言語

2018年4月13日 (金)

回り道が必要な「大乗起信論」

サンスクリット語でかかれた原典を漢文に訳したものが「大乗起信論」ということになっているのに、つまり、「馬鳴菩薩 造。真諦三蔵 訳」〈述作者は馬鳴(めみょう)菩薩。漢訳者は西インド出身の訳経僧、真諦(しんだい)。〉と最初に書いてあるのに、サンスクリット原典が見つからないのが「大乗起信論」です。
 
だから、もともとサンスクリット原典などなく、だれか優れた僧侶が最初から漢文で書いたに違いないという専門家の意見もありますが、ぼくはそういうことには関心がありません。
 
「大乗起信論」とは、大乗への信心を起こさせる書(論文)というくらいの意味です。だから、英訳本だと英文タイトルは “The Awakening of Faith“ です。しかし、「大乗」といっても小乗仏教に対する「大乗」というのではなく、「仏教的な観点から見た真理」、「仏教的な観点から見た形而上的な真理」といった意味で「大乗」という言葉を使っているようです。
 
最初に読んだときには、「原文」と「読み下し文」と「現代語訳」を交互に読んでも、何を書いてあるのかよくわからない。用語の使い方が独特だし(たとえば、「アーラヤ識」、唯識での「アーラヤ識」は、ユングの集合的無意識をもっと深めたようなもの、「起信論」では「悟り」と「迷妄」が重なり合う集合体)、ある用語が事前説明や補足説明なしに急に飛び出してくるので困ってしまう(この論文が書かれた頃の読者はそういう事態にはまったく困らなかったにせよ)。
 
それから、この論文は、どういう読者を想定しているかを最初にあたりにわざわざ書いてあり、そのなかには、プロもアマチュアも含まれており、今風に言えばA4二枚以上の長い文章は読みたくないというような読者も想定されています。だから論理展開はわかりやすいに違いないと思ってしまうのですが、表現をできるだけ簡潔にコンパクトにと努めたせいも影響してか、実際の論理展開はとても込み入ったものになっています。形而上学的な議論が展開する中核部分の論述は、複雑な構成の変奏曲といった趣の書物です。
 
日本の仏教学者による複数の「原文」「読み下し文」「現代語訳」のセットに取り組んでみても、途中ですぐに暗澹となり、我慢して読み進んでもうんざりするばかりでした。
 
しばらく放っておいたのですが、そのしばらくの間に、藁にも縋りつく思いの藁に出会うことができました。その藁になってくれたのが二冊の書物で、ひとつは井筒俊彦の「意識の形而上学 ―『大乗起信論』の哲学」(1993)、もうひとつが ”The Awakening of Faith” (Translated, with Commentary by Yoshito S. Hakeda, 1967) における羽毛田義人のわかりやすい英語訳と丁寧な解説です。
 
そういういわば遠回りをしないと、もともとの「原文(漢文)」「読み下し文」「現代語訳」のセットに戻ってこれませんでした。「原文」「読み下し文」「現代語訳」セットで、回り道の結果、結局のところ落ち着いたのが「大乗起信論 宇井白寿・高崎直道訳注」(岩波文庫)。正確には、高崎直道の訳注という形式の解説です。
 
「大乗起信論」の骨子は、お気に入りの箇所を勝手に持ち出してそれを骨子ということにすると、以下のようになります。
 
《まず、心の真実の不生不滅なあり方(生ぜず滅せずという普遍的なあり方)を、衆生心のうちに如来(という名の真実)が蔵されているという意味で「如来蔵」と呼ぶことにする。しかし、心は現実には絶え間なく変化し生滅する。その普遍的でない(不生不滅でない)生滅のすがたを「心生滅」と呼ぶとすると、全体的な心の構造は、「如来蔵」という普遍的なあり方(の上)に、現実に個別に生滅を繰り返す「心生滅」が重なっているということになる。
 
言葉を換えれば、心の構造とは、不生不滅であるところの真実のあり方という面と、生滅する現実の個別的なすがたという面とが「和合」(結合)した状態である。この両面は、あるべきあり方と現実のあり方という点で同じではないが、ともに同じひとりの衆生の心であるという点では、異なったものでもない。この両面を含んだ衆生ひとりひとりの心のあり方を、ここでは「アーラヤ識」と呼ぶ。
 
この「アーラヤ識」は世俗と超世俗の一切のものを包摂し、一切の現象を顕し出すのでその名(アーラヤ、貯える)があるが、二種の内容を含むと考えると、そのひとつは「覚」(さとり)という内容、もうひとつは「不覚」(まよい、悟っていない状態)という内容である。つまり、「アーラヤ識」は「覚」と「不覚」の和合態である。》
 
「アーラヤ識」は音を漢字に置き換えた訳が「阿頼耶識」、意味的には「蔵識」、したがって英訳本だと The Storehouse Consciousness。《「アーラヤ識」は「覚」と「不覚」の和合態である》は、”the Storehouse Consciousness be defined as the place of intersection of the Absolute order and of the phenomenal order, or enlightenment and non-enlightenment, in man” となっていて言葉の緊張感は希薄になりますが、とてもわかりやすい。
 
