環境

2020年4月 9日 (木)

コロナウィルス:各国の対応と、日本の「空気」対応

下に引用した主要国別の死者数と感染者数の推移グラフ(Financial Times ”Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads | Free to read”)がコロナウィルスに関する各国の状況を一覧するには、ぼくにはいちばんわかりやすい。

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死者数グラフは、縦軸は日々の死者の数、横軸は1日の死者数が3人になった日から現在までの日数(グラフは4月8日まで)。感染者数グラフは、縦軸は日ごとの新たな感染者数、横軸は1日の感染者数が30人になった日から現在までの日数(グラフは4月8日まで)。

イタリアとスペインは1日の死者数が3人になった日から30日から40日経過して感染の拡大がピークを過ぎ、その結果、死者数カーブが横ばいからやや下降気味に(台地系に)なってきたようです。米国は感染がまだ拡大中で、日々の死者数も増加中。日本は死者数(絶対数、あるいは人口10万人に対しての死者数比率)は少ない。

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新たな感染者数もイタリアやスペインではピークを過ぎて減少中。米国はまだ増加中。日本では少ないことになっていた感染者数が「オリンピック延期決定」後の検査数の増加に伴ってそれなりに急に増加し始めた様子がグラフに現れています。

各国の対応を比べると、そこに国民性(ないしは民族性)の違い、あるいは西洋の思考方式や意思決定方式と東洋の思考方式や意思決定方式の違いがそれなりにきれいに反映されているようで、不謹慎を承知で言えばとても興味深い。

ヨーロッパや米国は感染防止対策として国や都市のロックダウン(lockdown)がお好きなようです。それがデフォな選択肢になっている。そしてそういう施策の一部として家計や個人の経済的な救済策が最初からセットになっていて、すぐに実施される。

中国も武漢をロックダウンしましたが、そのやり方をニュース報道やSNSで拝見していると、共産党政府らしいやり方というよりもほとんど漢王朝や唐王朝や明王朝のやり方です。各王朝でそれぞれに発生した騒乱や擾乱や民衆蜂起を制圧・鎮圧した方法のサブセットが今回も出現したようでした。

韓国は都市のロックダウンはせずに、感染検査の数を急速に増やすことで成功裡に対応してきました。この発想がどこから出てきたのかわかりませんが、西洋ロジックではない。

日本は、その点ではユニークです。都市のロックダウンはしない、大掛かりな感染検査を実施するわけではない、法的強制力のない「三密回避」と「外出自粛」を呼びかける。だからかならず「漏れ」はある。

たとえば、北海道の現在患者数が40人になってからそれを下回ることがなくてそのあたりで(最近は少しだすが急に増えたりしながら)停滞しているのは、原因はおそらく東京とのヒトの往来です。ビジネスで東京からヒトがやって来る。札幌から東京に仕事に行って二泊三日くらいで帰って来る。ヒトの往来が少なくて相互に関連のなさそうな北海道の複数の過疎部で急に同時発生的に感染者が出現したというのは学生や家族の「東京からの疎開」がその理由だと思われます。そういう「漏れ」がビルトインされている。「漏れ」としてもう一つビルトインされているのは家計や個人や中小企業や個人事業主の金銭的な救済策の曖昧さと制約と支払いの遅さです。

しかしそういう「漏れ」を抱え込んでいても、結果として「コロナ死者」「コロナ経済不況関連死者」がとても少なくて済むのであれば、ここでは、それはそれで結構であるとします。

欧米のコロナ対応を Democracy(字義通りの訳は「民衆支配」)とすると、日本のコロナ対応は「民主主義」で、つまり似て非なるものです。欧米の対応を Constitution(字義通りの訳は「いっしょに作る」)とすると、日本の対応は「憲法」です。「憲」は「のり、おきて」「法」も「のり、おきて」、つまり「憲法」は「おきて+おきて」という意味になる。欧米と日本のコロナ対応にそういう違いが出ています。

 安倍首相は4月7日の記者会見で、ある記者から、緊急事態宣言を発令しても新型コロナウィルスの感染拡大が抑えられなかった場合の自身の責任について質問された際に、「最悪の事態になった場合、私は責任を取ればいいというものではない」と答えました。本当は首相は「うまく行けば私の手柄だが、うまく行かなかった場合は私の責任ではない」というシンプルな考え方なのかもしれませんが、これは日中戦争から太平洋戦争に至る政府の意思決定を彷彿させます。

