ヘルシーエイジング

2017年3月14日 (火)

現在の血圧基準値は?

先日、ある民間の人間ドックというか、健康診断センターというか、そういうところで健康診断を受けてみました。毎年の定例行事です。こういう場合にいつも悩ましいのは(実際は気にしていないので悩ましいというのは正しくないのだけれど、ここでの都合上そう書くことにします)、血圧の基準値です。これほどガイドライン(だれがどういう風に決めるのかよくわかりませんが)が、きまぐれに動くのも珍しい。
 
2014年4月に、日本人間ドック学会と健康保険組合連合会が、人間ドックなどで今まで集めてきた健康な1万人のデータを分析した結果、とくに持病がない人は、「収縮期血圧が147以下」、「拡張期血圧が94以下」なら高血圧を気にしなくてもいい、というガイドラインを出しました。一般の健常者にとってもわかりやすい実務的なガイドラインです。現在はどうもこれが隅に追いやられているらしい。
 
それまでの「正常」な血圧というもののガイドラインの推移を並べてみると
 
□ 1960年代は、「収縮期血圧が149以下 /拡張期血圧が 99以下」
□ 1970年代は、「164以下 / 94以下」(WHO世界保健機構)
□ 1993年からは、「139以下 / 89以下」(いわゆる「140 / 90」)
□ 2009年からは「129以下 / 79以下」が正常血圧、「130~139 / 80~89」は「正常高値血圧」という不思議な言葉で呼ばれるようになった(日本高血圧学会)
□ 2014年に「収縮期血圧が147以下」、「拡張期血圧が94以下」なら高血圧を気にしなくてもいい(日本人間ドック学会)
□ 現在?アンシャンレジームの復活?
 
日本高血圧学会のガイドラインだと、たとえば、測定値「135 / 78」は片方が正常血圧の範囲に収まっていないのでないので正常高値血圧になります。そして「収縮期血圧が140以上」あるいは「拡張期血圧が90以上」のどちらかに該当すると(たとえば、「142/88」)「高血圧」と判断されます。
 
ある地方自治体の血圧ガイドラインは生真面目に「収縮期血圧の基準値は90~129」、「拡張期血圧の基準値は ~84」となっていて、変えるつもりはなさそうです(ちなみに「上」が90未満だと低血圧)。
 
そういう流れを読んだのか、一時は姿を消していた「血圧が130を超えたら、□□□を」というサプリメントの宣伝メッセージも復活してきました。
 
循環器系の医者の意見なのか、製薬会社の意図なのか、高血圧の患者、および患者予備軍が増えたり減ったりで、けっこう気ぜわしい。同時に、けっこう面白い。

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2016年10月20日 (木)

ボージャクブジンな年寄りにはうんざり

体の動きが悪いというのも少しは原因しているかもしれませんが、そこにいるそういう年齢層の70%から80%くらいは、僕の目にはボージャクブジン(傍若無人)と映りました。文字通り、傍(かたわ)らに人なきがごとし、です。
 
地元の消費者向けに毎年開催されている、北海道の農産物と水産物の即売会みたいなのがあったので(まだ開催中ですが)、収穫量が多くないのでこの機会を逃すと手に入りにくい種類の北海道産のリンゴ(たとえば、赤い「ひめかみ」や青い「とき」)を求めて、配偶者と会場に出向きました。午後の遅い時間だったのですが、土日が休みの勤労者はまだ労働中の時間帯だったので、高齢者や主婦と思しき女性が目立ちます。週日がお休みなのかもしれない二人連れも混じっています。それほど広い会場ではないので、結構な混雑です。
 
「駐車場が見つからなかったら、車は好きな場所に止めていいのです。車を止めたいところが駐車場です。」と、以前、親切に教えてくれたのは名古屋のある散髪屋の親父さんでしたが、その高齢の女性も、私の歩きたいところが私の専用通路といった確信的な表情で農産物と農産物の間の通路を人に買い物袋がぶつかるのも気にしません。邪魔な雪を除雪車で排除する風情で目的の場所に向かいます。その女性と同じような行動パターンの女性も結構いらっしゃいます。みなさん人生の経験が豊富な方ばかりです。そのボージャクブジンぶりにはちょっとうんざりです。
 