この論文に限りませんが、古典というものは、けっこう遠回りの散歩がないと近づけないようです。
 

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月 9日 (月)

アニメ作品の原作者

「火垂るの墓」(ほたるのはか)をアニメ化したアニメ作家がお亡くなりになったということが、ニュースとして夜の先週末の報道番組で取り上げられていました。しかし、男女のキャスターの口ぶりだと、「火垂るの墓」は最初からアニメ作品という風情で、これはもともとは1967年に発表された野坂昭如(のさかあきゆき)の小説であるということへの言及はありませんでした。
 
彼らは、担当者も含め、そういうことを知らないのか、そういうことを視聴者に知らせる意味はないと考えたのかどちらかはわかりませんが、顔つきや口調からして原作を読んだことがないらしいと推測してます。
 
アニメ作品としての「火垂るの墓」は、いつかは忘れましたがテレビで放映されたときにはじめて見たのですが、途中で観るのを止めてしまいました。言葉で書かれた原作を映像化したものが原作を超える場合もまれにありますが、たいていは原作の言葉の持つ力にかなわない。このアニメ作品もぼくにとってはそうでした。
 
この作品は、太平洋戦争の空襲からその後の混乱時期に栄養失調で死んでいく幼い妹と中学生の兄を主人公にした静かで哀しい反戦小説です。被害者としての観点からの反戦小説です。アニメ化されるということは、原作の小説は文字がいっぱいあって面倒なので読まないけれど、きれいな映像のアニメだと近づきやすい、原作のテーマに直に触れる人たちが増えるということなので、それはそれでいいことです。
 
 
 

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月27日 (火)

「シンギュラリティは近い」の口直しには「ハーモニー」と「ホモ・デウス」:補遺

『シンギュラリティは近い』の口直しには『ハーモニー』と『ホモ・デウス』」、という先日の記事に関する補足です。補足内容は、「ハーモニー」と「ホモ・デウス」のそれぞれの著者がそれぞれにその本を書いたときの視点・視座に関することです。
 
ユダヤ教・キリスト教においては、万物が「全能なる神」により創造されたものであり、世界は決して永遠ではありえない(そういう意味ではイスラム教も同じです)、世界は天地創造から終末に向かって一直線に進行(進歩)していると考えられています。そういう「直線的な世界観」が特徴です。
 
つまり、世界には初めと終わりがあり、時間は直線的に進み、その直線的な思考を彩るのは進歩概念と黙示録的な終末思想です。この考え方を、それが出てきた風土を考慮して「砂漠の思想」と呼ぶ場合もあります。
 
マルクスの唯物史観 「原始共産制→古代奴隷制→封建社会→資本主義社会→共産主義社会」 などは、その典型例です。
 
また、マルクスから時代を少し遡ると、18世紀初頭の著作物に現れる「天地創造」の例として次のようなものもあります。「神による創造はおそらくこうではなかったろうか。初めに神は物質を創造の目的にそって、充実した、質量のある、堅固で貫くことができない可動粒子として創造し、その大きさと形などの性質や空間的な比率を定めた。」(ニュートン「光学」)
 
延長が性質であるところの外的世界は決定論的に動きますが、わたしという考える自我を含めた世界は直線的に進歩するということになります。
 
それに対し、仏教の場合、まず、万物が空なので、絶対的な存在(たとえば如来)もまた空ということになります。天地の万物は、空ではあるのですが、絶対的な存在の顕れとして絶対的な存在とともにあります。絶対者がなくなるということはないので、その顕れである天地万物もなくなることはない。死んだ動物と植物は土に帰り、そこからまた新しい生命が誕生する。そこに、万物は永遠に流転するという「円環的世界観」が成立します。
 
つまり、世界には初めも終わりもないし、時間は輪廻的に循環し円環する。この考え方を、「砂漠の思想」が誕生した場所との風土的な対比で、「森の思想」と呼ぶ場合もあります。
 
超越的な視点を持つには(あるいは超越的な視座に結果として至るには)、ユダヤ教・キリスト教の神のように天の高みから下界を見下ろすという砂漠の方法と、葉が鬱蒼と生い茂る森の樹の下に静かに坐って瞑想をするという森の方法があります。
 
後者に関しては松岡正剛「空海の夢」の次の一節、「まったく『座る』とは東洋のおそろしい発見だったとおもう。・・・その契機は雨期によってとじこめられた森林生活によって余儀なくされたのかもしれないが、そこに『意識と言語の中断』を加えたのは、やはり恐るべき発見だった。」も参考になる。
 
そういうことを考えると、ユダヤ人の歴史学者で「ホモ・デウス」の著者であるユヴァル・ノア・ハラリ (Yuval Noah Harari)は、彼の中ではやはり「砂漠の方法」がデフォで、その顕れのひとつが「アニミズム→神イズム→ヒューマニズム→データイズム」という世界の発展の推移(どんな虚構、換言すればどんな共同幻想が世界を実質的に支配しているのか、その発展の推移)についての考え方です。
 
