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2019年8月16日 (金)

台風レポーターが現場で静かになる時

札幌でも、今朝は5時過ぎからけっこう強い雨が降り始めました。風もあるし午後は強くなるという予報なので、ルッコラやバジルや青紫蘇はプランターと鉢植えを壁際に寄せて保護してやります。

台風10号の報道を見ていると、いつものことですが、現場のレポーターというのは、その場のリアルタイム映像が視聴者に同時に届いているにもかかわらず、現場の状況を視聴者に大げさに伝えたがるもののようです。全般的な気象庁の予報や警告や勧告内容と現場の様子の間に乖離があると、現実の姿があるべき現実でないのでおかしいというような口調にさえなります。

だから台風の目というか今回のようなとても大きな台風の大きな空洞的な中心に入った地域では、陽が差し波風もほとんどないような状況で、視聴者は、そこに知り合いや親戚がいる場合は、風雨の激しい大型台風というような一般描写ではなく、その場の正確な様子を(数時間前からの推移を含めて)伝えてほしいのに、そういう穏やかな場所でも雨が横殴りに降り風が飛び荒れているというふうにしゃべりたくてしかたがないみたいです。そうでないと自分が心地よい興奮状態になれないので仕事をしている感じがしないのでしょうか。

天気についての現場レポーターはたいていは饒舌で(レポートが仕事なのでそうでないと務まらないとしても)、それも住民への危険性が高い方向に傾いた饒舌がお好きなようです(あるいは、より安全性を重視する方向に傾いた饒舌が好みとも言えますが、しばしば「狼が出るぞ」口調になるようです)。気象庁の予報や観測と異なるローカルな個別事象がそこにあるならできるだけ見た儘を正確に伝えてほしいと思います。

視聴者はそれほどぼんやりとしているのではなくて、「雨雲の動き(高解像度降水ナウキャスト)」のような、1時間前の実際の雨雲の状態から1時間後の雨雲の状態まで、5分ごとの降水強度分布を、250メートルのメッシュ単位で報告・予測する気象庁のウェブサービスも参照しながらレポーターの報告を聞いています。

だからそういうレポーターが冗漫なおしゃべりをしている間はレポーターがいるあたりの地域の危険性のレベルは低いとも言えます。なぜなら、ほんとうにひどい状況、つまりレポーター自身が一瞬でも身の危険を感じるような状況に接すると、そのレポーターから饒舌が消え寡黙とは言わないまでも慎重な口調のレポーターへと変身するからです。そして状況をできるだけ「ケレン味」を排除して客観的になぞろうと努め始めます。そういう場面(というか人的な現象)を今回もテレビ画面上で観察しました。そういう場合は、レポーターの言葉と映像情報が一致しており、視聴者もレポーターの言葉に対してしっかりと聞く耳を持ち始めます。

【註】「雨雲の動き(高解像度降水ナウキャスト)」とは 気象庁が提供している、気象レーダーの観測データを利用した、250m解像度で降水の短時間予報ですが、詳しくは「高解像度降水ナウキャストとは」を参照。

札幌管区気象台では、学校が夏休みに入った7月下旬のある金曜日の夕方から夜にかけて、一日だけですが、オープンキャンパス風の気象台見学会を開いています。施設のさしつかえない主要部分を市民は自由に見学できます。職員とも気象台の仕事や天気予報について自由に会話ができる。立ち入りが許可された区域では写真撮影も大丈夫です。気象台活動のプロモーションが目的ですが、そういう機会がないと内供の様子がわからないので、都合が合えば参加するようにしています。いろいろと質問もさせていただきます。

下の写真は、その時(2016年7月22日)の2枚。時刻は午後7時。夜勤の担当者が仕事中です。株や債券のトレーディングルームではありません。

2016722-a

2016722-b

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2019年8月 6日 (火)

悪文と句読点

悪文雑感」の続きです。

今は文章は、文学も実用文も、古典も現代文も、紙に印刷された活字やそれの電子版であるところのIT端末の画面上の活字を通して読みますが、文章中の句点(。)や読点(、)が必須です。

しかし、奈良、平安の昔から江戸を経て明治中期くらいの日本の文学や記録文には読点や句点が原則としてありませんでした。句点(。)と読点(、)の総称である句読点は、明治以降に西洋の文章のピリオド(,)やカンマ(.)の代用として使い始めたもので、それ以前の日本にはそういうものは存在していませんでした。この伝統は今でも手書きの手紙や葉書に活きていて、そういう媒体では句読点はかえって煩わしい。

教科書に出てくるおなじみの文章例で、たとえば「枕草子/第一段」だと、今は(横書きに直すと)次のように表記されています(小学館 日本古典文学全集)。

 『春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、少しあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。
 夏は夜。以下略。
 秋は夕暮。以下略。
 冬はつとめて。雪の降ふりたるは言ふべきにもあらず。霜などのいと白く、またさらでもいと寒きに、火などをいそぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもて行けば、炭櫃、火桶の火も、白き灰がちになりぬるはわろし。』