昔は姥捨て山というものがあったそうな。

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2016年9月15日 (木)

旬の終わりの野菜と「いろは歌」

旬の終わりが近づいてくると、野菜は、アンチエージングの好きなヒトの女性とは違って、花を咲かせた後(あるいは、咲かせようとした後)悟ったように自ずからじわじわと衰えてきます。色艶の衰えをぼくたちに隠しません。夏の葉物野菜なら、朝の空気に秋の淡い匂いが滲み始めるころになると、店仕舞いの準備を凛として開始するようです。その準備が早いのがあり、ゆっくりと構えているのがある。
 
バジルとイタリアンパセリにはまだ折り合いをつけてもらっていますが、こういう折り合いのつけ方もそろそろ終わりです。下の写真は、左が8月中旬のイタリアンパセリ、右が9月上旬の同じパセリ。
 
8 9
 
旬の終わりの野菜には「いろは歌」が似合います。これはヒトと同じです。「色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ  酔ひもせず」。しかし、植物には常に循環の気配が伴っています。また来年。

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2016年3月23日 (水)

サプリメント広告と「大人のための残酷童話」

サプリメントには興味がないのですが、サプリメントの広告チラシが朝刊にはさまれているのに気が付くとそのコピーに目を通すこともあります。コピーの内容から、その会社での営業や販売促進部門でどんな問題をかかえているのか、なんとなくわかるので面白い。

「□□□□をやめた。一気に、年をとった」(64歳 女性)というのが大きな活字でチラシの中心にあり、その隣に、40代・50代・60代・70代と年代別に、もと顧客と思しき(ということになっている)方のコメント、このサプリメントを検討中(ということになっている)方の感想が並んでいます。なお「□□□□」は商品名です。

「体力が、ぜんぜん違う。□□□□を飲んでいた時は、気付かなかったけれど・・・」(46歳 男性)

「鏡を見るたび、落ち込む。今の状態は□□□□を止めたからでしょうか」(63歳 女性)

商品を製造販売する企業にとっては、リピーター(繰り返し購入者)の存在が一番ありがたいのですが、リピーターが希望通りに増えないのか、リピーターになりそうだと考えていたお客が突然に継続購入を止めてしまうのか。どうも、そういう事態に直面しているようです。お客が効き目がないと判断して購入を中止するのか、競合製品に鞍替えしてしまうのか、そのあたりはぼくにはわかりません。しかし、このコピーからいろいろなことが想像できます。

倉橋由美子の短編集に「大人のための残酷童話」というのがあります。どういう内容の短編集か、著者のあとがきから一部を引用します。「全体として残酷というよりも救いのない話が並んでいますが、いずれも『自業自得』の世界に属しますから、愚行は罰せられ、賢い者はそれなりの正当な報いを手に入れる結果になっています。」

倉橋由美子の云う自業自得とは運命的な色合いを含めての自業自得ですが、彼女が存命中なら、上の三つのコメントや感想から、熟年者と老齢者のための残酷童話をすぐに三つ紡ぎだすかもしれません。

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2016年2月23日 (火)

我慢するけれど、愉快ではない

別のタイトルをつけるとすると「本人に迷惑意識がない、まわりへの迷惑」となります。そういう種類の迷惑の押しつけが伝統的に得意な国もありますが、ここは個人のレベルの話です。最近、立て続けにそういうことに遭遇しました。

デパートの日本酒や調味料などを売っている一画で、買わないけれども参考までに各地の一升瓶や四合瓶を眺めていたら、荷物がドカンとぼくの足に当たったので、どうしたのかと振り返ると、嵩のあるカバンを下げた高齢の男性が、店員と思しき中年女性を従えてそばに立っていました。その店員と相談しながら何かをさがしているらしい。

