言語・言葉

2021年2月22日 (月)

とても小さい活字の文庫本を何冊か処分

先週、古い文庫本を20冊くらい処分しました。古いので捨てたのではなく、もう読み返すこともないと判断してゴミ扱いをしたのでもありません。購入してざっと目を通しその後僕と一緒に何度か引っ越しをしながら本棚で座り続けていた単行本や著作集を30年ぶりに読み返すといった事態は(しばしばではないにせよ)それなりに発生します――何かの物理的ないしはその他の都合で捨てていなければ。

その処分した20冊というのは、文庫本(岩波文庫・新潮文庫・中公文庫・ハヤカワ文庫など)と新書版(岩波新書・中公新書・講談社現代新書など)だけを集めてある本棚に並べてあったとても活字サイズの小さい、従って紙の色も経年変化した文庫本の小説類です。読めなくはないけれど、たとえば読み返すかもしれないし参照用にも保管しておきたい(たとえば、プラトンの「饗宴」、あるいは「古事記」)という種類の文庫本ではない。

伊丹十三「女たちよ!」(文春文庫)はなかなか刺激的なエッセイ集です。出版年が古く、処分した小説と同じように驚くほど小さい活字が並んでいます。電子書籍があると思うので捨ててもいいのですが(註:電子書籍はなさそうだが、文庫の新版はあった)、茶色くなった紙も含め懐かしい内容なのでとってある。

以前は新聞紙の活字もとても小さかったのがある時期から各全国紙で大きく読みやすくなりました。金融情報などが満載の日本経済新聞だけが抵抗を続けていたのが抵抗しきれなくて、全国紙では最後に大きな活字に移行したと記憶しています。調べてみると、大きな活字になったのは、毎日新聞が2007年末、朝日新聞と読売新聞が2008年春、日本経済新聞はよくわからない。

そのあたりから文庫本の活字の小ささの不愉快が目につき始め、従って文庫本の出版社もその前後から大きめの活字の文庫本に方向転換したのだと勝手に考えています。

手元にあるワイド版岩波文庫の「聊斎志異」(上下)の出版は2010年、「華国風味」(青木正児著)は2001年です。「ワイド版岩波文庫」や「講談社文芸文庫ワイド」(たとえば吉田健一著「絵空ごと・百鬼の会」)がぼくは好きだとしても需要がないのか出版本数が少なく人気のないのは最初の印刷だけで廃版になってしまう。活字を読者が好みの大きさに拡大できる電子書籍という選択肢もありますが、電子書籍よりも紙の中古本です。ぼくは実用書や実用書風以外は電子書籍をあまり歓迎しないので。

 


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2021年2月12日 (金)

般若心経はとても哲学的なお経

奈良の南都六宗の学問指向の強い寺に限らず、週末に写経体験教室などを開いている各地の寺で使う写経テキストには、宗派を横切って密教系でも禅宗系でも、「般若心経(摩訶般若波羅蜜多心経)」が使われることが多いようです。内容と文字数(二百六十二文字、あるいは二百七十八文字)が写経教室に向いているからです。この「般若心経」は仏式の葬儀や法事などでよく読経されるお経のひとつでもあります。

佛說摩訶般若波羅蜜多心經
觀自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舍利子色不異空空不異色色卽是空空卽是色受想行識亦復如是舍利子是諸法空相不生不滅不垢不淨不增不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色聲香味觸法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明盡乃至無老死亦無老死盡無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故心無罣礙無罣礙故無有恐怖遠離一切顚倒夢想究竟涅槃三世諸佛依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切苦眞實不虚故說般若波羅蜜多呪卽說呪曰
揭諦揭諦波羅揭諦波羅僧揭諦菩提薩婆訶
般若心經

ちなみに、空海には「般若心経秘鍵」という著作があり、道元の著書である「正法眼蔵」の第二巻は「摩訶般若波羅蜜」です。

中江藤樹という江戸時代初期(十七世紀前半)の陽明学者は、道を求める人たちを「聖人」を最高位として「俗学・角者・狂者・大賢・聖人」という具合に下から順にレベル分けし、「釈迦や達磨や荘子」などは「聖人」の下の下であるところの「狂者」に配置しました。仏教や老荘思想はその本質は哲学、形而上学なので、釈迦や達磨や荘子は哲学的な思弁を専らにするだけの軽い存在と考えればそういう位置づけになります。かれらは「だからどうした」という問いかけには答えない。