それに対して、日本人作家で「ハーモニー」の著者である伊藤計劃(いとうけいかく)の発想のデフォは「森の方法」です。政治と経済やわれわれをとりまく事態が「直線的世界観」を軸に強く進行していくなかで、それに組み込まれない方法しての「森の方法」を、その小説を書くときに強く意識したようにぼくには思えます。
 

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月23日 (金)

「シンギュラリティは近い」の口直しには「ハーモニー」と「ホモ・デウス」

レイ・カーツワイルの「シンギュラリティは近い」と、伊藤計劃(いとうけいかく)の「ハーモニー」とユヴァル・ノア・ハラリの「ホモ・デウス」というタイトルの本を、ここに書いた順番に続けて読んでみました。最初からそういう予定だったのではなく、「シンギュラリティは近い」を読んだ後で、口直しが欲しくなったからです。
 
レイ・カーツワイルは米国生まれの発明家、未来学者であり人工知能の権威。伊藤計劃は、2009年に34歳で鬼籍に入られたSF分野の日本人作家。そして、ユヴァル・ノア・ハラリはイスラエルの歴史学者で「サピエンス」とその続編である「ホモ・デウス」の著者です。
 
「シンギュラリティは近い」という不思議な題名(宗教関係の本かもしれないというような雰囲気が漂う題名)の本は2005年に出版されましたが、シンギュラリティ(singularity)とは「技術的特異点」という意味(だそう)です。
 
遺伝子工学とナノテクノロジーとロボット工学というのお互いに重なり合う3つの技術を軸にテクノロジー全般が加速度的に進展する(収穫が指数関数的に増加する)、その結果、2045年あたりに「技術的特異点」に達し、そのとき、世界の主人公というか世界の支配者層は「人工知能」になっている。そういう趣旨の本です。
 
その時点の「人工知能」(Artificial Intelligence)を、一部の人類の発展形とみなすのか、人類とは別種の知的な存在と考えるのか、そのあたりは定かではありません。その状況は、「科学革命の構造」における「パラダイム・シフト」のあとの状況よりも、人類を相当にはみ出る部分があるだけに、「特異」です。
 
現在の碁や将棋におけるヒトと人工知能の勝負や、現在のGoogleやAmazonのビッグデータ処理から想像できるように、人工知能は、ヒトの情報処理能力や推論能力や情報処理量の総体をいとも簡単に凌駕します。収穫逓増ではなく指数関数的な収穫加速で人工知能が進歩するということは、人工知能そのものがとても安いコストで人口知能そのものとそれを使った製品や労働サービスなどのサービスを、アルゴリズムに沿って再生産(開発・製造・サービス)するということなので、現在ヒトが従事している仕事のほとんどを、人工知能が、とても高い経済効率で、代替します。
 
Artificial Intelligence(アーティフィシャル・インテリジェンス)をいちばん最初に「人工知能」とどなたが訳したのか知りませんが、人工「知能」と訳して人口「知性」と訳さなかったのはとてもよかったと思います。「知性」となると「情報処理系・アルゴリズム系の知能」だけでなく「意識」までが含まれるからです。
 
知性を、かりに、科学技術と適合的な「測る知性」、芸術と適合的な「共感する知性」、形而上学的な思索と適合的な「黙想する知性」の三つに層別してみると、インテリジェンスは「測る知性」です。つまり「インテリジェンス」に意識は入り込まない。しかし、「シンギュラリティは近い」の著者は人工知能に意識や感情まで含めたいらしい。しかし、そこまで跳ぶのはいささか「教義的」過ぎる。
 
「シンギュラリティは近い」は刺激的な本ですが、同時に、(ぼくにとっては)読後に口直しが必要な種類の著作でした。おそらく口直しに最適なのは、まず、伊藤計劃(いとうけいかく)の「ハーモニー」です。
 
「ハーモニー」は2008年に上梓されましたが、主人公は三人の女子高校生、女子高時代とその13年後がこの小説の舞台です。21世紀の後半に「大災禍」と呼ばれる(第三次世界大戦のサブセットのような、核兵器も使用された)世界的な混乱を経験した後、人類は大規模で高度な福祉構成社会を構築します。
 
すべてのヒトには「WatchMe」と呼ばれるナノ・デバイスが埋め込まれ、「アルゴリズム」はそのナノ・デバイスを通してヒトの健康状態を監視・維持し続ける。人類のほとんどは、とくにする仕事も役割もないが、日々を健康に生かされている「役に立たない人たち」。「ハーモニー」は、ざっくりと言えば、そういう予定調和的な状況への三人の元少女の、それぞれの、政治的な反乱の物語です。
 
ユヴァル・ノア・ハラリの「ホモ・デウス」も「シンギュラリティは近い」の口直しに向いています。バイオテクノロジーやナノテクノロジー、人工知能などの進展やその将来の「地位」に関しては「シンギュラリティは近い」やその他の関連論文を参照しているようですが、「シンギュラリティは近い」の技術的で細かい記述を、歴史家のマクロな視点で描写し直してくれます。
 