当時の政府の最終的な意思は、丸山眞男や山本七平が指摘したように、結局はその場の「空気」「空気感」によって決定されていた。今回の緊急事態宣言やその実行に不可欠な諸政策も中軸シナリオライターが不在のなかで醸成された「空気」が決定したのかもしれません。もしそうなら「最悪の事態になった場合、私は責任を取ればいいというものではない」というのは、うまく行かなかった場合に責任を取るのは閣僚や財務官僚などの官僚を含めたその場の「空気」であって「私」ではない。これももうひとつの「漏れ」かもしれません。

しかし、そういう曖昧さや「漏れ」があるにもかかわらず、ぼくには日本や日本人というもの基本部分に期待するところもあって、日本人は、よく手を洗う、毎日お風呂に入る、握手やハグをしない、マスクをするのが日常習慣である、風呂好き・温泉好きで清潔な国民である。こういう国民性要素や食生活を含む生活要素が、国民目線を失った政治家や官僚、勝手に安全地帯に疎開する人たちの存在にもかかわらず、上述のような漏れを相殺する可能性も高い。海外からのヒトの流入阻止や外出自粛というのも「ミニ鎖国」みたいなものだと考えたら、「鎖国」経験は普段はとくには意識しないけれどぼくたちの文化生活的なDNAの一部になっている。


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2020年4月 6日 (月)

「布マスク2枚」は「ケーキ」を超えたかもしれない

呆れてモノが言えない、という状態を久しぶりに体験しました。

呆れてモノが言えなくなったのは、「前例にとらわれることなく」「今までにない規模で」「速やかに」実行することになっていたところの新型コロナウィルス感染防止対策の「政府」具体案が「全世帯に布マスクを2枚ずつ配布いたします」ということになったと聞いた瞬間です。この件についてはSNSがエスプリの効いたメッセージや印象に残るユーモア画像等を交えて姦しい状態ではあるとしても、ぼくも私的記録としてその瞬間の気分をここに残しておくことにしました。

「ケーキを食べればいいじゃない」「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」はマリー・アントワネット自身の言葉でなくてフランス革命前夜の空気を上手に滲ませたどなたかの創作だったようですが、国会で「全世帯に布マスクを2枚ずつ配布」と言ったのは安倍首相本人なので、それを自信をもって宣言した瞬間に彼の「布マスク2枚」はマリー・アントワネットの「ケーキ」を超え、後世に残る言葉になりました(近くの官僚の思い付きアドバイスをすばらしい方策だと勘違いした結果だとしても)。だから国民が一揆よりも過激な行動を為政者に対して発揮することを厭わない国なら、すぐこのあとに革命が起こってもおかしくない。こういう革命を何と名付けましょうか。

「布マスク2枚」の発想は、「(国民全体で)食べる量が増えるわけではない」のでスーパーなどで食品不足などが続くわけがないと考えた農水省の役人の発想と、ものごとをマクロに静的にしか見られない、つまりミクロな生活感や現実感をいっしょに併せ持った形でものごとを発想できないという意味では同じです。

在宅勤務や休校や外出禁止要請で家族が今まで外で食べていた食品消費分が家庭内に一気に流れ込んできたので(それからその他の理由も加わったので)、家庭内での食品需要が急増してスーパーの日持ち食材や加工食品の棚が空っぽになるという個別な状況変化が、農水省の役人にはうまく想像できなかったように、今回の役人も平均値に飛びつくのは得意であっても、以下にネットから勝手に引用させてもらった絵のような状況が各家庭で発生することが思い描けなかったようです。だからネット上での国民のネガティブな反応と揶揄の大きさに驚き、慌てている。(関連記事は「「食べる量が増えるわけではない」のではなく、「食べる量は確実に増えた」

その、見かけだけで役に立ちそうもない「布マスク(ガーゼマスク)2枚」がそのうち我が家に届いたら、歴史的な記念物として、当分の間、郵送用の封筒ごと透明なポリ袋に入れて保管しておくつもりです。

蛇足ですが、マスクを役に立つ順に並べると

「N95」>「サージカルマスク」>「一般向け不織布マスク」>「マスクをしない」>「布マスク」

という専門家の見解があります。洗って再利用できるということになっている「布マスク」を、手洗いした後、よく乾いていない状態(陰干しが生乾き状態)で再利用すれば(2人世帯でひとり1枚しか割り当てがないし、ガーゼマスクなので乾燥機や天日干しは向いていないのでそうなる可能性が高い)、雑菌が増殖したマスクを翌日に使うことになります。

