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2017年11月 1日 (水)

知的で強引な説得力

彼の代表作・傑作とされている評論やエッセイをいくつか読み直してみました。それらを最初に読んだときは、畳みかける勢いと牽強付会が入り混じったような、結果としてわかりにくい作品も少なくないという印象を持ったのですが、再読してみてぼくの最初の感じ方が(ぼくにとっては)正当だったことを確認しました。
 
彼の文章には、酔ってしまうような心地よいリズム感がある、同時に、強引である、無理をしている。強引なところは、その強引さを好む読者には愉悦なのかもしれませんが、そうでない読者には、当然のことながら、わかりにくい。
 
言葉を換えると、彼の書く文章には、歯切れのよさと歯切れの悪さ(ないしは、強引なゆえのわかりにくさ)が同居していて、政治家の街頭演説や立法府の委員会における大臣の応答に近いものがあります。
 
現役ないし最近まで現役だった政治家を引き合いに出すと、畳みかけるような口調でとても歯切れのいいところは、ノリのよかったときのJKやその息子のSKです。
 
歯切れの悪いところ、要領を得ないところは、答弁で主題からずれたことをなんども繰り返し、自分でも何を語っているのか理解していないので着地点を完全に見失ってしまい、聞いている方がうんざりするようなSAです(最初はそういう「おしゃべり戦略」かと思ったこともありましたが、複数の事例を観察するとそうではなさそうです)。
 
その二つが彼のいくつかの作品には同居しています。
 
SAの場合はイライラした記者や苛立った野党の質問、ないしは質疑応答の時間切れという物理的な制約でわけのわからないおしゃべりを中断させられることが多いのですが、「批評の彼」の場合は、SAとは違い、自分の着地点がよく見えています。しかし、着地点を定めたからと言って、着地点への具体的な到達プロセスがわかっているとは限らない。不明な場合も少なくない。そういう場合は、ロジックが三段くらい跳んで、「要するに、現実を、肉眼で見ると・・・のようになる」と断定的に結論付けます。そういう「搦手(からめて)」がお好きなようです。そして、それが心地いいリズム感になっている。
 
歯切れのよさと歯切れの悪さ(というか、ロジックのジャンプ)が同居している分かりやすい例を以下に引用してみます。その説得方法を是とするか非とするかは読者しだいです(なお、□□は、ある人物の名前です)。
 
『この新しい事態に接しては、彼の豊富な知識は、何んの役にも立たなかった。役に立たなかった許りではない、事態を判断するのに大きな障碍となった。つまり判断を誤らしたのは、彼の豊富な経験から割り出した正確な知識そのものであったと言へるのであります。これは一つのパラドックスであります。このパラドックスといふ意味を、どうかよくご諒解願ひたい。僕が、単にひねくれた物の言ひ方をしてゐると誤解なさらぬ様に願ひたい。□□の知識はまだ足らなかった。もし□□がもっと豊富な知識を持ってゐたなら、彼は恐らく成功したであろう、といふ風に呑気な考へ方をなさらぬ様に願ひたい。そうではない。知識が深く広かったならば、それだけいよいよ深く広く誤ったでありませう。それがパラドックスです。』
 
彼は、『知識が深く広かったならば、それだけいよいよ深く広く誤ったでありませう。』と断言します。その根拠や論拠は示しません。彼がそう考えるので、そうなのです。『それがパラドックスです。』と結論付けて、それでおしまい。政治家の演説ならそこで会場が納得します。拍手が沸く。
 
こういう文章術というか弁論術は、自分でそういうことを他者に仕掛ける場合にも(そういう必要があれば)、逆にそういうことを仕掛けてくる相手と距離をとりながら自分を保つ場合にも役に立つので、そういう視点で、彼の作品を、現在、いくつか再読しています。

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2017年9月19日 (火)

2年ぶり?1年ぶり?6日ぶり?5日ぶり?

スキージャンプのワールドカップのような年間試合数の多いものは、「4か月ぶりの金メダル」といわれてもああそうかで済ましてしまうのですが、優勝というものが年に1回のスポーツで、2015年に優勝したチームが2017年にまた優勝したら、これを(2015年秋から2017年秋まで2年間が経過したので)「2年ぶりの優勝」というのか、それとも(途中に優勝できなかった1年間が挟まっているので)「1年ぶりの優勝」というのか。
 
ニュース番組は、2015年に優勝したチームが2017年にまた優勝した状況を「2年ぶりの優勝」と呼んでいます。なぜか?
 