向こうの方に行ったかと思ったら戻ってきて、またドカン。店員らしい中年女性は、ぼくに申し訳なさそうに頭を下げるのだけれど、高齢男性は、そういうことがあったことにまったく気づかぬ風情です。さがしている商品しか頭の中になくて、他人の存在は目に入らないらしい。しかし、間違えて、人ではないところの商品棚にぶつかるわけでもない。単に傍若無人なのか。

休憩室のような、複数の人たちのための公共の場所があり、そこには複数種類の月刊誌や新聞が置いてあります。大型テレビも設置されている。高齢な男性が真正面からテレビを見ているのですが、音が大きすぎて、彼以外は何かを読むならスポーツ新聞の大きな見出し以外は無理といった状態です。でも、ご本人にとってはとても心地の良い温和な音量なのでしょう。だから、まわりが閉口しているとは思っていない。テレビの音量が絞られる気配はありません。本の続きを読みたいと思っていたぼくは、すぐにそこを出ました。

有体(ありてい)に云えば迷惑な老人の風景です。認知視野が狭まったとか、耳が遠いといった認知能力の衰えはしかたないにしても、それに老人特有の傲岸が加わっているのかもしれません。周りをそれとはなく拝見していても、歳をとって傲慢になる方は少なくない。

ぼくもそういう風にならないように用心と思っていても、まあ、いつかはそうなるに違いない。その時は、まわりの誰かが、ぼくのこのブログに似た内容のコメントを吐くのでしょう。そして、ぼくはそういうことに気づかない。あるいは、気づかないふりをする。

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2016年2月17日 (水)

秀逸なコピーではあるのですが・・

朝刊に何枚かの折り込みチラシがはさまれており、そのうちの一枚に秀逸なコピーを発見しました『50代。鏡の中に、すごいオバサン。わたしだった。』『ゆるむ50代、下がる60代。ふとした時に感じる年齢。』これを作ったコピーライターに会ってみたくなります。ショウ・ウィンドウにみっともない奴が写っている、気がついたら自分だった、というのは以前からあったパターンですが、ここではそういうことは気にしない。

この会社は、以前、『ウソっ、血圧130もある!』というコピーをインターネットに流してDHA/EPAを含んだサプリメントのプロモーションに熱心だったのですが、あるときから消えてしまいました。

あるときとは、人間ドック学会が2014年4月に健康な1万人の検査データを分析し、それまで「収縮期血圧は129以下、拡張期は84以下」とされていた数値を、「収縮期血圧は147以下、拡張期血圧は94以下」と改定したときです。血圧は「年齢+90」以下であればよいという簡便方法が使われていた時期もありましたが、ヒトの全般的な健康指標としての血圧基準は、簡便方式に逆戻りしたとも云えます。その方が便利で正しい。

この会社は、「厚生労働省では・・・『DHAおよびEPAの目標摂取量を1日1g以上が望ましい』としています。驚くことにその量はクロマグロの刺身(赤身)で例えると約9人前以上。」という事実の一部だけを超拡大コピーしたようなコピーを今でもときどき流しています。

そういう文脈で考えると『50代。鏡の中に、すごいオバサン。わたしだった。』『ゆるむ50代、下がる60代。ふとした時に感じる年齢。』の持つインパクトもけっこう割り引く必要がありそうです。

関連記事は「DHA・EPAサプリメントの宣伝コピーに、ちょっと違和感」。

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2015年9月 3日 (木)

野菜や果実の抗酸化力の新しい測定方法と、その一部の結果

2012年4月のブログ記事(「食と3種類の知とヘルシーエイジング(3)(3-2)(その2)」に次のように書きました。長いですが、一部を引用します(引用部分は、◇◇から◇◇まで)。