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どなたの作品か存じませんが、勝手に引用させていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。


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2020年4月 3日 (金)

運動不足解消には部屋でラジオ体操

「コロナ」のおかけでスポーツクラブを控えている配偶者が運動不足を気にしているので、ラジオ体操を毎日付き合うことにしました。ぼくはそういう体操はタブレット端末から流れてくる伴奏さえあればひとりでもできるし一人でやることに特に抵抗はないのですが、彼女はそういうのは好きではないらしい。で、部屋で、二人の都合が合う時にいっしょに「伴奏と号令のついたラジオ体操第一」に合わせて体を動かします。音楽の持続時間は3分22秒。まあ、5分間の運動です。

外を夕方に速足で気持ちよく歩くには、札幌は(あるいはぼくにとっては)まだ季節が早いので、いっしょにやるラジオ体操は悪くない。

ラジオ体操もしっかりやればそれなりの負荷が体にかかります。しかしそれだけでは、何もしないよりはマシではあっても、体が軽くなりません。というわけで、ヨガ体操用の質のよさそうなマットを購入し、配偶者がスポーツクラブでやっている、補助者がいないと出来ないタイプのストレッチもラジオ体操のあとでいっしょにやることにしました。やり方は彼女が覚えているので、教えてもらう。

調べてみたら、中国にも「第八套广播体操」という日本のラジオ体操に近いものがあるみたいです。でも中国なら太極拳。香港や台北の早朝の公園で何度か拝見した太極拳のゆったりとして、身体全体の中心軸(というか重心というか)が決して崩れないバランスの取れた美しい動きは真似してみたい。

関連記事は「ラジオ体操(第一)」。


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2020年4月 2日 (木)

気がつけばそろそろ「清明(せいめい)」

一日のいろんな時間帯の空気をゆっくりと呼吸する機会がコロナ騒動で少なくなっていたので「春分」がとくにその日を意識しないうちに過ぎていました。気がつけば四月で、節気(せっき)はそろそろ「清明(せいめい)」です(今年の清明は、春分から15日後なので、四月四日)。

二十四節気の五番目に当たる「清明」は「清浄明潔」の略で、万物がけがれなく清らかで生き生きしているという意味だそうです。その感じは樹木の枝先の具合や融けつつある雪の隣で茶色い地面から芽を出しつつある草の様子で実感できます。札幌や東北北部ではもう少し時間が必要ですが、それ以外ではすべてのものが春の息吹を謳歌する頃です。

好日性のぼくは、これから夏至に向かう日が明かに日ごとに長くなっていく季節がいちばん好きで、そうなると週末の夕方などはジョギングシューズを履いて一時間くらいの速足散歩を、周りの景色を観察しながら楽しむことが出来ます。

もう雪が降ることもないと思うので、この前の日曜の午後に革の冬靴・雪靴の手入れをしました。普段から靴磨きは嫌いではありません。透明の、防水機能も自然と備わっている皮革手入れ用のトリートメントワックスを家族が使用するすべての靴に丁寧に塗り込み11月くらいまで7カ月ほど休憩してもらいます。こうしておくと晩秋から初冬の急な雪にも慌てなくて済む。

冬靴の手入れが終わり、春秋靴と入れ替えたら、それなりに春です。


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2020年4月 1日 (水)

こういう調査は「無視」しないと危ないですね

LINE 国内8300万人の利用者に健康状態調査 厚労省と協定」というタイトルのニュース(NHK)が3月31日の早朝に配信されました。念のために以下にそのままを(画像も含めて)引用します。

エイプリルフールには一日早い。

その後、LINEから、そのニュースの画面と同じメッセージが送られてきました。厚生労働省のロゴマークの付いたメッセージ画面(Q. 現在の体調について教えてください)の一番下には次のように書かれています。

《選択いただいた内容は、当社において個人を特定できない形で統計化したうえで、公開されることがあります。取得した情報は本目的における分析・調査の終了後、速やかに破棄されます。(選択後に調査ページに遷移します)》

いささか胡散臭さを感じたので、厚労省のウェブサイト(ホームページ)、とくに「新型コロナウイルス感染症について」のコーナーで、当該調査に関する告知(お知らせ)があるかどうかを確かめてみました。そういう告知はありませんでした(3月31日、19時45分現在)。だから、このニュースの内容が本当かどうかはわからない。

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つまり、こういう実態のよくわからない調査に協力した方々の生データはLINEやLINEと関係する組織のデータベースにずっと残ると考えたほうがよさそうです。だからぼくはこういうタイプのアンケート調査は意識して避けることにしています。

