところの日本は中華から見れば、東夷のひとつということになります。
 
米国のトランプや北朝鮮の金正恩、ロシアのプーチン、EC、それから中国の習近平をも含めて、彼らを東夷・北狄・西戎・南蛮とみなして、彼らにあたらしい共同幻想を納得させる「強い力」がこのガバナーには必要なので古代中国の皇帝のイメージということになるのでしょうか。なかなかに面白い。
 
 
さきほど、グローバル・ガバナンスのためにキリスト教の幻想をいっしょに見ようと言われても、ぼくは、願い下げだと言いましたが、それが以下に引用するような種類の共同幻想なら喜んで引き受けると思います。
 
ただし、普通の意味でのガバナンスには役に立ちそうもない。しかし、AI(アーティフィシャル・インテリジェンス:人工知能)では対応できないような、形而上学的な次元で考えるガバナンスには向いています。
 
「道(みち)の道(い)う可きは、常の道(みち)に非ず。名の名づく可きは、常の名に非ず。名無きは、天地の始めにしてして、名有るは、万物の母なり」(老子)
 
 

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