◇◇

たいていの生物は呼吸する空気に約21%含まれている酸素がないと非常に困るけれども、同時に酸素は、生物にとっておそろしい存在です。呼吸で体内に取り入れた酸素から一定割合(吸った酸素の2%)で発生する活性酸素(スーパーオキシド)やそれが変化したもの(ヒドロキシルラディカル)、あるいは紫外線を浴びると発生する活性酸素などが、私たちを、細胞レベルでゆっくりと傷つけ劣化させます。若いとき、つまり再生産可能年齢に達するあたりまでは、活性酸素は私たちの体を病原菌から防御しますが、私たちが再生産可能年齢を過ぎてしまえば、その同じ活性酸素が逆に私たちを静かに攻撃し始めます(ニック・レイン「酸素-世界を作った分子」)。

だから、その活性酸素が発生した時点でそれをある程度消すことができたら、我々の細胞の劣化はそれだけゆっくりとしたものになります。活性酸素を消すには抗酸化力を持ったなにかが必要です。私たちも活性酸素から体を防御する機能を持ってはいますが、それだけでは足りない。年齢とともにだんだんと足りなくなる。

ありがたいことに、私たちが食べる野菜・果物・穀物にはファイトケミカルという形で抗酸化力が保持されています。虫の攻撃、紫外線で生じる活性酸素の攻撃などから身を守るために植物が自ら作り出した物質がファイトケミカル(ファイトはギリシャ語で植物の意味)で、植物栄養素とも呼ばれますが、おもに植物の色素や香り成分、アクなどに含まれています。サプリメント製造販売会社の露出頻度の高いコマーシャルなどを通じて、私たちにおなじみになったファイトケミカルには、リコピン(トマト)、アントシアニン(赤ワインやブルーベリーや黒豆)、カテキン(緑茶)、ケルセチン(タマネギ)などがあります。

野菜・果物・穀物の抗酸化力の公開という点では、自国民が野菜を食べないのでその健康状態に政府がイライラした米国が先を走っていますが、米国の抗酸化力指標であるORAC (Oxygen Radical Absorbance Capacity)には不十分なところ(たとえば、ORAC分析法は分析精度が低い、ORACでは緑黄色野菜に多く含まれるカロテノイド系抗酸化物質〈β-カロテンのような化合物〉の抗酸化能を評価できないなど)があるので、日本ではORACの欠点を補ったAOU (Anti-Oxidant Unit)という指標が測定データの整備も含めて標準化の確立中・普及中といった状態です。

◇◇

ある会社からニューズレターが送られてきました(「ベジマルシェ通信VOL 56」)。そこに、次のような興味深い記事がありました。

新しいタイプの測定法(SOAC法)によって野菜や果実の抗酸化力を測定してみると、従来の測定方法ではよく見えなかった特定の野菜や果実の抗酸化力の様子が見えてきた、というのがその骨子です。

下はその記事の中のグラフです。こういうデータにはなかなかお目にかかれないのでそのグラフを引用させていただきました(引用に関しては、この場を借りてお礼申し上げます)

Dpphsoac

このSOAC法と呼ばれている測定方法は、ある民間の食品会社とある国立大学によって数年前に開発されたものです。簡便な測定方法なので、それを研究やビジネスに利用しているところも多いらしい。したがって測定データは企業や大学の研究室や開発部門に蓄積していると思いますが、それらが一般消費者の目に触れる機会はほとんどありません。上記のニューズレターの中のデータ(パプリカの抗酸化力の相対値)は、だから、ぼくたちには興味深い。

農産物の抗酸化力に関しては、ブドウなどに多く含まれる抗酸化物質である「ポリフェノール(アントシアニンなど)」については測定方法がほぼ確立していましたが、ニンジンやトマトなどに含まれる抗酸化物質の「カロテノイド(リコピンやβ‐カロテンなど)」の正確な抗酸化力についてはよくわからなかった(換言すれば、実際よりも低く見積もられていた)。SOAC法の登場によって、カロテノイドの抗酸化力についても実態に即した結果が手に入るようになりました。