【註】ここからの10行程度は後で追加しました。

すぐ上で引用した、それなりにわかりやすい画面ページの下の方に「更新情報」一覧があり、そこに「2020年3月31日掲載」項目のひとつとして「【注意喚起】新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する取組を装った詐欺にご注意ください~調査を装ってクレジットカード番号等を尋ねるものは詐欺です!~」があります。

その詳細説明の参考情報(参考2)としてこの件が目立たない感じで当該事項が記述されていました。

(参考2)厚生労働省とLINEは「新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する協定」を締結しました(令和2年3月31日報道発表資料)

もっと調べてみると「2020年3月30日掲載」情報のひとつとして当該情報も告知されていました。

だから、この報道内容は事実ということになりますが、厚労省の当該情報の発信と位置づけと配置のしかたが不思議ではあります。【註の終り】



<ニュースの引用開始>

LINE 国内8300万人の利用者に健康状態調査 厚労省と協定

NHK NEWSWEB 2020年3月31日 6時47分 新型コロナウイルス

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通信アプリ大手のLINEは、新型コロナウイルス対策で厚生労働省と情報提供の協定を結び、この一環として、8000万人を超える国内の利用者を対象に、31日から健康状態などの調査を行うことになりました。

調査は、LINEが国内のすべての利用者を対象に31日から行い、4月1日までの回答を呼びかけます。

31日午前10時以降、LINEの公式アカウントから利用者に順次メッセージが送られ、その時の体調について、
▽ふだんどおり、
▽37度5分以上の発熱、
▽せきがある、といった5つの選択肢の中から選ぶようになっています。

回答に応じて、
▽いつから症状があるかや、
▽2週間以内に外国から帰国したどうか、を尋ねるほか、うがいや手洗いなどの感染予防の対策を取っているかどうかも聞くということです。

そして年齢、性別、住んでいる地域の郵便番号などを答えてもらい、個人が特定されない形で統計処理をして厚生労働省に提供します。

LINEの国内の利用者は月間およそ8300万人に上り、会社は、クラスターと呼ばれる感染者の集団が発生している地域の把握や、行政による感染拡大防止のための施策に役立てたいとしています。

集めたデータは結果を分析したあと速やかに廃棄する、と説明しています。

調査は継続的に実施し、2回目は来月5日に行う予定だということです。

LINE「感染予防の意識なども可視化」

LINEによりますと、全国の利用者を対象に調査を行うのは2011年のLINEのサービス開始以来初めてだということで、稲垣あゆみ上級執行役員は「クラスターの発見だけでなく、人々の感染予防の意識が地域や世代によってどのように異なっているかなどを可視化することができるのではないか。ぜひ皆さんにアンケート調査に参加してもらい、感染拡大防止に有用なデータを提供できるように、こちらでも頑張っていきたい」と話していました。

<引用終了>


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2020年3月30日 (月)

コロナの巣ごもり読書には「聊斎志異(りょうさいしい)」

新型コロナウィルス騒動で巣ごもり状態が要請され退屈するかと思ったら、世間は、というか政治と行政の世界はほとんど毎日がコメディなので思ったほど退屈しません。コメディは役者が真面目に演じれば演じるほど滑稽になるとしても、最近の政治行政コメディは登場人物がおのおのの利害と利権の追及にバラバラな方向で熱心なので、その結果、普通のシナリオライターが描く筋書きをはるかに超えたおかしさに満ちています。

「外出は自粛してください。」「不要不急の用事で外に出かけないでください。」「ただし、旅行券と外食券を提供しますので、(外出自粛要請などは気にせずに)旅行し、レストランで思うまま食事を楽しんでください。」「肉や高級魚の購入を支援するクーポンも用意します。」「日常生活で必要なものは政府が責任をもって製造と流通を保証するので心配無用です。」「マスクがいまだに買えないのですがどうなっているのでしょうか?」「申告所得税、贈与税及び個人事業者の消費税の申告期限・納付期限について、令和2年4月16日(木)まで延長することといたしました。」「経済的支援は、前例のない規模で速やかに行います。」「(現金による給付は)当面のキャッシュがない人など(だけ)を対象に(します)。」「(実際の現金給付は)早くても5月末になります。」「首都封鎖も検討しています。」「これでわたしの支持率上がったわね。」「花見や宴会での外出は控えてください。」「都が自粛を求めている公園で花見のような宴会を行っていた事実はない。・・・レストランに行ってはいけないのか。」