近代資本主義成立期に発生した農業革命によって大量の人たちが生き場所を失いました。彼らは都市に流れ込み、産業革命を支える大量の「プロレタリアート」となったように(しかし、彼らには単調な、資本家から見れば搾取対象としての工場労働というものがあった)、今度は人工知能の進出で行き場を失った大量の「役に立たない人たち」が世界にあふれることになります。
 
株式トレーディングの世界からヒトがいなくなりました。活躍するのは、迷いなく超高速で売買するコンピュータアルゴリズムです。そのうちコールセンターやその他のサービス部門にもヒトは要らなくなる。弁護士や弁護士事務所の職員も例外ではない。ヒトの兵士も要らない。戦闘機や爆撃機のパイロットも要らない。
 
ハラリの「ホモ・デウス」(出版は2017年)を読んでいると、カール・マルクスの「唯物史観」を思い出します。マルクスは、彼の弁証法的唯物史観にしたがって、社会の発展段階を次のように大別しました。
 
■ 原始共産制
■ 古代奴隷制
■ 封建社会
■ 資本主義社会
■ 共産主義社会
 
実際は、そういう発展段階とはならずに、資本主義も共産主義も同じ産業主義で、平等よりも自由に大きな丸印をつけた産業主義が資本主義、逆に自由よりも平等に大きな丸印をつけた産業主義が共産主義だったわけです。両者に実質的な差はありません(マクロな意味でのビジネス運営の上手下手の違いはありましたが)。
 
ハラリの史観をマルクスの唯物史観風にまとめてみると以下のようになります。ここではその史観をとりあえず「データ史観」と呼んでみます。虚構史観というほうがハラリらしいのですが、そういう言い方だと、マルクスの唯物史観も虚構史観なので、違いは、それぞれの切り口で鳥瞰した「共同幻想」の移り変わりにどういう名前を付けるか、その差です。
 
■ アニミズム(Animism): ヒトも動物も植物も岩も同じ、それぞれが霊的なものの顕れで、それぞれに差はない。
 
■ 神イズム(Theism): 絶対者としての神が宇宙や世界を統御している。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教など。どちらかというと一神教。
 
■ ヒューマニズム(Humanism): 知能(インテリジェンス)と意識を持つ人類(ホモ・サピエンス)が、動物よりもなによりも、いちばん偉い。人類が神になった。つまり、ニーチェの「神は死んだ」。ヒューマニズムとは、人類が自身を崇める宗教。
 
■ データイズム(Dataism): ポスト・ヒューマニズム。人類(ホモサピエンス)はもはや主役ではない。人間とは生体アルゴリズムのことだとすると、ナノテクノロジーやバイオテクノロジーやネットワークテクノロジーの進化で、人工アルゴリズムそのものであるところのコンピュータが、アルゴリズムとしては人類よりもはるかに優れているので、世界のシナリオライターになり、主人公になる。ほとんどの人類は「役に立たない存在」となる。
 
もっとも、ハラリは「人工知能(アーティフィシャル・インテリジェンス)」はあり得ても、「人工意識(アーティフィシャル・コンシャスネス)」はあり得ない、という考えの持ち主のようです。AIというもので、知能(インテリジェンス)と意識(コンシャスネス)を混同するシリコンバレーの連中には違和感を持っている。反撃しようと思っている。そのようにぼくは、感じます。
 
それは、「ホモ・デウス」の献辞 「To my teacher, S.N.Goenka (1924-2013), who lovingly taught me important things.」からも読み取れます。S.N.Goenkaは、ミャンマー生まれのインド人で、在家の瞑想指導者です。
 
そういうものがじわじわとにじみ出てくる。それが、それなりの「口直し」になります。
 

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 5日 (火)

ひらがな表記ではなくて、ローマ字表記で見ると・・

日本語の動詞の活用の構造や敬語・謙譲語の成り立ちは、ひらがな表記で見るよりも、もっと細かく分解してローマ字(という音素)表記で見た方がわかりやすいとということを、ぼくは「金谷武洋(かなやたけひろ)」の日本語についての何冊かの著書で教えてもらったのですが、似たような話題に最近出合いました。
 
可能動詞の話です。
 
「食べることができる」ということを表す可能動詞は、「食べられる」が正しい使い方で、「食べれる」は間違い。同様に「見れる」は正しくなくて、正しくは「見られる」。ぼくたちはそう教わってきたし、また、実際にそういう使い方をしています。
 
しかし、『「ら抜き言葉」で抜けているのは「ら」じゃない? 予想外の真相が…「正しい日本語」論争への答え』という記事によれば、『「見れる」「食べれる」といった「ら抜き言葉」。一部の人には評判があまりよろしくない使い方ですが、文化庁の2015年度「国語に関する世論調査」では、「ら抜き言葉」を使う人が、使わない人の割合を初めて上回りました。』だそうです。
 
「ら抜き言葉を使う人」とは、一部でも「ら抜き言葉」を使う人を指すのか、可能動詞はすべて「ら抜き」で通す人を指すのか判然としませんが、いずれにせよ「食べれる」「見れる」人気が、「食べられる」「見られる」人気を上回ったということのようです。
 