しかし、以前は、句読点のない状態なので、以下のようでした。

『春はあけぼのやうやうしろくなりゆく山ぎは少しあかりて紫だちたる雲のほそくたなびきたる夏は夜月のころはさらなりやみもなほ螢飛びちがひたる雨などの降るさへをかし秋は夕暮夕日花やかにさして山ぎはいと近くなりたるに烏のねどころへ行くとて三つ四つ二つなど飛び行くさへあはれなりまして雁などのつらねたるがいと小さく見ゆるいとをかし日入り果てて風の音虫の音など冬はつとめて雪の降ふりたるは言ふべきにもあらず霜などのいと白くまたさらでもいと寒きに火などをいそぎおこして炭持てわたるもいとつきづきし昼になりてぬるくゆるびもて行けば炭櫃火桶の火も白き灰がちになりぬるはわろし』

わかりやすい景色や情景の描写ですが、初めての文章だと、やはり読みにくい。

しかし、これが、手書き文字で書かれたものだと、文字の大きさや文字の勢い、文字の切れ目や墨の濃淡、そして改行などが句読点の役割を果たしていたので、句読点というものがなかったとしても(明治半ばくらいまでの人たちは)読みづらいということはなかったと思います。句読点を使わなかったということはその必要がなかったということです。

吉田健一という1977年に鬼籍に入った評論家・作家がいます。小説も評論もジャンルにかかわらずすべてがエッセイ風の趣きと言ってもいいのですが、彼の文体は句読点の使い方に独特のものがあります。

松岡正剛は吉田健一の文体を「いつも句読点が動く文体」と評しました。文体に応じて「その文体がほしがる句読点を打った」ということですが、吉田のたいていの作品は、文体と句読点に個性があり過ぎるので、普通は、それほど読みやすくはありません。

しかし、彼の文章を読みやすいと感じる読者にとっては、彼の文章は「作者の頭に生まれた言葉の流れをただ文章にしたもの」(倉橋由美子)なので、読みやすいとなります。

しかし、「作者の頭に生まれた言葉の流れをただ文章にしたもの」とは、いったんその時の意識の流れを文字に定着したあとでその文字列が必ずしも再構成されずに文章化されてしまうということも含まれるので、読者の頭の中の句読点が作者の頭の中の句読点と同調しない場合には、作者の文章はだらだらと落ち着きの悪い悪文、同じところを読み直さないと意味のとれない晦渋な文体、そして意味不明なところが残る悪文、ということになりそうです。

ある言葉で世界をなぞるということは、その言葉以外の言葉を使わないということによってある枠や方向に世界を切り取るということですが、句読点もそういう意味では同じ働きを持っています。吉田健一の文体と句読点は独特なので、彼が世界を区分する仕方に違和感や鬱陶しさを覚えると、彼の文章はだらだらと読みにくい悪文と化します。

そういう例(ただし控えめな例)を下に二つ引いてみます。

 『・・・別にそれを見てこれから一日が始まろうとしている気配を感じるのでもなければ前の日にあったことの結果で今日することになることを思い浮かべるのでもなくてただ眠気が去って朝になり、ものが自然の光で見えて来て体も一日の間覚めているのに堪える状態に戻っている朝というものがもの心が付いたその日からのことであっても、或はそのこともあって懐かしかった。』(「本当のような話」)

 『併しその碑がロッピアが作ったものであるということがあり得なければその作の精巧な模写で、それを見ていて思いがその紺と白が新鮮なものに感じられながら普通でもある場所に向かわざるを得ず、それは金沢に、又金沢のその店に自分がいなくなるのではなくて他所である筈のことが自分がいる場所を豊かにした。』(「金沢」)

一方、作者の息遣いや思考プロセスと読者のそれが重なっている場合は、つまりその文章における作者の句読点感覚と読者の句読点感性が重なっている場合は、急に立ち止まり、先ほどの近所を今度は歩幅を変えて歩き、あるいは意想外の場所に飛んで行って気が付けば元の場所に戻っていたというふうな癖のある文体が作る世界を賞味できます。

「時間」というエッセイの書き出し部分を引用します。「枕草子/第一段」のように冬と春が出てきます。行替えはありません。

『冬の朝が晴れていれば起きて木の枝の枯れ葉が朝日という水のように流れるものに洗われているのを見ているうちに時間がたって行く。どの位の時間がたつかというのではなくてただ確実にたって行くので長いのでも短いのでもなくてそれが時間というものなのである。それをのどかと見るならばのどかなのは春に限らなくて春は寧ろ樹液の匂いのように騒々しい。そして騒々しいというのはその印象があるうちは時間がたつのに気付かずにいることで逆に時間の観念が失われているから騒々しい感じがするのだとも考えられる。・・・・』(「時間」)

 

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2019年7月 4日 (木)

札幌の「東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展」のことなど

北海道立近代美術館で開催されている「東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展」に行ってきました。東山魁夷が描いた唐招提寺御影堂のふすま絵や障壁画を目にするのは20年ぶりです。

今から20年前、1999年(平成11年)4月に「鑑真和上像里帰り二十周年展」が唐招提寺であり、その9日間は、開山忌(6月5日から7日)以外では開扉されない御影堂の中に立ち入りが許されるので、魁夷の絵をそれが実際に使われている部屋で拝見したいと思い、配偶者と出かけました。