「レストランに行ってはいけないのか」を「おいしいケーキを食べてはいけないのか」に翻訳するとフランスやルーマニアではほとんど革命前夜ですが、先日の記事「Financial Times のコロナ(COVID-19)関連の無料記事」で参照した “Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads | Free to read” でも戯画化されているように、日本は「従順で社会規範が強くてマスク着用」の国なので、まだ革命には至っていないようです。

最近になって、東京都でも「密閉」「密集」「密接」の「三密」を回避しようという主旨のメッセージが飛び交うようになってきました。三密の意味は違いますが、三密と言えば密教で、空海です。ただし密教の場合は「三密の回避」ではなく、「肉体と言語と意識のひそかな相互作用であるところの三密、の勧め」になります。

空海の「即身成仏義」という著書に七言八句の頌(じゅ、韻文)があり、下にその上四句を引用します。世界はそのままで(即身)、つまり、ヒトを便利な乗り物として生存しようとしている出自がはっきりとしないがとても頭のよさそうなコロナウィルスを含めてそのままで、悟っている(成仏)という意味の韻文です。

《六大無碍にして 常に瑜伽なり》(宇宙の六つの構成要素はお互いに融けあっていて常に瞑想している)

《四種曼荼 各(おのおの) 離れず》(そういう宇宙を四種類の曼荼羅(まんだら)で象徴的に表現した場合でも、おのおのが離れることはない)

《三密加持すれば 速疾(そくしつ)に顕わる》(私たちの肉体・言語・意識の三種類の働きが仏のそれぞれの働きと応じ合えば、速やかにさとりの世界が顕われる)

《重々(じゅうじゅう)帝網(たいもう)なるを即身と名づく》(六大と四種曼荼と三密は宇宙の網の中で重なり合っていて互いに映り合うような状態であり、だからそのままで私たちは仏の状態にあると言える)

今回のコメディで登場した演者の(まだまだ進行中なので新しい役者も裏に控えていると思いますが)いろいろな言葉や表現はぼくたちの笑いを誘ってくれるし、またいろいろなことを考えさせてもくれるようです。

さて「聊斎志異」です。

巣ごもり読書には推理小説でもいいのですが、あまりに犯罪者の心理分析が重いものは鬱陶しいので、こういう場合は、神仙・幽霊・妖しい狐や妖しい美女・魑魅魍魎(ちみもうりょう)にまつわる中国の怪異譚「聊斎志異」にしくはない。

日本語訳にいくつかの種類があります。ここでは岩波文庫版の「聊斎志異」(上下二巻)が対象です。完訳本だと短篇掌篇合わせて491篇を訳すので膨大な量になるので、たいていは翻訳者と出版社が読者に面白そうなものを選んで一冊か二冊に収まるようにしてあります。岩波文庫版だと上下二巻で92篇。それぞれ450ページ余り。文字数はとても多く、各ページは(ジジイ、ババア向きでない)非常に小さいポイントの活字で埋まっています。ただし篇ごとに挿絵もついている。

この世のものではない美しさの女性や傾国の美女、えも言われぬ香りの女性が数多くの篇に現れます。路上でそういう女性に出会うこともあるし、そういう女性が深夜に戸を静かに叩く場合もあります。だから題名を手掛かりにそういう女性が登場するに違いない、その可能性の高そうな篇を選んで読み進めるのは一つの方法です。たとえば女性や女性の名前が題名になっているところの「青鳳(せいほう)」「侠女(きょうじょ)」「蓮香」「巧娘(こうじょう)」「紅玉」「連城」「花姑子(かこし)」「緑衣女」「青蛾(せいが)」「嫦蛾(こうが)」など。

「ある日も読書をしているとき、不意に室内にえも言われぬ香りが満ちてきて、しばらくすると佩玉(はいぎょく)の音がしきりに聞こえてきた。驚いて振り返ると、きらびやかな簪(かんざし)や耳輪を飾った美人が入ってきた。」(「甄后(しんこう)」

あるいは「労山道士(ろうざんどうし)」のようないわゆる道教や神仙を匂わせる篇を開くのももう一つのやり方です。「労山道士」では次のようなわくわくする描写に出会えます。