「食べられる」から「ら」が抜けて「食べれる」、「見られる」から「れ」が抜けて「見れる」というのがひらがな表記で見た時の変化ですが、これをローマ字表記で眺めると、その記事にあるように、「taberareru」からまん中の「ar」が抜けて「tabereru」、同様に、「mirareru」から まん中の「ar」が抜けて「mireru」。この方がわかりやすいかもしれません。
 
Photo (同記事より引用)
 
「行ける」「歩ける」に関しては、『室町時代ごろから「行ける」「歩ける」といった可能動詞が生まれ、もともとあった「行かれる」「歩かれる」と併用されるようになりました』、ということなので、先行事例は、それなりに古い。
 
別のよく知られた表現を「ひらがな表記ではなくて、ローマ字表記で」観察してみます。その表現とは、「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ」の「小諸なる」です。
 
「小諸なる古城」とは「小諸にある古城」が変化してできたものですが、「なる」と「にある」をひらがなで見くらべてもその変化の様子がよくわかりません。しかし、ローマ字表記で、「KOMORO niaru KOJO」の「niaru」から「i」を抜いて「naru」とすると、「にある」から「なる」への「い(i)抜き」変化の具合が納得できます。
 
日本語文法の説明にローマ字表記といった漢字と仮名以外の文字を持ち込むことに違和感を覚えるかたもいらっしゃるとは思いますが、それなりに便利なところがあります。
 

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月 1日 (水)

知的で強引な説得力

彼の代表作・傑作とされている評論やエッセイをいくつか読み直してみました。それらを最初に読んだときは、畳みかける勢いと牽強付会が入り混じったような、結果としてわかりにくい作品も少なくないという印象を持ったのですが、再読してみてぼくの最初の感じ方が(ぼくにとっては)正当だったことを確認しました。
 
彼の文章には、酔ってしまうような心地よいリズム感がある、同時に、強引である、無理をしている。強引なところは、その強引さを好む読者には愉悦なのかもしれませんが、そうでない読者には、当然のことながら、わかりにくい。
 
言葉を換えると、彼の書く文章には、歯切れのよさと歯切れの悪さ(ないしは、強引なゆえのわかりにくさ)が同居していて、政治家の街頭演説や立法府の委員会における大臣の応答に近いものがあります。
 
現役ないし最近まで現役だった政治家を引き合いに出すと、畳みかけるような口調でとても歯切れのいいところは、ノリのよかったときのJKやその息子のSKです。
 
歯切れの悪いところ、要領を得ないところは、答弁で主題からずれたことをなんども繰り返し、自分でも何を語っているのか理解していないので着地点を完全に見失ってしまい、聞いている方がうんざりするようなSAです(最初はそういう「おしゃべり戦略」かと思ったこともありましたが、複数の事例を観察するとそうではなさそうです)。
 
その二つが彼のいくつかの作品には同居しています。
 
SAの場合はイライラした記者や苛立った野党の質問、ないしは質疑応答の時間切れという物理的な制約でわけのわからないおしゃべりを中断させられることが多いのですが、「批評の彼」の場合は、SAとは違い、自分の着地点がよく見えています。しかし、着地点を定めたからと言って、着地点への具体的な到達プロセスがわかっているとは限らない。不明な場合も少なくない。そういう場合は、ロジックが三段くらい跳んで、「要するに、現実を、肉眼で見ると・・・のようになる」と断定的に結論付けます。そういう「搦手(からめて)」がお好きなようです。そして、それが心地いいリズム感になっている。
 
歯切れのよさと歯切れの悪さ(というか、ロジックのジャンプ)が同居している分かりやすい例を以下に引用してみます。その説得方法を是とするか非とするかは読者しだいです(なお、□□は、ある人物の名前です)。
 
『この新しい事態に接しては、彼の豊富な知識は、何んの役にも立たなかった。役に立たなかった許りではない、事態を判断するのに大きな障碍となった。つまり判断を誤らしたのは、彼の豊富な経験から割り出した正確な知識そのものであったと言へるのであります。これは一つのパラドックスであります。このパラドックスといふ意味を、どうかよくご諒解願ひたい。僕が、単にひねくれた物の言ひ方をしてゐると誤解なさらぬ様に願ひたい。□□の知識はまだ足らなかった。もし□□がもっと豊富な知識を持ってゐたなら、彼は恐らく成功したであろう、といふ風に呑気な考へ方をなさらぬ様に願ひたい。そうではない。知識が深く広かったならば、それだけいよいよ深く広く誤ったでありませう。それがパラドックスです。』
 
彼は、『知識が深く広かったならば、それだけいよいよ深く広く誤ったでありませう。』と断言します。その根拠や論拠は示しません。彼がそう考えるので、そうなのです。『それがパラドックスです。』と結論付けて、それでおしまい。政治家の演説ならそこで会場が納得します。拍手が沸く。
 
こういう文章術というか弁論術は、自分でそういうことを他者に仕掛ける場合にも(そういう必要があれば)、逆にそういうことを仕掛けてくる相手と距離をとりながら自分を保つ場合にも役に立つので、そういう視点で、彼の作品を、現在、いくつか再読しています。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月19日 (火)

2年ぶり?1年ぶり?6日ぶり?5日ぶり?