あるいは、荘子がなぜ「狂者」かというと、「昔者(むかし)、荘周は夢に胡蝶と為る。栩栩然(くくぜん)として胡蝶なり。・・・俄然(がぜん)として覚(さ)むれば、則ち蘧蘧然(きょきょぜん)として周なり。知らず、周の夢に胡蝶為(た)るか、胡蝶の夢に周為るか」(「荘子」斉物論篇)のような、 蝶々と荘子が互いに入り混じり、状況が「くくぜん」「がぜん」「きょきょぜん」と流れていくような世界は、藤樹好みではなかったのでしょう。

「般若波羅蜜多心経(Prajna Paramita Hrdaya Sutra)」の哲学的な「空(くう)」の香りを改めて味わうために梵語(サンスクリット)から現代日本語に訳したもの(「世界古典文学全集 7 筑摩書房」平川彰訳)を下に引用してみます(引用すると長く感じますが)。「シャーリプトラ」は漢字だと「舎利子」です。

一切智者に帰依します。

聖者観自在菩薩が深遠なる般若はらみつにおいて、修業をおこなっていたとき、人間は五種の構成要素から成立していると照見した。しかもそれらの五種の構成要素は、その本性は空であると洞察した。

シャーリプトラよ、この世において、物質現象(色)は実体のないもの(空)である。実体のないもの(空)こそが、物質現象(色)として成立するのである。実体のないこと(空)は、物質現象(色)を離れてあるのではない。物質現象(色)も実体のないこと(空)と別にあるのではない。およそ物質現象であるもの(色)が、そのまま実体のないもの(空)なのである。実体のないこと(空)が、そのまま物質現象(色)なのである。感覚・表象・意志作用・判断についても、これと全く同じである。

シャーリプトラよ、この世において、存在物はすべて、実体のないことを特質としているのである。生じたと言えないものであり、滅したとも言えないものであり、汚れたとも言えず、汚れを離れたものでもない。減ることもなく、増すこともない。それ故にシャーリプトラよ、実体がないという見方に立てば、物質現象は成立せず、感覚も成立せず、表象も成立せず、意志作用も成立せず、判断も成立しない。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、意識も存在しない。色、声、香り、味、触られるもの、観念も存在しない。視覚の領域も存在せず、ないし、意識的判断の領域も存在しない。

智慧もなく、無知もなく、智慧の滅尽もなく、無知の滅尽もない。ないし、老いること、死ぬこともなく、老いること、死ぬことの滅尽もない。苦・集・滅・道(の四つの真理)もなく、智もなく、悟りに達することもない。それ故に、達することがないから、人は菩薩の般若はらみつを依り所として、心の覆障なしに住している。心に覆障がないから、恐怖がなく、顚倒を超越しており、究極のニルヴァーナに入っている。三世における諸仏たちはすべて、般若はらみつを依り所として、無上の正しい悟りを現実に悟ったのである。

それ故に知るべきである。般若はらみつの大なる真言、大なる智慧の真言、無上の真言、比較を絶した真言は、すべての苦悩を鎮めるものであり、偽りがないから真実であると。その真言は般若はらみつにおいて次の如く説かれている。

ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スワーハー
(行ける者よ、行ける者よ、彼岸に行ける者よ、彼岸に共に行ける者よ、悟りよ、栄えあれ!)

『般若はらみつの心髄』おわる。

とても哲学的、形而上学的な内容のお経です。こういう哲学的な内容を持つ「般若心経」の読経や写経は何のためにするのか、誰のためにするのか。死んだ人の為か、残されている人の為か、自分自身の為か。

なかでも「智慧もなく、無知もなく、智慧の滅尽もなく、無知の滅尽もない。ないし、老いること、死ぬこともなく、老いること、死ぬことの滅尽もない。苦・集・滅・道(の四つの真理)もなく、智もなく、悟りに達することもない」というところは、「空」ということを言葉で語ろうとした場合の根源的な一節で、そういうことならこちら側もあちら側も「空」なのでそういう意味では両者に違いはありません。

とくに、「智もなく、悟りに達することもない」というところはドラスティックで、つまり悟りなどというものはそもそもないのだから、そういうものがどこかにあって修行の結果悟りに達することができるといった風に悟りを実体化してはいけない、そんなことをすると余計に迷うだけだと断言している。そういうことを含めて「般若心経」を読誦したり写したりすることは日常の隙間で深く哲学することだと言えそうです。

 


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2021年2月 5日 (金)