今回の「障壁画展」は御影堂の実際の環境に近いものでしたが、そっくりに部屋を作るわけにはいきません。つまり美術品鑑賞用の造り、レイアウトです。しかし、いい空気感が漂っていました。

札幌で開催されるこういう絵画展や美術展のいいところは混雑しないことです。じっくりと絵と向き合えます。同じものが東京で開催されるとそうはいかない。おそらく普通の時間帯では人が多すぎて身動きがとれない。

数年以上前のことですが、空海の「聾瞽指帰(ろうこしいき)」上巻巻頭(書き出し部分)の強い書体を、同じ美術館の空海展だったか(あるいは別の名前のものだったか)で、ゆっくりと観賞することができました。

「空海」の書、たとえば、「風信帖(ふうしんじょう)」(空海が最澄に宛てた書状)や、上述の「聾瞽指帰(ろうこしいき)」(空海が20歳代前半に書いた比較宗教論)などと直に向き合いたいと思ったら、それが保管されている場所に時期を選んで出かけていくしかありません。だから、かつて、空海の「風信帖」に会うために東寺に、それから、「聾瞽指帰」に会うために高野山に、それぞれ足を運んだのですが、時にも恵まれたのか、ほとんど一人占め状態でゆっくりとそれらを拝見(拝読というより拝見)することができました。しかし、同じ書に、旅をせずに札幌のゆったりとした施設で出会えるというのは、それはそれでありがたいことです。

ここでは蛇足になりますが、その「風信帖」に関して、以前のブログ記事(「頌(じゅ)と文字」)に次のように書いたことがあります。

<「風信帖」と呼ばれている手紙は空海から最澄への返書ですが、後年の二人の確執の強い香りがすでに濃厚に漂っています。この手紙の書かれた背景を説明すると、配偶者はこの返信のことを、空海から最澄への「あっかんべー手紙」と形容しました。そういう気分の時の方が緊張しながらも筆が自在に走って、心や存在のありさまが文字の動きに見事に凝縮されるというのは、空海らしいといえば空海らしいのかもしれません。>

Wiki

                    空海「風信帖」(Wikipediaより引用)

札幌で開催される展示会や展覧会のあまりよくないところは、催し物によっては、作者のもっともいいものの集合ではなくそのサブセットにしか出会えない場合があることです。

先日、次のような記事が目に入りました。

「44年ぶりに発見。鏑木清方の名作《築地明石町》など3作品を東京国立近代美術館が新収蔵、公開へ ・・・ 竹橋の東京国立近代美術館は、近代日本画の巨匠・鏑木清方の幻の作品とされてきた3作品を新たに収蔵。11月1日より特別公開すると発表した。」

これらは特別公開の後は国立近代の常設になると思いますが、その三作品が常にそろって展示されているかどうかは保証の限りではありません。これは、頑張って日帰りで出かけていくしかなさそうです。

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2019年6月20日 (木)

悪文雑感

「悪文」(あくぶん)の意味を、一般的な国語辞典で調べてみると、「へたな文章。文脈が混乱して、わかりにくく誤解されるような文章」(広辞苑)をはじめ、他の辞書でも「へたでわかりにくい文章。文脈が混乱して、まとまりのない文章。」「難解な言葉を使ったり、文脈が乱れていたりして、理解しにくい文。へたな文章。」「へたで、読みにくい文章。文脈が混乱したりして、わかりにくく、意味のとりにくい文章。」と説明されています。

「あの内野手は守備がへた」という場合は、その内野手は捕球がぎこちない、守備範囲が狭い、ボールへの一歩が遅い、打球の方向の予測能力が低い、ときどきトンネルするし、スローイングがピリッとしない、アウトにできるゴロを内野安打にしてしまうなど、そのへたさ加減は観ているだけでよくわかります(たとえば、広島カープで二塁を護る菊池涼介選手と比べると一目瞭然です)。

しかし「あの内野手は守備がへた」というのとは違って、「悪文とはへたな文章のことである」というのは何をもってその文章を「へた」とするのかわかったようでわからない。だからここでは「悪文」とは「わかりにくい文章、意味のとりにくい文章」とします。このほうがわかりやすい。

わかりにくい文章というのは確かにあります。その文章を書いた当人は、その文章を、たとえば、自分の意識の流れや思考の流れや感性の移ろいをそのまま言葉に素直に移し替えたと思っているのかもしれませんが、読む側にとっては難解で、何度読み返しても意味不明で、そんな文章はじつにわかりにくい。魑魅魍魎(ちみもうりょう)に悪戯されている気分になります。

しっかりとした文章を書ける人が悪文を書く簡単な方法のひとつは、相当に酔っぱらった状態でやや抽象的な内容を含む文章を書いてみることです。酔いの勢いに乗って、自分の意識の流れや思考の流れや感性の移ろいをそのまま言葉に移し替えるつもりで書いてみると、書いているときは思考と言葉が一致していると感じていい気分でも、起きて素面になって読み返してみると、文章の流れや完成度をある程度想定していた場合は、気分はけっこう落ち込みます。

酩酊状態の利用が役に立たないというのではありません。ともかく思ったことや頭の中を流れていることをフワッとした気分で乱雑なメモとして書きつけておくという方法ではあるので、そこにはいくぶんかのキーワードやキーコンセプトが整理されないままその他の言葉といっしょに放置されています。これは、あとで手掛かりになります。

以下に、ある作家の作品(小説ということになっていますが、小説ともいえるし、幻想的な雰囲気の随想ともいえる作品)から二つの短い文章を「そのまま」引用してみます。それらが上述の意味で「悪文」かどうか?