スキージャンプのワールドカップのような年間試合数の多いものは、「4か月ぶりの金メダル」といわれてもああそうかで済ましてしまうのですが、優勝というものが年に1回のスポーツで、2015年に優勝したチームが2017年にまた優勝したら、これを(2015年秋から2017年秋まで2年間が経過したので)「2年ぶりの優勝」というのか、それとも(途中に優勝できなかった1年間が挟まっているので)「1年ぶりの優勝」というのか。
 
ニュース番組は、2015年に優勝したチームが2017年にまた優勝した状況を「2年ぶりの優勝」と呼んでいます。なぜか?
 
広辞苑を見ると、「ぶり」とは、<時間を表す語に付いて、時日の経過の程度を表す。「久しぶり」「一年ぶり」>とあって、この説明だけでは今回の事態はよくわかりません。
 
NHK放送文化研究所のサイトを見ると、以下のように解説されています。
 
<[数え方]:「○時間ぶり」「○日ぶり」「○か月ぶり」「○年ぶり」などは、すべて満の数え方をします。>
<(例)平成10年に初優勝したあと、ことし(平成13年)再び優勝した場合、「3年ぶり2回目の優勝」。満の数え方で、(平成)13-10で3年と計算します。>
 
だから、<「2015年秋に優勝」・・・「2016年秋は優勝できなかった」・・・「2017年秋に優勝」>という状況は、「NHK標準」によれば、「2年ぶりの優勝」です。
 
したがって、2016年に優勝したチームが2017年にまた優勝すると「去年に続いて連続優勝」ですが、「ぶり」を使うと「1年ぶりの優勝」ということになります。そういう場合に「ぶり」を使うと、「ぶり」には途中の空白が想定されているので、どうも居心地が悪い。
 
プロ野球の投手の登板頻度を「なか5日」と云ったりします。前回の登板日と今回の登板日の間に5日間の休養日があるということです。「ぶり」だと「6日ぶり」となる。しかし「6日ぶり」はあまり使わない。1日の違いがとても重要な場面では、「ぶり」のようなまぎらわしい表現は避けているのでしょうか?
 
ニュース英語だと「二か国首脳会談が二年半ぶりに実現」というのが「The leaders of the two countries met on Nov. 10 for the first time in two-and-a-half years.」なので、「前回の会談と今回の会談の間に2年半という時間が挟まった状況」を「二年半ぶり」というのが慣用表現になっているようです。敵と味方の40年ぶりの再会でも構わない。
 
そういうことで今回の「2年ぶりの優勝」ですが、やはり、どうもすっきりしません。その居心地の悪さは、年に一度しか機会がないときに、そして途中の空白が1年という最短期間という状況において、「■年ぶり」を使うことからきているようです。「20年ぶりの優勝」なら違和感はありません。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月 4日 (月)

関係ではなく、関係性?原因や理由ではなく、要因?

最近、「関係」ではなく「関係性」という言葉がマンエンしているようです。理由や原因ではなく「要因」という言葉が気軽に飛び回っている現象と似ています。たとえばニュース番組におけるサッカーや野球の報道で「関係性」や「要因」という言葉が実に気楽に使われています。ぼくには違和感です。
 
サッカーのような選手間の連携が常に必要なスポーツでは、選手間のその場の瞬間的な関係やプレー間のリアルタイムな関係(や関係の変化)が重要なことはわかりますが、それを「関係」ではなく「関係性」と呼ぶ理由がぼくにはわからない。
 
「それを『関係性』と呼ぶ『理由』がわからない」を、かりに「それを『関係性』と呼ぶ『要因』がわからない」と言い換えると、とても今風な感じになります。
 
具体例を出すと、ある時点の二つのプレーの「関係」、ないしはパスを出しそれを受け取った二人のプレーヤーの「関係」という言い方ではなく、その二つのプレーの「関係性」、ないしはパスを出しそれを受け取った二人のプレーヤーの「関係性」という表現を、アナウンサーやレポーターはするのですが、わざわざ「関係性」としたその意図は何だろうと考えてしまいます。もっとも、そういう意識はもともと念頭になくてなくて、言葉の響きにつられてなんとなく使っているだけかもしれませんが。「関係」よりも「関係性」のほうが格好良く響く。
 
ぼくの記憶では、「関係性」という変な日本語が一般化したのは、マーケティング分野で Relationship Marketing という考え方が登場して以降だと思います。Relationship Marketingは「リレーションシップ・マーケティング」、ないし「関係性マーケティング」と訳されました。Relationが関係なので、Relationshipは関係性ということにしたのでしょう。
 
Relationshipは一般的な言葉なので、それ以前は、日本語訳としては、「(人と人の)関係、結びつき、(物事と物事の)関連、関係」などが当てられていたと記憶しています。スッキリとしている。
 