別にどうということもない発言内容だと思うのですが・・

2月3日の日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会における森喜朗会長の長い挨拶の一部がテレビでも活字媒体でも取り上げられて、どういうことになっているかというと、「社会に逆行、波紋広げる森喜朗氏発言」(毎日新聞)という主旨の報道になっているようです。発言の一部を切り取り、それを、マスメディアの主張に照らし合わせてプラス方向ないしはマイナス方向に報道するというのはそういうメディアの抜けない癖です。似たような雰囲気の海外の報道にしても、日本から特派員や契約記者が英文で、あるいは日本語記事を英訳して同じ方向の原稿を送るのでしょう。今回もそうなのか。

その毎日新聞の記事をもう少し長く引用すると、「日本のスポーツ界は女性進出が遅れ、国が指針を出して各競技団体へ女性役員の増加を求めている。国際オリンピック委員会(IOC)も男女平等への取り組みを強化し、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会も「多様性と調和」がコンセプトの一つ。トップに立つ森喜朗会長の発言は、一連の流れに逆行しており、波紋を広げている」という具合です。

こういうときは、手に入るのならその40分の発言の全体を聴くか、文字起こしがされている場合は全文を読めばいいのですが、幸い「日刊スポーツ」に文字起こしされた全文が「発言全文 1」と「発言全文 2」に分かれて掲載されていました。

その「問題発言」とされた部分(「註」太字にした)を、その前後も少し含めてそのまま引用してみます。

『・・・いろいろ考えましたが、いずれにしてもみんな力を合わせて山下会長を守っているのだと安心しました。しかし、演説をしたのは山下さん。私もいろんな話の間、すばらしい山下さんのリーダーシップ、あらためて、大いに評価をし、これからもオリンピックに向けてしっかり頑張っていただきたいと。ご協力を賜ります。

これはテレビがあるからやりにくいんだが、女性理事を4割というのは、女性がたくさん入っている理事会、理事会は時間がかかります。これもうちの恥を言います。ラグビー協会は倍の時間がかかる。女性がいま5人か。女性は競争意識が強い。誰か1人が手を挙げると、自分もやらなきゃいけないと思うんでしょうね、それでみんな発言されるんです。結局、女性はそういう、あまり私が言うと、これはまた悪口を言ったと書かれるが、必ずしも数で増やす場合は、時間も規制しないとなかなか終わらないと困る。そんなこともあります。

私どもの組織委にも、女性は何人いますか。7人くらいおられるが、みんなわきまえておられる。みんな競技団体のご出身で、国際的に大きな場所を踏んでおられる方ばかり、ですからお話もきちんとした的を射た、そういうご発言されていたばかりです。

長くなって恐縮です。山下さんが、私に最初にあいさつしろと。こう言うもんですから。私は長くなるよ、と。議事進行にご迷惑になるからと。というよりは私の立場を考えて、何か先にしないと失礼になると事務局は考えたと思う。そういう考えは無用です。ここに来れば、みんな同じなんです。・・・』(そのまま引用)

女性に関してもそれなりにバランスの取れた(バランスを取ろうとした)発言です。もっとも、女性解放思想の推進者という意味でのフェミニストは彼の発言に苛々するかもしれません(ちょうど環境問題の活動家がどんな環境問題にもバランスを崩して苛々するように)。かりに「女性」を「若い国会議員」や「教職経験者」に置き替えてみると問題発言部分はどうなるか。「教職経験者」と置き替えてみます。

『これはテレビがあるからやりにくいんだが、教職経験者理事を4割というのは、教職経験者がたくさん入っている理事会、理事会は時間がかかります。これもうちの恥を言います。ラグビー協会は倍の時間がかかる。教職経験者がいま5人か。教職経験者は競争意識が強い。誰か1人が手を挙げると、自分もやらなきゃいけないと思うんでしょうね、それでみんな発言されるんです。結局、教職経験者はそういう、あまり私が言うと、これはまた悪口を言ったと書かれるが、必ずしも数で増やす場合は、時間も規制しないとなかなか終わらないと困る。そんなこともあります。

私どもの組織委にも、教職経験者は何人いますか。7人くらいおられるが、みんなわきまえておられる。みんな競技団体のご出身で、国際的に大きな場所を踏んでおられる方ばかり、ですからお話もきちんとした的を射た、そういうご発言されていたばかりです。』

かりにこの発言に違和感や反論があっても、これはある個人の経験にもとづく意見です。そういう意見があってもかまわない。女性の気持ちが、女性の立場がと、めくじらを立てる類の話ではないと思います。