広辞苑を見ると、「ぶり」とは、<時間を表す語に付いて、時日の経過の程度を表す。「久しぶり」「一年ぶり」>とあって、この説明だけでは今回の事態はよくわかりません。
 
NHK放送文化研究所のサイトを見ると、以下のように解説されています。
 
<[数え方]:「○時間ぶり」「○日ぶり」「○か月ぶり」「○年ぶり」などは、すべて満の数え方をします。>
<(例)平成10年に初優勝したあと、ことし(平成13年)再び優勝した場合、「3年ぶり2回目の優勝」。満の数え方で、(平成)13-10で3年と計算します。>
 
だから、<「2015年秋に優勝」・・・「2016年秋は優勝できなかった」・・・「2017年秋に優勝」>という状況は、「NHK標準」によれば、「2年ぶりの優勝」です。
 
したがって、2016年に優勝したチームが2017年にまた優勝すると「去年に続いて連続優勝」ですが、「ぶり」を使うと「1年ぶりの優勝」ということになります。そういう場合に「ぶり」を使うと、「ぶり」には途中の空白が想定されているので、どうも居心地が悪い。
 
プロ野球の投手の登板頻度を「なか5日」と云ったりします。前回の登板日と今回の登板日の間に5日間の休養日があるということです。「ぶり」だと「6日ぶり」となる。しかし「6日ぶり」はあまり使わない。1日の違いがとても重要な場面では、「ぶり」のようなまぎらわしい表現は避けているのでしょうか?
 
ニュース英語だと「二か国首脳会談が二年半ぶりに実現」というのが「The leaders of the two countries met on Nov. 10 for the first time in two-and-a-half years.」なので、「前回の会談と今回の会談の間に2年半という時間が挟まった状況」を「二年半ぶり」というのが慣用表現になっているようです。敵と味方の40年ぶりの再会でも構わない。
 
そういうことで今回の「2年ぶりの優勝」ですが、やはり、どうもすっきりしません。その居心地の悪さは、年に一度しか機会がないときに、そして途中の空白が1年という最短期間という状況において、「■年ぶり」を使うことからきているようです。「20年ぶりの優勝」なら違和感はありません。

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2017年9月 4日 (月)

関係ではなく、関係性?原因や理由ではなく、要因?

最近、「関係」ではなく「関係性」という言葉がマンエンしているようです。理由や原因ではなく「要因」という言葉が気軽に飛び回っている現象と似ています。たとえばニュース番組におけるサッカーや野球の報道で「関係性」や「要因」という言葉が実に気楽に使われています。ぼくには違和感です。
 
サッカーのような選手間の連携が常に必要なスポーツでは、選手間のその場の瞬間的な関係やプレー間のリアルタイムな関係(や関係の変化)が重要なことはわかりますが、それを「関係」ではなく「関係性」と呼ぶ理由がぼくにはわからない。
 
「それを『関係性』と呼ぶ『理由』がわからない」を、かりに「それを『関係性』と呼ぶ『要因』がわからない」と言い換えると、とても今風な感じになります。
 
具体例を出すと、ある時点の二つのプレーの「関係」、ないしはパスを出しそれを受け取った二人のプレーヤーの「関係」という言い方ではなく、その二つのプレーの「関係性」、ないしはパスを出しそれを受け取った二人のプレーヤーの「関係性」という表現を、アナウンサーやレポーターはするのですが、わざわざ「関係性」としたその意図は何だろうと考えてしまいます。もっとも、そういう意識はもともと念頭になくてなくて、言葉の響きにつられてなんとなく使っているだけかもしれませんが。「関係」よりも「関係性」のほうが格好良く響く。
 
ぼくの記憶では、「関係性」という変な日本語が一般化したのは、マーケティング分野で Relationship Marketing という考え方が登場して以降だと思います。Relationship Marketingは「リレーションシップ・マーケティング」、ないし「関係性マーケティング」と訳されました。Relationが関係なので、Relationshipは関係性ということにしたのでしょう。
 
Relationshipは一般的な言葉なので、それ以前は、日本語訳としては、「(人と人の)関係、結びつき、(物事と物事の)関連、関係」などが当てられていたと記憶しています。スッキリとしている。
 