『金沢には東京にも戦前にはあったような誰が客になって来るのでやって行けるのか解らない感じがする地下室の人気がなくて明るい西洋料理屋もあった。』

『その骨董屋がその次に内山が金沢に来た時に顔を出して内山はこの男に不義理をしたような気がしたが、それが何故か自分にも解らなくてそれが根拠があることであることも確かでなかったから内山もただそういう気がするだけということで片付ける他なかった。』

サッと読んで内容がサッと頭に入ってくる感じの文章ではありません。酔っ払いが、思いつくままの言葉で状況を説明してくれているようでもあるし、素面(しらふ)の語り手がゆっくりと言葉を選びつつ聞き手に語りかけてくれている風情でもあります。

試みに、オリジナルにはない「読点(、)」をいくつか追加してみると、わかりやすさの様子が少し変わってきます。

『金沢には、東京にも戦前にはあったような、誰が客になって来るのでやって行けるのか解らない感じがする地下室の、人気がなくて明るい西洋料理屋もあった。』(オリジナルに読点を三つ追加)

『その骨董屋がその次に内山が金沢に来た時に顔を出して、内山はこの男に不義理をしたような気がしたが、それが何故か自分にも解らなくて、それが根拠があることであることも確かでなかったから、内山もただそういう気がするだけということで片付ける他なかった。』(オリジナルに読点を三つ追加)

ところで、この作家が、酒や酒宴や酔っ払いや酔っ払い状態について書いたものは、酩酊とは遠く離れた状態で書いたのか、たいていは「わかりやすく意味のとりやすい文章」になっています。変な話ですが、たとえば、

『本当を言うと、酒飲みというのはいつまでも酒が飲んでいたいものなので、終電の時間だから止めるとか、原稿を書かなければならないから止めるなどというのは決して本心ではない。理想は、朝から飲み始めて翌朝まで飲み続けることなのだ、というのが常識で、自分の生活の営みを含めた世界の動きはその間どうなるのかと心配するものがあるならば、世界の動きだの生活の営みはその間止まっていればいいのである。』

という具合です。

文章がわかりやすいとか理解しやすいという美徳(それを美徳と考えて)が、あまり意味を持たない知や感性の世界もあります。わかりにくかろうが意味がとりにくかろうがそういう風に書くしかない、だからそう言葉を連ねた。そういう文章はここでの対象外です。

 

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2019年5月20日 (月)

変体仮名から漂う伸び伸び感

じつに奇妙な言葉だけれど、そういうことになっているのでとりあえずその用語を使います。奇妙な言葉とは「変体仮名」のことです。

「ひらがな」は現代では一音一字ですが、平安時代以来明治の半ばまで、さまざまな種類の字体が用いられてきました。現在、変体仮名と呼ばれている文字は、現在のというか、明治33年(1900年)に標準的な字体とされた平仮名に対しての異体字という意味です。ヘンタイという音はどうも変態を連想させるので、だから、異体仮名というほうが音からくる奇妙さは軽減されます。

下は『字典かな』という小冊子から「あ」の項をコピーしたものですが、「安」からできた「あ」という標準的な仮名字体と、「阿・愛・亜・悪」から派生したところの「あ」と発音される異体仮名が並んでいます。

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こういうのは、今は、江戸時代やそれ以前の和本や文書を読むことが仕事の一部であるような人や仮名書の世界に遊ぶ人以外にはとくには必要のない知識ですが、まだ筆で書かれた手紙や葉書の遣り取りが珍しくなかった頃はある程度は必須でした。

「いろは歌」というのがあります。

「いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす」

わかりやすく漢字かな交じり文で書くと(下の表記以外の表記法もありますが)

「色は匂へど 散りぬるを わが世誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて 浅き夢見し 酔ひもせず」

「いろは歌」の漢字表記は、文献上の最も古い例(『金光明最勝王経音義』)を引用すると

「以呂波耳本へ止 千利奴流乎 和加余多連曾 津称那良牟
有為能於久耶万 計不己衣天 阿佐伎喩女美之 恵比毛勢須」

「あさきゆめみし」の「あ」はここでは「阿」と表記されていますが必ずしも「阿」である必要はありません。仮名や変体仮名にはけっこう自由な雰囲気が漂っているようです。

中国人は自分の発明品であり文明の源であるところの「漢字」を、必要に応じてどんどんと新しく作りましたが、日本人にとっては「漢字」は中国という文明先進国からの輸入品だったので、新しい熟語(とくに近代西洋生まれの概念や観念の漢語表現、たとえば「哲学」「意識」「観念」「左翼」など)をのぞいては新しい漢字(たとえば「峠」)はほとんど製造しませんでした。自制心のようなものが働いています。しかし(変体)仮名の世界ではその制約がないので、行書、草書と崩していく過程で、楽しく自由にその作成と適用を発想しているようにぼくには思えます。