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2021年1月14日 (木)

女性知事の「Stay Home」発言が「お座り」に聞こえる

僕の受けた印象をできるだけ客観的にまとめたいと思います。

東京が対象のニュースはそれなりに全国ニュースなので、地元テレビの画面にも東京都知事は頻繁に登場します。

彼女は、ぼくの眼には、政治信念が希薄で、だからその追及ということにも熱心でなくて、つまり基本的にEvent-driven型の政治家なので、東京都が新型コロナやオリンピックといった事件で、日本政府との綱引きインターフェースを含めて、なんとなくわさわさしてくると表情も発言内容も生き生きとしてくるようです。

プロモーション系のマーケティング自体がお好きなかたで、その結果や成果には興味はない。つまり基本的に都民の健康や中小の飲食店などの経営状況には実際はあまり関心がなくて、興味の中心は自分が仕掛ける政治的な立ち回りや動きをどう効果的にメディアに露出して(メディアをして露出させて)自分のパフォーマンスの具合をどう効果的に都民や政府に訴求するかということのようです。

だから、彼女がコロナ対策に関する対策スピーチやぶら下がりインタビューなどの最中に「Stay Home」といった英語の単語を使い始めると、彼女のそういう指向性と都民生活への基盤的な無関心が改めて漂い始めて、彼女が都民に向かって突き放すように「お手」とか「お座り」と言っているようにしか聞こえてきません。「いい子だから言うこと聞いてね、はいお座り」

ぼくが、東京都民ではないという理由もあって、そう感じるだけかもしれませんが。


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2020年10月29日 (木)

「平家物語」を斜め読みして、ふと、感じること

ぼくは「平家物語」の名場面と呼ばれているような箇所――「一の谷の戦いの鵯越(ひよどりごえ)」、「平敦盛と熊谷直実の一騎打ち」、「屋島の戦いにおける那須与一の弓」など――は、小さい頃に祖父の口から、たとえば縁側で繰り返し聞くのを楽しみにしていました。琵琶の音色は決して混じらないにしても、平家物語の一部を孫に話すのが好きな家庭版の琵琶法師から聞くようなものだったかもしれません。明治生まれにはそういうことのできる人がいました。令和の今なら、その代替はおそらく「漫画で読む平家物語」「アニメで観る平家物語」ということになります。

その平家物語を本という媒体で斜め読みしてみて、ふと、感じることがありました。

この物語の主題は戦記物語的に書かれた平家の栄枯盛衰であるとしても、底を流れているのは天皇家の、最近の社会科学ないし環境関連用語を借用すれば、サステイナビリティ(sustainability)の強靭さかもしれないなということです。琵琶法師経由で日本中に拡がることになるその物語の原作者がそういうことを意図したのではないにしても、そういう風に読もうと思えばそういうものについての地味な詳細叙述とも読めます。

この物語作者は「奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏(ひとへ)に風の前の塵におなじ」というストーリー展開に必要な鮮やかな色の場面記述と、その場面の裏に同時に存在するものについての地味な記述を織り混ぜているようです。

天皇家は、見かけは藤原家や武家に翻弄されても、一族の生存にかかわる土台の部分は、専横的な政治経済的な駆け引き(この中には院政や臣籍降下といった手段も含まれますが)を駆使しつつ、不死身のアメーバーのように、生存に必要なものを新たに取り込みながら不要になった周辺部は切り離し、ネバネバと動いていて崩れ去るということがありません。「この世にこそ王位も無下に軽けれ。昔は宣旨を向って読みければ、枯れたる草木も花咲き実なり、飛ぶ鳥も従いけり。」(今でこそ、天皇の地位もはなはだ軽くなったが、昔は宣旨を対面して読みかけると、枯れた草木も花を咲かせて実を結び、飛ぶ鳥も従ったものだ)という状態ではあっても、平家は朝敵として滅亡し、源義経は兄の頼朝に殺されてしまいます。

平家物語の冒頭部分の以下のような一節も、天皇家のサステイナビリティという観点から見ると、自分にそのうち役に立つかもしれない別のある一族に短期間の夢幻を楽しませるための、そしてその一族が邪魔な存在になれば彼らの夢を破壊してしまうつもりの、ひそかな布石について語っているのかもしれません。