蛇足ですが、リレーションシップという用語はIT業界ではよく使われていました(細かくはリレーショナル・データベース管理システムという分野において)。しかし、それは専門家やその周辺の人たち用の術後ではあっても、それ以外のものではなかったはずです。速度優先のIT業界は、3文字や4文字の簡略英語が日常語の業界なので、IT用語としてのリレーションやリレーションシップも通常はカタカナ表記以外の日本語には訳されません。最近だと、IOTやAIスピーカーという例があります。面倒なので、そのまま使う。
 
リレーションシップ・マーケティング(関係性マーケティング)とは、教科書風な説明をすると、商品やサービスの提供者が、顧客との良好な「関係」を長期的、継続的に維持し深めていくことで、顧客の当該商品や当該サービスに対する強いロイヤリティを創り出していくマーケティング手法のことです。
 
その文脈では、「関係性」とは「顧客との一定の関係のあり方」、もっと言えば「顧客との、長期的に望ましい関係のあり方」というです。だからそれを追い求めるマーケティングが、リレーションシップ・マーケティング(関係性マーケティング)だということになります。
 
そういう意味でやや特殊な使われ方をされた「関係性」という用語が、マーケティングの世界をはみ出して独り歩きし始めたのはそれからけっこう時間がたってからだと思います。しかし、なぜ独り歩きし始めたのか。その理由はぼくにはよくわかりません。現象としては、今はスポーツ報道の世界にまで浸透してきました。
 
上述のような使われ方の「関係性」や「要因」に違和感を覚えるのは、しかし、ぼくだけかもしれません。はやく空気に慣れることですかね。

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2015年10月30日 (金)

サンスクリット語のアルファベットと、仮名の五十音

英語の辞書では、単語が「a, b, c ….x, y, z」の順番に並んでいます。日本語の辞書(いわゆる国語辞典など)は「あいうえお かきくけこ・・・」の順番で、ぼくたちはそのことに違和感を持ちません。要は辞書は、ある言語がアルファベット(ないしはアルファベットに相当するもの)を持つ場合は、その言語のアルファベットの順番に単語を並べるというのがぼくたちの長い間の約束事のようです。

「abc」のようなラテン系文字で表記された言語の辞書や簡易辞書風のつくりの用語集を見ると、単語や用語の並びの順番は「abcdefg…」であり、国語辞典の様に「あいうえお かきくけこ」の順番に並んでいるとは普通はぼくたちは考えない。サンスクリット(語)も利用者の利便を考えてラテン文字で表記されます。しかし、ぼんやりとそのラテン文字表記の辞書や用語集を見ると、頭の中では自動的に「abcdefg…」が語の順番のデフォになります。まさか、サンスクリットが「あいうえお」「あかさたなはまやらわ」の順番に並んでいるとは、最初は、想像もしません。

鈴木大拙の代表作のひとつに「Studies in The Lankavatara Sutra」(楞伽経りょうがきょう研究)があります。本の最後に80数ページの「A Sanskrit-Chinese-English Glossary」という用語集があり、便利なので必要に応じてときどき参照しています。「Karma」の項を見ると「Karma、業、act ・・・」、「Dharma」の項は「Dharma、法、the truth、the law ; for various shades of meaning attached to the term・・・」といった具合に主要仏教用語が簡明に用例付きで説明されています。ところで、この二つの項目の記載順は、「abc <d>…hij <k>…」の順番ではなく、Kで始まる「Karma」が先に来て、Dで始まる「Dharma」があとに続きます。

片仮名は、九世紀初めに、奈良の古学派の学僧たちが漢文を和読するために、訓点として万葉仮名の一部の字画を省略し付記したものに始まると考えられています(たとえば、「阿」の左側部分から「ア」、「伊」の左側部分から「イ」、「宇」の上の部分から「ウ」、江の右側部分からエ、於の左側部分からオなど)。余計なことですが、この発想は、中国の簡体文字 Simplified Chinese作成の発想となんとなく似ているな、とぼくは勝手に考えています。

さて、仮名(ここではその成立が古い片仮名を例にとりますが)は、その基本要素は文字の「形」と「音」です。「形」とは、たとえば「阿」の左側部分を借りた「ア」、「伊」の左側部分を持ってきた「イ」のことで、「音」とは「ア」の場合は「a」、「イ」の場合は「i」という発音です。しかし、ぼくの興味は、個々の仮名文字ではなく、以下のような仮名四十八文字(ないしは五十音)という構成が、つまり「アイウエオ」という順番、および「アカサタナハマヤラワ」という順番からなる文字構成が、どのようにしてできたのかということの方に向かいます。