(最初に引用した部分と一部重複しますが、)野菜や果物の抗酸化力の対象であるところの活性酸素は、呼吸などによって発生する「ラジカル」と、紫外線などによって発生する「一重項酸素」とに大別されます。そして、そうしたタイプの違う活性酸素の消去に効果のある農産物の抗酸化物質もそれぞれ異なっています。たとえば、赤ワインに含まれる「アントシアニン」(総称して「ポリフェノール」)は「フリーラジカル」に強い。一方、赤やオレンジ色の野菜に多く含まれる「リコピンやβ-カロチン」(総称して「カロテノイド」)は「一重項酸素」という活性酸素に強い。

こういう数値がわかれば、たとえ野菜ごとや季節ごとの相対数値であっても、野菜好きな消費者には役に立ちます。ちなみに、季節ごとというのは、旬とそれ以外の時期という意味です。関連記事は「バジルと旬(しゅん)と抗酸化力」。

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2015年4月10日 (金)

機能性食品と食材の機能性(その2)、あるいは野菜のサプリメント化

ぼくたちが体を健康に維持するのを助けるという意味で、野菜は3種類の能力というか機能性を持っています。「抗酸化力」と「免疫力」と「解毒力」です。

【註】この3つの機能性区分については、デザイナーフーズ(株)の考え方を参考にしています。

ぼくたちの抗酸化力を高めるところの抗酸化物質が豊富な野菜があり、ぼくたちの免疫力を高めるのを支援するのが得意な野菜があり、またぼくたちの肝臓の解毒力を助けるのが得意な野菜もあります。特定の機能性に恵まれた野菜もありますが、野菜は生きものなので複数の機能性を、その野菜自身にとっては心地よいバランスで持っていると思われます。

野菜が持つ機能性やその強さは、野菜の種類によって(たとえば、黄・橙・緑・白・赤・紫・黒といった野菜の色の違いによって)、また季節によって(たとえば、夏野菜と冬野菜、あるいは収穫時期がその野菜の旬の時期かどうか)、あるいは栽培方法によっても(たとえば、有機栽培か無農薬栽培か慣行栽培か)、違ってきます。

赤い野菜は抗酸化作用の大きいリコペンを含み、紫の野菜は強い抗酸化力だけでなく心臓の血塊発生防止を助けると考えられているアントシアニンを含みます。免疫力を高めてくれるのは、秋の野菜のキノコや白菜・白ネギ・大根といった色の白い野菜、つまり、寒くなる時期の鍋料理の具材です。野菜は、肝臓が化学物質を分解し水溶化するプロセスをサポートしますが、とくにアブラナ科の野菜はそういう働きが強い。アブラナ科の野菜とは、大根、白菜、キャベツ、ブロッコリー、ちんげん菜、菜の花などです。食物繊維も、有害物質を体に入れない働きを持つ種類と、体外へ排出する働きを持った種類があります。

「機能性表示食品制度」が今月(2015年4月)の1日から始まりました。この制度では、その食品が体のどの部位にどのように良い食品なのかを、国(消費者庁)の審査なしに企業や生産者の責任で表示できます(「責任」とは「機能性」の根拠となる研究データやメカニズムを消費者にわかりやすく公開する義務を負うということ)。複数のメディアの報道を拝見すると、機能性食品の生産者や企業は、この制度の導入を新たな需要拡大の機会、商機の到来だと考えているようです。

消費者庁のガイドラインによると、機能性表示食品制度の対象製品は食品全般で、「サプリメント」「サプリメント以外の一般加工食品」および「生鮮食品」の3つです。ビタミン・ミネラルなどの食事摂取基準で基準が設定されている栄養素は対象外ですが、「たんぱく質」「n-6系脂肪酸」「n-3系脂肪酸」「食物繊維」「ビタミンA」の5つの栄養素の構成成分は含まれます。

したがって、「機能性食品と、食材の機能性(その1)」で取り上げたブロッコリーやミニトマトやタマネギのような機能性野菜や既存のサプリメント商品・健康食品はあらたな訴求メッセージを付加して機能性表示食品として再登場するかもしれません。