『その先祖を尋ぬれば桓武天皇第五の皇子、一品式部卿葛原親王九代の後胤、讃岐守正盛が孫、刑部卿忠盛の嫡男なり。かの親王の御子高見王無官無位にして失せ給ひぬ。その御子高望王の時、初めて平の姓を賜はつて上総介に成り給ひしよりたちまちに王氏を出でて人臣に列なる、その子鎮守府将軍良望後には國香と改む、國香より正盛に至る六代は、諸国の受領たりしかども、殿上の仙籍をば未だ赦されず。』

《現代語訳》『清盛の先祖を調べると、桓武天皇の第五皇子、一品式部卿葛原親王から数えて九代目の子孫、讃岐守正盛の孫で、刑部卿忠盛の嫡男である。葛原親王の御子、高見王は、官職も官位もないままなくなられた。その御子の高望王のとき、初めて平の姓を賜わって、上総介になられてから、ただちに皇籍を離れて臣下の列に連なる。その子・鎮守府将軍良望は、後には国香と名を改めた。国香から正盛に至るまでの六代は、諸国の国守ではあったが、殿上人として昇殿することはまだ許されなかった。』

ふと感じたことのもうひとつは、これはひとつめとは関係がないことですが、「物語」に登場するさまざまな戦いの時間がとても短いことです。鏑矢(かぶらや)を飛ばし合い、鬨(とき)の声をあげたら、途中に修羅場は数多く登場しても、あるいは戦いの場が、やがて、一の谷、屋島、壇之浦と移っていっても、戦は、実質的には短時間で片が付いてしまいます。合戦は短時間なそれの間歇的な繰り返しと映ります。余計なことですが、義経の仕掛ける戦は奇襲攻撃ばかりで、当事者にとってはそういう奇襲攻撃も壮絶な殺し合いの場には違いないとしてもなんだかあっさりとしている。

だから、戦いにおける兵站(へいたん)については、長期戦ではないので、敵の攻め方や殺し方を考えるほどには、兵站について真剣に考えなかった武将が多かったかもしれない。頼朝はそういうことにも時間をかけたにしても、国民に人気の高い義経はそういうことは苦手だったようです。それが国民のDNA的な一般性質として伝わって、たとえば第二次世界大戦における帝国陸軍の中国東北部や東南アジアの兵站事情――気合だけがあって武器弾薬や食糧は大幅に不足――に繋がっていたようにも思われます。


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2020年10月19日 (月)

言語は時間をかけて、規則性が少なく組み合わせが自由な方向に流れていくらしい

ぼんやりとであっても、まわりの(ないしは世界の)言葉の動きを眺めていると次のような事態には気がつきます。

・強い政治経済的な背景があるにせよ、屈折系言語では他の言語ではなく、英語が抜きんでて世界標準的な役割をしている。インターネットなどでもそうである。

・(中国本土での簡体字への移行ということはさておいて)中国語で「・・・的」という表現が増えてきた。たとえば、「我的手机」(私の携帯電話)、「幸福的家庭」(幸せな家庭)、「西方的力量」(西洋の力)、「虔誠的基督徒」(敬虔なクリスチャン)。そういう表現は、中国の古い文章の集合体であるところのたとえば古典授業用「漢文教科書」にはおそらく載っていない。

・日本語では、「旧仮名遣い」や「係り結び」といった言葉の規則性や関係性がいつの間にか消えてしまった。たとえば、「ゐ」や「ゑ」、「その中に、もと光る竹なむ一筋ありける」や「名こそ流れてなほ聞こえけれ」。

世界の言語は、通常、孤立語、屈折語、膠着語の三つに分類されます。

「孤立語」の代表例が中国語。それぞれの単語が孤立(自立)していて、それぞれの単語が個別に意味を持っています。日本語のような助詞(・・は、・・を)は使わない。中国語で「私はあなたを愛している」は「我愛你」。「孤立語」なのでそれぞれ語が、たとえばドイツ語(Ich liebe dich.)のような活用や格変化をすることはありません。

屈折語は古代ギリシャ語、サンスクリット語、フランス語、ドイツ語などです。英語も屈折語ですが、屈折語の中では屈折度が少ない言語です。屈折とは活用のことで、動詞の人称変化や時制、名詞の格変化(主格・属格・与格・対格・呼格)などの文法的性質を指しています。

古代ギリシャ語だと、「ギリシャ語の活用変化(語形変化)は大別して、名詞変化(declension)と動詞変化(conjugation)の二種になる。形容詞や代名詞等の変化は名詞変化に含まれる。」「数は単数(singular)、双数(dual),複数(plural)の三つがある。」「ギリシャ語においては、人称や数が動詞の変化の中に示されているわけであるから、とくに強調せんとする時以外には、代名詞の主語を置くということはない。従って外見上主語のない文章はギリシャ語においては極めて普通のことである」(田中美知太郎・松平千秋 著「ギリシャ語入門」)という具合です。