       あ段 い段 う段 え段 お段
   あ行   ア  イ   ウ  エ   オ
   か行   カ   キ   ク   ケ   コ
   さ行     サ   シ   ス  セ    ソ
   た行     タ  チ   ツ   テ   ト
   な行     ナ   ニ   ヌ   ネ   ノ
   は行    ハ    ヒ   フ  ヘ    ホ
   ま行    マ    ミ    ム  メ    モ
   や行    ヤ   ■   ユ  ■   ヨ
   ら行     ラ   リ    ル   レ   ロ
   わ行    ワ   ヰ   ■  ヱ    ヲ
                           ン

調べてみると、片仮名四十八文字(あるいは五十音)の構成はサンスクリット語のアルファベットを参考にしているらしい。サンスクリット語のアルファベットとは以下のようなものです。サンスクリット辞書(や用語集)は、単語や用語がこのアルファベットの順番で、つまり左上から右下にかけての順番で、並んでいます。

B

この表と仮名五十音図を見較べてみます。母音は、ラテン文字で表すと、a、ā、i、ī、u。ū、ṛ、ṝ、ḷ、ḹ、e、ai、o、au で、日本語が直接に対応しない母音もありますが、日本語対応母音は「あいうえお」の順に並んでいます。また子音の配列も (母音)、 k、kh、g、gh、ṅ、c、ch、j、jh、ñ、ṭ、ṭh、ḍ、ḍh、ṇ、t、th、d、dh、n、p、ph、b、bh、m、y、r、l、v、ś、ṣ、s、h となっており、当時の「ts」に近かった「さ行」や、それ以前では「f」よりも「p」に近かった「は行」の発音を考えると、また「y」が「ヤ」、「r」が「ル」(ルの「あ段」は「ラ」)、「v」が「ワ」という発音に相当することを考えると、この順番は「あかさたなはまやらわ」です。

念のために、サンスクリットのアルファベットと仮名五十音(の一部)を重ね合わせてみると次のようになります。

B

片仮名の起源は九世紀初めの奈良の古宗派の学僧たちの漢文和読だと書きましたが、当時、サンスクリット(悉曇 しったん)を詳しく知っているのは、南都六宗や密教系の僧侶の一部や仏教に造詣の深い帰化人だけでした。そういう人たちが、サンスクリットのアルファベットを参考に、「あいうえお」「あかさたなはまやらわ」「ん」という五十音(あるいはその基礎)を作り上げたのでしょう。

そして、いつのころか、この仮名四十八文字の全部が重複なく使われて、無常感の漂うきれいな歌になりました。「色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見し 酔ひもせず」。

さきほどの「A Sanskrit-Chinese-English Glossary」という用語集に関して云えば、万葉の時代の発音らしきもので「あいうえお」「あかさたなはまやらわ」と云いながらページをめくると、目的のサンスクリット語の単語や用語に楽に到達できます。

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2015年8月20日 (木)

「刺を投ず」あるいは「刺を通ず」に関して雑感

会場で名刺を交換した、とか、相手に名刺を渡した、とか、名刺を頂戴した、とかいうぐらいの表現しか最近は使われていないし、僕も使いませんが、日本でも少し以前の日記やいくぶん硬い文章には「刺を投ず」や「刺を通ず」と云った緊張感のある漢文調表現が見られます。

たとえば、

「歸途新二丁目なる書肆の主人長崎次郎を訪ふ。叉刺を茨木中將の家に投ず。大江村大字九品寺の邊に在り。旅舎に反りて午餐す。」(森鴎外「小倉日記」明治32年)、

あるいは、

「空海が最澄に刺を投じたのは、帰朝後の大同四年(809)二月三日である。その後まもなく、最澄は空海からしばしば密教の経典の借覧を申し出ている。」(宮坂宥勝「仏教の思想 9」 生命の海〈空海〉昭和43年)。

好奇心から、手もとの大きな国語辞典を引いてみると、「刺を通ずる」は出てきますが、不思議なことに「刺を投ずる」は見あたりません。その辞典によれば「刺を通ずる」の意味は、「名刺を出して面会を求める」となっており、それなら「刺を投ずる」があってもよさそうなものです。