 

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2018年8月14日 (火)

「どっちだって、いいじゃん」と「どっちだって、いいじゃん。」・補遺

昨日の《「どっちだって、いいじゃん」と「どっちだって、いいじゃん。」》を読み返してみたら「引用」ということに関して不十分なところがあったので補足です。自分が普段やっていることにちゃんと触れていない。

引用とは他者の書いた語句(語と句、すなわち、文章中の用語や文章中の一区切りとなる文や複数の文)を、自分の書いている文章の中に参照目的で持ち込むことです。

引用対象が「語」(単語、あるいは句点で終わらない単語の連なり、本のタイトルなども含まれる)の場合はどういう種類の括弧を使うかは別にして「・・・」や『・・・』や《・・・》で済むのですが、つまり「どっちだって、いいじゃん」で済むのですが、対象が「句」(句点で終わる文、ないしは、句点で終わる複数の文)の場合は、それ全体の引用なので、もともとの文が

どっちだって、いいじゃん。

となっていたら、選択肢は「どっちだって、いいじゃん。」しかありません。

「聡明な女は料理がうまい」(桐島洋子・著)というエッセイ本があります。以下はその中の一節。

漬けものは普通ピクルスと訳されるが、ぬかみそ漬けとか一夜漬け、即席漬けといった新鮮な漬物は、ピクルスというよりサラダというべきだろう。色あざやかななすやきゅうりやキャベツのぬか漬けをさくさくと切って鉢に盛るたびに、これほど傑作なサラダが他のどの国にあろうかと思ってしまう。

これを全部引用しようと思ったら、そのしかたは「漬けものは・・・・・と思ってしまう。」であって、「漬けものは・・・・・と思ってしまう」にはなりません。

だから、「『閉じ括弧の前には句点(。)を打たない』をデフォにしておいた方が、学校勤めを除く一般社会生活では汎用性が高いという意味で、便利なようです。」とは必ずしもならない。めんどうくさ。

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2018年8月13日 (月)

「どっちだって、いいじゃん」と「どっちだって、いいじゃん。」

「そんなこと、どっちでもいいじゃん」なのか、それとも「そんなこと、どっちでもいいじゃん。」なのか。句点(マル、。)が閉じ括弧の前にあるかどうか、の違いです。

「どっちかなあ」と彼が言った。
「そんなこと、どっちだっていいじゃん」

「どっちかなあ?」と彼が言った。
「そんなこと、どっちだっていいじゃん。」

昭和21年3月に文部省教科書局国語調査室が発行した『くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)』という文書があります。句読点などの使い方に関して、公用文や学校教育は、現在でも、ここで示された考え方(準則)に従っています(従っているらしい)。

               213_2

つまり、文部省は「どっちだって、いいじゃん。」という表記法を勧めています。

一方、ジャーナリズムや商業出版界では、閉じ括弧と句点(。)の関係は以下のようになっているようです。

閉じ括弧の前には、句点(。)を打たない。

つまり、文章がビジネスの中心素材であるような分野の実業界では「どっちだって、いいじゃん」をデフォールト・バリューと考えています。その正確な理由はわかりませんが、活字印刷時代からの経済的な理由(少しでも無駄な文字埋め込み作業を減らす)と、会話文のスピード感を確保するという文芸上の理由が背景にあったのだろうと勝手に想像しています。

その実業界の実際はどうなのかを私的に検証してみたいと思ったので、手元にある文芸作品(明治末期から大正・昭和・平成まで)やノンフィクション(昭和と平成)、そして新聞記事(平成)からこの主題に関連する部分を、できる範囲でなるだけ偏りのないように引用してみます。

■谷崎潤一郎(『幇間』) 「どっちだって、いいじゃん。」

「ここはお前さんと私と二人限りだから、遠慮しないでもいいわ。さあ、羽織をお脱ぎなさい。」

■芥川龍之介(『雛』) 「どっちだって、いいじゃん。」

「明るいな。昼のようだな。」
父も母をかえりみながら、満足そうに申しました。
「眩し過ぎる位ですね。」

■川端康成(『禽獣』) 「どっちだって、いいじゃん。」

「僕は年のせいか、男と会うのがだんだんいやになってきてね。男っていやなもんだね。直ぐこっちが疲れる。飯を食うのも、旅行をするのも、相手はやっぱり女に限るね。」
「結婚したらいいじゃないか。」

■三島由紀夫(『橋づくし』) 「どっちだって、いいじゃん」

「来年はきっといい役がつくわよ」
「そのうち年をとって小弓さんみたいになるのが落ちだわ」
「ばかね。まだ二十年も先の話じゃないの」

■吉田健一(『金沢』) 「どっちだって、いいじゃん。」

「ただ無限に人間である他ないんですか、」と内山は言った。
「未来永劫に人間なんですよ、」と相手は答えた。「それだから人間が死んだって構わないじゃないですか。」

■吉行淳之介(『驟雨』) 「どっちだって、いいじゃん」

「あなたとお会いしていると、恥ずかしいという気持を思い出したの」
「なるほど、それはいい文句だ。商売柄いろんな言葉を知っているね」

■開高健(『輝ける闇』) 「どっちだって、いいじゃん」

男は茶をすすりつつたずねた。
「グレアム・グリーンの『おとなしいアメリカ人』を読みましたか?」
「読みましたよ」
「どう思います?」
「いい。シニカルだがいい作品ですよ」