膠着語は、そのひとつが日本語ですが、助詞や接辞などの機能語が、名詞・動詞などの自立語にひっついて文が構成される言語のことです。「うちはあんたが好きや」の「は」「が」「や」は、それ自体では実質的な意味を持たない、機能語です。膠着語では、そういった機能語が、「うち」「あんた」などの名詞(自立語)や「好き」などの動詞(自立語)に付着して文が構成されます。

中国語における「・・的」という表現の増加は、孤立語に日本語のような膠着語の便利さ(孤立したものをねばねばとくっつける性質)が取り込まれつつあるということです。前述した例を再掲すると「幸福的家庭」(幸せな家庭)や「西方的力量」(西洋の力)などです。その背景にある理由は「和製漢語」の輸入と、あるいは似ているかもしれません。言語として時代の変化に俊敏に対応するためにはその言語の表現柔軟性を高める必要がある。

19世紀末~20世紀初期に日本で作られた「和製漢語」のなかで、中国で普及したものには、たとえば、次のような熟語があります。和製漢語を輸入しないと中国語は西欧の脅威、時代の変化、文化の変貌に対応できなかった。

《系統・電話・電気・旅行・自転車・野球・科学・歴史・哲学・病院・派出所・銀行・弁当・味噌・寿司・抹茶・煎茶・文化・和紙・鉛筆・雑誌・美術・時間・空間・入口・出口・市場・投資・企業・広告・国際》

「中華人民共和国駐日本国大使館 ウェブサイトの記事 《和製漢語:中国 日本と世界を繋ぐ絆》によれば、中国は、20世紀初頭に『独立、平等、自由、民主、法制、主権、民族、国際、哲学(西周による)、美学(中江兆民による)』といった和製漢語を輸入し――現代中国語における『社会科学関連語彙の六割は和製漢語』――、また20世紀の終わりごろからは『人気、写真、料理、新人類』などの新しい和製漢語を再び取り入れ始めたそうです。

ある言語の他国や他地域への浸透力はその言語を主言語とする国々の政治力や経済力に基づくとしても、自国語以外の言語を使う必要に迫られた場合でそれが屈折語だと、その中では屈折の度合いが低い言語が選好されるのは理にかなっています。つまり、フランス語やドイツ語ではなく英語です。

高度な屈折性をそなえた言語は、それを母国語とする人には肌理(きめ)細かい配慮が可能ですが、外国語(や古典語)としてそれを学ぶ人にとっては、自国語がそういう性質のものでない場合は、その屈折性が学びのとても高い参入障壁になりますが、英語はその障壁がまだ相対的に低い。

日本語は、ややこしい言語規制を水に流すように取り払ってしまったあとどこへ向かっているのか。ひょっとすると「オノマトペ(擬音語と擬態語の総称)」的な表現方法を拡大・強化する方向に進展しているのかもしれません。言葉のアニメ化とも言えます。画像や映像としてのアニメは輸出力の強い日本の卓越した文化なので、言語のアニメ化傾向というのも悪くはありません。「オノマトペ」的な表現自由度が強化された日本語が「和製漢語」のように中国に浸透して中国語を変えるかもしれません。今後のお楽しみです。関連記事は「ぴえん超えてぱおん」。

 


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2020年10月14日 (水)

「従って」が多すぎる、従って、解りにくい

かつてベストセラーになった刺激的な内容のエッセーがあります。必要があって一部を読み返していたところ、黙示文学に関する論述のなかで、「従って」という言葉がやたらと出現する箇所に出会いました――著者はもともと「従って」という接続詞がお好きな雰囲気ではありますが。

書き手が「従って」を繰り返すときは、その一節を書き進めているときの書き手の強い気持ちがその論述の展開に滲み出てきて、それが「従って」という接続詞の多用となる場合があるとしても、読み手はその繰り返しを鬱陶しいと感じるかもしれません。ぼくは「従って」の頻出がけっこう気になりました。