ついでに手元の漢和辞典で「刺」を探してみました。「相手に名を知らせて都合を探るのを『刺を通ず』といい、その名札を『名刺』という」、そして例文としては「・・刺ヲ投ジテ郵亭二謁ス」。「郵亭」とは「宿場、旅宿、駅逓(えきてい)」といった意味なので「郵亭二謁ス」というのがどうもすっきりとしないし、説明が「刺を通ず」で例文が「刺を投ず」というのもすっきりとしないのですが、ここではその不可解には立ち入りません。

またついでに手元の(現代)中国語辞典を調べてみると(といってもこの場合はウェブ検索ですが)「投刺:名刺を差し出す」となっています。

鷗外が「刺を・・の家に投ず」と書くとなれば、古い中国の漢籍に「投刺」の源泉があるはずです。一杯やりながらインターネットで遊んでいたら、興味深いエッセイが見つかりました。

「しかし、(正月に)自分でいちいち(年賀の挨拶に)回るのは大変なので、『投刺』の風習が出て来ました。刺は名刺です。西漢時代、『名刺』を『謁』と言い、東漢時代に『刺』を祢しました。すなわち、自分の名前を刻んだ竹の板です。『投刺』とは、他の人に年賀の名刺を届けさせることです。」(「正月の風俗-中国と日本-(Customs of the New Year: China and Japan)馬 興国(Ma Xing-guo )遼寧大学日本研究所副所長」)

「投刺」とは、中国でのもともとの意味は、他の人に年賀の名刺を届けさせることだったようです。もともとの意味は別にして、ぼくも「名刺を差し出した」ではなく「刺を投じた」が似合うレベルの文章を書いてみたいものです。

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2015年5月11日 (月)

巫祝や祭祀者を好む方の、推量と断定のリズムの妙

白川静の著作に「孔子伝」があります。巫祝(ふしゅく)の血を引いているらしい孔子についての記述が、推量・推測と断定の間をリズミカルに交互し、ほとんど小説の展開という趣きです。祭祀者の流れを引いているらしい荘子についても似たような論述が見られます。

「孔子はとくに卑賤の出身であった。父のことも明らかでなく、私は巫児の庶生子ではないかと思う。」(「中公文庫」版、15ページ)

「孔子は孤児であった。父母の名も知られず、母はおそらく巫女であろう。」(同、19ページ)

「孔子は、巫女の庶生子であった。いわば神の申し子である。父の名も知られず、その墓所など知る由もない。」(同、22ページ)

「孔子の世系について『史記』などにしるす物語は、すべて虚構である。孔子は、おそらく、名もない巫女の子として、早く孤児となり、卑賤のうちに成長したのであろう。思想は富貴の身分から生まれるものではない。」(同、26ページ)

「政治的な成功は、一般に堕落をもたらす以外の何ものでもない。」(同、28ページ)

「私はさきに、孔子が巫祝の子であり、おそらく巫祝社会に成長した人であろうと述べた。それはその伝記的事実の解釈から自然に導かれたものであるが、儒教の組織者としての孔子を考えるとき、このことはまた、必要にして不可欠の条件であったと思われる。古代の思想は、要約すれば、すべて神と人との関係という問題から、生まれている。」(同、69ページ)

神話と呪術が好きな漢文学者・古代漢字学者の白川静は、「孔子伝」のなかでは、「述べて作らず、信じて古(いにしえ)を好む」(論語 述而篇)という信念でほとんど孔子と一体化しているように見えます。だから同時に、その思想が孔子とは全く違うタイプであっても、巫祝の子である孔子に似た出自の、祭祀者の流れをくむと思われる人たちにも惹きつけられます。

「荘子がどのような生活者であったのかは知られない。しかしこの文章からみると、彼が祭祀者の流れをくむものであったことは、疑いないように思われる。ノモス的世界のなかで神は見失われている。しかし人は、神を棄ててよいのであろうか。物をして物たらしめるもの、その真宰の存在を知らなければならない。イデアは実在する。荘子はそのために、多彩な論証法を展開するのである。」(同、241~242ページ)

「この文章」とは荘子「斉物論篇」の「地籟(ちらい)<地の管楽器>」すなわち「風」についての形而上学的で象徴的な説明です。「風」とは、荘子にとって、存在以前の存在のことです。その「風」が「大木の竅(あな)」という個別の存在と出合って多様な音を響かせる。引用している「この文章」の最後に「福永光司、荘子、少し改めた」とあります。(原文は別途参照していただくとして)訳が流れるような日本語なのでそのまま書き写してみます。