「日もとっぷりと暮れてきたのに灯もない。すると、師匠が紙をまんまるく切り抜いて壁に貼りつけた。と、その紙がたちまち月にかわって、室内をこうこうと照らし出した。・・・・『せっかくこんな月明かりをいただいたのに、黙りこくって飲んでいるのも曲もない。ひとつ嫦蛾(月宮の仙女)でも呼びましょうか』と言って箸を月の中に投げ入れたかと思うと、ひとりの美女が月光の中から姿をあらわした。」

短篇集なので頭から読んでもいいし、書き出しが気に入った篇をつまみ読みしてもいい。一度読んで好きになったのを読み返しても楽しい。


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2020年3月25日 (水)

Financial Times のコロナ(COVID-19)関連の無料記事

Financial Timesのコロナ(COVID-19)関連の無料記事「Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads | Free to read」(Mar 24)における分析グラフがとても興味深い。その記事は

“The countries affected, the number of deaths and the economic impact”
“The epicentre of the coronavirus is now Europe, with the largest number of confirmed cases in Italy, and death tolls growing more quickly in Italy and Spain than they did in China at the same stage of the outbreak.”

といった内容で、主要各国の死者数や感染者数の推移(軌道)を国別に比較し、国ごとの特徴(おかれた状況や対応の特徴)や経済的な影響をまとめたものです。元データは Coronavirus COVID-19 Global Cases by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)で、それをFinancial Timesが加工分析。

複数のグラフが用意されていますが、とくに興味深いのは、横軸に日数を取り(ただし、死者に関しては10人目の死者が出てからの2020年3月24日現在までの日数、また、感染者に関しては100人目の感染者が出てから3月24日現在までの日数)、縦軸にはそれぞれの人数を国別(や主要都市・主要地域別)に指数表示した軌道グラフで、複数の補助線が読者の理解をわかりやすくしています。

補助線は、死者数や感染者数が、日ごとに(毎日)2倍になる場合の補助線、2日ごとに2倍になる場合の補助線、3日ごとに2倍になる場合の補助線、1週間ごとに2倍になる場合の補助線で、各国の状況がその複数の補助線とどういう位置関係にあるかをチェックすると世界の状況が鳥瞰できます。

「日本や韓国」と「欧米」は、死者数に関しても感染者数に関しても、明らかにパターンが違います。2日ないし3日ごとに倍々ゲームを繰り返しているところは(ドイツのような死者数や致死率がとても低く抑えられている国も含めて)、医療崩壊を回避するために、国単位や都市単位での「封鎖(lockdown)」を実施せざるを得ないようです。

一方、日本や韓国の死者数や感染者数は、「今までは、あるいは最近は」「週ごとに2倍」の補助線に沿って移行していて「今のところは」明らかに状況が異なっています。当該記事の分析によれば、その理由は、日本は「社会規範がしっかりとしている(あるいは、国民がお上の要請に従順である)、それからマスクをつける習慣がある」、韓国は「当初はヤバかったけれど、やたらに検査と追跡を実施して事態を制御しつつある」ということのようです。Financial Timesの記者や分析者にはそう見える。

無料記事ということに甘えて、下に国ごとの各国の死者数推移に関するグラフをコピーして貼り付けておきます。詳しくは当該記事をご覧ください。

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2020年3月18日 (水)

新型コロナウィルスの感染防止には日本式のお風呂、という暢気な仮説

あるアクティブシニア女性の憂鬱」の関連記事です。

日本における、新型コロナウィルス(COVID-19ないしは武漢ウィルス)の感染者数の絶対者数やその伸び率、あるいは人口1万人当たりの感染者数はに外国と比べて、つまり少し前までの中国や、現在、感染が急速に拡がっているヨーロッパや米国と比べて相当に低いようです。これらの数字は、国ごとに、検査の取り組みや感染者の特定の仕方、公表の仕方が違うので単純比較をすると「相当に低い」とは言えないかもしれないのですが、ここでは Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE の数字を前提にします。

念のためにCOVID-19の直近の致死率を比べると、世界平均が4.0%、日本の致死率は3.3%、ドイツの致死率は驚くほど低くて0.3%。感染する人が少なければ死ぬ人も少ないというアプローチをとるか、それとも、感染しても8割の人はどうということもないのでしっかりした医療インフラがあれば致死率はとても低く抑えられるというアプローチをとるか。

丁寧な手洗いでウィルスがほぼ確実に除去されることはわかっています。たとえば、メディアやネットよく目にするのが下に引用したまとめ表ですが、両者の相関は理解しやすい。(そういうまとめ表の元データは2006年に発表された「Norovirus の代替指標として Feline Calicivirus を用いた手洗いによるウイルス除去効果の検討」みたいです)。