ぼくは、大根でもニンジンでも小松菜でもセロリでも、丁寧に栽培された旬の野菜の持つ高い機能性をおいしい食材として食べることは大好きですが、いわゆる「機能性強化野菜」にプレミアム価格を支払って購入することには興味がありません。言葉を換えれば、野菜や果物のサプリメント化には興味がない。青魚を食べるのではなく、EPA/DHAを含んだサプリメント錠剤を時間の節約になる、食生活のコストパフォーマンスが良くなるという理由で選好される方がいらっしゃいますが、ぼくはそういう風ではない。同じことです。

機能性表示食品制度では、該当する食品を生産・販売する企業や生産者は「機能性」の根拠となる研究データやメカニズムを消費者にわかりやすく公開する義務を負うということになります。なかには眉に唾をつけて眺めた方がいいような機能過剰な食品も現れる可能性がありますが、生鮮野菜や果物の機能性についてのメッセージが、それなりの説明付きで市場に溢れること自体は悪くはないと考えています。

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2015年4月 9日 (木)

機能性食品と食材の機能性(その1)

機能性食品と呼ばれているものにはほとんど興味がありません。しかし、野菜や果物といった普段の食材の持つ機能性には関心があります。ここでいう野菜や果物の機能性とは、野菜や果実が持っている生体調整にかかわる成分や機能のことです。

体内で発生する活性酸素は人体を傷つけます。活性酸素を消去する抗酸化物質をたくさん含んでいる野菜があります。抗酸化物質は生体調整に関する成分のひとつです。そういう野菜を食べるとぼくたちの体の抗酸化力も高まります。だから、そういう「抗酸化力」の強い野菜は「機能性」の高い野菜ということになります。

一般的な食品分類では「タンパク質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラル」からなる五大栄養素というのが最初に出てきます。この分類はそれなりに役に立ちますが、そういう分類が依って立っていたところの考え方のもとで「軽視されていたもの(嗜好に関する成分)」や「存在価値が不明だったのでほとんど無視されていたもの(生体調整に関する成分)」を舞台に登場させた最近の分類方法の方が、食品・食材の全体的な姿を捉えようとしているので、ぼくには腑に落ちるようです。

その方法とは、食品が持つ栄養に関する特性を第一機能、嗜好(食品の持つ色・味・香りなど)に関する特性を第二機能、そして、食品の持つ生体調整に関する特性を第三機能とする分類方法です。

現在栽培されている野菜や果物は歴史上長い間生存してきた生きものの子孫なので、その体内に役に立たないものを持っているはずはないというのがぼくの勝手な考え方です。役に立たないものを抱え込んでいたらすでに淘汰されてしまっている。

生体調整に関する成分には、お腹の環境を整えるオリゴ糖類や食物繊維類、血圧の上昇を抑えるペプチド類、それから、抗酸化力によってヒトの体内の活性酸素を消去し老化や動脈硬化を予防するポリフェノール類(アントシアニンなど)やカロテノイド類(リコピンなど)、ビタミンCやビタミンEがあります。

そういう特定の生体調節成分を多く含む(多くは工業的手法で人為的に多く含有させている)食品が、一般に機能性食品と呼ばれています。

機能性食品、あるいは機能性食品の錠剤版であるところのサプリメントというとすぐに思い出すのは、朝刊の折り込み広告などによくあるように、食べ切れないほどの人数分のマグロの赤身、うんざりするほどの個数のシジミの写真です。そういう多量の食材に含まれているよりも多くの特定成分が1個の錠剤に含まれているというのが折り込み広告のメッセージです。

しかし、最近はそういう錠剤だけでなく、機能性野菜というカテゴリーの野菜も見かけるようになりました。特定の機能性成分を強化した野菜のことです。工業的手法で機能性を人為的に多く含有させているとはいえないタイプの食品です。栽培技術や交配技術は関係しますが、ここでは工業的手法とは呼ばないことにします。有機栽培の野菜が慣行栽培のものよりも抗酸化力が高い、あるいは旬の野菜が旬を外れたものよりも抗酸化力が高いという測定データは多いので、必ずしも工業的手法を使わなくても野菜の機能性は高まります。