『山林はざわめきゆれ 百圍(ももかかえ)の大木の竅(あな)という穴 鼻に似たる 口に似たる 耳に似たる 枡(ますがた)に似たる 圏(さかずき)に似たる 臼に似たる ふかきくぼみに似たる あさきくぼみに似たる 風はたぎつ水の音 矢走る音 叱する音 いき吸う音 叫ぶ音 声あげてなく音 くぐもれる音 遠ほえる音 前なるものは于(ふう)と唱え あとなるものはごうと唱える 冷風はさやかに和し 飄風は大きく鳴りひびく どよもす風が吹き過ぎたあとは あらゆる竅がひそやかとなる 見たまえ 樹樹は調々とゆらぎ 大木は刀々(ちょうちょう)としてそよぐを』(同、241ページ)

ぼくにとって「荘子」は気が向けば気が向いた箇所を何度も読み返したい種類の書物ですが、「論語」はそういうタイプの言行録ではありません。しかし、白川静にとっては孔子も荘子も巫祝や祭祀者の流れをひいた、それぞれの「古(いにしえ)」の体現者なのでしょう。

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2014年3月20日 (木)

「の」で糊付けされた表現はイライラする

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名手の手にかかると思わぬ効果を発揮するのかもしれませんが、「の」で糊付けされた名詞や名詞句がだらだらと続くと、読む方は読みにくいしイライラします。2012年8月に成立・公布された法律の名前がその一例です。

「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の根本的な改革を行うための消費税等の一部を改正する等の法律」。47文字の中に「の」が6回登場します。

この法律で、現在5%の消費税が、来月(2014年4月)から8%に、2015年の10月には10%に引き上げられます。だから余計にイライラするのかもしれません。「等」という区切りのはっきりとしないことを表わす語も3度現れます。

わかりやすい・読みやすい表現を企図していながら、わかりにくい・読みにくい結果になってしまうと書き手は才能の欠如にうんざりし、読む方はイライラします。しかし、書き手の目的が表現のわかりやすさではなく、必要な事項を名詞の修飾節の中にすべて押し込もうとする場合は、「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の根本的な改革を行うための消費税等の一部を改正する等の法律」という表現ができ上がる。

口直しに、「三上 章」の名著「象は鼻が長い」を本棚から取り出してきました。「の」を代行する「は」についての箇所を読み返します。以下、「の」を代行する「は」に関する例文をいくつか引用してみます。

「沖縄ハ、木ノ成長ガ早イ。」
「沖縄ノ木ハ、成長ガ早イ。」
「沖縄ノ木ノ成長ハ、早イ。」
「象ハ、鼻ガ長イナア!」
「象ノ鼻ハ、長イナア!」

「象は鼻が長い」の著述目的は「はしがき」に要約されています。

(はしがき)「日本語の文法的手段のうち、最も重要なのはテニオハです。中でもハです。本書は、問題をそのハ一つに絞って、日本文法の土台を明らかにしようとしたものです。代行というのが中心概念の一つになっています。ハはガノニヲを代行する、というのです。」

当該法律の作成企図に同意するかどうかは別にして「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の根本的な改革を行うための消費税等の一部を改正する等の法律」を、できるだけ「の」を使わずに「は」で書きなおしてみると、たとえば以下のようになる。

「社会保障は安定財源が不可欠である。安定財源は根本的な税制改革が前提となる。そのためには消費税の改正も避けられない。この法律は消費税の一部を改正するものである。」

上記は名詞(「・・であるところの法律」)になっていないので法律の名称としては落ち着きが悪い。しかし、「消費税を段階的に値上げする等の法律」とすれば骨子が国民に伝わりやすい名詞表現となります。

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2013年6月 6日 (木)

伊勢と出雲の幣(ぬさ)、そして国というものについての雑感(その2)

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以下は吉本隆明の「共同幻想論」という、初版が昭和43年(1968年)に出版された刺激的な書物からの引用です(罪責論)。(引用は≪・・・≫部分)。