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水と石鹸で手をよく洗えばウィルスは確実に除去される。ならば、こういうことは誰でも思いつくことですが、シャワー(とボディーソープとシャンプー)でも結構な効果はあるにしても、日本のようなタイプの風呂(全身を流した後、湯船に入る)に毎日入って浴用石鹸とシャンプーで全身をきれいに洗えば、頭から手足の爪先まで新型ウィルスがほぼ確実に除去されることになります。感染防止を確実にするためには、帰宅時の手洗い等の毎回の実行が前提となるにしても。

日本のようなお風呂文化を持っている国と、そうでない国との違いがCOVID-19の感染者数や感染率に密接に関係しているように思えます。日本のような風呂好きな生活文化を持っている国は、そうでない国よりも、全般的には間違いなく清潔です(なかには風呂嫌いもいますが)。新型コロナウィルス予防や拡散防止には(「マスク」と「手洗い」と)「日本式のお風呂」です。中国からの観光客の流入がなくなってしばらくたつので、日本では「お風呂効果」の結果が素直に出ていると勝手に考えています。

感染症対策に関してドイツの医療インフラと致死率の低さに追いつけないのなら、また陰性・陽性検査も気軽にできないようなら、日本では手洗いとお風呂で防衛しますか。しかしお風呂は家庭ではいいとしても、では銭湯やスーパー銭湯でお風呂に入るのはどうかと問われるとよくわからない。

それから、これもまったくぼくの憶測ですが、かりに日本でCOVID-19の検査件数が急に増えて、その結果感染者数が増加しても、死亡者数が今までのような推移を辿るとすれば、致死率はそれにつれてドイツの数値に向けて逓減していきます。暢気な話ですが、そうであればありがたい。


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2020年3月16日 (月)

国連の専門機関の議長や事務局長の発言を聴くときは、眉に少し唾をつけて・・

科学者・研究者というのも自身とチームの存続のためには研究費を継続して確保する必要があります。そのためには国からお金の貰えそうな「旬」な研究テーマを継続して選択するほうが有利です。そういう意味では科学者・研究者は政治指向です。

国連というのはそれなりに魑魅魍魎とした政治機関です。国連の専門機関で働く人たちが科学者の集まりだからといっても彼らが政治に無関心というわけではなくて、おそらくはその真逆で、そうでないとそもそも政治色の強い国連関連の仕事に応募したりはしない。

今回の新型コロナウィルス(COVID-19、「武漢ウィルス」というほうがあとあと鮮明に記憶に残る)騒動では、国連の専門機関であるところの世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長の発言と行動の右往左往(入国制限・渡航制限の放置から国別の封じ込めへ、楽観論から悲観論へ、など)が興味深かったし興味深いのですが、エチオピア出身の政治好きな事務局長が、個人的な目論見と利害をその一部とするところの「グローバル経済」的な政治経済決着を求めて走りまわっていると考えるとその紆余曲折も解りやすい。

国連の専門機関の政治好きはWHOに限らず以前から顕著で、そういう意味での事例研究対象として直ぐに思いつくのは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル Intergovernmental Panel on Climate Change)です。IPCCは国連環境計画と国連の専門機関の世界気象機関によって1988年に共同で設立されました。

IPCCの初代議長(1988年~1997年)はスウェーデンの気象学者のベルト・ボリン氏で、彼は「2020年にはロンドンもニューヨークも水没」すると予言していました。しかしロンドンもニューヨークも街角が海水に洗われることは当分なさそうです。IPCCは、たとえば2001年の「ホッケースティック曲線」のような世論誘導方のフェイク研究もお好きです。

インド出身のパチャウリ氏がIPCCの3代目の議長になったのが2002年(13年後の2015年に退任)。政治指向の強い研究者でした。IPCCは名前からして政治団体そのものなので、そういう指向と才能がないと議長は務まらない。

IPCC関係者は地球を水没させる予測が伝統的にお好きなようで、その変遷をまとめてみると以下のようになります。

・IPCC初代議長は「2020年にはロンドンもニューヨークも水没」
・IPCC 第4次評価報告書(2007年)では「100年後に18~59センチメートルの海面上昇」
・IPCC 第5次評価報告書(2013年)では「今世紀末までに海面は26~82センチメートル上昇」

100年後のことを思惑で予測するのは、その時には当事者も周りも生きていないので、死後の名を惜しむという思いがなければわりに気楽かもしれません。初代議長のベルト・ボリン氏も2008年にお亡くなりになったので、残念ながら英米の大都市の2020年の水没状況を確認する機会には恵まれませんでした。