■澁澤龍彦(『高丘親王航海記』) 「どっちだって、いいじゃん。」

「日本の海の向うにある国はどこの国でしょう、みこ、お答えになれますか。」
「高麗。」
「そう、それでは高麗の向うにある国は。」
「唐土。」

■北方謙三(『雨は心だけを濡らす』) 「どっちだって、いいじゃん」

「現場、見とこうかね」
「それは構いませんけど」
「かたちは、もう覚えた」
「どこのトンネルですか?」
「坂になったところ。その坂を、ずっと真直ぐのばしゃ、野木という人の言った通りの絵になるんじゃないかね」

■倉橋由美子(『よもつひらさか往還』) 「どっちだって、いいじゃん」

「そろそろあちらに帰らなくては」
 と低い声で慧君だけに聞こえるように言った。
「まるでかぐや姫だ」
「私が?でもかぐや姫って、どう見ても十代の少女の感じでしょう」
「そんなことはないでしょう。最後に天に昇っていった時にはあなた位の堂々たる女神のような女性でしたよ」
「私の年もご存じないくせに」

■川上弘美(『センセイの鞄』) 「どっちだって、いいじゃん」

「なんでしょう、それは」わたしが訊ねると、センセイは首を横に振り、
「芭蕉も知らないんですか、キミは」と嘆いた。
「芭蕉ですか」聞き返すと、
「芭蕉ですよ。教えたでしょう、昔」と言う。

■松浦理英子(『ナチュラル・ウーマン』) 「どっちだって、いいじゃん。」

「何時?」
「五時。」
「朝の?夕方の?」
「わからない。」

■レイモンド・チャンドラー(清水俊二 訳)(『さらば愛しき女よ』) 「どっちだって、いいじゃん」

「これさえあれば、何も要らないんだよ」と、彼女は坐りながらいった。「ところで、何を話していたんだっけ」
「セントラル街の店で働いていた、ヴェルマという赤い髪の女のことだ」

■ロバート・B・パーカー(菊地光 訳)(『失投』) 「どっちだって、いいじゃん」

「そのように眉をひそめない方がいい。目の端に年不相応の小じわが出来るよ」
「ミスター・スペンサー、この話し合いに個人的な事柄を持ち込まないでもらいたいわ。私の目の状況はこの話とは無関係だわ」
「なれど、怒った時のその目の輝きよ」

■沢木耕太郎(『流星ひとつ』) 「どっちだって、いいじゃん」

「河、それとも海?」
「河」
「どこの河?」
「旭川の近くを流れている河」
「海はないの?」
「そう…‥なくはないな。少ないけどあるな。裸で泳いでいて、とても気持ちよくて、向こうに島か陸があって、辿り着くと別の国なのね」

■山際淳司(『江夏の21球」) 「どっちだって、いいじゃん」

江夏が佐々木を2-1と追い込んだとき、衣笠がマウンドに近寄った。そこで衣笠はこういったのだ。
《オレもお前と同じ気持ちだ。ベンチやブルペンのことなんて気にするな》

■井田真木子(『ルポ 十四歳 消える少女たち』) 「どっちだって、いいじゃん」

「さっき会った金髪の女性、アンヌマリーという。彼女は何歳だと思う」
「十七歳、あるいは十八歳になりかけ」
「よし、彼女は十八歳だ。彼女は今、何をしていると思う?」

■関川夏生(『東京からきたナグネ』) 「どっちだって、いいじゃん」

 写真をとりあげて彼女は、うん、とうなづいた。
「これが日本人よ。日本人のイメージ。眼鏡をかけてる。痩せてる。頭がよくて冷情で事務がじょうずで」

■日本経済新聞(最近のスポーツ記事) 「どっちだって、いいじゃん」

「ポジティブにレースができた。自分にとってとても大事な、刺激的な一日となった」・・・・・・「レースにいろんなものを持ち込んでいた」(平井伯昌監督)。

こうやって趣味的に書き並べてみると「どっちだって、いいじゃん」という気持ちになってきます。

公用文や一般企業で使われるそれに類する文書で使用される鍵括弧は、たいていは、他の文章や用語の引用のため、ないしは注目語句の表示のためだと思われるので、会話文を囲む鍵括弧(「どっちだって、いいじゃん。」や「どっちだって、いいじゃん」)というのは使用頻度が非常に低い。従って、『閉じ括弧の前には句点(。)を打たない』をデフォにしておいた方が、学校勤めを除く一般社会生活では汎用性が高いという意味で、便利なようです。

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2018年4月13日 (金)