蛇足ですが、リレーションシップという用語はIT業界ではよく使われていました(細かくはリレーショナル・データベース管理システムという分野において)。しかし、それは専門家やその周辺の人たち用の術後ではあっても、それ以外のものではなかったはずです。速度優先のIT業界は、3文字や4文字の簡略英語が日常語の業界なので、IT用語としてのリレーションやリレーションシップも通常はカタカナ表記以外の日本語には訳されません。最近だと、IOTやAIスピーカーという例があります。面倒なので、そのまま使う。
 
リレーションシップ・マーケティング(関係性マーケティング)とは、教科書風な説明をすると、商品やサービスの提供者が、顧客との良好な「関係」を長期的、継続的に維持し深めていくことで、顧客の当該商品や当該サービスに対する強いロイヤリティを創り出していくマーケティング手法のことです。
 
その文脈では、「関係性」とは「顧客との一定の関係のあり方」、もっと言えば「顧客との、長期的に望ましい関係のあり方」というです。だからそれを追い求めるマーケティングが、リレーションシップ・マーケティング(関係性マーケティング)だということになります。
 
そういう意味でやや特殊な使われ方をされた「関係性」という用語が、マーケティングの世界をはみ出して独り歩きし始めたのはそれからけっこう時間がたってからだと思います。しかし、なぜ独り歩きし始めたのか。その理由はぼくにはよくわかりません。現象としては、今はスポーツ報道の世界にまで浸透してきました。
 
上述のような使われ方の「関係性」や「要因」に違和感を覚えるのは、しかし、ぼくだけかもしれません。はやく空気に慣れることですかね。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月30日 (金)

サンスクリット語のアルファベットと、仮名の五十音

英語の辞書では、単語が「a, b, c ….x, y, z」の順番に並んでいます。日本語の辞書(いわゆる国語辞典など)は「あいうえお かきくけこ・・・」の順番で、ぼくたちはそのことに違和感を持ちません。要は辞書は、ある言語がアルファベット(ないしはアルファベットに相当するもの)を持つ場合は、その言語のアルファベットの順番に単語を並べるというのがぼくたちの長い間の約束事のようです。

「abc」のようなラテン系文字で表記された言語の辞書や簡易辞書風のつくりの用語集を見ると、単語や用語の並びの順番は「abcdefg…」であり、国語辞典の様に「あいうえお かきくけこ」の順番に並んでいるとは普通はぼくたちは考えない。サンスクリット(語)も利用者の利便を考えてラテン文字で表記されます。しかし、ぼんやりとそのラテン文字表記の辞書や用語集を見ると、頭の中では自動的に「abcdefg…」が語の順番のデフォになります。まさか、サンスクリットが「あいうえお」「あかさたなはまやらわ」の順番に並んでいるとは、最初は、想像もしません。

鈴木大拙の代表作のひとつに「Studies in The Lankavatara Sutra」(楞伽経りょうがきょう研究)があります。本の最後に80数ページの「A Sanskrit-Chinese-English Glossary」という用語集があり、便利なので必要に応じてときどき参照しています。「Karma」の項を見ると「Karma、業、act ・・・」、「Dharma」の項は「Dharma、法、the truth、the law ; for various shades of meaning attached to the term・・・」といった具合に主要仏教用語が簡明に用例付きで説明されています。ところで、この二つの項目の記載順は、「abc <d>…hij <k>…」の順番ではなく、Kで始まる「Karma」が先に来て、Dで始まる「Dharma」があとに続きます。

片仮名は、九世紀初めに、奈良の古学派の学僧たちが漢文を和読するために、訓点として万葉仮名の一部の字画を省略し付記したものに始まると考えられています(たとえば、「阿」の左側部分から「ア」、「伊」の左側部分から「イ」、「宇」の上の部分から「ウ」、江の右側部分からエ、於の左側部分からオなど)。余計なことですが、この発想は、中国の簡体文字 Simplified Chinese作成の発想となんとなく似ているな、とぼくは勝手に考えています。

さて、仮名(ここではその成立が古い片仮名を例にとりますが)は、その基本要素は文字の「形」と「音」です。「形」とは、たとえば「阿」の左側部分を借りた「ア」、「伊」の左側部分を持ってきた「イ」のことで、「音」とは「ア」の場合は「a」、「イ」の場合は「i」という発音です。しかし、ぼくの興味は、個々の仮名文字ではなく、以下のような仮名四十八文字(ないしは五十音)という構成が、つまり「アイウエオ」という順番、および「アカサタナハマヤラワ」という順番からなる文字構成が、どのようにしてできたのかということの方に向かいます。

       あ段 い段 う段 え段 お段
   あ行   ア  イ   ウ  エ   オ
   か行   カ   キ   ク   ケ   コ
   さ行     サ   シ   ス  セ    ソ
   た行     タ  チ   ツ   テ   ト
   な行     ナ   ニ   ヌ   ネ   ノ
   は行    ハ    ヒ   フ  ヘ    ホ
   ま行    マ    ミ    ム  メ    モ
   や行    ヤ   ■   ユ  ■   ヨ
   ら行     ラ   リ    ル   レ   ロ
   わ行    ワ   ヰ   ■  ヱ    ヲ
                           ン