パチャウリ氏が議長を務めていたIPCCは、2007年に、国際社会に地球温暖化の問題を知らしめた活動が高く評価され、アメリカの「不都合な真実」のアル・ゴア元副大統領とともに、ノーベル平和賞を受賞しました。

WHOのテドロス事務局長は(2020年)3月11日のジュネーブ本部の定例記者会見の冒頭メッセージで「新型コロナウイルスはパンデミックと言える(パンデミックとしての特徴を持っている)」と述べ、各国に対して対策の強化を訴えました。訴求内容は、感染者や感染国の数を追うだけでなく、ウイルスの封じ込めができると実証した国(つまりは中国のことですが)に学ぶべきだ、影響を最小限に抑えるためには包括的な戦略にもとづいて政府と社会が連携する必要性があるといったものです。原稿を読む感じの冒頭メッセージで、内容はわかりやすい。

これはある立場のある考えの人たち(為政者)にとってはその通りで、しかしそうでない人たちにとっては「治安維持法」の変奏曲のようなのが侵入してくるのに近い。政府と社会の連携のしかたには国によって質やレベルの差があり、そういう連携は文化構造的な違いが反映されないと動かない。テドロス氏には中国のやり方が、明示的には決してそう言及しないものの、理想に近いと映っているのでしょう。彼は習近平スタイルの実践者になりたいらしい。実寸大の習近平になるのは無理なので、外務大臣経験者でもあり政治指向の強い彼としては、できたらミニ習近平的な圧力を各国にかけたいのでしょう。しかし立場上、定例記者会見では穏やかに語ります。そういう配慮がやがて、アル・ゴア氏も手にしたところのノーベル平和賞を、彼の手元に引き寄せてくるかもしれません。

というようなわけで、「国連の専門機関の議長や事務局長の発言はそれなりに真摯に拝聴する、ただし眉に少し唾を付けて・・」が、ぼくのここ20年くらいの思考習慣のひとつになりました。


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2020年3月 5日 (木)

とても賢いかもしれない新型コロナウィルス

新型コロナウィルスが蔓延しているらしい「北海道クラスター」で暮らしているという事情もあるので、本棚から「免疫の意味論」(多田富雄著)を二十数年ぶりに引っ張り出して気になる箇所を読み返してみました。基礎知識をリフレッシュしこの名著から刺激をもらうためです。

生物の最もわかりやすい存在目的は、ウィルスや細菌から野原の草やミミズ、そしてヒトまで、その種が再生産を繰り返しながら生存しつづけることです。

ウィルスの「生き甲斐」はたとえばヒトという宿主の免疫系を破壊することではあっても、ウィルスは宿主がいないと存続できないという事情もあるので、極右(ないしは極左)武闘派のようにむやみと宿主を殺傷してしまうのは得策ではありません。宿主に棲むためにその免疫系と戦いながら、宿主という集団を「殺さず生かさず」風に維持するのが賢いやり方です。

つまり、

① 感染者の致死率が高くなく(Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSEによれば、Total DeathsをTotal Confirmedで割った2020年3月4日現在の世界の平均値は3.4%)、
② 感染者数や感染者の致死率は、子どもや若い年代はとても低くて、熟年から高齢者になるほど急激に高くなる
③ 8割の感染者が軽症で自覚症状がほとんどない
④ それから症状が治まって陰性になった感染者も再感染する、つまり免疫系が必ずしもうまく働かない(というのが事実だとすると)、

といったことを総合すると、新型コロナウィルスの「ヒトという宿主集団を殺さず生かさず」という主旨の生存戦略は、再生産(予備・可能)年齢層には親切に宿り再生産年齢を過ぎた人たちにはやや冷酷に取りついているところを見ると、実に賢く考えられているということになります。長くなり過ぎたかもしれないヒトの平均寿命を中・高齢者層を中心に調整しているとも言えます。

地球は、40万年前から10万年の単位で8℃の気温の上昇(温暖化)と下降(寒冷化)を繰り返していて、これは人為では実質的には如何ともしがたい。新型コロナウィルスが人為によるものでなければ、ヒトは防御的に折り合いをつけるしかないという意味では両者は似ています。

エイズウィルスとそのうち折り合いがついたように、今度のコロナウィルスと折り合える方法が見つかる(作られる)までは、家庭や個人のできる範囲で折り合いをつけていくしかなさそうです。


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