≪スサノオは『古事記』の神話で国つ神の始祖とかんがえられている。いいかえれば農耕民族の祖形である。「高天が原」を統治するアマテラスが、神の託宣の世界を支配する<姉>という象徴であり、スサノオは農耕社会を現実的に支配する<弟>という象徴である。そしてこの形態は、おそらく神権の優位のもとで<姉妹>と<兄弟>が宗教的な権力と政治的な権力とを分治するという氏族(または前氏族)的な段階での<共同幻想>の制度的な形態を語っている。そしてもうひとつ重要なのは、<姉妹>と<兄弟>とで<共同幻想>の天上的および現世的な分割支配がなされる形を借りて、大和朝廷勢力をわが列島の農耕的社会とむすびつけていることである。≫

≪スサノオはのちに(「高いお米、安いご飯」の註:<妣(亡き母:イザナミ)の国>へゆきたいとごねてアマテラスから追放されたのちに)アマテラスと契約を結んで和解し、いわば神の託宣によって農耕社会を支配する出雲系の始祖に転化する。これは巫女組織の頂点に位した同母の<姉>と、農耕社会の政治的な頂点に位した同母の<弟>によって、前氏族的な<共同幻想>の構成が成立したのを象徴しているとおもえる。≫

こういう書物から受けた刺激も、だんだんと溜まってきたなにかのうちのひとつでしょう。この著作は古代国家の成立プロセスを人々の共有する「共同幻想」というものを軸に考察したものですが、国家とはなにかという現在形の問いには、古代国家がどういう風に成立してきたのかその成立過程や成立要件、17世紀半ば以降の主権国家体制やその後の国民国家体制を基礎づける基本理念、そして、20世紀の最後の4分の1世紀あたりから急に大きくなってきた「国境を超えてグローバルに経済活動を展開するグローバル企業群」と「国民国家」の利害対立の背景分析などが含まれます。

「グローバル人材の養成」といったキーワードが「グローバル人材」とはなにかということが曖昧なまま、たとえば「グローバル人材の養成のための新しい英語教育」といった文脈でいろいろな媒体や会議で踊っているように(中小企業庁の発行する中小企業ネットマガジンといったものにも「企業の海外展開を支えるグローバル人材育成セミナー」が案内されている)、「グローバル企業と国民国家の『対立』」という現れ方はあまりしていなくて、実際は「主たるグローバル企業」の利益のために「従たる国民国家」の資産や財産(フローやストック)をいかに効率的に消費するかの方策についての議論という登場の仕方をしているようです。そしてそこにナショナリズムや国家利益というプロパガンダが絡みついているので、もう一度、国とは何か、国家とは何にためにあるのかという視点をきちんと持たないと思考が先に進みません。

僕にとって国とは主権国家・国民国家のことであり(これも「共同幻想」ですが)、国民国家の意義とは、国民の人権が法のもとでそれぞれに平等であることを保障することです。しかし、この意義は、最近では前述のように、グローバリズムや市場原理主義、あるいはナオミ・クラインが云うところの「惨事便乗型資本主義」に押されてしまって、相当に空疎化しています。

広い意味で国民国家を考えた場合、言語(つまり国語)は重要な存在です。しかし、これは法的な仕組みである狭義の国民国家の底に横たわっている生活インフラ・文化インフラであり、狭い国民国家という枠組みには収まりません。国家という文脈で言語を議論すると、政治が利害の絡んだ口出しをして言語がかえって混乱してしまうというのは、今までもしばしば見られた現象です。「グローバル人材育成のための英語教育」というプロパガンダにもそういうものが透けて見えるようです。

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2013年6月 5日 (水)

伊勢と出雲の幣(ぬさ)、そして国というものについての雑感(その1)

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伊勢神宮の外宮と内宮と金剛證寺(こんごうしょうじ)、それから出雲大社をお参りしてきました。べつに式年遷宮というお祭り(出雲の場合は歌って踊って大騒ぎ)につられてというのではありません。そういう齢になったのでしょう。そういう場所をお参りしたくなるようななにかがだんだんと溜(た)まってきたのかもしれません。

金剛證寺は、鎌倉時代に真言宗から臨済宗に改宗して禅宗寺院となり、そののち室町時代には神仏習合という時代背景で伊勢神宮の鬼門を守る寺になったそうですが、寺の名前にしても、この寺の奥の院に向かうあたりの様子や雰囲気にしても、禅宗というよりはほとんど密教系寺院と僕の眼には映ります。高さの異なる大きな卒塔婆が奥へと連なる空気は、高野山の一の橋や中の橋のあたりにいつの間に迷い込んでしまったのかと錯覚するくらいです。神仏習合を援用したプロモーションという意味では、「伊勢へ参らば朝熊(あさま)を駆けよ、朝熊(あさま)駆けねば片参り」はとてもよくできた当時の参拝旅行者向け宣伝コピーです。<関連記事は「『神仏の習合』と『漢字の訓読みによる漢語と和語の習合』:日本文化の習合力についてのメモ(その1)」や「神仏習合について雑感」。>