回り道が必要な「大乗起信論」

サンスクリット語でかかれた原典を漢文に訳したものが「大乗起信論」ということになっているのに、つまり、「馬鳴菩薩 造。真諦三蔵 訳」〈述作者は馬鳴(めみょう)菩薩。漢訳者は西インド出身の訳経僧、真諦(しんだい)。〉と最初に書いてあるのに、サンスクリット原典が見つからないのが「大乗起信論」です。
 
だから、もともとサンスクリット原典などなく、だれか優れた僧侶が最初から漢文で書いたに違いないという専門家の意見もありますが、ぼくはそういうことには関心がありません。
 
「大乗起信論」とは、大乗への信心を起こさせる書(論文)というくらいの意味です。だから、英訳本だと英文タイトルは “The Awakening of Faith“ です。しかし、「大乗」といっても小乗仏教に対する「大乗」というのではなく、「仏教的な観点から見た真理」、「仏教的な観点から見た形而上的な真理」といった意味で「大乗」という言葉を使っているようです。
 
最初に読んだときには、「原文」と「読み下し文」と「現代語訳」を交互に読んでも、何を書いてあるのかよくわからない。用語の使い方が独特だし(たとえば、「アーラヤ識」、唯識での「アーラヤ識」は、ユングの集合的無意識をもっと深めたようなもの、「起信論」では「悟り」と「迷妄」が重なり合う集合体)、ある用語が事前説明や補足説明なしに急に飛び出してくるので困ってしまう(この論文が書かれた頃の読者はそういう事態にはまったく困らなかったにせよ)。
 
それから、この論文は、どういう読者を想定しているかを最初にあたりにわざわざ書いてあり、そのなかには、プロもアマチュアも含まれており、今風に言えばA4二枚以上の長い文章は読みたくないというような読者も想定されています。だから論理展開はわかりやすいに違いないと思ってしまうのですが、表現をできるだけ簡潔にコンパクトにと努めたせいも影響してか、実際の論理展開はとても込み入ったものになっています。形而上学的な議論が展開する中核部分の論述は、複雑な構成の変奏曲といった趣の書物です。
 
日本の仏教学者による複数の「原文」「読み下し文」「現代語訳」のセットに取り組んでみても、途中ですぐに暗澹となり、我慢して読み進んでもうんざりするばかりでした。
 
しばらく放っておいたのですが、そのしばらくの間に、藁にも縋りつく思いの藁に出会うことができました。その藁になってくれたのが二冊の書物で、ひとつは井筒俊彦の「意識の形而上学 ―『大乗起信論』の哲学」(1993)、もうひとつが ”The Awakening of Faith” (Translated, with Commentary by Yoshito S. Hakeda, 1967) における羽毛田義人のわかりやすい英語訳と丁寧な解説です。
 
そういういわば遠回りをしないと、もともとの「原文(漢文)」「読み下し文」「現代語訳」のセットに戻ってこれませんでした。「原文」「読み下し文」「現代語訳」セットで、回り道の結果、結局のところ落ち着いたのが「大乗起信論 宇井白寿・高崎直道訳注」(岩波文庫)。正確には、高崎直道の訳注という形式の解説です。
 
「大乗起信論」の骨子は、お気に入りの箇所を勝手に持ち出してそれを骨子ということにすると、以下のようになります。
 
《まず、心の真実の不生不滅なあり方(生ぜず滅せずという普遍的なあり方)を、衆生心のうちに如来(という名の真実)が蔵されているという意味で「如来蔵」と呼ぶことにする。しかし、心は現実には絶え間なく変化し生滅する。その普遍的でない(不生不滅でない)生滅のすがたを「心生滅」と呼ぶとすると、全体的な心の構造は、「如来蔵」という普遍的なあり方(の上)に、現実に個別に生滅を繰り返す「心生滅」が重なっているということになる。
 
言葉を換えれば、心の構造とは、不生不滅であるところの真実のあり方という面と、生滅する現実の個別的なすがたという面とが「和合」(結合)した状態である。この両面は、あるべきあり方と現実のあり方という点で同じではないが、ともに同じひとりの衆生の心であるという点では、異なったものでもない。この両面を含んだ衆生ひとりひとりの心のあり方を、ここでは「アーラヤ識」と呼ぶ。
 
この「アーラヤ識」は世俗と超世俗の一切のものを包摂し、一切の現象を顕し出すのでその名(アーラヤ、貯える)があるが、二種の内容を含むと考えると、そのひとつは「覚」(さとり)という内容、もうひとつは「不覚」(まよい、悟っていない状態)という内容である。つまり、「アーラヤ識」は「覚」と「不覚」の和合態である。》
 
「アーラヤ識」は音を漢字に置き換えた訳が「阿頼耶識」、意味的には「蔵識」、したがって英訳本だと The Storehouse Consciousness。《「アーラヤ識」は「覚」と「不覚」の和合態である》は、”the Storehouse Consciousness be defined as the place of intersection of the Absolute order and of the phenomenal order, or enlightenment and non-enlightenment, in man” となっていて言葉の緊張感は希薄になりますが、とてもわかりやすい。
 
この論文に限りませんが、古典というものは、けっこう遠回りの散歩がないと近づけないようです。
 

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2018年4月 9日 (月)