その一節の《原文》と、《原文から「従って」をすべて取り除いた場合の文章》を以下に並べてみます。

《原文》

《これには別の理由もある。ユダヤ人は、モーセの第二誠によって、実質的には絵画・彫刻を禁じられたに等しかった。従って、ゲルニカ(引用者註:ピカソのゲルニカ)を描こうとすれば、それを文章になおした形にならざるをえない。従って読者諸君が、一度実際にゲルニカを文章になおしてみれば、ある程度、その表現方法が理解していただけると思う。従ってこの逆も可能で、黙示文学はそのまま絵になるのであって、『ヨハネ黙示録』の多くの場面は、二千年にわたって、キリスト教美術の主要なモチーフになっている。またいわゆる「聖画」が氾濫する理由もこれであり、一方、古代のさまざまのレリーフや彫刻には、それを文章になおせば、そのまま黙示文学的表現になるものも少なくない。従って、こういった表現は、考えようによっては、別に珍しくないともいえる。》(下線は引用者による)

《「従って」をすべて取り除くとどうなるか》

《これには別の理由もある。ユダヤ人は、モーセの第二誠によって、実質的には絵画・彫刻を禁じられたに等しかった。ゲルニカ(引用者註:ピカソのゲルニカ)を描こうとすれば、それを文章になおした形にならざるをえない。読者諸君が、一度実際にゲルニカを文章になおしてみれば、ある程度、その表現方法が理解していただけると思う。この逆も可能で、黙示文学はそのまま絵になるのであって、『ヨハネ黙示録』の多くの場面は、二千年にわたって、キリスト教美術の主要なモチーフになっている。またいわゆる「聖画」が氾濫する理由もこれであり、一方、古代のさまざまのレリーフや彫刻には、それを文章になおせば、そのまま黙示文学的表現になるものも少なくない。こういった表現は、考えようによっては、別に珍しくないともいえる。》

「従って」のない文章は意外とすっきりとしています。しかしそれは読み手がそう感じるだけであって、書き手にとっては、「従って」がないと、少なくとも著者心理的には、画竜点睛を欠くということになりそうです。

関連記事は「文間文法(ぶんかんぶんぽう)という見慣れない用語」。

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2020年10月 6日 (火)

平家物語と令和の義偉(よしひで)

最近の動きを拝見していると、菅義偉(すが よしひで)首相は大日本国憲法と治安維持法の復活をもくろんでいらっしゃるのかもしれません。自民党の改正憲法草案は旧日本国憲法と治安維持法の匂いが濃い草案ですが、それ以上の思い入れを菅首相は治安維持法的なものにお持ちのようです。批判的な反対勢力や反対論者は、彼らが遠吠えしている分にはあまり気にならないのですが、それがノイズとしてそばにあるとけっこう鬱陶しい。

鬱陶しいものは遠ざけたいし消し去りたい。彼は現在の自分の権力と権勢を使ってその範囲内でそういう不協和音的なノイズを合法的に排除する仕組みや枠組みを作りたいのでしょう。権力が拡大すれば「合法性」の解釈適用範囲も拡がります。

政権が左寄りでも右寄りでもその政権が勢力を拡大すればその政権向きの「治安維持法」を欲するのは時代や国を問わずよく見られる現象ではあります。トランプ大統領は異論を大声で陽性に排除しようとしますが、菅首相の除去の仕方は陰にこもっている感じです。

話が前後しますが、自民党総裁の地位を手に入れた際の菅官房長官の手腕は、ドスを懐に入れた「悪」が舞台裏を目立たずにひそかに静かに漂い動いた感じで、見事でした。

以下に『平家物語』の冒頭をごくわずかに修正して――正確には文字をいくつか追加して――引用してみます。案外、違和感なく読み通せるかもしれません。

『祇園精舎の鐘のこゑ、諸行無常のひびきあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。おごれる人もひさしからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前のちりに同じ。

とほく異朝をとぶらへば、秦の趙高(てうこう)、漢の王莽(わうまう)、梁の朱忌(しゅい)、唐の禄山(ろくさん)、これらはみな、旧主先王のまつりごとにもしたがはず、たのしみをきはめ、いさめをも思ひいれず、天下の乱れんことをさとらずして、民間のうれふるところを知らざりしかば、ひさしからずして、ほろびし者どもなり。

ちかく本朝をうかがふに、承平の将門(まさかど)、天慶の純友(すみとも)、康和の義親(よしちか)、平治の信頼(のぶより)、令和の義偉(よしひで)、これらはおごれることも、たけき心も、みなとりどりにこそありしか、まぢかくは六波羅の入道、前(さき)の太政大臣平(たいら)の朝臣清盛公と申せし人のありさま、つたへ聞くこそ心もことばもおよばれね。』