ここでは幣(ぬさ)と呼んでおきますが、下の写真は、順番に、伊勢神宮・外宮、伊勢神宮・内宮、そして、出雲大社の幣です。柔らかい風に白い紙がわずかに流れる風情が好きです。

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伊勢神宮・外宮の幣(ぬさ)

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伊勢神宮・内宮の幣(ぬさ)

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出雲大社の幣(ぬさ)

(その2に続く)

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2013年3月28日 (木)

「火垂るの墓」の著者の日本語論

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「火垂るの墓」の著者のエッセイを久しぶりに読みました。ごく最近の書き下ろしを含んだ新書版(タイトルは「終末の思想」)ですが、その本の最後のあたりに印象的で説得力のある日本語論が登場します。あとで、一部を引用します。

「農林水産省栄えて、農業滅ぶ」「農協栄えて、農業滅ぶ」「農家栄えて、農業滅ぶ」「消費者栄えて、農業滅ぶ」というアフォリズム風の表現がありますが、それぞれに部分的な真実があります。「農家栄えて、農業滅ぶ」を「農業法人栄えて、農業滅ぶ」と「兼業農家栄えて、農業滅ぶ」に分けることもできますし、「製造業栄えて、農業滅ぶ」というのを仲間に加えることもできます。

もともと目を通したかったのは「これから起きるのは、農の復讐である」という章でした。この著者の少年時代の飢えの体験や、戦後の農地改革などを通過しながら農家(地主や小作農)がどのように変貌していったかについてこの著者独特の観察眼に興味があったからです。筆者は戦後の米国の農業政策と日本の食との関連にも、実体験的に触れています。農の復讐とはどういう形での復讐なのか。上記のいくつかの「◇◇栄えて、農業滅ぶ」と関連付けてみたら農の復讐はどういうことなのか。

ここではその詳細には入りませんが、このエッセイ集全体の内容を一文に代表させると、『言葉を失い、食いものを失った民族は滅びる』。

「火垂るの墓」の作者の日本語(国語)についての論述に戻り、印象的な部分を引用しますです(下線は「高いお米、安いご飯」)。

言葉があやふやでも、生きてはいけるだろう。だが、国の根幹は母国語にある。古来より植民地となった国は、支配国の言葉を強制され母国語を失い、母国語を基盤に、受け継がれた文化、伝統もこわされる。陸続きで国境を接する国は、だからこそ言葉を大事にする。自分の国の言葉をいい加減に扱うということは、自ら植民地を希望するようなもの。』

『言葉は大人が子供に教える第一のもの。自分の言葉で相手に伝えるためには、日本語の豊かな実りを血肉と化す必要がある。これは子供のうちから美しい日本語を身近にするしかない。教育と家庭、どちらも大事。ある程度、強制的に覚えさせなきゃ身につかない。』

『古典は、はじめ意味不明でもそのうち文法、言いまわしに通じれば判ってくる。古典はなにしろ現代の言葉の根っこなのだ。』

『だが、その日本語の豊かさを伝えるはずの身近な大人の言葉が貧しくなった。一番近くにいる大人である親は、言葉ではなく、物を与えて良しとする。親子がそれで完結してしまう。テレビや新聞によく登場する政治家はもはや言葉を持っていない。』

日本に生まれ日本語が使われる環境で育てば日本語を使って生きていけるし、他者とコミュニケーションもできますが、それだと賞味できる日本語はファスト・フード風のものか、「『カット野菜+カット肉+合わせ調味料』の組み合わせ」だけになる可能性が高い。そういう日本語の範囲にとどまっていると、思考の内容も商品棚に陳列されている「『カット野菜+カット肉+合わせ調味料』の組み合わせ」になってしまいそうです。

そのような状況に陥るのを避けるためには、「読書百遍 義(ぎ)自(おの)ずから見(あらわ)る」という超スロー・フード的な体験が役に立つと思われます。必ずしも「百遍」である必要はありませんが、そうした体験は結局はその後の言語生活の軸となります。短期的なコストパフォーマンスは非常に悪いとしても。

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