調べてみると、片仮名四十八文字(あるいは五十音)の構成はサンスクリット語のアルファベットを参考にしているらしい。サンスクリット語のアルファベットとは以下のようなものです。サンスクリット辞書(や用語集)は、単語や用語がこのアルファベットの順番で、つまり左上から右下にかけての順番で、並んでいます。

B

この表と仮名五十音図を見較べてみます。母音は、ラテン文字で表すと、a、ā、i、ī、u。ū、ṛ、ṝ、ḷ、ḹ、e、ai、o、au で、日本語が直接に対応しない母音もありますが、日本語対応母音は「あいうえお」の順に並んでいます。また子音の配列も (母音)、 k、kh、g、gh、ṅ、c、ch、j、jh、ñ、ṭ、ṭh、ḍ、ḍh、ṇ、t、th、d、dh、n、p、ph、b、bh、m、y、r、l、v、ś、ṣ、s、h となっており、当時の「ts」に近かった「さ行」や、それ以前では「f」よりも「p」に近かった「は行」の発音を考えると、また「y」が「ヤ」、「r」が「ル」(ルの「あ段」は「ラ」)、「v」が「ワ」という発音に相当することを考えると、この順番は「あかさたなはまやらわ」です。

念のために、サンスクリットのアルファベットと仮名五十音(の一部)を重ね合わせてみると次のようになります。

B

片仮名の起源は九世紀初めの奈良の古宗派の学僧たちの漢文和読だと書きましたが、当時、サンスクリット(悉曇 しったん)を詳しく知っているのは、南都六宗や密教系の僧侶の一部や仏教に造詣の深い帰化人だけでした。そういう人たちが、サンスクリットのアルファベットを参考に、「あいうえお」「あかさたなはまやらわ」「ん」という五十音(あるいはその基礎)を作り上げたのでしょう。

そして、いつのころか、この仮名四十八文字の全部が重複なく使われて、無常感の漂うきれいな歌になりました。「色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見し 酔ひもせず」。

さきほどの「A Sanskrit-Chinese-English Glossary」という用語集に関して云えば、万葉の時代の発音らしきもので「あいうえお」「あかさたなはまやらわ」と云いながらページをめくると、目的のサンスクリット語の単語や用語に楽に到達できます。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月20日 (木)

「刺を投ず」あるいは「刺を通ず」に関して雑感

会場で名刺を交換した、とか、相手に名刺を渡した、とか、名刺を頂戴した、とかいうぐらいの表現しか最近は使われていないし、僕も使いませんが、日本でも少し以前の日記やいくぶん硬い文章には「刺を投ず」や「刺を通ず」と云った緊張感のある漢文調表現が見られます。

たとえば、

「歸途新二丁目なる書肆の主人長崎次郎を訪ふ。叉刺を茨木中將の家に投ず。大江村大字九品寺の邊に在り。旅舎に反りて午餐す。」(森鴎外「小倉日記」明治32年)、

あるいは、

「空海が最澄に刺を投じたのは、帰朝後の大同四年(809)二月三日である。その後まもなく、最澄は空海からしばしば密教の経典の借覧を申し出ている。」(宮坂宥勝「仏教の思想 9」 生命の海〈空海〉昭和43年)。

好奇心から、手もとの大きな国語辞典を引いてみると、「刺を通ずる」は出てきますが、不思議なことに「刺を投ずる」は見あたりません。その辞典によれば「刺を通ずる」の意味は、「名刺を出して面会を求める」となっており、それなら「刺を投ずる」があってもよさそうなものです。

ついでに手元の漢和辞典で「刺」を探してみました。「相手に名を知らせて都合を探るのを『刺を通ず』といい、その名札を『名刺』という」、そして例文としては「・・刺ヲ投ジテ郵亭二謁ス」。「郵亭」とは「宿場、旅宿、駅逓(えきてい)」といった意味なので「郵亭二謁ス」というのがどうもすっきりとしないし、説明が「刺を通ず」で例文が「刺を投ず」というのもすっきりとしないのですが、ここではその不可解には立ち入りません。

またついでに手元の(現代)中国語辞典を調べてみると(といってもこの場合はウェブ検索ですが)「投刺:名刺を差し出す」となっています。

鷗外が「刺を・・の家に投ず」と書くとなれば、古い中国の漢籍に「投刺」の源泉があるはずです。一杯やりながらインターネットで遊んでいたら、興味深いエッセイが見つかりました。

「しかし、(正月に)自分でいちいち(年賀の挨拶に)回るのは大変なので、『投刺』の風習が出て来ました。刺は名刺です。西漢時代、『名刺』を『謁』と言い、東漢時代に『刺』を祢しました。すなわち、自分の名前を刻んだ竹の板です。『投刺』とは、他の人に年賀の名刺を届けさせることです。」(「正月の風俗-中国と日本-(Customs of the New Year: China and Japan)馬 興国(Ma Xing-guo )遼寧大学日本研究所副所長」)

「投刺」とは、中国でのもともとの意味は、他の人に年賀の名刺を届けさせることだったようです。もともとの意味は別にして、ぼくも「名刺を差し出した」ではなく「刺を投じた」が似合うレベルの文章を書いてみたいものです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