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2020年9月30日 (水)

複数の語り手の合作としての叙事詩や叙事物語

ある年齢に達すると抒情詩よりも叙事詩のほうを心地よいと感じるようになります。抒情性がそのまま現れる事態というのはけっこう鬱陶しい。叙事詩の行間や語り言葉の間からも抒情性は立ち上がってきます。そういう抒情性は心地いい。

「トロイア戦争」を舞台にした古代ギリシャの叙事詩に「イーリアス」や「オデュッセイア」があります。それらを吟じた多数の吟遊詩人がいたはずですが、「ホメロス」という名前は残っているものの同じ叙事詩をそれぞれに吟じた他の多数の吟遊詩人の名前(たとえばテストリデスなど)は残っていません。

ホメロスの本名はメレシゲネスで、ホメロスとは当時のある地方の方言で「盲目の人」という意味だったそうです。成人後に眼病で眼を悪くしたらしい。失明してからのほうが詩作が活発になったようです。「イーリアス」や「オデュッセイア」を吟じた他の吟遊詩人がホメロスのように目が不自由であったかどうかはわからない。しかし、目が不自由な方のほうが、音の連なりとしての長い叙事的な物語をはるかに記憶しやすいということはあるかもしれません。

竪琴のような弦楽器を持った多くの吟遊詩人が「イーリアス」や「オデュッセイア」をそれぞれの語り口で筋書きや語りの変奏を付け加えながら詠じたものを「ホメロス」がいわばコンパイラー、編集者としてまとめ上げたので、作者が「ホメロス」ということになったようです。

平安時代における平家の盛衰(ないしは平家と源氏の戦い)が題材であるところの「平家物語」は、「イーリアス」や「オデュッセイア」と幾分かは同じように、盲目の僧である琵琶法師(日本版の吟遊詩人)が日本各地を巡って口承で、つまり琵琶を弾きながらその物語を「語る」ことによって伝えられきました――「語る」とは節を付けて歌うことですが、叙事物語なので「歌う」ではなく「語る」です。平家物語にもホメロスのようなコンパイラー、編集者がいたと想像できますが、平家物語は一般的には琵琶法師の個人名が表に出てこないことになっています。

しかし「徒然草」(二百二十六段)には、兼好がどこかの確かな筋からそう伝え聞いたのか、「平家物語」の成立に関して次のように記述されています。兼好が徒然草を書いたのは、平家物語の初版(というのも変な言い方ですが)が出来てから百数十年くらい後なので、その記述は正しいのかもしれません。

『後鳥羽院の御時、信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)、稽古(けいこ:学問の意)の誉ありけるが・・・(中略)・・・この行長入道、平家物語(へいけのものがたり)を作りて、生仏(しやうぶつ)といひける盲目に教へて語らせけり。さて、山門の事を殊にゆゝしく書けり。九郎判官の事は委しく知りて書き載せたり。蒲冠者(かばのくわんじや)の事はよく知らざりけるにや、多くの事どもを記し洩らせり。武士の事、弓馬の業わざは、生仏(しやうぶつ)、東国の者ものにて、武士に問ひ聞きて書かせけり。かの生仏が生れつきの声を、今の琵琶法師は学びたるなり。』

長い期間をかけて伝承されてきた叙事詩や叙事物語には多数の吟遊詩人や語り手の創造的な変奏(ジャズの即興演奏的な変奏)が積み重なっていると思われます。『かの生仏が生れつきの声を、今の琵琶法師は学びたるなり』も、基本形はあったにせよ、僕はそういう文脈で理解しています。

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2020年9月17日 (木)

「面倒くさい人ね」

どちらかというと少々手垢のついたような表現でも、久しぶりに耳にすると新鮮に響く場合があります。

ある知的で穏やかな中年女性が、行動に鬱陶しいところがあり発言にまとまりを欠くところの別の中年女性のことを評して先日つぶやくように使ったのが「面倒くさい人ね」でした。洞察力に満ちたひとことです。それ以外の表現だと別の中年女性の鬱陶しさをきちんと蔽えない。

この表現はぼくが最近は耳にしていなかったというだけで以前からよく使われています。彼女のつぶやきを通してその表現を聴いたのが久しぶりだったせいか、あるいは、こちらの方がよりそうかもしれませんが、中年女性ともうひとりの中年女性という大人の女性の関係性において、相手の深層を描写するその言葉が正鵠(せいこく)を射ていたためか、とても説得力のあるひとことでした。


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