参考までに、いくつかの機能性野菜の商品パッケージやホームページの商品紹介欄から機能性に関する文言を以下に引用してみます。

(1)ある食品会社の機能性ブロッコリー: 「スルファラファンが通常のブロッコリーの約3個分」、「機能性ブロッコリー」、「北海道産」

(2)同じ食品会社の機能性ミニトマト: 「リコピンが従来品種の約2倍」、「カロテンが従来品種の約3倍」、「機能性ミニトマト」、「宮城県産」

(3)別の会社の機能性ミニトマト: 「高リコピントマト」、「リコピン約1.5倍」、「トマトの赤はリコピンの赤」、「リコピンとは活性酸素を消去する赤い色素です」

(4)ある農業グループの機能性赤タマネギ: 「健康タマネギ」、「注目の健康成分『ケルセチン(ビタミンP)』が従来のタマネギの1.5~3倍」、「北海道産」

特定の機能性だけを、他の状態は同じで、強化したものなのか、それとも特定の機能性は強化されたがその結果他の機能性や栄養素が少なくなったのかは、商品案内からはわかりません。

(その2)に続く

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2015年2月26日 (木)

時間の投射感覚と平均寿命

ぼくたちが「平均寿命が80歳を超えた」などいう場合の一般的な概念としての「平均寿命」とは、その年に生まれた人が、特別な社会情勢の変化などがない限り、これから何歳まで生きられるかを示したものです。だから日本の男性の平均寿命は、1898年では43歳、1947年では50歳、1960年で65歳、女性のそれは1898年では44歳、1947年では54歳、1960年で70歳ということになっていました。そして、現在(2012年)の日本人の平均寿命は男性がほぼ80歳、女性は86歳超です。

下のグラフは、1898年から2010年までの日本人男女の平均寿命をプロットしたものですが、その110年の推移がわかります。

_18982010

1947年生まれの男性は、彼が生まれたころには、平均的には50年くらいしか生きられないと想定されていました。しかし、多くの人は実際にはそれよりは長い人生を生きています。同様に2012年に生まれた日本人女性は、平均的には86年間は生き続けるだろうと考えられています。しかし、今後のことは実際にはわからない。

長期計画のことを百年の計とも云います。これは、一世代の長さを30年と考えると、自分の世代、子の世代、孫の世代の三世代分に相当します。つまり、百年の計とは、自分から見た孫の世代がやがて人の親になるころまでの将来を思い描いて作る計画ということです。ヒトにはこういうふうに、自分や自分の家族を基準にして時間の距離を想像することが、その気になれば、できます。

しかし、平均寿命が長くなってヒトのこの(未来や過去への)時間投影感覚が長くなったかというと必ずしもそういうふうにはなっていない、逆に短くなっているようです。

原子力発電や原子力発電にともなう放射性廃棄物の処理についての議論、一部の方があいかわらずお好きな地球温暖化の議論やCO2濃度の推移に関する議論を見ていると、一部は、わからない将来のことを気にしてもしょうがない、そのときの判断はそのときの当事者におまかせという意味での思考停止状態にあるようだし、あるいは、1850年前後から現在までの短い時間幅を切り取ってきてその範囲だけで気温やppmのシミュレーションゲームを繰り返しているようです。これが仮想ゲームならそれでもいいのですが、このゲームには実際は利害が色濃く絡んでいます。

現在の平均寿命は80歳だけれど、人生50年時代を生きた人たちの方が、より長い時間投影感覚、時間投射感覚を持っていたと思われます。生きる時間が細切れになってきて、細切れの向こう側を考えることが面倒になってきたのでしょう。コストパフォーマンスの悪いことはしなくなる、ということかもしれません。

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