アニメ作品の原作者

「火垂るの墓」(ほたるのはか)をアニメ化したアニメ作家がお亡くなりになったということが、ニュースとして夜の先週末の報道番組で取り上げられていました。しかし、男女のキャスターの口ぶりだと、「火垂るの墓」は最初からアニメ作品という風情で、これはもともとは1967年に発表された野坂昭如(のさかあきゆき)の小説であるということへの言及はありませんでした。
 
彼らは、担当者も含め、そういうことを知らないのか、そういうことを視聴者に知らせる意味はないと考えたのかどちらかはわかりませんが、顔つきや口調からして原作を読んだことがないらしいと推測してます。
 
アニメ作品としての「火垂るの墓」は、いつかは忘れましたがテレビで放映されたときにはじめて見たのですが、途中で観るのを止めてしまいました。言葉で書かれた原作を映像化したものが原作を超える場合もまれにありますが、たいていは原作の言葉の持つ力にかなわない。このアニメ作品もぼくにとってはそうでした。
 
この作品は、太平洋戦争の空襲からその後の混乱時期に栄養失調で死んでいく幼い妹と中学生の兄を主人公にした静かで哀しい反戦小説です。被害者としての観点からの反戦小説です。アニメ化されるということは、原作の小説は文字がいっぱいあって面倒なので読まないけれど、きれいな映像のアニメだと近づきやすい、原作のテーマに直に触れる人たちが増えるということなので、それはそれでいいことです。
 
 
 

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2018年3月27日 (火)

「シンギュラリティは近い」の口直しには「ハーモニー」と「ホモ・デウス」:補遺

『シンギュラリティは近い』の口直しには『ハーモニー』と『ホモ・デウス』」、という先日の記事に関する補足です。補足内容は、「ハーモニー」と「ホモ・デウス」のそれぞれの著者がそれぞれにその本を書いたときの視点・視座に関することです。
 
ユダヤ教・キリスト教においては、万物が「全能なる神」により創造されたものであり、世界は決して永遠ではありえない(そういう意味ではイスラム教も同じです)、世界は天地創造から終末に向かって一直線に進行(進歩)していると考えられています。そういう「直線的な世界観」が特徴です。
 
つまり、世界には初めと終わりがあり、時間は直線的に進み、その直線的な思考を彩るのは進歩概念と黙示録的な終末思想です。この考え方を、それが出てきた風土を考慮して「砂漠の思想」と呼ぶ場合もあります。
 
マルクスの唯物史観 「原始共産制→古代奴隷制→封建社会→資本主義社会→共産主義社会」 などは、その典型例です。
 
また、マルクスから時代を少し遡ると、18世紀初頭の著作物に現れる「天地創造」の例として次のようなものもあります。「神による創造はおそらくこうではなかったろうか。初めに神は物質を創造の目的にそって、充実した、質量のある、堅固で貫くことができない可動粒子として創造し、その大きさと形などの性質や空間的な比率を定めた。」(ニュートン「光学」)
 
延長が性質であるところの外的世界は決定論的に動きますが、わたしという考える自我を含めた世界は直線的に進歩するということになります。
 
それに対し、仏教の場合、まず、万物が空なので、絶対的な存在(たとえば如来)もまた空ということになります。天地の万物は、空ではあるのですが、絶対的な存在の顕れとして絶対的な存在とともにあります。絶対者がなくなるということはないので、その顕れである天地万物もなくなることはない。死んだ動物と植物は土に帰り、そこからまた新しい生命が誕生する。そこに、万物は永遠に流転するという「円環的世界観」が成立します。
 
つまり、世界には初めも終わりもないし、時間は輪廻的に循環し円環する。この考え方を、「砂漠の思想」が誕生した場所との風土的な対比で、「森の思想」と呼ぶ場合もあります。
 
超越的な視点を持つには(あるいは超越的な視座に結果として至るには)、ユダヤ教・キリスト教の神のように天の高みから下界を見下ろすという砂漠の方法と、葉が鬱蒼と生い茂る森の樹の下に静かに坐って瞑想をするという森の方法があります。
 
後者に関しては松岡正剛「空海の夢」の次の一節、「まったく『座る』とは東洋のおそろしい発見だったとおもう。・・・その契機は雨期によってとじこめられた森林生活によって余儀なくされたのかもしれないが、そこに『意識と言語の中断』を加えたのは、やはり恐るべき発見だった。」も参考になる。
 
そういうことを考えると、ユダヤ人の歴史学者で「ホモ・デウス」の著者であるユヴァル・ノア・ハラリ (Yuval Noah Harari)は、彼の中ではやはり「砂漠の方法」がデフォで、その顕れのひとつが「アニミズム→神イズム→ヒューマニズム→データイズム」という世界の発展の推移(どんな虚構、換言すればどんな共同幻想が世界を実質的に支配しているのか、その発展の推移)についての考え方です。
 
それに対して、日本人作家で「ハーモニー」の著者である伊藤計劃(いとうけいかく)の発想のデフォは「森の方法」です。政治と経済やわれわれをとりまく事態が「直線的世界観」を軸に強く進行していくなかで、それに組み込まれない方法しての「森の方法」を、その小説を書くときに強く意識したようにぼくには思えます。
 

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